「おお、来たか。 開いとるぞ、入りなさい」
オスマンに呼び出されて学院長室。
ノック、返事が返ってきてドアを開けて中に入る、ドアを閉めると同時に施錠された。
鍵を閉めた時と同じく、オスマンはもう一度杖を振った。
外から聞こえてくる音が消えた、サイレントか。
「これで良い、……先日はご苦労じゃった、君達のおかげで同盟破棄の恐れは取り除かれた。 ……ウェールズ皇太子の件は残念じゃったが」
「はい、私の力が足りないばかりに……」
「いやいや、君はよく頑張ってくれた。 そのおかげで、来月には無事王女とゲルマニア皇帝との結婚式が執り行われることが決定した」
そうか、やっとアンアンが結婚するか……。
「はい……」
「して、今回ミス・ヴァリエールを呼び出したのはこれじゃ」
本命と言わんばかりに、机の上において差し出してきたのは一冊のかなり古びた本。
「これは……」
「分かるかね? それは『始祖の祈祷書』、王室から送られてきた物じゃ。 本物かどうか分からぬが、王室が持ち出してきたと言う事は『一応』本物じゃろう」
『始祖の祈祷書』、ハルケギニアの至る所にある初代虚無のメイジ、始祖ブリミルが携えていたと言われる本。
真偽を別にして、その数は数百数千、集めれば『始祖の祈祷書』のみの図書館が作れるほどだと言われている。
「トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式には貴族より選ばれた巫女を用意しなければならん。 そうじゃの……言ってしまえば『めんどくさい』じゃろうが、始祖の詔を読み上げなければいかん」
「そんな事はありません、姫殿下の詔を謳い上げる大役、拝命させていただきます」
「そう言ってくれると姫も喜んでくれるじゃろう、わしも肩の荷が下りるわい」
笑いながら本を薦めてくるオスマン。
頷いて手に取る、ページを捲っても何も描いてない本。
水のルビーを取り出して指に嵌める。
そしてまた本を開けば。
「……これは本物ですね」
「やはり、分かるかの」
「これを読みし者は、我が理想と目標を受け継ぎし者なり。 またその力を担いし者なり……」
「白紙であったが、読めるのかの?」
茶色く煤けた紙面の上に、黒い文字が見え始めた。
「はい、虚無の担い手だけが読める様になっています」
「そうか、故に本物かどうか今まで証明できんかったのじゃな」
「はい、いくら読み解こうとしてもただのメイジでは絶対に無理でしょう」
二つの条件、属性が虚無である人間と、王家に伝わる始祖の秘宝が一つ、『四種のルビー』のどれかを付けている事。
前者は王族の血を引いていなくてはいけない、後者は国宝であるルビーの装着。
自然と限定され、元より少ない虚無の担い手の覚醒がさらに少なくなる。
例え王族でも、魔法が使えないと言うだけで嫌われたりするのだ、簡単に秘宝たる祈祷書やルビーに触る事さえ出来ないだろう。
それでさらに確率が下がる、目覚める確率は確実に小数点以下になりそうだ。
なのにこの時点で虚無の担い手が恐らく4人とも揃っているだろう、それは天文学的な確率か決められている運命か。
どちらにしてもハルケギニア6000年の歴史が動く、ご都合的な覚醒である事は間違いない。
「これより、ミス・ヴァリエールは始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詔を考えなければならぬ」
「はい」
「これは姫が直接ミス・ヴァリエールを指名したのじゃ。 一生に一度有るか無いかの、大変名誉な事じゃ」
「はい」
「……建前はそこまでじゃ、祈祷書に何が書いてあるか聞かせてくれんかね?」
「……異教徒に奪われた聖地を奪還せよ、呪文の詠唱が長きにわたるため注意せよ、などと書かれています」
それを聞いて眉を潜めたオスマン。
「異教徒に聖地奪還……かの、異教徒とは『エルフ』の事と思うかね?」
「……分かりません、そもそもブリミル教の教えすら分かりかねます」
「ほほ、ミス・ヴァリエールも中々言うのぉ」
今ここにロマリアの聖堂騎士団が聞いて居れば、宗教裁判に掛けていただろう。
まぁ、そんな事は無理だろうが。
己が罰しようとしている存在が、己が信仰する始祖の力を持つ存在だと知れば……まぁ教えたりせんですぐ逃げるが。
つーか、今だ若輩である筈のヴィットーリオが何故最高位である『教皇』に着けたかが分からない。
ああいうのって大体年功序列とか、なんかそういうのが有るんじゃないの?
それではないとすると、得意の智謀で伸し上がったか、信仰する始祖の力を見せ付けたのか。
或いは両方とも考えられるし、まぁどちらでも良い。
ヴィットーリオがジョゼフと同じく厄介な存在である事は否めない。
「わしも、ブリミル教などどうでも良いがな」
爺も言ってんじゃねぇか。
タイトル「考える事は人間の証明」
「汝病める時も、健やかなる時も……これキリスト教だっけ……」
まさしく異教……、いや、ばれないか……?
日が落ち始め、自室で指輪を付けたまま祈祷書を開いていた。
ベッドに寝転びながら詔を考えながら、ページを捲る。
当たり前に、初歩の初歩の初歩の虚無魔法『爆発<エクスプロージョン>』や『幻像<イリュージョン>』、『解呪<ディスペル・マジック>』の呪文『だけ』が浮かび上がっている。
すらすらと読み、絶対に忘れぬよう頭に叩き込む。
デルフに因れば必要な時に浮かび上がると言っていた筈、なら今は必要な時期ではないって事。
いや、もしかしたら他の魔法も読めるかなとか思ったりはしたが、現実は甘く無かったりする。
確かルイズの虚無属性は『攻撃』を司っているらしく、3つの魔法も攻撃、幻惑、無効化とRPGで重要そうな能力だ。
……だから原作ルイズはあんなに攻撃的なのか?
如何に平民で使い魔と言っても、馬用の鞭で叩くのはどうかと思うよ? 蚯蚓腫れとかでは済まなさそうだし。
百叩きの刑とか聞いたこと有ったが、あれ百回叩く前にショック死するらしいからな……、知らないとは言えルイズすげぇ……
そんな、完全に外れた思考をしてればすぐ日は落ち続けるわけで。
「お腹減った……」
「相棒は風呂行ってんぜ」
「デルフは置いていかれたんでしょ」
「湯の中に剣を付ける馬鹿がどこに居るってんだ」
「そういう意味じゃないわよ、達人は常に手が届く位置に武器を置いてるそうよ?」
「つまり相棒はへたれと?」
「歴代の盾の中ではどうなのよ」
「さぁーどうだろうかねぇ、覚えちゃいねぇ」
まぁ、なんて使えないインテリジェンスソードだこと。
「サーシャとかは凄そうだったわねぇ」
「……サーシャ? 娘っ子、何でその名を知ってやがる」
知られぬ名、ガンダールヴと言う名称だけが広まり、その本人の名前は伝わっていない。
まぁ、人間ではなくエルフだった事から意図的に消されたのかもしれないが。
「初代の盾で、ニダベリールと漫才をしてた人?」
「……あいつの事も知ってるのかよ」
「少なくとも見た事も聞いた事も喋った事も無いのに、本人が言ったかどうか分からない教えを説いてる人たちよりは知ってるわ」
「本当に、どこまで知ってやがる。 娘っ子」
トーンが下がる、デルフもそんな声出せたのか。
「少しだけよ? 貴方達の根幹に付いては何も知らないわ」
「ほんとかね、疑わしいよ」
「疑ってどうするのよ、六千年も昔の事よ? 別に知っていても、貴方に害を及ぼすような事は言わないわよ」
「そりゃあわかるが、相棒にあんな事言うような娘っ子にゃあそんなことする意味なさそうだがね」
「……? サイトにあんな事?」
何か言ったっけ。
「黙ってろってんだろ? 言わねぇよ、心配してる事は言わねぇーから安心しなって」
「はぁ? 意味分からないんだけど」
「おいおい、忘れろってか? 難しいねぇ、わざと忘れるのは難しいでよ」
震えてカタカタ喋るデルフ、呆れたような声。
「言わねぇからもう止めようぜ、娘っ子。 相棒も風呂から帰ってくるんじゃねぇか?」
話の筋が分からない、お前は何を言っているんだ的な。
つか、デルフはどこまで思い出してんの?
「貴方、どこまで思い出してるのよ? サーシャやニダベリールの事も思い出してるんでしょ?」
「さぁね、娘っ子が言った名前だけしか思い出してない。 どんな性格だったとかわからねぇーよ」
「本当かしら、忘れてる振りしてるだけなんじゃ?」
「止めてくれよ、そんな事しても意味ねーだろうがよ」
「……まぁ、それもそうね。 でも思い出した事はすぐに教えなさいよ?」
「分かってるよ、使い手に会わせてくれた事にゃあ感謝してるしな」
忘れてるとは言え、意思を持って『本物』を知る存在。
どれほど貴重な物か、それこそ分かりかねん。
誰も知らぬ、自分だけの情報は切り札になるしな。
初代のヴィンダールヴとミョズニトニルンの記憶も欲しいな……。
ヴィットーリオの事だ、ヴィンダールヴの記憶は手に入れているんだろうな。
「……もしかしてそこか?」
確か、虚無の四の四が揃って初めて目覚める、みたいなこと言ってたよな。
揃って目覚めなきゃエルフは撃退できない。
それなのにジョゼフが死んでも何か策が有る様な事言ってたし。
何か虚無に関する何かを知ったのか、文字通りエルフを駆逐できるような何かが……。
虚無の覚醒無しで強力なエルフを駆逐する物、聖地を傷つけずエルフだけ……?
……想像が付かないが、ヴィンダールヴの記憶からなにか強力な武器でも見つけたのかもしれん。
つか、何故エルフを敵対視しているのか分からん。
聖地を占拠しているなんて名目が付いてるが、エルフ自体は表立って攻撃してこようとはしていない。
ジョゼフに聖地に入ろうとする人間を抑えてくれ、なんて言ってた気がするが。
そのエルフが異教徒、神様じゃなくて聖エイジスとか、ロマリアと似た物を信仰しているのに異教徒。
接触をもとうとしないから、知りえないから異教徒と決め付けるか。
第一、信仰する教え、その教えが間違ってるなんざ早々考えられないのか……、いや、考えないのか……。
……中途半端に知っているのは辛い、考えれば考えるほど厄介。
二次設定が馬鹿みたいに浮かんでくる、実はエルフはハルケギニアに侵攻してきている敵をぶっ飛ばしている、とか。
実は聖地とはエルフが居る土地の事ではなく、その外、サイトが『記録<リコード>』の魔法で見せられたブリミルとサーシャが居た土地だった、とか
まぁ二次設定は使い物にならんのは確か、どうして完結する前にこっちの世界に来てしまったのか……。
「はぁ……」
どうしよ、知りたい事は山ほどあるのに一つも知る事が出来ない。
記憶の魔法があれば、デルフの記憶を見ることが出来るかもしれない。
それの取得も、出来るならば目指していくか。
今のところは、主軸に乗るしかない。
それ以外に道はないし、俺が世界扉を覚えられれば一発で解決なんだが……。
「お風呂に入って来ようかしら」
考えても先に進めない、時間が過ぎてイベントが来るのを待つしかない。
いずれにしろ、まだ時間はある筈だ。
今はマチルダの情報に期待するか……、孤児院ごと逃げたりしないよな……?
タオルと、替えの衣服を持って部屋を出る。
ついでにデルフも持って行ってやろう。
「いやいや、濡らさないでくれよ、錆びるから」
知るか。
なんと言うキャッキャウフフ。
なんと言う混浴。
なんと言う……、いいなぁ。
窓の外から見れば風呂小屋の湯船の中に、サイトとシエスタが居るじゃあないですか。
これは羨ましい、俺も入りたいが恥ずかしいし、先に飯でも食ってくるか。
『それで、サイトさんのお国ってどんなところですか?』
『えっと……貴族とか平民とか関係なく皆平等でさ』
『皆平等……、なんですか』
『ああ、みーんな平等、この世界みたいに貴族が平民傷つけるような事もないよ』
『とても良い国ですね、皆平等かぁ……』
『簡単に手を上げれば捕まっちまったりするし、少なくともこっちよりは良いと思う』
少なくとも、貴族が平民を虐げるこの世界よりは良い。
だから、返してやる。
簡単に人が死ぬ世界から、日本に返してやるさ。
そう思って、踵を返して厨房に向かう。
マルトーはまだ居るかな、居ないと晩飯抜きになってしまう。
つか、この世界の子は大胆だねぇ。
『ありがとう御座います、サイトさんのお話、とても面白かったです。 また今度聞かせてもらえますか?』
『いいよ、こんな話だったら幾らでも』
シエスタは微笑んで。
『あの、その……』
『? 何?』
『……後ろ向いてて、もらえますか?』
『あ、ごめん!』
慌てて湯船の中で振り返るサイト。
それを確認して湯船から立ち上がるシエスタ。
体を拭いて、タオルを巻きつける。
ドアを開けばすぐ傍に、釜の火の傍に干してあったメイド服を取り込んで身に着ける。
『それじゃあサイトさん……、楽しかったです』
『ああ、俺も楽しかった』
『はい……、その、また『一緒に』お風呂入りましょうね』
そう言って走り去るシエスタ。
『……なん……だと!?』
また一緒に?
また、一緒?
……これは脈あり?
シエスタからのアプローチ? を受け取ったサイトは有頂天になっていた。
『YAHOO!!』
厨房に戻ってくると、居たのはマルトーさんと他コックさん達と、サイトさんの主であるルイズ様だった。
「マルトー、これ美味しいわね」
「でしょう? 20エキューと80スゥもしたんですから」
「はぁ、どうりで。 でも素材の味を生かすのはコックの仕事だしね」
「そう言ってもらえると、料理人冥利に付きますってもんでさ」
平民の年間生活費の実に六分の一、紛う事なき高級品。
そんなものを平然と食べるルイズ様。
「ん、シエスタじゃない。 お風呂は楽しめた?」
振り向き様に言われた言葉に、顔が赤くなった。
もしかして、ルイズ様は外で聞いてたのだろうか。
「申し訳ありません! ルイズ様!」
「別に良いわよ、シエスタになら毎日貸してあげても」
「……え?」
「サイトだって良いって言うだろうし、私も許可するんだから文句はないでしょうね」
「えっと……、それは嬉しいのですが」
「何? 何か不味い事でも?」
「いえ、そんな事は!」
「サイトの方はどうするの?」
「サイトさん……ですか?」
「そうよ、サイトの事」
口を拭いて、立ち上がり。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
私の傍まで来て。
「好きになったんでしょう?」
「ッ!?」
「いいわ、サイトだって満更でもなさそうだし、ね」
耳元で呟き、妖しく笑うルイズ様。
頭の中で響く声に、声が出なかった。
そのまま肩を叩いて。
「マルトー、美味しかったわ。 まだ残ってるなら貴方達で食べて良いわよ、いつもそうしてるんでしょ?」
「バレておりやしたか」
「そんな高い物、捨てるなんて馬鹿みたいじゃない。 サイトの食事は部屋に届けてね」
「わかりやした」
足取り軽やかに差って行くルイズ様を、ただ見送る事しか出来なかった。
「居ないと思ってたら」
「食事に行ってたわ、サイトの分も部屋に届けてもらうから居なさいよ?」
デルフを壁に立て掛ける。
つか、持って行った意味ねーな。
「剣士たる者、武器を手放す事叶わず。 お風呂でイチャつくのは良いけど、デルフ放っておくと拗ねるわよ?」
「相棒は外に出る時以外、いっつも置いていくからな」
「いや、だって重いしよ、喋りすぎてうるせーんだもん」
もん、じゃねーよ。
男にそれは似合わねぇぞ。
「そっちの方が体力付くでしょう、地道に強くなるわよ」
「……ルイズがそう言うなら」
「よろしい、私はお風呂入ってくるから」
ドアから出て行くルイズ。
それを見送って。
「なぁ、デルフ」
「なんだね」
「ルイズの事、どう思う?」
「……変な娘っ子だとは思うよ」
「なんか言ってた?」
「なんだ、おれに密偵でもさせる気か?」
「……そうじゃねぇけど、何も言ってくれねぇからわかんねーんだ」
「は、心配するこたーねぇよ、娘っ子はいっつも相棒の事心配してるからな」
「そりゃあ……」
これから先のことは教えてくれないが。
おれの事を守るだとか、元の世界に返してやるとか。
言葉に現して、心配してくれている事は分かる。
「それでも、何かなぁ」
「相棒、おめぇは娘っ子に何求めてんだ?」
「説明だよ、説明」
「説明して、何か変わるのか?」
「あたり前だろ!」
「何が当たり前かしらねぇが、どこがどう変わるんだね?」
「そりゃあ、これから出てくる敵の事とか」
「ふーん、じゃあ相棒はあの王子様を殺した、いけ好かねぇ野郎が敵だと知ってたらどうしてたんだね?」
「そんなのぶっ倒してたに決まってるだろ」
「宿に泊まってる時、簡単に負けちまったのにか?」
「う……」
勝ったのはガンダールヴの能力を最大限発揮した時。
それ以外の戦いでは、あっさり負けた。
「そういうことだよ、もし娘っ子が相棒に教えてたらもっと酷い事になってたかも知れねぇよ?」
「……デルフも似たような事言うんだな」
「娘っ子が何をどこまで知ってるのかわからねぇ。 でもな、相棒が言ったような事してたら、確実におめぇさんは殺されてたぜ?」
「………」
「分かるか? 娘っ子は相棒の事を心配してるんだ、考えておめぇさんに教えてねぇんだろうよ」
相棒の事、よく分かってるねぇあの娘っ子。
と言いながら笑うデルフ。
「……ルイズの言う事、聞いててもいいのかなぁ」
「多少危険なとこには連れてくだろうが、確実に死にそうな場所だと絶対に行かせないと思うぜ?」
「そうかな」
「ああ、分かるよ、おれにゃあな」
カタカタと鳴らすデルフ。
昨日の夜、二人のすれ違った言葉を知るデルフには、二人が心配し合っている事を十分に理解できていた。