「あれ、えーっと、タバサだっけ?」
サイトが部屋に戻ると、桃色髪の少女と蒼色髪の少女が向かい合って椅子に座っていた。
両膝の上に両手を置いて、真剣な眼差しでルイズを見るタバサ。
ルイズはひたすらタバサに話しかけている、タバサはそれを真剣に聞いている光景。
「……何してんの?」
「……約束を守ってるのよ、……先に言った醤油、砂糖、みりんなどを混ぜた割下……味付け用の調味料ね、それを煮立たせてその中にお肉や野菜を入れるの」
「……すき焼き?」
「よく分かったわね」
本格的な料亭などで食った事無いので、どこの家にもある自分の家のオリジナルすき焼きを教える。
「十分に火が通った具材を、お皿に入れた溶き卵に付けて食べるのよ」
関東のほうじゃ、締めにうどん麺とか入れるそうだが。
俺は関西、九州男児だったので残り汁で味付けした麺を食べた事が無かったりする。
すき焼き風うどんなら食った事があるが、別物っぽそうなので除外。
「残り汁で味付けした麺がまた良いんだよなぁ!」
サイトは元東京在住関東人でした。
「ごめんね、私は九州だったから違うのよ」
「九州って、そんなに違うのか?」
「どうかしら、修学旅行以外で市外にすら出た事無かったからよく分からないわ」
「ふーん、なんか損してる気がするよ」
「そんなに美味しいの?」
「おう、あれは絶対最後に持ってこないとな!」
自信を持ってお勧めできる食べ物、と言った感じでサイトが胸を張る。
……そんな風に言われると食べてみたくなるじゃないか、腕前云々ではなく調味料類が乏しいハルケギニアで再現はかなり難しいが。
「美味しい?」
「美味いな」
頷いてサイトが答える。
すき焼きと言えば豪華な感じがする、たぶんサイトも同じと思う。
ここの食堂の料理は確かに美味い、だが庶民料理も豪華な料理に負けない位美味いと思うぞ。
「食べてみたい」
「無理ね」
「んー、無理だろなぁ」
「なぜ?」
「一つ、調味料が無い、二つ、麺が無い、三つ、その両方が手に入れられない、分かった?」
「……食べた事あるって言った」
「私はたまたま東方から流れてきたので、食べれただけ。 サイトは東方出身だから食べた事があるの、どうしても食べたいならかなりのお金と時間が掛かるわよ?」
しょぼーんとした様なタバサの表情、正直言って可愛い。
そんなタバサはともかく、東方は日本と似通った物が幾つかあるのだろう。
例えば『緑茶葉』とか、東方産の触れ込みで入ってくる物で探せば似たような物が見つかるかもしれない。
とは言っても、大体が高い。
東方産の代物は数が少ないし、パチモンも多い、本物を探し出すだけで結構な労力が掛かる。
「……残念」
「残念だけど、今回は天ぷらで我慢してね」
「わかった」
「え、明日天ぷら作るの?」
「そうよ、再現するのは簡単だったしね。 サイトが来てから食べてなかったけど」
ハルケギニアに小麦があった、地球の物と全く変わらない小麦があったから小麦粉が簡単に作れた。
小麦の種子を石臼でゴリゴリと引くだけでスーパーで売っているような小麦粉が作れ、卵もあるので揚げてみようとなった。
新鮮な魚貝類と天つゆが無いのはちょっと残念だが、塩を付けて食べる。
「朝から……、はちょっと重いわね」
「昼か夜っぽいよな、天ぷらって」
「確かに」
朝に揚げ物など、なんと体に悪い。
夜のメインディッシュで頂くのが良さそうだ。
「そう言う訳で明日の夜ね、明日の夕食の時間に来てもらえるかしら?」
タバサは頷き、立ち上がる。
杖を持ったまま、部屋を出て行った。
「……はぁ、疲れた」
「なんかあったの?」
「ずっとタバサと話しててね、少し喉が痛いわ」
ティーカップに注いである緑茶を呷る。
本当なら湯呑みとかの方が良いんだがね。
「どんくらい話してたん?」
「サイトがシエスタといちゃついてた時から今までずっと」
ティーカップを置いてサイト、ではなく首にかけてあるマフラーを見る。
近くで見るとより良い物に見える、普段から編んでたりするのだろうか。
「……見てたの?」
「見てた、なにか進展した?」
「進展?」
「これ、とか」
右手人差し指を唇に当ててみる。
そのまま指でなぞって、唇を小さく動かす。
「いやぁ……、行ってないです」
まぁそうだろう、押しが弱いとか思えなかったりする。
キスとか、それ以上に進展してたら俺はサイトを褒め称える。
奥手とかそんなんじゃなく、女の子と付き合ったことの無い恋愛初心者がそこまで行けるか?
俺だってそんな突き進めなさそうだし。
「まぁ、がんばれ」
「……うっす」
シエスタはこれから激しくなってくるのだろうか……。
サイトがなかなか振り向かないからって、ヤンデレ化しないだろうな。
……大丈夫だろう、俺は何もしてないし。
『ルイズ様……、いえ、ルイズ! 貴女が居たらサイトさんが(中略)ですから死んでください!』、何て事にはなりませんように。
行き過ぎた妄想が現実に成らぬ様、不安になりながら夜は更けていく。
ロンディニウム郊外の寺院、そこの一室に二つの影があった。
なぜ俺は寝ている?
目が覚めて、最初に浮かんだ疑問はそれ。
軋む体を起こし、至る所に巻かれている包帯を見た。
「ん? やっと起きたかい」
顔を上げれば見知った顔、土くれのフーケ。
「俺は、なぜここに居る」
風竜に乗って、トリステインの竜騎士を撃ち落していたはずだ。
なのに、粗悪な部屋で寝ているのか分からなかった。
「なぜ? あんたはあの鉄の竜に撃ち落とされたのさ」
苦労したよ、闇ルート使ってあんたをアルビオンまで運んだのは、と付け加える。
「鉄の……、あの飛行機械か……」
言われて思い出す、あの二人が乗る飛行機械に奇襲を掛けて、簡単に返り討ちにされてしまった事を。
「まだ動くんじゃないよ、水のメイジに三日三晩『治癒』の魔法を掛けさせたんだ。 それくらいの重症だったからね」
辺りを見回し、ベッドの隣に置いてある机の上に置いてあったペンダントを見つけて手を伸ばす。
が、今一歩の所で届かない。
「そのペンダントを取ってくれ」
「ずいぶんと大切なもののようだね、それ」
「ああ、唯一の物だからな」
ペンダントを受け取り、ロケットを開いて中を確認する。
中には肖像画が一枚、美しい女性が描かれていた。
「随分と綺麗な人だね?」
「母だ」
「……母親? あんたは今だ乳離れが出来ないのかい?」
微妙な笑顔を浮かべ、ワルドを見るフーケ。
ワルドは眉をひそめてフーケを見る。
「母を思って何か悪いのか? 自分を生んでくれた両親を思うことが何がいけない?」
「……いけないわけじゃないが」
「たった二人の親だ、大事に思わぬほうがおかしい。 それともお前は両親が嫌いだったのか?」
「そんなわけあるかい、大好きだったさ」
「そういう意味では、誰もが乳離れを出来ていないと言う事だ」
そう言い終えると同時に扉が開き、シェフィールドを従えたクロムウェルが現れた。
ワルドを見てニッコリと笑い、口を開いた。
「目が覚めたようだね、子爵」
「クロムウェル閣下、申し訳ありません。 二度も失敗を……」
「いや、子爵の責任ではない。 有るとすれば我ら指導部が敵戦力分析を怠った事だろう」
「しかし……」
「気にするではない、如何に子爵が優秀であろうともあれは止められなかっただろう」
「……あれ、とは?」
疑問を口にして、それに答えたのはシェフィールド。
前と変わらぬコートをかぶった、表情の伺えない女。
常にクロムウェルが引き連れるだけあって、何かしらの能力を持っているだろうとワルドは考えた。
「突如アルビオン艦隊上空に光の球が現れ、艦隊を飲み込み、収まった時には全てのフネがやられていたそうです」
簡潔、平坦な声でアルビオン軍が被った被害を言ってのける。
無視できぬ損害、一瞬で受けた損害を前にしてクロムウェルは相変わらず笑みを浮かべている。
「その光とは、一体何なのでしょうか?」
「ふむ、おそらくは虚無」
一撃で艦隊を壊滅させるほどの魔法、そのような凄まじい力が虚無といえど出来るのであろうか?
一個人でそこまでの精神力を賄えるのだろうか?
それが出来るのであれば、虚無のメイジは如何に恐ろしい存在か……。
「虚無を扱う余とて、全てを知る訳ではない。 歴史の闇に埋もれる秘密を、トリステインは見つけたのかも知れぬ」
「秘密……」
「その光は、まるで太陽が地上に落ちたかのようだと聞き及んでおる。 それを扱う術を、始祖の祈祷書から見つけたのかも知れぬ」
「それを使って、艦隊を吹き飛ばしたと?」
「恐らくな、それをなしたアンリエッタは今や『聖女』と崇められておる。 それに、そのまま王女へと即位するとな」
「その秘密を知る女王、彼女を手に入れれば国と秘密も手中に収めることが出来るでしょう」
それを聞いてクロムウェルは笑みを浮かべる。
「そこでだ、余は直々に戴冠のお祝いを言上したいのだ。 何、恋人と道中をともにすれば退屈を紛らわせる事も出来よう、そう思わないかね? ウェールズ君」
「はい」
ドアを開けて入ってきたのは、クロムウェルによって蘇ったウェールズ。
生きている人間と見紛うほどの生きる屍。 だがその声、表情は少しの抑揚が無い。
「ぜひとも君の恋人を、我がロンディニウムの城までお越し願いたいのだよ。 頼めるかな?」
「かしこまりました」
ウェールズは呟いて一礼、頭を下げた後すぐ部屋を出て行った。
「では子爵、聖女がロンディニウムの城にお越し頂き、晩餐会を開いた時には君に出席を願おう」
ワルドは頷く、それを見届けてクロムウェルたちは退出した。
その後に、フーケが吐き捨てるように言った。
「下劣だね、あの男。 貴族以前に人としてどうかと思うよ」
「貴族かどうかなど問題では無い、要は掲げる目標を達成できるかどうかだ」
「……そうかい、どんなことにもルールって物があると思うがね」
同じように吐き捨てて言ったフーケは、立ち上がって部屋を出て行く。
「目的を達成できなければ、意味はない……」
ワルドはロケットを手に取ったまま、一人呟いた。
所変わってトリステイン、王宮にてアンリエッタは人を待っていた。
女王に即位してから朝昼晩と引っ切り無しに来客の応対をしていた。
その数は以前の倍以上、その上戦時下と言う状況も相まって休みすら挟めないほどだった。
そんな状況で、これから会う人物のお陰で短いながらも休みと言って良い時間を得る事が出来た。
部屋のドア、ノックの後に意中の客が到着した事を告げられる。
「通して」
ドアが開かれれば、桃色髪の少女と黒色髪の少年が立っていた。
「ご機嫌麗しゅう御座います、陛下」
部屋へ入る前に恭しく挨拶。
サイトも頭を下げる。
単なる通過儀礼に過ぎず、王と臣下と言う立ち位置を示しただけに過ぎない。
「下がって宜しい」
ドアを開けた呼び出し役が頭を下げて退出。
ドアが閉められ数秒も経たずにアンが駆け寄り、抱きしめてきた。
「ルイズ、ルイズ!」
……なんつーか、じゃれ付く犬のような気もしなくは無い。
「アン、立ち話もなんだから座りましょう?」
「……ええ、そうですね」
部屋の真ん中、王宮だけあって超一級品のテーブルとソファーがある。
俺とアンアンは向かい合って座り、サイトは俺の隣に座る。
「それで、今日私たちを呼んだのは?」
アンアンの使者が今朝学院を訪ね、俺とサイトを呼んでいると聞いて授業を休み王宮に来た。
呼び出した理由はあれしかないわけで、むしろそれしか想像できない。
「……先日の戦についてです」
これ以外の話題が来たらどうしようと考えてたり。
「先日の戦、ねぇ」
サイトは隣で錆付いたブリキの玩具の如く、ガッチガチに緊張していた。
「アルビオン艦隊を落としたあの光、あれはルイズが放ったのでしょう?」
「うーん、もっと掛かると思ってたけど、意外に早く調べ上げたものね」
トリステインにも調査などを専門とする部署もあるだろうが、そこまで優秀だとは思っていない。
同系統の部門は、ガリアやロマリアが一枚も二枚も上手だから低く見すぎているだけかもしれないが。
「では、やはり……」
「ええ、あれは私たちが起こしたものよ」
頷く、隠す意味などないから正直に話す。
原作でもばらしてたし。
「また、ルイズに助けられたわね……。 ラグドリアン湖でも、私の代わりにベッドに入ってくれて」
3年前のあの日も、今回の戦争でも。
俺にとっては目論見が有って動いているに過ぎない。
……アンアンからすれば、手を差し伸べてくれる存在に違いは無いのだが。
「それで、これが本題」
始祖の祈祷書、テーブルの上に置いて自分たちが虚無であるとアンリエッタに言った。
「……これは『本物』、私も『本物』でサイトも『本物』。 後は分かるわね? アン」
「ええ、この事は誰にも言わないわ」
伝説、物語の中でしか語られる事が無かった生きる伝説。
世界中、トリステインのみならずガリア、ロマリア、ゲルマニアとあの光が艦隊を壊滅させた事は知られているだろう。
その強大な力が手に届く位置にあるなら、伸ばしてくるだろう。
敵は外だけではなく内にも居る、私欲の為に使おうとする者は絶対居る。
むやみやたらに使われてはいけない力、抑止力となるには十二分な物である事は間違いない。
頷いたアンリエッタはサイトを見て、口を開く。
「ルイズ、彼はどの使い魔に該当するのですか?」
「『神の盾、ガンダールヴ』よ」
アンリエッタは腕を伸ばし、サイトの左手を取った。
「ガンダールヴ、始祖ブリミルが用いた四の使い魔が一つ……」
サイトの左手のルーンから視線を上げて、サイトの目を見るアンリエッタ。
「もう一度お願いいたします、ルイズを守る盾であり剣となり、ルイズを守ってください」
手紙を貰いにアルビオンへ向かうよう頼まれたときと同じ、アンリエッタはサイトへお願いするように言った。
サイトは頷き、あの時とは少しだけ違う回答で答えた。
「はい、必ず守って見せます」
力強く頷くサイト。
原作通りの力を備えてほしいものだ。
「ありがとうございます、やさしい使い魔さん」
なんかドレスのポケットを弄り、中から宝石や金貨を取り出してサイトに握らせた。
指輪とかはポケットに入れとかないで、宝石箱に入れとけよ……傷付くだろ。
そんな事を思いつつ、「こんなに受け取れません!」「そう仰らずに!」と押しつ押されつつ譲らない二人を嗜める。
「そんな漫才してないで、さっさと次の話に行きましょ」
「まんざい?」
「……滑稽な問答を演じている二人の事よ」
つまらなくて苦笑されている若手芸人みたいな二人。
実は俺、そういうの嫌いなわけで。
そんな場面だったらすぐテレビのチャンネル変えるわ。
「アン、私たちに話したい事はこれだけじゃないでしょう?」
「──本当にルイズは鋭いわね!」
アンリエッタは部屋の一角に置いてある机に駆け寄り、羽ペンを取って羊皮紙に走らせる。
書き終えて羽ペンを振れば、王のみが使える花押が羊皮紙に打たれた。
「ルイズ、これを」
羊皮紙に書かれていた内容、トリステイン国内全てへの通行許可と、国内全ての公的機関の使用許可。
国内のどこかへ移動するなり、警察を含む国が管理する施設などを利用出来ると言う事。
これを見せて一声発すれば、それはアンリエッタ女王の命と同じものとなり断る事が出来無くなるわけだ。
「今後もルイズに頼る事になるかもしれません、その時に貴女が好きな様に動けないのでは意味がありませんから」
「可能性は有るかもしれないわね、勿論最初に『自分で考えて』から相談してね?」
「ええ、……その、私では手に負えない事件が持ち上がった時には相談させてもらいます」
一国の女王が解決できない事件って、半端じゃなく大きいよな。
幾ら虚無とは言え、出来る事と出来ない事はあるさ。
アンアンとの面談も終わり、さぁ帰ろうとなって馬車が無い事に気が付いた。
ちょっと待てよ、帰りの馬車は無しかよと愚痴を零す。
「仕方ないわね……、街でも見て帰りましょうか」
「歩いて帰るの?」
「なわけないでしょう、帰りには馬車でも借りるわよ」
あるいてかえるだなんて とんでもない!
足が棒になるぞ。
「戦勝祝いで賑わってるし、面白い物でも見つけられるかも」
振り返りざまにサイトを見る。
「う、うん……」と小さく呟くサイト。
それをおかしく思い、少しだけ笑った。
「それにしてもこの感じ、懐かしく感じるわ……」
「そうだなぁ、縁日の祭みたいだ」
神社の境内に並ぶ露天や屋台。
大きなたこ焼きや甘い綿菓子やべっこうあめ、くじ引きなんかもあって人が溢れ返る光景。
どれもが少し値段が高くて、それでも子供のころは欲しい欲しいと親にせがんだものだ。
「行きましょう、突っ立ってても面白くないわよ」
サイトはそれに頷いて、隣に付く。
日本の祭と差ほど変わらない、人種の違いは有るものの特有の熱気が日本に居た時の感覚を思い出した。
「ほんと、懐かしいわ」
そう呟き隣に歩くルイズの顔は、どこか遠くを見るような視線。
日本の事を思い出してるんだろうか、その表情がとても切なく見えた。
いきなり見知らぬ場所へ、それも自分ではない人間になった。
それがどれだけ恐ろしい事か、自分はまだ良い。
そりゃあ右も左も分からぬ異世界に無理やり召喚されたが、故郷を知る少女が必ず送り返してやると言ってくれた。
だが、ルイズはそうではない。
たった一人で、強制的に移動させられて一人。
周りは知らない人ばかりで、日本と全く価値観が違う世界で十年以上も過ごした。
孤独と言っても良いんじゃないか?
俺が同じ状況になったらどうしていただろうか、有り得ないと否定して逃げたりしていただろうか?
それに我慢して過ごしても、帰れないと分かったら……。
怖いと思った、知っているだけなんて慰めにもならないんじゃないかとそう思った。
「なぁ、ル……」
隣を見て、言葉が途切れた。
「……あれ?」
さっきまで隣にいたルイズが居ない。
はぐれた? 辺りを見回してもあの桃色の髪が見当たらない。
「ルイズー?」
駆け足で走る、こう言う場合ってどっちが迷子になるんだろうか。
そんな事を考えて走り続ければ、桃色の髪と紺色のマントを羽織った少女が見えた。
その隣、男がルイズの腕を掴んでいた。
それを見た途端、体が軽くなって気がした。
素早く駆け出し、ルイズを引っ張ろうとした男に迫り、掴んでいる腕を止めた。
「遅いわよ」
「ごめん、考え事してたらはぐれちまった」
男の腕を掴んだまま、ルイズを見た。
いつもと変わらぬ表情、安堵や落胆ではない、平坦な表情だった。
「ああ!? ガキは引っ込んでろ!」
「その手、離せよ」
振り返りながら男へ向かって言った。
昔ならすぐに引っ込んでいたかもしれない、こんな怖い顔をした男に凄まれたら逃げてただろう。
だが、今ではこの程度なんて事は無い。
『本物の恐怖』、ワルドの殺気やあの時ルイズが居なくなってしまうと言う恐怖感に比べれば屁の河童。
小さい子供が睨んできている程度にしか感じなかった。
「離せよ」
もう一度言って、左手に力を込める。
右手はすぐにでも剣を握れるよう軽く開いておく。
男は俺と、背中に担ぐ二本の剣を見る。
その後舌打ちしてルイズの手を離す、それを確認してから俺も手を離した。
「おい、行くぞ」
他の傭兵仲間を促して歩き去って行った。
その後、カタカタと震えてデルフが喋った。
「流石は相棒、かっこいいねぇ」
「うるせーよ」
「良いんじゃない? 颯爽と現れるヒーローで」
少し笑ってデルフに同意するルイズ。
そう言われると照れてしまうサイトであった。
傭兵達とのいざこざの後、面白いものは無いかと二人で歩き回って居た。
その中でほぼ同時に足が止まる、二つの視線は露店へ注がれていた。
露店に置かれているのは剣や鎧、盾とか時計に帽子など。
アルビオン軍からの分捕り品、捕虜から回収したものを流した品。
「お客さん、お目が高いねぇ。 これはアルビオンの水兵服でして……」
どう見てもセーラー服、セーラーの日本語訳が確か水兵だった気がする。
つまり……、これで勝つる!(欲望的な意味で)。
「……似合いそうね」
「うん……、え?」
セーラー服は黒目黒髪の人が着ると似合うと思うんだ。
たとえばシエスタとか、思い切り日本人ではない俺が着ても、まぁ微妙だろう。
ゲームではルイズが着てたが、あまり似合ってなかった気がする。
外人チックなルイズにはセーラー服より、ブレザーとかの方が似合うと思う。
「似合いそうだと思わない? シエスタに」
「……すごく……」
深く、強く頷く。
これは買いだ、絶対に買いだ。
買わなければ損をする、絶対にだ!
「店主、買うわ」
「へ、へぇ、三着で一エ」
言った時には、店主の前に金貨が落ちた。
クイックドロー、まさに銃の早撃ちの如く金貨を抜き取って放った。
「ふふ、帰ってからが楽しみだわ」
ニヤリと笑って、水兵服を手に取る。
サイトも笑い、数日中に見れるだろう光景を想像していた。
それを見ていた露店の店主は。
『よく分からない、何か危険なものを見た気がする……』
と酒場で語っていたそうだ。