04/~機動六課~風が気持ちいい。なびく前髪を乱暴に手櫛で整え、眼下に広がる空間シミュレータへと視線を送った。ノイズが走ったように若干乱れるそれは数秒のうちに本物と大差のない情報に変化。廃墟のようなビル郡が広がった。陸戦用空間シミュレータ。なのはの監修のもと作り上げた最新鋭の訓練フィールドだ。新人が四人、遠目にもため息を漏らしているのが分かった。(アタシも最初見たときは驚いたな。……ん?)ふと薄い気配を感じた。一瞬、肩がビクリと反応しかけたのを気合で押さえ込み、視線だけ送る。敵でないことなど最初から分かっていた。なじみの気配だ。「お前は参加しないのか、ヴィータ」「っは、まだまだ。歩きたてのひよっこを訓練してる暇はねー」思ったとおり、シグナムだった。馬鹿みたいに目立つ頭と乳をしているくせに常に気配を薄く保つ。そしてよく後ろから近づくのは、正直やめて欲しい。まあ、『発生』してから十年の仲。もう慣れたものだか。「そうか。今お前が相手をしたら新人が壊れてしまうか?」「だから壊れないトコまで なのはに教導してもらうんだよ」「正直なことだ」「うっせー。だいたいシグナムだって分隊の副長なんだから訓練参加したっていいんだぞ」「私は剣を振うだけだ。人にものを教えるようなガラじゃない」それはアタシもだよ、とヴィータはため息をついた。もともと主を守るために、主の敵と戦う事だけに許されている存在だ。今回はたまたま違っただけ。運が良かった、と言っていいのかは謎だが、それでも今は楽しい。この日常は崩れて欲しくない。だからなれない教導だってするし、余り好きではない管理局にだって入っている。それなのに、「ずりー。アタシばっか貧乏くじ引いてる気がする」「まぁそう言うな。適材適所というやつだ」「適材でも適所でもねーと思うけど……」今更か。決まっていることにぐだぐだ文句を言うのはやめよう。それよりも先にやる事がある。「ま、どうにかこなすしかねーか。それで、今夜は?」「少し残務がある。明日なら付き合える」「ああ、だったら明日。時間は何時も通りでいいか?」「ん。私も助かっているからこう言うのもなんだが、余り無理はしすぎるなよ」「……ありがと。んじゃアタシもうちょっと近くで見てくるから」「ああ」そうしてヴィータは屋上から飛び降りた。風を切るのを身体で感じながらシグナムに礼を言う。無理をするなとの言葉に、うんとは言わない。心遣いは嬉しいし、真剣に自分を心配しているのもありありと感じる。しかしそれでも、少しくらい無理でも無茶でもしないと、強くはなれない。まだ新人の訓練を見てやれない理由にもう一つ。それは自分の訓練だ。本当は今夜もしたかったのだが、相方に仕事が入っている様子。仕方無しに一人でやる羽目になりそうだ。強くなりたい。目の前で誰かが傷つくのを見るのは、そんなのは嫌だ。一緒の空にいる限り、仲間は二度と墜とさせない。だから強くなる。今よりももっと。敵は日常を乱すやつ。壊すやつ。侵すやつ。そんなやつらに鉄鎚を下す。アタシはもっともっと―――、「強くなる、っぞおおお!」。。。。。第一回模擬戦訓練。ティアナたちの相手はAMFという特殊なフィールドを発生する魔道機械だった。「AMF、アンチマギリンクフィールドか。確かに厄介だけど……」どうとでもなる。魔法しか消せないとなると尚更に。そうティアナは考える。眼下にはガジェットドローンという魔道機械を追い立てているスバルが映っていた。確かに足場の形成や飛行の邪魔をされるととんでもなく厄介だが、AMFはバリアではないのだ。物体の動きをそのまま妨げるものではない。だとするならば、だ。前衛の二人、スバルとエリオはそのままでいい。特に使用魔法を変える必要は無いし、攻撃も頭を使う必要も無い。動きにさえついていければ問題はないのだ。魔法がなくても捕まえてボコボコに殴ればいつかは壊れるだろう。そして何より、(スバルの攻撃をあんな機械が耐えられるはずがない)インヒューレントスキル、振動破砕。本人は隠したがっているので今使うことはないだろうが、ガジェットのような魔道兵器には高威力を発揮するはずだ。発動すれば指先一つ触れるだけで壊せる。事情を知っているため、宝の持ち腐れとまでは言わない。だが、視線の先でガジェットにいいように踊らされているスバルを見るとモヤモヤしたものがこみ上げてくるのも事実。(はぁ……これって嫉妬、なのかな……)サイテー。ティアナは口の中だけで呟き、いけないな、と首を振った。理解っていたこと。理解っていること。敵わない。認めていたことだ。何も諦めろと言い聞かせるわけではなく、今出来る己の最善を尽くすだけ。今はそれでいい。瞼を閉じ、ティアナはスバルに念話を飛ばした。(こぉら、馬鹿スバル! その程度にやられてんじゃないわよ!)必要以上に明るく。スバルには自分の内側を見られたくはなかった。こんな醜い感情、汚い想い、無くなってしまえばいいのに。(ごむぇえんティア~。でもアイツやたらと足速いし、ウィングロードも消されるしで……)(二人して後から追っかけてたらそうなるに決まってんでしょうがっ、ちょっとは頭を使いなさい!)ちょいちょいとアドバイスをし、念話終了。適当に挟み撃ちにしてしまえば楽勝だろう。バカバカといつも罵ってはいるものの、スバルはそこまで頭が悪いわけではない。自分で考える力も持っている。前衛二人はこれでいい。「問題は私たち……てか私か」先ほど別れたキャロには大見得きって“何とかできる”と言ったが、失敗したらどうしよう。またもため息。キャロは本当に何とかできるのだろう。いかにも堅物……というよりも誠実そうな子供だ。出来ると思ったから出来ると言ったのであって、自分のように虚栄心からの言葉ではないはず。(俗物。……自覚してるだけマシかな?)狙撃のポイントを探し、ビルの屋上から屋上へ飛び移る。少し高い。後一つとなりのビルへ。ぴょんと宙を駆けたとき、視界の端にガジェットを捕らえた魔法が映った。(あらまぁ。ホントに何とかしちゃったじゃない)また心の隅からモヤモヤと。ふと天才という言葉が頭に浮かんだ。召喚魔法。修めてしまえばそれ自体がレアスキルになるとまで言われる、習得者の数が極端に少ない魔法。ティアナも使えるかと言えば、もちろん使える。恐らくゴミ箱に入っているティッシュの切れ端くらいなら呼び寄せることが出来るであろう。そのようなものなのだ。当たり前の話だが、凡人に使える魔法はやっぱりそれなりだ。スバルは天才的、とまではいかないまでも、やはり近接戦闘には才がある。さらに『とっておき』もあり、きらきらと輝いて見えた。エリオはどうだろうか。比べるまでもなく、単純な戦闘能力では彼のほうがティアナより上であろう。そもそもひーこら言ってとったBランク資格を、もう既にエリオは持っていたのだ。また電気の魔力変換資質なども有している。ティアナにはない。持てない。感じない。彼らが持っているものは一切、ティアナには手が届かない。一方ティアナが持っているものはちょっとした努力で届きそうなものばかり。劣等感で嫌になる。周りが天才ばかりで、エリートで特殊能力もちばかり。皆が皆、『主人公』に見える。ティアナは自己嫌悪の海に嵌った。この負け犬根性をどうにかしないとな、とは考えるものの、やはり考えてしまうわけで。ぐるぐる。ぐるぐる。何度同じ考えが頭をよぎったか。このままではバターになってしまう。「―――だぁもうっ! やめやめ、んなの気にしてたって何にもなんない!」しかしティアナは強かった。卑屈になっても仕方がない。簡単には割り切れないが、今は、「こんちくしょうっ、下手に人の心つついてくれちゃって!」ぶっ壊してやるわよ!ビル郡を縫うようにして通りに出てきたガジェット。その数二体。その速度は、スバルの言うように予想を超えて速かった。これならスバルが泣きつき念話をして来るのも分かる。己のデバイスにばしゃ、ばしゃ、と二発カートリッジを入れ込んだ。手に帰ってくる反動を楽しみ、ゆっくりと眼前に構える。「こちとら射撃型、ちょっと足が速くてちょっと魔法が消せてちょっと可愛いらしい外見しててもねえっ!!」アンカーガンの前にスフィアが固まる。いつもより多少密度を高くし、「―――そんな程度で引き下がってたんじゃ、『ココ』じゃ生き残れないのよ!!」形成したスフィアに魔力外殻を張る。多重弾殻射撃。フィールド系防御を突き抜ける、AAランクの技。AMFによって魔力が消されるのを想定した上で、消されても良い膜状バリアでスフィアを包み込み、本命をブチ当てる。本来、ティアナには荷が勝ちすぎる魔法。移動するガジェットに照準を合わせながらスフィアを包もうとするが、なかなか上手くいかない。膜状のバリアがスフィアを完全に包みきれなかった。こめかみから汗が伝った。小さくない焦りが、ティアナの心臓に生じる。カートリッジは二発も消費した。魔力は足りているはず。それならば考えられる原因は一つで、ただティアナの実力不足だ。自身の魔法に翻弄されているにすぎなかった。(固まれ、固まれ、固まれ、固まれえ……っ!)膜状バリアはゆらゆらと、固まったかと思えばほつれ、ほつれたかと思えばまた色を濃くする。術式の、馬鹿にしたようなその動きに焦燥感とイラつきが。(固まれ……、かたま―――)正直、あんまり気は長くないほうだと思う。「んのぉ、さっさと固まれっつってんでしょうが、この×××××スフィア!!」もちろん文句などではなく自分を鼓舞する為の言葉。そのせいかどうかは分からないが実際にバリアは固まり、多重弾殻射撃の準備はオッケイ。「バリアブルゥ……、シューット!」発射された弾丸は移動するガジェットを軽々背後から捕らえ、AMF領域に入ってもその威力を減衰させることはなかった。魔法の成功を意味する。気を抜くつもりはないが、ほっとしたのも事実だ。がつん、と金属らしい音を立て一体目を貫通。問題は二体目だ。ティアナはアンカーガンを強く握り締めた。威力よりも速度重視で発射された弾丸は、その誘導操作が難しい。思いがけぬところでアイス屋を見つけたスバルのようだ。(……っは、それなら簡単か)心中笑いながら、「―――言うこと聞きなさいよっ、この馬鹿スバルっ!!」もちろんこれも文句などではない。自分を鼓舞する為の言葉だ。間違いなく。ああ、間違いなく。そしてその結果上手いこと誘導は成功。蛇の背中を伝うように進行方向の定まらなかったスフィアは思い出したように方向を変え、二体目も難なく貫通した。ボン!とわざとらしく爆発するガジェットを確認し、力が抜けたように膝をつく。「は、ははは、出来た……。これでちょっとは―――」肩を並べることが出来ただろうか。力の入らない身体を大の字に。そしてアンカーガンを胸の上に置いた。その時だった。(ごめええんティアアア!!)突然の念話。(はぅおっ! なん、なによ!?)(わ、私何かした!? 何かダメだった!?)(いや、だから何言ってんのよアンタ?)(だ、だってさっきバカって……)引きずる様に身体を起こし、ビルの端から下を除くと明らかに肩を落としているスバルが見えた。ティアナにはさらにその頭からシュンと垂れた犬の耳が見える。ティアナはクスクスと笑いながら、「ちょっとスバル弾が言うこと聞かなかっただけー!」バリアブルシュート → スバル弾。こっちのほうが言うことを聞きそうだ。。。。。。ツ、ツ、ツ……ぷるぷるぷる~。がちゃ。「あ、しもしも~? しもしもしもしも~? 俺です。あ? いや俺だって俺! だからお―――。はい、すみません。うん、うん。いやホントすみません、生まれてきてすみません。あ、んでさ、頼んでたの出来てる? 出来てるんだったら早速試したいんだけど……。いやいやお前がデバマスじゃ無い事なんて知ってますよ。……はあ? できないだあ? そこを何とかしろって言ってんだよ! 出来ないじゃねーよ、やれよ! 諦めんな! もっと熱くなれよ!! ……ああ、うん分かった、もういいよ、んじゃ」クソッタレが。次だ次。まったく皆分かってねーよ。ロマンを分かってねー。ツツ、ツ……ぷるぷるぷる~。がちゃ。「……あ、もすもす? おらだっぺさ。あん? おらだっぺよおら。まんず分かってねだべか、おらだっていって―――。うん。ゴメンね。それでさ、頼んでたの出来てる? 出来てるんだったら今からでも取りにいくんだけ―――。あ、おいコラっ! あ~もう! なんだってんだよ、いきなり切るやつがあるかあ?」ちくしょうが。次だ次。ツ、ツツ、ツ……ぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷるぷる~。「……。……。でねー」しねっ。可愛い女以外全部しねっ!はい、次ね次。……くっそー。結局コイツの世話になるのかー。ツ、ツ……ぷrがちゃ。「ちょっぱや!」『や、久しぶりだね。元気だった?』「あ、ああうん、久しぶり。元気してたよ。そっちは?」『ん? ん~……元気、だけど……正直、退屈だよ。つまんない仕事押し付けられて、それをただこなしてるだけって感じかな。何度も辞表書いて提出してるんだけど、辞めないでくれって泣きつかれちゃってさ、結局流されちゃってるよ』「へ~、変わったね。お前って割とすっぱりいきそうなタイプだと思ってた」『まぁ、今のところわた……っこほん。ごめんごめん。今のところボクにしか出来ない仕事もあるしね。これをほっぽり出して逃げるのはもう少し先でもいいかなって』「ん~。やっぱ社会人は違うね。何かこう、落ち着いた感がある」『ふふ、そういう君は全然変わってなさそうだ』「うっせ。……つかさ~」『ん?』「なんかこう、驚きとかないわけ? 俺が電話してんだけど」『驚いたさ。驚いて、考えて、ああそういうことかって勝手に納得しただけ』「……さっきの取り消す。やっぱお前変わってねーよ」『そう?』「おう。……あー、そんでさ、結構前の話になんだけど、頼み事したの憶えてる?」『ちゃんと憶えてるよ。ちゃんと作ってあるし、技術も発展したからね、結構すごいのになっちゃったよ。お姉さんに弟子入りしてまで作ったんだから。まったく、直接お姉さんに頼めばいいのに』「馬鹿言ってんなよ。ヤツは使用者の安全性とか全然考えてねーんだから。あれは既にオナニーですよ。自己満足の塊ですよ。自分のやりたいことやたらと突っ込んで、そんでイっちゃってるんですよ」『ま、君に対してだけなんだろうけどね、それは』「だからお前に頼んだんだよ。まぁその内取りに行くから。あ、そうだ、お礼に髪の毛切っちゃるよ。俺、資格は取れなかったけど師匠から皆伝はもらったから。どうせ長々と伸ばしてんだろ?」『……色々ツッコみたい所だけど、とりあえずよろしく。あ、それと来る時はちゃんと連絡入れてね。急に来られるとちょっと困るから』「ん。じゃあ今から行くわ。たぶん十分くらいでお前ン家に着くから。じゃ」『は!? ちょっとま』ぷつ、ツー、ツー、ツー……。。。。。。一週間がたった。毎度の事ながら、吐き気が小さな小さな体を襲う。弱音と共にそれを飲み込み、ボトルに用意されていた水で咽喉を潤した。「っはぁ、はぁ……」ダウンとして隊舎の外周を回り、それで軽くミーティング。それで今日も一日の終わりなのだが、自分の体力のなさに嫌気がさした。「はぁ~い、お疲れキャロ」「は、あ、はい、お疲れ、さまです~」自分とは違い、軽い調子で頭から水をかぶっているスバルは疲労を余り感じさせない。決して軽くない不安がキャロを襲った。戦闘ポジション的にあまり大きな移動がないとは言え、それでも自分の体力はあまりに貧弱ではないか。事実、ティアナはスバルに次いでゴールをきった。ティアナのポジションもキャロと変わる事無く、戦闘中はあまり動かない。前線メンバーの援護に回ることが多いのだ。そしてエリオも。歳は変わらないのに前の二人に喰らいついていく。息を激しく乱しながら、瞳の色も鈍りながら、それでも手足の動きは止めない。ラストの外周は、これはダウンなのだ。ウォーミングアップとは違う。それなのに何故。それは何度となく感じた疑問だった。そして聞けば皆口を揃えてこう言うのだ。『負けていられない』競争意識。スバルは常にトップを切る。その瞳は常に前を向いており、その先になのはが居るのは後で聞いた話だ。ティアナは戦闘中の巧みな指揮。射撃の腕。どれをとっても誰にも『負けて』なんかいない。それでも彼女は反吐を吐きながら訓練に勤しんだ。ギリギリのラインで、その先に歩を進めようとする。真似は出来ない。エリオは違う。いや、違うと思っていた。普段の柔らかな物腰。少し困ったように頬を掻きながら、それでいて笑うのが似合うような少年。そう思っていた。しかし実際に訓練に入ると、ああ、やっぱり男の子なんだな、と思うようになった。自分とは違う戦闘感性。そして実は、意外と負けず嫌い。本人が言っていた。スピードだけが取り柄だと。そしてその通りに、他人の背中を見るのは悔しいのだろう。本人は気付いているのかいないのか、静かに闘志を燃やすタイプだった。では、キャロはどうだろうか。フェイトには憧れているが、それでもスバルのように『目指す』わけではない。フェイト本人からも、私のようになるな、といつも口すっぱく言われている。かといってティアナのように周り全員と張り合えるかといわれれば、そんなのは御免だ。ティアナと自分は違う。先に神経が参ってしまう事なんか目に見えている。ではエリオのように誰にも負けたくない、なにかプライドのようなものを持っているだろうか。そのようなもの、逆さにひっくり返しても在りはしない。(……こんなんじゃ、皆においていかれちゃうよ)自身が召喚した竜でさえ満足に扱えず、まともな攻撃魔法はつかえない。今はブーストアップが重宝されているが、いつかは来るはずなのだ。もう必要なくなる日が。全員が順調にレベルアップを繰り返し、キャロがいなくても目標を破壊できる日が。自分の想像に肝が冷えた。ふつふつと鳥肌が立ったのも分かる。「キャロ~、ミーテ行くよ~」「……あ、はいっ」優しげなスバルの笑みに、不安を感じたのは間違いではない。