「ギーシュ、もう渡したの?」
「ん? ああルイズ、勿論渡したさ!」
「なら代価を払ってもらわないと」
「……代価?」
少しだけ顔を顰めたギーシュ。
それを見てニヤリと笑う俺。
「当たり前じゃない、せっかく人が素敵な服をあげたのに礼の一つも無いなんてねぇ?」
「……あれほど素晴らしい代物を発見した事には感謝しているよ、だがね……」
「文句言わない、断るなら返してもらうけど?」
「……望みはなんだね?」
「簡単よ、それはね……」
タイトル「悩む少女達……?」
セーラー服を着たモンモランシーが教室に入ってきて、男子の視線が投げかけられ、女子からは妬みと羨望の視線を一身に浴びる。
俺の視線は男子側に属していた、セーラー服いいね。
モンモランシーは視線を独り占めできて嬉しい様だ、……劣情もあるのに。
しかしどう見てもコスプレにしか見えないから困る、事実コスプレだが。
可愛いけどなぁ、やっぱり外人さんにはブレザーと思ってしまう。
故に今度タバサにでも着てもらおう。
……外人さんには本当にセーラー服が似合わないのかを確かめるだけ、確かめるだけなんだ!
ちなみにキュルケに着せる予定は無い、……何か犯罪くさいし。
「ちょっと……、何であんた達が居るのよ」
「……良いじゃない、ケーキ持ってきてあげたんだから」
ギーシュにはモンモランシーとのお茶会に参加させてもらうよう頼んだだけ。
渋り捲くったが、セーラー服返還をちらつかせた途端了承した。
上下関係がしっかり分かってるじゃないか、ギーシュよ。
「良くないわよ、平民まで連れてきて……」
「モンモランシー、名前があるのだから名前で呼んであげないとダメよ」
「どうして平民の名前を呼んであげなきゃいけないのよ」
「簡単よ、モンモランシーが名前じゃなくて『貴族』と呼ばれたらどう思う?」
「無礼な平民には罰を与えるわ」
「その平民が貴女より強くても?」
「うっ……」
横目でサイトを見るのはモンモランシー、サイトはギーシュの隣でケーキを突付いてた。
油断しなければ、この学院の大抵の貴族に勝てるサイトだったりする。
「ぜってー太るだろ、毎日こんなの食ってちゃ」
「全部食べるわけじゃないさ、サイトの言う通り太るからね」
「残すのかよ、もったいねー」
とか何とか、金持ちの思考は良く分からんと言った感じ。
有限の資源を無駄遣いとは感心しませんな。
「それで、どうするの?」
「……は? 何が?」
ヒソヒソと、モンモンに耳打ち。
『試すんでしょう? 惚れ薬を』
「なっ!?」
椅子から飛び上がりそうになって声を上げるモンモン。
それを聞いて視線を向けてくるギーシュとサイト。
「どうかしたのかね? モンモランシー」
「な、なんでもないわ……」
「もう、少し触れただけなのにそこまで驚かなくていいじゃない」
「っ……い、いきなりは止めなさいよ」
睨みつけてくるモンモン、『知っている』事も在るが秘薬を買いに行っていると言う事も聞いた事がある。
つまりだ、記憶と照らし合わせれば惚れ薬を作っていると言う事。
そして、本来なら今この時がギーシュに飲ませようとする場面だろう。
『どうして知ってるのよ』
『浮気性のギーシュと貴女が色々な秘薬を集めている、そして調合の得意なモンモランシーが今一番望んでいる事を考えれば、ね』
『……ルイズでも分かる訳?』
『気が付いてるのは私くらいじゃない?』
人の心を察知するなんて真似、早々出来ない。
年の功を重ね、その中で数多の人間と接すればなんとなく分かるようになるかも知れんが。
少なくとも俺には無理だ。
『……それで、どうする気よ』
『効果を試すんでしょ、私が被験者になるから試してみない?』
『何でルイズで試さなくちゃいけないのよ、これを作るのに結構掛かってるんだから』
世の中は金だそうです。
『幾ら? 言い値……とは言えないけどそこそこ出せるわよ?』
『……どうしてそこまで試したがるのよ』
『人生ってのは何事も経験なのよ、苦く辛い思い出も何れは自分を伸ばす糧になると思わない?』
『思わないわよ』
豊富な経験は人を強くすると思います。
『と言うか、何でルイズはそんなに試したがるのよ』
『何事も経験よ』
『経験って……、好きでもない男性に惚れたい訳? ……まさか!』
『つまらない冗談言ったら爆発させるわよ?』
それを聞いて、あからさまに安堵のため息を吐いたモンモン。
ギーシュに惚れたいなんぞ、色々終わる気がする。
……モンモランシーに失礼か。
『……どうしても体験してみたくてね、モンモランシーからしても悪くはない条件だと思うけど?』
正しく惚れ薬として効果が出るか、その費用は被験者が全額負担。
『ついでに解除薬の費用も出しちゃいましょう』
『そうねぇ……』
『勿論禁制の品を作った事も喋らないからね?』
薬製作の経験を得られて、製作代金の全額保証。
その上、ばれたら間違いなくお咎めを受ける代物の守秘。
明らかに裏がありそうだと、訝しい表情を浮かべるモンモランシー。
断ったら断ったで、『おいおいねーちゃんよ、こりゃあ国が禁止した代物じゃねぇーか?』とか脅すつもり、原作じゃサイトがしてたけど。
『……絶対ギーシュを見ないでよ?』
『見ない見ない、眼を瞑って飲むからすぐギーシュを連れてってよ?』
『あの平民で試すわけ? いくら使い魔だからって……』
チラリと男二人を見ると、シャドーボクシングをしていた。
しかも口で効果音出しながら、子供過ぎて一瞬で脇腹が痛くなった。
『……疑問は大いに残るけど、モンモランシーもあれよね』
『……言わないで』
どうしてあんなのを好きになってしまったんだろう……、と言った表情のモンモン。
恋愛は好きになった方が負けとか、惚れた弱みとかそういったものだ。
モンモランシーがモテるとかは聞いた事ないが、ギーシュはその面で幾人もの女の子に惚れられている。
初期のギーシュはなんか『女の子と付き合うのが楽しい』と言うより、『恋愛するのが楽しい』といった感じに見える。
自分を薔薇に例えるあたり、女の子、ではなく恋愛を楽しんでいるように見えた。
まぁ、決闘イベントで人気が落ちてはいるが、やはり顔なのか好意を寄せている女の子が居ると言う訳だ。
ギーシュの事を好きなモンモランシーからしてみれば、『自分だけだ』と言われているのに他の女を見る。
いわゆる嫉妬と言う奴で、自分だけを見て欲しいと言う気持ちが有る事が良く分かる。
勿論その気持ちは理解できる、付き合って結婚してバカップルのような生活を送りたい……のかもしれん。
『それじゃあお願いね』
座りなおし、サイトを正面に捉える。
惚れ薬、薬を飲んでから初めて見た人物に惚れる。
老若男女関係無くだ。
己の意思とは全く関係ない、心を強制的に改変させる代物。
他人によって変化させられる意思、これが禁制品になる理由が尤もだ。
それを作って使用しようとしていたモンモランシー、何と恐ろしい……。
そこまで思われているのにすぐ他の女に目移りをする気障男。
ギーシュの自業自得だから、使われても可哀想とか思わないが。
一滴、ワイングラスの中に垂らされた惚れ薬。
波が走るようにワインが一瞬だけピンクに染まり、元の色に戻る。
「『ほら、これで良いわよ』、ギーシュ、ちょっとこっちに来てちょうだい」
「ん? なんだね?」
「いいから早く!」
立ち上がってギーシュの腕を掴んで引っ張る。
「おわっ! いきなり何をするんだね、モンモランシー!」
「ちょっと話したい事があるのよ!」
「話した事とは何だね?」
「その……、二人には聞かせたくない話よ!」
「二人には聞かせたくない話……? 分かったよ」
しょうがないなぁ、モンモランシーは。
とか言い出して部屋の隅、モンモンと共に俺の背後へ回った。
息を飲む、どうなるか予想だに出来ないのが怖い。
原作みたいにデレるのか、あるいはツン尖るのか。
はたまた……、文字通り予想出来ない状況に陥るのか。
解除されて恥ずかしさのあまり悶え苦しむのか……、むしろ悶え苦しむのは確定事項な気もするが。
だがやらねばならん、ラグドリアン湖に行かねばならんのだ。
瞼を閉じる、手に取っていたグラスを口に当て傾ける。
口に含み、喉へ通らせる。
「……ん、サイト」
「なに?」
黒目黒髪の、これから惚れるであろう少年の名を呼んで、瞼を開いた。
「行きましょう」
グラスに注いであったワインを一気に飲み、いきなり立ち上がったと思ったら俺の手を握ってきた。
「へ?」
「モンモランシー、近日中に持ってくるわ」
「え、ええ……」
釣られて立ち上がり、それを機に引っ張られる。
柔らかい手、抗えずにそのまま引かれる。
手を繋いだまま、部屋の外に出た。
そのままずんずんと廊下を歩き続ける。
「ル、ルイズ?」
「……そろそろ寝ましょう?」
ルイズは手を握ったまま振り返って、ニッコリと笑った。
うっ、可愛い……。
花が咲いたような笑顔、つい釣られて笑ってしまう。
頷いてルイズの部屋へと戻っていった。
手を繋いだまま廊下を歩き、途中で手を繋いでいるのを見られて猛烈に恥ずかしくなったが。
それを我慢して部屋に着き、室内へと入った。
部屋に入ったにも関わらず、手は繋いだまま。
「……その、少し後ろ向いてて」
「あ、ああ」
そう言われ、手を離そうとしたらさっきより強く握られた。
「……? ルイズ?」
ルイズは名残惜しそうに、ゆっくりと手を離す。
「……後ろ、向いてて」
恥らうように俯いて、上目使いで見てくる。
「はぅ!」
胸が痛い、肺とか心臓の病気じゃない。
ルイズにときめいたのだ、あまりに可愛らしい仕草に俺の心が悲鳴を上げたのだ。
これは拙い、このルイズはまさしく女の子。
「サイト?」
「え、あ、ああ、ごめん」
急いで後ろを向く。
それを確認してルイズが動き出した。
小さく軋む音、クローゼットの引き出しなどを開ける音。
それが途切れ、次に聞こえてきたのは擦れる音。
「……デルフ、この音ってまさかあれじゃないよな?」
「あれだよ、相棒。 娘っ子も大胆だね」
まさか、カーテンで仕切らずに……き、着替え?
いやいや、そんな事はあり得ない。
あれほど見るなと言われ、それなのに自分はカーテンで仕切らない?
いやいやいや、ルイズはそんな事するはずが無い。
じゃあ振り向いてみる? 駄目駄目! 絶対駄目だ! 命が無くなる!
もやもやとした考えの中、衣服が擦れる音が途絶える。
「……お、終わった?」
その声は返ってこず、答えは行動で示された。
後ろから手を握られた。
そのまま引っ張られ、ルイズのベッドの前まで寄った。
「一緒に寝ましょ?」
「……へ?」
あ……ありのまま、今起こった事を話すぜ……。
『カーテンを引かずにルイズが着替え終われば、一緒に寝ようと誘われた』。
な……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何を言われているのか分からなかった……。
「ね?」
気が付いたときにはベッドに引っ張り倒されていた。
握っていた手を離された時には、抱きかかえられる様に頭に腕を回され。
そのまま、ルイズの胸に抱き寄せられた。
「はがッ!?」
恐慌した、ルイズが俺を抱きしめている。
それもむ、むむ、胸の感触が感じられるぐらいにッ!!
「は、はわわ……」
「大丈夫、大丈夫よ」
それを聞いて後頭部を優しく撫でてくるルイズ。
それだけでもがこうとするのを止めてしまった。
「大丈夫よ、サイト」
まるで母が子をあやす様に、撫で続ける。
「気にしなくていいの、ただ無くさぬよう思い続ければいいの。 私が頑張るから、だから……」
頭を解放し、その手でサイトの顔に手を当てるルイズ。
「気にしなくていいわ、大丈夫よ」
そのまま、額にキス。
また抱きしめられた。
そんな行動に、サイトの思考はヒートアップ所かオーバーヒート。
ルイズのあまりの変わりようと、仄かにルイズの甘い香りが漂い、感極まったサイトは気絶してしまった。
「……はッ!?」
と眼を覚ませば、視界は暗い。
感じるのは軽い圧迫感、頭に何か巻かれ……。
「くぁwせdrftgyふじこlp;@!」
ルイズに抱きしめられていた。
「……起きた?」
もがく俺を見て、ルイズはやさしく微笑み抱き起こされた。
「どうしたの?」
「い、いや……」
訳が分からない、この子は本当にルイズですか?
勿論答えてくれる者は居ない。
誰か、誰か教えて!
「……そう、着替えるから後ろ向いててね?」
「ああ……」
ベッドから降りてドアの方を向き、床に転がっていたデルフと剣を取る。
「……なぁデルフ、おかしくないか?」
ひそひそと語りかける。
「これでおかしいと感じなきゃ、相棒の方がおかしいよ」
そりゃそうだ、あからさまに態度が変わったのに気づかないなんて鈍感過ぎる。
……でも、どうして急に変わったんだ? 昨日の夜から急におかしくなったし……。
「サイト、朝食を食べに行きましょ」
「え、ああ」
声を掛けられ考えを中断、着替え終わったルイズはそのまま流れるように手を握ってきた。
いや、手を握ると言うより絡めると言ったほうが適切なぐらいに変化した握り方。
「行きましょう」
……これはきつい、これほどまでの美少女が俺の手を握る。
昨日も感じたときめき、物凄く痛いのに心地良いのだ。
俺は駄目なのか? 変態になっちまったのか?
お、俺はマゾなんかじゃない! 違うったら違うんだ!
「ほら、行きましょ」
引っ張られる、それに釣られて歩く。
サイトには抵抗すると言う考えは浮かばなかった。
「マルトー、朝食は出来てる?」
「……へぇ、出来てますが……」
おやっさんの視線が俺とルイズの絡まった指に注がれていた。
繋がれていない右手で『違う違う』と顔の前で振る。
ルイズが居る所で『ルイズがおかしくなった』と言えなかったサイト。
言ったらルイズが悲しみそうで口に出せなかった。
「毎朝ありがとう、マルトー。 他の皆もありがとう」
ニッコリとおやっさんと、その他大勢の調理師やメイドさんたちに感謝を述べるルイズ。
その笑顔を見た者達がぴたりと止まる、なんと言う破壊力か。
やはり可愛……、ハッ!?
「おはようございます、ルイズ様、サイトさん」
と、圧倒的でとても冷たい怒気を感じて視線を移せば笑顔のシエスタが立っていた。
「お、おはよう……」
「おはよう、シエスタ」
同じく笑顔で挨拶を返すルイズ。
や、やめて! なんか挑発してるように見えちゃう!
「モテモテですね、サイトさん」
「い、いや、シエスタ……、これは──」
「シエスタ、朝食は食べた?」
言い訳しようとしたら、ルイズが割って入ってきた。
「え、食べましたが……」
「そう……」
そう言って俺と手を繋いだまま、シエスタに歩き寄り。
「お昼は一緒に食べましょ?」
シエスタの手を握った、勿論握り方は絡める様に。
「ル、ルイズ様……?」
「嫌?」
「い、嫌ではありませんが……」
と助けを求めるかのように俺を見てくるシエスタ。
俺も助けて欲しいです。
「シエスタ! い、一緒に食べようぜ!」
助け舟ではないが、一応話しておきたい。
「……はい、わかりました」
「そう、良かったわ」
微笑む、それを見てシエスタが『はうっ』と小さく声を上げた。
やべぇ、女の子にも有効なのか、ルイズの微笑みは。
調理場の端、テーブルに並べられる料理。
一通り並べられ、椅子が引かれる。
だがルイズは座らず、メイドさんに断って椅子を動かした。
「ル、ルイズ?」
「何?」
俺の隣、ルイズは椅子をぴったり付けて座る。
座れば肩が触れ合い、少し座りにくい。
ナイフとフォークを取って食べ始めるルイズ。
後ろではシエスタの視線が凄まじい。
「えっと……、食べにくくない?」
「全然」
な、なんだ!?
なぜくっ付くのか!?
「はい、サイト」
「へ?」
向けられたフォークにはナイフで切り取った肉。
まさか……。
「あーん」
「ちょ、ちょっと待った! 俺の分はあるから!」
「そう? 男の子だし足りないかと思って」
そう言って引っ込め、自分の口へ運ぶ。
租借、肉が噛み磨り潰されルイズの喉を通る。
唇に付いたソースを舌で嘗め取った。
それを見ていた俺を見て、妖しく微笑んだ。
「………」
鼻血とか出てないだろうな……。
ナイフを置き、鼻をさする。
良かった、鼻血は出てないようだ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
顔を覗き込んでくるルイズ、なんかこのルイズは色々とやばい……。
朝食が終わり、部屋に戻る。
勿論手は握ったまま、勘弁してください……。
「ルイズ、授業に出なくていいのか?」
「出なくていいわ、そんな事よりも大切な事が有るもの」
手を繋いだままベッドに座る。
状況に寄っちゃいい感じなのだが、そういった気分になれない。
それからは昼まで話していた。
「何か欲しい物は無い?」
「私の家の事を話してあげる」
「サイトの家の事を話して」
「秋葉原ってどんな感じ?」
「近々お米を炊いてみようと思うの」
と差し障りの無い話に興じた。
俺の家族の話をすれば、眉を顰めて悲しそうな顔になったり。
ルイズの使い魔で良かったと言うと、はにかんだように笑い。
平民の扱いが悪すぎると言えば、共感して怒り出す。
話せば話すほど、ルイズの表情がころころ変わっていた。
弾む会話とルイズの表情で時間の経過を忘れる、気が付けば昼前になっていた。
昼と言えば朝約束した昼食、シエスタと食べるのだがあの静かな怒りを湛えた笑み。
あれをもう一度見るのか……、と内心ビクビクしていた。
「もうお昼?」
「もうすぐ昼飯時」
「……そうね、行きましょうか」
話してる間も手を繋ぎっぱなし、気持ち悪くないかと聞いてもそんな事は無いと返事を返してくる。
正直手のひらは汗でかなり湿っているのだが。
手を繋いだまま立ち上がり、ドアへ向かって歩くとノックが聞こえてきた。
「だれ?」
「……私です、シエスタです」
それを聞いてドアを開ける。
開けた先にはシエスタがバスケットを持って立っていた。
「お食事……お持ちしました」
シエスタの視線は繋がれた手、とても怖い。
「外で食べましょ? ね、シエスタ?」
そんなシエスタとは対照的に、笑顔で迎えるルイズ。
シエスタの手を取り、そのまま引っ張られた。
広場に出ると、一角に空いてるテーブルを見つける。
いい場所が開いていたとルイズが笑顔を輝かせ、走り寄った。
そこに陣取り、椅子を隣り合わせに並べるルイズ。
「ほら、早く早く!」
「あ、ああ……」
「わかりました……」
この子誰? そう言えるほどの変わりよう。
それを見たシエスタが困惑の表情を浮かべていた。
「……サイトさん、その、ルイズ様はどうかなされたんですか?」
「……昨日の夜から急におかしくなって……、今までずっとこんな感じ」
いい加減ルイズの異変に気が付いたシエスタ。
いつもの威厳溢れるような凛とした姿ではなく、無邪気にはしゃぐ子供そのもの。
「……いきなりおかしくなって……、どうしたら良いんだろ」
急激な変化に戸惑い、何をしたら良いのかわからない。
戻す、と言っても方法もわからないし、どうして急に変わったかすらもわからない。
「いきなり、ですか……」
「もう、何やってるの!」
走り寄ってきたルイズに手をつかまれ、二人して引っ張られる。
「サイトはこっち、シエスタはこっち」
3つ並べられた椅子、その真ん中にルイズは座り。
その両隣に座ってと手で示した。
示されるまま椅子に座り、ルイズが嬉々としてバスケットを開いた。
取り出されるサンドイッチ、それを手渡しで受け取る俺とシエスタ。
それを確認して、ルイズは自分の分を取ってかぶりついた。
「……うん、美味しいわ」
「美味い、美味いよシエスタ!」
本当に美味しい、コンビニとかで売ってるサンドイッチより断然。
笑って二人してシエスタを見る、それに答えるかのようにシエスタも笑う。
見ようによっちゃ、3人の家族に見えなくも無いと思う。
俺が父親、シエスタが母親、ルイズが娘……、そう言ったら怒りそうだけど、そう見えなくも無い。
……はぁ、俺何考えてるんだろ。
「……サイトさん」
「……なに?」
「ルイズ様の様子、心当たりがあるんですが……」
「ああなった原因わかるのか!?」
「ええ、わかるんですが……」
昼食後、お腹一杯で眠くなったのかルイズは瞼をこすっていた。
聞けば昨日ずっと起きていたらしい、つまり俺の寝顔を一晩中見ていたらしい……なんてこった。
とりあえず昼寝しようとルイズの部屋に戻り、なぜかシエスタと3人で手を繋いだまま川の字になって寝ていた。
……ベッドに横になり数分もしないうちにルイズは寝て、シエスタと話すチャンスが出来て今に至る。
「たぶんですけど、惚れ薬だと思います」
「ほれぐすりぃ!?」
ファンタジーの代名詞と言っても良い『魔法』に並ぶだろう道具、『惚れ薬』。
やっぱりと言うか、当たり前と言うか存在していた惚れ薬。
つまりルイズは惚れ薬を飲んで、俺に惚れたと言うわけか?
「はい、惚れ薬だと思うんですが……、国が定めた禁制品なんです。 それなら急激に変わったのも説明できますし……」
「きんせいひん……、使っちゃいけないって事?」
「はい、作るのも禁止されてたと思います」
「そんなもん使っちまったって訳か……、でもどこで使ったんだろう……」
「飲んで初めて見た人を好きになる代物なんですが、そんな物をルイズ様が進んで飲むとは思えませんし……」
「飲み物?」
「はい、飲むタイプしかないと聞いた事有ります」
……飲む。
昨日の夜、ルイズがおかしくなる前になんか飲んでなかったか? モンモンの部屋で。
……ルイズの部屋に戻る前に飲んでたワイン?
長い事眼を閉じていて、ワインを飲んだ後だ。
それからだ、それからルイズがいきなり手を握りだしてきたのは!
「そうか、あいつらか……」
「あいつら? 飲ませた人が分かったんですか?」
「ああ、ちょっと問いただしてくる」
そう言って起き上がり、今だ強く握られる手に気が付いた。
指の一本一本、ゆっくりと確実に外していく。
失敗して起きたらずっと握ってきそうで怖い。
「……よし、ごめんけどルイズの事見ててくれないか?」
「はい」
シエスタは強く頷き、俺は二本の剣を担ぐ。
あの二人、ルイズをこんなにしてくれてどうしてくれようか……。
手を組んで、鳴らない指を動かす。
ふふふふふ、と笑いながら部屋を出て行くサイトであった。
ルイズの部屋から出て走り回る事十数分、食堂から出てくる金髪縦ロールと金髪気障男を発見。
直ちにホバクする。
「たてろぉぉぉぉおおおおおるぅぅぅぅうう!!!」
叫びながら走り寄って来る、おどろおどろしいサイトの姿にモンモランシーは軽く悲鳴を上げ。
それを服装から辛うじてサイトだと判断したギーシュはサイトに呼びかける。
「サ、サイト!? どうしたんだね!?」
「ギィシュゥ! そこをどけェい!」
「モンモランシーに何の用があるんだね!?」
ギーシュがモンモンをかばう様に立ちふさがる。
「ルイズの事で話がある!!」
それを聞いたモンモランシーが『うっ』と声を上げる。
モンモランシーのうめき声を聞いたサイトは確信した。
「やっぱり……、俺が言いたい事分かるよなぁ?」
「……分かるわよ」
「ならどうにかしてくれ!」
「いいじゃない別に、あんな状態のルイズを見れるなんて」
「良くない!」
「ちょっと待ってくれ! 一体何がどうなってるんだい!?」
会話の意味がわからないギーシュが割り込んでくる。
「この縦ロールが!」
「縦ロールって言うな!」
「だから落ち着きたまえ!」
いちいちギーシュが割って入ってくるので説明してやった。
「は? 今何と?」
「だからぁ、惚れ薬って言ってんだろ」
「ほ、ほれぐ──!」
「ちょ! 大声で言わないでよ!」
モンモンは慌ててギーシュの口を塞ぐ。
「な、何でそんなものを入れたんだね!」
「……ルイズが自分から言い出したのよ、飲んでみたいって」
「ルイズが?」
「そうよ、……その、確かに惚れ薬は作ったけど、言い出したのはあの子なんだから」
ルイズが自分で? あのルイズは意味のない事をするタイプとは思えない。
惚れ薬を飲む事に意味があったのか?
いや、そんな事よりさっさと解除してもらわないと。
「ルイズが頼んだのはわかった、だけど俺は何とかして欲しいんだよ」
「見てたわよ、あのルイズがあんな風になるなんて見ものだったわ」
「作ったのはモンモンだろ! 他人事みたいに言わないで、早く何とかしてくれよ!」
「ほっといてもそのうち治るわよ、貴方だって貴族に惚れられて気分がいいでしょ?」
「よくねぇ! そのうちっていつだよ!」
「個人差があるし、一ヶ月か一年か……」
「な……」
あんな状態が一年も……?
堪ったもんじゃない!
「ふざけんなよ! 解除薬とかあるんだろ!? それよこせ!」
一歩前に出る、睨みつけるようにモンモンを見た。
「わ、わかったわよ! でも、解除薬作るための秘薬が足りないのよ。 惚れ薬で全部使っちゃったし、値段も張るからすぐに買えないし……」
約束したお金もルイズからまだ貰ってないのよ、と付け加えた。
「幾らだ、幾らいるんだ!」
「500エキュー位いるわよ」
「ずいぶん高価な薬だね……」
それを聞いてポケットを弄る。
女王様から貰った金貨や宝石を手渡した。
「これで足りるか!?」
「すごい……、って平民の貴方が何でこんなに持ってるのよ!」
「勘違いすんなよ、泥棒とかしたわけじゃないからな! いいか、これで高価な秘薬とやらを買ってすぐ作れ! 良いな!!」
何度も念を押してモンモンに約束させた。
「ただいま……」
小声、そっとドアを開けて部屋の中を覗くと二人ともベッドに横になっていた。
結構長い時間話してたのか、部屋に戻った時には日が暮れていた。
「サイトさん」
「解除薬、作ってもらう事になったよ」
「それは良かったです……、サイトさん」
「ん?」
「私、お仕事が有るそうなんでそろそろ……」
「あーごめん、面倒見てもらって……」
「いえ、問題ありませんから。 他の皆だって、ルイズ様のお世話なら喜んでしますよ?」
「そ、そうなのか……」
今までのルイズを見てたら、そりゃあ慕われるのはわかる。
でも喜んでってのは行き過ぎな気も……。
「それじゃあ私、行きますね」
「ああ」
ゆっくりと指を外し、ベッドから降りるシエスタ。
少しだけベッドが軋み、揺れたルイズが小さく声を出した。
「は、早く行くんだ!」
「は、はい!」
今のルイズに捕まれば仕事どころではない。
指と言う鎖に絡められ、寝食共にしなければいけない。
慌てて出て行くシエスタ、ドアが閉まるとほぼ同時にルイズが眼を覚ました。
「……ん、サイト?」
「な、なんだ?」
「……シエスタは?」
「仕事があるから行っちゃったよ」
「そう」
み、見られている!?
「な、なに?」
「いえ」
ルイズがベッドから降り、立ち上がる。
その瞳、妖しい光が映りこんでいた。
それを見て震えが来る様な悪寒、ここに居たら危険だと警報が鳴った。
「ル、ルイズ……?」
「なに?」
歩いてくる、ゆっくりだが確実に距離を詰めてくる。
それに反応して同じ距離だけ下がる。
「……どうしたの?」
「い、いや……」
また一歩、また一歩。
だが下がれる限界はすぐに訪れた。
背後にはドア、これ以上下がる事は出来ない。
「た、助けてデルフリンガー!」
「オレは道具だ、相棒」
なんて使えねぇ剣だ!
デルフを投げ捨てながらドアへ向かって振り返り、ノブを掴む。
「ッ……あれ!?」
ドアノブが回らない、幾ら力を込めようと微動だにしない。
「な、なんで? なんで!?」
ガチャガチャと必死にドアノブを回そうとする。
何で回らないの!?
「『ロック』よ、ドアは開かないわ」
そう聞こえた時には、背中に抱きつかれた。
「ねぇ、サイト」
「な、なにかな……」
「どうしたらいいと思う?」
「……何が?」
「良く分からないの」
黙って聞く。
「とてもぐちゃぐちゃで、めちゃくちゃで、ずっとぐるぐる回ってるの。 とても痛いの、ズキズキするの、刺されたような痛みって言うのかな。 サイトを見てるととても痛いの」
「そ、それは……」
「わかってるの、これが薬のせいだって。 わかってるのに、とても痛いの。 もう我慢できそうに無いの、ねぇサイト」
「………」
「どうしたら良いと思う?」
胸に回した腕が震えている。
訳が分からなくて混乱してるのか?
つまり、持て余してるの?
「明日になったら治るから、今日まで我慢してくれ」
「……一緒に寝てくれる?」
「ああ、なんなら手だって繋いでやる」
「……うん」
「……え?」
エスカレートした。
昨日はベッドに押し倒されて抱きしめられた。
今日はベッドに押し倒されて抱きつかれた。
どこが違うって? ……それはルイズが俺の胸の上で抱きつくように乗っていたのだ。
「……は?」
見た目どおり、軽いルイズ。
俺の胸に頭を乗せ、摺り寄せるように。
見上げるように、上目使いで見つめてくる。
「ルイ──」
ルイズの右手親指が、俺の唇を撫でた。
ルイズの左手は、俺の右腕を抑えている。
足を絡め、体をこすり付けるように。
「……サイト」
あれ? もしかして……。
「サイト」
まさか、罠?
あの震えてた腕とか、不安そうな顔は……全部嘘?
「サイトォ」
顔に絡み付くような指。
鳴き上げる甘い声。
それを聞くだけで痺れる、視界が真っ白になるような酷い感覚。
「あぁ、サイト」
「ッ!」
首筋に掛かる吐息。
その次には唇が、俺の首筋に触れる。
吸い上げる、印を付けるように強く。
「ッはぁ、ぁっ……」
何度も何度も、吸い付けては離し、また違う場所に吸い付く。
力ずくで引き離す事が出来なかったせいで、鎖骨から頬近くまでいくつものキスマークが付いていた。
言葉を発さず、見ればルイズの潤んだ瞳。
ゆっくりと迫ってくる唇。
「はッ」
息が漏れる、俺を求めるルイズの背に手を回そうとしていた。
抱きしめよう、強く、強く。
ルイズのように強く、求めて、抱きしめて……どうする?
そう考えて、抱きしめようとした手が止まった。
今のルイズは薬でおかしくなっているだけだ。
モンモンが言ったように一ヶ月か一年か、解除薬を飲まなくても何れ効果が切れる。
その時になって、後悔してしまわないか?
勢いに流されて、おかしくなっている時に付け入って、人に話せないような事をしていいのか?
今のルイズは本当の気持ちなのか?
絶対に違う、禁制品になるような強力な薬でおかしくなって居るだけだ!
「ッ待て待て待て!!」
「あっ」
悶絶一歩手前で気が付き、ギリギリで顔を逸らしてもがいた。
するとルイズはコロンと俺の上から落ちる。
チャンスとばかりに、すかさず逃げてベッドから転げ落ちた。
「いてて……」
起き上がり、ベッドから離れる。
「サイトォ……」
見れば切なく俺を求めるルイズ。
それを聞くたびに、頭が熱くなる。
そう、熱くなって、冷める。
今のルイズは薬でおかしくなってるだけだ。
明日になれば、解除薬を飲んで元のルイズに戻るんだ!
そう思いながら、一晩中狭い部屋で追いかけっこをしていた。
「……サイト、ずいぶんやつれてるが何があったんだね……?」
翌日の夕方、何とかルイズの猛攻をかわし続け。
半場ルイズから逃げるようにモンモンの部屋に来た。
「……ルイズに襲われた」
「襲われた? ルイズに?」
「……ああ」
鏡を見たら目の下に濃いクマが出来ているだろう。
一晩中ごたごたしていたのだ、半端なく疲れていた。
「……聞くが、どういう意味で襲われたのかね?」
「……性的な意味で」
「なッ!?」
ギーシュが大げさに驚いた、うるさいから大声上げるなよ……。
「で、モンモン。 解除薬は?」
「……作ってないわ」
「……は? 今なんて?」
「だから、作れなかったのよ」
「……はぁ!?」
作れない……?
解除薬が、作れない?
「なぁんだそりゃぁぁ!!!」
怒号、物凄い怒りが湧いてきた。
今剣を握ればすごい事になりそうだ。
「どういうことだぁ!! 作れないってぇぇ!?!?」
「ひ、秘薬が売ってなかったのよ!」
「売ってなぃぃ!? モンモンはどこで買ったんだよ!!」
「同じ店で買ったのよ、でも売り切れてて……」
「じゃあいつ手に入るんだよ!」
「わからないわよ、入荷の予定がずぅーっと無いって言ってたし……」
「……何だそれ、ふざけんなよ……」
項垂れ座り込む。
これから毎晩あのルイズに襲われちまうのか……?
「サ、サイト、元気を出すんだ。 君はルイズの事は嫌いじゃないんだろ?」
「……嫌いじゃねぇよ、好きなほうだよ……」
「なら良いじゃない」
「良くねぇぇぇ!!! その秘薬はどっから取ってくるんだよ!?」
勢いよく立ち上がり、モンモンを見る。
「……ラグドリアン湖に居る水の精霊の涙なんだけど、最近連絡が取れなくなったらしいの。 だから秘薬を手に入れられないのよ」
「こっちから行けばいいだろ! さっさと準備しろ!」
「は? 何で私が──」
「……禁制品」
「うっ」
小さくうめくモンモン。
とどめの一発をお見舞いしてやる。
「そうだ、一つ良い事思い出した」
「良い事? 何だね、それは」
「姫さま……今は女王様か、その女王様とルイズは親友なんだよなぁー」
唐突な、凄まじい事実。
幼少の頃から遊び相手を務め、今も大の仲良し的な二人。
「……え?」
「直接会う機会があってなー、使い魔の俺に絶対ルイズを守ってくれって言われちゃったんだよなぁー」
その大事なお友達が別人のようになってしまいました。
さて、ルイズがそうなってしまった原因を作った人はどうなるでしょう?
「………」
「その女王様にルイズがこんなになってしまいましたって、言ったらどうなるかなぁー?」
みるみるモンモンの顔色が悪くなる。
ギーシュも想像したのか、息を呑んだ。
「あーあ、女王様はめちゃくちゃ怒るだろーなー。 牢屋に入れられる所か、縛り首とかになっちゃうかもなー」
「い、いいいい、行くわ、ラグドリアン湖に行くわ!!」
「わかってくれたかモンモン!」
「も、勿論よ! 準備にちょっと時間掛かるし、明日の早朝にしましょう!!」
「そうだね、さすがにルイズをそのままにしておくとばれかねないね。 勿論僕も付いていこう、サイトが居るとは言えモンモランシーの騎士である僕が行かないわけにはいくまい」
「……別にギーシュは付いてこなくて良いわよ、よわっちいし」
「何を言うんだい、わが恋人よ。 君を一人で行かせるわけ無いじゃないか」
あはははは、と笑うギーシュ。
「つか、お前の浮気が一番の原因なんだけど」
「……そうよ! ギーシュが私だけを見てくれればこんな事にならなかったのよ!」
「へ?」
「この落とし前、きっちり取って貰わないとなぁ……」
背中に担いだ剣の柄を握る。
モンモンは杖を取り出す。
「え? え?」
俺とモンモンを交互に見るギーシュ。
「ちょ、ちょっと待──」
五分もすれば、ぼろきれの様なギーシュが出来上がっていた。