05/~全力少年~目覚まし時計がなる、5秒前。狙い済ましたかのように瞳が開いた。ぱちり、と使命を果たそうとした目覚ましを止め、布団から這い出る。そこには寝ぼけ眼など無い。当然のように身体を起こし、まずは気配を絶った。二段ベッドの上段から物音をなるべく立てずに、慎重に、ゆっくりと降りる。目標はすぐ目の前。距離にして2m。ちょっと腕を伸ばせば届きそうな距離だが、自身の得意分野は相手の吐く息すら身体で感じることが出来るまでの近接戦闘。2mは、まだまだ寄ることの出来る距離だ。相手の攻撃を防御するのも、寧ろ近いほうがやり易いというもの。いまだ眠りについている目標に接近。ゆっくりと身体を跨ぎ、「……ん、ぅう……ん」朝日を浴び、覚醒が近いことを知った。瞼がぴくぴくと動いているのは、それはもう起きる証拠。グズグズしている暇は無い。やるなら今しかない。行け、やれ!脳裏で騒ぐもう一人の自分。それに慌てるなと諭し、一つつばを飲み込んだ。同時に腰を下ろす。柔らかい腹肉に臀部が接触。毎朝のことなのに飽きずに騒ぐ心臓は、それはそれで可愛いと思う。そして、「朝だよ~、起きて起きて~」言葉と同時に、ティアナの胸を揉む。柔らかい。温い。もにゃもにゃしている。手のひらの感触で下着を着けていないことを悟る。そして何度指先をお肉に埋めたか。ばちっ、とティアナの瞳が開かれた。同時に目線が胸元へと。「おはよ、ティア」朝の挨拶は大事だ。そう思う。「―――し……っ死ねぃ!!」マウントを取っているスバルに対してのティアナの朝の挨拶は拳。当然スバルには当たる事無く、ヒョイヒョイと避ける。そして揉む。「おはよ~、だよ」「なぁにが、おはようだあ! っこの、このこの!!」「あは、当たんない当たんない、もっと拳は軽く握らなきゃ!」「うっさいうっさいうっさい!!」ティアナの拳がびゅんびゅんと風を切る音を聞きながら、今度はくすぐり攻撃へと。暴れて捲くり上がった服のしたからわき腹へ両手を滑り込ませ、わきわきと指先を動かした。「ほらぁ、おはよ~」「くひっ、は、く、くく! い、言うもんかあっ!」「ほらほらほらぁ」「あっ、あ、ちょ、ぅくくっ」「あれぇ? 何か今日は耐えるね、ティア」「ううっ、うううっ、ひゃ、ははっ!」だが、そろそろだ。まともに呼吸できずに顔を真っ赤にしているティアナは、それはいつもの光景。そろそろ白旗を上げてくるはず。とどめを。スバルは思った。わき腹を擦っていた指先をさらに奥へ。横乳をスルーし、脇そのものに手を出した。かり、と少しだけ引っかくようにして指を動かす。「―――うあっ! ば、かぁ、ひひゃ、っは、あ、っははは!!」最後の抵抗なのか、ティアナはスバルの頭を掻き抱いた。同時に己の胸へと導き、ぎゅうぎゅうと力を込めるが、それで黙るスバルではない。むしろティアナのツインドライブに若干の興奮を覚る。スバルは指先の動きを多少速め、かくかく痙攣し始めているティアナに追い討ちをかけた。「おはよ~はぁ?」鼻腔にティアナの体臭を、顔面に体温を感じながら問えば、「わか、分かったっ! 降、参っ降参! おはよっ! おはようスバル!!」「えへへ、おはよティア」そこでようやく二人の朝の挨拶が終わった。はあはあと荒い息をつき、ぐったりとスバルの頭を抱くティアナ。そのティアナの上に、胸に顔を埋めしがみ付くように全身でティアナを感じているスバル。いつもの朝の光景だった。そう、なんら変わらない。訓練学校も、前の部隊でも同じようなことをして、同じように毎日が進んでいた。変わる。スバルはそう思っていた。自身の暴走気味のティアコン発言。いくら気持ち悪くない、気にしていないと口では言っても、やはり何か違うものかと思っていたが、変化無し。気持ちが伝わらなかったのはもちろん残念だが、それは予想していたこと。今は変わらず接してくれるティアナと、それを支えてくれる日常に感謝だ。「んふふ、ティアいい匂いする~」「う、さい、ばかスバル……」ぺち、と力なく頭をはたかれた。。。。。。「おはようエリオ」「あ、ティアナさん、おはようございます」「あんたも毎日早いわよね。私たちより後に来たこと無いんじゃない?」「そんな、僕も今来たところですよ」はにかむように笑顔を作るエリオは素直で可愛い。少しだけ弟が出来たような気分になる。隊で一番お姉さんのティアナとしては負けてはいられない。もう少しだけ早く集合場所に到着しようと心がけた。というか朝、スバルが馬鹿な事をせずに普通に起こしてくれるだけでいいのだが……、難しいだろう。どうにもスバルはアレでその日のテンションが左右されている気がする。「ティアナさんの言うとおりなら今日あたり、ですか?」「なによ、信じてないの?」「いえっ、そういう訳じゃなくて!」「まぁ見てなさい。そしてちゃんと構えとくのよ?」「了解です」何の話かというと、訓練だ。機動六課に入って二週間弱。戦技教官のなのはの教えに何とかついて行っている四人だが、実力の向上を自身で感じるほどにその能力を開花していった。特に顕著なのが、このエリオ。年端もいかないこの少年は完全に天才と呼べる部類の人間であった。恐るべきはその学習能力。一度喰らった攻撃、防がれた攻撃、塞がれた退路、おおよそ戦闘に必要なその全てを瞬時に身体に覚えさせることが出来る人間だったのだ。一度もらった攻撃は、相当な実力差が無い限り、恐らく喰らわない。持ち前のスピードで避けるか、もしくはカウンターを狙っていく。ティアナなどは完全に努力型の人間なので多少の嫉妬もあるのだが、それを馬鹿らしいと思わせるほどにお人よしなその性格。将来モテそうなニオイがプンプン漂う。そしてそんなティアナも実力の向上はきちんと感じている。劇的にではないが、ゆっくりでも一歩一歩前進しているのだ。ポジションが同じである なのはの行動を観察し、なぜそう動くのか、なぜそう攻撃したのか、一つ一つを考察。納得した所でそれを盗むよう努力する。陸戦と空戦の違いはあるが、それでも大変勉強になるものだ。訓練が始まって二週間、ティアナはその間ずっと なのはを見てきた。隊員の実力も把握している。恐らく、誰よりも。そのティアナが考えるに、今日だ。今日は『何か』ありそうな気がする。何段階あるかは判らないが、自分たちは全体的に一段階レベルアップしている。そろそろ次の段階に移れるはずだ。自惚れではなく確信を持ってそういえる。そしてスパルタ思考の なのはなら第一段階の『卒業試験』のようなものを用意していておかしくはない。その内容がなんなのか分からないのが痛いが、何かあると分かっているのといないのでは随分差があるだろう。ふぅ、と一つため息をつき心底願う。「なるべく簡単なのがいいわね……」「なのはさんに『楽』を期待しないほうがいいんじゃないでしょうか?」「……そうなのよね。ま、頑張りましょう。クリアできない内容じゃないはずだから」「はい、がんばりましょう!」そして、まぁ当然、簡単なはずはなかったのだが。。。。。。騎士カリム。はやてが幼少の頃から付き合いのある、聖王教会所属のベルカ騎士である。はやてにとっては姉のような存在で、これまでもたくさん世話になっている人物の一人。機動六課の設立だって、カリムがいなければ危ういところだった。そのカリムの私室にはやては呼び出され、午後の優雅なティータイム。二、三世間話をしたところで、「部隊の方はどう?」「順調やで。カリムのおかげや」「ふふ、そういう事にしておくと、お願いもしやすいかな」「なんやぁ、今日はお願いかぁ?」ちょっとだけちゃかしたようにはやては言うと、カリムの表情は少しだけ困ったように。次いで、ティータイムは殺伐としたものに変化した。目前にいるカリムがパネルを操作すると、二人をカーテンが包む。人には見られたくないし、聞かれたくない話なのだろうな、とはやては予想し、事実そうだった。「……これ、ガジェット……」空間に映し出された映像を見、はやてが呟いた。見たことのないタイプもいるようだが、特徴を捉えれば見まがう事はない。明らかにガジェットである。「ええ。一型のほかに、二型と三型。特にこの三型は随分大きい。戦闘能力は分からないのだけど、用心するに越した事はないわ」諭すようにカリムが言って、はやては一つ頷いた。そして出てくる二つ目の画像。『そのもの』は目視できないが、「レリックやん」「そ、レリックね」出てくるのが早い。カリムの『予言』によれば、これが出てくるのはまだ、もう少し先のはずだった。はやての言いたいことが分かるのか、今度はカリムが頷いて、予定通りにはいかないわね、と小さく呟いた。はやては顎に手を添えて。(どっかで……狂った?)カリムの保有するレアスキル、プロフェーティン・シュリフテンは確かによく当たる占い程度の的中率しかない。だが、言い方を変えればよく当たる占い程度の的中率はある。よく当たる占いといえば、それはわりと当たるものではないだろうか。百%とは言えないまでも、七十から八十くらいなら、当たってもおかしくないのである。それが、外れた。外れたと言っても小さな小さなズレのようなものだが、確かに外れている。この先に起こるはずの『レリック事件』。それに対抗するために機動六課を設立したのだ。初っ端にこれでは、どこでどうズレて来るのか分からない。カリム本人がそれを分かっているのだろう。その表情は憂いに支配されている。「ごめんなさいね、はやて」「ん?」「もうちょっと、絞り込めればいいんだけど……」「ええのええの。そんなん気にしとったらハゲるで」はやては明るく笑いながら、パネルを操作。周囲を締め切るカーテンを開いた。「こっちにはな、最高戦力がおる。こないだ入れた新人も十分に期待できる。心配なんて、なぁんもいらん!」「そうは言っても……」表情の変わらないカリムにはやては指先を突き出した。少々心配事が多すぎる。もうちょっと笑ってて欲しいのだ。「予想できひんから人生なんよ。先のことが分かるなんて、そんなんおまけや。カリムはな、そのおまけで沢山の人の事救おうとして、そして実行しとる。……後はこっちに任し。多少のズレは なのはちゃんがふっ飛ばして、分からん事はフェイトちゃんが切り裂いて、何ともならん事は私が消したる! ……なんちゃって」おどけたように はやてがぺろりと舌を出すと、カリムはようやく笑い始めた。そう。どうにもならない事をどうにかして見せるのだ。はちゃめちゃむちゃくちゃ引っ掻き回して、勝手に死んでいった彼のように。はやてのリスペクト対象なのである、彼は。あんまり深く考えていても何ともなりはしない。自然に生きて、出来る範囲で何かをしようと思った。そして はやての『出来る範囲』はかなり広い。多少の無茶は承知のうちだ。(諦めなければ何とかなる……やもんな、ディフェっちゃん)入り込んでくる太陽光に、彼の姿を幻視しながら。。。。。。「フェイト~、お腹空いたよぉ……」「も、もうちょっと待って。公安地区に付いたら何か買ってくるから」「モツゴロウさんがお勧めするアレがいい」「うん。……ついでにお菓子買っちゃおうか?」「いいねぇ。ほら、隊舎のガキども……、スバルとティアナだっけ。そいつらにも何か買っていったら? 少しは懐かれるかもよ?」「……ホント? 怖がらせたりしない、かな?」「いやまぁ、怖がられるだろうけどさ」「……、……何がいけないんだろう」「人の噂もなんとやら……。ぜんぜん嘘っぱちだね」「ホントだよ。五年も六年も前のことなのにな……」そう言って、ちょっとだけむくれながらフェイトはハンドルを切った。その乱暴な運転に助手席に乗るアルフが楽しそうに笑う。ただいま運転中。はやてを聖王教会へと送り届けた帰りである。ちょっと所用があり帰りに寄る所があるが、それでもお昼には帰り着く。そのときには皆でご飯を食べようね、と六課を出る前に言って来たのだが、エリオとキャロは元気よく返事をしてくれて、スバルとティアナは曖昧に頷くだけだった。なんかやだ。絶対に誤解されている。確かに、いやさ確かにフェイトはちょっと前には暴れに暴れて筆舌しがたい暴挙を犯罪者へとかました事があるが、それはもう終わっているのである。もう終わった事なのである。今はもう落ち着いてるし、そんな事全然ない。エンジェルフェイトなのだ。死神とか言われるのやだ。それなのに、周りの人間は分かってくれない。もちろん自分に原因があるのだが、言い訳すら聞いてくれない。皆逃げる。どうしようどうしよう。そう思って、もう年単位の時間が流れた。「うう……」「な、何も泣く事ないじゃないさ」「だってだって、私、もう良い子なのに……」さめざめと涙を流していると助手席からアルフが身体を乗り出してきて、舌を伸ばしてきてそれを舐めとられた。何時まで経っても子供だねぇと呟くアルフに言い返せないのが痛いところである。そして。ピーピー、と不吉な音と共に不吉な画面が車内に映し出された。アラート。瞬間的にそう判断し、「チッ」フェイトの目つきは急激に鋭く尖り、眉根はこれでもかと寄って、俄然大きな舌打ち様。「……そんな事やってるから……」「あ……」ちょうどよくグリフィスからの通信が入ってしまい、彼はひぃと息を呑んだ。フェイトの噂が消えるのは、まだまだ先になりそうである。。。。。。実戦。たった今受け取ったデバイスで、実戦。そんな馬鹿なことはない。訓練で魔力も消費しているのに、デバイスの調整なんか欠片もしていないのに実戦。情け容赦なく鳴るアラートが非常に腹立たしかった。「ありえない」移動中のヘリの中、ティアナはぽつりと呟いた。何かおかしい。おかしいぞこの部隊。新人も新人のド新人のこの四人を、実戦投入? へそで茶を沸かすわ。いや何か違うか。いや、まって、心の準備が出来ていない。今から本物のガジェットと戦うといわれても、そんなの、出来るかもしれないけれど、自信がない。準備が足りない。ティアナは物事に対してしっかり準備をして取り組む派なのだ。もちろん緊急事態なのは理解しているが、今は訓練明けで疲れてて、魔力だって消費してて、たった今もらったデバイスとなんて一言も話していないのに。不安げになのはの方を向けば、にっこりとした笑みが返ってくるだけだった。(スパルタ……。いやいや、スパルタとか、そういうもの? これって、アレじゃないの? 何か仕組まれてて、実はこれがデバイスを受け取る資格があるかどうかの試験とか、そんなんじゃなくて、マジのマジで、実戦?)無性に腹が立ってきた。何考えてんだこの人。本気でそう思った。私は天才じゃないのよ。声を大にして叫びたかった。しかし、「……空からガジェットが来たみたい。私は空に出るから、下の指揮はティアナ、任せたよ」「任せてください!」しかししかし、負けず嫌いとかその辺の反骨心が、こんな返事を返してしまうのである。ちがうのちがうの。ホントは不安でしょうがないの。ホントのホントは指揮なんかに自信はないの。お勉強はたくさんしたけれど、実戦じゃ初めてなの。ティアナの手は知らず震えていた。指揮なんて重要で重大なものを任されて、小隊の失敗は私の責任になってしまう。絶対に成功させなくてはならなくて、とてもじゃ無いが、心臓が持たない。何度でも言うが、ティアナは自分のことを凡人だと思っている。事実、仲間内四人の中では一番その言葉が似合う。努力はした。たくさんしている。これからだって妥協を許すつもりはない。だけど、しかし、それだって、(こ、怖い───)思った時、震える右手はスバルに捕らえられていた。びく、と肩を跳ねさせ、ゆっくりと視線を送ると、いつも以上に凛々しいスバル。「あ、な、なに……?」「大丈夫。私が付いてる」今度は心臓が跳ねた。なんでこっちの心情が分かるんだ。そこまで分かりやすい顔をしていたのだろうか。「……何言ってんのよ。えぇい、はなせはなせ!」「んふふ~、いいのかなぁ? いいのかなぁ? また震えても知らないぞぉ?」「ふ、震えてなんてないわよ! 錯覚よ! 幻覚よ! 目の病よ!」「ん。それでこそ。じゃあ、大丈夫だよね?」「う」ころりと態度を変えてしまうスバルに、ああ、また慰められてしまったなと思い、こんなんじゃ駄目だと自分を鼓舞した。そう、実戦がどうした。今まで、長くはないが今まで なのはを見てきて、無理な事をさせる人ではないことは分かっている。なのはは出来ると思ったからこそティアナに任せた訳で、その期待に応えるのが生徒の役目というものだろう。よし、やってやろうではないか。思い、ティアナはもう一度スバルと視線を合わせ、「さんきゅ」「ほいほ~い」一々腹の立つヤツだ、と少しだけ笑いながら。「大体あんた、緊張とかないわけ?」「ふふふ。今日はすごい良い日だったからねー」「あん?」「ティアのおっぱいいっぱい」「帰ったら覚えてなさいよ……」「いっぱいおっぱい」「やっぱ忘れなさい」「やだ」「忘れろっ」「無理!」「わぁすぅれぇろぉ!!」「無ぅ理ぃいい!!」ティアナはスバルの頭をぽかぽか殴り、スバルはケラケラと笑いながらいたいいたいと言った。そして数秒、はた、と思い直せば今は緊急事態で、その時 なのはは柔らかい笑みをたたえながら、「もう、大丈夫だね」「あ、はい……、すみません」「いいよ。出撃前は誰だって緊張する。そういう時ね、仲間っていいでしょ?」「はい!」本当にどこまで見抜かれているのだろうか。さらに、どこまで分かりやすい性格を自分はしているのか。ティアナは顔を赤くしながら俯いた。そしてなのはが二言三言キャロと話していて、小さくて聞こえなかったが、何だか励ましているようだった。よく見ているんだな。ティアナにはキャロの様子がおかしいことに気が付かなかったし、いや、本来の自分なら気が付いているはず。しかし、動揺と緊張に支配されていて、それどころではなかった。なるほど。緊張ばかりしていても、もちろん力は発揮できない。当たり前に考えて、今度からは味方のフォローを考えて見ようと心の片隅に置いた。「それじゃ、行ってくるね。皆なら大丈夫。自分の事を信じて、仲間の事を信じて、そして頑張ろう」にっこりと笑いながら、なのははハッチから飛び出していった。。。。。。「よぉし! 隊長達が空を綺麗に掃除してくれてるおかげで、無傷で降下ポイントに到着だ! 頑張れよ、ひよっこ達!」その時、心臓はいつも通りに血液を送っていた。緊張はない。戦いを前にした興奮もとくには感じない。開け放されたハッチから入ってくる風に、燃え立つような紅蓮の髪をなびかせながら、静かにエリオは瞳を閉じた。(いける。できる。倒せる)自分に言い聞かせるように。エリオは自分のことを正しく認識できる人間であった。客観的に、第三者の目で。自身の戦闘スキルがあれば、この任務は、少なくとも自分から崩れる事はない。多少自己中心的な考えだが、それもしっかりと分かっている。自己中がどうした。そのための仲間だ。詰まったときにはティアナが指示をくれる。つもりもないが、負けそうになったらスバルがいる。力が足りなければキャロがいる。その中で、全力で敵を倒す。閉じた瞳を開いて、先行する二人を見送って、「行こうか、キャロ」「うん」なのはの言葉が効いたのか、キャロは多少不安げな顔をしているが、出撃前よりは随分とマシになった。隣に座るキャロのことだ。もちろん気が付いていたが、何と声をかけていいのか分からなかった。この時ほど自分を不甲斐なく思ったことはない。とりあえず“大丈夫?”とは聞いてはみたが、キャロは頷くだけに終わった。しかし、やはりなのはは凄い。どの辺りをどう緊張しているのか、そういうのが分かるのだろうか。的確に二、三アドバイスをして、するとキャロはマシになる。真似は出来ないなぁ、と何と無しに思って、パチリ、と次の瞬間にはスイッチが切り替わった。思考の戦闘スイッチ。恥ずかしいので誰にも言わないが、エリオはこの切り替えの事を心の中でそう呼んでいる。キャロと顔を見合わせ、頷きあって、そしてハッチから飛び出した。ばたばたと風に鳴る服を無視し、「セットアップ、ストラーダ!」十二両編成の列車。その尻の方からエリオとキャロは前に詰めるように敵を破壊していく。スバルとティアナはその逆。任務内容は敵の全機破壊とレリックの確保。七両目の重要貨物室にあるそれは、どのようなものかははっきりと教えてもらってはいないが、とにかく危険なものなんだとか。とりあえず、全部壊せば結果は後から付いてくるだろうと簡単に考え、ごぉん! と天井をへこませながらエリオは車両のケツに着地した。油断なくデバイスを構え、後方に着地したキャロに視線を送る。「僕が先行するから、バックアップはお願い!」「は、はい!」AMF領域内の戦いなので楽には行かないだろうが、負けるつもりなど微塵もない。エリオはストラーダで天井に穴を開け、車両内に入り込んだ。すると出てくる出てくる。わらわらうじゃうじゃ。虫かお前ら。心中ツッコミを入れて、『──Sonic Move──』ばぢり。電光を走らせながら加速した。エリオの真骨頂は高速戦闘。エリオにはスバルのように一発の大きさがない。ティアナのように視野を広く持つのも苦手。キャロのように味方をフォローする事なんか、もっと苦手。だから速度を選んだ。速度さえあれば、どんなヤツよりも速く走る事が出来れば、当たり前だがどんなヤツでも追いつく事は出来まい。脳裏には石田門左衛門忠則に捕まった時の事が映し出されるが、それがどうした。あれから過酷な訓練に打ち勝った自分は、あのころよりももっと速くなっている。さらに、こういう車両の中などの、狭い場所は好きだ。小さな身体を生かして、天井も、壁も、すべてを足場にして、「切り裂けぇえ!!」槍の先端に魔力刃を浮かばせながら、まずは一体目のガジェットを切り裂いた。真っ二つになったそれは爆発、する前にすでに加速。壁際の二体目を貫いたときに、ようやく一体目の爆発が起こって、すでに視界に三対目を捕らえているエリオは更に、もっと速く。とても上品とはいえない加速。手当たりしだい(足当たりしだい)に足場をへこませて、直線的に加速。がんがんがんがんがん!! と、車両がどんどん壊れていくのが分かるが、それでもなお加速した。「うぉあああッ!!」目に付くすべてを破壊して、六体目のガジェットを通りざまに分断。ぼん、と少し間抜けな音を立てて爆発。ケツの車両に居た敵は破壊完了。身体から立ち上る電光を収めながら加速を解いて、ふぅと一息。「……キャロ、降りてきても大丈夫だよ!」「す、すごいね、エリオ君。フォローなんてする暇なかったよ」「うん、ありがとう。でも僕にはこれしか出来ないから。自分に出来る事を突き詰めれば、誰かを守れるかなって」「すごいね。すごいよ!」まるで自分の事の様に喜んでくれるキャロが愛らしく、ついつい赤面し、いかんいかん、と。任務中のくせに何をやってるんだと自分に言い聞かせ十一両目へと続く扉を開いた。予想通りだが、まぁそこにもうじゃうじゃ。ガジェットは『見つけた』とでも言いたそうに、その目(?)を光らせ、にゅるにゅると触手のような物を伸ばしてくる。瞬間的に加速。切り裂き、爆発。うん、とエリオは確信した。勝てる。確実に勝てる。なのはとの訓練が始まったばかりのころは一体のガジェットに苦戦していたのに、今ではこうも楽になった。自分に力が付いている事の自信と、背中に守る存在がエリオを強くする。もっと速く、もっと速く、「もっと! 強くッ!!」伸ばした魔力刃で車両ごとガジェットを切り裂く。天井がすっ飛んで行って、太陽が見えた。後ろに置いたキャロに、爆風すらも食らわせるもんかと思った。キャロのことを考えて、思考の戦闘スイッチが曖昧になる感覚。一目見たときからなのだ。石田門左衛門忠則に捕まった後、すっぽりと被っていたフードをおろした彼女は、可愛かった。可愛かったし、可愛いし、可愛いのだ。エリオは自分の事を客観的に見れる人間。だから、照れとかそういうのを全部抜きにして、(好きになっちゃったんだ!)だからガジェットを切り裂く。次へと続く扉を開けて、もう一つ扉を開けて、もううんざりするくらい居るけれど、エリオの速度は落ちる事を知らなかった。後ろに守るその存在には怪我をさせる事無く、そしてエリオは八両目の扉を開く。とたんに感じる、魔力の減衰。「───ッキャロ、下がって!!」目前の敵は大きかった。今までのガジェットは小型で、エリオの身長を越えるなどなかったのだが、目の前のこいつは大きい。軽々とエリオの身長を超えて、エリオが二人分でちょうど良いくらい。くそ、と珍しく汚い言葉を吐いて、エリオはストラーダを正眼に構えた。所詮は機械。意思なんかはないだろうが、何となく圧迫感のようなものを感じる。身体の力が抜けていくような感覚とあわせて、AMFのせいだろうなとあたりを付けた。「フォローします!」『──Boost Up──』だが、その援護はエリオに届かない。「あ、こ、こんなに遠くまで……っ」AMFの領域が広い。でかい図体は見せ掛けではないのだ。触手のような腕(?)が伸びてきて、エリオは一つ汗をたらした。事前の情報にはない敵だ。どの程度の攻撃力があって、どの程度の防御力があるのか。魔力を抑えられている今、攻撃は通じるだろうか。脳内を巡る不安要素に、後ろに居るキャロに。(僕が、守る……)ストラーダの噴出口から煙が立った。エリオの身体を電光が走る。「キャロ、下がって」「わ、私も手伝えるよ! 私も、一緒に訓練したよ!」「キャロ、お願いだか───ッ!」瞬間、大型のガジェットは魔力弾による攻撃を仕掛けてきた。背後にキャロが居るために加速を使えず、エリオは止まって障壁を張る。が、もともとエリオの障壁強度はそこまで高くない。障壁の強度を上げるくらいだったら避ける。そんな訓練ばかりしてきた。一発食らうごとに干渉光が弾けて、防御もきちんと練習しておくんだったと後悔。「キャロッ、お願いだから下がって!」「やだよ! あのガジェット強い! 一人じゃ無理だよ!」「でも───」正直、キャロはブーストアップが使えなかったら……。その先は考えないようにして、今にも涙を流しそうなキャロへと視線を送った。「私も訓練したのにっ、ここでも邪魔者扱いするの?」「ちがっ、違うよキャロ! 君は邪魔なんかじゃないんだ! 僕が守るから、邪魔なんかじゃない!」「守られてばっかりは、もういやなの!」自分に仕えてくれる竜に守られて、フェイトに守られて。しかし、そんな事エリオは知らない。障壁がいよいよもたなくなってきて、エリオはストラーダを構え直した。一か八か。特攻でもかましてやろうかというとき。ふわり。身体が浮いた。「は?」間の抜けた声をだしてキャロをみれば、「え?」キャロも浮いていた。魔法じゃなくて、何これ?瞬間、ガクン! と、今度は落ちる感覚。まさか、まさか、とは思いつつも、思いつく事態が一つしかなかった。「───脱線したぁ!?」身体にかかるGが、その事実を深めて、「うわぁぁあああああ!!!」エリオとキャロは同時に悲鳴を上げた。