24/エフフォー 頼んだ。任せる。お前に賭ける。お願いします。時間稼ぎを。お前ならできる。自分を信じろ。俺も信じる。そしておやすみなさい。 ぐるん、と白目をむいてディフェクトは寝た。なのは には寝たというよりも気絶したの方がしっくり来た。 ユーノが変わらず治癒をおこなっており、その真剣な表情と、額に浮かんだ汗、感じる魔力の減衰から、恐らくもう戦えないだろうと判断。それはクロノも同じで、飛ぶくらいが精一杯くらいの魔力しか残っていないように感じる。というか、気を失っている。 なのははレイジングハートを握り締め、一度だけ目を瞑った。ディフェクトにはああ言ったが、まぁ、そんなに簡単に割り切れることではない。 大丈夫。絶対に守る。私に出来ないことは、みんながやってくれるから。 ゆっくりと瞼を持ち上げ、「そろそろ行くね」「うん、気をつけて。……ボクはもう戦えないから、一人にしちゃうね」「ううん、皆はいっぱい戦ってきたんでしょう? だったら私も頑張らなきゃ」「……いってらっしゃい、なのは」「いってきます、ユーノ君」 セットアップ。願うと、なのはは一瞬だけ光に包まれて、次の瞬間にはバリアジャケットを装着。 セイクリッドモード。なのはには速度がない。ないとは言っても、魔導師平均としてならそこそこに高い位置をマークしているが、それでも周りと比べるならば、なのはは『遅い』に入る。 だったら遅いなりに防御を固める。肩に新しく嵌ったフィールドジェネレーター、指貫のグラブ、袖口の強化など、とことんまでに防御を。回避や直接戦闘はさらに難しくなったが、もともとそういうものよりも、魔法を使っての防御の方が得意だった。なのはの選択は、まず防御なのだ。 いこう、レイジングハート。 小さく口にして飛翔した。遠目に見える闇の書は動かず、ただその場にとどまっているのみ。アクセルフィンを輝かせ、そこに向かって空を駆けた。 その距離が短くなるに連れて、レイジングハートを持つ手が震える。だめだなぁ、となのはは呟いた。「体が重い……」 レイジングハートに視線を送って、「こんな鬱々とした気持ちで戦うの初めて」 一粒だけ涙を流して、「もう何もかもが怖い……」 でも。 なのはは前を向いた。「でも、守りたいんだよ、私。おかしいよね。変だよね。ディフェクト君がいて、ホントに良かったって思ってるんだ」 見事に死に掛けているディフェクトだが、止めたところでそれが何になる。なのはを超えて我侭なあの男を、いったい誰が止められる。 だったら、なのははディフェクトを守る。最後の最後まで、ハッピーエンドを追い続けているディフェクトを。単純に考えて、あの男がそう簡単に終わってしまうようなことはない。なのは にはそんな、妙な確信があった。 時間稼ぎをよろしくお願いします、とディフェクトは言った。どこまでも優しかった。倒せとは言わなかった。 期待に応えたい。やり遂げて、頑張ったよと胸を張って言ってみせるのだ。 体の震えを奥歯で噛み殺し、相対。美しい女性。闇の書。 闇の書は視線すらもよこすことなく、魔方陣を展開させた。宙に浮かぶ、血色のナイフ。「話すことは、あるか?」 闇の書は透き通るような声でなのはにそう語りかけた。 なのはは首を振り、レイジングハートに魔力を送り込みながら。「ううん。私のすることは、もう決まってるから」「そうか」「うん」 ぴくり、とナイフが動いた。「穿て……、ブラッディダガー」 飛来。それは赤色の軌跡を残し不規則に飛ぶ。なのはは見ていないが、クロノの氷塊とよく似た動きだった。 闇に血色のアクセントを塗りつけながら風を切る。いつだか戦闘機のアニメでみた『ゴースト』をふと思い出した。 避けきれない。なのはは瞬時にそう決め付けた。そもそも最初からあまり避けるつもりが無い。右手をまっすぐに伸ばし、四本同時に飛んでくるそれに向けて障壁を展開。「シールド!」 シールドに当たった瞬間にそれらはぐしゃりと潰れ、爆発。重たい衝撃がのしかかってくるが、簡単に破られるようなことはない。なのはの防御は、すでにこの時点で全魔導師中のトップクラスに立っていた。 爆炎と爆煙を突き破り、上昇。 相手は接近戦を好むようなタイプではないらしい。シグナムとヴィータがそうだったものだから、同じ戦法で行こうと思っていたが、どうやら無駄に終わってしまった。 最初の魔法を見て気が付くべきだった。闇の書はおそらく遠距離適正型であり、広域魔法型だ。 戦闘経験の少なさ。それだけはどんなに才能があったところで埋められるものではなかった。 視線を下に向けると、闇の書は相変わらずそこから動こうとはしていない。距離を開けても、そこは自分の攻撃範囲だとでも言うのだろうか。 ふっ。短く息を吐き「バスターモード!」なのははレイジングハートを構えた。先端を闇の書へと向け、魔力を溜め込む。 新しいレイジングハートには、シャフトからせり出すようにベルカ式のカートリッジシステムが取り付けられており、そこをグリップ。人差し指にかかるトリガーに少しだけ力を入れて、「いくよッ!」『──Divine Buster──』 引き金を引いた。 直射型の桃色奔流。自身の膨大な魔力に任せた単純射撃。 伸びていくそれに、闇の書は動こうとはしない。先ほどのなのはと同じように右手を伸ばし、障壁展開。 光が爆ぜて、爆音が響いた。「───っ!」 手ごたえはない。手ごたえというより、感じる魔力反応に、弱ったそぶりが一切見られない。 移動したり、追いかけてきたり、そういう動きが無いのは自分の防御力に自信があるからだ。なのはは初めて自分と似たタイプの魔導師と戦っている。 なのはは旋回するように場所を移し、二発三発とディバインバスターを撃ち込むが、やはり効果はなし。そこそこに自信があった攻撃魔法だっただけに、少しだけ焦りが出てくる。「かたい……!」 呟いたとき、闇の書が空を仰ぐように両手を広げた。なにが来るのか見当がつかない。 とりあえず一所に留まるのはまずいだろう。なのははアクセルフィンを輝かせ、闇の書からさらに距離をとった。 しかし、ぽんっ。 肩で小さな破裂音。「えっ……、雪? ……───雪!?」 雪が降っている。ちらちら、ふわふわ、しんしんと。粉雪と呼ばれるそれ。あまりに儚く、美しく降るそれ。 魔力の欠片だった。粉雪は街全体で降っていた。すっぽりと結界に覆われた街全体で。 ひとつひとつの威力は大した事はない。だが、この数。数と言うよりも、本当に雪なのだ。天から降るそれを、一体どうやってよければいい。 新バリアジャケット越しに感じれば、ゴムボールが当たったくらいの感覚だ。だが、考えても見て欲しい。いくらゴムボールとはいえ、それが百も二百も三百も当たれば、それはすでに攻撃だろう。しかもなのはは移動する。自分からそれにぶつからなくてはならないのだ。 頬から垂れる汗は、小さかった焦りを大きくする。 なのはは自身の頭上に、傘のように障壁を張った。しかし相手は雨ではなく、雪。ゆらゆらと揺れ動き、ふわふわとなのはに接触する。ぽんっ。小さな破裂。ぽんっ。小さな隙。ぽんっ。小さな苛立ち。 うう~、とやきもきしたように唸り、なのははもう一度トリガーを絞った。 真っ直ぐに伸びる射撃は、変わらず防御される。「じ、時間稼ぎなのにッ!」 自分の未来が手に取るように分かった。闇の書が狙っているのは、疲労ではないだろうか。この雪は、確実に体力を奪っていく。そうなると判断力が落ち、魔法制御にも問題がでて、魔力運用も上手いことは行かない。 思考。闇の書の姿が遠くにあることで、落ち着いて物事を考えられる。さあ、どうする。簡単にやられるわけにはいかないのだ。せめて、ディフェクトの回復を待ってからではないと話にならない。 なのははぎゅ、と硬く目を瞑り、レイジングハートを握る手に力を込めた。「───行こう! レイジングハート!」 我慢比べの意地通しだ。 なのはは頭上に展開していた障壁を消した。 こんな大魔法が、そうそう長く続くとは考えられない。新しい防御力を信じて、新しい力を信じて。疲労しても、判断力が落ちてしまっても、ただ一つ『こうする』と決めておけば、そこに判断はいらない。いるのは『それをする』という決断力。「モード、エクセリオン!!」 薬莢が弾け飛び、レイジングハートがシャープに、槍のような姿に姿を変える。 そのとき、重さを感じた。ずしりとレイジングハートが重たくなったような気がしたのだ。魔力の消費が著しい。カートリッジを使ってもこれなのだ。攻防を重ねていけばどうなるかなど目に見えていたが、「バレル展開!」『──Barrel Shot──』 しかしなのはは貫いた。 照準と弾道の安定。そのための補助魔法。必中の策。バレルショットは色の無い衝撃波として放たれた。 恐らくこれはかわされるか、障壁で曲げられてしまうかが関の山だろう。空間固定のバインドも同時におこなうように出来ているので、当たればかなり有利に戦闘を進められるのだが、なかなか難しい。エクセリオンバスターを直接───、 当たった。 バレルショットが、当たった。え? と呆けた声を出してしまったが、それも一瞬。 暴風が通り過ぎたように闇の書が身体を硬くし、次の瞬間には手足の拘束は完了。 なにがあったのかは分からないが、とにかくなのはの不屈の心が幸運を呼び寄せたのだ。このチャンスをモノにしないようでは、魔法少女の名が廃る。 人差し指に目一杯力を込めて、「いって! エクセリオンバスタァ!!」◇◆◇ それは刹那の思考だった。 自身の心臓に、誰かがアクセスしている。その誰かなど最初から分かっていて、たった今プログラム化を進めている元主、八神はやて以外に居ない。管理者権限が残っている主は、あの四人の中ではやてただ一人なのだから。 なぜ? 闇の書管制人格は考えた。 なぜ、外に出ようとするの? そこには家族が居るのに。そこだけは幸せなのに。そこに居れば、無限の幸せがあるのに。プログラムを再生するときは、きちんと記憶は消してやるのに。人を殺すことなんかにも、苦悩を感じずにすむように。ただただ、私の中に居れば、それで幸せなのに。 そして衝撃波が通り過ぎた。「───っ!」 同時にかかる、手足へのバインド。確かに強固だが、いままで蒐集した魔法を使えば拘束は解ける───、 その時間すらなかった。目の前に迫る桃色の光。直撃はまずい。かといって障壁を張るような隙も無い。 闇の書は初めてその顔に表情を作った。焦り。現段階でプログラム化している八神はやての身体に、このような魔力ダメージを与えては何が起こるか分からない。これ以上バグを抱えるのはごめんだ。 ただただ、その膨大を二桁ほど上回る魔力を、単純に集めた。自身の身体にまとわせ、少しでもダメージを抑える。 ───衝撃。「ぁぐッ!」 それは予想通り、痛かった。八神はやての身体を乗っ取って戦っている以上、痛覚は確かに存在した。 バインドも何もかもが一斉に吹き飛んでいき、闇の書管制人格は初めてその場から移動した。桃色の残滓を蹴散らしながら、距離をとる。あんなものを二度も三度も食らっては本当に壊れる。 上昇。雪を降らせる魔法を一時停止。魔力を無駄に使うのをやめた。 なのはを見据え、しかし変わらず胸の辺りから感じる、五つの波動。どうして。家族になったのではなかったのか。家族を欲していたのに、そこには家族が居るのに。 痛む身体に活を入れ、闇の書は祈るように両手を合わせた。両目を瞑り、魔力を集める。きぃん、とやや耳障りな音をたてて、足元に魔方陣が広がった。「その威を包め……、フォースフィールド」 奪った魔法。コピーした威力。 闇の書は、フィールドを形成した。ドーム上に辺りを包むそれではなく、闇の書から見てななめ下、その奥にある街も、扇状に伸びるフィールドで。 それもなのはのものと同様に目では見えないが、確かに存在した。闇の書を頂点として、円錐状にそれは存在するのだ。 何かに気づいたのか、なのはが旋回し、その背中に一つのビルを背負った。そう、仲間が居る、そのビル。フォースフィールド内にすっぽりと収まっているのだ。「創生の終わり 終末の始まり 天を駆ける祈り」 二重三重に魔方陣が輝く。 両手を合わせたその隙間に、小さな輝き。「背負う罪 輝きの中で流れ 方舟よ沈め」 それは力だった。何もかもを消滅させるような、そんな力。 「祖は言い示した 光在れ。……祈れ。始まりのα……───エクスターミネーション」 光だった。闇色なのに、それは光と認識できた。 これこそディフェクトとシェルブリットが用意していた『砲撃、射撃、どっちつかずの遠距離攻撃』。エクスターミネーションに指向性を持たせるわけではない。ただ、消滅の範囲を決めるだけ。ここからは出られませんよ、とフォースフィールドで設定するのだ。 無尽蔵に破壊を楽しむ従来のエクスターミネーションとは違い、それらは相手を押しのけるように奔った。ぎゅうぎゅう詰めのフィールド内、何を消してやろうかと探し回った。暴力的で、破滅的で、馬鹿が何も考えずに走るとこうなる、といった典型のような魔法だった。「……お前も消えろ。私は幸せを掴むんだ……」◇◆◇ なにかとんでもないものが来る。予感はしていた。フィールドで区切られた範囲。背中に守るディフェクト、ユーノ、クロノ。守る、という行為こそが、なのはに力を与えた。 聞こえる祝詞のような呪文。美しい声。そして、長い。呪文が長いというのは、それだけでも威力を語る。 ごくり、とつばを飲み込む音がやけに大きく聞こえた。 死ぬ、かも知れない。死んだら、怖い。いや、死ぬのが怖い。自分が死ぬのももちろん怖いが、背中に守る皆を守れずに死ぬのが、一番悔いが残る気がする。 心臓が早鐘のように鼓動をうつ。は、は、となのはは犬のように息を吐いた。 死なせないし、死なない。死にたくないし、死なせたくない。 思い出すのはディフェクトの言葉。 頼んだ。任せる。お前に賭ける。お願いします。時間稼ぎを。お前ならできる。自分を信じろ。俺も信じる。 頼んだということは、頼ってもらえたのだ。任されたのだ。時間稼ぎをお願いされているし、なのはにならできると言ってくれているのだ。今まで絶対の自信なんか持ったことは無かったが、なのはは自分を信じた。なんと言ってもディフェクトに信じられているのだから、だから自分を信じる。 出来ないはずがない。こんなにも皆のことが好きで、こんなにも守りたいものがあって、自身の手のひらには、新しい力がある。 デバイスに視線を預けると、レイジングハートは何も言わずにコアを輝かせるだけだった。言葉は要らない。さあ、行きましょう。そういっている気がした。 「レイジングハートEF4……全力全開だよ!」『Of course.Master』 「ジャケット重ねて! タイプF4!」 こんな攻撃があるよ、とレイジングハートと話し合ったときから構想していたものだった。 防御力重視のセイクリッドモードから、タイプF4へ。光に包まれて、初めて作り上げるバリアジャケット。 それは、どこまでもどこまでも、行き過ぎて地の果て天の果てが見えるほどに、機動性が無かった。動くために作っているとは思えないフォルム。もともとが防御を重視しているために、少しだけ重そうな印象のあったセイクリッドモード。そこからさらに重みを増した。 おそらくイメージしたときに、ヴォルケンリッターの騎士甲冑が入り込んだのだろう。メタリックなパーツが増えた。背中から広がり、小さな胸を覆うそれはプラチナのように輝いて、肘から先を覆う篭手も。腰をベルトのように回るそこからは、スカートを這うように十本の金属が生えていた。 そしてなによりも印象的な、顔。なにから守るためにあるのだろうか。可愛らしい顔をバイザーのように伸びるプラチナが隠してしまった。 ずしん、と体が重くなる。高度が下がるほどに、それは重いのだ。 しかしながらそれは、当然予想していた。堅いは重い。だからこそ、「空間固定ッ」 バインドである。なのはは自身にバインドを施した。そもそもの機動性がゼロ。相手の攻撃を避けるつもりがないのだ。だったらその空間に立ち止まる。 空間固定で一人になって、そんな孤独を感じるほどに今のなのはは、もはや孤定砲台だ。 腰を固定し、足を固定し、射撃体勢に入って、最後に腕を固定した。相手に動くそぶりは見えない。これならいける。「モード切替! フォルテッシモドライバー!」 レイジングハートの、エクセリオンモードの形が変わっていく。中央に真っ直ぐ走るジョイントが開くと、それはやや後ろに下がった。開ききった中央からは昆虫の、ヘラクレスオオカブトの角に似た二本の装飾。いや、装飾というよりも、武器に近いのかもしれない。 レイジングハートがさらに重くなる。そう感じる。しかしそれでもなのはは、「ACS起動!」 レイジングハートのフルドライヴ。またもジョイントが開き、そこからストライクフレームが伸びた。半実体化した魔力の翼。それは攻撃のために使うのではない。これから使う魔法から、なのはを守るために存在する。 ACS。アクセラレート・チャージ・システム。エクセリオンモードのときは瞬間突撃システムとして、速度のないなのはの身体を運んでくれる。 しかし、 ACS。アクセラレート・チャージ・システム。フォルテッシモドライバー時は、瞬間魔力充填システムとして働くのだ。 なのはに送り込んでもらうだけではなく、レイジングハート自らがなのはの魔力を吸い上げる。砲撃に必要な魔力をすばやく集め、収束し、どこまでタイムロスをなくすか。ただそれだけのシステム。 ロードの掛け声もないのに、レイジングハートは勝手にカートリッジを取り込んだ。四発のそれが弾け飛び、しかしそれでもまだ足りないのだろう。なのはから、もともと膨大な魔力を持っているなのはから、そこが尽きるほどに吸い上げていくのだ。収束。高速収束。密度の高いスフィアが形成されていく。 血の気がうせるような感覚がした。存在するはずのものが、どんどんと奪われていく。しかし怖いかといわれれば、そうではなくて、レイジングハートも一緒になって頑張ってくれている事実に、涙が溢れそうなくらいの喜びを感じた。 そして、「……祈れ。始まりのα……───エクスターミネーション」 闇色の輝きが、視界を覆った。 なのはは見たこともないのに、それがディフェクトの魔法だと直感する。なんとなく、そんな気がしたのだ。 ディフェクトの魔法で、ディフェクトをやらせるものか。小さな矜持。 叫ぶように、「フルフラッドッ! ブレイカァァアアああああ!!!」 直射するのかと思いきや、なのはのそれは、真っ直ぐには飛ばなかった。 あまりに高密度の魔力は重力に引かれ、少しだけ落ちる。思い出したかのように上を目指し、溢れた。弾けもしない。爆発もしない。ただただ、洪水のように溢れるのだ。垂れ流しと言い換えてもいい。バレル展開しても収まらないただの攻勢魔力。どろりと解けるようなそれ。どぱぁっ!! と、真っ直ぐでもなければ規則性があるわけでもなく、ただ溢れるのだ。 桃色の魔力はなのはすらも危険にさらす。ぽたりぽたりと雫のように落ちてくる魔力は手を焼いた。しかし篭手があった。飛沫が飛んだ。しかしフェイスガードがあった。ジャケットに降りかかる。しかし白金でコーティングされていた。 エクスターミネーションを飲み込もうと、なのはの魔法は進んだ。 だが、あの魔法はどこまで悪食なのだろうか。桃色を侵食するように、ぞろぞろとアリが這うように迫ってくるのだ。 うう、うう、となのはは唸った。みしみしと、返って来る反動と、悪食魔法の威力がなのはを押し潰す。 レイジングハート、負けたくないよ。守りたいよ。瞳に映る色は、諦めなど一切無かった。 魔力の全てを注ぎ込んで、「全力ぅ……全開ッ!!」 もっと強く。もっと強く。「───フォルテッシモぉ!!」 桃色が全てを飲み込んだのを見届け、すっからかんになった魔力にお礼を言って、なのはは重たくなる瞼に抵抗することなく、ゆっくりと気を失った。