「……知ってる天井に決まっている」
瞼を開くと、……近頃よく瞼を開くとから始ま……メタメタァ!
1年以上見続けてきた、トリステイン魔法学院の自分の部屋。
「あー……」
引っかかる、各関節が音を出しそうなほど硬く鈍い。
痛む関節、体を慣らすために無理やり起きる。
「……腹減った」
食料寄こせと可愛らしく鳴る腹の音。
良かろう、思う存分食らうが良い!
……と意気込んでもベッドから降りるのもきついわけで。
「だ、誰か……」
自分以外誰も居ない部屋で、ミスってベッドからずり落ちて助けを呼んだ。
タイトル「日常がこれほど尊いとは、泣けてくる」
ルイズがベッド脇にてジタバタしている頃。
サイトは厨房へ行っていた。
マルトーやシエスタに頼んで、何時起きるかわからないルイズのために朝昼晩と食事を運んでいた。
寝ている間の世話はシエスタが殆ど行っていた、主にルイズの体を拭くだけだが。
本人が聞いたら悶絶するだろう、それは決まった未来でもあった。
「おやっさーん、昼飯お願いしまっすー」
「応! シエスタに持って行かせるから部屋で待っていろい!」
「あいよー」
すぐに厨房から出て、手に持っていた洗面器に水を汲みに行く。
中庭にある水汲み場でなみなみと水を汲んで寮に入っていく。
零さないよう脇に洗面器を抱え、畳んであるタオルを手に持って部屋に戻る。
「──……」
ルイズの部屋の前、中から物音が聞こえてドアを開けば。
必死にベッドの上に戻ろうともがくルイズが居た。
『サ、サイト。 ちょっと手伝ってくれ』
腕はベッドに乗っているが、それ以外は全部だらしなくだらけていた。
すぐに洗面器とタオルを置いて、ルイズを支えるサイト。
その間にネグリジェが捲り上がっており、綺麗な背中が丸見えだった。
『大丈夫か?』
『ああ、無理するとこうなるからな。 早く完全な物にしないと駄目だわ』
サイトは肩を貸す、それを借りて何とかベッドに戻ったルイズ。
もたもたと横になり。
『腹減った……』
仰向けに寝て、ピンクブロンドの髪がベッドの上に広がった。
さらさらと、数日洗っていないにも関わらず綺麗に流れていた。
それを見ながら、サイトはルイズが目を覚ましたら聞こうと思ってた事を口にした。
『なぁ、ルイズ』
『……なんだ?』
椅子に座ってルイズを見るサイト。
椅子に座ったサイトを見るルイズ。
『ワルドが裏切り者だって、知ってたんだろ?』
『ああ、勿論知ってた』
知ってて当然、ルイズは最初に『知っている』と言っていた。
詳細は変わるだろうが、知っている通りに動けばそうなると確信していた。
『……どうして放っておいたんだよ』
『そうするしか選ぶ道が無いからだ』
サイトから視線を逸らさず、言い切るルイズ。
サイトも視線を外さずルイズを見る。
『ルイズなら、止めれたんじゃないのか』
『止める必要なかったのに、何故止める必要が?』
『ッ! 王子様が死んだんだぞ!』
『ああ、そうだな』
平静と、感情無く言ってのけたルイズ。
なら、王子様を見殺しにしたって事かよ。
お姫様に言った言葉も、王子様の事を思っての事だと思ったのに。
『……わざとかよ』
『当たり前だろう、そうしなければいけないから、見逃した。 おかげで俺も下手打って死に掛けたがな』
やれやれ、とため息を付いたルイズ。
自分だって危ない目にあったってのに……。
『何でそんな平然と言うんだよ! 人が死んだんだぞ!』
椅子を倒しながら立ち上がる。
それを見て、平然とルイズは答える。
『人が死ぬなんて当たり前だろ、ここは日本じゃないんだぞ?』
『そんなの分かってるよ! あいつと戦っていやと言うほど分かったよ! だけど、王子様の事は簡単に止められてたんじゃないのかよ!』
『だって仕方ないだろう? そうしないと──』
俺たちが 『シヌ』 かもしれないんだから。
『……なんで王子様を助ける事が、俺たちが死ぬ事繋がるんだよ』
『俺が馬鹿な事したからな、好き勝手動いてな』
その結果が、原作からの微妙な乖離。
大筋、主軸の流れを通りつつ細部の変化。
両親とオスマンに自分が虚無だと知らせる、マチルダの取り込み、ワルドからの攻撃を受けて危険な状態に。
前二つはこれから齟齬が出るだろう、ワルドからの攻撃は既に結果が出た。
原作でも危険ではあったが、ルイズは血を流すような攻撃を受けていない。
せいぜい吹っ飛ばされただけ、だが俺の場合は文字通り血を流して倒れ伏した。
この差、まだこれが小さなずれだとしたら? これ以降さらに大きな歪みとして顕現したら?
間違いなく今回以上にダメージを受ける可能性がある。
それを踏まえてある程度行けるかも知れないと考えた。
勿論楽観視、既に原作知識は参考になる程度の考え。
大筋をなぞっているのなら、これから先はワルド戦の時のような危機は無い、と思いたい。
ずれがこのままで収まるか、さらに大きな歪みとして現れるか。
前者ならなぞる、後者なら……変わること覚悟でサイトと共に身の安全を図るべきかもしれない。
要はこれからだ、伸るか反るかを考えるべき時期に入ったと言う事。
『一番危険だと思えるアンの密命を無事に過ぎたこれから先、早々死ぬような出来事はない。 勿論細部は違い、今回のような事が起きないとは言えないがな』
『何でそこまでやるんだよ』
『さっきも言っただろ? 『そうしなきゃいけない』からだ』
『ルイズが死ぬ事になってもかよ』
その言葉を聞いて、ルイズは笑った。
『死なないさ、少なくとも時期が来るまでな』
楽しそうに、笑う。
それが途轍もなく、嫌な物に見えた。
『そんなのわかんないだろ!』
『……まぁ、そうだな。 正確には死ねない、だったな』
用意するまで、俺は死ねない。
サイトが元の世界に帰れると言う『選択肢』を用意するまで。
ルイズは笑う、サイトを見てやさしく笑う。
『それまで守ってくれよ、サイト』
俺も、全力で守るからさ。
そう言われて、サイトは押し黙ってしまった。
「ルイズ様! お目覚めになったんですね!」
ノックして、室内にサイトがいるか確認したシエスタ。
だが、帰ってきたのはサイトの声ではなくルイズのものだった。
ドアを開け、料理の載った台車を部屋の中に入れる。
「シエスタ、心配かけたかしら?」
「それは凄く! 厨房の皆だって凄く心配してました!」
はきはきと、慣れた手つきで料理を並べるシエスタ。
その間一度たりとも口は閉じない。
「ルイズ様が授業を休んでどこかへ行かれたって聞いて、数日経ったら気絶したルイズ様が学院に戻ってきたじゃありませんか!」
「ええ、色々あってね」
「それは分かっています、私たちに話せる内容じゃ無い事も分かってます! そんな事はどうでも良いんです、ルイズ様が傷を負って帰って来たことが問題なんです!」
「……えっと、それはどうして?」
「どうして? どうしてと言いましたか!?」
その剣幕は凄まじい、俺とサイトはたじろいた。
シ、シエスタ……? 何でそんなに怒って──。
「私たちはルイズ様に何時も助けてもらっていました、その恩を返したい、ルイズ様の手助けになりたいと思っているのです!」
「え、ええ、そうなの……ありが──」
「なのにルイズ様は私たちに心配を掛けて! 心労で倒れた子も居るんですよ! 『もしかしたら、ルイズ様はこのまま目を覚まさないんじゃ』なんて考えてた子も居るんです!」
……何だこれ。
確かに叩かれそうになったメイドを助けた事もあった、困っているコックに口添えをした事もあった。
それだけで、何で心労で倒れるほど慕うんだよ。 普通に過労とかじゃないのか?
打算が有ったなんて考えない……んだよなぁ、そういえば。
一般的な貴族と違いすぎる接し方が心に食い込んだのか……?
「それは……ごめんなさい。 歩けるようになったらその子に謝りに行くわ」
「そうしてください、喜びますから」
と胸を……なかなかでけぇなおい、今度触っても良いか聞いてみようかな。
エッヘンとか言い出しそうなシエスタ、既に食器を並び終えていた。
「それじゃあ」
「え?」
「あーん」
「……これは?」
「あーん」
「いや、シエスタ?」
「あーん」
あんあん言うなよ。
そりゃあ体は動かしにくいが、動けないと言うほどではない。
スプーンを持とうと思えば。
「……あ」
落ちた、手から滑り落ちた。
……格好の的、言い逃れられぬ理由。
「はい、それじゃあルイズ様。 あーん」
「持てる! 持てるから!」
何とか拾い上げようとして、その度ポロリと落ちるスプーン。
「決定的ですね、あーん」
「そ、そんなことは……」
「サイトさん、今のルイズ様は介護されるべきだと思いませんか?」
「え? ああ、そう思うよ」
そりゃあ分かるよ、俺がこの事黙ってたのを怒ってるんだろ?
そんな顔で笑うなよ、謝るからさ、何とか──。
「あーん」
「サイト、さっきの事は謝るからね? これからの事もちゃんと教えるから、シエスタを止めてくれない?」
「あーん」
スプーンを持ったシエスタが迫ってくる。
サイトはニヤニヤと。
「いや、あのね?」
「あーん」
「いや……」
「あーん」
「シエ……」
「あーん!」
あ、あ、アッー!
「なんて言うと思ったの?」
スプーンごと頬張る、口の中にスープの芳しい香りと舌が蕩けそうな味わいが広がる。
やはりマルトーの料理は美味い。
「今度はそっちのお願いね」
「はい!」
喜んで他の料理を取るシエスタ。
先ほどの表情と打って変わって、唖然とした表情のサイト。
「サイト、貴方は選択を誤ったわ。 あそこでシエスタを止めて、私から情報を引き出す事を選ぶべきだった」
俺を困らせようとしたのは間違いだった、シエスタのように可愛い子からなら問題無い。
サイト以外に見てる人間は居ないし、多少恥ずかしいが俺としては断る理由など何も無い。
折角チャンスを上げたのに、『ぬけてる』な。
それにやっと気が付いたサイトは、『しまった』と言った表情で頭を抱えていた。
「最善を引き出す事を覚えなきゃ、ん、ありがと」
「いえいえ」
そう言ったときにはサイトが猛烈な勢いで食事を食べ始める。
「ち、ちくしょー! グホァ!」
「サイトさん!」
頬張りすぎて咽るサイト、シエスタに背中を摩られていた。
その日は体を動かす事に勤めた。
数時間掛けて行ったストレッチ、体がギチギチに強張っており、多少の痛みに耐えながら解す。
昼過ぎには朝と同じように食事、終わればまたストレッチをして、ある程度体が動くようになれば歩いてみる。
走るのは痛いが、動けるようになったならウォーキング。
サイトは隣で倒れぬよう支える。
歩いて歩いて、夜には体を動かして日常生活に支障が無い位まで戻せた。
結構動いたから、すぐ寝れたのは良かった。
翌日、アルビオンへ行く前と同じような日常へと戻っていた。
ルイズはサイトとより早く起き、デルフを落とそうとする。
サイトはそれを間一髪で避けて抗議、いつもの決まり文句で終わる。
シエスタが運んできた食事を取り、着替え、教室へ向かう。
『プリン食いたいな……』
『ファーストフードが懐かしい……』
俺は10年以上食ってない。 あの味が懐かしい、再現できないかなぁ。
甘味のクックベリーパイも良いが、ああいう洋菓子も食べたくなる。
教室のドアを開けるとすぐさま囲まれた。
何々? 俺たちが休んでた間何か危険な冒険して、とんでもない手柄を立てたって?
ギーシュとキュルケを見た、二人とも目を逸らした。
中身は言ってないが、それを仄めかす事を言ったのか。
飛んでくる質問を流してかわし、クラスメイトの波を掻き分ける。
「ねぇギーシュ、私言ったわよね?」
ズンと一歩、生徒席の階段を一歩。
ルイズの底冷えするような声に、ギーシュが青ざめた。
「キュルケも、サイトが教えちゃいけないって言ってたわよね?」
また一歩、階段を上る。
危険を感じたのか、二人を囲んでいたクラスメイトの一団が素早く離れた。
「ねぇ、二人とも……、聞いてる?」
上る、上る。
視線はギーシュとキュルケに交互に移す。
「守秘義務って知ってる? ああいうのって一言も喋っちゃいけないのよ?」
とうとう二人が座る高さまで上る。
体の向きを変え、机と椅子の間を歩く。
一番近いのはギーシュ、ゆっくりだが確実に距離を詰めるルイズ。
「いい、いい、い、言ってないよ! ぼ、ぼぼ僕は何も言ってないよ!?」
「……そう、なら」
キュルケを見る。
ギーシュと同じように狼狽し始めた。
「私も言ってないわよ! ルイズが何をしたのか知らないもの!!」
「そうだったわね、ならタバサ?」
「言ってない」
タバサに聞いたら即座に帰ってくる。
一応聞いただけで喋るとは思えないし。
「そう、じゃあ大体を知っている二人よね?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 本当に僕達は喋ってない!」
「本当よ! 私たちが出て行くのを見た人が居ただけよ!!」
「へぇ、そうなの」
歩みを止める、そして。
「それなら謝るわ、ごめんなさい。 でもね、もし喋ったりすれば──」
右手を伸ばす、手刀の形にして首を横切らせた。
「こうなるから」
首チョン、首切断を示す。
それに気づいて、ガクガクと頭を揺らして頷く二人。
そんなのを見れば、確実に何かがあったと感じ取るクラスメイトたち。
だが、ルイズの威容を見て気にはなるが、ビビって探りを入れるのを止めたクラスメイト。
勿論諦めたのは全員ではなかった、金髪の、見事な縦巻き髪を揺らしてルイズを言い止めた少女が居た。
「ルイズ、本当に何が有ったのよ」
「何でもないわ、ただ王宮に行ってただけよ」
ギーシュとキュルケがうんうん頷き、タバサは変わらず本を読み続けている。
「嘘おっしゃい!」
「もう、いい加減にしてよ。 幾らギーシュが心配だったからって」
「ちょ! ギーシュなんかどうにも思ってないわよ!」
それを聞いて、ずぅーんと落ち込んだギーシュ。
可哀想に、ツンデレを相手にするのって大変だな。
「モンモランシー、貴女は王宮からの命令を無視出来るの?」
「うっ」
「でしょう? 人に喋れない事だから言わないのよ、それ位分かりなさい」
それを聞いて、悔しそうにモンモランシーが言った。
「ふ、ふん! どうせたいした事無いのよね、魔法を使えないゼロのルイズが大手柄なんて立てられる訳無いわよね。 フーケだって偶然で撃退できただけでしょう?」
「ええ、そうよ。 偶然撃退しただけよ、なぁーんて事無いわ、運が良かっただけよ」
「そうよ、貴女なんか──」
いい加減にしてくれ。
ギーシュが心配だったのは分かったから俺に絡むな。
「もう」
「な、なによ!」
立ち上がってモンモランシーに近寄る。
近づいて、耳に口を寄せる。
「出かけてる間、ギーシュは貴女の事ばかり心配してたわよ?」
「……え?」
「モンモランシーモンモランシーって、うるさい位にね。 貴女、かなり愛されてるわよ?」
モンモランシーはギーシュが居る方を見つめて停止。
ギーシュが落ち込みから何とか立ち直り、視線に気が付いてモンモランシーを見ると。
「ッ!」
モンモランシーは走って自分の席に戻っていった。
「グハッ!」
ギーシュは嫌われたと思って死亡。
こいつらおもしれー。
その後丁度良くコルベールが入ってきて、授業が始まった。
「えー、それでは皆さん、授業を始めます」
といって教壇の上に何か奇妙な物体を置いた。
形にすれば『エンジン』、中身を良く知らない素人が描いた様なエンジンだ。
その授業だったのを忘れていた、正直コルベールの授業は小中学校にあった工作の授業みたいで好きなんだよな。
「おっほん、誰か私に火の系統の特徴を、教えてくれないかね?」
軽く咳をして、生徒達を見渡せば。
殆どの視線がキュルケへと集まってる。
火の系統として有名なツェルプストー家、そこの出生で自身も『微熱』などと二つ名が付けられているキュルケにはピッタリか。
「ふむ、ならミス・ツェルプストー、火の特徴を教えてくれないかね?」
「ええ、分かりました」
爪やすりを机の上において答えるキュルケ
「情熱と破壊、それが火の系統の真髄ですわ」
「そうとも!」
「本当にそうでしょうか?」
茶々を入れてみる。
ほぼすべての視線がこちらに向いた。
「本当にそれが真髄でしょうか?」
「何よルイズ、本領の私が言うから間違いないわよ」
「なら貴女は火を理解してないわね」
「……なんですって?」
「ミス・ヴァリエール、説明してもらえないかね?」
「はい」
そう言って立ち上がる。
一旦教室に居る人間全てを見回して、口を開いた。
「確かにミス・ツェルプストーが言うように、情熱を除いて特性の破壊力が有名ですが私はそうとは思えません。 まずは外」
窓の外に指を刺す。
「我々が享受している日の光、あれは私たちの空の上で巨大な火の玉が燃えているからです。 我々の体を照らし、暗闇を消し飛ばす。 まずこの時点で破壊と言う点で繋がりません」
コルベールが頷く、キュルケも見直した様に頷く。
「他には料理、肉を焼いて頬が落ちるような焼き加減を作れます。 我々が着ている衣服も日の光によって、乾燥させて気持ち良い状態にしています。 故に私は思います、火は与えてくれる物であり奪う物でもある、と。 破壊だけなどと思うのは見当違い甚だしいと考えました」
「素晴らしい! ミス・ヴァリエールが言う事は最もだ!」
コルベールは拍手、キュルケは微妙な顔をしている。
本場と言って良いゲルマニア人の自分が、『水』を司るトリステインに火の講釈を承るとは思いもしなかった。
本当なら文句の一つでも出たかもしれない、だがルイズが言ったように納得できない部分が殆ど無かったからだ。
「……さすがね、ルイズ」
「これ位普通よ、火は貴賤問わず人々に浸透しているわ。 水だって、地だって、風だって、全部が知られている事だけで成り立ってるわけじゃないし」
単体では効果を発揮しないが、組み合わせると途端に応用が広がる。
一つだけで語るべからず、火と風を組み合わせれば乾燥速度が跳ね上がるし、水と土が組み合わせれば植物が芽生えさせる事が出来る。
全てが組み合わさって、世界が成り立っているのだ。
それに気が付かず、これが上だ、こっちの方が上だなんて優劣付けても意味が無い。
魔法にも言えるだろうが。
「キュルケ、火だけを追求してもつまらないわよ?」
「考えておくわ」
「そうですぞ、ミス・ツェルプストー。 得意な属性だけを伸ばしてもすぐに限界は訪れます、苦手だからと言って他の属性を蔑ろにしてはいけません」
そのまま教壇の上に置いてある物体を見る。
「これだってそうです、見てなさい」
コルベールの足先に有ったふいご、空気を送るポンプを踏む。
「まずはこのふいごで風を送り、中にある油を気化させます」
シュコーシュコーと何回か踏んだ後。
物体に開いていた小さな穴に杖先を入れる。
「その状態で火を付ければ……」
ボンボンボン、と物体の中で爆発音。
中で気化した油に引火、その熱エネルギーで円筒の中に有るクランクが回る。
それと繋がり連動している車輪が回って、円筒の上に付いている蓋が開いて、中から可愛らしいヘビ人形が頭を出す。
「ほら、この通りですぞ!」
嬉しそうに笑うコルベール。
しーんと、誰も声を発しない。
それを見た俺の隣に座るサイトが唸った。
『なぁ、ルイズ。あれってもしかして……』
『そう、エンジンだよ。 原型だがな』
『まじで?』
『まじで、コルベールは天才だな』
この世界に科学技術なんてカテゴリーは殆ど無い。
簡単な物はあっけなく魔法で実現できる、難しい物でも複数メイジが集まれば可能だからだ。
水車などはあるが、それどまり。
今コルベールが見せたエンジンの原型、拙いながら最先端の科学技術と言える。
エンジンと言う概念を知っていれば、もしかしたら作れるだろう現代人。
だが、コルベールは全くそれを知らず、自らの発想だけでそれを実現した。
この人は誰がなんと言おうと天才だ、現代で技術革命を起こした偉人並みに凄い。
「素晴らしいです! ミスタ・コルベール!」
俺が立ち上がって拍手をする、サイトも同じように拍手。
「『風』を送って、『水』に属する油を気化させ、『火』でその気化した油を点火させて、『土』でその爆発を耐えるだけの金属を錬金する。 四つの属性を上手く組み合わせて動力を生み出すなんて!」
仰々しいが、この賞賛する気持ちは本物。
俺にあれが作れるかといえばNOだ、魔法が使える使えない云々、あれだけの発想を浮かべる事などできん。
確かに魔法を使って実現させているが、その概念を考え出したのは凄すぎる。
「おお分かるかね! ミス・ヴァリエール! 今はこのヘビ君が顔を出すだけですが、改良すればもっと凄い事が出来ますぞ!」
例えば馬車にエンジンを載せれば自動車、水の上に浮かぶ船に乗せれば風要らずの船舶になる。
「そんなの魔法を使えば良いじゃないですか」
はい? お前等の精神力は無限ですか?
数時間に渡って魔法で動かし続けられるんですか?
ちょっとは考えろ。
「馬鹿ね、4つの属性を上手く組み合わせていると言ったでしょう? これがもっと精巧に、大きくすればスクウェアメイジでも運べない重い物でも動かせたりするのよ」
「ミス・ヴァリエール、他人を馬鹿呼ばわりはいけません。 ですが、今言ったとおり改良すれば人の、メイジの力を超える物を生み出せますな」
進みすぎた科学技術は魔法と同意、ってなんかの小説で読んだ気がする。
事実、地球じゃメイジを凌駕した存在が幾らでも有る。
「先生、凄いですよ! いやー、エンジンを作れる人が居るなんて驚きです!」
サイトも褒め称える、まぁそれでコルベールがサイトを気に入るんだろうが。
「えんじん?」
「それの名前ですよ! 俺たちの世界じゃそれを実際に作って役立ててます!」
「なんと! 君が居た場所はこれを実用化しているのかね!」
「はい、今言ったように馬車に載せたり船に乗せたり!」
「おお! それは凄い! その国はどこだね!? 君の居た国とはどこだね!?」
目を輝かさせて、サイトに迫るコルベール。
「え、えっと、東方です」
「東方? ロバ・アル・カリイエかね!?」
「えー、そうなってます」
「まさかあの恐ろしいエルフが居る地を……いや、召喚されたから通らなくてもハルケギニアに来れるか……。 なるほどなるほど、東方は学問が盛んだと聞いたことが有る、君の生まれはそこか! ぜひ一度行ってみたいものだ!」
飛行船フラグ成立。
俺も一度行ってみたいものだ。
爆発なんてさせませんでした。
言われてしょうがなくエンジンに点火させたが、火を付けれそうな魔法は爆発しか使えない。
杖突っ込んで限界まで絞った爆発を撃つ、粉々に吹き飛ぶ限界ギリギリで耐え切ったエンジン。
円筒にひびが入りまくってたよ、コルベールには悪い事をした。
細かい制御に向いてないんだよな、虚無は。
「んー、明日には完全かな」
首筋に手を当て首を回す、まだ少しだけ引っかかるが問題無い。
カーテンを引いて、クローゼットからネグリジェを取り出す。
「なぁ相棒、いい加減錆び落としてくれよ」
「いいじゃねぇか、戦う時あのキラキラしたのになれば」
「馬鹿言っちゃいけねぇ、あれは魔法を吸わなきゃ無理なんだぜ?」
「いいじゃん、錆び錆びだったら相手切れないし、魔法吸ったらキラキラのになれば」
それを聞きながら、鏡台の椅子に座ってブラシで髪をすく。
「やっぱり、髪が少し痛んだかしら……」
自分の髪を眺めてルイズが言った。
どこがだよ、とサイトは言いたくなった。
部屋のランプとは別に、窓から入る月の光りがルイズを、その髪を照らして輝く。
座って髪をすくだけなのに、恐ろしいほど綺麗だった。
清楚で可憐で、物の見事に絶世の美少女と言える可愛さを放っていた。
それを見て、ため息を吐いた。
「相棒、そんなに錆び落としが──」
デルフを鞘に押し込んで壁に立て掛ける。
ベッドに潜り込んで、毛布を被る。
髪をすき終えたルイズは、そのサイトに言った。
「お休み」
「ああ、おやすみ」
ルイズがベッドで横になる、同じように毛布を被る。
それからは音が殆ど無くなった。
あるのは時折他の寮生が廊下を歩く小さな足音と、虫の鳴き声と、ルイズの寝息だけだった。
数分、或いは数十分経ってサイトはおもむろにベッドから起きた。
寝ているルイズに視線をやる、立ち上がってベッドから降り、ルイズのベッドへ歩み寄る。
「………」
ルイズが寝ているのを確認して。
「俺、わからないよ」
小さく呟いた。
「ルイズが何を思ってワルドを見逃したのか、どうして王子様を見殺したのか」
何か考えがある、それだけは分かる。
だが、それだけだ。 これから起きる事とか殆ど教えて貰っていない。
「どうしたら良いのかわかんねぇ、このままルイズの言う通りで良いのか、わからねぇんだ」
ベッド傍まで近寄り、寝ているルイズの顔を見る。
「何をしたらいいんだ、どうしたら良いんだ」
膝を付く、ルイズのベッドに流れる髪を触る。
「教えてくれよ、このままじゃ怖いんだよ、ルイズが遠くに行っちまいそうで……」
あの時、ワルドがルイズを襲っていた時なんて特に感じた。
居なくなってしまうのだと、恐怖を感じた。
心の震えが、それが力になるのがガンダールヴ。
でも何度もあんな気持ちになるのは嫌なんだ。
「だから……」
そのまま顔を近づけて、すぐベッドから離れた。
「……はぁ、なにやってんだろ」
自分のベットに潜り込む。
またため息を付いて、瞼を瞑った。
それから数分、或いは数十分。
ルイズが瞼を開いた。
サイトと同じように起き上がり、見て立ち上がる。
『ごめんな、サイト』
ベッドによって小さく呟く。
顔を見て、ベッド脇に膝を付く。
頬を指で押してみる、起きない。
枕を抜いてみるが起きない。
『嫌な思いさせたよな、許してくれなんて言わない』
その代わりに。
『絶対に戻すよ、サイトが居た世界に』
だから、もう少し付き合ってくれ。
俺の償いを、責任を果たさせてくれ。
『死なせないから、もう少しだけ……』
サイトの髪を撫でる。
サイトは眠ったまま、もしかしたら起きてるかもしれないけど。
「必ず、私が貴方を守って見せるから」
夜は更ける。
独白、思いは互いに届いたかは、分からない。