25/リィンフォース おおー、来た来た来た……はいキャッチ。と思ったけど重すぎてなのは落としてしもた。 どごっ! とアスファルトを若干破壊しながら、そしてバリアジャケットが解けていく。ううむ。なに考えてこんな馬鹿みたいに重いのを作ったんでしょうか、なのはさん。いやそこそこカッコいいけどさ。 あ? 俺? いや俺は大丈夫だよ。もう完璧だよ。誰とだって戦えるよ。闇の書とかマジ一発だよ。「……よぉし、いく、かぁ……っ、うん、いこう、かなぁ……」 あ? 痛くねぇよ。全然痛くねぇよ。もう絶好調だよ。いまなら何だって出来るような気さえしてるよ。 まったく。どいつもこいつもバタバタ気絶していきやがって。もうちょっと頑張れよ。俺みたいに頑張れよ。目が覚めたら絶好調だってきっと。さあ、目覚めろみんな。死ぬぞ。俺が死ぬぞ。 てか闇の書はどこさ行っただ。もう絶好調だけど全然体が動かないから向こうから来てくれなきゃどうしようもないんだけど。「い、ちち……、ああくそ、シグナムが馬鹿みてぇに強ぇから……」 ずるずると足を引きずりながら進む。なのは? いやいや、ンなもん置き去りですよ。構ってる暇なんてないって。 闇の書さーん。どこですかー。出来ればそのまま出てこなくてもいいんだけどねー。 街は暗く、静かだった。風の通る音さえ聞こえなくて、逆に耳が痛くなるほどの静寂。ほら、あんまり静かだとキーンて聞こえたりするじゃん。あれだね。なんかもう俺一人しか居ないくらいの勢いだね。 ひー、はー、ひー、はー。ああ、きっつい。歩きつかれた。なのはが三十メートルくらい後方に見えるけどもう疲れた。体力ねーなぁ、俺。「は、はぁ……シェルぅ」『───、な・、す───か』「ナスカ……?」『……───、・……』「まだ、起きとけ、よ……」『───。……!』「ん」 シェルがなに言ってるかさっぱり分からんので適当に返事。 アルター使いすぎたわ、今回。シェルが眠りそうになってる。ここで眠られると非常に困るから叩き起こさなきゃならんのだ。 そもそもシグナムでかなりやられた。ちくしょう。もっと楽に勝てるかと思ったのに、全然強いんだもん、あいつ。 なんでこんな怪我ばっかしなきゃなんないんだよ。あーあ。シグナムたちが闇の書から出てくるときは、きっと全快してるんだろうなぁ。ずりー。出てきたらシャマルに回復してもらおう。ユーノダウンしちゃったし。 ちきしょー。ホントに、なんか俺もしかして貧乏くじ引いてんじゃねぇのかな。こんなに怪我ばっかする予定なんかさっぱりなかったんだけどなー。 まずクロノがいけねぇよ。血迷いやがって。俺にかかってくるし、シャマルで魔力使い果たすし。ユーノはなんか知らんがガッツリ魔力消費してたし。あいつ多分使いやがったな。チート能力。仙里算総眼図。なんでどいつもこいつもさっさと魔力消費しちまうんだ。 ひーこらへーこら言いながら、静かな道をたった一人で。 寂しいぜ。予想以上に寂しいぜ。ていうか心細いぜ。勝てんのか俺。闇の書さんやい、なのはのアレでスカッとぶっ飛んではやてを出しておくれ。 そんな淡い希望を抱きながらずるずる歩いていると、「……、っく……」 なんか聞こえた。「あぁ?」 闇の書発見。 ビルの影。壁に背中を預けてはやての身体を治療していた。「は、なんだよ……、ボロじゃ、ねぇか」「……お前ほどではない」「へ、へへ……なんかよぉ、勝てそうな気が、してきたぁ……」 拳は地面に向けたまま、アルターを発動させようかという時。「やめておけ」「なん、でぇ?」「私が、もたない」「ははっ、いて、いたた……、つかさ、それ、狙ってんだけど?」「違う」 闇の書が天を仰ぎ、自分の肩を抱いた。「もう、溢れそうっ……!」 闇の書が呟き、瞬間、地面が爆発した。おおう……、ついに暴走プログラムが来るのか……。 こうなる前にバシバシダメージ与えて はやて出したかったんだけど、いやぁ、どうだろうねぇ、これ。 にょろにょろと地面から触手のような物が生えて、それは生きているかのように蠢く。実際生きているのかもしれない。うえぇ、気持ち悪ぃなおい。 たまらんな。こういうのはホントにたまらん。もう逃げだす力すらないのに、このタイミングでかよ。もうちょっと早くか遅くにしてくれよ。なんで俺が目覚めるとこんなことになるんだよ。ちっとも良い事ねぇぞ、最近。「とめ、ろよ。マジで、むり……」 闇の書は何も答えなかった。 先ほどまでも無表情だったが、今は無表情を超えて、それこそ人形のような印象だった。……引きこもりやがった。引きこもりやがったよこいつ! まってまって! 出て来いって! 止めろこれ! 止まらんのかこれ! 触手が動き回り、闇の書を守るように重なり合った。地面の崩壊と共に、マグマのような魔力があふれ出してくる。それは轟々と燃え上がり、天に伸びていき、先ほどまでの静寂が嘘かと思えるほどに、周囲はいきなり地獄のような風景へと様変わり。 暴走が始まったんだよ。無限転生と周囲破壊。防衛プログラムはバグで暴走して、守るために周囲を破壊する。誰を守るかって話は、もちろん主を。はやてを。「はぁ、はぁ……くそ、やってらんねぇ」 いまこんなのと戦闘になったら大変なことになる。 うん。逃げよ。……なんか最近逃げてばっかだ。 幸運なことに、闇の書は何かを目標にするということはなさそうだった。ただ単純に、目に付くものを破壊しているだけに過ぎない。俺が何にもしなかったら、たぶん巻き込まれない限りは何とかなると思うんだけど……。 ───ぐりん、と闇の書の首と瞳だけが動いた。「うおっ」『主を悲しませたお前は、死んでいい』 何の感情も乗っていない声。これこそまさに『再生』をしているような声だった。 言っているわけではなくて、あくまでも再生。たぶん、思っていることを口にしているわけじゃない。思っていたことを口にしているのだ。記録から探り出した言葉のような、そんな冷たさがあった。「だから、さぁ……、ごめんって、言いに、来てんだろぉが……」『その願いは叶わない』「会いてぇん、だよ……! はやてにっ!」『その幸せは訪れない』「お前がっ! 俺の幸せを、奪うんじゃねぇよ!!」 触手が伸びてくる。蛇のように這い回り、足元に集まって、今か今かとこっちを見てる。 ああ、アルターを。早く魔力集めて、シェルを起動させて、戦わなきゃ。 意識の裏側にアクセスして、周囲の物質を確認。どこでもいいから、こわれ───、同時に触手たちは襲い掛かってきた。ああちくしょう、なんか体が鈍い。遅い。ちっとも思い通りに動かない! ぐるぐるぐるぐる絡み付いて、縛り上げられて、「んぐッ」 首を絞めてくる。 こ、絞殺? ちょ、まてまて、苦しいよそういうの! はやて早く! 疾風のごとく説得して! さっさと暴走プログラム切り離してッ! あまりにリアルすぎるよ、絞殺!「ぐ、んぎ、ぐぅっ!」 やばーいよ。えへへ。なんかちょっと気持ちよくなってきちゃうよ。もう俺死にかけマイスターの称号をもらってもいいころなんじゃないだろうか。俺ほど死に掛けた人間はそうそう居ないんじゃなかろうか。もう俺はもしかしたら死んでいるんじゃなかろうか。死ぬ死ぬ。げぼげぼ。苦しいでげす。 ……冗談じゃねぇ。冗ッ談じゃねぇぇええええええええええええええええええ!!! やだ! 死にたくない! こんな、絞殺とかかっこ悪い死にかたヤダ! 俺は荒廃した大地にビーチパラソルを立てて! そこに椅子置いて! 小説を読みながら死ぬんだ! カッコいい言葉を残して死ぬんだ! グラサンをちょっとずらして死ぬんだ! アニキィィイイイイイイ!! 正直ね、もうね、走馬灯見てたね。皆と『挨拶』かましてるとこ見てたね。 ああ、俺は意外と幸せだったのかもしれない。うんうん。挨拶たくさんしたし。……ユーノとやってねぇな。なんでしてねぇんだ。 ……あれぇ? なんだこれぇ? うふふ、この白くて紐で三角なのはなんなんだぁ? おやおやぁ? あはは、えへへ、くひひ、けきゃ。 ───システルさんの、パンツ下ろし。 「ッだが、ら゛!! な゛、んで! ジズデルざんのが!! ざいご、なんだああ!!!」 死んでたまるか。走馬灯みてんのにパンツ出てくんじゃねぇよ。「はや、で……ッ、をぉ、だずげ、るんだよ、ごの、俺がッ」 首に巻きついているそれを引きちぎろうと力を入れて、(だったら、そん、なもん……、に、つか───まってん、じゃない、よ) 突如として頭の中に聞こえた声。聞き覚えのない声。 全然上手く聞こえなくて、それは念話だと確信した。最近はあんまり使ってなかったけど、俺は相変わらず念話が下手糞だ。 さぁて、あなた誰さん? 疑問は尽きることなく出てくるが、この際助けてくれるんだったら誰だっていい。なんでもいい。神様でもいいし魔王でもいい。天使でもいいし悪魔でもいい。人でもいいし魔法生命体でもいい。女だっていいし男だっていい。植物だっていいし動物だっていい。犬だっていいし猫だって───、きらりと、上空から、「───にゃんッとぉぉぉおおおおおおおおお!!!」 それは流星のごとく現れた。仮面をかぶったあんちくしょうお得意のキック。 闇の書の頭をクリティカルに蹴りつけたそいつは、「ロッデぇ!?」 言った瞬間、後方から飛んできたカードのようなものが触手を切り裂いた。 はぁ! と美味しい空気を胸いっぱいに吸い込んで、「アリア!」 ネコーズの登場だった。 なんて登場だよ。カッコよすぎだよ。こいつら絶対出待ちしてただろ。ああちくしょう、最高じゃねぇか! あれか、グレアム爺さんの差し金か! はやてちゃんを殺しにきたんじゃないんだよね! だってほら、助けてくれたじゃん! 助けてくれるんだよね! サンキュ! 叫ぶと、ロッテは俺を荷物のように肩に乗せ、猫らしい予想のつかない走りで闇の書を翻弄した。右かと思えば逆で、左かと思えばそれまた逆で、予測攻撃を受けても超反射で反応。ジェットコースターなんかよりスリルがある。 とは言え、楽しんでいられるような状況ではない。ロッテは全力で逃げ回っているのだ。闇の書の攻撃から、俺っていう荷物抱えて。 はっはっはっ、と幾分早めの呼吸。楽そうに見えるが、そこそこ神経使ってんだろうね。「呼びかけるんだよ!」「ああ!?」 少し意味が分からん。 クエスチョンマークを全開に放りだしていると、上空から魔法で闇の書を牽制してるアリアの声が聞こえた。「暴走の瞬間は! 闇の書と主が一番近くなる時でしょう!!」 なるほど。ああ、そういうこと。なるほどそうか。だからこのタイミングで永久封印しようとしてたのね。 別に俺の呼びかけなんかなくったって、はやてちゃんは強いんだからやってくれるはずなんだけど、しかしロッテは言うのだ。「あの子泣いてたんだから! あんたが消えて、あの子泣いてた!」「……」「『またね』なんでしょ! 『ただいま』って、言うんでしょ!!」 ロッテは少しだけいやらしい顔で笑って、今度はアリアが。「私たちは失敗! だからあなたに賭けるの! あなたたちに、悲しみを終わらせて欲しいのよ!」 どいつもこいつも自分勝手だな! 俺に勝るとも劣らないわがままだな! いいねいいね、そういうの! もう一度大きく息を吸い込んで、人形のような闇の書に向かって、「ホントごみぇッ……」 噛んじゃったじゃねぇかよ。「ホントごめんね、はやてちゃんっ!」 届け、声。君に届け、俺ヴォイス!◇◆◇ 声が聞こえる。どんなときも忘れることのなかった声が。ごみぇって言った。言い直して、ごめんねって言った。はやてちゃんって言った。呼び方が昔に戻っている。何だか懐かしい気分。 シグナムをみると楽しそうに笑っていた。会いたいな、と口にしているのが見えて、それは自分もそうなんだよ、とはやては言った。「なにしてんだ、アイツ?」 ヴィータが笑いながら口にして、「ディフェっちゃん、馬鹿やからなぁ」「でも、男はちょっとくらい馬鹿なほうが可愛いわ」「おお、お姉さん発言やな、シャマル」 うふふ、とシャマルはザフィーラに視線を送りながら笑顔を作る。ザフィーラは居心地悪そうに頭を掻いた。 ここは、暗い場所だった。最初にはやてが居たところだった。家族の元に送ってもらって、はやてはまたここに帰ってきた。今度は全員で、闇の書の主達全員で。 何度も何度も呼びかけた。話をしよう、と。あなたのことが知りたいと。私たちは、外に出たいのだと。 闇の書がショックを受けるたびに、この闇は揺らいだ。そのときに理解したのは、ここは闇の書の心なのではないかということ。デバイスに心など無い、と心無いことを言う様な奴は、一人も居なかった。 闇の書には心がある。幸せを求め、願いを叶え続け、学習に学習を重ねて、きっとそういうものが発生したのだ。ただのプログラムではなく、人間的な『心』というものが。『俺さ! 馬鹿だからさ! もうホント、なんて謝っていいのかわかんないんだけど!』 声が聞こえて、闇は揺らいだ。血を吐くような声だった。掠れて、ひび割れて。 はやては胸の奥に火が灯るような感覚を覚えた。嬉しい。謝るだなんて、そんなものは要らない。ディフェクトの声が聞けて、それだけで幸せなのだ。『でも、とにかくそっちには行くなよ! 俺寂しい! はやてちゃんに会えなかったら、すげぇ寂しいよ!』 なぜ? 闇はもう一度揺らいで、そう問いかけているようだった。 闇の書は求めているのだ。はやてにはそれが分かる。自分がそうだったから。赤の他人を家に住まわせるほどに、餓えていたから。温もりに、優しさに。そして、家族に。『幸せとかッ、俺わかんねぇよ! どうなりゃ幸せなんだよ! 言ってみろよ!』 くす、とはやては喉を鳴らした。無茶苦茶で滅茶苦茶だ。 はやてはどうなれば幸せだろうか。一緒に居たい。家族と一緒に居たい。皆と一緒に生きて、笑いあいたい。皆の笑顔がみたい。料理を振舞って、それで笑顔になってくれる人達を見るのが、はやては好きだった。 『俺の幸せは俺が決めてんだ! はやてちゃんの幸せは! はやてちゃんが決めるんだ!』「うん。私の幸せは、私が決める」 ぐらぐらと、闇が揺れ動いた。『だったら! お前の願いはなんなんだよ!』「あなたの幸せは、なんなん?」 一本の罅が、そこにはあった。 思いがそこからあふれ出したような、そんな気がした。『言えよ!』「言うて」 なまえがほしい。かぞくがほしい。『聞こえねぇ!』「もっと、大きな声で」 ───独りは、寂しい───。 まるで硝子が割れるような音が響いて、闇が崩れた。崩壊していくそれの奥に、一人の女性が膝を抱えて座っている。 彼女こそが闇の書管制プログラムであり、この闇を抱えている本人。 はやてには、まだ管理者権限が残っているはやてには、理解できる。 管制プログラムはずっと独りだった。孤独だったのだ。主を取り込む事は出来ても、プログラム化が終われば触れ合えない。デバイスとして使ってもらえても、マスターはすぐに死んでいく。 何度そんなことを繰り返してきたのだろう。闇の書の闇は大きく膨らんで、もはや押さえきれるものではなくなっていたのだ。 はやては歩を進め、管制プログラムの前まで歩くと、その頬を撫でつけた。視線を上げる彼女は、今にも泣きそうなほどに顔をゆがめている。「一緒にいこ」「……私は、主の大切なものを傷つけました」「うん。せやから、一緒に謝ったる」「私は、たくさんの人間を殺しましたっ」「一緒に、背負うたる」「私は、私は……」 管制プログラムの頭にそっと手をのせた。 狙い済ましたようなタイミングでディフェクトの声が聞こえて、『だから言ったろうが! 寂しがり屋! わかれ! お前は───』 こちらの事は、分からないはずなのに。 ディフェクトは外で、暴走を起こしている闇の書に話しかけているのだ。管制プログラムと暴走プログラムは、すでに別の何かと言っていいほどに、その存在を違えている。 それなのに、その根元、幸せの願いは、同じものだというのだ。 はやては闇の書を抱き寄せた。ぎゅう、と力いっぱい抱き寄せた。その耳元で、小さく呟く。「……主、八神はやての名において、汝に新たな名を贈る」「なま、え……」「あなたは、強く支えるもの」『お前は強く支えるものなんだよ!』「幸福の追い風」『それでなんだっけか! 幸福の追い風で!』「祝福のエール」『祝福のエール!』「……リィンフォース」『続きははやてちゃんから聞きなっ!』 不思議な感覚だった。シンクロして、一つになったような。 あは、とはやては笑った。どんな不思議でもかかって来い。今のはやてなら、もうどんなことでも信じてみせる。有り得ないことなんて無い。おかしなことなんて無い。偶然でも必然でも、管制プログラムでも暴走プログラムでも、確かに はやては繋がった。家族とつながり、闇の書とつながり、ディフェクトと繋がっている。「ここから出して、ディフェっちゃん」 言うと、『シェル───』◇◆◇ 私は闇の書管制プログラム。名前は無かった。いま、この時まで。 私はただ幸せを求め続けた。願いを叶えた続けた。自分がどこかで間違っていることなど、そんなものには気が付いていて、しかし私にはそれしかなかった。幸せにする。それだけが私の存在理由。 誰がそれを止められようか。幸せこそが存在する意味なのに、それをやめろということは、すなわち死ねと言うようなものだ。私は死にたくなかった。大勢の人間の死を見てきても、自分がそこに行くのは嫌だった。なぜなら、消滅してしまっては願いを叶えることは出来なくなる。幸せを求めることは出来なくなる。 そう。私は求めていたのだ。幸せを。 なにが幸せなんだろうか。どうすれば幸せなんだろうか。人間は難しい。 いつしか私は願いを叶えて、幸せを手にすることができるのだろうか。 人は死ぬ。今までたくさん見てきた私が言うのだから、それは間違いない。 私は、なぜ死なない? 無限に続く、終わりの無い転生。 なぜ終わらないのだろうか。いくら暴走しているとはいっても、それも私なのだ。終わらせることは、できるはずなのに。 考えてみて、その答えは簡単で、目の前にぶら下がっていた。 ───独りは、寂しい───。 なんて簡単なことなのだろう。私は私の願いと、それに続く幸せを求めていたのだ。 家族。いつからそれを求めていたのだろうか。死んでいく人間。過去、それをひっくり返して、私は主をプログラム化した。その時からなのだろうか。 触れ合えない温もり。かけられない声。通わせられない心。私の『中』にいる以上、それは当たり前のことなのに、それに満足できなかったのだ。 いま、はっきりと分かる。私は誰かの温もりが欲しかった。誰かに声をかけて欲しかった。誰かと心を通わせたかった。 そして、 祝福のエール、リィンフォース。 初めて涙を流した瞬間だった。 ああ、涙とは、こうやって出てくるものなのか。願いの叶う瞬間とは、幸せの在り方とは、瞳から流れるこれが、その結晶か。 身体の半分を私にプログラム化されているが、まだ主には管理者権限が残っている。主は、暴走プログラムの切り離しを願っているのだ。 もちろん、それが良いだろう。ここで、最後にしなければいけないのだ。 私の願いは叶った。家族として迎え入れてくれる温もりを手にし、強く支え、幸運の風を起こし、祝福のエールを送る、そんな名前をもらった。満足したのだ。 暴走プログラムの切り離しが何を意味するのか、もちろん分かっていた。私が私を分断する。無限に転生し、無限に再生する私が簡単に消えるはずはない。だが、私が私を消してしまえば、そこで終わりだ。切り離して、破壊して、その暴走プログラムが再生してしまう前に、私は消えよう。 消滅。死。 嫌だったのに、嫌じゃない。幸せを理解した今、私に怖いものなど無い。 来い、主を泣かせた嫌な男。お前は泣かせるが、きっと、笑顔にもするのだろう。『ブリットォッ───』◇◆◇「バァストォォオオ!!」 ロッテに放り投げられて、そして殴りつけ、爆発を起こして、そして右腕がめちゃくちゃになった。ぶちゃってなった。ぶちゃらてぃってなった。ピンクのお肉が見えてるんだが、あうちっ。シェルの根っこのおかげでかろうじて繋がってるようなモンだよ。傷口からきらきら光ってる金色がなんとも言えんね。 だって装甲を構成するような時間も魔力もないんだもん。シェルがやばいんだもん。てかコイツもうスリープ入ろうとしてるもん。これもう時間の問題だよ。だから節約だよ、節約。ケチ臭い日本人の魂が生きてたね。 精子みたいにぴゅっぴゅと噴き出る血を、破った服で止めて、うん、全然止まらんな。てか痛ぇな。 けどまぁ、よく頑張ったよ今回は。俺もうホント過労死するかと思うくらい働いたよ。過労死って言うか実際死に掛けるくらい働いたよ。もういいでしょ? もう俺なんもしないからね? だってほら、「よ、ぉ……、まじ、ひさし……」 そこまで言って、電源OFFでござ───、「うん、うんっ……!」 ござらんござらん。全然ござらん。 えらく久しぶりな気がするな、ホントに。可愛いじゃないか。相変わらずの可愛さじゃないか。 はやてちゃんはぽろぽろと涙を流し、そして笑った。「わたっ、わたし、会いたくてなっ」「へ、へへ……、おれも、けっこう……、ちゃんとして、んだろぉ?」「カッコ、よかったよ」「惚れ、直した……、だろぉ?」「直すほど乱れてへんもんっ」「そりゃあ……よかった……」 血がついたら嫌だろうし、とりあえず肩をぽんぽんと叩いた。ぐずぐずと鼻を啜りながらはやてちゃんは泣いてるが、ゆっくりと再開を喜ぶ暇なんてもんはないのである。 続いている地鳴りはどんどん大きくなっていくし、闇の書から切り離された闇が、暴走プログラムが、その姿を現そうとしている。 街の中心部辺りだろうか。重力場が形成されるように辺りが歪んで、闇の書の闇の本領発揮の周囲破壊の転生プロセスの前兆。 たしか四層くらい防御フィールドがあるんだっけか? 三層だったか? まぁ、どっちにしても俺はもうだめだからな。皆に任せるしかない。俺は最後らへんまで見学しときます。もう戦いたくない。ていうか戦えない。「先に行ってるよ」 ネコーズが言い残し、さっさと姿を消した。ヴォルケンも姿を現してるもんだから、なんとなく居心地が悪いのかも知れない。あー、あいつらが実は超ネコーズで秘めたる力を解放して一発で闇を破壊できるくらいのパワーに目覚めないかなぁ……。 暴走プログラムだけを封印できれば一番いいんだろうけど、それが出来ないんだよね。消し飛ばしてもリィンが死んじゃうし、なかなか難しいこって。 はぁ、とため息をついて、「……痛そうだな」 シグナムだった。「お前に、刺された時、ほどじゃ、ねぇから……」「死ぬなよ」「そっちも、なぁ……」「約束は守れよ」「?」「では、私は行こう。お前は休んでいるといい」 シグナムは一足先に空を駆けた。 それに続いてヴィータも。べっ、と舌を出しながら飛んでいった。なんだあいつ。俺になんか恨みでもあんのか。俺はお前に恨まれるようなことなんてしてないぞ。「ごめんなさいね。ヴィータちゃん、素直じゃないから」「それより、さぁ……、ちょと、回復して、くんね? 」「よろこんで」 シャマルはにっこりと微笑みながらクラールヴィントに魔力を込めた。同時に俺は光に包まれ、痛みがゆっくりと引いていく。 あー、あー、すげぇこれ。これすげぇ……。傷は小さくなって、完全には消えないが、そこそこ動けるようには……、「あ、無理。やっぱ無理」 回復はしてもいてぇモンはいてぇ。全快までは程遠いわ。 シャマルを見ると、怪訝な表情でクラールヴィントを撫でて。「あなた……どこか変、よね? なにか違うような、そんな……」「シャマル先生、患者のプライベートは守んなきゃだよ」「……行くわね。感謝してる。ザフィーラ、行きましょう」 そして二人は飛んでいった。ちょ、「俺はなッ、飛べないんだよ!」 ちゃんと連れてってよ。もう はやてちゃんに連れて行ってもらうしかないじゃないか。なんか嫌じゃないか。女の子に運ばれるのって。いや、女ならいいんだよ。でも女の子ってなんか違うじゃないか。 ぼりぼりと俺は頭をかいて、すると はやてちゃんは辺りを伺うように首を振った。 なんだろうか。俺には気がつけない何かがあるのか。俺は魔力とかそういうの感じるのが苦手だからな。ていうか全然出来ないからな。接近しなきゃ分からんからな。「……た」「た?」「た、ただいま……」 待ち構えられているわけだが、さて。「……? ……、し、したない?」「いや、俺ほら……こんなだし」 なんか全身水っぽいしね。べちゃべちゃしてるしどろどろしてるし、顔ももちろん血だらけだし、口の中なんて鉄の味しかしないし。「はやてちゃんに血が付くし」「子供扱い、いやや」「……はやてに血が付くし、ほら、汚いって」「して……?」「えと、だからね?」「して、ディフェっちゃん……」 こういうのなんていうか知ってるか? 死亡フラグって言うんだぜっ☆ にぎゃー。