「一役買ってるのなら感謝の一つ位くれても良いんじゃない?」
「あら? 確かにルイズの一言は聞いたけど、最初っから誰が犯人なのか分かってたわよ」
「まさか、そっちじゃないわよ」
魅惑の妖精亭の一角にあるテーブルに三人が座っていた。
キュルケとタバサが堂々と魅惑の妖精亭前に現れれば、ルイズは普通に笑顔で二人を出迎えた。
その笑顔を見て残念そうなキュルケと、どうでもいいと無表情なタバサ。
おいでおいでと誘われるまま、元から入るつもりであったから間違いだが、二人は魅惑の妖精亭に入った。
「それで、また危ない事してるわけ?」
「社会見学よ」
「説得力ないわねぇ、この前のアルビオンの延長だとか言った方がまだましよ」
「じゃあそういう事にしておけば良いじゃない」
「しゅひぎむって奴? 流行らないわよ」
「流行り廃りの問題じゃないわよ」
最新の流行語が『守秘義務』、なんだそら。
お国の上層部しか扱わない、いわゆる機密情報が流行どうこうで公開とかそんな国滅ぶだろ。
タイトル「食事は楽しくしましょう、一人で食べると寂しいよ」
「それで、ご注文は何になさいます?」
と軽く笑みを作って仕事中だとアピール。
「そうねぇ、とりあえず全部かしら」
キュルケは持っていたメニュー表をテーブルに放り投げながら言う。
「手持ちは?」
「あら、ルイズ持ちに決まっているでしょう?」
「お客様、ここはお金を払って飲食する場ですの」
奢らせようったってそうは行かない、全品とか合計1000エキュー超えるんですけど。
「奢らないわよ」
「ほかの生徒が押しかけてもいいの?」
「店が繁盛するからいいわよ、どんどん呼んでくださいな」
「ケチねぇ」
「使う所を弁えてるって言って頂戴、それにツケにしても払えない代金になるんだからやめてよね」
「御いくら?」
「自分で数えなさいよ」
メニュー表を取ってキュルケへと差し出す。
その開いたメニュー表のワインの項目、三桁のエキュー金貨が必要な値段が何行も並んでいる。
金額に驚いたのか、少々眉を潜めて問いただす。
「……ここって平民用じゃないの?」
「ごくたまにだけど貴族も来るからね、安いだけの置いておくと五月蠅いもの」
と言っても収めている金額三桁ワインの本数は全て一本や二本、高くて何本も置いておけないよ。
あれだ、安いワインを『これ○○産の有名なワインです』って言って出したらどうなるんだろう。
自称グルメ(笑)な貴族は鵜呑みにして美味いと言うのだろうか、……なんかそういうのがテレビであった様な。
「……してんのよ、早く注文取りなさいよ」
「ん? ああ、忘れてた」
もう一回注文よろしく、と言って注文を聞く。
「……あのねぇ、友達とは言えこっちは客なのよ?」
「………」
「ルイズ?」
「……あー、そうね」
「ちょっと、どうしたのよ」
多分嫌われては居ない、と思ってたけどまさか正面から友達認定が出るとは。
「ちょっと驚いただけよ」
「……? 何によ」
その問いにキュルケへと人差し指を向ける。
「面と向かって友達なんて言われると思ってなかったから」
今のように面と向かって言うような性格じゃなかった気がする。
個人的にはそういう感じがしない、特定の人物には温かさを向けるが、そうでない者には冷たい。
そうだとしたら俺は特定の人物に含まれるということだろう、これもまた関わったせいで違ってきている部分なんだろう。
こうやって友達と言われるのは微妙な気分だ、単純に嬉しいと言う気持ちと変わってしまった事への不安が混ざってね。
「……失礼ね、今までどう言う目で見てたのよ」
「自己中心的でわがまま、男を取っ換え引っ換えの尻軽女」
「喧嘩売ってる?」
「はいはい、美味しいワイン一本奢ってあげるから。 ああ、あと友達にはすごく優しいわよね」
笑みを作りながら立ち上がり、最後の一言で顔色を変えるキュルケを見て厨房へと戻る。
「これもありなのかしらね……」
変えて良かったと思える事があるのだろうか、いずれそう思える時が来るんだろうか。
溜息をつきながら厨房の両開きドアを開け中に入る。
「オルエニール産のワインを一本」
人差し指を立てて奢るワインの名を口にする。
ここのワインは値段の割に味が良い、俺好みの味だけどお薦め出来る。
「ありがとう」
一分程待てば小樽に入った冷えたワインを、厨房の人が持ってきてカウンターに置かれる。
それを手に取りゴシゴシと汚れた皿を洗うサイトに視線をやって、すぐに厨房を出る。
ドアの向こうに広がるフロア、その視線の先には……。
「居ないじゃん……」
キュルケとタバサが座っていたテーブル、二人の姿は見えない。
とりあえずそのテーブルに向かい、上にワインを置く。
椅子に座っていないのは何故か、周囲がいつものざわめきとは違うのは何故か。
そして外から悲鳴と轟音が聞こえてくるのは何故か。
「そう言うのも有った気がするわね」
数分、二分掛かったかどうかの間に騒動が起こり、決闘に到るまでになった。
で、今外でその決闘が行われてると言うところか。
進行早すぎるだろ……。
しょうがないので足を向け、店の外に出てみれば。
「グアッ!?」
三人のメイジが水平に吹っ飛んでいた。
「終わり」
そう宣言して、杖で音を鳴らすように石畳に着く。
「本当に口程でも無いわね」
「キュルケもやったの?」
「いいえ」
まぁタバサの一撃で三人とも吹っ飛んだから当たり前か。
キュルケだったら吹っ飛ばされず服が燃え尽きただろうなー。
「あんなの相手にしてないで」
心配になってくる、キュルケとタバサではなくて。
士官、トリステインの軍人、前線で戦う部隊に命を出して率いる貴族。
職業軍人かは知らないが、軍人であるからに戦う事を第一とした貴族であると言うのにこれだからな。
三体一で一方的にやられるなんて……。
「ああ、先手でも譲ってもらった?」
「タバサがやるって言うから任せたのに、子供のメイジだからって先手を譲ってきたんだから」
「舐めてるわね、その結果があれだから笑い話にもなりはしないわ」
国のために戦うってならもっと頑張れよ、戦争の機運高まってるんだからさぁ。
見下すなんて以ての外だろ、まぁ相手がタバサだからしょうが無いような気もするけど。
スクウェア目前のイチオシメイジのタバサちゃんは、風属性メイジの中で中々の才能を保持している。
「早く入りなさいよ、数で押さなきゃ駄目な奴らなんか放っておいて」
「そうね、まぁ何もしてないけどお腹空いちゃったわ」
そう言って魅惑の妖精亭に入り直す二人。
「……無様をまた見せ付けに来るのね」
起き上がって慌てて気絶している二人を抱え、逃げ出して行く軍人を見る。
本当に不安だ、失笑すら出ないつまらないコメディを見ているような感じ。
量で負けるなら質で勝負、とも行かないだろう……。
他の国に比べてトリステインの軍はメイジの数が多い。
それが悪いとは言わないが、魔法が使えるからと言って頭が切れて良い働きをする平民より、ただ魔法をぶっ放すだけしか出来ない貴族を優先したりしている。
量で負けて質でも負ける、戦況を覆せるような将官も居ないと来たものだ、と言うか極悪な策を練れそうな奴が敵だからなぁ……。
「不安すぎる……」
たしかあの逃げて行く軍人は、部隊を連れてまた戻ってきたような気がする。
その時もう一度戦ったような気がするが、どうなったかは覚えていない。
これはどうでも良い、本当に心配なのはアルビオン戦争でのサイトの安否だ。
十中八九ジョゼフやヴィットーリオに目を付けられているだろう、奴らが原作とは違うどう言った介入をしてくるのかがものすごく不安だ。
普通に搦め手とか怖すぎる、気が付いたら孤立とか普通に有りそうで怖い、もっと周りとか変わって関係を強化しとくべきか……。
でもやり過ぎて全く違う展開とか、本当にどうしたらいいのかわからなくなるのも避けたい……。
「──っと、ルイズ!」
「……ああ? 何?」
「あんたどうしたのよ、さっきも呆っとしてたし疲れてるんじゃないの?」
……あーもー、考える事が多すぎて他の事に意識を向けてられない。
「かもしれないわね」
確かに疲れているのかも知れない。
日曜の朝にやってる魔法少女アニメっぽい衣装を来て可愛らしいポーズを決める無表情のタバサとか思いつくなど、かなり危ないかも知れない。
店内からこちらを見ていた二人、そんな返事を返しながら妖精亭に入った。
やる事が終われば一つ、魅惑の妖精亭は御食事処。
つまりは食事を取る、たあいも無い話を三人、と言うかタバサは殆ど喋らないからほぼキュルケだけと話す。
無論タバサにも話題を振るが首を縦に振るか横に降るか、それか「興味ない」の一言で終わる。
普通ならタバサの態度に怒ったり呆れたりするだろうが、こうなってしまった事情を知っている為に簡単に流す。
「それで、前に言った他の属性も考えてみた?」
話題を降った相手は火一辺倒のキュルケ、タバサのように風と水をかけあわせた魔法でも考えれば良いのにと思った訳で。
「要らないわよ」
「勿体無いわねぇ、色々使えそうなのに」
「例えば? そう言うんだから何か思いついてるんでしょ?」
「そうねぇ、ファイア・ストームとかどう?」
「風ねぇ、火との相性は良いでしょうけどね」
キュルケと相性良くないのか。
「土は? 地面や空気を錬金で油に変えて燃やすとか」
「フーケのゴーレムを燃やした奴ね、出来ない事はないけどそんな遠くで錬金出来るわけじゃないし」
「媒介があればちょっとは距離を伸ばせるでしょうね」
水は対極に位置するから使えないだろうな、水蒸気爆発とか使えそうなんだけど。
「うーん、タバサと一緒に居るなら合体魔法でも考えた方が良いかしら」
「あんなの無理でしょ」
「そうでも無いわよ、要はしっかりと理解してれば良いのよ」
「………」
今まで興味なさそうだったタバサが、魔法関連の話になると耳を傾けてきた。
「ちょっと前に受けたヘクサゴン・スペルは、どう言う理屈で効果が跳ね上がるのか分かる?」
それを聞いてキュルケは顎に手を添えて考える。
首をかしげ、思いついた言葉を口にする。
「……上手く魔法に魔法を乗せてるから?」
「そういう事、相乗効果って奴でね、上手く噛み合えばいつも以上の効果を発揮するの」
「じゃああのスクウェアを超えるような水の竜巻は、噛み合った結果だってこと?」
「そうそう、まぁアレは四王家の特異な血筋じゃないと無理だけど」
「じゃあ無理じゃないの」
「そうでもないのよね、ロマリアにも似た様な合体魔法があるのよ。 血反吐を吐くような訓練の末に使えるようになるらしいけど」
たしかロマリアの聖堂騎士隊が使えたはず、名称が有ったはずだが全く覚えていない。
「そっちの方が現実的だけどね、血反吐を吐くような訓練とかしたくないんだけど」
「そんな事わかってるわよ、合体魔法の例を上げただけでしょ」
「……使い方次第?」
「そう言う事」
タバサの一言に微笑んで頷く。
「あれらは同時に使って効果を得られるって話よ、合体魔法の定義はなにも同時に使うだけじゃないって事よ」
「それが無理だから言ってるんじゃないの」
「……あのね、最初から無理だって決めつけて行動するのは小さい人間がすることよ?」
「常識的に考えれば無理じゃないの、そう考える貴女の方がおかしいのよ」
「それが小さい人間って事なのよ、世に言う天才は別方向からのアプローチを掛けるの」
「……どういう事よ」
「そうね、タバサは風寄りだけど水も使えるわよね?」
首を縦に揺らしてタバサが頷く。
「そしてキュルケは火が得意、一見水と火は真逆で相性が悪いでしょ?」
「そうね、私はこれっぽっちも水が使えないわ」
「火は苦手」
「そう、そこが目の付けどころよ。 相性が悪く苦手とするからこそ反発が生まれる、それを利用するの」
「回りくどいわね、答えを先に言ったらどうなのよ」
「説明してあげた方がわかりやすいでしょ、絶対そっちの方が理解しやすいってば」
「同意」
そう言ってタバサも頷いて同意、それを見たキュルケは肩を竦めながらも黙った。
「それじゃあここからが要点ね。 キュルケ、火に水を被せたらどうなると思う?」
「どうなるって、火が消えるでしょ」
「そうね、じゃあタバサ。 水に火を当てたらどうなる?」
「火が消える、あるいは水が蒸発する」
「何当たり前のこと聞いてるのよ」
「そうね、これは当たり前のことよ。 じゃあこれを過剰にしたらどうなると思う?」
「過剰?」
「そう、思いっきり過剰にしたらどういう事が起きると思う?」
「………」
キュルケとタバサ、思い付かないのか黙りこくる。
まぁ俺も詳しいことは説明出来ないからあれだけど。
「分からない? 正解を言いましょうか?」
「分からないわよ、火が消えたり水が蒸発したりするんじゃないの?」
「想像出来ない」
あら? タバサは知ってそうと思ったんだけど。
「正解はね、『爆発』が起こるのよ」
「……貴女がいっつも起こしてるあの爆発?」
「少し違うけど、あんな爆発ね」
正確に言えば衝撃波?
「水の塊に高熱の火を当てれば爆発が起こる……」
「詳しいことは私も分からないから説明出来ないわ。 身近……とは言えないけど、熱した油に水を落とせば結構爆発するわよ」
「つまりタバサが水の塊を作って、私がその水の塊に熱い火を当てればドカンって訳?」
「問題は絶対に起きるって訳じゃないって所かしら?」
「……これだけ長引かせておいて、使えないってどういう話よ」
「だから例だって言ってるでしょ、フーケのゴーレムを燃やした時の奴だってギーシュと協力したんでしょ?」
「ギーシュが花びら飛ばしてそれを油に錬金、その油を私が燃やしたのよ」
「ほら、合体魔法じゃないの。 つまりは1と1を合わせて答えを3や4にするのが合体魔法よ」
ギーシュはドットメイジだから錬金はドットレベルだろうし、キュルケが火を付けた魔法だってドットレベルにさえ届くかどうか疑問の物じゃない?
ドットとドット、1と1でフーケのバカでかいゴーレムを燃やし尽くしてトライアングルやスクウェアにも匹敵する効果を上げた。
「……確かに簡単だけどね……」
納得行かないのか、中々渋い顔でキュルケが唸る。
「一人だけじゃすぐ限界が来る、だからこそ他の人と協力して効果と範囲を広げるの」
ヘクサゴン・スペルや聖堂騎士隊が使う合体魔法、それは誰かと協力して使う魔法。
どちらも個人の限界であるスクウェアを容易くしのぐ効果、王家の血であったり血反吐を吐くような訓練と言った厳しい条件をクリアしているからこその限界突破だ。
俺が言ったのは相乗効果の足し算魔法、と言った所。
勿論一人でも出来る話ではあるが、誰かと協力する事によって一人一つの魔法により集中と力を込められる。
時間も短縮できて、精神力の消費を抑えることも出来る。
「一人の限界を超えて、より早く目標に辿りつけたりするのよ」
そう思わない? と二人を見る。
「まぁね、あんなでっかい水の竜巻目の前で見てたら頷くしか無いわよ」
「………」
キュルケは頷くが、タバサは頷かない。
発した言葉の意図でも勘繰ったのか、声を出さないし頷きもしない。
「他にも一つ考えたんだけど、無理そうだからやめとく」
と逸す為に話題を出した。
「どんなのよ?」
「ほら、水が雷を通すのは知ってるでしょ?」
「そうね、雨の日に近くに雷が落ちて痺れ死んだ人も居るそうね。 それじゃあライトニング・クラウドを水を通して相手に当てるわけね?」
「でも魔法で作り出した水は多分無理なのよねぇ」
「……? どういう事?」
魔法で水を作る際、空気中の水蒸気を集めて水の塊を作るのだが、集めるのは水蒸気『だけ』。
つまりは不純物が無い、電気を運ぶ物質が無い『純水』の状態で水の塊を集め作る。
純水自体が完全に電気を通さないかはちょっと分からないが。
例えば地面に魔法で作った大量の水を撒いておいて、その上を通りがかる人間を水に撃ち込んだライトニング・クラウドで感電させられるかがちょっと疑問。
地面に撒いたら不純物を取り込むだろうけど、魔法で集めて作った水だし、魔法の効果が続いていて純水のままかもしれないと言う考え。
昔魔法で作ってもらった水を飲んでみたが不味かった、それで判断するのはあれだけど多分魔法で作った水は純水だろう。
もしかしたら完全に不純物が存在しない水なのかも知れない。
「ルイズ、それって綺麗な水が不味いって言ってるようなものよ?」
科学的な言い方をしても分からないだろうから、わかりやすく掻い摘んで説明したらこう言われた。
「タバサ、今小さな水の塊を作れる?」
じゃあ証明しようじゃないかと、タバサを見てお願いする。
親指と人差し指で2サント程の隙間を作って大きさを伝えて、その指を見てタバサは頷き、小さく杖を降る。
するとテーブルの上に丸い2サント程の水の塊が出来上がる。
「はいどうぞ、魔法で作った綺麗な水ですよー」
浮く小さな水の塊がキュルケの口元へ移動する。
その様子にキュルケは小さな笑みを作り、俺を見た。
不味い筈が無い、そう思っているのだろうキュルケは水の塊を口に含んだ。
「………」
口に含んで数秒、キュルケの顔から笑みが消えた。
それを見て今度は俺が笑みを作る。
「舌ってのはね、色んなものを感じ取って、それを混ぜ合わせて『味』にするのよ。 混ざり物が無い水を飲んで美味しくないのは、舌が感じ取るものが無いからなの」
「……変なこと色々知ってるわね」
「伊達に筆記試験一位じゃないわ。 雷を通さないのは混ざり物が無いから、水自体が雷を通しているんじゃないのよ」
まぁ逸れてるけど結局は試してみなきゃ分からない代物、実用に耐えうるか疑問な話だった。
「まぁ要はフーケのゴーレムを燃やしたようなやり方だと、少ない精神力で大きな効果が上げられるって話ね」
待ち伏せで森丸ごと焼いて敵部隊の全滅とか狙えそう、四方八方からファイアボールとか撃つよりは精神力の消費を抑えられるだろうね。
小賢しい……じゃない、頭のキレるメイジはこれ位簡単に思いつくだろうけど。
こう言う効率的な魔法の運用方法を考えるのも、魔法が使えるメイジの特権じゃなかろうか。
「少しは為になる話だったわ、お酒のつまみになるくらいのね」
そう言って開いたワインのボトルを指で持ち上げ揺らす。
「味は悪くないでしょう、そのワイン」
「ええ、料理にも結構合ってたわ」
そうそう、貴族ってやたら『美味い料理には高いワイン』って風潮があるんだよな。
料理に合うワインを選ぶってのがあんまり無い、ソムリエみたいなのが居ないからかね。
キュルケが注文した料理は白身魚の香草焼、タバサが注文した料理は塩漬け鶏肉の包み焼き。
出したワインは両方オルニエール産、キュルケには白、タバサには赤。
確か肉には赤で魚には白だったはず、それに則って出してみたが良い評価をもらえたようだ。
「………」
今だはしばみ草を食べているタバサもワインを全部の飲み干している、少なくとも料理には合ったようだ。
うむ、無心でもしゃもしゃと食べるタバサは可愛いな。
そんな事を考えていたら、キュルケが大きなあくびをし始めた。
「せめて口は隠しなさいよ」
「あら失礼」
と言いつつも変わらずの素振り。
「帰っても日が落ちるだろうし、泊まっていきましょうか」
そう言うキュルケ、実は魅惑の妖精亭は宿もやっており、二階がその部分に当たる。
それを知っているキュルケは学院寮に帰るのが面倒臭くなったのか、泊まっていこうとタバサに提案。
「部屋、開いてるわよね?」
「多分開いてますわよ」
「じゃあ良い部屋一室頼むわ」
そう言って取り出したエキュー金貨を十枚ほどテーブルに置いた。
「確認してくるから少し待ってて」
離れたテーブルで接客していたスカロンへと寄り、くねくね動く体を出来るだけ視界に収めないよう一等室に泊まりたい客が居ることを知らせる。
「バッチリおうけいよん! やっぱりルイズちゃんのお客は良い人ばかりね!」
とかくねくね、抱き着かれかねないからさっさと引き上げて事務所から一等室の鍵を取ってくる。
戻り待っていたキュルケとタバサが立ち上がり、案内をする後に続く。
二階への階段を登り、二階の一室、魅惑の妖精亭で一番良い部屋のドアの鍵を外し。
ドアを開ければ寮の自室の3倍くらいの広さがある部屋が広がっていた。
「まあこんなものでしょ」
「元は平民用だし、ラ・ロシェールの女神の杵とは比べられないでしょ」
止まるだけなら十分過ぎる部屋だ、貴族にしたら下に位置するようなレべル。
節制しようぜ!
「さっきのとは別の食事代も入ってるから、またお腹空いたら降りてきなさい」
「ええ、そうするわ」
軽く手を振ってドアを閉める。
さて、次はテーブルの片付けだな……。
僅かに軋んで小さく音を鳴らす廊下の床板、それと一階のフロアの喧騒如き賑わう音を耳に入れながら一階ヘの階段へと歩んだ。
一階へと降り、キュルケとタバサの食事の後を片付ける。
貴族としてのマナーが有るために、他の客よりも断然片付けやすい。
テーブルに汚れとか付いてないんだぜ、お客さんも皆こうなら楽なんだけどなぁ。
ナイフとフォークをケースに収め、食器を持ち運びやすいよう重ねる。
それを持って厨房へ、せっせと皿を洗っているサイトの隣に置く。
「キュルケとタバサが来てるわ、二階でお休み中」
「え? なんで?」
「噂になってる魅惑の妖精亭に来てみたんだって」
世界の修正力(笑)は今だ健在なのか? そんなもん有ったら俺はとっくに死んでるだろうけど。
となればまだ繋がっているのだろう、そこまで乖離をしていないと。
それが判断を鈍らせるんだが……。
水を絞った布巾を手に取ってフロアに戻る、テーブルへ戻ってさらりと拭いて小さな汚れを拭き取る。
ピカピカ、次のお客が使うにしてもも十分な清潔さだ。
「……よし」
うん、と一度頷く。
椅子も綺麗に並べ直し、次の客を迎え入れる準備を整えた。
そうしたら。
「そこの給仕、先程のレディたちはどこへ行かれた?」
と声を掛けられて振り返ると、タバサにぶっ飛ばされた三人のメイジがいた。
「先程の? 貴族様でしたら二階でお休みになられてますが……」
「ふむ……、どうする?」
「呼ばせればよかろう、逃げられぬよう網を張っておいてな」
「確かに、先程のレディたちを呼んでこい」
「……はい、しばらくお待ち下さい」
と丁寧な対応をして二階の階段へと向かう、情けないメイジの復讐イベント来ました。
階段を登り廊下を歩く、そして一等室、キュルケとタバサが居る部屋のドアをノックして呼びかけた。
「キュルケとタバサ、起きてる?」
二度ノック、そうして待ってるとドアが開いてタバサが姿を見せる。
「お客さん、さっきのお礼がしたいんだって」
「……どれくらい?」
「かなり居ると思うわ、逃がさないようなことも言ってるから窓の外に見張りが居るかも」
「わかった」
そう言って頷き部屋から出る。
「キュルケは寝てるのね、こういう時こそ出番だってのに」
「いい」
これも借りなのだろうか。
「何人居るか分からないけど、流石にタバサでも無理でしょ」
足手纏いにならない人手が要るでしょう? と聞けば小さく頷く。
タバサクラスのメイジで足手纏いにならないって、トライアングル以上の何度も実戦を経験している手練でないと無理。
あるいは『特殊』な人物か。
「そうね、囮ぐらいにはなるでしょう」
と言えばタバサがこっちを見る。
「あの差で正面切って戦えば認めざるを得ないでしょう、囮は用意するから後はタバサ次第になるわ」
広範囲の攻撃魔法で奴らを薙ぎ倒す、負けを認めさせるのは全員叩きのめさなければいけないだろう。
三体一で敵わなかったお礼に自分の部隊持ってくるようなメイジなのだ、それ位してやらないと理解できないだろう。
王権行使許可証を出しても良いんだが、破れてるし信じないだろうな。
「具体的に」
「私も手伝わないといけないでしょう? 流石に一人で行かせるほど薄情じゃないわ」
「………」
「キュルケは要らないわね、サイトを突っ込ませた方がいいかも……」
デルフの魔法吸収とガンダールヴサイトの機動力から持ってすれば、そこら辺の雑兵など相手にならんだろう。
それでも出来るだけ戦わせたくないが……、逃げに徹すれば怪我を負うことはないかな。
俺は魔法使えんしなぁ、爆発を相手の上にでも使えば終わりそうだけど周りに被害が出るし。
幻影もあんまり使いたくないな、誰だって作り出せるのは知られたくないし、使って後ろに下がるのもあれだし。
解呪はさらに使えんし、精々爆発をちょこちょこ撃つだけか。
「作戦は私とサイトが突っ込んで撹乱、その間にウィンド・ブレイクでも使って纏めて吹き飛ばして。 相手が長話するようならその間に詠唱してすぐ撃ってちょうだい、卑怯なんて言われるでしょうけど戦場でそんな物が通用しないことを教えてあげなきゃ」
要はタバサとサイト、俺は幻像で同じく撹乱でもするか。
「わかった」
その場で考えた作戦にタバサは頷く。
……簡単に頷いたのには打算があるんだろうなぁ、以前タバサたちの背後を取った魔法を見極めようとかさ。
「それじゃあ行きましょ」
タバサが頷いて歩き出す、僅かに軋む廊下を歩いて階段。
それを降りようとした所で、階段を登ってきた人物に声を掛けられた。
「ちょっとルイズ! なんか外に兵隊がいっぱい居るんだけど、何か知って……」
そう言って手すりに手を掛けて止まるのはジェシカ。
「ちょっとこちらの用事で来てるだけ、すぐに終わらせるから」
「そちらの貴族様とご関係が?」
大きな杖を持つタバサが貴族と分かり、丁寧語でジェシカ。
「普通にしゃべっても良いでしょ?」
隣のタバサに聞けば頷く。
「……えっと、それじゃあ普通に。 日が落ちる前にやってた決闘の奴?」
「ええ、三対一で負けて名誉をずたずたに引き裂かれたから自分の部隊でお礼をしようって、なんとも狭量なメイジをお仕置きしてあげようってね」
「それはまた……」
「ああ、サイトを呼んできてもらえないかしら。 剣を持って私の所に来るよう言って欲しいんだけど」
「いいけど、大丈夫なの? 百人位居そうなんだけど……」
足の付根、太ももに結びつけていた杖を引き抜く。
「問題ないわ、心配してくれてありがとうね」
「そう……、それじゃあ出来るだけ怪我をしないようにね。 そちらの貴族様も」
「……ありがとう」
心配されることなど無かったのだろう、少々驚いたのか止まったタバサ。
口から出たのは小さな感謝だった。
それを聞いてジェシカは笑い、軽快に階段を降りて行く。
「まぁ人間よ、貴族だろうが平民だろうがね」
今のタバサでは無く、昔のシャルロットなら少しくらいは考えていたかも知れない。
だが今のタバサは他の事など眼中にない、唯一点復讐に力を注いでいるから見向きもしない。
優しいから一人でやろうとしているのか、邪魔だと考えるから一人でやろうとしているのか、俺的には両方かなと思う。
「………」
俺の声に返さず、階段を降り始めるタバサ。
タバサがシャルロットに戻り、あの笑顔を浮かべることが出来る日はいつ来るのだろうか……。
「サイト!」
せっせと皿洗いしていた所にジェシカが厨房に入ってくる。
なんか慌てているような感じ、その声を聞いて振り向く。
「なに?」
「皿洗ってる場合じゃないわよ! ルイズたちが外の兵隊と戦うらしいのよ!」
「……え?」
「ほら! 早く手を洗って! 剣持ってルイズのとこに行かなきゃ!」
隣に経ってジェシカが桶を取って、おれの手に水をかける。
「なにしてんの!」
いきなりの事で混乱していた俺を叱咤し、気が付いて言われた通り手の泡を洗い落とす。
「はいはいはい! さっさと動く!」
手拭きでごしごしと濡れた手を拭き、背中を叩く。
「サイトはルイズの騎士なんでしょ! さっさと行く!」
尻を蹴っ飛ばされ、言われるままに剣を取る。
よく分から無い、なんで兵隊と戦うことになってるの?
まぁルイズに聞いたらいいか、と駆け出し厨房を出る。
「まったく、あれでしっかり守れるのかねぇ」
見送るジェシカは腰に手を当て、一言呟く。
厨房にいた女の子やコックはそれに頷いていた。
カツンカツンと階段を降りきり、妖精亭の入り口で立っていた貴族たちと視線がかち合う。
「おお、これはこれは! 先程の件で礼を述べたく参りました」
随分と大きな声でそう宣言する。
入口の外にはずらりと兵が並んでおり、整列していた。
ボコる気満々じゃねーか、本気でこういう大人になりたいと思えない。
「ところであの赤髪のレディは如何されたのですか?」
「必要ない」
淡白にタバサが言う。
「必要ない、とはどういう意味ですかな?」
言葉の意図に気付いたのか、頬を引き攣らせながら隊長らしき男の隣のメイジが言う。
「彼女は今就寝しておりまして、代わりと言ってはなんですが代替を用意させていただきました」
俺がそう言うと真ん中の隊長らしき男が。
「関係ない者は黙っていろ」
と一刀両断。
勿論そんなもので黙るわけもなく。
「いえいえ、私めも関係有ります故に口を開かせていただきますわ」
見せつけるように杖を取り出した。
三人の士官が驚き、逆に口を閉じた。
「彼女と私、そして私の従者が皆様のお相手をさせていただきます」
そう言ってから厨房から出てきたのはサイト、両手に鞘に収められた剣を持っている。
三人の士官と二人の少女、さらには二振りの剣をもった少年を見て店内がざわめく。
「さぁ、外へ参りましょうか」
「……いやはや、随分と剛毅な。 だからこそですかな、このような下賤な場所で働いているなどと」
平民が集まる酒場で働く貴族など没落しか居ない、とか考えてるんだろう。
そんな貴族が居れば十中八九没落、家名を落とした元貴族の存在。
だが現実はそんな単純じゃないんだよ。
「御託は良いから外に出ませんこと? 私情で駆り出される下士官や兵たちを待たせるのも無粋でしょうから」
同情はするよ、こんな士官の下に配属された人たちにさ。
本当、これから吹っ飛ばされる人たちには同情しか出来ない。
「……なぁ、なんでこんな事になってるんだ?」
と傍に寄ってきたサイトに耳打ちされる。
「……心が狭い奴がキュルケたちに絡んできたのよ、それを断ってキュルケが挑発したもんだから決闘になったんだけど」
「……それでキュルケたちにやられたって?」
「……そう言う事、名誉は消え失せたから、顔真っ赤にして自分の部隊を持って来たってわけ」
「……何と言うか、ご愁傷さま?」
ヒソヒソと小声で事情を説明。
「……とりあえずサイトは動き回って引っ掻き回すだけでいいわ、攻撃はタバサに任せるから」
「……殺し合いなんてしたくないって」
「……殴ってもいいわよ? 拳でも剣の腹でも、死なない程度になら」
「……ルイズはどうすんの?」
「……魔法で同じようにかき回すわ」
「……了解」
その会話の中でまるで嘲笑のごとく笑みを浮かべた為か、三人の士官の表情が怒りへと変わっているのが分かる。
店内はざわめきに色立ち、先程の決闘より大事になっている事に驚きを隠せない。
「どうかなさいまして?」
「……その言葉、後悔なされぬよう」
「ええ、そうですわね」
三人の士官が踵を返して外に出る。
「サイト、始まったらすぐに敵の奥へと進んで。 足を止めるとタバサの魔法に巻き込まれるわ」
「わかった」
「あいつらが前口上でも話し始めたら動かなくて良いわ、その時は魔法を撃ち込むから」
「あいよ」
そう作戦を話し、三人の士官の後に続いて店を出る。
店の外は暗い、日はすでに落ちて世界を闇色へと染めている。
それでも魅惑の妖精亭や他の建物から漏れる光で、どこに誰が居るのかぐらいは分かる。
「かしらぁーーーー! 右!!」
出るやいなや号令、ずらりと並んだ兵隊が整列する。
ビビらせるつもりか? うん、確かに数は多いな。
結構居るな、そう考えながら人数を数えていれば三人の士官が一歩前に出た。
「───」
すでにタバサは呪文の詠唱を始めて居る、小声で唇も殆ど動かしていないから聞こえていないのだろう。
それに気が付かぬまま、三人の士官の内の真ん中、隊長らしき男が話し始めた。
「先程は見事な魔法のお点前だった、侮り先手を譲ったのは確かに……」
「──『ウィンド・ブレイク』」
そう喋っていた隊長っぽい男とその隣にいた副官らしき男たちが吹き飛んだ、それはタバサの容赦ない魔法。
いや、一応手加減しているから死人は出ないだろうけど、先頭の三人は大きく吹き飛び、その後ろに並んでいた兵隊たちも変わらず吹っ飛んだ。
飛んだ数は二十人は堅く、吹っ飛んだ兵に巻き添えを食ってぶつかる他の兵。
まるでボウリングで投げ転がされたボールがピンにぶつかって纏めて倒れる光景のよう、後ろの兵士達はいきなりの出来事を呆然と見ていた。
「………」
「ラナ・デル・ウィンデ、『エア・ハンマー』」
固められた空気が槌となり、驚きながらも今だ無事に立っている兵に振るわれる。
横に振るわれたエア・ハンマーはさながら野球のバットだろうか、勿論兵士がボール役。
「ナイスヒット、内野安打確実ね」
開始宣言する間もなく、戦いは殲滅戦へと移行していた。
正直俺とサイトは要らなかったようだ、いきなり指揮官が戦闘不能になり、多分隣に居たのは副官だろうし。
命令が下されぬまま戦闘が発生して慌てふためくだけとなる、そして容赦なく魔法が行使されて殴り吹き飛ばされて気絶する。
タバサの詠唱に気が付いていたら、前口上なんて言わなければ、多分勝負の行方は分からなかっただろう。
「この数だし余裕を持っても不思議じゃないけど」
「なんか可哀想になってきた」
悲鳴を上げて逃げ惑う兵士たち、それを漏らさずタバサが打ち取っていく。
小柄で無表情な女の子が強力な魔法を行使する、恐怖を感じてもおかしくなさそうだし逃げたくもなるわ。
「ぐふっ!?」
そんなこんなでボコンと最後の一人がエア・ハンマーで殴られ気絶、通りには倒れた兵士が散乱していた。
さて、指揮官殿はどこかなーっと死体、もとい気絶している兵士を踏まぬよう歩く。
最初に吹っ飛ばされた三人を探し、士官だけあって装備が違うからすぐ見つかる。
倒れ伏す指揮官、隊長のもとへ歩んで見下ろす。
怪我とかは見られない男は、白目を向いて気絶している。
「サイト、こいつの頭叩いて」
「え?」
「剣の側面で殴ってよ、そうすれば起きるだろうし」
「えっと、死人に鞭打つみたいで嫌なんだけど……」
と問答してれば、タバサが杖で男の頭を叩いた。
「いがッ!?」
「うわ!」
ゴン、といかにも鈍い音を出して杖先が男の顔に振り下ろされたのだ。
それを見たサイトが声を出して顔をしかめた。
かなり痛かったんだろう、変な悲鳴を上げて男が目覚めた。
起き上がり顔を抑え、呻きながらもこちらを見る。
「ぐっ……なんと、卑劣な」
「三対一で負けたからって百人以上の兵隊を持ってくる、そんな心の狭い貴族に言われたくはないわね」
「ぐぅ……っ」
苦しそうに呻く、自覚有るのかよ。
「あのねぇ、貴方達は軍人なんだからもっとしっかりして欲しいんだけど。 こんな簡単に不意を突かれてちゃ、戦場に出たらすぐ死ぬんじゃない?」
「……戦場に出たことが無い小娘に……」
「お生憎さま、しっかりと殺し合いを経験済みですわよ」
「………」
ぬくぬくと育った、何も知らない子供だと思ったか?
「簡単な挑発に引っかかって、こんな私情に軍隊引っ張り出すなんて首が飛んでも知らないわよ」
「………」
「もう少し考えて行動しなさい、お願いだから不安にさせるような行動は慎みなさいよ?」
戦場の矢面に立って戦う軍人、国の防衛力の要。
こんな体たらくを見せつけられたら不安にもなる、アルビオンとの戦争はもうすぐなんだから。
こう、安心感が出るようしっかりと腰をすえて欲しい。
「終わったし戻りましょう」
「まだ皿が結構残ってるんだよな」
「はいはい、手伝うから」
「………」
ぞろぞろと店内へと戻り、向けられたものは拍手だった。
普通のメイジならば拍手など向けられなかっただろう、だが百人以上の兵士相手に反撃も許さぬ速度で叩き潰したのが一人の小さな少女だったのだから拍手が巻き起こる。
「何か飲んで行く?」
「……水」
おっと、ちょっくらタバサの顔が紅い。
そんなに動いてないと思うけど、アルコールが回ったか。
「他には何か要る?」
その問いに首を横に振る。
「持ってくるわ、座ってて」
と、食事の時と同じ席の椅子を引いてタバサを座らせ。
のろのろ歩くサイトの背中を叩いて走らせる、お客さんが居る前で何時までも剣を見せてんじゃない。
何度も背中を叩きながら厨房へ。
「水を一杯」
と入るなり人差し指を立てて要求。
だがそんな言葉は通じなかった、一分経ったかどうかの時間で戻ってくるとは思ってなかったのだろう。
厨房の皆は俺とサイトを見て静まり返った。
黙ってないで水くれよ、水。
「……えっと、もう終わったの?」
フロアの客が五月蝿い位に沸いていて、今だ外で戦っていると思ってたのか。
「もう終わってるわよ」
「……兵隊さん全員倒したの?」
「倒したわよ、今も倒れてると思うから見てくれば?」
と言っても誰も見に行かない、戦う事になった俺とサイトがここに居る以上言葉通り終わっていると取ったのだろう。
「……やっぱりメイジって、……えーっと、すごいわね」
「そりゃあね、呪文唱えて杖を振るだけで火とか風が出るんだから凄いんでしょうね」
「それで、どうやって倒したのよ?」
「私とサイトは何もしてないわよ、あの子が全部片付けたわ」
「何もしてないの? あんなにやる気満々だったのに?」
そんな風に見えたのか、どっちかって言うとやりたくないが本音なんだけど。
「あの子が一人で薙ぎ払ったのよ、私は相手が話し出すようならさっさと魔法を撃ってと言っただけ」
「じゃあその通りになったんだ?」
「あんなタイプの貴族は名乗り出るの好きだから、軍人の癖に戦場でそんな事言っても意味ないってわかってないのでしょうね」
多勢に無勢の状態だったから、わざわざ前口上とかやったんだろうけどさ。
少数が多数に勝つには策を弄する必要があるし、卑怯だなんだ言われても勝った方が正義なのは歴史が証明している。
「いえ、そんなのどうでも良いのよ。 水をグラスに一杯貰えない? お客さん待ってるんだけど」
「あ、ごめん!」
ジェシカがわたわたと慌ててグラスを取り出して水を注ぐ。
それを受け取ってトレーに乗せ、厨房を出てタバサの元へと戻る。
「どうぞ」
テーブル、タバサの前にグラスを置くと、すぐに手に取り口を付ける。
「………」
半分ほど残して、グラスを置く。
中々良い飲みっぷりを見届けてから隣の椅子に座る。
「……見たかった?」
「何を」
「私の魔法」
「………」
当たりか? 表情で読み取るなんて無理だから勘だが。
「ゆっくりね、焦ると零れ落ちるわ」
「………」
「私も随分と苦労してるのよ? まぁ馬鹿のせいも有るんだけど」
「……苦労じゃない」
「そう、大切な事だものね。 傍から見て苦労に思える事でも本人は苦労じゃない、そうじゃないと難しいもの」
「………」
そろそろ決めなければならないかも知れない。
元より原作の世界ではない、似通った世界なのだから違いは出る。
私の行動はそれを増幅させているだけ、怯え続けるんじゃなくて大胆な行動に出る必要があるかも知れない。
……だが今は、決められない。
そう思っていても決断する事が出来ない、まだ恐れている。
ゾンビウェールズの件でラグドリアン湖から帰ってきた時ほどではないが……、手に負えない出来事が来る事に怯えている。
「……私も貴女も、上手くやらないと未来が無いわ」
「手を伸ばしてくると?」
「もう伸ばしてきてるわ」
「………」
前世の記憶、原作知識と言う物も当てには出来なくなってきている。
現にキュルケとタバサが叩きのめした士官が、復讐で兵隊を連れてくる事は覚えているが、先程の戦いに俺とサイトが加わったかどうかなど覚えていない。
そもそも魅惑の妖精亭に来るのはキュルケとタバサだけだったか? 他にギーシュとか居たんじゃないのか?
朧げや辛うじてのレベルじゃ無い、完全に記憶から抜け落ちている。
後の巻になるほど新しい記憶だと言うのに、時間の経過がそれを妨げ失わせる。
「……もしかしたら、いつか貴女に助けを求めるかも知れないわ」
お互い正面を見て、視界の端に入れる程度だった視線が重なる。
「キュルケに頼むかも知れない、ギーシュにだって、モンモランシーにだって」
「………」
「実際に助けてくれるかは分からないけど、そう思える人が居るだけでも心が軽くなるわ。 ねぇ、タバサ」
「……わからない」
「……いつか分かる日が来るわ、来なきゃいけないわ」
大事な事だ、多分俺にとってもタバサにとっても。
「……随分と暗くなったわね、軽く何か食べる?」
「……要らない」
「そう、タバサはよく食べるからまだ行けるかと思ったんだけどね」
まぁ先が分からないのは当たり前で、見えてる道の先の一つが原作のルートだと言うこと。
勿論その道に持って行きたいが、望みは薄いだろう。
となれば関係を強化しておかねばならない、アンリエッタやタバサ、キュルケだってコルベールだって、ギーシュでもいざという時力になってくれるだろう。
だからこそ。
「……カレー食べたいなぁ」
「………」
「和風ハンバーグも良いし」
「………」
「揚げ出し豆腐とか、濃いタレを掛けて揚げたての内に……」
「………」
「ああ、ラーメンも食べたい……」
「………」
外した視線、耳だけがこちらを向いている。
「オムライスも……」
「………」
「焼き鳥とかさぁ……」
「………」
本当に食い物への関心度高いな。
オムライスとか焼き鳥は出来そうだから今度試してみるか。
そんな事考えながら、食べ物の名前を呟いていればタバサが耳を立てて聞く。
覚えている限りの食感とか言葉にして、興味を掻き立てる。
「……今度作ってみようかしら」
「!」
決定的な反応だった。
タバサが一瞬視線だけを向けてきて、その視線と俺の視線が重なり目が合った。
あまりの分かりやすさに肩を揺らして笑う。
「ねぇ、タバサ。 今度作ってみるから試食してみてくれない?」
「………」
「……だめ? だめならキュルケにでも──」
「する」
「……ッ、ありがとう」
腹筋が引き攣る、本当にタバサちゃんは可愛いねぇ。
そんな事をタバサと喋ったりしていれば、キュルケが店へと降りてきた。
「……なにしてんの?」
テーブルには幾つもの料理と、結構な種類のワインが置かれている。
「何って、何に見えるの?」
「……暴飲暴食?」
「試飲試食ね」
ソムリエって結構必要とされるんじゃないかなと思うわけで。
美味しい料理に合う美味しいワイン、それを選んでおけばお客にお薦めして気に入ってもらえれば……と言う思惑。
「キュルケも手伝う? お代は要らないわ」
俺の自腹、金払うしスカロンに許可を貰ってるから食っているんだけど。
「なら相伴させてもらおうかしら」
キュルケは椅子に座って、フォークとナイフを使って料理を食べ始める。
「ワインと交互にね、どれが合うのか教えてくれると有り難いわ」
「……合うワインを探してるのね」
「美味しい料理に合うワイン、より美味しく食事をするには必要なことよ」
「それは同意ね」
グラスを傾けワインを口に含んで飲む。
「ああそうそう、キュルケ、タバサに一つ貸しね」
「……何の話よ」
口の中のものを飲み込んでからキュルケが言った。
「キュルケが寝ている間に報復に来た一個中隊を、タバサが平らげました。 挑発して事を大きくしたのはキュルケなんだから、しっかりと後処理をしたタバサに貸しよね」
「そうなの?」
タバサは頷く。
「そう、ありがとう。 いつかこの借りは返させていただくわ」
にっこりキュルケは笑い、タバサもキュルケを見て頷く。
仲が良いのは良きことかな、料理を食べワインを飲みながらもそう考えていた。