16/カウンター・ブリッツ は、は、は。 そこそこに荒い息遣い。小さな体を懸命に走らせて、なのははただ今帰宅中。 アリサの家に新しくやってきた犬を見に行き、次いですずかの家にこれまた新しくやってきた猫を見に行った。ユーノが居なくなってからというもの、なんとなく動物との触れ合いに飢えていたのだ。 五時には帰るつもりだったが、あと三十分、もうちょっと、とのびのびなってしまって、結局は六時を過ぎた。ちょうど良くバスの時間があったので送迎は不要だとすずかに伝え、バスに乗り、家の付近まで来たのなら、あとはダッシュしかあるまい。(怒られるかなぁ……) 一応家族に連絡は入れているが、それでも なのははまだ九歳。まだまだ心配される年頃だと自覚しているし、心底愛されているとも感じている。急がなきゃ。そんな思いが体を動かし、少しだけ速度を上げた。 はっ、はっ、はっ。 荒い息遣い。変わらず小さな手足を懸命に動かして、そのとき、暗い夜、街灯に照らし出された人影が映った。特に怪しいといった雰囲気ではない。楽しそうにお喋りしながら、女性が二人、こちらに向かって歩いてきている。 なのはは走りながらわぁ、と瞳を輝かせた。美人で、綺麗。系統の違う なのはでは、将来どんなことをやっても手に入れられないような美しさが、その女性たちはあった。ついつい先に進むはずの足はゆっくりと速度を落とす。 そして なのはが見つめるのに気がついたのだろうか。二人の女性は優しげに微笑んだ。「こんばんわ」 なんだか急に恥ずかしくなってしまい「こ、こんばんわっ!」もう一度速度を上げる。 綺麗な人達だったなぁ。 ───脳みその奥のほうにある引っかかり。小さな疑問。 例えばの話だが、指名手配犯が居たとする。この人は危険だから気をつけろ。そう言われて画像や映像を見せられたとする。 実際に遭遇したとして、どうするだろうか。日本に住む小学三年生は、いったいどうするだろうか。 まず考えられるのが、気付かないこと。そもそもそれが犯人だと思わない。 次いで考えられるのが、警察に届けること。なんだか似た人を見ましたと、相談すること。 どう考えたってそうだ。いくら怪しかろうがなんだろうが気を付けろと言われていようが、見かけていきなり警察に突き出すような真似は、現代日本に住む小学三年生女子には、不可能なのだ。 その疑問を確かめるように、二人とすれ違った後に、───振り向く。 眼前にあるものは、鉄? のようななにかで、炎? のような熱を発しており、とにかく なのはは悲鳴も上げずにしゃがみ込んだ。 「───ッ!」 頭上を通り過ぎていったソレ。 少しだけの沈黙。 今更ながらに騒ぎ出す心臓。「驚いた。いい反応だ」 決して反応したわけではない。それはただの反射だった。 つん、とタンパク質の焦げるような臭いが鼻をつく。高めに結んでいた髪の毛が燃えるそれは、なのはに確信を抱かせた。 ああ、この人たちが、闇の書の───。 「ッレイジングハート!」『──Set up──』 光に包まれた次の瞬間には、なのはは空を駆けていた。 自分は地面で戦うよりも、空で戦ったほうが強い。相手の武器の形状、先ほどの攻撃を見ると、近接攻撃が得意なのだろうと予想が付いた。だったら、毎日高台で魔力が尽きるほどまでに練習した魔法で、接近を許すまもなく、墜とす。 そんな考えが頭によぎり、自分で自分にギクリとした。それは違うだろうと首を振る。 強いだとか弱いだとか、何て危険な考えをするのだろう。なのはは強い。それはそれとして、確かな事実だ。しかし、それよりも重要なことが、小学三年生の心に刻み込まれていて。「なんでこんなことするの!」 お話、聞かせてよ。 しかし、そんな なのはの思いなど、いまの守護騎士たちに届くわけがない。彼女たちはすでに決意していたのだ。こうすると、決めているのだ。 決めるというのは、勇気がいる行為である。なにかを決める。重要なことほどにそれは重いプレッシャーへと姿を変えるし、それに押し潰されてせっかくの決意が姿を変えることもしばしばある。 だが、押し潰されるには強すぎた。決意を掲げるのに申し分ない強さを、ヴォルケンリッターはすでに持っていた。 なのはの思いはヴォルケンリッターにとって、鼻で笑えば吹き飛んでいってしまうほどでしかない。それに、なのはが気付かないでいたことは、どこにもおかしいことのない当然のことと言えた。「なんで、とはなかなか面白いことを聞く」「あなた達、どうしてリンカーコアを集めるの! 訳を聞かせてよ!」 なのはが叫ぶように言うと、剣を持つほうの女性が静かに口を開いた。「主の為。それ以外に何がある。それ以外の存在意義など、私は持たん」「だからっ、そのリンカーコアを集めてどうするのって───」「シグナムだ。あまり暴れるなよ。手元が狂えばお前は死ぬ。そしてお前は、手加減して勝てる相手とも思えん」 あまりに強固な瞳だった。以前に戦ったフェイトとは違う。迷いなど一切ない。ただ一点を見つめ、そこに向かって歩む。 なのははそれによく似た瞳をしている人間を、一人だけ知っている。そう、似ているのだ。その瞳の色は、ディフェクトによく似ている。一歩間違えれば頑固。一歩踏み外せば馬鹿。しかし一段上れば、それはヒーローになるような、そんな色。 迷いがないということは、それだけ自分に自信がある印。あなたは間違ったことをしているんだよといくら言っても、それがどうしたと返ってくる。ようするに、なのはが一番苦手とするタイプの人間は、こういった人の話を聞かない人間なのだ。 なのははうう、と小さく呻き、額から一筋汗をたらす。 これはまた、説得に時間がかかりそうだ。内心苦笑いをしながらそう思った。 一歩間違えれば頑固。一歩踏み外せば馬鹿。しかし一段上るとヒーロー。それは十分、なのはにも当てはまることだったのだ。 頑固だっていい。馬鹿だっていい。話を聞けずに、一緒に模索することも出来ずに戦うなど、絶対にしたくない。そんな決意が、なのはにはある。 なのははレイジングハートを強く握り締めた。視線の先はシグナムと名乗る女性。剣を正眼に構えた彼女は、炎が立ち上ったかと思うと一瞬にして甲冑を着込む。未だに毛先から続く不快な臭いに、あれは幻などではなく本物の炎だと理解した。「シャマル、結界を頼む」「了解」 とんとん。シグナムがつま先で地面を叩いた。 来るか、となのはは魔力を循環。攻撃でも防御でも、どちらでもいけるようにとデバイスに送り込む。「にゃのは……、だったな」「?」「目を離すなよ。瞬きの間に終わるぞ」 気が抜ける相手ではない。なのはが集中したようにやや前傾に体を倒す。呼吸をやや浅く保ち、いつでもいけるように心と体を準備。 ───瞬間。本当に瞬きの間。それは背後から襲い掛かってきた。 え? と間の抜けた声を出したのと同時に、紅色の魔力弾が背中で爆発。防御もプロテクションも、何もない状態でのそれ。バリアジャケットを楽々と通過してくる衝撃は なのはを地面へと叩き落し、「夢で罵れ」 ずるい! 眼前に迫り来るシグナムはすでに剣を振りかぶっていた。 やられてなるものか。話も聞かないままに、終わらせてなるものか。 その思いは なのはに、防御よりも攻撃を選択させた。袈裟に斬りかかってくるシグナムのデバイスの目の前にスフィアを設置。撃ちだすわけではなく設置したのだ。 それはレバンティンが触れた瞬間に爆発。桜色の粉塵と共に自身の体を後方へと吹き飛ばす。「くぅッ!」 ごろりと後ろ回りする要領で立ち上がり、慣性を殺さないままにフライヤーフィンへと力を込めて、もう一度空へと上がる。 しかし息を吐くまもなくそこに居るのは紅蓮の髪を風になびかせる少女。どこかで見たことのある顔だった。こうして本人を目の前にしてようやく思い出すような。 あれはどこであったのだろうか。そう、確か、自分が高台で魔法の練習をしていて、ゲートボールのおじいちゃん達が居て、そこであの色を見て、名前は確か、「ヴィータちゃん!」 「っは、よくやる。無茶苦茶だなオメー」「なんでこんな───」「ああ、そういうのはいい。剣を抜いた騎士にそういうの聞くってのは、野暮っつーんだ」「それでも聞くよッ! みんな困ってるよ、怪我してるよ! そんなに簡単に人を傷つけて……、ちっともよくないよ!」 少しでも、ちょっとでもいいから自分の思いを伝えたい。その感情は なのはを叫ばせたが、ヴィータから返ってくるのは冷ややかな視線のみ。 なのははそれでも諦めずに言葉を続けようとしたが、ヴィータはそれを制するようにデバイスを肩口に乗せた。 「鉄鎚の騎士ヴィータだ。高町んゃ、ん、にぁ、にゃのは」「?」「戦わなきゃ守れないものがある。いや、そもそも騎士に戦う意味を聞いちゃいけねー。和平の使者ってのはな、槍は持たねーもんなんだ」 ぎらりと瞳を輝かせたヴィータはまっすぐ なのはに向かって加速してきた。視界の端、ぎりぎりで捉える情報では、ヴィータの突進に合わせてシグナムまでもが駆けて来る。 二対一。確かヴォルケンリッターは四人。シャマルと呼ばれた彼女は結界を担当しているようだから、増えるとしてあと一人。 この絶望的な状況の中、さすがの なのはにも余裕は無い。余裕は無いが、毎日高台で練習した魔法、それを扱えるという自負。それを使えば簡単に落とされることはないという自信は、確かに存在した。 「レイジングハート」 呟き展開されるのはディバインシューター。ポツポツと姿を増やし、六つのスフィアを周回させる。 まずはヴィータだった。振りかぶった鎚を、加速を力にするように振り下ろしてくる。が、なのは はまたも防御魔法を張ることはなかった。スフィアをそっと設置。ヴィータの鎚に当たった瞬間に爆発『──protection──』今度は自分が吹き飛ばされないように、そのときになって障壁を張る。シグナムの剣も同じように。爆発『──protection──』。「なっ!」「ちぃ!」 襲い掛かってくる二人から焦れた声を聞く。 なのはは体を鍛えるのが苦手だった。それもそのはず小学三年生。体を鍛えることに、体がついていかない年代だ。そもそもどうやって鍛えたらいいのかも分からない。朝早くに兄姉が道場でやっている鍛錬。参加を考えたが、見ているだけで無理だと悟った。 ならばどうする。自分に問いかけた。 なのはの答えは、魔法。自分にしか出来ないスペシャリズム。それをどうにか得られることは出来ないだろうかと考えた。 得意なことは射撃、砲撃。苦手なことは近接戦闘。ディフェクトに負け、アルフに負けた。殴りかかってくるような戦闘スタイルは、とことん相性が悪いのだ。 だったら、その距離で戦えるようになればいい。なぜその距離で弱いのかといえば、隙が大きいからだ。 スフィアを形成。発射。これは二段階攻撃。 殴る。これは一段階攻撃。隙にねじ込む『殴る』は強い。 近距離適正が高ければ、遠距離の敵には弱い。だが、遠距離適正が高い者も、近距離には弱いのだ。 考えて、考えて、そしてなのはが選んだ魔法の訓練は、バリエーションを増やすことではなかった。自身のマイナスをプラスに変えるそれではなく、プラスをどこまでも伸ばし、とことんまでに追求するものは、コントロール。超近距離戦での射撃魔法。 クロノをして最近はすごいぞと言わせる才能が、なのはには備わっていた。「───アクセルッ!」 爆発『──protection──』。シグナムの剣腹を射抜いた。なのはを狙っていたレバンティンは大きく進行方向をずらし、明後日の方向を薙ぎ払う。 爆発『──protection──』。ヴィータの鎚先を弾いた。なのはを狙っていたアイゼンは後方に追いやられ、攻撃を放つ間もなくヴィータの肩口に戻った。 爆発。その爆風は自身の体を風に乗せた。 とことんまでに積極的な防御。超至近での射撃戦。スフィアの操作で攻撃の初動を叩き潰す。 一時的に距離をとり、なのはは優しげな瞳を周回するスフィアに向けた。いい子。言うこと、ちゃんと聞いてくれるね。諦めないで、お話聞けるよね。 それはヴォルケンリッターにどう映っただろうか。魔力と戯れる少女。意のまま自在に手足のように、それを操る少女。剣を振らせず、鎚を振らせず、魔法の発動の前にひらりと逃げる戦略性。「化け物め……」 二人が同時に呟いたのが聞こえてしまい、なのは はがっくりと肩を落とした。◇◆◇ お願いできる? その言葉を聞いて、地球へと転送を受けて、いったいどれほどの時間が経ったろうか。 風になびく金色の髪の毛。月光を背負う黒のバリアジャケット。フェイトは似合いもしないのに、薄く裂けるような笑みを浮かべた。 眼下に広がる戦闘は、実にうまい事いっているものだ。なのは は強い。少しの間見なかっただけで、まるで別人のように魔法を巧みに操るようになっていた。 喜ばしいことだ。とても、喜ばしいことだ。 バルディッシュを肩に構えた状態のまま、数十分が経過している。そう、フェイトは狙っているのだ。ただただ、必殺の機会を。 とくん、とくん、と心臓は驚きもせず、静かにそのときを待っていた。 フェイトが居るのは結界の範囲外ギリギリ。あと一メートルでも下に進めば、その効果範囲内に入ってしまうといったところ。魔法干渉したわけではないから完全に理解するには至らないが、恐らくこの結界は『逃がさない為』の結界。進入は容易に出来るはずだ。 「フェイト」 そのとき、自分と同じように下を向く使い魔から一声。 またか、と思いつつも、フェイトは闇にまぎれるように気配を薄く保ち、それをやり過ごす。 きょろきょろとあたりを見渡すように警戒を続けているのは、アルフと同じタイプの使い魔で、青の毛並みが綺麗な狼。 同じタイプだからこそ分かる。そう言ったアルフに任せ、その警戒範囲に決して入らないように気を配った。 あの赤いのに何度か隙があったのは事実。飛び出してしまいそうになったのも一度や二度ではない。しかしそのたびに、こちらには気がついていないはずなのに、あの狼が行く手を阻んだ。 無意識下での連携が取れている。フェイトは素直に賞賛を送った。 つい、と進行方向を変えた狼を見て息を吐き、再度瞳に映すのは赤いの。ヴィータ。兄に大怪我を負わせた、敵。 バルディッシュを構えたまま、一ミリも動かない。呼吸すら止まっているかと思うほどに、それほどまでにフェイトは集中していた。下を見つめる瞳だけがぐりぐりと敵の動きを拾い、その瞬間を探る。ぼんやりと開いた口から涎がこぼれて、風に乗って流された。 ただ一点のみを。 ただその瞬間を。 下で起こる戦闘は徐々に激しさを増す。巧みな戦闘を展開する なのはに、ヴォルケンリッターはほんの少しずつ焦りを重ねてきている。岡目八目。外から見る戦闘は、これほどまでに分かりやすい。 もともと気性が激しいのだろう。ここまで聞こえるほどに、ヴィータの声が響いた。「うざってーんだッ、オマエ!」 ぴく、とフェイトの肩が、ここに来て初めて動いた。 見る。見る。逃さない。一分たりとも逃さない。すべてを見る。今度こそ、今こそ。 ヴィータのデバイスから薬莢が弾け飛んだのを視認。一発、二発、三発。……ドクンッ。 掲げるように、そのデバイスを振り上げたヴィータは「ギッガントォ!」。 今。 ───フルドライヴ。 ぽつりと、何の意思も感じられないような声。しかし、腰から下げるデバイスは確かに反応した。 爆発的に高まる魔力。高まる攻撃意思。高まる鼓動。 とった。 思考の時間は刹那にも満たなかった。 ドンッ! 空間が消失。フェイトの姿は掻き消えるように、重力を味方につけて加速。超速。爆速。 それはまるで流星だった。いや、流星すらも凌駕した。金に輝く魔力光を残像と残し、フェイト・テスタロッサはひたすらに落ちた。通り過ぎた空間にソニックブームを巻き起こし、ぎしりぎしりと歪む体は奥歯に力を込めて知らん振り。風圧でもはや瞼すら飛んでいきそう。痛くて涙があふれてくるが、その涙も消し飛んでいく。充血を始めた瞳で、見つめる先はただ一点。一度も離さなかったその視線。担ぐ雷刃を携えて、血液が足元に下っていくような喪失感を得て、フェイトは今、「───んがッ、ぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!」 裂帛。 同時に振り下ろす、死神の鎌。最速をもう一つ超えて、フェイトのそれは風になった。その風すらも切り殺した。空間すらも断絶する勢いで、次元空間すら断ち切る力を持っていた。 ぐちゃ。 手のひらに伝わる感触。やったと確信。勢いなんぞ殺せるはずもなく、フェイトは相手と共に、そのまま地面に激突した。 まるで隕石でも振ってきたような轟音と振動。事実、フェイトのそれは隕石のような勢いを持っていたのだ。地面程度にその衝撃を吸収できるわけもなく、ぽっかりと大穴を開ける。 その中で、盛大に血を吐きながら倒れ伏すフェイトは、しかしバルディッシュからは決して手を離さなかった。自身の最愛を汚した罪は、フェイトにとって許せるものではない。動かない体に活を入れ、しかしそれでも動かないので、代わりに魔力を送り込む。 バヂッ。電気変換資質。 目も耳も鼻も口も、どこからでも血を出してフェイトは、「こ、げぇ、ろぉ……!」 天に向かって奔る雷。 フェイトは確かに止めを刺した。 それなのに、「……なん、でぇ?」 止めを、刺したはずなのに、目の前に下りてくるのはヴィータ。 絶望感に捕らわれて、フェイトの意識は闇に落ちた。◇◆◇ それはまさしく雷だった。 光ったと思った瞬間には、すでに音すら置いてきていて、轟音が鳴り響いた。 死ぬ。何をどうやっても死ぬ。振り上げたアイゼンで迎撃できるほど、その隙は小さくなかった。 走馬灯のように駆け巡る記憶は、どれだってはやてと一緒。一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にドラマを見て、一緒にゲームセンターに行って、一緒にゲートボールを見に行って。 死にたくない。消滅は嫌だ。まだまだ、これからだって楽しいことがあるはずなのに、こんなところでプログラム・アウトなんて、そんなのは───。 とん、と優しく肩を押された。 え? もちろんそんな声が出る暇はない。そう思っただけ。思う暇も無いようなので、感じただけ。 目の前数センチを、轟雷が通り過ぎた。爆音が響いた。正直な話、何がおきたのか理解出来なかった。 地面に大穴を開けたそれは、今ある戦闘をすべて停止させた。振りかぶったアイゼンは気の抜けたように元の姿に戻り、いつもの状態で沈黙を保つ。 誰もが、一つの声だって上げなかった。 濛々と煙を上げるそこにゆっくり降りていくと、もう一度雷が、今度は天に向かって伸びていった。 いったい何が起こっている。焦燥感が身を焼いた。 知りたくなんかない。けれども、ある種の予感のようなものが、ヴィータにはあった。 ああ、ああ、「……なん、でぇ?」 そんなの、自分のほうが聞きたかった。「ザフィ、……ラ?」 仲間の名前がうまく声に出せなかった。 金髪の少女と一緒に倒れるのは、ザフィーラだった。その姿を人間のものに変えている彼は、何でもないかのように立ち上がる。「お前、なに……、やってんだよぉ」「なに、と言われてもな」 困ったように笑う彼の腹には大穴が開いていて、血がまるで滝のように噴出しているのだ。それは地面につく前にただの魔力へと変わり、空気と混ざり合うように消えていく。きらきらとあまりに儚いそれは、魔法生命体と言う存在の危うさを示した。 ヴィータはとにかく何か話そうとするが、しかし言葉は出てこない。ありがとうと、助かったよと言いたいのに、出てくるものは涙ばかりだった。 だって、分かるのだ。これはもう、もたない。「ヴィータ」「やだ、やだぁ……」「そう言うな。はっ、なんだろうな……こんな時だと言うのに、満足しているんだ。お前を守れて……、よかった」「全員守るって、言ったじゃねーか……、まだ早ぇよ、消えんなよぉ……」 それは難しいな、とザフィーラはもう一度笑い、ヴィータの頭にその大きな手のひらを乗せた。 ぐりぐりと力強く撫で回されて、ヴィータはこれが最後なのかと、心臓に穴が開いてしまいそうな気分になる。とてもではないが、信じられそうにない。これで終わりだなんて、あんまりだ。皆で、笑顔を絶やさない生活のために頑張ったというのに、こんなところで欠けるなんて、そんなの。「さよならだヴィータ。……俺はお前の───」 ふ、と頭の上の温もりが消えうせた。 俯けていた顔を勢いよく上げるが、そこには魔力の残り香が残るばかりで、ザフィーラの姿はない。叫びだすような衝動は沸かなくて、ただただ喪失感が生まれるばかりだった。 風と一緒にその姿を完全に消し、───いや、残っていた。彼の証、その証明。 それは、リンカーコア。魔法生命体の心臓。 どくん。ヴィータが背負っていた闇の書が蠕動したように震えた。 まさか、とは思った。まさかそんなことをするはずがない。これまで一緒に戦ってきた仲間を食い散らかすような真似、するはずがないと。 しかし、闇の書はヴィータの意思を超え、その力を誇示するように頁を開いた。ばらばらばらばらばら。開く開く開く。緻密に書き込まれている頁をすっ飛ばし、白紙の、何も記載されていないそこにたどり着くと、「やめ、ろ」 ヴィータの声など、知ったことかと言わんばかりだった。「やめろぉぉおおお!!」 ばくんっ。 蒐集は完了し、それは音をたてて堅く閉じられた。