「シエスタは居る?」
厨房を開けて入ってきたのは二人、ルイズとサイトだった。
「ルイズ様? 一体どうしたんでさぁ?」
「マルトー、シエスタはどこ?」
「シエスタ? シエスタは今洗濯物を取り込みに」
「ありがと、行くわよ」
「おう!」
厨房の中に入る事はせずに勝手口のドアが閉められ、二人は出て行った。
「どうしたってんだ?」
マルトーは何かあったのかと、首を傾げていた。
タイトル「合法で犯罪」
歩く、いつもの洗濯物を干している場所へ。
サイトの手には袋、その中に街で買った水兵服が入っている。
「居るかしら」
遠目に見える広場の一角に、多数の洗濯物を干しているのが見えた。
複数のメイドが洗濯物を取り込んでいる、その中に夕焼けの赤い光を受ける黒髪の少女が見えた。
「おーい、シエスター!」
サイトが手を振って呼びかける、その名前の持ち主が手を止めて振り返った。
駆け寄るサイトと笑顔で迎えるシエスタ、とても青春してるな。
うんうんと頷いていれば、視線に入る他のメイドたち。
素早く洗濯物を収納していく中で、もたつくメイドが一人。
言えば動きが悪い、歩き方もどこかおかしい。
メイドの一群に歩み寄り、俺に気が付いたメイド達が目に見えて動きが悪くなる。
「そこの貴女」
名前が分からないので指差し、先には幼さが残るメイドだった。
夕日に照らされているため正確な色は分からないが、茶色に金色を混ぜたような合色。
前髪は揃えられていて、腰には届かない後ろ髪を結んでいる。
「は、はいぃ!」
跳ね上がりそうな勢いで驚き、頭を下げた。
顔、胸、腰、足と見やれば中々に可愛い子。
背は俺よりも高い、150以上160未満位だ。
よくよく見れば、少しだけ揺れていて立ち方すら安定していない。
「その足、どうしたの?」
「あ、足? べ、べつにどうもしてません!」
「ル、ルイズ様! この子はですね……」
年長の、と言っても二十歳に届いていないメイド。
厨房で見た事あるメイドが庇う様に間に割って入ってくる。
何々? あれが来ているから今日は少し調子が悪い?
「……嘘おっしゃい」
「貴族様に嘘など付けません!」
そのメイドの後ろで震えるメイド。
『あれ』とは女の子特有のもの、男の金的のように女の子しか分からない痛みだ。
人によっては恐ろしく痛むそうだが、この子の場合は何か違う。
主に腹部にくるはずの痛みなのに、なぜ足を引きずるのかと疑問に思った。
つまり、このメイドはあれではなく、何か別の事で辛い状態になっている訳だろう。
「どうもしてないなら、私の前で歩いて見せなさい」
それを聞いて顔を引きつらせる年長のメイド。
後ろで震えるメイドに振り向き、肩に手を置いて小さな声で語りかけている。
「──……─……ね、……─って」
涙目で頷き、歩き出すメイド。
「………」
先ほどより歩き方に違和感がなくなっているが、その顔は酷いものだった。
思い切り顔を顰め、何かを我慢しているような表情。
「全然問題は有りません、貴族様」
無理やりくせぇ凌ぎ方。
一時しのぎにも無理がある、どう見たって苦しそうなのは明らか。
「問題ねぇ……、こっちへ来なさい」
ゆっくり歩み寄ってくるメイド、俺より年が下だろうか。
まぁ失礼だが、現物を見つけたほうが早そうだ。
俺の2メイルほど手前で止まるメイド。
「スカートを捲りなさい」
「………」
「ル、ルイズ様!」
「早く!」
怒鳴り付けるように言えば、一度だけ大きく震えてスカートに手をかけた。
「ルイズ様、お願いします。 どうかお止めになって下さいませ!」
年長のメイドが膝を付いて、両手を組んで頭を下げる。
だが、俺は止めてやらない。
「どうか、どうかお願いします!」
「駄目よ、さぁ捲りなさい」
何度も懇願してくる年長のメイド。
それを一蹴して、急かした。
震えながらもゆっくりとスカートを捲くるメイド。
すね、ふくらはぎ、膝と順に見えていく中、太ももに差し掛かれば肌の色とは全く違うものが見えてきた。
白のドロワーズ、かぼちゃパンツでも通じるだろう膨れた下着。
「……そのままよ、動いちゃ駄目」
そう言って一歩前進、膝を付いてスカートの中を覗く。
本来白一色であるはずのドロワーズは、太もも辺りが赤黒く変色していた。
ドロワーズの下、巻かれている包帯も見え、それも変色している。
まさか一日中このままで動いてたわけじゃないだろうな……。
「包帯はいつ替えた?」
「あ、朝です」
「新品よね? 使い回しではないわよね?」
「は、はい」
どれだけの出血量だこれ、こんなに赤くなるまで放って置いたのか?
貧血とか起こしても不思議じゃない位、痛みもあるだろうし我慢し続けてたのか。
よく見れば包帯の下の凹凸が大きい、皮膚が破れてたり肉が見えていたりするかもしれない。
「下ろして良いわ」
手を離してスカートが普段の位置まで戻る、よく見ればスカート部分に黒ずみ。
エプロンには付いていないが、凝視しないと分からない程度に血が付いている。
「貴族に叩かれたわけ?」
「……はい、貴族様にぶつかってしまって」
「メイド長はこれを知ってるの?」
「……いえ」
やりすぎだろう、馬鹿どもが。
ぶつかっただけで皮膚が破けて肉が抉れるほど叩くって、常識的に……ああ、これが詰まらん貴族の常識か。
よほどイラ付いてたか、平民だから問題無いだろうと叩いたのだろう。
しかも両足、太ももが酷い事になっている。
そいつを見つけ次第ぶん殴る……、とは行かないな。
報復の報復をこのメイドにしてくるかもしれんし。
いや、『私のお気に入り』に手を出したと嘘の理由付けてぶん殴るのもありかもしれん。
この学院の貴族の9割以上がラ・ヴァリエール公爵家より格が低い家柄。
簡単に『ゼロのルイズ』と蔑んでいるが、もしそれが御父様の耳に入れば間違いなくその家に抗議の文を送りつけるだろう。
『家の娘を馬鹿にするとは良い度胸だな、そっちがそういう事言うなら考えがあるぞ?』とか。
親馬鹿の極みみたいな御父様だからなぁ、本当にやりかねん。
「お願いします、ルイズ様! この事は誰にも……」
「駄目よ、きっちり報告するわ」
「そ、そんな! どうかご容赦を!」
「駄目ったら駄目、きっちり暇を貰いなさい」
「お願いします! どうか、どうか!」
怪我をしているメイドはぼろぼろと涙を流している。
「貴女達、この子が居なくても仕事は出来るわね?」
冷ややかな視線、それを向けながら返事をするメイドたち。
この問答に気が付いたサイトとシエスタが走りよってくる。
「ルイズ様、これは一体?」
「この子に暇をあげるだけよ」
「お願いします! 何卒!」
「何度もうるさいわねぇ、駄目だってさっきから言ってるでしょ」
「暇……、誰をですか?」
「その子」
指差したメイド、変わらず泣いている。
「如何してですか? この子が何を……」
「サイト、後ろ向いてなさい」
「あ、ああ」
振り向いたのを確認して、怪我しているメイドのスカートを捲った。
「これじゃあ、仕事できないでしょう?」
「……ひ、酷い」
シエスタはそれがどういう状況なのか理解した後、反射的に視線をそらした。
包帯の下はグロテスクな状態になってるかもしれん。
「だから暇を出すの、分かった?」
「理由は分かりましたが……、ですが行き成り暇を出すのは」
「これ以上悪化したら、足を切り落とさなくちゃいけないわよ? それでもこのままで働かせたいの?」
足を切り落とす、その言葉だけで周囲の声が途絶える。
怪我して泣いているメイドも泣き止んだ。
この世界で身体障害者になるのは恐ろしく大変な事になる。
この子の怪我が悪化して足を切り落とす羽目になり、実家に帰ることになるとしよう。
この子の実家が貧乏だったら? まぁ大体は食い扶持減らすために捨てられたりするかもしれない。
そうでなくともあまり良い目にはあわない、足を使わない仕事なんて数えるほどしかないし。
その仕事も健全者で埋まってるだろう、十中八九家族のお荷物になるわけだ。
現代日本じゃそういう人たちの手助けをする政策もあった気がするが、ここは貴族至上主義のハルケギニアだからそんな物はない。
「分かるわよね? このままじゃ彼女は好い目にあわないわ、だから暇を出すの」
「えーっと、もういいか?」
サイトが声で割って入る。
それを聞いてスカートの裾を手放す。
「いいわよ」
「……どうなってんだ?」
振り返って聞いてくるサイト。
事のあらましを説明してやる。
「この子が足に怪我してるのよ、結構酷いから治しなさいって言ってるのに嫌がってるわけ」
「足を切り落とす位酷いのか?」
「そうね、少し放置すれば切り落とさなくちゃいけなくなると思うわ」
数日もすれば膿とか湧いてくるかもしれない。
包帯を巻いただけで除菌とかしてないだろうし、そもそも医療用薬剤が差ほど発展していないハルケギニア。
魔法であっさり治せるから発達など全くしてない、万能ゆえに停滞を招く。
発展、発達が異常なほど止まっているこの世界。
ハルケギニア六千年の歴史、この地名が出来上がった頃から差ほど変わっていないらしい。
幾ら万能とは言え、文字通りの異常。
たまたま進化しなかったのか、何か理由があって進化できなかったのか。
闇の中にある真実ゆえに暴けない。
真実を知るなら元の世界に戻って原作でも読むか、自力で探るか。
どちらにしても、今は極めて難しいが。
……話はそれたが、高い給金をもらえるここのメイドたちでも簡単に手が出せない薬品。
その上、学院に置いてある薬剤はほぼ全てが貴族の為だけに使われる。
故にここの平民は、傷口を水で洗ったり包帯を巻く程度しか出来ない。
治療するならば街で買ってくるしかない。
「ならさっさと病院とか行った方が良いだろ」
「でしょう?」
何を愚図る必要があるのか、足を失ってもいいのか。
俺とサイトはなぜそんなに嫌がるのか分からないといった感じで首を傾げる。
「サイトさんまで……、どうにかならないんですか?」
「だから、今どうにかしようって言ってるんでしょ」
「つーか、何でそんなに嫌がってんの?」
「それは嫌がりもします、解雇なんてされたらとても困りますから」
「……解雇? 何で解雇する必要が出てくるのよ?」
「だって、こんな怪我してたら……」
「別に治してから戻ってくればいいじゃない、こんな怪我解雇する理由にならないわよ」
「……え?」
なぜそこで驚く、そりゃあ貴族にぶつかったのは運が無いが。
全てこのメイドが悪いわけじゃないだろ。
「こんな足で仕事なんて出来ないでしょうから、怪我を治してきなさいって言ってるのよ? どこで解雇するなんて事になったのよ」
「え、ルイズ様が『暇を出す』って……」
「暇でしょう? 休暇の事を言ってるのよ」
「………」
「……?」
「暇って、首にするって意味なかったっけ?」
……それか!
「解雇に何てさせないわよ、言い含めておくからしっかり治してきなさい。 いいわね?」
またボロボロ涙を流しながら頷くメイド。
この学院に勤める平民が貰う給金は、他の場所で働くより遥かに高い。
例としては料理長であるマルトー、そこらの下級貴族より多く貰っている。
そんな高い給金をもらえるこの職は、当然就職倍率が何十倍にもなっている。
基本有能、よく働く者を選ぶに当って勿論病気や怪我している者は即座に跳ねられる。
仕事中も例外ではなく、すぐに治らない怪我を負えば簡単に首になるらしい。
つまり歩くだけでも苦痛を伴う怪我をしたこのメイドは、すぐに首になってもおかしくないからあんなに懇願してきたのか。
「もし首にされたなら言いなさい、その時は色々用立ててあげるから」
クビにさせないって言っときながら、クビにされたんじゃ色々恥ずかしい。
少なくとも使えると判断されて、この学院へ奉仕に来ているのだろう。
どっかのそこまで平民を酷く扱わない屋敷にでも推薦状だせば一発、こう言う時にラ・ヴァリエールの名が役立つ。
「それとこれ、治療費に当てなさい」
一言治療してもらえ、ではすまない。
こんな怪我治癒の魔法を使わなきゃ完治するまで数ヶ月掛かるだろうし、そんな長く通院してる暇などないだろう。
金渡してさっさと治してもらったほうが、この子にとって都合が良いだろうし。
「それで足りる?」
サイトがそう言いながらポケットから、アンアンに貰った金貨を差し出す。
「そうね、秘薬の相場幾らだったかしら」
最高級のものは数千エキュー、一番安い物でも数十エキューしたはずだからちょっと足りないか。
「借りるわね」
「いや、デルフ買った時の借りも有るし」
「あれは私が好きでしたんだから、気にしなくていいわよ」
サイトの手のひらにある金貨を取り、メイドに握らせる。
こう言う偽善の自己満足は金が有ってこそ、たまにはこんな気分に浸るのも悪くないだろう。
「しっかり治しなさい、良いわね?」
「あ、ありがどうございまず!」
「ほら、そんなに泣かないの」
ハンカチを取り出して涙を拭ってやる。
ったく、何でこの世界の女性はやたらと可愛いんだ?
勿論、心は女なスカロンとかは除くぞ。
と言うか泣き過ぎ、ハンカチが重くなってきた。
タイトル「散財は金持ちの特権、だと思う」
怪我しているメイドがようやく泣き終わって、自室に戻ってみればタバサがドアの前に座り込んでいた。
その隣にはなぜかキュルケ。
拙ったな、すっかり忘れてた。
「ごめんね、タバサ。 色々やってたら遅くなっちゃったわ」
アンアンに呼ばれて馬車で王都まで、面談終了で街を散策。
水兵服をゲットして、シエスタに手渡し。
そこで怪我しているメイドを見つけて治して来い。
そして夕暮れ過ぎちゃった。
「なんて心の中で言っても意味は無く……」
「ちょっとルイズ、遅いわよ」
「……? 何でキュルケが居るの?」
「居ちゃいけないの?」
「ええ」
「……言ってくれるわね」
「それで、何か用?」
「タバサが珍しい物を食べるって聞いてね」
「相伴にあずかろうって訳ね」
「平たく言えば、そう言う事ね」
失念、タバサとキュルケはセットだったのを忘れてた。
「食堂のものほどじゃないわよ?」
「簡単に済ませるの?」
「違うわ、食堂で出される料理は嫌いじゃないけど、毎日食べるような物じゃないし」
「だからいつも食堂に居ないのね」
食堂の料理は豪華絢爛で、カロリーが凄そうなものばかり。
ここの貴族の大半は血中コレステロールが酷い事になってそうだ。
動脈硬化とかで死んでる人多いんでないか?
「あれ位普通でしょう?」
タバサが同意して頭を縦に動かす。
「……そう、だから脂肪が胸に行くのね……」
キュルケを除く、3人の視線がキュルケの胸に集中。
バインバイーン、何時も通り揺れてるな。
俺だって巨乳に……、ロリ巨乳……?
その方面の人たちには嬉しいだろうが、俺は薄い方が良い。
何か似合わなさそうな感じがする、小さい体にでっかいもん付けても色々不都合が出そうだし。
ちい姉さまが咳をしながら『胸のせいで肩がこっちゃって……』と言っていたのを、姉さまが聞いて凄まじい視線を胸に送っていたのを思い出した。
……でかけりゃ良いってモンじゃないな、うん。
「必要な分しか作ってもらってないから、キュルケの分はないわよ?」
「すぐ作ってもらえばいいじゃない」
「なら自分で言ってきなさい、面倒な事を人に頼むんじゃないわよ」
「しょうがないわねぇ……、フレイム!」
キュルケが自分の使い魔を呼ぶと、キュルケの部屋からヒトカ……よく見れば一つ上に進化したポケ○ンか。
頭に紙と羽ペンを……どうやって乗せた?
それを受け取って素早く紙にペンを走らせる。
「これ、厨房までお願いね」
「きゅるる」
ぽんと頭に紙を乗せてフレイムを送り出す。
のそのそ歩いていくフレイム、その後に考えた。
風で飛んでくだろ、常識的に考えて……。
「さぁ、これで良いわね」
キュルケは杖を振り、人の部屋の鍵を開けようとする。
その腕を掴んで制止、鍵持ってる本人が目の前に居るのに魔法で開けようとするなよ。
「他人が自分の部屋にずかずか入り込むのって、どう思う?」
威圧感を持たせるよう、ニッコリと笑って問いかける。
「……それは嫌よね」
「でしょう?」
キュルケの腕を放し、鍵を取り出して開錠。
座ってタバサと天ぷらの話をしていたサイトが立ち上がって後に続く。
「部屋に届くから待ってましょう」
と十数分待っていれば、ドアがノックされる。
ドアを開ければサービスワゴンを押すメイドが数人、それに乗せられディッシュカバーを被せられた料理。
素早くテーブルの上に乗せられる中、二人前しか乗せられないテーブルに気が付いた。
「……ワゴンの上に置いてて良いわ、二人はテーブルで食べてちょうだい」
「良いの?」
「お客様なんだから、ワゴンで食べさせるわけには行かないでしょ」
サイトと隣り合ってベッドに座る。
ディッシュカバーを開ければ、綺麗な黄金色の揚げ物。
さすがマルトー、以前より上手くなってやがるぜ。
揚げ物の内容は、川エビをメインとした野菜や鶏肉と計6種類ほど。
個人的には日本の白飯も欲しいが、稲が無いので当に諦めた。
似たような穀物は有るらしいがまだ炊いた事は無い、今度炊いてみよう。
「これがてんぷらって奴? 変な色ね」
「そう思うなら食べなくて良いわよ」
「冗談よ、……油で揚げてあるのかしら?」
箸を手に取り、天ぷらを掴んで小皿に入った塩に付けて頬張る。
「美味ぇ、こっちに来てから天ぷらを食えるとは思わなかった」
箸を使って齧り付き、半分涙目で咀嚼するサイト。
まだ1ヶ月も経っていないのに……。
「へぇ、結構美味しいわね」
「素材が生きている」
ナイフとフォークで食べるキュルケとタバサ。
エビを切り分けて食べるのは分かるが、一口サイズの野菜はどうかと思うよ。
パクパクと好評なようで、タバサがあっという間に食い尽くした。
「………」
タバサはナイフとフォークを置く。
だが、視線はキュルケの天ぷら一直線。
まるでネコじゃらしを見る猫のよう、まさに釘付け。
「………」
見られている事を理解しつつ、何も語らず食べ続けるキュルケ。
すごい精神力だ……。
恐らく、今のタバサの瞳は魔眼級。
視線が交差したときには食い物を差し出してしまう強制力を持った『誓約』!
今のキュルケにタバサの存在は見えていないだろう、天ぷらに夢中と言うわけではなく意図的に遮断していると見た。
「………」
これが『友情』の力か……。
一度も獲物から視線を離す事無く、食い入るように見続けるタバサ。
そこまで気に入ってもらって、日本人(心だけ)として嬉しいよ。
だが残念だけど、それ以上は無いのよ。
箸を握りなおし、天ぷらを掴もうとして。
「──ッ!」
タバサの視線と交差した。
恐るべき速度、視線を逸らす事すら許さないタバサの首旋回能力。
その蒼い瞳の奥、獲物を捕らえたと言う確信の光が宿っていた。
「………」
「………」
サイトも感じ取ったのだろう、決して視線を上げずに天ぷらだけに集中していた。
「……食べる?」
「……食べる」
箸で掴んでいたのははしばみ草の天ぷら。
持ち上げて構えた。
対するタバサは椅子から立ち上がり、数歩で俺の料理が置かれたワゴンの前に立った。
少しだけ屈んで、ゆっくりと口を開ける。
「………」
タバサの顔が近づく、箸を近づける。
あと10サント、7サント、5サント、2サント。
そして、カチリと歯と歯がぶつかり音が鳴った。
「「ぶっ」」
タバサの口に入る寸前、天ぷらを挟んでいる箸を引いた。
口に入ると思っていたタバサは、容赦なく噛み付こうとしたが。
俺の巧妙な策略によってはしばみ草の天ぷらを味わう事が出来なかった。
その音を聞いた二人、サイトとキュルケが噴出しそうになって顔を逸らした。
キュルケは肩まで震わせて我慢している、サイトも左手で口を押さえている。
こんなに簡単に引っかかるとは思いもしなかった、サイトたちもこんな光景になるとは思ってなかっただろう。
「そこじゃ食べにくいでしょう? ほら、こっちにいらっしゃい」
自分の隣を左手で軽く叩き、座る事を勧めた。
恥ずかしいのか、ほんのり頬を染めたタバサが隣に座る。
「はい、あーん」
じぃーっと、口を開けずに見つめてくるタバサ。
また同じ事をしないか危惧しているのだろうか。
「あら、要らないの? 残念ねぇ」
箸先が方向転換、タバサではなく自分のほうに向ける。
タバサの視線が一瞬天ぷらに向き、すぐまた戻る。
「……いる」
……可愛いねぇ、おたく可愛い過ぎるよ。
箸を再度タバサに向けて、口の中に入り込んだ。
モグモグ、餌付けみたいでいいなこれ。
モグモグモグモグ。
モグモグモグモグモグモグ。
モグモグモグモグモグモグモグモグ。
天ぷらは全てタバサの胃袋に収められて、俺の分が全て無くなった。
お腹は空いたまま、だが心は暖かい夜を過ごせた。
翌日、俺達は更なる至福を味わう事となった。
ああ、世界はこんなにも眩しい……。
このような幸せが有っていいのだろうか?
世界が俺たちを祝福してくれているようだ。
俺は膝を着いて蹲り、サイトは這いつくばっている。
二人で作り上げた芸術品を見て、また悶えるのだ。
「ね、ねぇシエスタ……」
「な、何でしょうか?」
顔だけを何とか上げて、シエスタを見つめる。
多少引きつりながら笑顔を見せるシエスタに、また悶えそうになるが。
何とか抑えて要望を一つ。
「くるりと、回ってはみてもらえないかしら?」
ガバっとサイトが顔を上げシエスタを見た、その瞳はギラギラと輝いている。
希望に満ち溢れ、煩悩に塗れたキレイな瞳。
「回った後に『お待たせ!』って元気よく言ってみてくれ!」
「待ちなさい! それは危険よ!」
「危険? それがどうしたって言うんだ!」
「戻れなくなるわ! 別の、もっと安全な──」
「いいや! 俺は進むと決めたんだ、危険な道を!!」
「サイト……、貴方がそこまで言うなら……!」
そんな問答をするルイズ達を見るシエスタは引いていた。
昔母に聞いた『関わってはいけない人』の人物像に、ルイズとサイトが重なるのだ。
しかし、この二人は恩人。
その願いを無碍にはしちゃいけないと良心が囁いた。
そんな考えをしていたシエスタに、二対の瞳が射抜く。
「さぁ! くるっと回って『お待たせ!』と!」
「は、はい」
急かされ頷き、つま先を支点として一回転。
「お、お待たせっ!」
「NO! 違う! ちがぁーう!!」
「ひっ」
「サイト! もっと優しく言いなさい! 相手は美少女なのよ!!」
「うっ、ごめん……」
「……さぁシエスタ、幼馴染を待たせた時のように言って御覧なさい」
「は、はい」
何か慈愛に満ち溢れたような笑みで言うルイズ様。
言われた通り、自分が遅れてきて謝るシーンをイメージ。
そして、くるりと回り、スカーフが踊って、スカートが舞い上がる。
「お待たせ!」
「ガッ!」
「ウグッ!」
その言葉を聴いた二人が倒れた。
ピクピクと、まるで痙攣しているかのように震えていた。
倒れた二人、そんな中でもサムズアップした手を向けられていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
駆け寄ろうとして、制止された。
「大丈夫……よ、ちょっと感極まっただけだから……」
震えながらも起き上がるルイズ様。
まるで生まれたての小鹿のように震えていた。
「大丈夫、大丈夫よ。 ええ、問題ないわ」
とても恥ずかしそうなシエスタ、その顔は赤くなっているのが分かる。
たかがセーラー服を着た女の子、そう思うのは無粋。
確かにただの女の子がセーラー服を着て、回っただけならここまでならない。
シエスタに渡した水兵服、試行錯誤の結果、理想を極限まで詰めた一品。
上着とスカート、両方の丈を極力詰め、シエスタが動く度にへそと、下着が見えそうな位置までスカートが舞うのだ。
震えるほど悶えたのは、そんな高威力セーラー服を着ているシエスタが『美少女』だからだ。
シエスタの容姿は間違いなく美少女、十二分にカテゴリーに入る。
スタイルもかなり良く、そんな女の子に『お待たせ』なんて言われてみろ。
女っけが無かった俺達は震えたくもなる。
「落ち着け、大丈夫だ、問題なんてありゃしない……」
自制しているような呟きをしながらサイトが起き上がる。
これほどの威力、世の青少年にとっては猛毒なんじゃないか?
「ふぅー……、大丈夫、まだやれる」
この程度で悶えるなどと、何と程度が低いと自分を一喝。
まだ時間はたっぷりある、焦る必要などどこにも無い。
「ふ、ふふ、次は何をしてもらおうかしら」
ニヤリといった擬音が似合う笑みを浮かべてシエスタを見る。
サイトも同様の笑みを浮かべてシエスタを見る。
そんな二人に見られるシエスタは後退った。
「ま、待ちたまえ!」
無粋、本当に無粋ったらありゃしない声が制止を掛けてきた。
声がする方に振り向けば、気障男とマゾ豚が不自然な歩き方でやってきた。
「シエスタ、サイトの後ろに」
「は、はい!」
サイトに飛びつくようにして、シエスタはサイトの後ろに隠れる。
「今のはなんだね? 今のは、今のは一体なんだね!?」
震えながら言うギーシュと、隠れているシエスタを指差すマリコルヌ。
「今の服はけしからんぞ! まったく持って! けしからんゾォ!」
「こ、ここここんな!? もっとよく見せたまえ!!」
「これはききき、危険すぎるぞ!!」
ふらふらと危うい足取りでサイトへ近づいていく二人。
接触などさせるものか!
「そこまでよ」
立ちふさがり、二人の足を止める。
「これ以上進むなら、それ相応の覚悟をしてもらうわ」
その声にハッ、と正気に戻った二人。
「じゃ、邪魔をしないでくれたまえ!」
「そっちが邪魔なのよ」
腰に手を当て、睨むように見据える。
大切な時間を邪魔しよって、無事ですむと思わないことだな。
「ル、ルイズ! あの衣装は何なんだ! 脳髄を直撃するような! あの! 危険な!」
「俺の故郷の夢が詰まった代物さ、脳髄を直撃してもおかしくないぜ」
サイトが代弁する、これは俺達の故郷の魅惑の魔法が掛かっている。
着る者の美しさを際立たせ、当人が美人であればあるほど効果が増すという危険極まりない代物。
実際俺達は脳髄に甚大なダメージを負った。
これは危険すぎる、男の夢と希望的な意味で。
「これをモンモランシーにでも着せる気?」
「ああ、何としても……着てもらう!」
握り拳を作り、頼んでもいないのに宣言するギーシュ。
モンモンが着ても似合う事は似合うだろう、シエスタよりは下だろうが。
「ギーシュ! モンモランシーが着ているとこを僕にも見させてくれ!」
「断る! モンモランシーの可憐な姿を見ていいのはこの僕だけだ!!」
「殺生な! 頼むギーシュ!」
何か喧嘩し始める二人。
「行きましょ、付き合ってられないわ」
二人を放って置き、サイトとシエスタを促す。
ギーシュにセーラー服をやれば、モンモンが着させるだろう。
マリコルヌにやったら、自分で着ると言うどう考えても危ない人にしか見えない事をするし。
いっそのことタバサとかに着せたほうが良い、食事で釣って着てもらうか……?
「ま、待ちたまえ! ゆずってくれ たのむ!」
「な なにをする きさまらー!」
飛び掛かってくるギーシュとマリコルヌを避け、一着だけ反対側に放り投げた。
二人はまるで飢えた犬、地面に落ちたセーラー服を拾おうとして走り出した。
「マリコルヌ! その手を離せ!」
「離したら僕にも見せてくれるか!?」
「断るといっただろう!」
「だったらこの衣装はやれん!」
何か取っ組み合いの大喧嘩になってきた。
お互いセーラー服に手をかけ、破れない程度に引っ張り合う。
……そこだけは手加減するのね。
だが一分もしないうちに決着、ギーシュが勝利を掴み取った。
「やったぞ! これをモンモランシーに!」
セーラー服を抱え、走り去るギーシュ。
走り去る前に、俺に礼の一つ位言っていけよ。
争奪戦に負けたマリコルヌは地に転がっていた。
「これは……ひどい」
彼女を持つものと持たざるもの、断崖絶壁のような溝があった様だ。
地球のマリアナ海溝ほどの、巨大な。
「シエスタ、あまりにもあれだから少しだけ笑いかけてもらえないかしら?」
「え、あ、はい」
少しだけ嫌そうなシエスタ、その気持ちは分かるが哀れすぎて目尻に涙が浮かびそうになった。
近寄り倒れ伏すマリコルヌに、やさしく声を掛けたシエスタ。
「あの、貴族様……。 そのように落ち込まず元気をお出しください」
微笑みかけ、マリコルヌの顔を覗くシエスタ。
その微笑みを見たマリコルヌは。
「……可憐だ」
そう呟き、シエスタは身の危険を感じてすぐにサイトの後ろに逃げ戻った。
これで十分だろう、まだ見たいというなら金でも払ってもらおうか。
「マリコルヌ、そんな事ばかり考えてるから女の子が近寄ってこないのよ? 少しは自分の体のことも考えて、身嗜みを整えなさいよ」
太い男より細い男、脂ぎった奴より断然だ。
この際美形だとか不細工だとか、それを除いて選べば自ずと決まる。
「それじゃあ行きましょ、マリコルヌもいつまでも蹲ってないで戻りなさいよ?」
俺を先頭に、サイトとシエスタは後に続いた。
「モテたい……」
3人が見えなくなった頃、マリコルヌは切に呟いていた。