14/フラッシュバック・メモリー・プラグ「───だから!」 病室で、怒鳴り声とも取れるような、そんな声量。 「だから! 急がねーとやばいんだって!!」 声の主は、ヴィータだった。ここは病院なのだ。いくら現代の常識に疎いヴォルケンリッターでも、それがまずいことくらいは分かる。 ザフィーラはヴィータの肩に手をやり落ち着け、と静かに言った。 それがどこか癪に障ったのか、ヴィータの瞳は吊り上がる。「落ち着け? 落ち着けって何だよ! はやてがッ、はやてが危ないんだぞ!」「だからこそ落ち着けと言っている。主が危ないときに冷静でないお前こそ何だ」 いつもヴィータに優しいザフィーラにしては、少しだけ辛辣な言葉だった。 瞳をいっぱいに潤ませているヴィータを見、続ける。「急がないと危ないことくらい、皆分かっている。お前が、主を誰よりも好きなお前が焦るのも、よく分かる。だが、考えてもみろ。俺たちはあと何人の蒐集を成功させればいい? お前の言う少女を狩ったとして、それで、あと何人だ」「わ、かんないけど……、五人か、六人か、そのくらい……」「俺たちの全力は、それにどの程度の時間がかかる?」「……一晩」 俯くヴィータの頭に、ザフィーラは大きな手のひらを乗せた。一度だけ撫で付け、分かってくれたかと呟いた。 ザフィーラにだって、もちろん焦りはある。闇の書の完成も間近というこのタイミングで主が倒れるとは、さすがに想像をしていなかった。だが、ザフィーラは守護獣であり、ヴォルケンリッター唯一の男だ。冷静さを欠くような場面は、これまで一度だって見せたようなことはない。 しかし、ヴィータが抱える過剰ともいえる焦り。その正体も知っているのだ。 そう。ザフィーラは、『思い出した』。ヴィータと自分にしか感じなかった、違和感の正体を。(夜天の魔導書……。そう呼ばれていたな、お前は) 闇の書。それへの違和感。あっけなく片付いたそれは、そういうことであった。 しかし、そもそもこれは、別のことを思い出して、その副産物のような形で思い出した出来事。本当の意味で思い出したのは、こういうことではない。 主が倒れる。それは、守護獣のザフィーラにとって一番許しがたいことであった。その姿はいっそ懐かしくすら感じてしまい、余計に腹立たしい。感傷だと鼻で笑い飛ばせるほど、それは小さくはなかった。 ヴィータの頭頂部に視線を送り、(俺は……) そこまで考えて、ヴィータがもう一度、確認するように呟いた。「……でも、ホントに、ホントに急がねーと、まずいんだよ……」「ああ、分かっている」「違うんだよ、ホントにっ」「それも、分かっているよ」 ザフィーラは珍しく、笑顔を作った。「俺は守護獣だ。守るさ、全員」 そこで、今まで瞳を瞑りだんまりを決め込んでいたシグナムが、決意するように立ち上がった。ちょうど良く、医師に病状の確認をしていたシャマルも帰ってくる。一言二言二人で会話し、シグナムがふむと頷いていた。「主の状態は、良くはない」 その言葉に、ヴィータがぴくりと反応。「しかし、今すぐ命の危険があるかというと……、そうでもない」「お医者様も原因は分らないって言っていたわ。当然よね、むしろ私たちのほうが良く分かるもの」 闇の書の、リンカーコアへの侵食。 身体もリンカーコアも幼いはやては、闇の書を持て余すのだ。転生という形で飛んでくるものだから、防ぎようがない。「だから今日は───」 溜めるようにシグナム息を吸い、「寝るぞ!!」 なんだそれは。 顎が外れたようにパカリと口を開けているヴィータがおかしくて、ザフィーラは思わず顔を覆った。◇◆◇ もたついている。 ちっ、とあまり上品ではない舌打ちが響いた。 ロッテからの報告を受け、闇の書の主、八神はやてが倒れたのを知ったのは三日前。ヴォルケンリッターは、蒐集をピタリと止めていた。 アリアはイライラした様子で髪の毛を掻き毟り、主のいる一室へと足音高く廊下を歩く。「お父様、私です」 返事も聞かずに扉を開けると、グレアムは疲れたようにソファーに座っていた。 ずきり、と心が痛む。使い魔と主は、繋がっているものなのだ。そういう風に出来ている。この痛みは、自分のものなのか、それともグレアムのものなのか。「お父様……」「完成を目前にして、なかなかうまくはいかんな」「ええ。ヴォルケンリッターも、主から離れ難いらしく」「蒐集自体は余裕があるからな」「急ぎすぎたのでしょうか……?」「なに、焦ることはない」 そういうグレアムだが、アリアの目から見れば、彼が一番に気を病んでいる様子だった。 計画の通りに動かないヴォルケンリッターに腹が立ってくるが、しかしそれをそのまま表に出すほど、アリアは子供ではない。どうすればいいかと冷静な部分で考え、自分自身がリンカーコアの蒐集をしたらどうかと、えらく短絡的な考えに行き着いた。結局、冷静になりきれてはいないのだ。「私たちが出るのはどうですか? 高町なのはを墜とし、フェイト・テスタロッサをおびき出せば、あとはヴォルケンリッター自身のリンカーコアで……」「逸るな。直接干渉すれば、必ずどこかで隙が見える。今でさえそうだ。これ以上は支障が出る」「しかしっ」「落ち着け。何か状況が変わったか? 違うな。ただ待てばいい。待つことこそが、私たちの戦いだ」「……はい」「そう気を落とすな。お前たちは私の助けになっている」 そんなはずはない。出来ていることは、監視とその報告だけではないか。 グレアムは、お父様は、その痛みを一手に引き受けている。悲しみも、後悔も。三等分しようといったのに、自分の使い魔なんかに気を使って。 アリアには、成功させる自信があった。変身魔法で外見を変えて、獲物を狩り、それをヴォルケンへと放る。考えれば考えるほどに優しく、あまりに単純な作業。それなのに、許可は下りない。 やってしまえば───、「───アリア」「あ、はい……」「妙な気は起こすなよ」「……にゃん」 しゅんと耳をたれ下げて、アリアはグレアムの膝に乗った。◇◆◇ 何度調べてもそうだった。何度考えてもそこに行き着いた。 そんなはずは無いと、自分の中にあるそれを打ち消そうとしても、どうしたって確信がそれを阻む。 なんで。どうして。 そんな思いでいっぱいだった。どうしようもない感情の奔流があふれてきて、叫びだしたい気分になる。「どうして、気がついてしまったんだ……」 いつになく覇気のない声をクロノは上げた。 その人はクロノにとっての、本当の意味での父親だった。立派な背中を見せてくれた。覚悟だって見せてくれた。英雄だと言われていることに、一片の疑問すら感じない。そんなグレアムに、クロノはたどり着いてしまったのだ。 ため息すら出ない。もう、確信してしまっているから。代わりとばかりに涙があふれた。ちくしょう、と何かを呪うように声を上げるが、聞いているのは自分だけ。 どうにかなる。自分は、この事実は、そうするだけの重みがあった。「う、ぐ……」 急に襲ってきた吐き気。口を押さえて廊下を走り、便所へと駆け込む。 ここ最近は食が細く、あまり食べてはいない。出てくるのはつんと酸っぱい胃液だけだった。「なんだってこんな、くそ、どうしろってんだ、僕に……」 神を呪った。 誰かに聞いてほしい。どうすればいいか、相談がしたい。部下? ありえない。 こんなときに、決まって頭に浮かんでくるのは、ディフェクトだった。これに対してもつい毒づきたくなるが、今のクロノにそんな余裕はない。 すぐに部屋に戻り、端末を操作。ディフェクトを呼び出すが、ああ、そう言えば入院しているじゃないか。 だったら、とクロノはもう一度端末を操作。ユーノを呼び出した。 コールが一回。二回。三回。さっさと出ろよと吐き捨てる。 そして十回ほど呼び出し音が鳴ったとき、『ん、久しぶりだね』「……ああ」『どうしたの? 珍しいじゃないか』「ああ、えと、君はどこにいるんだ?」『今? ディフェクトのお見舞い。病院に着いたとこ』「あいつに、代われるか?」 そう言うと、ユーノの表情が変わる。『一応さ、重傷患者だよ。伝言なら聞くけど?』「あいつと、話がしたいんだ」 今までにない事であった。ここまで弱弱しいクロノを、いったい誰が見たであろうか。 ユーノがため息をついたのが見える。そこまでヘタレているかと、クロノは思わず口元を揉んだ。『だめだね』「……何故だ」『ボクらはもう、進んでるんだ。君、甘えたいんでしょ。そりゃね、ディフェクトは優しいよ。きっと君から相談を受けたら、今まで考えてきたこととか全部捨てて、また一から考えようとするよ。皆が皆、ハッピーエンドになりますようにってさ』「……」『口ではそんなことないって言うだろうけど、ディフェクトはね、とにかく優しいんだ。誰にでも優しい、良い人間なんだ。そんなディフェクトが君からの相談を無碍に出来ると思う? ボクは思わない。絶対に悩むし、考える。そして無理する。無茶だって言っても、やる』「だけど、僕は……」『いいよね、ハッピーエンド。ボクも好きだよ。だけど、現実を見るとそんなうまい事いかないんだ、なかなかね。……どこかで誰かを見捨てるっていうのが、本当は辛いんだよ、彼』 ユーノが一度、視線をはずした。 だからさ、と小さな声で続ける彼は、まるで懇願するように言った。『だから、提督を良い人にしないでよ。君の話を聞いたら、そうなっちゃう。彼の中では、悪者のままでいさせてあげてよ』「……ああ、そうか。そうだな……」 提督、とクロノの確信を裏付けるようなその言葉。クロノは諦めたように首を振り、まるで大人のようなため息をついた。 どこまでも冷静で、どこまでも状況を見ていて、ユーノの優しさは、ディフェクトにだけ向いている。依存だとか、そういうものではない。ただただ、献身。見返りを求めているようには見えないその姿勢が、クロノにはいっそ不自然に思えてしまう。 なぜそこまで、と考えないでもなかったが、しかしディフェクトだからと言われてしまうとなんとなく納得しそうな自分もいた。 相談する相手を間違えたな、とクロノは苦笑い。それでもほんの少しだけ心の重荷が軽くなっていて、こういうのもありかと自嘲気味に考えた。「君は、優しくないんだな」 ユーノは酷いこと言うなぁ、と笑顔を作り、『がんばって、クロノ。君がどんな答えを出してもボクは……、ボクたちは、絶対に失望なんかしないよっ!』◇◆◇「シェル」『あ?』「……なんだテメェその口の利き方!」『どうせ・また・面白い話でも・しろと・言うのでしょう?』「暇なんだよ!」 あれだ。さすがに身体が全然動かないとまずいからね。ヴォルケンと戦闘になって速攻で負けるようじゃ話にならないし。 てことで、入院! もう二週間くらいたとうとしてんだけど、なかなか回復しねえ。全然いてえ。大丈夫かこれ? 間に合うのか? 回復回復超回復、と念じ続けてるんだけどこれ効果ねーわ。リンカーコアのダメージ半端ねぇ。痛んでるのが分かるからね、実際。これシェルがいなかった方がマシだったんじゃないかと正直疑うわ。「俺がこんなんなってるのはお前のせいでもあるんだ。さぁ、面白い話をしろ」『……おちんぽ』「なん……だと……?」『おちんぽが・あるでしょう?』「あ、ああ……、いや、俺に言えたことじゃねえけど、せめて伏字とかそういう手法を使うのはどうだろうか? ほら、一応お前女の子なんだし……」『○ちんぽが・あるでしょう?』「そこじゃねぇよ! 全裸なのに目線しか入ってないくらい不自然だよ!!」 シロート投稿無修正AVパッケージかッ!『とにかく・男の・ちんぽが・あるじゃないですか』「お、おお。わりと簡単に開き直るのな、お前」『なのに・女の・○○○が・発言・しにくいのは・何故なんでしょう?』「そりゃお前……、なんでだろうなぁ」 そりゃもう神のみぞ知る世界っつーか、いろんな人が困る話題っつーか、まぁおれにもよくは分からんな。うむむ。考えてみりゃ変な話だ。男女の差別をなくしましょうというこの時代、やはり諸手を振っておマンなんとかコうとか! とか叫んでみるべきなのか。うぅむ……。 何でだろう何でだろうと馬鹿みたいなことを考えて、結局答えが出ないままにいると、病室の扉ががらりと開いた。ノックもせずに進入してくるところを見ると、俺らの仲ではそんなもの必要ないと、そういう事なんですね、ユーノ?「やほ、調子どう?」 ベッドの脇に座りながら、にこにこと笑顔を作る。 いやぁ、ユーノはいつ見ても可愛いなこれ。癒し。俺の癒し。もう最近男とか考えなくなってきた。性別ユーノでいいじゃない、もう。「ちんぽと○○○のこと考えられるくらいには回復した」「───げほッ! ……なに、それ? 誰か妊娠した?」「いやそういうこっちゃねぇよ」「じゃ、じゃあ……、たまってるの?」「……お前ホントに九歳か?」「君に言われたくないよッ!」「コウノトリ信じてねぇの?」「セックスのほうがよほど現実味があるじゃないか!」「ああ、そういやセックスも結構言えるな」「……その前にツッコミを頂戴。今ものすごく恥ずかしい」「やるものか」 するとユーノはわかりやすくむくれっ面になって、なんと俺に、この俺を、くすぐり始めやがった。おうまいごっど。 ぐひ! ぐひひゃ! 駄目だいてえ! 笑うといてえ! ひぃ! ひぃいい!! 降参! もうむり降参! 俺が言うと、ユーノは満足したようにわき腹から手を離す。なんてこった。この俺がユーノに降参してしまうなんて。いやまぁそんなこと今まで幾度もあったけど。『この・ラヴ空間・どうしたら・侵せる・ものか』 そのようなこと考えるでない。まったくそのようなこと考えるでないよ君。 俺とユーノのラヴ☆ラヴぶりはもう周知の事実だろう? だったらそっとしておいてくれよ。俺のこの熱いリビドーは、結局開放はされずにティッシュの中に行っちまう運命なんだ。いま、この瞬間くらいはユーノで満足させてくれよ。 はぁと一度だけ息をつき、今夜のおかずは大変満足のいく物が出来たとほくほくしていると、ユーノが思い出したように言った。「ああ、そういえばクロノから連絡が来たよ」「あん? なんだ、薄情なやつめ。俺にお見舞い通信くらい寄越せっつの。なぁ?」「ほら、君って一応重傷患者だから気をつかったんじゃない?」「一応じゃねぇよ。わりかしマジだよ」 いまだにあちこち痛いし。やってらんねっ。「んで、クロノなんだって? 闇の書のこと?」「ううん。君によろしくって。がんばるよって言ってた」「へぇ……、切羽詰ってなきゃいいけどな。ほら、ジュエルシードの時もあいつ頑張りすぎてたじゃん」「そうだねぇ」 なんか真面目すぎんだよね、クロノ。もうちょっとぱっぱらぱーのぴっぴらぴーでいいと思うんだが。俺なんてすげぇぜ。息の抜き方を知っているどころじゃないぜ。常に抜けてるぜ。抜きながら色々とやってるぜ。 ほら、あれじゃない。エース頑張りますとは口では言うけど、正直つらいじゃない。もうリタイヤ寸前だし。 けど、ああ、すっげぇ嫌なんだけど、まぁ多分そろそろなんだろう。そろそろ行動を起こさなきゃ、間に合わなくなっちゃう可能性とか色々あるわけよ。仕方ねえ。本当に仕方ねえ。ガチで仕方ねえけど、やるっきゃない。 できることならフェイトとか なのはとか、あの辺とヴォルケンの接触すらない感じで締めくくろうとか企んでるからね、俺。気がつけばエース終了してましたみたいな。「うぅし……」 相も変わらず身体には力が入らない。「まだ休んでても大丈夫だよ」「やだ」「地球には なのは達も居るじゃないか」「まかり間違って俺みたいになったらどうすんだよ。これ想像以上にきちーぞ」「はぁ……、君ねぇ、ちょっとは頼ってあげなよ。嫌われるよ?」「頼ってるよ超頼ってるよ俺頼ってるよ。……お前を」「ほらね。そのうち信用されてないって思われちゃう」「そら困る」「じゃあ、もうちょっと休んでなよ」「……わかりんすー」 けっ。けっ。なんだいなんだい。珍しく頑張ろうと思ったらこれだよ。やってらんねーよ。 ……ああ、なんか落ちつかねぇ。こう、わしゃわしゃー! ってなる。動きたい。俺超動きたい。「はぁ……。フェイトにフォローするように言っとくかねぇ……」 お兄ちゃんは色々大変だよー。◇◆◇ 駆けた。それはもう駆けた。ベッドから跳ね起きて、初速からマックスの速度が出ているかと思うほどに、最高のスタートダッシュだった。 だから、部屋の扉に顔面を強かにぶつけても、それは仕方のないことなのである。 フェイトさん、お兄さんから連絡着てるわよ。 リンディのその言葉が、フェイトを走らせたのだ。 裁判やら保護観察期間やら、そういうのがあって、友達に会ったり通信したりと、そういうのを自粛するようにと言われていた。不満はあったけれど、自分のやらかしたことを考えれば当然だとも思った。救いがあったのは、なのはが割りと頻繁にビデオメールを送ってくれること。嬉しかった。楽しかった。 だが、兄がちっとも連絡をしてこない。どうしたものかと考えて、どうにもならないかと諦めて、そしてようやく今、このとき。 「っ兄さん!」『うおッ、フェイト鼻血、鼻血!』 無造作に、乱暴に袖でソレを拭った。きっと顔面がひどいことになっているが、気にしていられない。「大丈夫なの? 怪我、怪我したって聞いてっ」『お、おう、全然たいした事ねぇ。むしろフェイト、お前の顔面のほうがひどい』「私の顔面はいいよ、ひどくていい。なんで兄さんはいつも怪我するの」『きょ、今日はずいぶんハキハキ喋るな……』「だって私、怒ってるもん」 どうして怪我をしたのか。ホントの所は、しっている。最近になって世を騒がせているアレのせいなのだと。 裁判が終わり、クロノに無理を言って見せてもらった映像記録。金色の光と、紅蓮に燃える赤い髪。泥臭く、まったくスマートではない戦闘が、画面の中で行われていた。 音声までは拾えていなかったが、なにやら言い合いと、殴り合い。兄の拳は、赤い彼女に届かなかった。 つい先日まで、もうすぐ兄に会えるとわくわくしていたのに、今は心が冷たくなっている。いつもぽわぽわと幸せそうにゆるい表情は、どこまでも硬く、眉根にしっかりと溝が走っていた。単純に、不機嫌なのだ。『えと、なんだほら、フェイトはなんで俺が怪我したか知ってるんだっけ?』「しってるよ」『あー、えー、んでな?』「……」『えと……。……フェイト、そんなに怒るなって』「怒るよ」『うん、連絡しなかったのは謝るから』「に、兄さんにじゃないよ。あの赤いのにだよ」『あ? ああ、赤いのな……。……ぅえ? なにお前、見たの?』「うん、記録を。なにアレ。誰なの? なに話してたの?」 問い詰めるようにフェイトは視線を送った。 兄の目線がうろうろと。あー、うー、んー、むー、といかにも何か考えている風な唸り声を上げて、『バーカバーカ、とか言ってたな』「そっか」『……納得かよ』「え?」『いやなんでもござらん』 いやまぁそれはおいといて。そんな兄の身振り手振りが懐かしく、無事で本当に良かったと再確認。『んでな、あいつらリンカーコア集めてるらしいんだわ』「うん」『なのはとか、危なかったら助けてやるんだぞ』「うん」『気をつけるんだぞ』「うん」『……ちゃんと分かってる?』「わかってるよ」 心中に渦巻く熱。ぐらぐらと滾る怒り。あの、赤いの。 瞳は徐々に冷たさをましていく。代わりに眉根の溝は薄くなって、フェイトは完全に無表情になった。どこまでも冷たく、静か。しかしちょっとでも蓋を開ければ、黒く恐ろしい感情が。 兄は、ディフェクトは分かっていない。フェイトの戦闘資質を。どこまでも速く、防御を捨てでも、それでも速く。とにかく敵を倒すために訓練を受けてきた。リニスから、母から。そんな人間に、何かを守るなど、到底出来るわけがないのだ。 防御よりも、攻撃。兄姉の、似通った思考回路。 ───切り裂く。 フェイトはぺろりと唇を湿らせた。 復讐は何も生まない? そんなはずはない。なぜなら、この心に渦巻くどす黒い憎悪を、消してくれるではないか。「大丈夫だよ、兄さん。私、頑張るよ」