「最後にもう一度、馬鹿な事聞いてみるよ」
歩みを止めて、ルイズがロイスへと振り返る。
「僕と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」
タイトル「諦めない、それがコツ」
四日目、チップレースは佳境に入ってきた。
店は昨日よりも賑わいを見せている、明日、明後日となればさらに凄い事になるだろう。
「聞いたわよ?」
「耳が早いことで」
皿を洗いながら話しかけてくるジェシカ、その内容は昨日の事。
狭い店内で噂などすぐに広がる、他の女の子たちが聞いていたのだろうか。
接客しながら耳を傾けられるってすんごいな、俺は目の前のことに集中して無理だろうなぁ。
「良い人じゃないの、ここらの平民の中で一番の男じゃないかしら?」
「性格は良いし、顔も良い、お金も持ってる、それだけじゃない」
「全部揃ってるじゃないの」
「私にとって一番大切なものが欠けてるわ、だから断るのよ」
「これ以上何が必要なのよ」
「……そうねぇ」
何が足りないって、……存在?
多分俺の隣に居られないと思うんだ、ロイスさんは。
俺とロイスさん、じゃなくて俺とサイト、じゃないと駄目な気がする。
それが一番『正しい』、ロイスさんと居るのが間違っていると言うわけじゃないが。
「……一緒に居られないから、かしら」
「一緒に居られないって……、やっぱりそう言うこと?」
「さぁ、どうかしら。 どちらにしても私はあの人と一緒にはなれないわ」
「……勿体無いわねぇ」
「アプローチすればいいじゃない」
「こっち見ないわよ」
好きな人が居るのにあっちこっち見るのはちょっと駄目だなって思うよ、軽く流されるようなら浮気確定な気もするし。
その点一途そうな人だから、付き合う人からすれば安心だろうけど。
「で? 一番人気のジェシカさんは厨房で油売ってて良いんで?」
「暫定一位でごめんねー!」
ドスンと置いた、昨日から比べ倍に膨らんでいる麻袋。
トンでもないよ、この子は……。
「100超えてそうね」
「超えてるんじゃない?」
チップレースとは言え、一週間も経たずにここまで稼ぐなんざ凄まじい。
男を手玉に取る術に長け過ぎ、相手にしたら限界まで搾り取られそう、貯金が出来ない的な意味で。
「ルイズはどれ位よ」
「30エキュー位だったかな」
「あんたも大概よね」
さもありなん。
「………」
本の数秒の沈黙、食器を洗う音と濯ぐ音。
洗うルイズの横顔を覗くジェシカが口を開いた。
「……あんた、あの人に来て欲しくないって思ってるでしょ?」
「思ってるわよ」
「どうする?」
「嫌とは言えないわよ」
「そ、ならそのままで良いわね」
そう言って笑うジェシカ。
心配で良いのか、そういった感情を向けてきてくれているんだろう。
「ここは『外してあげましょう』位言っても良いんじゃない?」
「そうして欲しい?」
「いいえ」
「でしょ? だから言わないのよ」
フっと笑うジェシカ、分かってると言いたげな笑み。
これはまずいね、可愛いじゃないの。
結婚したら夫を尻に敷くんだろうが、不満を感じさせない生活になるんじゃなかろうか。
このジェシカなら簡単にやってのけそうだけども、夫になる人は幸せなのか不幸なのか……幸せだろうな、うん。
「ジェシカのそう言う所、好きよ」
その一言に、ジェシカは一瞬驚いた表情を浮かべた後、ニヤリとあくどい笑みを見せた。
「あは、いきなりそう言うことを言うのは反則じゃない?」
「そう?」
「そうよ、それを男にやると危ないわよ」
ニコポを狙ってやってみた、狙ってやってみたが流石に同姓のジェシカには効果がないようだ。
笑い掛ける → その笑顔に惚れる = ニコポ。
一目惚れを誘発させる危険な技術だ、前提条件として『かっこいい』とか『可愛い』とか『整って』いなければいけないが。
ジェシカの言う通り、並の男なら容易く落ちる美貌だからしょうがない。
ニコポはまだいい、笑いかけるだけで良いのだから。
「……そうね、今度やってみようかな」
「頭を撫でてあげるのも良いんじゃないかしら?」
「撫でる?」
「例えば仕事を頑張った人には『よく頑張ったわね』、とか言って撫でてみたら良いかも」
「子ども扱いされて嫌じゃない?」
いきなり赤の他人に、しかも大人にそういう事するのはかなり気が引ける。
これが子供、年齢が2桁になった前後ならなんとか。
「世の中には特殊な人間も居るのよ、それを見極めるのが難しいのだけど」
ジェシカの演技力を持ってすれば妹や幼馴染、年上のお姉さんとか色々出来たりする。
男を誑し込めるのが凄い、そうではなくては一週間で100エキューとか稼げない。
さらには巧みな話術で相手を引き込む、『自分に気があるんじゃないか?』と思わせるのだからやばい。
通えばこっちを向いてくれるかもしれない、ならもうちょっとお金を掛けようじゃないか、とか。
『嵌っている……、すでに泥中、首まで……』
そう言えるほど『してやられている』。
まぁ、こんな風に言うと悪女みたいに聞こえるが、実際はお客の泡銭しか持って行かない。
料理の代金と、その時持っている『チップとして出せる金額』のみ。
良心のためか身を削って出そうとするチップは断る、そうして絶妙な悪循環を生み出している。
男から全てを搾り取る悪女にはなれないが、店を儲けさせる事が出来る一流の給仕であるジェシカだった。
「……まぁねぇ、確かに居るけど」
「甘えてくる男には良いんじゃないの?」
「やりすぎるとずかずか踏み込んでくるから、いろいろ考えなきゃいけなくなるわよ」
あーそうか、ストーカーとかあるかもしれんな。
「それは考えなきゃいけないわね」
「折り合いが大切だからね、適度適度って奴よ」
ニコポナデポ、それ自体は容易い。
問題はその後、惚れさせた後の……言い方が悪いが『処理』の仕方だ。
人の感情を利用する商売で、そういったものはつき物だ。
やり過ぎれば深入りしてくるし、使う度合いが難しいのね。
「使えると思ったんだけどね」
「使えそうだから使えないのよ」
手当り次第ニコポナデポしてやったぜ! その後nice boat! なんてなったら笑い話にもならない。
責任を取るという意味でなら使っても良いかもしれんが。
そんな会話をしながら皿洗いをこなす、懸念していた人たちは店が閉まるまで来なかった。
流石に諦めてくれたか、こう言うので周りがせっつくのは嫌になるから助かる。
まぁ、冗談がってジェシカが突っ込んできたのはご愛嬌か。
「来たよ」
手を上げて挨拶をしたのはユミルちゃん。
昨日来なかったから今日来ないとも限らなかったわけで。
「いらっしゃいませ」
愛想笑いで迎撃、何かロイスさんじゃなくて別の人が居るし。
さて、今まで来たのは親父、息子、娘、この家族で足りない物は何でしょう?
正解は親父の空気を読む能力……ではなく、母親だった。
「こんばんは」
嫌だなぁ、物凄い嫌だなぁ。
背は高い、170位は有りそうでスタイルも良い。
輪郭も整っていて文字通り美人、物腰は柔らかそうで優しそう。
何だこの親父、リア充じゃねぇーか。
息子は美形、娘も美形、さらに嫁まで美人で商売は繁盛、親父の顔も渋い方面のかっこいい感じ。
ええい! しっ○団はまだか!
「いらっしゃいませ」
人生勝ち組の親父に嫉妬しながら美人の奥さんにお辞儀。
「また来たぜ」
「いらっしゃいませ」
縁談を進めなきゃ気の良い親父なんだろうけどなぁ。
酒飲んでウハハー! とかで終わりそうだけども。
「分かるか? 俺の嫁さんだ」
「おめでとうございます」
人生勝ち組になれて。
「良いだろう? こんな美人を嫁に貰えて」
「………」
それを聞いて瞬時に自分の顔を抑える。
顔が惚気を聞いて歪んでないか、嫌そうな顔をしていないかと。
人の惚気など楽しい物じゃない、そんなのは他でやって欲しい。
「あん? どうした?」
「いえ……」
落ち着け、素数を数え……ても落ち着けるか。
「……席にご案内します」
ウダウダやってても仕方ない、接客接客ゥ!
「あら、ありがとう」
「いえ」
ユミルちゃんと奥さんの椅子は引いてやる、男は自分で引け。
しっかし、家族連れなんてこの人たちだけじゃねーの?
魅惑の妖精亭は9割が男、その殆どが単品。
大体女性が来るところではない、しかも見た目が良いだけあって、他の客の視線が結構集まっている。
まぁそんな鼻の下が伸びる視線を向ければ、隣にいる女の子に頬など抓られるのだが。
「それで、今日もまたあの話ですか?」
まだやるの? いい加減分かれよ的な意図を含めてその話題を振る。
「俺はそうしたいんだがなぁ……」
「ごめんなさいね、家の人が無理やり進めて」
と横から入ってくる奥さん、この事をやっぱり話したのか。
それで奥さんが怒った、かどうかは分からないが止めたんだろう。
今日来たのは謝罪かな、そこら辺だと思うけど。
「だから、今日来たのはこの縁談をゆっくり進めようと思ったの」
「………」
なんぞこれ!?
「……すみません、何度も断っているんですが」
「ロイスと知り合ってまだ一週間も経っていないでしょう? ならゆっくり付き合っていけば……」
飛んでるぜ、この人……。
お付き合いを断る → それは知り合って間もないから → なら時間を掛ければ良いじゃない → 時間が経てば受けてくれるでしょう。
多分そんな感じ、なんて思考回路。
「……はぁ」
リアルにため息出るぞこれ。
「……良いですか? 私は『断った』んです。 『これ以上』は進まないんです、わかります?」
「それは……」
「すみません、本当にロイスさんとはお付き合いできないんです。 知り合って間もないとか、そんな理由から断っているんじゃないんです」
「本当に駄目なの?」
「はい」
強く頷く、こういうタイプって強く言わないと分かりそうも無い。
「……残念ねぇ、良さそうな子なのに」
「おいおい、諦めるのか?」
「しょうがないじゃないの、本人が嫌がっているのだし」
「ここは押していく方が良いって、そうすれば近いうちに……」
俺が折れるって? ありえんから。
「彼女は嫌だと、そう言っているでしょう?」
「お……、そうだな……」
よえぇー! あの笑顔で凄まれたら怖いけど。
男は弱く、女が強い。
そう言う世界の法則でもあるんだろうな。
目に見えぬ、肌で感じられぬ避けようが無い世界の摂理を思いながらおっさんを見る。
「それではこの話は終わりですね、ご注文でもお聞きしますが」
「ねぇねぇ、私と友達にならない?」
何が何だか分からない、縁談話が終わったらユミルちゃんがお友達になろうと言ってきた。
おっさんに似て空気読めを受け継いだのか、と言うか意図が丸見え。
「……すみません、そちらも遠慮しておきます」
「何で?」
「もう少ししたら、ここを辞めて王都から離れますし」
「何だ、王都に居られねぇのか」
「はい、やることもたくさんありますし」
下手しなくても国外まで行っちゃうし。
残念ながら今は永住できるほど暇ではないの、ゆっくりしたい。
「……残念」
ほんと、何でここまで食いついてくるのかよく分からない。
「ルイズちゃんかわいいよルイズちゃん」
容姿の御眼鏡に適ったらしい。
「算術出来るんだろ? 必須だからなぁ」
計算得意って程でもないけど、それなりに。
「直感?」
シックスセンシズ?
「礼儀も知ってるし、算術も出来る。 人を相手にするのもそれなりに出来てるしな、商人の嫁に来るには十分って事よ」
「家としてもこんな可愛い子がお嫁さんに来るなら、大歓迎なんだけどねぇ」
深い事付き合わず家に入れて、性格悪かったらどうすんだよ。
まぁ、今しっかり終わったし、気にする必要もなくなった。
「……残念だぜ、とてもなぁ。 お前さんならうまくやっていけそうだと思ったんだがなぁ……」
「私じゃなくて、もっと似合いの人が他に居ると思いますよ」
「今んとこはお前さんが一番なんだよ、ロイスに寄ってくる奴はあいつを見ちゃいねぇのさ」
と愚痴が始まりだした。
まだワインすら届いてないんですけど。
「……先にご注文をお伺いします」
「ん? ああ、そうだったな。 飯を二の次にしてたから忘れてたぜ」
ガハハと笑うおっさん、クスクスと笑うユミルちゃん、フフっと笑う奥さん。
ロイスさんならここで苦笑でもするだろうか、そんな感じが簡単に予測できる。
……これで家族か、『家族』をやってて良いなぁ。
団欒をする場所があれだけど。
「お決まりになりました?」
その問いに「ああ」とおっさんが答え、料理と飲み物を選ぶ。
ユミルちゃんと奥さんも同じ様に頼む。
「バランスが悪いですよ」
「ほっとけ」
「野菜も食べましょうね」
「こっちのサラダもくれや」
おっさんは完全に尻に敷かれている。
美人を嫁に貰った代償だろうか、それですむなら安いもんだな。
「ただいまお持ちしますね」
お辞儀、頭を下げ席を立った。
一方、一番人気のジェシカは油を売っていた。
「うーん、笑ってるわね。 もしかして受けちゃったのかしら……」
「いやいや、そんな事絶対無いから」
「顔、引きつってるわよ」
泡が手に付いているにも関わらず、手で顔を押さえたサイト。
「だめねぇ、サイトは。 そんな風だと呆れられるわよ?」
「何がだよ」
「『そんな事無い、ありえない』って良いながら一々気にしてるじゃないの、それってルイズを信頼して無いって事でしょ?」
「そ、そんな事……」
「無いって言い切れないわよねぇ? 今までだってすぐ声を上げて振り向いてたし」
「………」
「まぁ、信じ続けるってのはとても難しいから分からなくも無いけど」
「何が言いたいんだよ」
「別に、恋してるなーって」
「し、してねぇよ!」
顔に付いた泡を拭き落としながら、叫ぶようにジェシカに言った。
そんなサイトの物言いにジェシカは面白そうに笑う。
からかわれている、それが手に取るように分かったサイト。
「それが駄目なのよ、どう見ても気にしてますよーって言ってる様にしか聞こえないの」
ジェシカもルイズをネタに話を振れば、サイトが面白いように食いつくからからかっているだけ。
サイトが引っかからなければ、さっさと止めて他の事をしている。
「本当にそうじゃないなら余裕を持たなきゃ」
「うるせっ」
ごしごしと皿を洗い続けるサイト。
そんなジェシカは厨房に入ってくるルイズを見つけ、喋りかけながら近寄った。
「ねぇねぇルイズ、サイトってば……」
「うわっ! そう言う事やめろよな!!」
「また油売って、二日前も似たような事してなかった?」
笑うジェシカ、慌てるサイト、呆れるルイズ。
忙しい厨房の一角は、こんな雰囲気が出来上がっていた。
鍋を振るうコックからしてみれば余り良いものではないが、随分と楽しそうに笑うジェシカを見ていると『まぁいいか』と言う気分になって見逃してしまっていた。
注文を受けた料理を伝え、いつも通りの二人が居る厨房を後にする。
いっつも楽しそうにやってんのな、あの二人。
これはサイトにフラグでも立ったか。
とか思いつつ、水とワインのビンが入った小樽を持ってあの席に戻る。
「申し訳ございません、お客さんが多くて料理が出来るのは少し掛かりそうでして」
「繁盛するってのは良い事だ、待たせるのはあれだがな」
「すみません」
コック結構居るんですけどね、それでも間に合わないと言う。
高い売り上げ出したらボーナスとか出るのかね? チップがあるからどうだろうか。
「あー、そういえば」
「ん?」
「聞きたい事があったんですよ」
「ほうほう? 聞きたい事?」
「ええ、そちらで食料って扱っています?」
「そこそこな、何でだ?」
「いえ、もうそろそろ戦争が始まりそうですし」
「……ああ、確かにな」
戦争、国と国とが争う戦い。
大量の人と人が殺しあう。
そうすると武器や防具が必要になり、製造や買取によって多大な資金が必要となる。
さらに戦う人、軍人や傭兵を戦える状態にしておく為に食料が必要となる。
この時代位の軍隊は大規模化して来てるはずだし、原作でも軍人や傭兵、亜人によって数万規模の軍勢が整えられた。
戦える状態を維持するためには絶対に栄養補給である食事が必要であり、数万の人員の食事を賄うには武器や防具以上に金が掛かる。
貯蔵している食料を引っ張り出し、他所からも買い付ける。
そうしてまで『保つ』事が最優先とされる、そうしなければいざと言う時戦えないから。
まぁトリステインには常備軍が無いからそう言う支出が無い、基本戦争となれば国が抱える貴族の諸侯軍を募り、それを王国軍として立たせる。
兵が足りなかったら傭兵でも雇って『壁』にして使う、どこの国でもそこら辺は変わらない。
そうしてやっと防衛、或いは遠征に出る訳。
国土小さいし、収入もそんなにある訳じゃないから常備軍なんて金掛かるものなんて置いておけないが。
で、軍を軍として機能させるには食料が必要となり、金出して食糧を買う。
無論大量なんだから他に行く数が少なくなり、食べ物全般の値段が上がるわけだ。
そうなると売るのはやっぱり商人で、そこら辺を扱う商人であるおっさんなら、今現在の食料の値段が上がってるか下がってるか分かるかなって事。
「なるほど、言われればこの頃じわりじわりと上がって来てるな」
「……他国のもわかります?」
「アルビオンの方は結構顕著らしいぜ、みーんなアルビオンが買ってるって話してるぞ」
「……近い内に起こりますね、戦争」
「終わっちゃいねぇからな」
大量に買い取るって事は、近い内大量に使うって事だろう。
諜報とか持っていない小娘にも簡単に分かるんだ、隠す気など無いのだろう。
隠さなくてもどうせやるってのはわかってるんだから、そこら辺はどうでも良いか。
アンアンに現状報告送るとき、一緒に載せとくか。
あとマチルダが持ってきた裏切り者情報も。
「戦争ね、お偉いさんたちは構わないだろうが、下である俺達が一番苦労するって分かってないんだろうよ」
「上は上で苦労があると思いますよ」
悪戯に攻める方なら馬鹿だろうけど、防衛戦、攻められ守る戦いなら仕方が無いだろう。
戦争状態が長く続くなら打って出るのも理解できる。
小国トリステインは格式と自尊心だけの国と言われるだけの弱さがある。
長期間戦禍に曝されると国が持たない。
「そう考えるともう後が無いのかも……」
「あん? なんだって?」
長期間守り続けられるほど富国じゃない。
国の存続を選ぶなら、一か八かの打って出ると言う選択肢しかない気がする。
向こうは引く気が無いし、裏のスポンサーが居るためトリステインより一回り以上強い。
長期戦になれば勝率は無し、零になる。
「現状から考えれば、トリステインは戦争して勝つしかないのだと思うんですよね」
「……なんかあんのか?」
「そうですねぇ、相手は大儀に酔って引く気は無いでしょうし、近い内確実に大規模な戦争が起きるって事ですよ」
「聖地奪還、だったか? そんなのは貴族だけでやって欲しいよなぁ」
「ブリミル教徒ではないんですか?」
「始祖様なんて居ると思うか?」
「神様はどうかは知りませんが、始祖様なら昔に居たのは確かだと思います」
ブリミル教徒じゃないって結構珍しいな、このハルケギニアはブリミルと言う一神教だけだからなぁ。
「居たのか?」
「らしいですよ、証拠もあるそうですし」
「はぁん、証拠って言われても信じられねーが」
「始祖の使い魔が使っていた武器とか、確実に本物ですけどね」
「何で言い切れる?」
「インテリジェンスソードって分かります?」
「なんだそれ」
「魔法に因って喋る剣ですよ、それが見つかったんですよね」
大事な事を忘れているけどな。
「ほぉ、そうなのか。 ……ん? そいつってかなりの……」
「国宝級ですよ」
「なるほど……」
あー、喋りすぎた。
疲れてんのかね。
「出所、気になります?」
「耳が遠いな、そんな情報でたらすぐに噂話にでも聞こえて来るんだがよ」
「まぁそうですよね、とりあえず情報の出所は『貴族』ですよ」
「客か?」
「いえ」
おっさんと視線が合うこと数秒。
「まぁいいか!」
と元気よく言った。
本当にアバウトだな、この人たち。
「ええ、今はどうでも良い事ですよ」
「今? 後も有るの?」
「機会があれば、ですけど」
とりあえずユミルちゃんに笑って返しておく。
「そうなんだぁ……、まだ可能性があるかも?」
「友達と言う可能性ならありますけど」
嫁は無いけど友達ならある。
「手繰り寄せる……!」
どんだけだよ。
「ルイズちゃんはルイズちゃん、ね?」
「……そうですね」
不思議系だ、この人。
感じがちいねえさまに似てるな、包容力でもあるのかね。
なんだかんだ、おっさんが知っている話を色々聞いて情報を統合する。
一つ、アルビオンが食料品を買い集めてるらしい、トリステインも買っているらしいが今はまだ高騰はしないだろうと言う所。
二つ、このまま続けば当たり前に物価が上がる、平民は生活が苦しくなるだろう。
三つ、戦争が始まれば税金も上がる、堪ったもんじゃない! と言う話が聞こえ始めている。
どれもある程度予想できる物だからこんなもんだろうと思う。
かと言って暴動や反乱の扇動とか、そういった行動をしている者の影も形も見えない。
そう言う噂も聞いてないし、出る話は大体が国と自分の行く末ばかりだ。
あと若輩のアンアンを心配する声。
「ふぅ……、まぁそれ位だな」
とおっさんが料理を平らげ、満足そうに言う。
よく食うな、その魚料理3皿目だぞ。
「ありがとうございます、とても為になりました」
座ったまま頭を下げる。
「良いって事よ!」
と笑うおっさん。
おっさんおっさん言ってたけど、名前はグライスで、奥さんはメアリさんだとさ。
「それじゃあ帰りましょうか」
「だな、腹も膨れたし」
「ルイズちゃん、お手紙ちょうだいね!」
「一箇所に居られないので、こっちからしか送れませんが……」
文通か、携帯電話なんぞの文明の利器的な道具は無いから基本手紙一本なんだよね、しかも伝書鳩。
「それでいいよ」
申し訳ない、多分そんなに送れない。
内心謝り、ユミルちゃんに笑顔で答えておく。
それを聞いて3人が立ち上がる、それに続き、会計前まで先導する。
「またのお越しをお待ちしております、その時は縁談は無しですよ?」
「分かってる、……怒られたくないしな」
と最後の方は小声だった、恐妻家だったとは。
「それじゃあまたね、ルイズちゃん」
「ちょうだいよ! 手紙絶対ちょうだいよ!」
熱烈な感じで手を握ってくる。
本当にどうした、ユミルちゃん……。
「ほれ、幾ら必要だ? せっかくだから一位にでもしてやろうか」
なんと言う金持ち発言、今一位になるには120エキューくらいか。
「結構稼いでるんだな」
「後二日有りますし、150エキューは超えますね」
「……うーむ、やり手だな」
「店一番ですよ」
と言いつつ料理の代金とチップ、120エキューほど置いていく。
幾ら稼いでるんだ、この家族。
下手な貴族より金持ちってか、取られる税金が凄そうだ。
「良いよな?」
「ええ」
「もっと出そうよ!」
「手持ちが無いんだよ」
チッ、と舌打ちするユミルちゃん。
すんごいキャラ変わってるんだけど。
「また明日な」
「……はい、ありがとうございました」
出入り口を潜り、お辞儀して3人を見送る。
……そういやロイスさんは来辛かったのかね、聞き忘れてたわ。
と思ったらロイスさんだけが来た、時間にしたら午前4時ぐらい。
「いらっしゃいませ」
勿論指名が来る、何しにきたんだ?
とは言わないけど、あんなんなったら流石に来難いと思うんだけど。
「いや……その。 ルイズさんがもうすぐ居なくなるって聞いて……」
おっさ……グライスさんかユミルちゃんにでも聞いてきたのか。
こんな時間にご苦労様です。
お客もまばらなので、周りに他の客が居ない席へと案内する。
「聞いた通りですよ」
「……そうなんだ」
椅子に座り、がっくーんと落ち込むロイスさん。
分かりやすいなぁ、ほんと。
「えっと、王都から出るんだって?」
「はい、色々ありますので」
「残念だよ、その……色々と」
振られた上に、その人は王都を離れてどこかへ行く。
何か切ない恋物語みたいだな。
多分へこむ、俺もロイスさん側だったらへこむ。
「短い間ですが、お知り合いになれて良かったと思います」
「……近い内に行くのかい?」
「はい」
「……そうなんだ」
ずぅーんと、ひたすら重い。
「今生の別れではないんですから」
「それは、そうだけど」
「ユミルさんともお手紙のやり取りもしますので」
「ああ、そんな事言っていたね……」
「そんなに落ち込まないでください、そんな顔されると……」
と、こっちも悲しそうな顔をする。
「あ、ああ。 ごめん、ちょっと気が動転しちゃったよ」
と、ロイスさんは笑顔を作る。
「あの話をお受け出来ないのは本当に申し訳ないと思っています」
そう言って一息溜め。
「ロイスさんにはもっとお似合いの方が居ると思います。 世界の半分は女性なんですから、もっと良い方が居ますよ」
このルイズ容赦せん!
恨みは無いが徹底的に断たせてもらう!
「あ、あははは……。 そうだね、女性は君だけじゃないんだよね」
すみませんね、本当に受けるわけには行かないんですよ。
「似合いの女性、かぁ……」
高望みか、妥協か。
俺だと多分好きになった人が理想の女性になるけどな。
「ロイスさんにお聞きしますが」
「……なんだい?」
「『本当』に私が好きなんですか?」
「それは……」
「分かりました」
口ごもる、それが答え。
正直なんと答えようと変わらないんだけど。
「やっぱりお付き合いできません」
「……そうだね、僕がなんと言おうが君は頷いてくれない」
「はい」
「……ふぅ、何か吹っ切れた気がするよ」
そう言って微笑むロイスさん。
未練を潰したか。
「注文、いいかな? 晩御飯食べてなくてね」
「お伺いします」
あれとこれ、サラダも付けてこのワインを。
そうして注文を受ける。
「分かりました」
頷き、すぐに厨房へ向かって注文の料理を伝える。
伝えたらすぐ戻る、椅子に座ってたわい無い話に花を咲かせる。
楽しい食事か、傷心の食事か分からない。
どちらかと言えば傷心だけど。
会話して食事して、過ぎる時間は矢のごとく。
「うん、ここの料理って美味しいね」
「ただ女の子が接客するだけのお店だと思いました?」
「いや、うん」
「オーナーが凝り性でして、『お客様にはより良い時間を過ごして貰いたい』と思ってるそうで」
「なるほど」
本当にそう思ってるかは知らないけど、良い物を出したいってのは本当のようだ。
「……それじゃあ、お会計を」
「はい」
頷き立ち上がる、並んで会計へと歩き料理の代金を支払う。
「これ」
と差し出すのはチップ。
「グライスさんも結構な額置いていったので……」
「幾らだい?」
「120エキューほど……」
「………」
何してるんだ親父は、と言った感じで手で頭を押さえるロイスさん。
ロイスさんも流石に出し過ぎだと思ったか。
「……それじゃあ、これ」
とロイスさんがどっさり硬貨が入った麻袋を置いた。
あの親父の息子は、やはりあの親父の息子だった。
「こんなに必要無いんですが、第一勝とうって余り思ってませんし」
「余りと言う事は、少し位はあるんじゃない?」
「……まぁ、少しは」
「なら取っておいて欲しい」
気持ちを物に、と言う奴か?
「……良いんですね? 幾ら稼いでるって言ってもこれだけ出すのは……」
「良いんだよ。 自分で稼いだんだから、自分が好きなように使って当然だと思わない?」
「それは……、そうですねぇ」
世の中の奥さんに財布の紐を握られている方には羨ましい限りの話ですな。
「うん、ルイズさんには一位になって欲しい。 だからチップとして出すんだ」
「……ありがとうございます」
そうとしか言えない。
感謝の言葉を聴いたロイスさんは笑って頷き、会計を済まして外へと出る。
「……その、少し歩かない?」
「すぐ近くまででしたら」
「ありがとう」
またも微笑み、肩を並べて歩く。
本当にすぐ近くだ、歩数にして二十歩も無い。
並んで歩くが、ロイスさんが足を止めて一歩前に俺が出る。
「………」
それに気が付き振り返る。
「……最後にもう一度、馬鹿な事聞いてみるよ」
俯き、歩みを止めていたロイスさんが顔を上げた。
「僕と結婚を前提に付き合ってほしいんだ」
真剣な表情。
これ以上の無い覚悟を秘めた顔。
だからこそ一言で終わらせる。
「……ごめんなさい」
そう言って頭を下げる。
それを聞いたロイスさんは。
「こんな迷惑に付き合ってくれてありがとう」
そう言って笑い、歩みだして隣を通り過ぎ、街路の向こう側へと消えた。
そうして、本当の意味での二人の縁談は終わった。
今日最後の指名客、ロイスさんが帰ればやることは皿洗いだけ。
サイトと並んで汚れた皿を洗いすすぐ。
それも終わりようやく一日、チップレース五日目の仕事が終わった。
お疲れ様、と厨房のコックさんたちや給仕の女の子達と挨拶を交わして自分の部屋へと戻る。
「……ふぅ」
完全に終わりだ、ロイスさんと、家族のグライスたちとの話も終了。
明日からは知り合いのお客となり、要らん事に気を揉む必要も無くなる。
「……行水だけでもしとこうかな」
空調の無い室内、人が込み合い窓とか開けてるけど結構蒸し暑い。
素肌を晒している面積が大きいキャミソールとは言え、やはり汗はしっかり掻く。
仕事前に汗とか落とすとは言え、流石にこのまま寝るのは嫌。
とりあえず着替えて汗でも拭こうかな。
腰のリボンに手を掛け解き、そのまま背中の紐を解き始める。
紐が解け、締め付けが無くなったキャミソールが緩む。
そうして他の支え、もうちょっと大きければ引っ掛かったりして落ちなかったんだろうけど。
「……小さいって言われてるみたいでなんか嫌ね」
胸からお腹の部分のキャミソールがめくれて、上半身の裸を曝け出す。
これってどっちに似たんだろうか、お母様は大きくは無いけど小さくも無いって感じだけど。
先祖に薄い人が居たのだろうか、ちいねえさまは正しく大きいし。
姉さまは俺と同じか、同じ遺伝子を引き当ててしまったのか。
「……可哀想に」
他人事じゃないけどな!
そうして己の薄さを悲観していれば。
「ルイズー、飯はもうちょ……」
あ、サイトたんインしたお!
そのアスキーアートを思い出させるように、床にある板、扉が開いてサイトが顔を出した。
「ッ!」
反射的に腕を胸へと押し当てる。
「………」
バタン。
無言で床板が閉まった。
「……サイト、顔出しなさい」
有無を言わせぬ声。
「………」
それが聞こえゆっくりと床板が開き、サイトが上半分だけ顔を出す。
「見た? 見えた?」
「いえ、まったくもって見えてません」
「本当に?」
「見えてないです」
「嘘は?」
「ついてないです」
「誓える?」
「えっと……、女王陛下と始祖ブリミルに誓って」
「そう……」
腕で胸を隠したまま、部屋の隅に移動するルイズ。
そうして部屋の隅に置いてある物を拾い上げた。
「私の不注意よ、食事を持ってくるから数分は掛かると思ってたの」
「……そ、そうですか」
「ええ、しょうがないわ。 忘れてもらうにも『忘却』は使えないし……」
「ぼ、ぼうきゃく?」
少しずつサイトの頭が下がっていく。
「暴力を振るうのもどうかと思うの」
「そ、そうです……よね」
「ええ、だから約束して欲しいの」
ルイズが手に持った物を見て、サイトはその用途に思いを馳せ怯えた。
「ええ、約束。 もし見えていたとしても思い出さないって」
「み、見えてない! 知らないものを思い出すなんてできっこない!」
「……そう? そうだと良いんだけど。 でも、もしよ。 もし見えていてサイトが嘘付いてたら……」
手に持つ物、それは先日折れたベッドの足。
「これ、突っ込むから」
どこにと言う質問も不粋だろう。
突っ込むのだ、太いベッドの足を、あそこに。
それを理解できたサイトは震えた。
「約束します! 思い出さないって!」
「……見たのね」
「み、見てない! 本当だって!!」
そりゃあもう必死である。
あんなの突っ込まれたらやばい、貞操とかじゃなくて命がやばい。
あんな尖った木片が、剣山みたいになっているのを突っ込まれたら命がやばい。
「……そう、それは良かったわ」
にっこりと笑うルイズの顔が恐ろしい。
悪鬼羅刹が逃げ出すような笑顔。
ヒィ! と小さくサイトが声を上げる。
「……じゃあ、これは誓いね」
とルイズはベッドの足をテーブルの上に置く。
尖った先を上にして。
「忘れちゃ駄目よ? 忘れたらひどい事になっちゃうから」
「イエッサー!」
そうしてルイズはサイトに背中を向ける。
腕で隠したままだと色々制約が付く、だからキャミソールを戻しておこうと手を掛けるが。
「……サイト、手伝って」
背中の紐は一人じゃ届かない。
だからサイトを呼んで手伝ってもらう。
「……ああ」
床の板を開き、中に入ってくるサイト。
歩いてルイズの背後まで進む。
そうしてみるのは背中、シミ一つ無い綺麗な背中。
夕方いっつも見ている背中だけど、今は何か違うように見える。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
紐を手に取り、キャミソールの穴に通していく。
「……なぁ、ルイズ」
「なに?」
「あれ、どうなったんだ?」
「しっかり断ったわ」
紐を通し終え、蝶々結びにして指を離す。
近くに居る所為か、少しだけルイズの匂いがサイトの鼻腔を刺激する。
「……ほんとか?」
「嘘付いてどうするの?」
「いや、だってまんざらでも……」
「有り得ないわ、私はやる事があるのよ? それを放棄して色恋に現を抜かすなんてふざけてるわ」
体の向き、位置は変わらずそのままで会話を続ける。
ルイズは日が昇っている窓の外を見つめ、サイトはルイズの流れる髪を見つめる。
「……ッ」
紐を結び、下ろそうとしていたサイトの手が、ルイズの髪をその手のひらで流そうとしていた。
「心配するな、って言えないけど。 私は止めないわ、必ず、ね」
「………」
俺ってこんなんだったか?
このまま抱きしめたいって思っちまって。
欲求不満って奴なのか、そりゃあそう言うことこっち来てから……。
「……サイト?」
「……ん? 何?」
「聞いてなかったでしょ」
「あ、ごめん」
「もう、呆けるのは全部終わってからよ」
「うん」
頷いて、手を下ろす。
手に触れるルイズの髪が、さらりとサイトの肌を撫でた。
サイトの心に残るのは……。