03/~使い魔事情~「まだ直らんなぁ、その不機嫌まゆげちゃん」「え、あ、っとと……ゴメン、なんかもう癖みたいになってて」「せっかくの可愛い顔が台無しやぁ」言われてコシコシと眉間をこする。先ほど面接をしていた二人にも申し訳ない。妙な威圧感を与えていたかもしれない。ふぅ、と息を一つついてにっこりと笑顔を作った。うん。大丈夫。「なおった、かな?」「うんOK。ちゃんと気にしてなあかんよ? そんなやから死神フェ―――」「わ、わーわー! やめてっ、私の黒歴史だよそれっ、今は全然そんな事ないから!」パタパタと慌てて同僚の口を塞いだ彼女、フェイトは静かに辺りを見回した。食堂。人の多い場所だ。当然の如く数人と目が合うのだが、「―――っ!」「……、あ、用事思い出しちゃったなぁ、仕方ないなぁ、行かなきゃなぁ……」「っひぃ!」不自然に目を背ける者、急に用事を思い出す者、あからさまに悲鳴を上げるものまで。はぁ、と心中ため息をつきつつ、隣でクスクスと笑っている同僚にじっとりとした視線を送った。「いやん、そんな目で見んといて。ドキドキしてまうやんか~」「あぅ……もう、ダメだよ はやて、せっかく皆忘れかけてるのに……」「んふふ~、ええやんかぁ『死神フェイト』。かっこいいよ?」そう。フェイトは一時期、死神と呼ばれていた。どこの中二病患者だといわざるを得ないが、もともとの精巧な顔立ちに加え、赤い瞳という特殊性。黒を基調にしたバリアジャケットに、鎌の形に変わるインテリジェントデバイス・バルディッシュ。さらにはこれも幼少の頃から愛用しているテルミドール・クノッヘンの、その余りにも不気味な意匠。あまり感情をそのまま表に出さない大人しい性格も噂を広げる役目を担っていた。そして、「もう結構になるなぁ」「……うん、そうだね」なのはの負傷。その精神的なダメージも抜け切らないままに、「死んでもーたなぁ……」「うん、死んじゃったね……」ディフェクト・プロダクト―――死★亡。その事実は、残されたものに様々な変化を及ぼしたが、特に酷かったのがフェイト。顔面神経痛になったかと思うほどにその表情は硬く強張り、今でも眉間にしわを寄せる癖がなかなか抜けない。さらに当時は他人に全くといっていいほどに興味が持てず、執務官任務で犯人逮捕の際は情け容赦手加減一切無用。機械的にサーチアンドデストロイを繰り返していた。そして付いたあだ名が『死神フェイト』。もちろんその安っぽい二つ名をそのまま体現するように、その後も死神活動は続くと思われた。しかし心にぽっかりとあいた穴は時間の経過と硬い絆で徐々に埋められていったのである。己の使い魔、少しだけ『行き過ぎている』友人たち、兄の親友達。それぞれが心から心配してくれて、それぞれに多大な迷惑をかけた。立ち直らなければいけない。心底そう思って、もっと優しくなると誓った。「そんな顔しなくても大丈夫だよ、はやて。兄さんの事は忘れることなんて出来ないけど……絶対、出来ないけど……それでも、思い出にはしてみせるから」「……フェイトちゃんは、大人なんやね。私なんか未だに、こんなときディフェっちゃんやったらどうするやろ~とか、こんなときディフェっちゃんがおったらなぁとか、そんなんばっかり考えてまうよ」少しだけしんみりした空気の中、はやてが言った。こんなときは騒がしい食堂がありがたい。沈みすぎずにすむ。「そんなの、私も同じだよ。同じ顔で同じ魔力光なのに、兄さんにはいつまでたっても追いついた気がしないんだもん。不思議だね、私のほうがずっと魔道師経験長いんだけどな」「そやねぇ……。ふふっ、確かにわけの分からん輝きはもっとったかもなぁ」「分けわかんなくないよ。兄さんは強くて、かっこよくて、皆の為に一生懸命戦ってくれたんだから」「いやいや、フェイトちゃんは美化しすぎやって。ディフェっちゃんの本質はどっちかと言うとダメ人間や」「そんなことっ! ……そんな、こと……」「そんなことぉ?」「……あるかも」「せやろ?」顔を向かい合わせてけらけらと笑いあった。同時にああこれだ、としっくり来る感覚。結局、いつものところに落ち着く兄の話題。いくら沈んでも、行き着くところは笑いになってしまう。ああ、なんて素敵な人間だろう。あなたの妹で、姉で、とてもよかった。。。。。。無言。喋らない。というか、喋れない。二人して失礼しますと頭を下げ、隊舎を抜けた。それから一言も喋る事無く、適当に見つけた芝生に座り込み、同時にはぁぁと長いため息をついた。そしてようやくティアナが一言。「……こっ、こここ」「うん……」「こ、こっ怖かったあっ!!」「ほんっとに、怖かった!!」「うっさい馬鹿スバル! ホントに怖かったんだからっ!!」「私だって怖かったよ!」「いいや、絶対私のほうが怖かった! 何か知らないけど頭のてっぺんからつま先まで見られたのよ、私は!」「私なんて『……ふふ。バスター、すごかったね』だよ!? あ、あんな顔して言われても……。や、やっぱ怒ってるのかなぁ? 近距離適正型の私が、ほ、ほ、砲撃なんてっ! 全然飛ばないし! ねーよって思われたかなぁ!?」「あーもう、うっさいうっさい! とにかく怖かったの!」「うん、怖かった!!」もちろん、この二人に過剰に畏れられているのはフェイトだ。フェイトとしてはティアナの事は普通に見ただけだし、スバルにいたっては素直に賞賛したつもりだったのだが、噂の力はやはり強い。「『死神フェイト』って、やっぱ噂だけじゃないんだね……」「ちょ、ばっ、誰かに聞かれてたらどうすんのよ!? あの人そういわれるの好きじゃないのよ!」「わわっ」そしてキョロキョロと二人同時に辺りをうかがった。辺りに、少なくともさっきのスバルの呟きが聞こえる距離には誰も居なかった。ほっと息をつき一安心。「よかった、誰も聞いてないみたい。ちょっと迂闊よあんた」「ゴメンゴメン、気をつけるよ」まったく、本当に反省しているのか。にひひと笑いながらスバルは頭を下げた。それにしても、「……機動六課、かぁ」ごろりと芝生に寝そべって、ティアナが言った。隣にはスバルが同じように空を見上げている。「スバル、あんたはどうすんの?」「ん~、私は行ってみたいな。なのはさんに訓練してもらえるなんてラッキーだし……。 ティアはなんでそんなに悩んでるの? ちょっと怖いけど、現役の執務官にアドバイスもらえて、訓練まで見てもらえるチャンスなんて滅多にないと思うよ?」「そう、だね」ちょっと怖い? すごく、だろう。簡単に言ってくれるものだ。ティアナは口から出そうになるため息を飲み込み、目を瞑った。遺失物管理部の機動課といったら生え抜きのエリートや特殊能力持ちが集まる場所だ。正直、疑問が浮かぶ。何故自分を六課に誘うのか。強くなる努力は惜しんだことはないし、現に今も向上心は持っていると思う。しかし自分の実力とその限界は、やっぱり自分が一番分かっているのだ。たとえば今、スバルとティアナが戦闘になったとする。すると十中八九、ティアナが勝つだろう。スバルは苦しくなると勘を頼る所がある。防御障壁を張るタイミングもワンテンポ遅いし、そこを付けば傷一つ負わない可能性だって出てくるかもしれない。しかし伸びしろいっぱいに成長したスバルとティアナでは、確実といえる可能性を残してスバルが勝つ。スバルの長所を伸ばし、短所を切り捨てればそうなるのは必然のように思えた。そう、ティアナは気付いている。どれをとっても一流になれない自分に。伸びしろの短い自分に。そんな自分を何故誘うのか。(きっと、私は……)おまけ、みたいなものではないだろうか。今までずっとスバルと共に過ごしてきた。よく懐かれている自覚もある。だから。薄く目を開け、首だけを動かし隣のスバルに視線を送る。すると、何故か吐息がかかるほどに接近し、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているスバル。鼻先は触れあい、後数ミリで口づけ寸前。「ぎょっ!」「あはっ、変な悲鳴~。ぎょっ、だって!」「う、うっさい! 大体あんた接近しすぎよ! 離れろぉっ!」全背筋を使い離脱、しようとするのだが、今度はスバルの腕ががっちりとティアナの肩を掴んだ。わけが分からない。何がしたいのか、一向に。「な、なんなのよ!? ちょっとあんた―――」「―――行かないよ」不意に、スバルが言った。先ほどとは打って変わって、真摯な眼差しに、表情。同性のティアナさえもドキリとさせる眼光。そしてその口から出た言葉。すべてがティアナの心に刺さった。「な、にを……」「ティアが行かないんなら、私も行かない」そしてスバルは自らの額をティアナにのそれにくっつける。同性でも、いや、同性だからこそテレが入るその距離で続けた。「それでね、私はティアに着いてく。ティアが執務官になるまで、夢を叶えるまで着いて行く。だって私はティアがいないと走れないし、きっとまともに戦えない。私の癖も、私の身体も、ティアが知ってるから、知ってくれてるから安心できるんだよ。 私たち、まだまだ半人前だよ。二人でやっと一人前なんだから、だから私はまだティアからは離れないし、ホントは……ティアだって一緒に居たいでしょ?」『一緒に居たい』のところは意地でも賛同なんてしてやらないが、二人で一人前と言うのはその通りかもしれない。しかしまぁ、何となく腹が立つものを感じるのも確か。「……見透かしたようなこと、言わないで」「ふふ~ん」にやりとスバルが笑った。何ともいやらしい笑みなのだが、それはティアナの心臓を打つ。ドキリというよりもギクリというような。本当に見透かされでもしているのか。鼓動が早くなる。吐息がかかる。少しだけ、頬が熱い。「ねぇ、ティア……」「なに、よ?」「……ちゅーしよっか?」「―――っ!?」ぞろり。背筋を舐められたような不快感。全身、毛穴という毛穴が一気に逆立った。不意に背中に毛虫が入ってきたそうな、完全に身の危険を感じたのだ。この時どう動いたのかは分からない。しかしティアナは瞬時にスバルの硬い拘束を解き、「するかボケェっ!!」ばちぃん! と何かが破裂したような音。ティアナの手のひらは正確にスバルの頬を打ち抜き、スバルは希望通りキスをすることとなった。芝生と。「……いたひ……」「あ、あああんた! まさか、まさかとは思ってたけど、あれなの!?」「どれぇ?」「あれよ、あれ! ……その、女の人で、ど、ど、同性しか愛せないって言うっ」「レズビアン?」「……そう、それよ……」「あはは、違うよ~」「……へ、え?」ティアナの口からつい間の抜けた疑問符が零れ落ちた。でも、それでは今の発言はなんだったのか。知り合いに友達同士でキスが出来るという猛者を数人知ってはいるが、自身も、ましてやスバルもそういう類の人間ではない。スバルはどちらかというとキスとか、恋愛とか、そういう方面に疎いというか、余り関心がないように感じた。まさか冗談、だったのだろうか。(落ち込んでるの、本当にバレてる?)だとしたら、うまい具合に気分を切り替えてくれたものだ。うん。私はなかなか良い友人を持っている。と、ティアナが自己完結しようとしたときだった。さらなる衝撃が彼女を襲う。「私はね、えへへ……、ティアコンなんだ」「……ティア、コン?」「うん。気付いたのは最近なんだけどね、私はティアじゃなきゃダメみたいなの。だからティアコン。ティアナ・コンプレックス!」「だめって……なにが?」「全部」全部って何だ。よく懐かれているとは思っていたが、これは反則ではなかろうか。「……へ、変態じゃない、あんた」今度は完全に口からため息が漏れ出した。想定外にも程があるだろう。ティアナはない、ない、と小さく呟き、するとふにゃりとスバルの表情が沈む。「あは、ごめんね、なんか……。でもティアがどっか行っちゃいそうな顔してたし、そうなったらイヤだし、でも、ティアに付いて来るなって言われたら伝えられなくなるし、あはは……、何かちょっと、焦っちゃった。ホントごめん、気持ち悪かった?」それにしたって、何か他にあるだろうに。正直ティアナにはそんな気はまったくない。スバルと具体的にどうなろうとか、ましてやキスなどありえないと思っている。しかし、気持ち悪いかと聞かれたらどうだろう。確かにスバルの事は好きだ。コロコロ変わる表情は好感が持てるし、戦闘中や何か深く考え込んでいる時の横顔などは、たまにドキリとさせるほど凛々しい。子犬のようにじゃれ付いてくる時なんかは可愛いとも思う。小に囚われず大を狙うといったようなその大味な性格も、逆の事をしがちなティアナにはよくあっている。だがしかし、しかしそれは恋とか愛とか、そういうのではない。だから、気持ち悪いかどうかと聞かれたら、「……分かんないわよっ!」こう答える。「気持ち悪く、ないの?」「だからわかんないって言ってんの。まぁ、なんていうか……気持ち悪いとかじゃないけど、何か変な感じだった。大体あんた、いきなりすぎるのよ。普通そういうのは順を追っていくもんでしょう?」「じゅ、順を追っていけばしてもいいのっ!?」「ああ、私はそういうのありえないから」「(´・ω・`)」「っぷ!」本当に、可愛いやつだ。少しだけ、気分が軽くなったかもしれない。これを狙ってやっているのなら大したものだが、恐らく違うのだろう。なにかをしようと思って行動すると急に演技くさく、不自然になるようなヤツだ。そしてティアナはそこまで考え、ふとした疑問が浮かんだ。「あー、あのさ、スバル」「ん~?」さもいじけていますと言う様に芝生をむしりとっているスバルに声をかける。「あんたはその、身体の事とか、私を……な事とか、人に知られたらどう思う?」「……、……ふぅ~ん、へぇ~」「何よ、感じ悪いわね」「ティアはこう言って欲しいんでしょ?『大丈夫! ティアなら六課に入っても絶対やっていけるよ! 人目なんか気にしないで、自分の全力を尽くせばいいんだから! だから結婚しよう、ティア!!』って」「……」「……」「……言いたいことは、それだけ?」「ごめんなさい」ぐりぐりとスバルのこめかみに圧をかけた。まったく、的確に痛いところを付いてくれる。私は私。他人は他人。分かってはいるのだが、コンプレックスはそうそう直るものではない。だけど、それでも背中を押してくれる人物が居るのと居ないのではこうも違うものか。うん。決まった。よし。いいさ。やってやろうではないか、遺失物管理。先の事は分からないけど、今を生きる。全力で。あうあうと呻いているスバルに少しだけ力を抜いて、「スバル、私ね……やってみるよ、機動六課」「―――うんっ!」。。。。。断じて言う。別に盗み聞きするつもりはなかった。自分は昼寝の最中で、植木の陰になっている場所に居たものだから、ただ単純に向こうが気が付かなかっただけ。(それにしても……、随分と怖がられてるねぇフェイトは)そして自身の主を想った。まぁ、仕方のないことなのかもしれない。一時期暴走状態にあったのは事実だ。それに悪いことばかりでもなかった。噂が広がれば広がるほど執務官任務も楽になったものだ。何もしていないのに拘束対象が命乞いをするような、そんな場面も何度かあった。だが、やはり使い魔の身としては主にマイナスイメージをもたれるのはいい気分ではない。(ちょいと一言、言ってやるか)そしてがさりと音を立てて植木を抜けた。「ん? うわぁ、カワイイ! 子犬だよティア!」「なんでこんなところに? って、首輪にプレートまでついてるじゃない。何か書いてない? もしかしたら迷い犬かもよ」「ん、ん~……、読めない。なんて書いてあるんだろ……。ん、裏にも何か書いてあ、あ……?」「どうしたのよ?」「あはは、はは……。どうしようティア」「だから何?」「……フェイトって、書いてあるぅ」「っうそ!?」この二人は何処までフェイトの事を恐れているのだろうか。少しだけフェイトを哀れみながらアルフは口を開いた。「あたしゃアルフ。これはね、『あ』『る』『ふ』って書いてあるんだ。管理外世界の言葉だから読めないのも当然だよ」「うぅ……ティアぁ、何か喋ってるよぅこの犬ぅ」「泣いてんじゃないわよ! っていうか、アルフって確か……」「フェイトの使い魔さ」「……」「……」二人して同時に固まったのを見届けたアルフは一瞬だけ光に包まれ、その姿を幼い子供に変えた。フェイトに優しいエコモード。子犬フォームから幼女フォームへ。「まぁ、色々聞かせてもらったけど……」「い、いや違うんです!」「私もフェイトも正直なやつのほうが好きだよ」「言ってましたごめんなさい!!」うん。楽しい連中のようだ。くく、と咽喉を鳴らしアルフは笑みをこぼした。このノリ、どっかの誰かさんを思い出させる。「まぁそれで、ちょいと誤解を解いてやろうと思ってね」「ご、誤解というと?」恐る恐る、という感じでスバルが。どうにもフェイトの使い魔ということでアルフまでそういう対象に入ってしまったようだ。釈然としないものを感じながらもアルフは続ける。「フェイト、あの子はねホントはすっごく可愛くて、優しい子なんだよ。あんた等があんまりボロクソに言うもんだからね、ちょっとフェイトの事を教えてやろうかと思って」「いや、あの、私もギンね……、姉に聞いた限りではそう思っていたんですけど……」「あの視線を目の当たりにすると、やっぱりって思っちゃうわよね」「まぁ、そんな簡単に認識が変わるとは思っちゃいないよ。聞いた話じゃあんた等、あの子の部下になるんだろう?」アルフの問いにティアナが当然と言った風に、「再試験に合格したらの話だけど……まぁ、落ちる気はないからそうなるわね」「ティ、ティア、そんな……。敬語使おうよ」「……そうなると、思います」「はっ、別に敬語は要らないよ。あたしゃただの使い魔だしね」くだらない事だ、とアルフはばっさり切り捨てた。もともとそんな事気にする性分ではない。まぁ、スバルの気持ちも分からなくはないのだが。アルフの背格好は明らかに幼女のそれだ。しかし、それでも目上の人物の使い魔。敬語にもなろう。だが、使い魔に階級はつかない。厳密に言えば階級が付くこともあるが、それは特例としてだ。殆んどの場合、扱いとしてはデバイスと同じ、その持ち主の『道具』ということになる。(くだらない……)階級がつかない。別にそれ自体に腹は立たない。アルフ自身、フェイトの事を助けるのは当然の事だと思っているし、その在り方は道具のようなものだと思う。だが、その存在そのものを笑うのはどうだろうか。現在、ミッドチルダ式とベルカ式の二つの魔法体系があり、近年では二つの特徴を併せ持つ『近代魔法』というのも表に上がりつつある。魔法体系が増えるその中で、使い魔、守護獣は少ない。どころかさらに数を減らしつつある。ここ十年、契約破棄という形で姿を消した使い魔がいったいいくらいただろうか。使い魔が減り続ける理由は様々あるが、簡単なものとして二つ。一つがデバイスの高性能化。魔道師一人で出来ることが多すぎるのだ。遠近問わずに戦闘は出来、バインドからバリアブレイク、果ては治癒まで。プログラム化された術式はインストールさえすれば誰にでも使う事が出来る。それをどれだけ扱えるかは魔道師の力量次第だが、一応発動はするのだ。そのために錯覚する。これだけの事が出来るのなら、魔力を消費し維持が大変な使い魔はいらない。そう考える魔道師は驚くほど多い。特にルーキーには顕著だ。二つめ。管理局だけでなく魔道師全体に広がっていることだが、『使い魔を持たないことがステータス』。昨今の魔道師業界はそうなりつつある。確かに使い魔を持つことは自分の弱点を晒すことに等しい。戦闘中、使い魔が主にべったりとくっついているのなら防御が苦手なのだろうと判断するし、逆に前に出る使い魔を従えているのなら機動に自信が無いか、それとも射撃が得意なのか。使い魔の挙動を見るだけで何となく予想がつく。フェイトのように、防御が薄いのに自身も使い魔もガツガツ前に出る魔道師もいるが、それは稀だ。そのため今や『戦闘者』が使い魔を持つことは恥ずかしいことのようになっているのだ。アルフにはそれが理解できなかった。分隊に一匹、防御専門の使い魔を置いておけば攻撃に集中できるだろうと考えるし、魔道師一人に使い魔一匹と決めてしまえば単純に考えて人員的戦力は倍になる。もちろん製作者側の腕がなければ良い使い魔は出来ないのだが、それでも人手不足にひーひー言っている管理局にはいい人材ではないだろうか。「まったく、ままならないねぇ」「えと……、それでフェイトさんの可愛いとこって?」「おや、ごめんよ。ちょっと考え込んでたね」「自分から言っておいてそれ?」「そんなこともあるさ、使い魔だもの」こほんと咳払いを一つ。「え~、フェイト可愛い講座その一。まず、夜は誰かと一緒じゃないと眠れない。……可愛いだろ?」「……可愛い、かも」「そんなの、嘘に決まってるわ」「嘘じゃないよ。次に会うとき本人に聞いてみな。顔真っ赤にして否定すると思うけど、その時の動揺っぷりも見ものだよ」「……想像が出来なさすぎて逆に怖いわよ、それ」アルフの言葉にティアナは若干引いたようだが、スバルは少しだけ表情が軽くなった。ふんふんと頷き、「他には他には?」「あの子はね、仕事中はそれなりにピシッとしてるんだけど、普段の生活がねぇ……」「だらしないの?」「いや、だらしなくは無いんだけどねぇ……。いつだったか、ちょっとしたいたずら心でコーラの事をコーヒーって言って手渡したんだけどさ、あの子全部飲んだ後に、なんかシュワシュワするコーヒーだね……だって。ぶはっ! 気付いておくれよ! ボケ殺しだよ!」「あはっ、他にはぁ?」「他にはねぇ―――」・・・。・・・・・・。・・・・・・・・・。楽しそうに談笑する二人を見てティアナは感じていた。(本人に聞いても、帰ってくるのは動揺じゃなくて怒りなんじゃないの……?)。。。。。駅。人も多く、混雑とまではいかなくとも、子供が迷うには十分な量、広さ。エスカレータ脇のベンチ。そこに一人の少年がいた。エリオ・モンディアル。燃え立つような赤毛をした、将来イケメンコース間違い無しの少年。実は彼、管理局の三等陸士で魔道師ランクBのれっきとした局員だ。エリオは辺りをキョロキョロと見回し、少し困ったように時計を見やる。(遅いし、まだ来ない……)遅いのは迎えの二等空尉。まだ来ないのはここで待ち合わせているはずの同僚。新設部隊の立ち上げと共に、そこのフォワード候補として名前が上がった。それ自体はとても光栄なことだ。光栄なことなんだけど、不安が先立つ。迎えも同僚も来ないのはどうしてだろう。(……連絡したほうがいいのかな)そしてまた辺りをキョロキョロ。実はそれほど遅れてもいないのだが、それでもエリオはまだ幼い。不安が時間の経つのを遅くし、時計の進み具合の遅さにまた不安が募る。そして二度目の、『迷子かい?』。心優しい老人に頷いてしまおうかと思った。(あと5分。後5分待って誰も来なかったら連絡を入れよう)うんうんと心の中で頷き、ふとエスカレータに視線を送った。そこには長い髪の毛を高く結んだ、少し目つきが鋭い人物。管理局の制服の上にコートを羽織っていた。エリオはほっと息をつきその人物に駆け寄る。失礼がないように、と少し緊張し、「お疲れ様です。私服で失礼します。エリオ・モンディアル三等陸士です」綺麗に敬礼。「ああ、遅れてすまない。遺失物管理部、機動六課のシグナム二等空尉だ。長旅ご苦労だったな。……、もう一人は?」「それがまだ来てないみたいで……。あの、地方から出てくるとの事ですので、迷っているのかもしれません。探しにいってもよろしいでしょうか?」「ふ、頼んでもいいか?」「っはい!」少しだけ笑みをこぼしたシグナムに綺麗な人だなぁと感想を沿え、エリオは同僚探しへと。それなりに多い人を避けながら待ち人を呼んだ。「ルシエさーん! 管理局機動六課新隊員のルシエさーん、いらっしゃいませんかあ!」すこしだけ恥ずかしかったが、そうも言っていられない。もし本当に迷子だとしたら先ほどの二等空尉にも呆れられるだろう。第一印象は大事だ。このことが原因で上官に目を付けられでもしたら余りに不憫。すぅ、と大きく息を吸い込みもう一度。「ルシエさーん!」「は、は~い! 私ですぅ!」そして何度目か呼んだ時に返事は返ってきた。ほっと心中息をつき、声のしたほうを振り返ると、その人物はエスカレーターを駆け下りてくるところ。どうやら迷子ではなかったようだ。「すみません、遅れましたぁ!」目深にフードをかぶった少女が頼りない足取りで降りてくるものだから肝が冷える。大丈夫か? と内心思ったそのときだった。「きゃっ!」予想通り、というべきだろう。案の定足を滑らせ大きく体勢を崩した。まずいと思うより早く、速く、疾く。『───Sonic Move───』エリオの腕時計。待機状態にしているデバイス・ストラーダからの音声。ぱちり、とエリオの身体を雷光が走る。踏み出した一歩は普通の人間には認識できるよりも早く、二歩目にしてその姿が掻き消えたと思うほどのスピードでエスカレータを駆け上った。間違っても一般人にぶつからないよう、慎重に、しかし速く。だんだんだん! 壁を三度蹴る。人波を縫うようにして速度は上がり、周囲の景色がゆっくりと進む中、キャロを抱き上げようとしたその瞬間、「っと、あぶねっ」むんず、と襟首をつかまれ、犬コロのように引き止められた。キャロを見るとそちらも同様に小脇に抱えられている。そう、捕らえられていたのだ。普通の人間なら視界に掠めもしないスピードで動いていたエリオを、その人物は事も無げに、優しげに。(───捕まった……?)視界に入れはしていても気にも留めていなかった人物に、それなりに自信のあるスピードを止められたのは多少ショックだったものの、ここはお礼を言う場面だろうと判断。「す、すみません、ありがとうござ―――」だが、思わず言葉に詰まった。「ござ? え、なに、最近のミッドじゃそんなのが流行ってんでござ?」「っいや、違うんです。ありがとうございました。その、知っている人にすごく似ていたもので」「……うん。それは他人の空似に間違いない。どう考えてもそうに違いない。むしろそうとしか考えられない。それ以外に考えられないくらい他人の空似だよ」「え、あの……」それにしても似ている。すごく似ている。一瞬本人かと疑うほどに似ていた。しかし、エリオが知っている人物は胸がもっと大きいし、身長もあと少し高い。歳だってもう少し上だ。この人物は15、6歳程度に見える。二人は抱えられたままエスカレータはゆるゆると降ってゆき、下についてようやく解放された。「あの、本当にありがとうございました」「おうおう、気にすんな。あんな加速でこっちの子にぶつかったら飛んでいってただろうしね」そういって『空似』はポンとキャロの頭に手を置いた。先ほどから何も喋らないキャロに違和感を感じ、どこか怪我でもしたのかと思ったのだが、違うようだ。彼女は、それこそ穴があくほどに『空似』を見つめていた。じぃ……。擬音にしてしまえばこの程度だが、しかし穴が開いてしまいそうに。「……げふふんっげふふんっげふふふんっ!!」(リズム良い咳払い)「ちょ、キャロさんっ」「え、あ、あの、ありがとうございましたっ! その、局員の方ですか?」それはエリオも気になっていた所である。なってはいたのだが、何となく失礼になるかと思って聞かなかったのだ。近くにいると感じる魔力反応。恐らく先ほど身体強化した名残であろう。魔力の残り香のようなものがふわりと漂っている。自慢ではないが、エリオは先ほどの加速魔法に自信を持っていた。それを身体強化だけで、正確に襟首を掴む実力。さぞかし名のある人物ではないだろうか。「ははっ、違う違う。少しだけ魔法をかじってるだけ」「……そう、ですか」「おう。それじゃ、人待たせてるからもう行くな。気をつけろよ、そんなフード被ってるとまたずっこけるぞ」そしてその女性はぽんと頭をなで背を向けた。「あ、はい! 本当にありがとうございました! 私、キャロです! お名前聞いてもいいですかぁっ!?」「石田門左衛門忠則でござ~」そういって『空似』はぷらぷら手を振りながら人ごみにまぎれるように姿を消した。なんと言うか、すごくカッコいい女性だった。迎えの二等空尉も綺麗でカッコいいのだが、それとはまた別の、何か男らしいものを感じた。右目をずっと瞑っていたのは、何か怪我でもしていたのだろうか。「なんか、助かっちゃいましたね」「はい……。あ、自己紹介が遅れました。キャロ・ル・ルシエ三等陸士であります」「あ、僕は―――」「エリオ・モンディアル三等陸士、ですよね? えへへ、よろしくお願いします!」そう言ってキャロはフードを下ろした。出てきたお人形のような顔と、その可愛らしいくりくりとした瞳は笑みの形を作っており、エリオの心臓を跳ね上げるのには十分な威力を発揮。「あ、っと、うん、よろしく!」不謹慎かも知れないが、そう、単純に嬉しかった。