寝る、だらける。
疲れているようだから、授業も休んで静養。
といってもやる事は何時もと変わらない。
朝起きて、着替えて、朝食を済ませ、自室に戻って本を読む。
なんと平和な時間か、ここ最近動きっぱなしでこんなまったりした日は無かったなぁ。
失って初めて分かるものって奴だ、この一瞬を大切に。
「──ゥゥゥイズゥ!!」
と思ったらすぐに終わった。
聞き覚えのある声、叫んでいるのは十中八九俺の名前。
足音大きすぎるだろ、ドスドス聞こえてくるぞ……。
「あんた一体何言ったの!? タバサが全然教えてくれないのよ!!」
と、大声を発しながら蝶番が壊れかねない勢いでドアが開かれる。
実はこのドア、固定化が掛かってるらしいんだよね。
人間の力程度じゃ壊れないらしい、掛けたメイジさん乙。
「もう少し声を抑えなさいよ……」
正直耳が痛い。
女の子なんだから、ドスドス足音を鳴らしながら走ったり耳が痛くなるような大声出すんじゃないよ。
「そんなのどうでも良いのよ! 一体タバサに何言ったのよ!」
「何って、タバサが教えなかったなら教える訳にはいかないでしょ」
そう言う約束、タバサが教えてないなら俺も教えない。
元よりキュルケに教える気は無い、原作と同じ通り進めばキュルケも知る事になるし。
タバサに重大な事は一つしか話してないが、それで納得したならまぁいいかと思うけど。
しかしタバサはキュルケに教えないだろうし、押し掛けて来るだろうと思っていたがここまで五月蝿いとは。
なんと言うか淑女の行動ではない、名誉有る貴族とは懸け離れたモノだが「キュルケだからしょうがない」と思わなくもない。
「確かに話すかどうかはタバサに任せたわ、でもあんな風になるなんて普通思わないでしょう!」
「あんな風?」
「あんな……殺気立つなんて、あんたが何か吹き込んだんでしょ!」
自分がやる事を再確認したのだろう。
気を引き締めたと言って良いかな
「あれじゃ昔以上に酷いわ……」
確かに、今と昔じゃ同じ人物と思えないほどの変わりよう。
勿論キュルケが知るのはこの学院に入った頃のタバサだろう。
オルレアン公が亡くなる前は天真爛漫で、花の様な笑顔を浮かべる少女だったんだよ……。
「嗾けたりなんて下手な事出来ないわ。 下手な事されたら個人間の問題じゃなくなるのよ、下手したら国と国が争う問題なのよ」
そうは言ったものの既に個人間の問題じゃ無くなっている、見えざる虚無が中心となりとんでもなく酷い話になっている。
キュルケが言う様に何かを吹き込んで予想も付かないような事をされたら、さらにとんでもない事になる可能性もある。
そう、タバサの行動はこっちにとっても死活問題。
過剰干渉の調整もしなきゃいけないし、原作以上の苦境に立たされるかも知れないし。
「キュルケ、今の私はタバサに何もしてあげられないわ」
「『今の』? いつか何かをしてあげる訳?」
「するわよ、……しなきゃいけないってのも有るけど」
「ふーん……、何かしてあげるってのは賛成してあげるわ。 でもね、その結果が酷い事になったら許さないわよ?」
「いい事教えてあげるわ、誰もが考える最悪ってのは本当の最悪じゃないのよ」
「……どういう事よ」
「私やキュルケが考えるような最悪、現実ってのは更に上行くものよ」
『誰もが考える最悪は最悪ではない』
どっかのだれかが、漫画か小説か。
詳しくは分からんが、この一言は同意できる。
人の想像力は限界がある、そして現実はその想像の上を行く。
無残と言う言葉が可愛いほど、酷い結末が起こり得ると言う事。
「……もう一度言っておくわ、ルイズの所為でタバサが酷い目に合ったら許さないから」
「その時は潔く罰を受けましょう」
「その言葉、忘れちゃ駄目よ」
「勿論」
それを聞いて、鼻息を鳴らしながらキュルケは部屋を出て行く。
キュルケの友達思いも感極まる、暗に「タバサが大怪我とかしたら殺すぞ」と言われているようで怖いが。
キュルケも大分変わってるな。
原作でもタバサの事を心配してたが、ここまでじゃなかったはずだ。
親友だから、なんて感じだったはずだが今のは文字通り『大事な人』みたいな……。
妹だろうなぁ、タバサは。
異様なほど過保護になってるし、掛け替えの無い友になったか。
俺の知らないとこで何か有ったんだろうか……。
そう言う事があってもおかしくは無い、知らないとこで何かが起こるのは当たり前か。
「対策を練るのって大変ね……」
つぶやきながら紅茶を一口、高級品はやっぱり美味い。
とか思っていればフクロウが窓から部屋の中に入ってくる。
翼を羽ばたかせ、俺の肩に……いだっ!
「いだっ! 爪! 痛っ!」
肩に食い込む爪、痛みの余り振り払った。
「──っぅ、こう言う時窓枠に止まるもんでしょう!」
ワシとか腕に止まる際、厚手のグローブを付けてその鋭利な爪から保護する訳だが。
いきなり入ってきて肩に止まった上、そんなグローブ持ってない訳で必然的に爪が肩に食い込んだ。
「いつつ……、ブラウスに穴開いちゃったじゃないの」
ワシ程ではないが、鋭利な爪があることは確か。
素早く振り払ったお蔭か、幸い爪は皮膚を貫かず血は出ていなかった。
言った言葉が理解できたのか、窓枠に止まり大きく翼を開いていた。
「良い? いきなり人の体に止まっちゃ駄目よ? 伝書として働くならそれ位覚えておきなさい」
理解したのか一度だけ鳴いた。
それを聞いて左肩を摩りながら立ち上がり、銜えていた書簡を受け取り開く。
「……同じで良かったわ」
書かれている内容は情報収集任務、街で怪しい動きが無いか、平民の間でどんな噂が流れているのか。
と言った原作そのままの任務、……正直貴族に、親友にやらせる内容ではない事は確か。
「大体は変わって欲しくないけど……」
やはり調教は余り効果が無かったのか……。
変わってたら変わってたで困るが、根本は変わっていなかったらしい。
まずは考えろと言ったのに、……周りに頼れる人が居ないからか。
腹心が俺とアニエス位だけってのはどうかなぁー、枢機卿位は信じて良いと思うが。
芳しくは無い調教結果に悲観しててもしょうがない、街に出る準備をしなくてはと小さなバックを引き出した。
タイトル「可愛い」
一方、サイトはコルベールと共にゼロ戦を整備していた。
サイトの中では終わったように見えた戦争、だが現在は直接的な戦闘が起こっていないだけだとルイズに言い聞かされた。
裏でゴソゴソ動いていたり、工廠で艦隊の再建を行っているそうだ。
つまり、またこのゼロ戦で戦場に赴かなければいけないかも知れない。
状態を万全に、自分だけならまだしもルイズも乗せる事にもなるかもしれない。
そんな時に故障が起きたら目も当てられない。
「うーん、弾どうにかならないかなぁ」
整備に注ぐ整備でゼロ戦の状態は万全、だが武器が無い。
と言うか撃ち出す弾丸が少ない、搭載量が少ない。
現行、21世紀の戦闘機と比べるのは酷だが圧倒的に少ない。
連射する銃なのに弾数3桁行かないってどういう事?
二十ミリがめっちゃ少ない、弾道修正入れると総弾数の半分以上掛かる。
燃料満タンならトリステインの端から端まで飛んで、二往復出来ると言うのに戦う武器が足りない。
先のアルビオン侵攻艦隊の戦闘だけで8割から9割使ってしまった。
これじゃあ次に飛ぶときは逃げ回るだけしか出来ない。
「サイト君の国には、こんな飛行機が沢山有るんだろう?」
「ありますよ、ゼロ戦みたいに戦う奴とか、人やモノを運ぶ大きな輸送機とか」
「これより大きいのかね?」
桶に注いだ水で雑巾を濡らし、ゼロ戦を拭きながら答えた。
「戦う奴はゼロ戦と同じくらいと思いますけど、輸送機は10倍とかありそうだなぁ」
「10倍!? これよりも10倍大きい鉄の塊が空を飛ぶのかね!?」
「ちゃんとした大きさ知らないですけど、飛びますよ。 俺も乗った事有りますし」
中学の修学旅行で乗ったことがある。
わざわざ窓席を譲ってもらって窓の下に広がる雲を見たもんだ。
「速さとかになるとやっぱ戦闘機の方が断然ですけど」
「どれ位かね?」
「2倍とか3倍くらい違うんじゃないすかね」
「……ハルケギニアより進んでいるとは思っていたが、桁違いのようだね」
コルベール先生から見れば、ゼロ戦とかオーバーテクノロジーって奴だろうなぁ。
しみじみそう感じながら雑巾を洗う。
「魔法が無いって言っていたね?」
「俺が知る中じゃ全く」
「魔法が無いから科学が進んだのかね」
「ですねぇ」
ワックス欲しいなぁ。
「他には何があるのかね?」
「うーん、こっちには無い物ばかりだからなぁ……」
「一般的に普及しているもので良いんだよ」
「一般的……、電話とか車とかパソコンとかも有りますね」
「でんわにぱそこん……、車と言うのは大体が想像付くが」
「車はエンジンで車輪を回す馬車みたいなものです、電話は遠くの人と話すための機械ですね」
「ほう、遠くに居る人と話せるのかね」
「はい、遠く遠く、もし使えたとしたらここから東方の向こう側まで届きますよ」
「なんと!? ……いやはや、サイト君の話には驚かされてばかりだ」
その言葉を聞いてやっぱりと言うか、日本とは全く常識が違うなぁと思い直すサイト。
「……武器とかはどうかね?」
「有りますよ、危ないのが一杯」
「やはり銃などが発展しているのだろう?」
「そうですね、こっちの銃って一発ずつしか撃てないんでしたっけ?」
「そうだね、一発毎に筒の掃除をしたりしないといけないね」
「連射できたり一々掃除しなくても良かったと思いますよ」
「連射……ふむ、一発ずつでは脅威になりえないが連続なら……」
とか何か物騒な事を呟いていた。
「……いや、いかんいかん」
思い出したように頭を振る先生。
「科学と言うのは諸刃の剣、と言う事か……」
「使い方次第って奴じゃないですかね、後使う人」
よく漫画とかで「道具が危ないんじゃない、使う奴が危ないんだ!」とか見たりする。
人を傷つける目的で作られた奴でも、使わなきゃただの物だとか。
周囲数十キロメートル……、こっちの単位で言えば数十リーグ吹き飛ばせる爆弾が有るなんて知ったらどれぐらい驚くだろうか。
と考えるものの口にはしないサイト。
「いい事を言うね、道具や魔法にしたって使い方次──」
「サイトさーん!」
と先生が良い事を言おうとした所で遮る声。
「ここに居たんですね、サイトさん」
肩を揺らして呼吸するのはメイド服の女の子、黒目黒髪なのに輝いて見えるシエスタ。
「そんなに急いでどうしたんだ?」
「はぁ……、はぁ……、ふぅ……あのですね、私の家に遊びに来ませんか!」
そんな提案、気を利かせてかコルベール先生はそそくさと立ち去っていた。
「いやいや、行き成りどうしたんだ?」
「明日からルイズ様が夏期休暇じゃないですか、だからですねぇ……」
と俯いて両手の人差し指同士をつつきながら。
「遊びに来ませんか?」
「ふッ……ッグ!」
上目使いで言われた。
サクっと視線のナイフが胸に刺さった。
痛い、これは痛い、ときめいて痛い。
可愛いなコンチクショウ! と内心悶絶するサイト。
「どうかしましたか?」
「い、いや……ルイズに聞いてみないと……」
ハハハハハと半笑いで返すサイト。
それを聞いたシエスタは、なら聞きに行きましょう! とサイトの手を取って駆け出す。
「ちょ! そんなに急がなくても良いだろ!」
とか文句言いつつも、顔がニヤけていたのが何人かのメイドに見られていたそうだ。
「ゴメンね? 用事が出来ちゃって一緒に行けないの」
「それじゃあ……、サイトさんも……?」
「ええ、一緒に行かなきゃいけないの」
「そう、ですか……」
しょぼーんとがっかりした顔。
「本当にごめんなさい、シエスタ。 本当に行きたいのだけど、とても大事な用なの」
「いえ、ルイズ様が御気に病む事じゃ有りませんから」
と笑顔で言ってくれるシエスタ。
原作じゃ貴族と平民と言う隔絶した差が有りながら、ラブコメの『恋のライバル』で果敢にルイズへ挑発を掛けるシエスタ。
本来なら『平民如きが、何その口の利き方?』とか言ってぶっ飛ばされてもおかしくない世界なのになぁ。
シエスタは『挑戦者<チャレンジャー>』、恋の為なら己の身も省みず! 何とも剛毅な女の子だが。
干渉しすぎた所為で原作とは大分違う、なんと言うかラブコメになってない。
「本当にごめんなさい」
「ですから、御気になさらず」
「……多分時間が掛かると思うけど、早く終わったら寄らせて貰うわ。 いきなり来るかもしれないけど、それでも良いかしら?」
「はい!」
と嬉しそうな顔で笑ってくれるシエスタ、ほんまええ子や……。
とか思いながら荷物を纏め上げる、シエスタが部屋から退室して30秒後の話である。
「……どこ行くの?」
「007」
「ジェームズ?」
「ボンド」
スパイとして国際的に有名なあの人。
勿論ハルケギニアではたった一人も知らないが。
「スパイ?」
「YES」
「何でそんな事するんだ?」
命令だから、としか言えません。
と言えば本末転倒になるので、届けられた手紙の内容を教える。
「はぁーん? 治安維持ねぇ……」
正直、「何で俺たちがこんなことしなくちゃならないの?」と言った感じで首を傾げるサイト。
仕方ないだろう、原作イベントなんだから。
やりたくないけどやらなくちゃいけないと言う、結構なストレスが溜まる状況。
サイトはまだ良い、裏方で皿洗いしてりゃいいのだから。
俺なんか際どい衣装で何処ぞの男に接客をしなくちゃならん、何が好きで名前も知らん野郎に触られなきゃならんのだ。
「文句言わない、やる気なくなるでしょう」
「始めっから無いけど」
「言わない!」
ぶつぶつ文句を言うサイトに荷詰めをさせようとして……。
「剣くらいしかなかったわね、持って行くの」
「さすがに下着とか有るんですが」
代えの下着、最悪何日も履きまわし……。
想像して嫌な気分になった。
いつもの衣服、白のブラウスに黒のプリーツスカートで門を出る。
うろ覚えの記憶を頼りに馬や馬車ではなく歩きを選ぶ。
ちなみに馬では半日の半分、6時間も掛からずトリステイン王国首都トリスタニアに着けるが。
歩きだと12時間以上掛かる、ずっと歩き続けるわけではないので日に表せば2日ほど掛かる距離。
道中宿があるわけでもない、つまり野宿になるわけで。
「お米食えよ!」
「あったらいいですね」
日中の一番日が強い時間帯は木陰で休む。
一番暑い時間帯に歩いて、熱中症にでもなったら堪らん。
大きな木の根を椅子代わりにして座り、昼食としてシエスタが作ってくれたサンドイッチを頬張る。
「うまうま」
「かゆ うま」
「食事中にそれは酷くないか?」
「ゾンビじゃ無いけどグールは居るのよね」
「マジで?」
「まじで、そしてグールを生み出す存在と言えば吸血鬼。 漫画やアニメのような超存在な感じじゃないけどそっちも居る」
人間大好きツンデレ旦那とか、月のお姫様とか。
あんな規格外じゃない、生殖行為を行うし長いものの寿命だってある一種の生命体。
居たら居たですんごい事になるが。
「ゾンビとグール、死んでると言う意味では同じよね」
「……血を吸われてグールになったり?」
「血を吸い殺した相手、ってのが付くけど。 吸血鬼自体は魔法でも見分けられないし、グールも外見は生前のままだからねぇ」
「厄介すぎないか、それ」
「だから『最悪の妖魔』なんて言われてるのよ。 内側からじわじわ削って行って、幾つかの村が消えてるし」
「すごいな……」
「ちなみにタバサは吸血鬼を一体倒しています」
「やっぱ吸血鬼って強いの?」
「障害物の無い広い場所で正面切って戦うなら勝てるでしょうけど、森とかじゃスクウェアメイジでもやられるわね」
「うえ」
実物なんて見た事無いが、初歩の精霊魔法を使い、身体能力も人間以上。
生命力も勿論高い相手によく勝ったと言えるタバサ、ヒロイン補正なんて物も有っただろうがよくやった。
「水、飲むでしょ」
「うん」
と、ビンそのままを手渡した。
グラス? コップ? ビンだけで重たいのに何で嵩張る物持って来なきゃいけないのだ。
つくづくペットボトルが便利なものだと考える。
「プハァー!」
とサイトがどっかのスポーツドリンクのCMばりに額を拭きながら、水をラッパ飲み。
「良い飲みっぷり、明日の分はどうするの?」
「………」
ハッと気が付いたサイトが持つ水の入ったビン、中身は既に三分の二ほど減っている。
対する俺のビンは十分の一すら減っていない、今日の夜と明日の分まである程度計算して飲む。
「どうすんの?」
「……何とかなる、たった二日だし!」
「飲み干して分けてくれってのは無しだからね」
勿論と相槌を打つサイト。
言った通りにならなきゃ良いんだけど。
1時間、2時間と喋り、遠くに見える山を見ながら木陰で休憩。
時間的には3時のおやつと言った所か、勿論おやつなんて持ってきてないから食べないが。
立ち上がってスカートに付いた汚れを掃う。
「そろそろ行きましょ、足の疲れも大分取れたし」
「あいよ」
朝学院を出て、昼前まで歩き続けていた。
何度か小休止を挟み、昼食ついでに大休止を取る事となった。
そしてそれも終わり、また王都トリスタニアに向かって歩き出す。
「こう言うのもたまには良いわね」
「だよなぁ」
時期としては夏、草木が青々として自然豊か。
こう言った風景など、地方の田舎にでも行かなきゃ見れない景色だ。
コンクリートジャングルではない良い景色。
「こっちに来るまで野宿なんてするとは思わなかったぜ」
コンクリートやアスファルトでは無い、土で慣らされた道を歩く。
現代っ子が野宿って耐えられないんじゃないか?
野宿するのって中学とかである林間学校……、うーむ。
俺の時は自分でテント立てたが今の子はどうなんだろうなぁ、林間学校とか言いながらホテルとかで寝てたりして。
「……もうすぐ本格的な野営をすることになるわ」
「やえい?」
「戦争が始まるし」
「あー……」
これから数週間もすればアルビオン共和国と本格的な、万の軍勢が投下される戦争が始まる。
正確にはもう始まってる、水面下の戦いで凌ぎ凌がれと言う状態。
……もしかして、アンアンは裏切り者の炙り出しの為、ルイズに城下街で間諜やってくれって言ったんじゃなかろうか。
疑わしい者に監視をつけ、ゾンビウェールズの時と同じく、己の身をかどわかされた、攫われた状態にした。
裏切り者は自分達の手以外で女王が行方不明になったとなれば、便乗して今度こそ攫う算段でも考えるだろう。
或いは探したが、本当に何処に行ったか分からない場合はそれはそれで構わない。
もし女王が戻ってこなくても構わない、己の地位と財産は守られるのだから。
恐らくはそんな考えの裏切り者達、このような考えをアンアンは予見でもしたか。
原作のように、敵国と通じる者との接触を図った時に取り押さえると言う選択を取った。
そして自身はどの貴族さえも知らない場所、サイトの居場所に身を寄せる。
一人で動くのは危ないから、こっちに来るまでアニエスが護衛でもしてたのかね。
「……腐ってるな」
「腐ってるのよ」
アンアンじゃなくて執政に食い込んでいる奴が。
あと数ヶ月もすれば滅ぶかもしれない国に、いつまでも居座る強欲者は居ないだろう。
死にたくない、失いたくないって気持ちは良く分かる、分かりすぎて一方的に否定できない感情。
まぁ俺が幾らそんな感情を持っていようと関係無い、リッシュモンは確実に死んでもらう訳で。
リッシュモンを捕まえてとか考えたが、その場に居ないだろうし変える必要もないのでアンアンには何も言わない。
アニエスの復讐の一つが達成されるしな。
「そいつ等どうにかならないのかな」
『どうにかなるわよ、とりあえずは一人確定してるし』
『……誰が裏切ってんのか分かってるのか?』
『ほぼ裏切り確定な奴が一人、アンアンもそいつに狙いを定めて捕り物進行中』
『アンアン……』
『アンアンッ!』
『……色々あるのな』
「無い方がおかしいわよ」
「それもそうか」
それから数時間休みを挟みながら歩き続けた。
……しんどい。
大体の移動は馬か馬車だから、こんなに長時間歩くのは足にくる。
二人でとぼとぼ、男だからと言う理由で荷物を一手に引き受けたサイトは更に疲れていた。
「確かめないから」
「ハァ……ハァ……」
返す気力も無いようです。
そりゃそうか、テントや衣服、食い物とか諸々背負っている。
こっちに着てから鍛えていると言っても、三ヶ月ほどしか経っていない。
ここらへんから筋肉の付き始めが実感できると言った所か。
……以前より逞しくなったっぽいとは言え、毎日見てるからその違いが全く分からないが。
と言うか、腹筋がシックスパックなサイト……。
「……はっ」
「ハァ……あ? どうしたんだ?」
「いえ、何でもないわ。 日も落ち始めたし、そろそろテント仮設場所探しましょうか」
「ああ……、まじ疲れた」
道端に座り込んで荷物を下ろすサイト。
だらしねぇな、とか殆ど荷物を持ってない俺が言ってみる。
下ろした荷物から色んなものを取り出す。
盛っている荷物の大きさの半分以上を占めるテントを引っ張り出し、張れそうな目ぼしい場所を捜す。
「雨が降らなきゃいいけど、……降らないか」
「なんで?」
実はこのテント、綿で出来ている。
結構強く引っ張っても破けないし、通気性も良いから寝苦しくない。
だが、綿なだけあって吸水性が良く、湿りやすい。
そうなればテント内はじめじめするし、水分を含むからテント自体が重くなる。
乾かすのだって時間が掛かるし、持ち運びには苦労する訳。
「綿って、あのもこもこする奴?」
「それ以外あるの?」
「……ない、と思う」
街に着いたら適当に売っぱらう予定の使い捨て。
本当なら一晩使ったらそのまま置いて行きたいぐらい。
この世界でテントと言ったら綿製のしかない、現代地球のように合成繊維など無いからしょうがない。
「要らぬ杞憂、かしら」
見上げれば紅く染まり始めた空、紅と蒼の光りを放つ双月も見え始めている。
朝も昼も快晴、夜も変わらず快晴で雨は降らないだろう。
それから良い設置場所を探し、街道が見える位置に良い場所を発見。
せっせとテントを建てて寝る準備を始める。
近くに川無かったなぁ、体すら拭けないとは結構嫌だな。
と近場の岩に座って空を見上げる。
すっかり日が落ちて双月が盛大にその身を主張し、その周りには数多の星が美しく輝いている。
しっかしいつ夜空を見上げても、ものすごく星が輝いている。
フロンガスだっけ、ああ言うオゾン層を破壊するものが出てないし、大気がクリーンなのでほぼありのままで見られる訳だ。
田舎の夜空は綺麗と聞くが、ハルケギニアでは何処で見ても綺麗な夜空だ。
大都会でも夜空が此処まで綺麗なら、人の心すら癒してしまいそうだ。
「ポエマーで恥ずかしいっ!」
失礼な。
「ファンタジーと言う中二世界で、こう言う事言っても恥ずかしくないのよ」
「……そうか?」
「そうよ」
「……そうなのか」
「そうなのよ」
そうだよね?
さっさと晩御飯の片付け、寝る準備を始める。
屋根の方は結構堅くならしてあるが、地面と触れる床は結構柔らかい。
綿だけあってか、これならそのままでも眠れる。
「あーまじで疲れるわねぇ」
首に手を当て頭を揺らす。
薄手の毛布、それを被りながら寝そべる。
「お休み」
「ああ、お休み」
それから何分たったか。
ルイズの寝息が聞こえてくる頃に、瞼を開くサイト。
頭を少しだけルイズのほうに傾け、ルイズを見る。
規則正しい寝息を聞き、上体を起こす。
そしてサイトは笑った。
サイトにとって楽しい時間が来た。
ルイズにはルイズの秘密が有るように、サイトにはサイトの秘密がある。
それは……。
「………」
ルイズの寝顔を眺める事だった。
これの何処が秘密か、知られたら怒るだろうがそこまで大きくない。
ならば何故秘密とするのか……。
「た、たまんねぇ……」
それはサイトの行動であった。
ただ見るだけで終わっているなら秘密になりえなかった。
ルイズの寝顔、整った造形は『生きる人形』と言って良い作り。
神が作り上げた人形、それが人間。
その中でも美しい方に入るだろうルイズ。
そのルイズを見ながらサイトは頬を緩ませる。
人間と言うのは欲望の塊と表現される事が良くある。
視覚で十二分に堪能した後、人はどういう行動に出るのか。
『他の五感でも堪能したい』
そのサイトが選んだ五感は、『触感』であった。
欲望に負けたと言って良い、見るだけでは飽き足らずに手を出してしまった。
そんなサイトの奇行をデルフリンガーは「止めておいた方がいいぜ」と制止したにも拘らず手を出した。
それからルイズには言えない秘密となった。
……別にルイズがお嫁に行けなくなる様な事をした訳ではない。
ただサイトは、『ルイズの頬を突付くようになった』だけである。
ぷにぷに、擬音で表せばそんな感触の頬。
柔らかくてすべすべで、突付いた指を押し返すような弾力があった。
ニヤつくサイト、つんつん、つんつんと何度も頬を突付く。
普通ならば夜中頬を突付かれでもしたら、手で払ったり、目を覚ましたりするだろう。
だが突付かれるルイズは、それらに対して殆ど反応を示さない。
夜寝て、朝起きるまで寝返りを一度か二度するだけ、現代地球の医学的知識がある者なら異常に近い状態に見えただろう。
そんな医学的知識など無い、普通の高校生であったサイトは気が付いていなかった。
夜中女の子の頬を突付く男、サイトは間違いなく危ないが、実を見ればサイトにとって悪くない行動でもあった。
それは頬を突付いて多少なりとも反応を示せば、サイトは安心を感じる。
魔法を使って気絶した時の様に、全く反応を示さない訳ではないからだ。
初めてルイズが気絶した時、もう目を覚まさないんじゃないか? 死んでいるんじゃないのか? と感じるほどに無反応であった。
サイト自身は気が付いていないが、それはストレスを感じるほどの物であり、イラ付きやすくなって居たりした。
だが死んだように眠っていたルイズが目覚めれば、それは綺麗さっぱり消え去り、逆に充足感すら生まれている。
そうなったのは相乗の効果、主従契約効果で心の隙間に入り込み好感を持たせる魔法と、日頃のルイズの言動が充足感の底上げをなした為。
サイトの心に広がる『根』は止まる事を知らずに太く、長く、日に日に雁字搦めの鎖のように締め上げていた。
「………」
テントの中まで朝日が瞼の上から主張する。
数十秒、ぼんやりとテントの天井を見つめ続ける。
はぁ、と一つ溜め息を付いて顔を横に倒せばサイトの寝顔。
物凄い近い、5サントほどしかない距離。
そして、いつも以上に頬がヒリヒリする。
「………」
顔を戻して起き上がる。
背伸び、腰や首を回して体のコリを解す。
「デルフ」
「毎晩娘っ子の頬を突付いてる」
立ち上がり、デルフを持ち上げる。
「………」
頭に落としてやりたい衝動に駆られるが、流石にそれはまずいので自重していつもより高い位置からデルフを手放した。
「──ッフグォ!」
デルフが腹の上に落ち、狭いテントの中でのた打ち回るサイト。
「起きたかしら?」
「ゴホッ、フッゥ、フぃ……」
「あのね、頬がちょっと痛いのだけど」
「……ごめんなさい」
腹を押さえ、俺を見上げたまま謝るサイト。
その隣に座り、右手人差し指をサイトの頬に当て押し込む。
「これってどうなの? 夜中人の頬を突付くのってどうなの?」
グリグリ、手首を左右に捻りながら頬を弄る。
「い、いや、あのさ。 ルイズの頬が柔らかそうで……」
「素直で宜しい、だけど刑罰の軽減には届かない」
グリグリグリ、押し込む力と捻る速度を上げる。
「いて、いてて……」
「………」
「い、痛いんだけど……いて」
グリグリグリグリ、サイトの頬が赤くなり始めて手を止める。
「……まぁ良いわ、これで許してあげる」
「……ありがと」
「夜中勝手に人の体を触るのはどうかと思うわよ」
「……ごめん」
「はぁ、頼りにしてるんだからしっかりしてよ? 良い? わかった?」
「……ああ!」
犯罪紛いの事しておいて、そんな笑顔で返事するなよ。
「さっさと起きて片付ける!」
「了解ッ!」
と元気良く返事をして、テントから出て行くサイト。
「……はぁ、一体何考えてるのかしら」
「おめぇさんの事だよ、娘っ子」
「関係あるように見えないんだけど」
「……まぁいいがね、相棒は心配してるのさ」
「私より自分の方が先でしょ、全く」
それを聞いてどっちもどっちだ、と笑うデルフ。
「うっさい」
そう言ってデルフの柄を踏みつけた。
昨日と変わらず、大した変化も無く延々と歩き続け、お昼過ぎには王都トリスタニアが見えてきた。
ハァハァと息を切らしながら街に到着、予想したとおりサイトの水は全部飲み干してしまい分ける破目になった。
だから考えて飲めって言ったのに。
少しだけ休み、すぐさま財務庁を訪ねてアンアンから貰った手形を換金。
さっさと平民っぽい服を購入して着替えた。
「お腹空いたし、休憩がてらに昼食頂きましょ」
「さんせぇい」
ついでに荷物の一部を処分して結構すっきり。
へろへろなサイトを連れ歩き、食事処を捜す。
残念ながら何処の店が美味しいなんて情報は持っていない。
よってその時の気分と視覚と味覚と腹の鳴り具合で決めるしかない。
「良い香りがする店でも探しましょっか」
「そうしよう、と言うか座りたい」
言うな、足の裏とアキレス腱が痛い。
イタイイタイと摩れば。
「む、良い匂い」
肉の焼ける良い匂いが。
そして腹がグゥーっとなる。
「決まりね」
たまには焼肉を食いたくもなるさ。
足を運び、焼けた肉を食う。
うめぇ。
「今度は眠くなってくるな」
「宿とって寝たいけど、やることがあるから駄目ね」
「……用事があるって言ってたけど、それのこと?」
「そ、やっておかなくちゃ」
お腹一杯、昼食を済ませて次の行動を考える。
確かカジノ、お金が云々の話で金増やす手はないかと言うのでカジノだったはず。
しかし何処にあるのか分からない、なら捜すしかなかろうよ。
「何処にあるのか分からないのよね、捜さないと」
「なにが?」
「賭博場」
「とばくじょう?」
「カジノよ、行かなきゃ」
「なんで? 金ならあるじゃん」
「増やすんじゃないのよ、遊びに行くの」
カジノ、カジノねぇ……と呟くサイト。
時間つぶしと言って良いかも、金が有ろうが無かろうが魅惑の妖精亭に行くのは確定事項。
だが正直自信が無い、カジノでお金を擦った後物乞いに間違われ、と言う展開だったはず。
多分カジノがある通りでスカロンと会うとは思うが……、最悪の場合は直接魅惑の妖精亭に言って雇ってもらうように頼むしかない。
とりあえず決まっている予定を再確認して定食屋を出る。
「さて、どこにあるんでしょうね」
見た所この通りには無いようだ、カジノといえばネオンで派手な建物。
と言うのはまず無いだろう、禁止してはいないが出してもいいとは言えない法律具合。
有るとしたら路地裏だろう。
「聞いた方が早そうね」
「通りって幾つ有るんだ?」
「そんなに多くないわ、位置的にも多分こちら側でしょうし」
人ごみの中、周囲を見渡しそれっぽい建物を捜す。
さっさと見つけて遊ぼうか、と思うところに可愛い声。
「いらっしゃいませー、東方からの輸入品、『お茶』は如何ですかー」
反射的に振り向いた、サイトも釣られたようで振り向いていた。
「……カッフェ」
「もしかして、あれか?」
「……あれね」
視線を向けた先、白と紺色のメイド服を着た女の子が呼び込みをしている店。
「……あれか」
「どうしよう……」
「なにが?」
「私としてはカジノに行きたいわ。 でも……」
チラリチラリと視線を送る先にはやっぱりメイド服の女の子達。
そう、あれは『メイド喫茶』と言う物だった。
日本のとある有名な電気街にしかないような店、……素人考えの思い込みだが。
本物のメイドさんに囲まれて生活しているが、こう言う庶民的なメイドもありなんじゃないかと思う。
……そうだ、カッフェの実状を確かめておくのも悪くないかもしれない。
「駄目だろ、行かなきゃ」
「……そうね、ここでずらしちゃ意味無いわよね」
「ああ、ここはカフェに行かなきゃ」
「………」
なんと言う会話の食い違い、力を入れて喋るサイトの瞳はどこか輝いていた。
やはりサイトは優柔不断なのか、シエスタって可愛い本物のメイドがいるってのに。
「……行きたいの?」
「……いや、ルイズが行きたいんだろ?」
「……サイトでしょう?」
「ルイズだろ」
「サイトでしょ」
「………」
「……サイトが行きたいって言うなら」
行った方がいいのか? たしか魅惑の妖精亭のライバル店っぽい言い方をしてたし、魅惑の妖精亭の対抗店となるか確かめておいたほうが良いのかも知れない。
「行こう!」
「……行きましょうか」
そう思い込み、二人はメイド姿の女の子が呼び込みをする『カッフェ』に入るのだった。
が。
「まず……」
サイトが呟いた、一口含んで広がる苦味。
このお茶を入れたのは誰だぁ! ほぼ無表情でテーブルの傍に立つ店員メイドさんです。
入れ方がなっていない、お茶は湯飲みへ均等に注ぐ。
一度に注ぐと濃淡、一杯目が濃く、二杯目が薄くなるので半分ずつ交互に入れたりして均等にするのだが。
この店は湯飲みに最初から全部注ぐ、そりゃあ濃くなるわ。
二杯目、三杯目は丁度良くなるだろうが、一杯の値段が割高。
サハラを通る輸入品だけあってそこらの店で紅茶飲むより倍以上高い。
故に大体一杯で終わる、女の子目当てに何杯も飲むほど金持ちは少ないわけだ。
入れ方を知らない、紅茶とは違う入れ方だから仕方がないかもしれん。
と言うか紅茶の入れ方で入れてるのか? 蒸らしたりするとより苦味出るから正しい入れ方じゃないと苦すぎる。
「……ちょっとしたティータイムにもならないわね」
こんなの飲む羽目になるなら、素直にカジノっとけば良かった。
と言うか、これでは魅惑の妖精亭の脅威にはなり得ないと思う。
そりゃあ一時的な売り上げの低下は招くものの、時間が経てば売り上げは元に戻るだろう。
どうしてか? 今繁盛しているのはお茶が『珍しい』からであって、お茶自体が美味い訳ではないからだ。
女の子達も可愛い事は可愛いのだが、余り愛想が無い。
よって時が経てば勝手に消える店と判断した。
「釣りは要らないわ」
エキュー金貨を1枚置いて席を立つ。
このセリフ、一度言ってみたかったんだ。
「釣られちまったなぁ」
とサイトが零す。
カッフェから出て、次なる目的地へと足を進めながらの会話。
うん、女の子に釣られた。
理解しているので否定はしない、可愛いってのは正義<ジャスティス>だし。
と言うか、この世界に女性の不細工は居るのか? どいつもこいつも、部類は違うが美人さんばかりだ。
腕を組んで歩く、いまだ見えぬ世界の謎がまた一つ加わった。
どう言う事だ? カジノが無いってどう言う事だ?
カッフェから出てカジノを捜すが一向に見つからない。
「だぁーれも知らないって事は無いんじゃないの?」
「有る筈なのよ、無くちゃいけないのよ!」
無ければ進めない、拙い。
いや、いっその事カジノに行かなくて通りで待ってみるか?
待つ時間が長くなるだけで、スカロンが来ないというわけじゃない。
……駄目か、多分カジノがある通りだから……。
くそ、何で無いんだよ!
「……どうするか」
どうするべきか、直接魅惑の妖精亭に……。
いや、スカロン経由じゃないと断られるかも……。
楽観視と言う致命的な失態を犯して思い悩むルイズだった。