眼下に流れる雲を眺める。
空を翔る帆船、どう見ても海の上しか走れない船でありながら。
風石と言うファンタジー物質によって空を翔る、これがSFなら重力制御とか大推力スラスターとか必要だろう。
元居た世界じゃローターとジェットエンジンのあわせ技? VTOLとか。
精神はそんな極普通の、大掛かりな道具などが無いと個人飛行さえ出来ない世界出身の俺は考えていた。
タイトル「空飛ぶ……」
「山に港があるってのには驚いたけど、まさか空飛ぶなんてなぁ……」
「これが普通だから困るわ」
当の昔にラ・ロシェールの街は見えなくなっている。
アルビオンの港まで明後日の昼頃だと言っていた、その前に皇太子の空賊船だろうが。
何時頃空賊だったっけなぁ、と考えているとワルドが近寄ってきた。
「話によると、王軍はニューカッスル城周辺に構えて、今も戦ってるらしい」
「……皇太子もそこでしょうね」
「恐らく、生きてはいるだろうが……」
今も元気に空飛んでます。
そらとぶうぇーるず、使用PPは少なそうだ。
「出来れば、皇太子が亡くなる前にお会いしたいわ……」
「……死ぬしかないのかな、皇太子って」
死ぬ必要あるかと聞かれれば、……どちらでも良いと答えるだろう。
ハーレムにアンリエッタを加えるに当たって、絶対に行う必要があるウェールズ死亡イベント。
それと連動してガンダールヴ覚醒イベントもある。
ワルドに付いていく事を拒み、ウェールズが殺されて、ルイズが殺されかける。
それを主従契約能力で見て、駆けつけた才人が激昂、ガンダールヴの能力と、デルフリンガーの能力を現し出すのが大まかな内容。
「……少なくとも、亡命とかはしないでしょうね」
「……そうか」
俺としては、どうしてもガンダールヴ覚醒イベントをこなしたい。
俺だけではなく、才人の生死に関わってくるためだ。
ウェールズが死ななきゃそれが起こらないと言うなら、確実にウェールズに死んでもらいたい。
死なないで、そのイベントが来るなら生き残ってても良い。
だが、違った未来は分からない。
それが絶対に来ると断言できない。
俺が危険な目にあって、その場に才人がいれば起こるだろうが。
その時に俺が死ぬかもしれない、才人が死ぬかもしれない。
今回の事ももしかすると死ぬかもしれない。
だがある程度似通う未来と何が起こるかわからない未来、どちらに賭けるなどと考える事も無い。
この事を黙っている俺は嫌われるかもしれない、怒りもするだろう。
だが、命には代えられない。
優先すべき事はウェールズの命ではなく、才人の命だからだ。
もし死んでしまえば、ハーレムやら、元の世界に帰るやら、何もかも終わり無くなってしまう。
それだけは何としても避け、『絶対に才人を死なせない』と言う『結果』で出さねばならない。
そして、『才人が元の世界へ帰れる』と言う選択肢も必ず用意しなければならない。
なら俺一人で動くのは?
……駄目だ、もうこの状況で一人歩きは危険すぎる。
既に目を付けられているし、確実に命に危険が及ぶ道を歩まなければいけない、俺だけでは絶対と言って良いほど操られるか死ぬ。
今、たった3つの虚無魔法で切り抜けられると思えない。
だから連れて回る……、ガンダールヴの才人を強くしなければならない。
確かに、才人は危ない道を歩くと言ったし、その覚悟もしたと言った。
だからと言って、それを選んだ才人だけに責任を押し付けるのはおかしすぎる。
ただ同胞と、日本人と話したいと思ってこの世界に引きずり込んだ、浅ましい俺。
そう考えて浅ましすぎると、自己嫌悪になってしまう……。
何度考えたか、帰れる道を用意するのが俺に出来る償いの一つである。
「港に下りてからは、考えて動かなきゃね」
「ああ、反乱軍が港を押さえて入るだろうが、すり抜けてニューカッスル城へ向かうしかない」
「………」
ここら辺からだろう、人が死ぬと言う現状になり始めるのは。
ルイズも才人も、ここから精神を鍛え上げられていく、人の死を目の当たりにして。
……耐えれるだろうか、俺は。
皮膚の下に流れる、赤い血が大量に流れ出す光景に、耐えられるだろうか。
先の不安、先の見えない未来から来る不安とは、また違う恐怖が広がる。
「……そろそろ寝ましょうか、昼過ぎまで何かある訳じゃないけど……」
そう振り向いたとき、ワルドが口笛を吹いた。
……なんだ? 何を……グリフォンか。
翼を羽ばたく音、力強く翼を下ろせば体が浮き上がり、すぐさま船より高く舞い上がって甲板に降り立った。
しかし、かっこいいな、グリフォンって。
ヒポグリフも捨てがたい、御母様のマンティコアもイカスぜ。
タバサのシルフィードも最高だろうが、魔法衛士隊が騎乗する三種の幻獣はカッコいいに尽きる。
そんな現実逃避とも言える考えを浮かべ、その恐怖を無理やりにも消していた。
「近くで見るとより、ね」
「だなぁ、乗ってみてぇ」
多分今じゃ無理です、手元に置いておき、実力を示せれば良いが……。
グリフォンはワルドに頭を一撫でされると座り込んでいた。
「それじゃあ行きましょう」
「どこに?」
「どこにって、サイトはここで寝る気?」
空へダイブでもする気か、お前は。
ここは空の上、今の高度1000メイル以上はあるんじゃないだろうか。
風もあって結構肌寒いし、もっと高度が上がれば寒くなる。
防寒具もないのにここで寝るとは、死ぬ気か。
「ほら、さっさと来る」
才人の腕を引っ張り、船内に入った。
通路へ進み、客用の部屋に入る。
まぁ、空間が制限されるだけあって狭いが、二人で寝るには十分なスペース。
『しかし、ベッドが一つか。 詰めれば十分寝れるかな』
『ルイズがベッド使えよ、俺は床で良いし』
『そうか、じゃあこれ』
ベッドから毛布を2枚、薄いが1枚を床に引く。
『少しはマシになるだろう』
『……ああ、わりぃ』
そう言ってもう一枚を手渡し、ベッドに寝て毛布代わりにマントを被る。
『あれ、2枚しかないのか』
『2枚だな』
『じゃあ──』
『要らん、俺はマントがあるし』
薄くても1枚下に敷いとけば大分違う。
それに毛布一枚上に有るだけでも精神的に違う、安心感? なんか寝てるって感じがするし。
体が資本のガンダールヴが風邪を引くのも困る訳で。
『……あんがと』
『ああ』
ベッドに乗り体を丸めて横を向く、マントを肩まで引っ張り上げて瞼を閉じる。
今日は走りすぎて疲れた……。
……瞼を開いた、船内まで聞こえる大声で目を覚ました。
アルビオンが見えたのか……。
上体を起こし、背伸びをする。
体が痛い、筋肉痛か。
それに、ちょっと汗が臭うかもしれん。
もう一度背伸びをしてベッドから起きる。
それを見たデルフがカタカタと喋りだす。
「お、娘っ子、お目覚めか」
「デルフは寝る必要ないものね」
「二人が寝ちまうから寂しいんだぜ?」
「こっちは寝ないといけないもの」
デルフを一遍して、才人の傍に座って揺らす。
「サイト、起きて」
「……ぅ……ん」
「ほら、早く」
「……zzz」
……揺らすのを止めて立ち上がる。
「お? またかい」
「ええ、Mなのかしら」
「えむ? なんだそりゃあ」
「こう言う事をされるのが好きな人たちのことよ」
デルフを掴み持ち上げる、そして才人の上に持ってきて。
「っうおお!?」
ガキンと、才人がほんの数瞬前まで寝ていた場所にデルフを落とした。
「あ、あぶねぇ!」
「言ったでしょう? 一回で起きないと落として起こすって」
「危なすぎるだろ!」
「だから、鞘の中腹が当たる様落としてるわよ?」
主に腹、頭は明らかに危ないので。
「娘っ子が優しく起こしてる時に起きない相棒が悪い」
「死ぬって!」
「それで死んだら笑い種よね」
ほら、さっさと起きると言って手を掴んで引っ張り起こす。
才人は大あくびをして起き上がった。
「甲板に上がりましょう」
「ああ」
頷いて剣を拾い、背中に担ぐ才人。
俺はマントを一度掃い、羽織る。
才人を引きつれ、ドアを開け、通路に出て歩き、階段を上る。
「良い天気ね」
手をかざして日を遮る。
空は晴天、見上げれば雲一つ無く、青い空が有るだけ。
アルビオンがあるならここは高度3リーグだろうが、殆ど息苦しくない。
初めてここまで上ったが、てっきり少しばかり息苦しいかと思ってた。
登山とかしたことねぇかならなぁ……、それともこの世界の酸素が多いのか?。
「ほんとだ、真っ青だな」
「雲は隣ね」
船は雲と同じ高さで飛んでいる。
水平に見れば、殆どの雲が同じ高さか下にある。
それと別にするのは。
「あれが浮遊大陸『アルビオン』よ」
巨大な雲、その上に、まるで水に浮かぶ葉っぱのような大陸。
半分ほど下は雲に覆われ、どうやって浮いているのかよく分からなかったり、某天空の城のように巨大な風石が地中にあったりするのだろうか。
「船が浮くのは理解できたけど、あんな物が浮くなんてファンタジー過ぎない?」
「仕様だからしょうがないわ、いつか調べてみましょう」
そうしよう。
てか、まだ空賊船は来ないのか?。
1時間もしないうちに到着しそうだが。
「右舷上方雲中! 船一艘確認!」
見張りの船員が耳を塞ぎたくなるほどの大声を上げる。
黒塗りの船体、舷側に並ぶ幾つもの大砲、あれは空賊船だな、と見た。
「あれって戦艦?」
「バトルシップと言った方が良さそうね」
「襲ってくるの?」
「空賊なら襲ってくるでしょうね」
そんな緊張感の無い会話をしていると、ぐんぐん速力を上げてこの船と並走する。
ずらりと並んだ大砲がこちらを向いており、逃げようと舵を切れば、一発撃ち放たれた大砲によって船の先端にかすった。
鉤付きのロープが次々と投げられ、舷縁に引っかかる。
「精神力はこの船を浮かせる為に使って打ち止めだよ、大人しく停船した方が身の為だろう」
ワルドを見ると肩を竦め、船長に言っていた。
言われた船長は目に見えて落ち込み、ぶつぶつと呟いていた。
続々と乗り込んでくる空賊たち、中には杖を持った男が数人。
おいおい、あのメイジの杖、如何にも金掛かってるじゃねぇか。
そっちの奴の杖も、もっとみすぼらしい奴にしとかないと一見でばれるだろ……。
本当に空賊を装う気があるのか知りたい。
それを見ていると、前甲板に繋がれていたグリフォンが暴れだし、眠りの雲で眠らされていた。
眠ったのを確認してから、一人の派手な衣服を着た男が甲板に下りてきた。
船長を聞き出し、それに答えた船長と問答をはじめる。
それもすぐに終わって、視線がこっちを向く。
よし来た、船倉に閉じ込められるのはめんどいし、さっさと皇太子に会うか。
大股で近寄ってくる男、その視線は下から上へ見定めるような視線を俺に向けてくる。
「かなりの別嬪が居るじゃねぇか」
俺は才人の後ろに隠れる振りをして。
『手を出すなよ』
と才人に耳打ちをした。
「なあ、お嬢ちゃん。 俺たちの船で働かねぇか?」
「お断りよ、誰が貴方達のような下郎に」
空賊の男が才人を押しのけ、ルイズの腕を掴む。
才人は我慢した、『手を出すな』と言われたから我慢した。
本当なら剣を抜き取ってぶん殴ってやりたい、でもルイズは何か考えがあって俺に言ったのだろうと考えた。
「言うじゃねぇか、気に入ったぜ」
引っ張り出し、引きずるように甲板へ歩き出す。
才人とワルドとの距離が離れたのを確認して。
「離し、ッて!」
サッカーボールキックよろしく、後ろ向きの男の股間を蹴り上げる。
「ぐおぉぉ!」
ふはは、痛かろう?
軽く蹴っただけでも激痛が走る男の急所だ、その痛み、わからいでか。
手加減をしたとは言え、結構な痛みで膝を付いた男。
それでも腕を離さないため、暴れる振りをしながら。
『気品溢れるアルビオン貴族様、トリステインから特命大使が来たと皇太子に伝えてくれません事? それと今の行い、大変申し訳ありません』
周囲の誰にも聞こえないよう、目の前の男だけに聞こえるよう呟く。
「ぐ……」
男の呻きが見る間に小さくなる。
「この、小娘が……。 こいつ等も運べ、身代金がたっぷり貰えるだろうからな!」
男はにやりと笑い、俺も少しだけ口端を吊り上げた。。
「こっちだ、付いて来い」
平坦に言った空賊の男。
その男を先頭に空賊船の船内を歩く。
俺たち3人の周囲に杖を持ったメイジが囲んでいる。
もちろん俺たちは杖をもってはいない、才人も剣を取り上げられている。
その男に付いて通路を歩き、階段を上った先は恐らく船長室。
装飾をそこそこ施された部屋で豪華なディナーテーブルを中心に、ニヤける男達がテーブルに沿って並び立ち。
その一番上座に座る船長らしき人物、拳ほどある水晶が先端に付いた杖をいじる男が見える。
「おい、お頭の前だ、挨拶をしやがれ」
言った言葉に頷き、スカートの端をつまんで挨拶を述べた。
「ご機嫌麗しゅう、ウェールズ・テューダー皇太子殿下。 私の名はトリステイン王国ラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。 此度は我等が主、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下からの密命を受け、ウェールズ・テューダー皇太子殿下への密書を言付かって参りました」
長ったらしい挨拶と今回の任務内容を、テーブルの上座に座る空賊船の頭に間違いなく言った。
それを聞いていた頭と並ぶ男達が一斉に目を剥いた。
才人とワルドも二人して驚いている。
「なにを言ってやがる、俺は皇太子なんて大層な──」
「失礼、カツラがずれていますが」
言葉を遮り言って、反射的に頭に手をやる男、勿論ずれてはいないカツラ。
「……してやられたかな?」
笑い出してルイズに聞く男。
それににっこりと笑い返すルイズ。
「一つ聞いて良いかな」
「何なりと」
「どうして分かったんだい?」
「……一目で分かります、まずは其方の御方」
視線をやると、ルイズ達が乗っていた船に乗り込んできたメイジの一人。
「其方のお方が持つ杖、鉄の拵えに微細ながら美しい装飾が施されています。 其方のお方も、そして其方のお方も」
見やれば、三人とも杖を取り出して視線を落としていた。
才人は言われて見ればと、その男達の杖を見る。
「たかが空賊にそこまでの装飾を施す意味と金銭は無いかと、それに」
並ぶ男達に視線を一遍。
「如何に身を汚そうとも、あふれ出る気品は隠せませんわ」
少しだけ笑って、ルイズは言った
「……は、ははは! なんと言う慧眼!」
男、かつらを脱いで笑い出したのは金髪の凛々しい青年。
一頻り笑った後、立ち上がった。
「大使殿には大変な失礼をいたした、貴族が名乗ったならば、こちらも名乗らなければいけないだろう」
佇まいを直し、真っ直ぐに姿勢を正す青年。
「私はアルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
「……皇太子殿下、まずは御確認を」
そう言って指に着けていた水のルビーをウェールズへと向ける。
それを見て、無言でウェールズは同じように指に着けていた指輪を外す。
その二つの指輪を近づければ、美しい虹色の光が溢れ出した。
「……本当に、アンリエッタか」
嬉しそうに、名を呟いた。
ウェールズが着けていたのは水のルビーと同じく、アルビオン王家に伝わる始祖の秘宝が一つ、『風のルビー』だった。
「皇太子殿下、こちらが密書に御座います」
懐から取り出した手紙、それをウェールズに手渡す。
その手紙に視線を落とし、トリステイン王家の花押を見やる。
そして、その花押に口付け、慎重に封を開ける。
中の手紙を取り出して読み耽るが、顔を挙げ手紙に書いてある事を聞いてくる。
「姫は結婚するのか? 彼女が、あの、従妹が、愛らしいアンリエッタが……」
気丈に、だけど微かに震える声でウェールズは言った。
「……はい」
「そう、そうか……」
再度手紙に視線を落とし、最後まで読み終わる。
ウェールズは気付いているだろう、手紙に残る涙の跡を。
アンリエッタがどんな思いで書いたのか、どんな感傷で書き綴ったか。
そして、最後の一言が、どれほどアンリエッタの心に暗い物を落としたのか。
ウェールズは瞼を閉じて数秒、開いてルイズに言った。
「了解した、この手紙に書いてある通りにしよう。 それが一番良いだろう」
微笑み、ウェールズは手紙を仕舞う。
「すぐに、とはいかない。 一度ニューカッスル城へ戻らなくては手紙の通りには出来ない、大使殿には申し訳ないが、ご足労願いたい」
「はい、この程度さほど変わりませんわ」
ああ、この青年は、これから死んで……。
いや、俺が見捨てるのか……。
来る現実に、胸の奥底が締め付けられた気がした。