「はぁい! 皆!」
とスカロンが手を叩いて注目させる。
話した内容はお待ちかねのチップレース、俺は待っていないけど。
待ってない人が居れば、待っていた人も居る。
つまり俺たちが働きだす前からここで働いていた人たち。
拍手と歓声が沸きあがり、一気に店内が騒がしくなる。
「皆知っているでしょうけど、今週は新人さんたちも居るからこの『魅惑の妖精』亭の成り立ちを説明しちゃうわ!」
キャッキャッとうれしそうに体をくねらせ、スカロン曰く。
むかーしむかし、400年ほど昔のトリステインを治めていたアンリ三世。
アンリ三世は超美形の王様、妖精の生まれ変わりとも言われた絶世の美男子。
ニコポを簡単にやってのける顔した王様が、『魅惑の妖精』亭の前身、『鰻の寝床』にお忍びで足を運んだことから始まる。
お忍びで来た王様はナデポも出来ると言うのに、『鰻の寝床』で働いていた女の子の給仕に逆ニコポを受けたらしい。
国の最高権力者で最も気高き血を引く王族のアンリ三世、それが一平民の娘に恋をするなど有ってはいけない事。
悩みに悩んだ結果、この恋を諦める事となったアンリ三世。
だが、ただで諦めるのは我慢できなかった。
そこで恋のよすがとしてビスチェを仕立て、その娘に送った。
スカロンの先祖がその話を聞いて、いたく感銘して店の名を改名したらしい。
「そう、そしてこれが……」
素早く視線を落とす。
見えるのはスカロンの足だけ、それより上は決して視界に入れない。
「『魅惑の妖精のビスチェ』よ!」
スカロンが上着とズボンを脱ぎ捨て、素肌と下に着ていたビスチェが露になったらしい。
それと同時に後ろのほうから盛大に咽る声が聞こえた、聞きなれたアクセント、十中八九咽たのは才人だろう。
これがあることすっかり忘れてた、すまんと内心謝っておく。
「400年前、アンリ三世が恋した娘に送ったビスチェ! これは我が家の家宝、装着者の体に合わせて大きさを変える魔法と、『魅了』の魔法が掛けられているわ!」
それを見て『素敵!』『なんて綺麗なの!』とか、『流石ミ・マドモワゼル……』とか肯定的な声ばかり聞こえてくる。
恐らくくねくねポージングをしているんだろうスカロン、トラウマになりそうなんで絶対見ないようにしておく。
「今週から始まるチップレース、その優勝者にはこの『魅惑の妖精のビスチェ』一日着用権を上げちゃうわ!」
えー……、今スカロンが着てるんだろ? じゃあ原作のルイズも一度スカロンが着た奴を……すげぇ。
「では皆さん! グラスを持って!」
別の意味で原作ルイズを尊敬していると、いつの間にやら話が終わっていたらしい。
慌ててテーブルに置いてあるグラスを取る。
「チップレースの成功と商売繁盛と……」
軽く咳をし、年齢性別相当の声で。
「女王陛下の健康を祈って、乾杯!」
グラスを掲げた。
それに釣られ、俺はつい視線を上げてしまって死にそうになった。
タイトル「良い女とは確あるべき、宿命かな」
そんなこんなで始まったチップレース、基本やる事は余り変わらない。
客に媚びてチップを貰ってその額で競う、それだけだ。
ここは勝った方がいいのだろうが、正直言えばあれを着たくない。
恥ずかしいとかじゃなくて、純粋にスカロンが着た奴を着たくないと言うのであって。
勝てるか負けるかと言うのはどうでもいい、稼げなくても恐らく徴税官が来るだろうし。
あー、でも勝たないと外れちゃうしなぁ。
ああ、勝ったら勝ったで着ないで置いておけばいいか。
……うー、頑張ってる才人にご褒美で着て見せるのも……、これが原作だっけか?
なら勝っておいた方が良いか、そうなると徴税官次第って訳か。
来ない可能性も低くはないと思う、現にスカロンと通りで出会えなかったし。
でもなぁ……、重要なイベントでも無かった気がするしなぁ。
とか先の見えない出来事に悩みながらも接客。
「魅惑の妖精亭へようこそ」
とりあえず営業スマイルで入ってきたお客さんへ挨拶。
美少女の笑み、ゼロ円スマイルって奴だ。
「お一人様ですか?」
「ああ」
「ではこちらへ」
と案内、運良く空いていた席に座らせ注文をとる。
鳥の炙り焼きに赤ワインね、すぐ持ってきますよ。
厨房によって受けた注文をテーブル番号とともに伝える、コックさんたちがフロアに伝わらない程度の声で返事を返してくる。
20秒も待てば小樽に入った冷えたワインとグラスを渡される。
それを持ってお客さんの所へ戻る。
「お待たせしました」
微笑んでグラスをお客さんの前に置き、ワインのコルクを抜いてグラスに注ぐ。
「どうぞ」
「あ、ああ」
呆然として俺を見るお客さん、グラスをつかんで一気に飲み干す。
対応に驚いているのか、俺の美しさに……どっちでもいいか。
「御代わりは如何でしょうか?」
「お願いする」
中々殊勝なお客さんだ、普通なら「さっさと注げ」とか言うんだけどな。
初心っぽいお客さんの差し出されたグラスにワインを継ぎ足す。
「お客様、誰か御希望の子はいらっしゃいますか?」
「え?」
「……魅惑の妖精亭は初めてで?」
「ああ、良い評判を聞いていたから一度来て見たかったんだ」
「それはそれは、このお店は気に入った子にお酌とかさせる事が出来ますよ」
「そうなんだ」
「一通り見て、どの子か眼鏡に適いましたか?」
「あー、君でいいよ」
「はい」
初めての人は大体適当なんだよな、とりあえず対応してくれた人を選ぶ。
次来てくれた時に本命の人を選ぶと。
「お名前は?」
「ロイス」
「ロイスさんですか、お住まいは?」
このどう見ても原作に出て来て居ないロイスさんは、王都に住む人らしい。
背は才人より頭一つほど高く、顔はウェールズに似てる感じの金髪さん。
で、今日は仕事でこっちに来て、今はその帰りに寄ったと言う。
噂話に魅惑の妖精亭を何度か聞いた為、懐も暖かくなっているから一度行ってみようとなったらしい。
「──でね、こっちは悪くないのに向こうが貴族だからって平謝りしてね……、はぁ……」
「逆に考えるですよ、こっちがそれで手を打ってやったんだって。 我侭な貴族にわざわざ付き合ってあげたんだって思えば、少しは楽になると思いますよ」
「……そうかぁ、そう言う考え方もあるか」
「人の心なんて見えないんですから、幾らでも心の中で馬鹿にしてやれば良いんですよ。 俺たちがお前らを養ってやってるんだってね、勿論口に出しちゃだめですよ?」
「はは、首を切られたくないから口には出さないよ」
ワインで酔って顔を紅くしたロイスさん、誠実そうに見える人、まぁ聞く話じゃ誠実なんだろうけど。
そう言う人は内心ストレスを溜めやすいと聞いた事がある、たまに発散してやら無いと失敗した時に根元から折れたりしかねない。
酔いが回り始めて愚痴が出る、それに耳を傾け他愛無い話に興じる。
勿論ずっと話しているわけじゃない、食事も終わり話も切りがいい所で終わらせる。
「お住まいは近いって言ってましたよね? まっすぐ歩けます?」
「ああ、大丈夫。 ちゃんと立てるし歩けるよ」
注文した料理を完食、ワインも全て飲みきった。
酔いも程ほどに回っているだろう、それでもしっかり立って歩いている。
「お会計は此方です」
と席を立って入り口へ案内、会計に近づくと他のお帰りのお客さんと被り列が出来る。
見れば料理の代金とは別に、相手をした女の子にチップを渡していた。
「ああ、渡さなきゃいけないのか」
「必要ありませんよ」
すまし顔でいらないと言ってのける。
「いいのかい? 今何かやってるんだろう?」
「こんな事にお金を出すなら、それを自分や家族のためにお使いになっては?」
「それは……、うーん。 そうだねぇ」
「……はい、丁度。 またお越しくださいね」
手渡された銀貨と銅貨で、料理の料金と同じ丁度支払ってもらう。
「ああ……、うん、また来るよ」
その時までここに居るか分からんけどね。
店を出て歩いて帰っていくロイスさんを見送る。
「皆あんな風だったら楽なんだけどねぇ」
割合的に見れば粗暴な輩が少ないが、傭兵崩れとかも来るし仕方が無いと言えなくも無い。
基本選り好みしちゃいけないからどうにもできんが、寧ろそこは手腕が発揮されるという事だ。
そんな技能なんて磨きたくないわけだが、そんなこんなでチップレース一日目は1エキューも行かないチップだけで終わった。
「次に若い人と半年以上の差が在るわけで……」
翌日、材料の仕込みや食器などの用意。
フロアで接客する女の子は開店数時間前に湯浴みをしておく。
汗かいたままでお客さんの相手は出来んと言うことで。
そうして準備が終わり、開店すればお客さんが流れ込んでくる。
一気に店内はヒートアップ、厨房もフロアもてんてこ舞い。
何とか落ち着いてフロアを見渡せば固定のお客さんばかり、その人たちを持つ女の子たちはいつも以上にチップを貰う。
その固定のお客さんが多くて、偶然立ち寄っただけなどのお客さんが少ない。
入店の制限をしているわけじゃない、単にテーブルが足りなくてお店に入っても座れやしない。
「悪くは無いけど、正直申し訳無いわよね」
「そうだな」
本来ならヘルプにでも入るべきなんだろうが、殆どがチップレース上位陣のお客さんばかりだからフロアに出てもやる事が無い。
ヘルプが不足してるわけでもないので、新人は新人らしく才人と一緒に皿洗いをする。
流石に何時間も立て続けに来るわけじゃないから、閉店までにはフロアで接客する時間も来るだろう。
「ルイズー、ご指名よー」
と一番人気のジェシカが厨房に入ってきて声を掛けてくる。
予想以上に早い出番だった。
「お客さんのお相手は?」
「少し休憩、結構チップも貰ったし」
そう言って貨幣が入った、ずっしりと重そうな麻袋を見せた。
流石一番人気、今週だけで一年やって行けるだけのお金溜めれるんだろうな。
「ほら、お客さん待ってるわよ」
「ええ」
濡れていた手を拭いて、掛けていたエプロンを脱ぐ。
「13番、昨日の人よ」
ああ? 昨日の人って言われても30人位相手したから分からん。
まぁ、とりあえず接客しとくか……。
厨房を出て行くルイズを見ながらも皿洗いの手は止めない。
「………」
「気になる?」
顔を逸らしながら一言。
「べ、べつにー」
「あは、あはははは!」
それを聞いてジェシカがいきなり笑い出した。
苦しそうに、お腹を押さえて何とか立っていると言った感じ。
「な、なんだよいきなり!」
どうにかして笑いを抑えようと、咳き込みながらも状態を整えるジェシカ。
大きく深呼吸しながら、なんとか会話できるようになった。
「はぁ……っ、ふぅ……ごほっ。 ……サイトってば判り易すぎ、そんな言い方してると『気にしてる』って公言してるようなもんよ」
「そんなことねーよ」
「あらそう?」
「ああ、全然気にならねーっての」
「あ、キスした」
反射的にフロアに視線を向ける。
「……そういうのやめてくれよ」
ルイズは今だ椅子に座ってさえもいない。
ただテーブルのそばに立ってお辞儀をしているだけ。
「気になるんでしょ? 我慢しない方がいいと思うけどなー」
「我慢してねーよ、……確かに気になるけど」
「素直になっとかないと、横から浚われるわよ?」
「ルイズがそれで良いってんならかまわない」
「……はぁ、駄目ねェサイトって」
「んだよ」
やれやれと言った感じにジェシカが肩をすくめた。
「それでサイトが後悔しないって言うならそれで良いけど」
「するかよ、ルイズはぜってーそう言う風にはならないしな」
「……へぇ、やっぱ事情があるんだ?」
「……い、やぁ……何も無いよー」
何をしようとしているとか知らないが……、教えてくれないし、それはルイズの頭の中だけなので調べることも出来ない。
何かあるって言っても何も無かったら……、ルイズが動くんなら何かあるんだろうし……。
判らないルイズの言動に、才人は腕を組んでうなり始める。
「うーん……」
「何かあるの?」
「あるのかなぁ……?」
「何よ、その微妙な言い方」
「俺もよくわからね」
自然にその言葉が出てきた。
「……本当に知らなそうってのが厄介よね」
何が面白いのか、ジェシカは少し笑った。
「昨日の今日とは思いませんでしたが」
「僕もそう思うよ……」
テーブルの脇に立ち、お客さん、ロイスさんと白髪が目立つ年配の男性に向かいお辞儀をする。
「ようこそ、魅惑の妖精亭へ」
「ほぉ……」
「何か?」
「いんや」
椅子に座って腕を組むおっさん、初老に入っている感じがする。
眼光は鋭く、強面と言われるような顔。
おのおっさんがこっちをじーっと見つめてくる。
「ご注文はお決まりですか?」
と華麗にスルーして仕事をする。
「えっと、じゃあ鳥の炙り焼きに……」
「二日連続で脂っこいものを取るのはお勧めしませんが」
鳥の炙り焼き、これって結構値が張る。
出す部分は軽く焦げ目の付いた鳥皮と胸肉、それにたれを付けるんだが結構油が付いている。
健康を考えるならここは魚とか、野菜大目の脂身が少ない肉料理が良いと思うんですよ。
別に大好物と言うわけじゃなかったら、他の料理にしておいた方が良いと説明。
と言うか二日連続同じ物って飽きるんじゃない? とやんわり。
「なるほど」
「肉ばっかり食ってて何が悪いんだ?」
「早死にします」
「……なるほど」
説明すっ飛ばして起こりうる結果だけを伝える。
「最悪がそれですが、基本的には太ったりしますね。 後病気を患いやすくもなります、貴族の方々って突然亡くなってる方が多いんじゃないでしょうか」
それだけじゃ何が何だかわからないから、ごく簡単な弊害を説明しておく。
突然死ぬメカニズムを詳しく、と言われても医学的な事などわからんから答えられんが。
とりあえず太った貴族が多いのは肉を大量に含む豪華な料理を好むからであり、太った平民が少ないのはパンとか野菜のほうが多いからであって。
体質的な、太りやすいとか太りにくいとかそう言ったものじゃない。
大体大量に用意して少ししか食べないからなぁ、もったいないおばけに祟り殺されるぞ!
「ふむ、中々に博識だな」
「役に立たない雑学ですが」
役に立つ所と言えば、関連した話題取り位しかないんじゃないだろうか。
……なんでこう言うどうでもいいこと覚えてるんだろうな。
「相手の関心を引っ張り出すには使えるだろう?」
「それはそうですね、そこから繋げる方が大事だとは思いますが」
「商売ってのは客に対してどれ位関心を引き出せるか、それが儲けるコツだと思わねぇかい?」
「それは判りますが、この程度の話題で稼げるほど甘くは無いでしょう」
「ちげぇねぇな」
個人店なら儲けられるかもしれないな。
しかし商店として売り物の数や質に左右されない、働く人間に左右されるもんだから支店を多く持つ大きな店では使えない戦法。
つか何? 何でこんな事聞くんだ?
「それでは別の料理を……」
「鳥の炙り焼きだ、それと……一番良いワインを持って来い」
ぽんっと硬貨がぎっしり詰まった袋、恐らく財布だろうをテーブルの上に置いたおいたおっさん。
それを聞いてメニュー表に載っている一番高いワイン、貴族が頼むようなワインの値段を思い出した。
「一番となりますと、100エキューになりますが」
「100? 結構安物なんだな」
「魅惑の妖精亭は値段が高いものを置いているんじゃありません、質が良い物を置いているんですよ」
スカロンの意向なのか、料理の値段は全体的に一段安い。
数が出て売り上げを出すようにしているんだろう、それともチップがあるから多少安くしているのか。
どちらのしろ、量を出しながら質を一定に保つなんて難しい事をやってのけている。
経営者の才能あるスカロン、姿と中身が一致しない例に上げられそうだ。
というか、100エキューで安いってこのおっさん貴族なのか?
「すぐにお持ちしますね」
軽く皮肉でも込めてやろうかと思ったが、どんだけ堪え性がないのかと思い止めた。
「……なるほど」
何がなるほど、だ。
値踏みしてますよー、って感じが丸見えなんだが。
どうでもいいので視線を無視し、ワインを頼むために厨房に戻れば。
「何してんの?」
ジェシカが笑いながら座り込んでいて、才人が嫌そうな顔でそのジェシカを見つめていた。
そんな才人は俺が厨房に入ってきた事に気が付いて、一瞬で表情を変えておろおろし始めた。
「ルッ!? なんでもない! なんでも無いよ!!」
何が『なんでもない』なのか、この慌てようからどう見ても何かあるようにしか見えない。
……これも『変えた』所為かぁ、と思いながらワインを頼む。
「100エキューのワインを一本お願いします。 ……ジェシカ、そんな所で転がってたら厨房の人たちの邪魔になるでしょ。 サイトも、皿洗いの手が止まってるわよ」
それを聞いて驚いた顔で立ち上がるジェシカ。
才人は『100エキュー? すげぇな』とか感心したように言った。
「本当に100エキューの? このごろ全然出てなかったあのワイン?」
「そうなの?」
「……やるわね」
「元から頼む心算だったみたいよ」
貴族じゃないだろうが、傭兵とかには見えんし。
なら平民の中で一番儲けてそうな商人って所か。
そんだけぽんっと出せるなら、腕の良い商人だろう。
「そうねぇ……チップにならないけど、売り上げに貢献したって事なら……」
「それは規則から外れるでしょ」
チップを貰ってポイントとなるのに、それじゃあルールなんて意味が無い。
勝ち負けを競うなら正々堂々、優勝賞品はお金を稼げるアイテムだしね。
「ルイズはそれで良いの? そっちで換算してもらえば上に食い込むと思うけど」
「泡銭……、違うわね。 とりあえず必要な分だけで良いの、生きていける分だけでね」
貴族のような、馬鹿みたいに金を使う生活など害悪にしかならない。
それに慣れきれば、それ以下の暮らしを出来なくなる。
虚栄や自尊心もある、止めようと思っても止められない麻薬のような生活だ。
だから出来るだけ質素に暮らす、それが俺である為にやってきた事。
部屋は全く飾り気無いし、俺と才人のベッドや筆記用の机、食事用のテーブル、後はクローゼット位しかない。
たまーにお茶などの輸入品を買ったりするが、長期間持つようなものだし何度も買わない。
小遣いの量がかなり多いので、いろいろ買っても無くならないし。
そんな生活をしてればお金はたまり続ける訳で、溜める楽しみってのも見出してる。
だが金は溜めるだけのものじゃない、使って何ぼとか言う奴だ。
有意義な事には使うし、無意味な事には使わない。
「……ルイズってば本当に変よねぇ」
「失礼ね」
判断しかねている、ってとこか。
普通の貴族なら絶対にこんな事言わないだろう、と言うかばれても問題ないから別にいいし。
ワインを持って来てくれた厨房の人に礼を言って、ワインを持って厨房を出る。
その背後で、厨房からジェシカの笑い声が聞こえてきていた。
「……何やってんだか」
まぁチップレースはジェシカの圧勝だろうね。
確か原作でもダントツ一位だったはずだし、ジェシカが持ってきたチップの入った麻袋。
ジャラッジャラの中々重たいチップの量、銅貨って事は無いだろうし、中身は銀貨か金貨、新金貨が殆どだろう。
二日目であれだけ貰ってたら一位確定だろ。
圧倒的な実力差を感じながら、ワインを持って担当のテーブル、ロイスさんたちの元へ戻った。
「お待たせしました」
「遅い」
「申し訳ありません」
決められた定型文のような会話。
なんかサービスしてやるのも良いか、……そんな事しても俺にとって嫌な評価を貰いそうだからやっぱ止めとくか。
テキパキ、グラスを置いてビンのコルクを抜いて少しだけワインを注ぐ。
そして注いだそれを二人の前に置いて。
「どうぞ」
進めた。
食前酒、この銘柄のワインは結構良い物だし、料理を食べる前に一度味わい、料理を食べた後に飲んで二度美味しいって事で。
「そう言う楽しみ方もあるのか……」
「食事は一番身近な『娯楽』ですから、色んな楽しみ方をしようと言うことで色んな料理が出来たんですよ。 今日は嫌な事があったから美味しいものを食べて嫌な気分を吹き飛ばそう、今日は嬉しい事があったから奮発しよう。 そう言うこと、思ったことありません?」
「確かにあるな」
「嫌な気分の時に不味い物を食べたりしたら、より気分が滅入りますよね。 逆に美味しい物を食べれは少しは和らぎますし、気分転換にもなるでしょう。 言わば心の掃除ですよ、汚れを無くしてすっきりってね」
ああ、寿司食いたくなってきた。
「いや、君は色んな事を知ってるね」
「詰まらない雑学ですよ」
ここに来てからよく出ること。
よく覚えてるなって位に、肝心なことは忘れるのになぁ……。
「……? どうしたんだい?」
「いえ」
軽く落ち込んだのを気付かれた、すぐに表情を戻して答える。
ロイスさんの隣で、同じ様に気が付いたおっさんもこっちを見ていた。
なんだ、二人とも人の反応を機敏に感じ取れる能力でもあるのか?
「少しだけ嫌なことを思い出しただけですよ」
「……えっと、良かったら……」
「私はロイスさんとそう言う関係ですか?」
「え? いや……」
出会って二日目だ、これが数年来の付き合いがある友人なら話すかもしれん。
尤もそれはごく普通の悩み事であって、こっちの内容は内容なだけに才人以外には絶対話せない。
「そう言った事を話すにはかなり時間が足りませんよ」
「……ああ、そうだね」
しょぼーんと、眉がハの字になって落ち込みましたって感じのロイスさん。
軽く受け流せよ、『はは、確かにそうだね』とか爽やかに笑って言えばいいのに。
その隣でおっさんは笑いを押し殺したような声を小さく上げていた。
「何か?」
「こいつは全く……、ぶくく」
反応見て楽しんでるな、このおっさん。
勿論俺じゃなくてロイスさんの反応。
この後、料理が来てそれを食いながら話す。
やれ貴族が煩わしいとか、やれ貴族が業突く張りとか、やれ貴族が頭が悪いとか。
99%位貴族への愚痴を漏らしていたおっさん、ロイスさんはそれを聞いて頷いていた。
その話を聞き、同意出来ることばかりだったから賛成の頷きばかりしていた。
時折『棚卸』とか聞こえたから、やっぱりこの人たちは商人らしい。
よく聞くが、金はある所には有る。
金持ちの代名詞である『貴族』は領地経営で賄う、と言っても大半が領地を持っていないが。
領地を下賜されていない、領主ではない貴族はどっかの役職についてその仕事の給与で暮らす。
役職すら持ってない貴族は、どっかの貴族に取り入って領地の一部を代理経営させてもらったりしてなんとか暮らしていく。
ラ・ヴァリエールは伊達に公爵家では無く、かなりの規模の領地を持っている。
御父様一人では流石に全てを見通すことは出来ないから、目を掛けた貴族に代官を任せたりしている。
『経営』と言う点では規模は違うがあまり差が無い、領主は人をやりくりして、納税と言う形で金を手に入れるに対し。
商人は物をやりくりして、商品の代金と言う形で金を手に入れる。
扱うものが違う上位、下位互換である事に間違いは無い。
名領主や名店主ともなれば、やはり多くの金が入ってくる。
これだけの金を簡単に出せるおっさんやロイスさんも良い商人なんだろう。
「ほれ」
「どうぞ」
と言って金貨を渡してくる二人。
食事を終え、会計に向かう最中での一コマ。
渡してくる金貨はチップ、金持ちに目を付けられた。
「必要ありませんよ」
と昨日と同じ事を言っておく。
「満足いくものを提供してもらったんだ、代価として受け取るってのが礼儀だろ?」
あんなので満足ってのも、もっと無愛想で行けば良かったか。
「片手間で披露した物に御代は頂けませんよ」
「片手間? あれで片手間か……」
それが失言だと悟った、おっさん、結局名前聞いてないけどおさんがニヤリと笑う。
まだ『底』がある事に気が付かれた。
「……ええ、適当に話しただけですのでチップなんていただけ──」
「おいにーちゃん、こいつへのチップはどうすりゃいいんだ?」
会計担当の店員さんへ料理の代金と共にチップを手渡した。
エキュー金貨一枚ありゃ家族で飯食いに行けるし、物だって買える。
貢物って事になるのか? ……お気に入りの女の子に……うーん。
「またな、お嬢ちゃん!」
ワハハと笑いながら、来た時とは一変して豪快っぽいおっさんになっていた。
「それじゃあ」
「……またのお越しを」
会計担当さんが受け取っちゃったからチップに加算された。
ルイズと書かれた麻袋に手渡された金貨を入れている。
「うん、また来るよ」
頷いて店を出て行く二人。
……明日も来るんじゃないだろうか。
「俺はこのステーキな」
「僕はミートパイで」
「私はこのシチューとリンゴパイ」
一人増えた。
チップレース三日目の夜、ロイスさん一行に一人女の子が増えた。
ロイスさんと同じ髪色の、後ろ髪を紐で結び纏めた女の子。
……家族かァー!
「御注文を確認させていただきます、ステーキにミートパイにシチューとリンゴパイの四点でよろしいでしょうか?」
「それとワインと水な」
「畏まりました」
さっさと料理を作って貰うため厨房に引っ込む。
三日連続かー、ロイスさんと女の子は兄妹で、おっさんは父親って所か。
嫌な予感がモリモリするんだけど。
「……めんどくさい事になった」
「何が?」
「昨日のお客さんがね……」
「何かしたのか?」
皿洗いに励む才人の横で、つい愚痴を漏らしてしまう。
「……ただ連続で来てるだけよ」
「嫌なことでも言われたのか?」
「……そうじゃないけどね、余り良い予感が……」
「予感?」
何で連続で、しかも妹連れてくるんだろうね。
俺の事家族にでも話したのか?
普通こう言う所に行ってるって家族に言わないと思うんだけどなぁ。
「……そんなに嫌なら」
「向こうはお客、暴言は吐かないし料理の代金もしっかり払う。 そんな良識有るお客さんを追い出すのはダメね」
「……何が嫌なんだ?」
「埋めて来てる感じが……」
「うめて?」
「多分予想通りと思うから嫌なのよねぇ、これが自意識過剰だったら良いんだけど」
話の内容がよく分からないといった感じの才人。
分かっても分からなくても良いんだけどね、あまり関係ないし。
「……はぁ、まあ頑張ってくるわ」
「嫌なら嫌って言えよ!」
「ええ、ありがと」
そんな才人の気遣いにほろり、気合を入れなおしてワインと水の入ったビンを持ってテーブルへ戻った。
トレイに乗せたビン2本とグラスを3つ、テーブルの上に並べてそれぞれに注ぐ。
「ふぅーん……、へぇー……」
この子もか。
正面向かって人の顔をじろじろと、結構失礼なことよ。
「こちらの可愛らしい方は?」
とりあえず微笑んで、この子が誰だか聞いてみる。
「う」
おおっと! 女の子が俺の笑顔を見て仰け反りましたよ!
……はぁ。
「僕の妹だよ、名前は──」
「ユミル」
と微妙な顔で名前を告げるユミルちゃん、例に漏れず結構なかわいこちゃん。
金髪で可愛い顔、ロイスさんを女の子にして幼くすれば出来上がるだろう顔だ。
「ルイズです」
名乗られたなら返さなければいけない、挨拶には挨拶をって奴。
普通ならこの後に『以後お見知りおきを』とか『宜しくお願いします』など付けるわけだが、敢えて付けない。
なぜなら……。
「ねぇ、ルイズちゃんって兄さんの事どう思ってる?」
これだもんなぁ。
そりゃ確かに可愛いと思うよ? ロイスさんじゃなくて俺がな。
『人形の様な』、『咲き誇る花の様な』とか付いても良い位可愛いんだ。
自分の事だから自画自賛になるんだけど、可愛いから仕方ない、可愛いは正義とか言うし。
そんなこんなの俺に惚れたって事でいいのか? 別の意味は無さそうだがとりあえず答えておく。
「別に何とも」
それを聞いて、ロイスさんは小さく息を漏らした。
……あー、惚れたんだな、ロイスさんは。
ここでそう言うことには絶対ならないと宣言しておくのもいいが、勘違いだったら恥ずかしいしもうちょっと様子を見る。
「……何か?」
「気が付かないんだ……」
「ロイスさんが私に惚れたりでもしました?」
「うっ」
まるで発作を起こしたような、確信を突かれてロイスさんが息を漏らす。
「これだけしてりゃ、流石に気が付くか」
「気が付いたのはユミルさんの一言です、流石に露骨過ぎるので」
「うん、気が付いて欲しかった」
だろうな、そんな気が無いなら絶対言わないだろうし。
「それで、まさかとは思いますがロイスさんの嫁にでもしようと?」
「その候補だな、それも今終わったようだが」
「顔は可愛いけど、中身はどうかなと思って」
人の恋に家族とは言え介入してくるのはどういうことよ。
つか、候補って事は他の人がいるって事だろ? その人んとこに行けよ。
「特技は? 料理は出来る? 算術は出来るよね? 貴族の相手できるくらいの礼儀は知ってる?」
特技は編み物(笑)に料理もそこそこ、算術、と言うか数学だが高校レベルには、貴族だから礼儀もばっちり、他国のも網羅してるよ。
と言うか終わったんだろ? 聞く必要ないじゃん。
「答える必要が?」
「兄さんが好きになった相手だもの、将来の姉になるんだから知っておいた方が良いと思うでしょ?」
「思いませんね」
無い、断言して良い。
俺はロイスさんの嫁にはならない。
「ロイスさんには申し訳ないですが」
ロイスさんの評価は『良い人』、それだけ。
これが最大で、これ以上上が無い。
だからここで終わり。
長期間接し続けることは無い、出会いはここで、別れもここで。
決して同じ道を歩くことは無い。
「ロイスさんが望むお答えを返す事は出来ません」
顔を見てはっきりと断る。
あやふやで答えるもんじゃない、少なくとそう思う。
「あー……、残念だよ。 うん……」
落胆、表情は全てそれで占められていた。
優良物件なんだから、別に俺じゃなくても良い人が見つかるよ。
背が結構高くて、顔が良くて性格も良い、家は平民だが儲けている商人だし。
引く手数多だろう、ルイズになる前の俺もこんな人間でありたかった。
「……ふむ」
恋愛話はこれで終わり、ロイスさんの気持ちを俺が断り、嫁さん候補は取り消し。
「なぁ、本当にロイスの嫁に来ないか?」
と思ったらおっさんが終わらせなかった。
「父さん!」
「……今の会話、聞いていました?」
どう聞いてもKY(空気読め)な言葉です、本当にありがとうございました。
「正直気に入った、家に来い」
「お断りします」
「照れなくて良い、俺に似てハンサムな息子だからな」
ほんとKY(空気読め)。
「恥ずかしいから断ったんじゃありません」
「ならどうして断った? ここらの、そこらの落ちこぼれ貴族より金持ってるぜ?」
「お金とか地位とか、そんな物はどうでも良いんです。 ただお嫁に行くより大切な事があるだけです」
「大切な事って何だ? それが終わったら家の嫁に来るのか?」
「終わっても行きません」
「強情だな」
「どっちがですか」
視線が交差する、漫画とかだったら確実に火花が飛んでいるだろう。
「何で嫌なの? 身内贔屓だけど、兄さんはかなり良い方だと思うけど?」
「ロイスさんが嫌って訳じゃありません、と言うかユミルさんもそう言うことを?」
「うん、何かルイズちゃんって覇気があっていいよね」
訳分からん。
「家はな、商人の家系だ。 こいつが次の頭で、一人でやっていけるほど小さくはねぇ」
だから嫁さんを選ぶのか。
と言うか、あんたんとこの事情とかどうでもいいんだが。
「馬鹿じゃいけねぇのよ、分かるよな?」
「ええ」
「お前さんは算術は出来るんだろう?」
「……多少は」
「儲けるってのは色んな事しなくちゃならねぇ、単純に笑顔で相槌打ってても物は売れねぇのよ。 何より要領が良くちゃいけない、頭も回らなくちゃいけねぇ」
「それだけ大事なら、昨日知り会ったばかりの人間を候補に入れるのはどうかと思いますが?」
「そこは直感だ、お前さんは顔はいいし、性格も良い感じだ。 俺の嫁さんにそっくりだぜ?」
俺みたいな人間が他にもいるって、それはそれで奇跡的な平民だな。
「比べないでください、奥さんに失礼です」
「うん、お母さんに似てるんだよね。 言い方とか」
だから比べんな、似非女の子の俺と本物の女性と比べるのはダメだろ。
「つまり私自身を見てないわけですね? なら尚更行く気はありません」
「何だ? お前さん自身を見たら家に──」
「父さん、ユミル、帰ろう」
おっさんとユミルちゃんの猛攻を遮ったのはロイスさん。
「ルイズさん、ごめん」
そう言い謝り、数枚の金貨を置いて二人を引っ張り店の入り口に向かうロイスさん。
「ちょ、まだ晩飯がきてねぇだろうが!」
「母さん一人にしてるんだ、出来るだけ早く帰ったほうがいいだろ」
「そうだけど、兄さんの──」
「いいから!」
と似合わず声を荒げて、二人をグイグイ引っ張りながら出て行った。
「……はぁ」
面倒くさい事になった。
こういうのって粗暴な輩より性質が悪いわ。
あのおっさんのような、一度断ったものを何度もしつこく来るのは好きじゃない。
しっかり断ったしもう来ないだろう、と言うか余り来て欲しくない。
ロイスさんはちゃんと納得したみたいだから、来て貰っても普通に対応できるだろうが。
多分、次来て貰っても事務的な態度でしか対応できないだろう。
これも『俺』だからこその変化か。
テーブルの上に置かれた代金を手に取り、会計担当に渡す。
頼んだ料理は俺たちの飯にでもしてもらうか。