「嘘だろ……」
それを見て、触れる。
鉄の塊、『竜の羽衣』。
それは、戦闘機。
そして、まだ『生きている』とガンダールヴのルーンが教えてくれる。
タイトル「ゼロ戦は国立科学博物館や大和ミュージアムなどで実物が見れるそうです(ゼロ魔に出て来るゼロ戦と同型かはわかりませんが)」
「なんで、これが竜の羽衣……?」
場所はタルブの村の近く。
タルブの村から、ほんの少し離れただだっ広い草原の片隅に建てられている寺院。
強いて言えば木材でできた車庫のような寺院の中、竜の羽衣が鎮座していた。
シエスタが言っていた通り、固定化が掛けられている為に錆一つ無い状態。
「あの、サイトさん、どうしたんですか? 何か気になることでも……?」
戦闘機を真剣に見つめるサイト、それを心配に思ったシエスタが問いかけるが反応を返さない。
キュルケやギーシュは竜の羽衣を見て、シエスタが言っていた通りインチキな代物だと感じていた。
「これが飛ぶ? 冗談も程ほどにしてほしいな」
「こんな物が飛ぶなんて、想像できないわよねぇ……」
それを聞きつつタバサは、竜の羽衣を真剣に見つめる。
見たことが無い特異なフォルム、ある程度構想は掴める。
フネと同じく胴体から突き出した翼はバランスを取るための物。
胴体前方に付いている風車は何のために付いてるのか、今一つわからなかったが。
おそらくはフネと同じように飛ぶために考えてつけられたものだろう。
人が乗り込めるだろうスペース、座席を確認。
後ろの突起物もバランスを取るもの? と言う推測どまり。
少なくとも羽ばたいて飛ぶ類のものではないと考えていた。
「……なぁ、シエスタ」
「はい」
「シエスタのひいじいちゃんが遺した物って、ほかに無いかな?」
「えっと、お墓と遺品が少しだけ……」
「それ、見せてくれ」
そう言って振り向いたサイト、それを聞いたシエスタは頷いた。
タルブの村の共同墓地、ほとんどが白い石で作られた墓石に、一つだけ黒い墓石があった。
日本でよく見られる、墓石。
この世界では見られない、日本語が書かれている墓石だった。
「この墓石、ひいおじいちゃんが生前に作った物だそうです。 異国の文字で墓碑銘が書かれているんで、誰も読めないんですよね」
「……そうか、誰も読めるわけ無いよな……」
おそらく、世界中探してもこの文字を読める人間は俺とルイズだけだろう。
完全な異世界で、文字が通じるわけが無い。
その文字を指でなぞりながら、読み上げた。
「大日本帝国海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル」
「え?」
「そう書いてあるよ」
立ち上がってシエスタを見つめる。
ひいおじいさんが日本人なら、シエスタの黒目黒髪も十分に納得できる。
聞いた話じゃこの世界の人種はほぼ全てが外国人、黒目黒髪のような日本人特有の外見を持つものは全く居ないらしい。
キュルケのような赤髪やタバサの青髪、果てはルイズの桃色髪のようなファンタジー色が極めて濃い。
言えば希少、その日本人と外国人のハーフのシエスタ。
「シエスタはひいおじいちゃん似だって、言われたこと無い?」
「は、はい! どうしてわかったんですか?」
「それは……、とりあえず竜の羽衣のとこに戻ろっか」
寺院に戻ってきて、飛行機『ゼロ戦』に手で触れる。
左手のルーンが光り、機体の状態をありありと伝えてくる。
空を駆ける為の手足となり、同じように空を駆ける敵を食い千切る『武器』。
ならばガンダールヴの特性が発揮される、その能力が一つ『武器の状態を完璧に把握する』。
それのお陰でどれが駄目でどれが良いのか、理解してまだ飛べると把握する。
「サイトさーん、これがひいおじいちゃんの遺品です」
走ってきたシエスタが持っていたのは、ゴーグルと飛行服。
質素な、灰と茶色を混ぜた色。
襟周りには少し茶煤けた毛皮、つなぎを厚手にしたようなイメージ。
二の腕部分には、見たことある日章旗が付いていた。
もう一つはゴーグル、キャノピーが割れた際に入ってくる風圧を防ぐためのものだろう。
「ひいおじいちゃんの形見はこの二つだけだそうです、ほかには何も無いって言ってました」
「……ありがと」
「あ、あと遺言があったそうです」
「遺言?」
「はい、あの墓石の碑銘を読める人が現れたら竜の羽衣を渡すようにって」
「……じゃああれ、貰っていいのか?」
「はい、サイトさんが嘘を付いてる様に見えませんから、問題無いと思います」
もう一度ゼロ戦を見る、軽くさすって。
「じゃあ、有難く貰っておくよ」
燃料が調達できれば、このゼロ戦はまだ空を飛べる。
管理とかめんどくさそうだが、持っていた方が良さそうだと判断した。
「もう一つ、その人物に『なんとしてでも竜の羽衣を陛下にお返ししてほしい』って、陛下ってこの国のお方じゃありませんよね……、誰なんでしょう?」
……天皇陛下、かな。
確か軍を動かしていた一番偉い人が天皇だったと思う。
「多分、俺と同じ国の陛下だったと思うよ」
「サイトさんの?」
「うん、シエスタの黒目黒髪、俺と同じだろ? 俺の生まれた国じゃ、ほとんどの人が黒目黒髪なんだよ」
「だからお墓の文字が読めたんですね! ひいおじいちゃんと同じ国の人だったなんて……その、運命を感じちゃいますね」
頬を染めてサイトを見るシエスタ。
確かに変な運命を感じる、なぜ俺と同じ日本人なのか。
「竜の羽衣、本当に飛ぶんですね……」
「これは竜の羽衣って名前じゃないよ。 俺の国の言葉で言えば『ゼロ戦』って言うんだ」
「ぜろせん、ですか?」
「ああ、その、前に言ってた飛行機の話をしたじゃないか。 それがこれなんだ」
「あの時聞かせてもらった話ですか……、それじゃあこのぜろせんは……」
「燃料があれば、今でも飛ぶと思う」
あるかわからないけど。
「ねんりょう? 何ですかそれ?」
「飛ぶために必要な……燃える水、かな」
「聞いたこと無いですね……」
「だろうなぁ、フネで言えば風石が無い感じかな」
フネも、風石が無ければ浮かべない。
飛行機も燃料がなければただの鉄。
どっかで燃料見つけて、飛べるようにしたいなぁ。
その日、一行はタルブの村に泊まることとなった。
貴族が泊まる、その話が小さな村中に駆け回り、村長までが挨拶に来る事態となった。
泊まる家はシエスタの実家、まぁ最初は笑顔の中に怪訝な感情が見えたが、ルイズ様の……と言えばすぐ吹き飛んだ。
ルイズが泊まったことあるの? と聞けばすぐに、はい、と笑顔で返事が返ってきた。
「ええっと、1年ほど前にぜろせんを見に来たんです。 その時に私のうちに泊まっていかれて、弟たちにもとても気に入られてましたよ?」
……知ってたんだよなぁ、墓石の文字も読めたはずなのに。
なんでゼロ戦持って行かなかったんだろ?
「ルイズは墓石とかは見たのか?」
「はい、見てましたよ」
「読んでた?」
「いえ、何も言わずに村に戻りましたから……」
ルイズが読めない訳が無い……、これを知ってるからか。
遺言の事まで知ってるから読まなかったのか?
でも、貰わなかった理由が良くわからない。
「ルイズ様は弟たちと遊んでくれたんですよ、ほら、これとか教えてもらったんです」
そう言ってシエスタの手のひらに乗っていたのは、折り紙の鶴。
「面白いですよね、これ。 四角の紙がこんな鳥になっちゃうなんて」
「これは折り紙?」
「はい、ルイズ様はそう言ってました」
折り紙なんて久しぶりに見た、小さい時に折ったきり。
中学へ上がる頃には全くそんな遊びなんてしなかった。
折り紙とかより、TVゲームなんかの娯楽の方がよっぽど楽しめた。
そう思えば、この世界には電気とか通ってないんだよなぁ。
外で友達と走り回ったり、家でお絵かきとか、その程度のことしかできないよな……。
「この遊びも教えてもらいました、ルイズ様はいろんな遊びを知ってるんですよね」
次に取り出したのは輪っかになった紐、綾取り。
ブームと言うか、子供たちの遊び方が大きく様変わりしたらしい。
先の折り紙や綾取り、外での遊びにしても『鬼ごっこ』とか『けいどろ(どろけい)』など。
子供の頃誰もが遊んだことのあるだろう遊び、ルイズはそれを教えたのだと言う。
「子供たち皆喜んでますよ」
「だろうなぁ」
シエスタの弟たちは笑顔で遊んでいる。
それを見ているシエスタも幸せそうに笑い、なんだか羨ましくなった。
何年か家族と会えない、そう思うだけで少し悲しい気持ちになった。
その日の夕方、一人
サイトは村の傍にある草原を眺めていた。
本当に広い、脛より下の背丈の草。
それが遠くまで続いているのだ、日本じゃ見ることが出来なさそうな草原。
風になびく草々、波打って揺れる草原はとても綺麗な風景だった。
日本にあれば観光名所にでもなるだろう、人の手が全くと言って良いほど入っていない。
「サイトさん、ここにいらっしゃったんですか。 お食事の用意が出来ましたよ」
ただ草原を眺めるサイトへ近寄ってきたのはシエスタ。
いつものメイド服とは違う、若草色の長袖シャツに栗色のスカート。
自然の香りが漂ってきそうな衣服を身にまとっていた。
「……サイトさん、ここの草原、とても綺麗でしょう?」
地平線へ落ちる太陽が赤く燃え上がり、その光で草原を赤く染め上げていた。
「うん、かなり綺麗だと思うよ」
「でしょう? 私の自慢なんですよ、ここの草原」
「ああ、綺麗だ」
上の空に言った言葉だが、それ以外言えない様な景色。
シエスタは頬を染めて、サイトを見つめる。
「サイトさん……、あの」
「………」
「サイトさんがひいおじいちゃんと同じ国の人と話したら、良ければこの村に住んでもらえないかって」
シエスタは俯いて自分の指を弄る。
「ひいおじいちゃんと同じ国の人と出会うなんて、これも何かの運命だろうって。 そしたら、その、私もご奉仕を止めて一緒に帰ってくれば良いって……」
立ったまま、サイトはただ草原と空の間をただひたすら見つめている。
「……でも、サイトさんはそうしませんよね? その、サイトさんはいつもルイズ様ばかり見て、いらっしゃいますから」
頭を上げて、サイトの横顔を見る。
「わかってます、私よりルイズ様を選ぶって、そう思います」
「……違う、そうじゃない」
「え?」
重い口がやっと開いたかのように、語りだすサイト。
「俺、どっちかを選ぶなんてしないと思う。 いずれ帰らなきゃいけないんだ」
「……東方へ、ですか?」
「いや、もっと遠く、東方よりもっと遠くの、自分の家に帰らなくちゃ」
「……どうしてもここに、居られないんですか?」
「帰る道が無ければ、ここに居る事を選んだかもしれない。 でも、帰れる道があるって、ルイズが言ってたんだ」
必ず用意してやる、必ず無事に帰してやる。
ルイズはそう言って、背中に触れてくれた。
嘘じゃない、必ず約束は守るって、そう言った。
「ルイズ様が?」
「うん、無理やり呼び出して、帰れる道を用意しないなんて最低な人間だって。 だから必ず返してやるって、そう言ったんだ」
シエスタは見つめる、語るサイトの横顔を。
今までルイズと触れ合ってきたシエスタは、ルイズが言っている事を理解できた。
あの人は約束を破らない、口にしたことは必ず守る人だと言うことを知っていた。
「シエスタはどう思う?」
「ルイズ様のことですか?」
「うん、ルイズが、約束を守ると思う?」
「………」
守る、あの人は約束を守る。
そう思って、口に出せなかった。
ルイズ様は約束を守って、サイトさんが居なくなる。
そうなれば……、もう会えなくなるかもしれないと。
「……俺、守らなくちゃ。 この力で、守りたい人を守らなくちゃ」
なんかどうでも良くなった、シエスタに問いかけてから、そう思うようになってきた。
ルイズが何も教えてくれないことなど、別にどうでも良くなっていた。
ただ嫌だったんだ、ただルイズの後ろに付いて歩くのが。
横に並んで歩きたかったんだって、そう思っていたんだ。
それを、ただ教えてくれないからってそっちに向けてたんだ。
だから、隣を歩けるような男になってやる、と。
「サイトさんは……、もし、ルイズ様が帰れる道を用意できなかったら……」
「そうなったら、この世界で暮らしていくよ。 この力だってあるし、皆を守れるし」
「なら……なら、待ってても良いですか? こんな最低なことを思ってしまう私ですけど、帰り道が見つからなかったら……」
そのまま黙りこくるシエスタ、帰って欲しくないと考えることで口に重石が付いたのだろう。
「……約束できない、その、先の事なんてわからないし……」
「そう、ですよね。 さっきのは忘れてください!」
あわててそう言ったシエスタ、思い出したように言った。
「そうだ、さっき学院の伝書フクロウが届いたんです!」
ミス・ツェルプストーやミスタ・グラモンが授業をサボりまくったから先生たちがとても怒っていらっしゃるそうです。
お二人とも慌てていましたよ、どうしようどうしようって。
それと私のことも書いてありました、姫様の結婚式が終わるまでそのまま休暇を取って良いって。
だから休暇が終わるまでここに居ます、とはにかみながら言うシエスタ。
「それと……、あのぜろせんは飛ばせるんですか?」
「どうだろ、何とか出来そうな人に相談してみるよ」
「飛べたら素敵でしょうね、……飛ばせるようになったら一度で良いから乗せてくださいね!」
「もちろん! シエスタのひいじいちゃんのものだから、何度でも乗せるよ!」
窓の外を見る、複数のドラゴンがゼロ戦を降ろしている。
その時にはサイトを追い出してから一週間以上経過していた。
読書三昧だったから、差ほど時間を気にせず過ごすことが出来た。
『意外に掛かったな』
コルベールがゼロ戦に走り寄って、サイトにこれは何なのだと聞いていた。
それもすぐに終わり、コルベールがギーシュに袋を渡し、その袋を竜騎士達に渡していた。
……輸送代金の立替か、後でコルベールにお金返しに行こう。
その後、二人は学院内に入ってく。
それを見送ってから、自分の部屋に戻った。
『幾ら位だろ……』
エキュー金貨が入った袋を手に取り、何枚あるか数える。
あれだけの物をタルブから学院まで運んだんだ、そこそこの値段になるに違いない。
とりあえずピッタリ200枚、別の袋に入れる。
口を紐で締めている最中に、ドアが開かれた。
「お帰り、サイト」
「あ、ああ、ただいま……」
なんか恥ずかしそうに返事をするサイト。
……シエスタとあんなことしてたのを俺に目撃されて気まずいのか?
『どうしたんだ?』
『え、いや……さ』
もじもじすんなよ、はっきり言え。
『あの、ごめん!』
『何が?』
『あのー……、シエスタと……』
『……別にいちゃつくのはかまわんけど、俺のベッドの上でするのは勘弁してくれよな?』
せめてサイトのベッドにしてくれ、そう言ってサイトを見た。
睦言にしたって、自分のベッドで頼む。
『その、俺を追い出すのって、決めてたことなのか?』
『決めてたよ、ゼロ戦ゲット出来て良かっただろ?』
『別に俺が貰わなくても良かったんじゃないか?』
『あれはサイトの所有物で良いんだ、維持費とかはこっちで出すから気にすんな』
紐を締め終え、袋を持って立ち上がる。
『コルベールのとこ行こうぜ、金返さなきゃ』
『あ、ごめん』
『沿っているならこれ位安いもんだ』
『沿ってる?』
『今のとこ上手く行ってるって事だ』
そうなのか、と疑問気にルイズの隣を歩くサイトだった。
「あらあら、もう仲直りしちゃったの?」
見ればルイズとサイトが何か話しながら歩いている。
二人とも時折笑って楽しそうだった。
それを見る三人、手にモップや雑巾を持って窓拭きをしていた。
無断で外出に授業欠席に外泊、まぁ良く窓拭きだけで済んだものだと思わなくも無い。
「あんなに文句を言っていたのに、もう仲直りかね。 単純なものだ」
ギーシュはいまだモンモランシーと仲直りしていない。
あんな仲良さそうな姿を見せ付けられれば、窓拭きも加わって多少苛ついていた。
「………」
羽ばたくシルフィードに乗って、モップで窓を拭くタバサ。
興味なしと言わんばかりに掃除に専念する。
「それにしてもあの二人は面白いわよねぇ」
よいしょ、と言いながら雑巾で窓を拭く。
「何がだね?」
「二人の関係よ、主人と使い魔って感じがしないわよね」
「言われてみれば、そうだね」
「険悪な関係になったと思えば、すぐに仲直り。 一度壊れそうな関係になって、元に戻るのって難しいわよ」
「それなのにあっさりと、確かに可笑しいな」
「友達以上恋人未満? くぅー! 面白くなってきたわね!」
「うーむ、秘訣かなにかあるのだろうか……」
騒ぎ出すキュルケと、二人を見てうなるギーシュ。
一枚の窓を拭き終わったタバサは。
「……計画通り?」
実に正鵠を射た発言をしていた。