タイトル「自己中とは違うね」
ギィ、と羽扉の蝶番が軋む。
そこそこの年月が経っているだろうフローリングに踏みしめて、店内に姿を見せる二人。
「オヤジ、生きてるかー」
俺の背中の鞘から顔、ではなく鍔を覗かせる。
「これはこれは貴族様! 以前は真に──」
ルイズと俺が入ってくるなり、カウンター席に座っていた店主が立ち上がり、笑顔を作って揉み手。
その際デルフの言葉は無視していた。
「店主、そんな事を聞きに来たんじゃないわ」
「ご入用で?」
「ええ、実用性のある短剣を見繕ってくれないかしら」
「ただいま!」
と勇んで店の奥へと消えていく。
俺はそれを見た後、同じく店内を見ているルイズの背中をちらりと見る。
「あんまりかわってねーな」
先程のこともあり、話しかけにくかった俺は話題を振ってみたが。
「………」
無言でスルーされた。
これはマズイ、今までなら相槌の一つでも打ってくれたと言うのに今回は無言。
やばい、相当怒ってる! と言う結論に至ってしまった。
とりあえずどうしたら許してくれるのか、そう考えてデルフが言った通りに謝ってみようとルイズに声をかける才人。
「……っと、ルイズ」
ほぼ即断で決めたあたり変に行動力が有る才人。
そんな声に僅かばかり首を回すルイズ。
才人から見れば、ルイズの目尻と頬しか見えない。
勿論微妙な角度で表情は見えず、あとは肌と長いピンクブロンドだけ。
「なに」
「こ、こっち向いて欲しいなぁと……」
「……はぁ」
一つ、随分と重そうなため息をルイズは吐いた。
そうして振り返る。
「なに」
いつもと変わらない表情に仕草、目と目に視線が繋がる。
「……ここに来る前の──」
「許すわ」
そう才人が言い切る前に、ルイズは才人が欲した言葉を吐いた。
「………」
先んじて言われた才人は黙る、これを言い出す事を予想していて当たり前だった。
別にこれはどうでも良かった、いっつもなんか考えているようだし驚くことじゃない。
黙った才人が気になった所は別、ルイズはあんな顔をしておいて、俺が謝ろうとしたらすぐに許すと言った。
それが不思議でならなかった。
「許す?」
「許すわ」
「なんで?」
「なんでって……、反省したんでしょ?」
「そうだけど……」
「反省したのなら許さない訳には行かないじゃない」
「……いや、何か、許す許さないの話じゃなかったような……」
もっと怒鳴られるぐらいに何か言われるかと思っていたのに。
あんな悲しそうな顔をしたルイズの口から、簡単に『許す』と言う言葉が出るのがとてもおかしく感じた。
「許す許さないって、そういう話でしょ」
「……なんかちがうんだよ、ルイズが」
「……意味が分からないんだけど」
「なんかこう、もやもやするんだよ。 なんて言うのかな、ここがおかしいんだよ」
なんて言えばいいのか分からない才人は、身振り手振りでルイズに話す。
「……サイトが言いたいことがちっとも分からないんだけど」
言葉に出来ないから伝わらない、才人も何が言いたいのか分からない。
ただ感情を表すだけで、その感情が何なのか分からない。
言えない自分にむかむかしてきて、それを感じさせるルイズにもむかむかしてくる。
まさに喉まで出掛かっている感じ。
「くそ、なんだ、よくわからねぇ!」
「こっちが分からないわよ」
「あれだよあれ! ほら、あの……あれだ!」
「……お願いだから、あれとかこれとかじゃなくて名詞を出して」
「相棒は娘っ子に違和感を感じてるんじゃねぇか? 俺も思うに娘っ子の態度がおかしく感じるんだよ」
そう言って助け舟を出すのはデルフリンガー。
それに乗っかって何とか分かってもらおうと腕を動かす。
「こいつの言う通り! なんかこう……ここでルイズの口から許すって言葉が出るのがおかしいんだよ!」
「……私は許しを与える立場じゃなくて、赦しを請う立場って言いたいわけ?」
そういったルイズは形のいい眉を顰め、腰に手を当てる。
「そうじゃなくてだな、いまここで娘っ子の口から許すって出るのがおかしいって事なんだがね」
「だから──」
「そうじゃねぇんだよ! ほら、その……そうだ! ルイズはもっと怒っていいんだよ!」
そうしてやっと思いついた一番単純な感情の一つを口にする。
「……なんで? もう許すと決めたし怒っていないんだけど」
「そうだよ、ルイズは早すぎるんだよ」
「なにが」
「許すのが早すぎるんだよ、俺が怒られるようなことしても、すぐ次には許すって出てくるんだよ」
「それの何がいけないのよ」
「だってそうだろ、俺を引っ叩く位に怒ってたのに、すぐに許せるのっておかしいだろ」
むかむかする、いらいらする。
誰かから嫌な事を言われて怒って、言ったそいつや物に当たりたくなる。
じゃあ当たったりしてその気分がすぐに晴れるのかと、そう聞かれたら頭を横に振る。
心ん中でむかむかやいらいらが絶対残る、そんなにすぐ消えるもんじゃない。
俺はそうだ、自分と他の人が同じってわけじゃないけど、普通そういうもんじゃねーのか?
「……つまり私はもっと怒って、サイトの頬を一回叩くだけじゃなくて、腫れ上がるぐらいに叩いた方がいいってこと?」
「そんなになるまで叩いて欲しくないけど、俺は言っちゃいけない事言っちまったんだろ? だったらもっと怒っていいと思うんだよ」
「……はぁ、サイトはそう言う性癖があったのね」
さっきより軽い溜息を吐いて、どうしてそうなるのか分からない事を言った。
「ちょ、何でそうなるんだよ!」
「普通もっと怒って欲しい、なんて言わないわよ」
「怒って欲しいんじゃなくて! もっと怒っても良いって言ってんだよ! 何で俺がそんな変態になってるんだよ!」
「踏まれたりしたら嬉しいんじゃないの?」
ルイズに踏まれる? ……仰向けならルイズの、ってちがう!
「誰が好き好んで踏まれたがるかよ! そう言うのは他の誰かがやるから、俺はどうでもいいんだよ」
「……マゾね、一人居たような気がするけど」
「それから離れてくれ!」
なんかおかしい話に、大声を上げたくなった。
「……さっきも言ったけど、私はサイトを許すと決めているの。 それを覆す気は無いし、それについてもう怒ることはないわ」
「だからなんでそんなにあっさりしてんだよ」
「そう言う性分なんだからしょうがないでしょう、分かっているでしょうけど私は他の人と違うの。 それを基準に考えてる?」
「そりゃあ分かってるよ、分かってるから言ってんだよ」
「分かってないじゃないの、分かってないからそういう事が言えるのよ」
「分かってる、ルイズは違う。 俺とは違うし他の奴らとも違う。 だからってそんな考え方で良いわけあるかよ」
「………」
「分かってるんだよ、違うって。 ルイズはルイズだし、俺は俺だし、デルフだってデルフの考え方が有るって分かってるんだよ。 でも……、俺はルイズの考え方が気に入らない」
真っ直ぐ見つめる、ルイズは視線を逸らさないけど口は開かなかった。
「……さっきは悪かったよ、あんなこと言っちまって。 でもよ、俺が帰るにはルイズも生きてちゃなんねぇんだから、俺より下みたいな言い方やめてくれ」
命の値段が違う、さっきのルイズの言い方はそんな風に聞こえた。
だからムカっとした、そりゃあ召喚されたんだけど、好奇心で最初に触ったのは俺なんだから。
いや、帰してくれるってのはうれしいけど、そこで命が何だとか、優先順位がどうとか、そんなのが出てくるんなら無理して欲しくない。
頭で考えなくても、そう思ってたから帰らなくていいって口に出したんだと思う。
「違うわ」
そんな考えを、思いをルイズは否定した。
「私は貴方が無事に帰って欲しいと思ってる」
「……俺はそんな風に思って欲しくない」
「思いとか考えとか、それを持って人は動く。 サイトがそう思うように、私もこう思ってるの」
「俺は、それのせいでルイズが怪我したりするのは嫌なんだよ」
「私もよ、やらなくちゃいけないって考えてて、サイトが傷付くのを見てきた。 それを見てこれほど後悔した事はないわ、自分にさえ殺意が湧くほどに私は私を許せない」
「じゃあ辞めちまえよ! そんなになるんだったら俺はっ!?」
「お願いだから、それはもう言わないで」
そう言って、ルイズは俺の頬に手を当ててくる。
「……もう一度それを言ったら、全部ダメになるわ」
「ダメになるって、何がだよ」
「多分……」
そう呟いて、ルイズは手を離し口を閉じた。
続きを言わずに、顔を横に向ける。
「……なんだよ、多分って」
「それは……、全部変わると思う」
「……アレが変わるってこと?」
「そうね……、アレも全部変わってわからなくなるだろうし、私と貴方の関係も全部変わると思う」
「変わったらどうなるの?」
「さぁ、少なくとも今の関係は全て終わって、予想も付かない形になるでしょうね」
ジロリと、目だけ動かしてこっちを見た。
「……そんなに?」
「ええ」
ルイズが知る原作と言う世界、目の前のルイズとは違うルイズが居て、今の俺と違う俺が居る世界。
キュルケとかタバサとか、ギーシュとかモンモンとか、同じだけど違う皆が居る。
ルイズはそれと同じようにしようと動き、俺はそれを壊そうとしているのか?
もう一度『帰らなくていい』と言ったら、今の関係が全て終わってどうなるんだろうか。
「……どうなるんだよ」
分からないから、想像も出来ないから呟いた。
「分からないって言ったでしょ、想像出来ることのどれもが起こっても不思議じゃないわ」
「……どんな事思いついたんだ?」
「在り来りな事よ、私が死んだりサイトが死んだりするかもしれない。 大きく見ればこの国が無くなったり、もしかしたらハルケギニアが滅んだりするかも知れないわね」
「またそれかよ!」
「後者は大きく、と言うか長期的に見ればと言った方がいいわね。 少なくとも前者は十分起こり得る、だから私は……」
そうしてまた口を閉じた。
「……俺、どうすりゃいいんだよ。 言ったら悪い事になりそうだし、言わなきゃ変わらねーし」
「………」
「なぁ、ルイズ。 それって本当に悪いことばっかになるのか? ほら、当てになるか分からねーけど、アレは使えたりしねーの?」
「それは……、使えると思うわ。 でも、使ったらどうなるか分からないわ」
「そんなのいつだって同じだろ」
「使えないわ」
「なんで」
「………」
「なんでだよ」
「………」
聞いても答えないルイズ、そのまま後ろを向いた。
「なぁって」
いつまでも答えないルイズに、前に回り込んで聞こうと歩き出そうとして。
「……怖いから」
小さく呟いた声、それを聞いて足を止めた。
「とても怖いの、何もかも分からなくなるから」
「何もかも分からないって、そんなの当たり前だろ。 未来が見えるなんて、そんな神様みたいなこと誰も出来ねーよ」
「……そうね、でもその神様しか出来ない事を知ってるの。 だったらそうするしかないじゃない、それ以外に知らなくて、それ以外の事が起きたらどうすればいいのか分からないもの」
「どうなるか分からないってのは当たり前だし、そんな事ばっか考えてたらやってけないだろ」
「……サイトには分からないでしょうね」
「わからねーよ! それを知っているだけしか知らねーし、教えてくれもしないのにどうやって分かれって言うんだよ!」
「……そうね」
「だったら教えてくれよ! 俺にだって何か出来るだろ!?」
「駄目よ」
それだけはハッキリと言った。
今までは迷うような間があったのに、これだけはすぐに言い切った。
それが、ムカつく。
だから、俺がやりたいようにやる。
「じゃあいいよ、もう教えてくれなくていいよ。 たしかルイズは言ったよな、俺が思うように動けばいいって。 だからそうする」
それを言えば、ルイズの小さな肩が揺れた。
口を止めることなく、俺は言いたいことを言った。
「俺は帰れなくてもいい、俺はルイズの近くに居たい。 だから俺は好きなようにする、それが一番ルイズを守れそうだし」
才人に取って『すき』と言う言葉はよく分からない。
可愛い彼女が欲しいとか思って、出会い系サイトに登録なんてした。
使う前に召喚されたので、結局は登録しただけであったが。
とりあえず可愛い彼女が欲しい、今も昔もそれは変わらない。
だがその間には『恋』とか『愛』だとか挟んでいなかった、ただ一つの結果として『可愛い彼女が欲しい』に集約して収束していた。
素敵な恋愛がしたい、なんて乙女チックな考え方を持っていないし、だから可愛い彼女が欲しかったわけじゃない。
それは独り身の男が『彼女欲しいな』と呟くようなレベルのもの、あれとかそれとか、いわゆる劣情のモノであったのは確か。
それが基点だったのは間違いなかった、可愛い彼女とにゃんにゃん……を想像してハァハァと息を乱す事も無いわけじゃなかったけど。
男なら一度は有るだろう経験に、才人も例外はなく当てはまった。
『あー、可愛い彼女が欲しいなぁ……』
可愛い彼女、いわゆる見た目が可愛くて、才人の好みに合うような容姿の女の子。
その少女がルイズであったのは、ある意味必然だった。
虚無の担い手が呼ぶのは、自身と最も相性が良い『人間』だから、最も相性が良い才人が召喚されるのは必然だったのだ。
そこに思いは存在しない、どれほど強く願おうが、最も相性が良い存在の前にゲートが開くのだから。
『な、なんだこれ!?』
目の前に現れた鏡っぽいなにか。
驚き声を上げるが、周りの人達はそんな声にも反応しない。
まるで見えていないかのように、そんな異常な状況にして才人は鏡っぽい何かに興味を持ってしまった。
向こう側が見えない、銀色のなにか。
裏に回ったり、家の鍵を取り出して突っ込んでみたり。
『大丈夫、なのか?』
鍵を突っ込んでも何も起こらない、もしかして吸い込まれるかも、なんて思ったがただそこにあるだけで何も起こらない。
大丈夫そうだし、触ってみるか。
なんて命の危険があるかも知れないものに、深く考えず手を突っ込んでしまった。
『やべッ!?』
一気に危ないと感じ取った、突っ込んだ手が引き抜けない。
それどころかどんどん勝手に入り込んで行く。
『やべぇ! これやべぇ!』
一人でわーわー叫ぶが、誰も彼も無視して通り過ぎて行く。
必死に引き抜こうとするが、全力を込めても引き抜けない。
そして才人は恐怖を感じた、銀色の鏡っぽい何かに沈んで行く手が、向こう側の何かに当たっていたから。
何かに掴まれている、やっぱり引き抜こうとするが、ドンドン銀色の鏡っぽい何かに吸い込まれて行く。
助けを呼んでも無視され、本当にヤバイと感じて、最後は一気に右手が掴まれた何かに引っ張り込まれた。
そうして潜った先には土煙、咳が出るようなモヤモヤとした景色だった。
くそ、一体なんなんだ! そう叫ぼうとして、同じように土煙の中に居る人影を目に入れてしまった。
それは形のいい眉に、鳶色の丸く踊るような瞳。
肌は透き通るように白くて、輪郭も綺麗に整っている。
土煙の間から注ぐ太陽の光を反射して輝くブロンド、光の当たり具合によってピンクにも見える長い髪。
そんな綺麗な少女が、僅かばかりに笑みを浮かべてこっちを見ていた。
その時、才人に電撃が走った。
要するに一目惚れだった、グサリと才人の心に突き刺さったのだ。
あの鏡っぽいものはなんだったのか、ここはどこなのか、そんなのが全部吹き飛んだ。
『可愛いガイジンの娘さんだな』
終始そればかり思い、土煙の中一挙一動全てを視線で追う。
そんな可愛い娘が才人の前に歩いてきて、目の前でしゃがみこんだ。
そうしてより近くで見た、本当に可愛い。
本当に釘付けだった、逸らしたくても逸らせない、才人の視線を縫いつけたかのように動かせない。
だからこそしっかりと見た、整った長い睫毛や、綺麗に通った鼻筋、触れれば柔らかそうな唇。
その姿を真っ直ぐと見据え、伸びてきた手にも反応しない。
頬に添えられた小さな手は柔らかくて暖かい。
顔をそらすとか、逃げようとか、そんな事が思い付かなかった。
『へ……?』
近づく顔に近づく唇、そして想像通り柔らかい唇が触れた。
触れていた時間はほんの一瞬だった、それでも触れていたと分かる。
そうして離れて行く顔は、少しだけ頬が紅くなっているように見えた。
それがいじらしく見えて、より才人の心を掴んだ。
それはちりちりと焼けるような熱い感覚、実際左手が焼けているかのようにものすごく痛くなったが。
体験したことの無い痛み、それもものすごく痛い。
可愛い娘に弱い才人でも文句の一つでも言いたくなる。
『何なんだあんた! てかここどこだよ!』
声を上げるが周りの怪しい奴らは、聞いた事ない言葉で話してて何を言ってるのか分からない。
これはやばい、本当にやばいかも知れない。
如何に楽天的な才人でも、見知らぬ場所に連れてこられて、なんかよく分からない言葉で話してるガイジンさんばかりだと冷や汗が出る。
あの可愛い娘とのキスは生贄とかの印だったりするのかも知れない、そう考えて才人は怯えていたら。
『後で説明するから少し静かにしててくれ』
と、何ともその姿から想像出来ない言い方で、日本語が返ってきた。
それで頭が冷えたのかも知れない、周りをたしかめる余裕とか出来た。
とりあえず周りのガイジンさんが、目の前の少女に何か言っているのは分かる。
そしてその言葉の意味はよく分からないが、馬鹿にした声とかは分かってしまった。
馬鹿にしてからかいあざ笑う、才人なら即殴りかかるような事でも目の前の娘さんは平然として。
『サイト、立てるか?』
少しだけ微笑んで、手を差し伸べた。
それから色々あった。
俺はすぐに帰れないとか、並行世界とか小難しい事とか。
その話してる途中、スカートの中が見えたりして。
随分と男らしい話し方だったけど、ちょっと頬を染めて恥ずかしいと言うのもどこか可愛らしかった。
なんか元日本人の男と言っても、喋り方とか男っぽい女の子にしか見えない。
とりあえず一体どういう事なんだと話して、これからの事を聞かれた。
安全な道か危険な道か、ハーレムとか英雄とか、男の子なら一度は憧れる物がある。
選択肢を出したのはルイズで、選ぶのは俺。
憧れる物があったからそっちを選んだのが違うと言えない、でっかい剣を握って敵をばっさばっさと切り倒す、なんて憧れた時があった。
そこに可愛い女の子、ヒロインが出てきて恋人になる、そんな物語なんて沢山ある。
そりゃあ勿論作り物だってしっかり分かってるし、ファンタジーでもSFでも、世界中探してもそんな物はないと知ってるんだ。
でも、無いと思ってたものが目の前に有ったら、さわってみたいし知ってみたい。
俺はそう思った、だから。
『じゃあ危険な道で』
ファンタジーに冒険は付きものだ、手ごわい敵と戦って苦戦しながらも勝つ、まさにファンタジーの王道だ。
それが俺を待っている、そう考えるとワクワクしちまった。
そう言ったら本当に良いのかとか、ハーレムなんて死ねとか言われたけど、それでもいいと答えた。
『言っとくがもちろん『俺』こと『ご主人様とラブラブルート』は無いからな?』
反射的にいらないとか言っちゃったけど、ルイズ位に可愛いなら良いかも知れない。
実は元男で喋り方も男で、さらには仕草も男っぽい。
なのにめちゃくちゃ可愛くて、どう考えてもルイズがヒロインにしか見えなかった。
と言っても、俺がルイズと同じようになったらこんな事言われたくないだろうなーと、言わなかったけど。
その後も色々あった、落ちてきそうなほどでっかい月が二つあったり、入れないかなと思っていた風呂に入ったり。
次の日になれば下着だけのルイズを見ちまったり、シエスタと知り合ったり、ギーシュと決闘して勝ったけど痛い目にあったりした。
怪我を治して貰って、その次は武器、デルフリンガーを買いに行ったり。
お姫様が来て空に浮かぶ国へ行ってくれとか、ワルドの野郎に襲われて怪我したルイズとか。
そっからだ、俺が心配し始めたのは。
最初の方は良かった、元男の西島さんと言っても可愛い女の子。
その日は眠れないくらい興奮してた、寝返りを打ったルイズにドキドキしたりして、これから起こるだろう冒険にワクワクしてた。
まぁそんなのは一ヶ月も経たず終わったけど。
待ってたのはハラハラドキドキだ、勿論楽しいとか感じる方のじゃない、どうなるか分からない不安になるようなものだった。
一番最初はアルビオンで怪我したルイズの事だった。
怪我が治ったって言うのにまた気絶して、そっから二日も眠りっぱなしだった。
あの野郎が裏切る事を知っていて、それのせいで王子様が死ぬことだって知っていたのに見逃して。
そのせいで自分が怪我したってのに、それなのにまた笑って、それを見て手を強く握り締め震えるくらいに怒った。
でも許した、俺のためにそうしたんだって言われて怒るに怒れない。
アルビオンから帰る時に気絶したときはまじで心配した、魔法ってやばいんだなって感じたし。
その後は知っていることの中身を教えてくれなくて怒った。
これもまぁ許した、俺が知ってると危ないって言ってた、デルフもそんな事言ってたし。
そしたら今度は寝てる時動かなくなるんだぜ、召喚された時には普通に寝返りうってたのに。
今じゃピクリとも動かず寝てるんだよ、寝言とか言わないし、小さな寝息しか聞こえないんだ。
アルビオンから帰ってきた時の気絶みたいに、全く動かないのが心配になった。
このまま目を覚まさないんじゃ、なんて考えてしまった。
それも心配無用になったから良いけど、最近じゃ息をしてるかなんて確かめるようになっちまってるし。
怒って心配して、また怒って心配する。
なんつーか、それが嫌になった。
心配してくれるのは嬉しいし、帰れるようにしてくれるのも嬉しい。
でもそれのせいでルイズが傷つくのはなんか違うような気がした。
なんか、俺のせいでもあるのに、全部ルイズが背負い込んでるようで嫌になった。
そりゃあ元男でも今は女の子なんだし、もっと頼って欲しかった。
頼りないから頼ってくれないのかと思ったけど、そうじゃなかった。
怖いから、未来が分からなくなるから、つまり俺が帰れなくなるからか?
だったらもうどうでも良い、ルイズが自分勝手に俺を心配してくれるなら、俺は自分勝手にルイズを心配する。
イライラして、ハラハラして、怒って、心配して、そう思うようになった感情がしっかりと心の中にあった。
喜ぶ姿を想像して、怒る姿を想像して、悲しむ姿を想像して、笑う姿を想像して。
どんな姿を想像しても楽しいんだ、ルイズと一緒に居れたら楽しいんだ。
そう考えて思う気持ちが、感情が何となく分かった。
「俺はルイズを守りたいって思うようになっちまった、守れるなら帰れなくても良いかなって思っちまった」
僅かに肩を震わせるルイズの背中を見る。
「どうしてくれるんだよ、こんなの初めてだぜ。 こんな事思ったの初めてだ、こんなに守りたいって、守ってやりたいって思ったの初めてなんだよ」
一歩足を出して近づく。
「責任取ってくれよ、召喚された時のキスだって初めてなんだぜ。 初めてばっかりで、責任取ってルイズを守らせてくれよ」
さらに一歩、もう手を伸ばさなくても触れられる近さ。
「俺さ、多分ルイズの事がすきなんだ。 だからさ……」
震えるルイズを後ろから抱きしめた。
「俺をルイズの傍に居させてくれ」
そう言ってなんか熱くなってきた、俺の顔が。
こいつはクサイ! 気持ち悪いとか言われて突き飛ばされたらどうしよう……。
間違いなく凹む、立てなくなりそう。
多分真っ赤っかな顔で悶々と考えていたら、ルイズの前に回した腕が、袖の部分がなんか熱い。
なんだ? と後ろからルイズの顔を覗き込めば泣いていた、流した涙が袖の上に落ちて染み込んだだけ。
「ルイズ!? な、何で泣……!?」
そんなに嫌だったのか、泣いているルイズから離れようとしてまた抱きしめた。
離れようとして抱きしめる、何でそうしたのかはルイズが倒れそうになったから。
「ルイズ? ルイズ!?」
いきなり力が抜けて崩れ落ちそうになるルイズ、それを支えて倒れないようにした。
「なんだよ、一体どうしたってんだ!」
膝をついて腕の中で横たわるルイズを見る、その顔、頬には涙が伝った後が残っている。
それどころか今も、少しだけど涙を流している。
「……嘘だろ? もしかして、これが……?」
こんな、ルイズがこんな風になるのがさっき言ってたことなのか?
全ての関係が終わるって、そう意味なのかよ!
「ルイズ! 起きろ!」
「相棒、揺らしたりしない方が良いんじゃねぇか?」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「おめぇさんが愛の告白なんかしたからじゃねぇの?」
「………」
デルフに言われて、一瞬で落ち着いた。
「どうして娘っ子がそうなったのかは知らねぇが、とりあえず戻った方が良いんじゃねぇか?」
「……そうだな」
「おまえさんもよくやるな。 初めてだぜ、店の中で貴族様に愛の告白する平民なんて」
と、タイミングをはかっていたように店の親父が奥から出てくる。
その手には、さっきルイズが頼んだ短剣を持っていた。
「死ぬほど難しいことに挑戦するなんざ、俺にはできねぇ。 だから餞別代わりにこれをやる、おまえさんが死体で発見されねぇことを祈ってるぜ」
「死……、何でそんな話になるんすか!」
顔を紅くして、短剣を差し出してくる店の親父に言った。
「何でって、今は平民の服着てるがその奥様は貴族様だろ? 平民と貴族がお遊びで付き合うならともかく、おまえさんは真剣なんだろうし、結婚とかになってくるとやばいぜ?」
「けっ、けっこんんん!?」
「……その奥様がおまえさんが良いって言っても、親は間違いなく反対するだろうな。 反対されてもおまえさんが良いってんなら、親はおまえさんを殺して終わらせれば良い話だしな」
「……そんなことあるの?」
「あるに決まってんだろ、ほらよ」
押し付けるように短剣を渡され受け取る。
「悪い虫が付かないよう、仲の良さそうな使用人を殺すような貴族だって居るんだぜ。 おれが言った通り恋仲の平民を殺さない貴族が居ないって言えねぇーだろうがよ」
「オヤジ、妙に親切だな」
「こんな命知らずは見たことねぇんでな!」
笑うオヤジに早まったかもと悩む才人。
そうして腕の中で眠るルイズを見る。
それだけで色々吹き飛んだ、俺は好きにやるって決めたばっかりじゃねーか。
……結婚とかは置いといて、守りたいから守る、すきだから一緒に居たいんだ。
「うん、頑張るよ」
そう考えたら自然と口に出た。
店の親父はそれを聞いて笑い。
「代金は要らねぇ、負けて死ぬんじゃねぇーぞ!」
と励ましてくれた。
武器屋を出てからガチャガチャと、腰に付け直した剣の鞘が地面を擦れ音をたてる。
背中に背負ったままだとルイズを背負えないから、腰に付けたけどうるさい。
そんな音を鳴らしながら魅惑の妖精亭に戻る、うるさい音にもルイズは目を覚まさずに力なく背中に全身を預けていた。
目は開かないし、口も閉じたまま。
また眠ったままになるんだろうか、また何日も眠ったままになるんだろうか。
気持ちに嘘はないと思うけど、こんな風になるなら言わない方が良かったかも知れない。
がっくりと落ち込みながら歩き続けて、魅惑の妖精亭にたどり着く。
裏口、従業員用の出入口が有る路地に入り、頑丈そうな裏口を見てまた歩き出す。
その裏口の前に着き、開けてもらおうとノックをしようとすれば。
「ルイズッ!!」
悲鳴のような呼び声、いきなりの声にハッとして右を見れば、頭にすっぽりと被るフードを被った人間が走り寄ってくるじゃないか。
中々の怪しさに慌ててデルフを抜こうとするも、長いため引き抜けず、中途半端に鞘に戻してから店の親父に貰った短剣を取り出す。
左手のルーンが光りだし、ルイズを背負ったまま離れるために飛び退いて、その反動で鞘からデルフが飛び出して落ちた。
「優しくしてぇ……」
そんな様子にフードを被った人間は足を止め、フードを脱ぐ。
「使い魔さん! ルイズは! ルイズは一体どうしたの!?」
「……女王様?」
見た事が有る顔だった、この前も直接見た人だしこの国の女王様だし、忘れるわけがない。
とりあえず知ってる顔なので、短剣をおさめる。
「ルイズに一体なにがあったのですか!?」
すごい剣幕、顔が怖いわけじゃないけど、何か押されるような勢いがあった。
「い、いきなり倒れたんです……」
愛の告白をしたら倒れました、なんて言えるわけもなく、ただいきなり倒れたと反射的に言ってしまった。
「ああ、そんな、ルイズ……」
女王様は俺の背中に回って、気を失っているルイズの頬を撫でていた。
「えっと、女王様はなんでここに?」
「……そうでした、どこか隠れられる場所はありませんか?」
「隠れられる? ……それじゃあ──」
魅惑の妖精亭に、と言おうとした所で表通りから大声が聞こえてきた。
「探せ! まだ近くに居られるはずだ!」
ガチャガチャと、鎧の擦れる音を鳴らして兵士たちが走っていた。
「こっちです」
背中に隠れていた女王様に言って、魅惑の妖精亭の裏口へと進みノックする。
少し待てば、裏口の覗き穴が開いた。
「あれ? サイトじゃない、遊びに行ったんじゃないの?」
「そうだけど、ルイズが倒れて……」
「今開けるわ」
そう言ったジェシカが裏口のドアを開ける。
開かれたドアの前にジェシカ、すぐに俺の隣にいた女王様を見て。
「この人は?」
「ルイズの友達」
簡単に答えて、裏口を潜る。
女王様もそれに続いて、ジェシカへと頭を下げた。
「アンと申します、ルイズが倒れたと聞いて心配で……」
「そりゃあ心配になるわね」
「水桶とかタオル、頼んで良いか?」
「わかったわ、早く寝かせてきなさい」
「ありがと」
こっち、と女王様に言ってルイズを運んで行く。
階段を登り、二階へ。
廊下を歩いて突き当たりの屋根裏部屋、天井であり床でも有る扉を開け、下からルイズを支えて貰って中に入る。
入ってから、ちょっと前に足を直したベッドにルイズを寝かせようとして、毛布とか干していたのを思い出した。
「すみません、ベッド直すんでルイズを」
「ええ」
背中から降ろしたルイズを、女王様が抱いて支えた。
素早く窓を開けて、干していた毛布とか枕を手荒く掴んで部屋に戻る。
出来るだけ素早くベッドを整えて、女王様が膝を着いて支えていたルイズを抱き上げる。
そうして寝かせた後、また窓の外にあった椅子を部屋に直しこむ。
「ありがとうございます」
太陽の光で暖かくなっている椅子、尻が熱くなるけど俺は椅子に座って女王様はルイズの隣に、ベッドに座った。
「いったいなにがあったんですか?」
「大事な用がありまして、抜け出してきたのですが居ない事が知られたようで」
「そりゃあそうでしょう、この前の事があったのに……」
「……ええ、この前の、ウェールズさまの事もあって王宮から抜け出してのです」
「王子様の?」
「……ルイズに協力をしてもらおうかと思ったのですが、この様子だと……随分と無理をさせてしまっていたのですね」
「………」
女王様はベッドに横たわるルイズの髪を優しく撫でた。
「……いつも私はルイズに頼りっぱなし、ルイズが倒れるまでそれに気が付かないなんて……」
悲しそうな顔で、女王様は言った。
そんな事はない、と知らない事を言えるわけもなくて別の言葉が出る。
「これからどうするんですか?」
「……明日、絶対に外せぬ用があるのですが、その為には明日まで身を隠さねばならないのです」
王宮に居ちゃ駄目なんだろうか?
駄目だからここに居るのか、と一人完結して頷く。
「大事な事なんですか?」
「ええ、ここにルイズが居ることは報告で知っていましたから、一日ルイズの傍に……」
そう言って今度はルイズの頬を撫でる。
ルイズを心配してるんだろう、だったら一緒に居た方が良いかも知れない。
「それじゃあ一日ここに居られるよう、店長たちを説得しておきます」
「ありがとうございます、使い魔さん」
ルイズの看病って事で、一日だけ居られるよう言ってみよう。
「いいわよん」
ルイズの大事な友達で、友達の女王……じゃないアンもルイズを心配しているから、一日だけで良いから屋根裏部屋に居させて良いか。
そうスカロン店長に聞いたら快諾で返ってきた。
訳ありと見抜いたのか、『働いて貰いましょう!』なんて言わなかった。
流石に女王様をあんな格好で仕事なんてさせられない。
ジェシカも何も言わず看病とかの手順を女王様に教えて、すぐに屋根裏部屋を出て行った。
「………」
水を絞った綺麗な布で、ルイズの顔を拭いていく女王様。
「……女王様は何をするつもりなんですか?」
「……捕り物です、ルイズに調べさせていたのもそれがあっての事です」
捕り物? そういや確か街に来る前に裏切り者が居るって言ってたような。
「確かルイズが、裏切り者を捕まえるために女王様が動いてるって言ってたような……」
「……流石はルイズね、秘密が絶対漏れぬように動いていたと言うのに」
女王様は嬉しそうに笑った。
「ルイズが調べてくれたおかげで多くの裏切り者を見つけることが出来ました、その中でも最も大きく肥えたネズミを捕ろうと言うものです」
同じく笑ったまま、それを見て才人はどこか寒くなった気がした。
「……女王様?」
「……私はルイズのおんぶに抱っこばっかりで、何も返せてはいないの」
今度は乾いている布で、僅かに濡れたルイズの肌を拭く。
「この子のお陰で今の私が居るの。 ウェールズさまの事はとても残念だったけれど、この子のお陰で本当を見つけられたの」
「………」
「私はもう無くしたくないの、ウェールズさまを亡くして、ルイズまで亡くしたらどうなるか分からないのです」
怖い、と。
女王様は呟いた。
「私達の居場所どころか、命すら奪おうとする輩が怖いのです」
「……俺もです、ルイズが居なくなるなんて考えられないです」
「ええ、私もです。 ……ふふ、ルイズってば私より一つ年下なのよ? それなのにこんなにも凄くて、私が言いたい事をすぐに分かってくれる。 ……それがいけないのかも知れないのね」
ルイズの頬を撫でて、撫でるその手の親指でルイズの唇を弄る。
「ルイズに寄りかかり過ぎていたのね、本当は私の事なんて煩わしいなどと思っていないかしら?」
「……そう思っていたらどうなんですか?」
「………」
「本当に邪魔なんて思ってたら、女王様に近寄らないんじゃないんですか? 女王様より全然一緒に居る時間が短いですけど、ルイズがそう思ってたらさっさと離れると思いますけど」
「……そうですね、ルイズはいつもハッキリ言ってきました。 私が女王になってからも変わっていません、使い魔さんの言う通りでしたね」
「ルイズじゃないんで寄りかかってくれって言えませんけど、俺だったら手伝いますんで」
「……ありがとう」
それからルイズの看病をしつつルイズの昔の事とか聞き、日が暮れていった。
日が落ちてからもルイズは目を覚まさず看病、と言ってもやる事は大体終わってるから屋根裏部屋で静かに過ごす。
途中雨が降り出し、女王様を探してる巡邏が来たが、スカロンが体良く追い払ったとか。
ジェシカが持ってきた夕食を受け取り、女王様と二人で食べた。
食事が終わって、一息付いた所で女王様が口を開いた。
「……使い魔さんにお願いがあります」
「ん? なんですか?」
「明日の捕り物にお力を貸して欲しいのです、あの時も私達メイジ相手に勇敢に戦った使い魔さんのお力を……」
「良いですよ」
と軽く返事を返した。
「……良いのですか? もしかしたら危ないことが……」
「俺たちって結構危ないことしてきましたよ、今更一つ増えたところで変わらないと思いますけど」
「……申し訳ありません」
「女王様が謝ることじゃないですよ! 俺もルイズもそんな怪我してないですし」
「……ありがとうございます」
と言っても結構危ない怪我とかしたけど、傷は残ってないし今生きてるし。
それでいいじゃないかと才人は考えていた。
「手を貸すって何すれば?」
「捕り物の時に、その相手の拘束をお手伝いして欲しいのです」
「良いですよ、殺せーなんて言われるよりはましですし」
鞘に入れた剣でぶん殴れば、いやでも気絶するし。
ぱぱっと近づいて一発振り下ろしてやればすぐ終わる。
「助かります」
「……ルイズがそれをするよりも良いですし」
今のちぐはぐに見えるルイズにして貰うなら、俺が代わりにする。
「ルイズはジェシカに見て貰っとこう」
「……ええ」
「捕まえて終わりですよね?」
「そうですね、あの者を捕らえれば……終わりです」
よし、ワルドみたいなメイジなんて早々居ないって話だし、楽勝だな。
そう考える。
「それじゃあもう寝た方が良いかも、女王様はルイズと一緒に寝てください」
「使い魔さんはどこで寝るのですか?」
「床ですけど」
「え?」
「床です、……いっつも床で寝てるわけじゃないんで!」
「ああ、そうなのですか。 てっきり……」
てっきり何なんだ。
「えっと、それではお休みなさい」
「お休みなさい」
そうして今更気が付いた、女王様がフード付きローブを脱ぐと、その下から白いドレスが現れた。
「……女王様、それ着替えた方が良いんじゃ?」
「ええ、ですが着替えがありません」
「平民が着る服なんですが、ルイズの着替えならありますけど」
「そうなのですか? ……平民に混じって情報を集めるのですから、当たり前でしたね」
とりあえずルイズの着替えを籠から取り出し、渡そうと振り返れば。
「ちょ、なんで!?」
平然と才人の前でドレスを脱ぎ捨てたアンリエッタ。
左腕で顔を隠しながら着替えを持った右腕を突き出す。
「ありがとうございます」
受け取ってさっさと着付ける。
「……女王様、いきなり脱ぐのは止めた方が良いと思います」
眼福であったのは確かだけど、世間知らずとかそんなレベルじゃなかった。
やっぱり使い魔って時点で人間に見られてないんだろうなぁ、だって呼ぶのが名前じゃなくて「使い魔さん」だし。
あと胸が大きかった、そう考えたらいつか聞いたルイズの低い声がどこからとも無く聞こえてきた気がした。
「そうなのですか?」
「そうなんです、ルイズはそんな事しませんよ」
「そうなのですか」
いくら世間知らずだからって、言えば分かるだろうしルイズの名前を出しときゃ次は考えてくれるだろう。
「もう良いですか?」
「はい、少し苦しいですが」
「なに……、そうでしたね、ルイズ用に買ったんでしたね!」
ルイズとボリュームが違う、ルイズ用に買ったんだからボタンが閉まらないのは当たり前だった。
「……すみませんけど、それで我慢お願いします……」
出来るだけ見ないようにした。
煩悩をたたき起こすような胸の谷間の前に、ルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズルイズ……。
念仏のようにルイズの名前を唱え続けた、こうでもしないと視線が釘付けになりそうだった。
好きだっつったのに、他の人の胸を見るのは駄目だろ!
そう考えながらも横目でチラチラ。
「私、こういう服を着るのは初めてですの」
ぶるるん、咄嗟に右手で鼻を抑えた。
なにあれ、キュルケよりは小さいけどジェシカに負けないぐらいに大きい……っ!
ルイズ用のシャツが頑張っていた、まるで『ここはおれが支える! 先に行け!』と言わんばかりにシャツが開くのを抑えているボタンが見えた。
ぱっつんぱっつんだから、ボタンとボタンの間の隙間から胸の谷間が見える。
「……えっと、早く寝ましょう」
「ええ、そうですね」
これはマズイ、非常にマズイ。
だからさっさと寝てもらいたい。
「ルイズと一緒に寝るなんて、本当に久しぶり」
ルイズの方を見ながらベッドに横になる女王様。
……こう言う状況じゃなかったら、本当に楽しかったかも知れない。
ああ、こうなったの俺のせいかなぁ。
そう考えながら、床に敷いた毛布の上に寝転がる。
明日にはルイズの目が覚めてれば良いな。
魔法なんて使ってなかったし、明日には目を覚ますだろうと考えて瞼を閉じる才人だった。