部屋に戻っても昨日と変わらず、迫り来るルイズから逃げ回る。
寝不足で疲れている体に、二日連続の追いかけっこは過酷であった。
サイトが居ない時寝ていたルイズは体力が有り余り、ついにはサイトを追い詰める。
進退窮まり、サイトはついに奥義を繰り出した。
その名は『ガンダールヴ』、眠気や疲れを無理やり吹き飛ばし逃げ回る。
端から見れば滑稽だろう、だが当人達にとっては色々と死活問題であった。
タイトル「ガンダールヴはとってもつおい……?」
夜が明け、翌日の早朝。
まるで聳え立つ壁のような馬、王子様から手紙を返してもらう時にルイズが乗っていた馬。
名前は『クラウン』って言うらしい、ギーシュやモンモンが乗る馬より一回り以上デカい馬。
筋骨隆々? 改めて見るとすんげぇ筋肉とか盛り上がってるよ、この馬。
「……サイト、本当に大丈夫かね……?」
「平気平気、さっさと水の精霊の涙ってのを手に入れようぜ、は、ははは」
「……そんな乾いた声で笑わないでくれたまえ、少し怖いから」
そんなギーシュの言葉を聞き流す。
馬を見上げつつ、右腕に絡みつくルイズを感じる。
本当ならシエスタに任せて3人だけで行くはずだったのだが、おれが居ない間ルイズはおれの名前を呼びながら学院中探し回っていたらしい。
学院に置いておけば、それこそ帰ってくるまで探し続けるかもしれない。
惚れ薬がバレるとか言う以前に、あらぬ噂が飛び交う事必至なのは勘弁して欲しかった。
「馬に乗るから、ちょっとだけ離してくれ、な?」
「うん」
断って離してもらい、鞍の足掛けを使って跨ぐ。
それを確認してから寄って来るルイズに手を差し伸べる。
手を取り一気に上り、ストンと馬背の左向きに座るルイズ。
その肩は寄りかかる様に、俺の胸に触れていた。
「はぁ……」
悩ましいため息、と言えば良いのか。
ルイズを見れば、ずーっとこっちを見つめっぱなし。
夜の時と同じように、妖しい光を瞳に宿している。
「は、はは、ははは」
めちゃくちゃ疲れる旅になりそうだ。
馬を走らせて数時間、道中悉くちょっかい掛けてくるルイズに疲弊しながら昼ごろ湖に到着。
手綱握ってるのに、わき腹突付いてくるのは止めて欲しい。
何度か落ちそうになり、怒ろうと思ったのだけど……。
「ふふ……」
と艶やかに笑うルイズ、俺の反応を楽しんでいるようだった。
それを見たらなんか怒る気が無くなった、この笑顔は反則だろ!
「はぁ……」
「……どうしたの?」
「いや……、何でもない……」
「まさか……、どこか怪我でも!?」
「のわっ!」
そう言いながら上着を捲って腹や胸を触ってくるルイズ。
とうとう人目を気にせずに襲い掛かってきた!
「怪我なんかしてない! してないから!」
「……本当に?」
「今見てどっか怪我してたか?」
「してなかったわ」
「だろ? だから怪我してない」
と、そんな会話を聞くギーシュとモンモランシー。
「……モンモランシー、ルイズに飲ませたのは本当に惚れ薬なのかい……?」
「惚れ薬……、のはずよ。 何度も確認して作ったんだから間違えてない……はず」
「言い切れないんだね」
「作り方や材料だって全然違うのよ? どう間違ったら惚れ薬の材料で媚薬みたいなのが出来るのよ」
「そうは言ってもね、あれは……その、少々異常だと思うが……」
もう一度ギーシュは二人を見る。
べたべた、と言うかルイズがサイトに抱きついてしまっている。
「なんて羨ま……、ゲフンゲフン」
モンモランシーの鋭い視線にあわてて咳をするギーシュ。
「とにかく、あれは本来の惚れ薬の効果とは違うんだね?」
「いえ、惚れ薬の効果事態としては正しいと思うけど……」
「ふむ……」
「惚れ薬は飲んでから初めて見た人に惚れるのだけど、元からある感情も大きく増やすのよ」
「元から? ならルイズは最初からサイトに?」
「その可能性が大きいと思うわ、元から大きな気持ちがあったのなら、ああなっても不思議じゃないと思うけど……」
「なら僕が飲んでもあんな風にならないと?」
「……そうね、すぐ他の女に目移りするギーシュじゃ、あんな風にならないでしょうね」
「そ、そんな事無いさ! 僕だってあんな風になってたさ!」
「……そう、帰ったら確かめてみましょうか」
そう言ってモンモランシーはニヤリと笑った。
しまった、とそう思った時にはもう遅い、ギーシュはモンモランシーの手の内だった。
「それにしても……、水かさが異常に増えてるわね……」
「水面に……屋根? 水没してしまっているようだね」
モンモンは馬から下りて、波打ち際まで歩み寄り水に指先を付ける。
「……水の精霊が怒ってる、何に対して怒ってるのかわからないけど」
「水触っただけでわかるのか?」
「水のメイジは『水の流れ』が見えるから、そのくらい簡単にわかるわよ。 ましてや『モンモランシ家』だもの、わからないほうがおかしいわ」
今だおれに抱きついたまま、ルイズが注釈を入れる。
最初のほうは抱きつかれ恥ずかしかったが、何時間もその状態が続けば慣れてしまった。
「へぇ、モンモンの家って結構凄いのか」
「水の精霊とトリステイン王家とは旧い盟約で結ばれているの、その際の交渉役を何代も勤めてきたわ。 ……今は他の家が勤めているけど」
「なんかあったのか」
「父上が馬鹿なこと言って、水の精霊の機嫌を損ねたのよ。 そこら辺の貴族よりよっぽどプライド高くて、機嫌を損ねたら大変なのに……」
手を額に当て、眼に見えて落ち込むモンモランシー。
大事な役目を降ろされたのは相当堪えたようだった。
「水の精霊ってどんな姿してるんだ? 文字通り水なのか?」
「当たり前でしょ、『水』の精霊なんだから水で出来てるのよ」
「形は? RPGだと大体女性の姿してるよな」
「あーるぴーじーと言うのが良く分からないけど、基本的には交渉役の姿を取る事が多いわ。 そうね、大体はとても……」
「もし、貴族様方」
モンモランシーの言葉を遮って現れたのは初老の男。
どうやら隠れてこちらを見ていたようだ。
「何か用?」
「貴族様方は水の精霊への交渉に参られたのですか? それなら助かった! この水を何とかして欲しいもんで」
それを聞いた一行、確かに交渉しに来たが水かさを下げてもらいに来た訳じゃない。
「いえ、私たちは……」
「わかったわ、水かさを下げてもらうよう頼んでみましょう」
「本当ですか!?」
「ちょ、ルイズ!? 何言ってんのよ!」
簡単に出来るわけ無いじゃない! と声を荒げて抗議するモンモランシー。
「そんなに難しいのか?」
「簡単に聞き入れてくれるなら交渉役なんて必要ないわよ!」
「ダメねぇモンモランシー、状況を利用したらいいじゃない」
「……状況? 何を使おうって言うのよ」
「水の精霊が怒っている原因を取り除けばいい、そうすれば色々都合がいいわ」
「原因って……、私たちが手におえないものだったらどうするのよ」
「問題ないわ、簡単だもの」
「簡単って、どうして怒ってるのか知ってるの?」
そう聞くが、ルイズは口を閉ざしてサイトを引っ付き始める。
「ちょっと教えなさいよ!」
「……いいじゃない、夜になれば分かるんだから」
「あの、貴族様方……。 わしらの嘆願は……」
「数日中に水かさを下げてもらうから、安心しなさい」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
何度も頭を下げる初老の農夫、だがルイズは一遍も見ずにサイトの胸に顔をうずめたり、撫で回していたりしていた。
サイトはサイトで嬉し恥ずかし、引き剥がしてくっ付かれ、くっ付かれて引き剥がすを繰り返していた。
「答える気なさそうだし、水の精霊に何で怒ってるのか聞いたほうが早くないか?」
引き剥がしながらモンモンに言う。
言う必要が無いってんなら、水の精霊に聞いたほうが早そうだ。
「……はぁ、全くイライラするわ。 何で私がこんな目に……」
一頻り頭を下げた後、初老の農夫は去り。
モンモンはブツブツ呟きながら、腰に下げた袋から一匹の蛙を取り出した。
見事なほど黄色い体に、これは触ったら危険だろうと思わせるような黒い斑点。
昔テレビで見た、アマゾンとかのジャングルに居るような毒を持ったカエルに見えた。
「うえ、何だそのカエル」
「何だとは失礼ね、私の使い魔の『ロビン』よ。 馬鹿にしないでちょうだい」
そういいながらモンモンは針を取り出し、指の腹に突く。
小さな赤い玉、血で出来たそれをカエルの頭に垂らした。
「良い? ロビン。 私の旧いお友達、水の精霊を見つけてきてちょうだい。 見つけたら『盟約』の持ち主の一人が話をしたいと告げて」
「げこ」
と一度鳴いてピョンピョンと波打ち際に向かって飛び跳ねていく。
「呼びに行ったのか?」
「そうよ、見つかったら呼んで来てくれるわ。 ……覚えていたらの話だけど」
「ほんとに呼んできてくれるのか? 来ませんでしたじゃ話にならねーぞ」
「水の精霊次第よ、こればっかりはどうにもならないんだから」
ほんとに大丈夫なのか? 来てくれないと真剣に困るんだけど。
馬から下りて、同じように降りてきたルイズを抱きかかえる。
本当なら、女の子特有のこの柔らかい感覚を堪能したい所だが、『おかしくなっている』と考えればそういう気分に成れなかった。
「『水の精霊の涙』か……、見たこと無いんだがどういう物なんだい?」
「正確に言えば涙って言うのは比喩よ、本当は体の一部なのよ」
「体の一部ぅ? 切り取ったりするのか?」
「切り取る、と言うか分けて貰うのよ。 直接貰わなきゃいけないのに、街の闇屋はどうやって仕入れてきているのか見当もつかないわ」
モンモンがそう言い切った時、湖の水面が大きく膨れ上がった。
光を放ち輝いて、見る間に大きくなり始める。
「……もしかして、あれが?」
「そうよ、交渉するから少し黙ってて」
そう言われて黙る、湖のほうを見れば水の塊が縦長く伸びている。
なんつーか、グネグネ動いて気持ち悪い。
外見はあれだが、太陽の光を反射していて綺麗と言えば綺麗かもしれない。
「わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。 水の使い手で、旧き盟約の家系の一員よ。 カエルに付けた血を覚えているなら、私たちにわかる言葉で返してちょうだい!」
またグネグネと動き出し、水の塊がモンモンの姿へと模った。
そしてどこからか聞こえてくる、震える声。
「覚えているぞ、単なる者よ」
「良かった、水の精霊よ! お願いがあるの」
「聞こう」
「あつかましいと思うけど、貴方の一部を分けて欲しいの!」
またもグネグネ、あれは考えている動きなんだろうか……。
揺れが収まり、水の精霊の表情が笑顔に変わった。
「お、OKなのか?」
「断る、単なる者よ」
ごくあっさりと断られた、なら笑うなよ!
「……サイト、お願いしてみなさい」
「へ?」
「サイトなら、聞いてくれるわ」
そうルイズが言って、モンモンが反対した。
「無理よ、意味が無いから黙っててよ」
そうは言っても、モンモンよりルイズの言葉のほうが重要なので実行してみた。
「なぁ、水の精霊さん。 出来る事なら何でもするから、一部を分けてくれないか?」
「ちょ、あんた!」
水の精霊が揺れる、今までの中で一番揺れる。
時折光りながら激しかった揺れは落ち着き、どこからとも無く声が聞こえてきた。
「よかろう」
「え!?」
頷いてくれるとは思わなかったんだろうモンモンが思いっきり驚いた。
「何でもすると言ったな」
「は、はい!」
「ならば、我に仇成す貴様らの同胞を撃退してみせよ。 我は水を増やす事で手一杯、今まで奴らにいい様にされてきた」
同胞? 仲間ってこと?
そいつらが水の精霊を攻撃してる?
「同胞って?」
「そのままの意味だ、貴様ら人間が我に対して攻撃を仕掛けてきている。 その者らを撃退して見せれば、我が一部を進呈しよう」
「水の精霊に攻撃って……、相当な使い手かもしれないわね。 ……そんな奴と戦いたくなんて無いわよ」
「モンモンは戦わなくていいよ、おれがやるから」
水の精霊を見る。
「そいつらを撃退してやる、だから約束守ってくれよ!」
「約束を守らぬ理由が無い、信に足る結果を見せれば我が一部を進呈しよう」
よし、ばっちり聞いた。
後は襲ってくる奴らをぶっ飛ばすだけだ!
そう思いながら腹が減っては戦は出来ぬ、来る襲撃者をやっつけるために昼飯の準備をする事と成った。
「直接攻撃している? そんな奴らを相手に出来るのかね……?」
水の精霊を攻撃してる奴らは、湖のそこに居る精霊の本体を直接攻撃してるらしい。
モンモンが言うには水に触れるとアウトらしい、だから空気の球の中に入って、湖の底を歩く。
本体を見つけ次第攻撃、と言うわけだった。
そんな奴が相手なら、仮眠を取っといて正解だった。
「命知らずでしょうね、それをやるだけの実力があるのだからそうも言えないでしょうけど」
「トライアングルかスクウェアか……、どちらにしろ手ごわい敵のようだね」
「関係ねぇ、そいつらをさっさとぶっ飛ばして涙を手に入れる!」
既に日が落ち、あたりは双月の光で照らされている。
一行が居るのはガリア側の湖畔、水の精霊が言うにはいつもこっち側から来るらしい。
「……本当にやるの? 殺されるかもしれないのよ?」
「やるしかねぇーよ、そうしなきゃルイズを元に戻せないんだし」
「長くても一年我慢すれば元に戻るのよ? これ位で命を賭けるなんて馬鹿らしいわ」
「馬鹿らしくてもやるんだよ、俺がやられたらさっさと逃げていいから」
「何を言ってるんだいサイト、平民である君が戦って貴族である僕らが逃げるわけには行かないよ」
フッ、と薔薇を構えてポーズを決めるギーシュ。
アホなギーシュの言動も、今は頼もしく見えた。
「サンキュ、でも本当に危ないならさっさと逃げろよ」
「逃げるなんて考える前に、倒せる作戦考えなくちゃ」
と口を挟んできたルイズ。
昼ごろからずっと黙ってたのに。
「作戦……?」
「そうよ、敗北を勝利に反転させる作戦」
「……何か策があるのかい?」
「役割分担、適材適所。 上手くやればスクウェアの一人くらいは簡単に倒せるわ」
「貴女ねぇ、そんなに簡単なら水の精霊が梃子摺る訳ないじゃない」
そりゃそうだ、あんな大量の水を操れる奴がやれるならおれたちの出番なんか無かったはず。
「不敬だけど、水の精霊は知恵が足りないわ」
「本当に失礼だね……」
「力の加減を理解できればスクウェアの10人や20人、簡単に殺せるわよ」
「水の精霊って、そんなに強いのか?」
「加減がわかっていればね、今の水の精霊じゃ簡単に出し抜かれるわ」
つまり、普通の状態ならめちゃくちゃ強い?
「それで、作戦なんだけど……ギーシュ、2メイルほどの土の壁はいくつ位作れる?」
「土の壁? どこに作るんだね?」
「敵の周囲、何層も囲むように出来る?」
「ふむ、距離にもよるが……」
「そうね……、あの小石がある場所ならどれ位作れる?」
指を指した方向、波打ち際の近くに小石が落ちているのが見えた
「あの距離なら20くらいは出来るかな」
「そう、このくらいの距離に襲撃者が居たら壁を作って。 これより遠くでも出来るだけ壁を造って、余裕があるなら土の塊でも嗾けてかく乱して」
「わかった」
「サイトは土の壁を盾にして襲撃者に近づいて峰で叩いて。 近づくときは足を止めちゃダメよ、絶対土の壁を壊しに来るから」
「ああ」
さっきまでのルイズは裏腹に、凛々しく作戦を言っていた。
……と思ったが、やっぱり抱きついたままなルイズ。
一瞬効果が切れたのかも、と期待したがそううまく行かないらしい。
「モンモランシーはこれを」
「袋? 何が……」
開けて中を見れば、入っていたのは水の秘薬。
モンモンが視線を戻せばルイズの鳶色の視線と交差していた。
「モンモランシーは戦わなくていいわ、怪我した時はお願いね」
「……ルイズ、最初から知ってたんでしょ? 用意が良過ぎるわ」
「勿論知ってたわ」
「なら教えてくれても良かったじゃない!」
「教えてたらどうしてた?」
「………」
「知ってても知らなくても、殆ど意味がないから教えなかったのよ」
言葉に詰まるモンモン、言われたとおり何かできる訳でもなかった。
「別に他意があった訳じゃないわ、知ってても知らなくても害は無かったから言わなかっただけ。 気分を害してたらごめんね」
「……ふんっ」
勢いよく顔を逸らしたモンモン。
こんな状態でも惚れ薬飲む前のルイズが出てきていた。
……やっぱり薬が切れ掛かってる? それならもっと早く切れて欲しい……。
作戦会議が終わって数時間。
双月は天高く頂点まで上り、斜めに落ちていた影が垂直に。
いつもの如く、双月は力強い光をてんから降り注ぎ続けている。
目を凝らさなくても十分辺りが見える、これなら敵の位置を見失ったりはしないだろう。
モンモンは杖を持ったまま黙っている、よく見れば手が震えていた。
それに気が付いたギーシュが優しく語り掛ける。
「……モンモランシー、君は安全な場所で見ているだけでいいんだ。 そこまで怖がらなくていいさ」
「う、うるさいわね、別に怖くなんて無いんだからっ!」
ここに来てツンデレ爆発。
「ギーシュはどうなのよ、怖くないの?」
「いやぁー、この前もっと酷い状態にあったからね。 これくらいなんとも無いさ」
アルビオンの時か。
脱出する時、本当に来るとは思わなかった。
そういや、あの時ありがとうって言ってなかったな……まいっか。
とか思ってればどう見ても怪しい人物が二人、湖畔を歩いているのが見えた。
真っ黒なローブ、頭からかぶり男か女かすらわからない。
一人は身の丈以上の杖を持っているのが分かる。
「……来たぞ」
その一言で二人が固まる。
ルイズはさすがに邪魔になるのがわかっているのか、抱きつかず手を握っているだけ。
ずっと手を握るで止まってれば良かったのに!
そんなことを思っても現状は変わらず。
ルイズと繋いでいた手を離す、代わりに剣の柄を握る。
怪しい二人組みを見れば、一人が杖を掲げて呪文を唱えているようだった。
「それじゃあ、作戦通りにな。 ギーシュ、オーク鬼の時みたいに勝手な事すんなよ」
「分かってるさ、今度は作戦通りにするよ」
薔薇の杖を掲げる。
おれたちが隠れている場所と、怪しい二人組みが立つ場所は予定の距離より少し遠かった。
欲を言えばもっと近くが良かったが、そう簡単に自分の思い通り行く訳がない。
ぶちぶち愚痴など言わず、それを考慮して作戦に織り込む、とルイズの一言。
「頼むぜ」
「ああ、行くぞ!」
デルフともう一本の剣を鞘から抜き出し、ガンダールヴのルーンが輝きだす。
ギーシュは立ち上がり、森の中を移動しながら杖を振る。
振り終えると同時に二人組みの周囲の土が盛り上がり、視界と射線を封じる壁郡が出来上がった。
瞬間駆け出す、両剣の切っ先が地面に当るかどうかの擦れ擦れ。
走る靴音と、時折切っ先が擦る音を鳴らして土の壁郡に向かって走りこんだ。
壁の上、盛り上がった土が蛇のように畝って二人組みがいる場所へ降り掛かるが。
火炎と風刃が交互に飛び出して、土の塊を燃やし切り刻む。
敵は動いていない、そう感じて半時計回りに土の壁に沿って走る。
「ッ!」
炎や風によって壁がぶち抜かれ始める。
ギーシュの攻撃を捌きながら壁を破壊する位の余裕は有ったらしい。
次に駆け込もうとした壁が吹き飛ばされる。
一か八か、向こうの魔法が早いか、俺が叩きつけるのが早いか賭けた。
急転換、壊れた壁の手前で曲がり、壁郡の中心部、二人組みがいる所へ駆け出す。
一人はこっちを向き、もう一人は背中を向けていた。
迷わない、こっちを向いてる奴に躍り掛かった。
右手の剣の刃を返す、峰を向けて振り払おうとするが。
「相棒! 俺を構えろ!」
それよりも早く魔法が放たれた。
反射的にデルフを盾にして見えない攻撃、風の魔法を受け止め吸い上げた。
それを見て驚いたのか、一瞬の硬直。
「ォラッ!」
チャンスは逃さず、右手の剣を振り払った。
振るわれた剣を長い杖で受け止められたが、強化された腕力でかまわず振りぬいた。
吹っ飛ぶといった表現で間違いない感じで飛んでいくが、大して効いていないのか身軽に着地。
それを確認と同時にデルフを水平に寝かせる、一歩前に出ればもう一人のメイジに刃が届く。
二人は厄介、一人でも倒せれば後は簡単に勝てる!
前に出て振り払おうとして、腹に一撃を食らった。
「ガッ!?」
衝撃と激痛、吹っ飛び転がる。
転がり終わる前に無理やり立ち上がり、駆けた。
悠長に転がっていれば、やられる。
長い杖を持ったメイジともう一人のメイジ、そして俺との位置は一直線。
左手には魔法を吸収するデルフ、つまり目前のメイジはぶっ倒せる!
一歩、メイジは杖を振るい火球を作り出す。
二歩、その火球を俺に向かって撃ち出す。
三歩、それをデルフで薙ぎ払い吸収。
四歩、切っ先をメイジの首に突きつけた。
「「動くな」」
声が重なった。
長い杖を持つメイジは、後ろからルイズに杖を突き付けられていた。
「……杖を離せ」
「……サイト? サイトじゃない!」
「……へ?」
突きつけた相手から聞いた事が有る声。
「まさか……、キュルケか?」
フードの下、紅髪を持つ褐色の少女はキュルケだった。
「それじゃあもしかして……」
奥、見ればフードを脱いでいたのはタバサだった。
「何だよ、お前らだったのかよ……」
「そっちこそ、どうしてこんなとこに居るのよ?」
「それは後で説明するわ……」
強敵の正体は良く知る人物、キュルケとタバサだった。
途端に脱力、ため息をついた。
「あー、いてぇ」
忘れていた痛みがぶり返してきた、腹に視線を移すと……。
「あれ?」
服に穴が開いていて、その周囲が真っ赤だった。
「モンモランシー!!」
……いてぇ。
痛みに耐えかねて膝を着く。
腹には5センチ位の穴が開いてるじゃん、これってヤバいよな?
右手で触れれば真っ赤、左手で触っても真っ赤になるだろなぁ……。
「早くこっちに来て!!」
正座のように座り込む。
「相棒、まだ死なねぇからしっかりしろ!」
「分かってるよ、あれだろ。 眠くなったりしたらやばいんだろ? 痛いけど、眠くないからまだ大丈夫じゃないか?」
「サイト! ああ、どうすれば……」
キュルケが膝を着いておろおろしている。
キュルケの脇から見えるルイズとタバサ……?
今だタバサはしゃがみ続け、ルイズは杖を突き付け続けていた。
「早く治療を!」
大声で言っていたルイズ、その表情は……。
能面のような、感情が全く見えない表情だった。