チャンスがある、口で言うのも簡単だけどめちゃくちゃ難しい事ってのはよくわかる。
まずは一番目に見える、ルイズのお父さんとお姉さんだ。
ルイズに変なことすれば即殺す、そう思ってるのがすぐわかるくらいの目をしている。
こいつはやばい、なにがやばいかって超ルイズを心配しているからだ。
後姿の裸を見たとか伸し掛かられて首筋にキスされまくったとか、それを知ったら無言で魔法を撃ってくると思う。
それはまあいい、いや、良くないけどデルフがあるから何とかなる……はず。
次にルイズが途轍もない大貴族って事だ、少なくとも俺との恋愛とか結婚は無い。
自分で言ってて悲しくなってきたけど、ちゃんと考えておく必要があるってことだ。
それで、なぜ俺とルイズが付き合えないかっていうと、今言った通りルイズが大貴族の娘だからだ。
確か家の格で見れば魔法学院でもトップクラスって聞いたな、トリステインでも有数の大貴族って奴だ。
つまりルイズは貴族で、ルイズの召喚された俺は使い魔+平民と言う立場。
本当なら俺はルイズの傍に居られない、なぜかって言うと平民だからだ。
でもそれを無視してルイズの傍に、魔法学院で過ごせるのは使い魔って立場だから。
これはわかる、ほかの生徒たちは最初っからそんな扱いしてたしな。
ギーシュにも散々言われてワルキューレで殴られたし、さすがに俺でもしっかりわかってる。
それでなぜ俺とルイズの恋愛とか結婚は無いのかって言うと、すごく簡単な話。
ルイズは大貴族の娘だから偉い、俺は召喚された使い魔で平民だから偉くない。
後魔法も使えない、使えても偉くないからあんまりかわらねーけど。
なんて言いたいのかって言うと、貴族は貴族としか恋愛も結婚もできないって事。
ルイズの家族だけじゃなくて、トリステインの貴族たちが皆猛反対してくる出来事って訳だ。
俺とルイズのことなんだから好きにさせてくれよ! と思うが、俺には理解も納得もできないことが絡み合っているから無理という話。
多分ルイズが無理だって言ったのもこれがあるせいなんだろう、血統とかんなもん知るかよと言いたい。
言った所で聞いた貴族がめちゃくちゃ怒るから言わないけど、結局俺に出来る事なんて一つしかない訳だ。
「……娘っ子が聞いたら間違いなく怒るぜ?」
「それを言ったら俺も怒るに決まってるだろ、つーか怒るし」
シエスタとマリーの後を付いていく才人は、背中のデルフリンガーと話しながら今後のことを考える。
「戦争も終わってないんだし、これからルイズが危険な所に行くかもしれない。 ルイズ一人じゃどうにもできなくても、二人なら何とかなるかもしれないって事もあるかもしれないだろ?」
んな所にルイズ一人で行かせるかよ、と意気込む才人。
「……俺は振られちまったけどさ、まだチャンスはあるかもしれないし」
未練がましい、しつこい男なんて言われるかもしれないが、少し考えるだけで胸がドキドキする人のことを簡単に諦められる訳が無い。
あっさり諦めたら好きじゃなかったって事だ、だから俺はルイズにくっ付いて行く。
この気持ちや想いは絶対に嘘なんかじゃない、だから俺はこのチャンスに賭ける。
「まあ相棒の好きにしたら良いさ」
「当たり前だろ!」
俺の人生なんだから俺の好きにやる、ルイズにも言ったしそうするって決めた。
そうして再度考えを固めた才人は、一つ気合を入れて旅籠の中に入った。
サブタイトル「忘れたんだしもう付けなくていいかもしれない」
ドアを開いて旅籠に入ると外のときと同じく、わらわらと村人が溢れかえるも邪魔にならないように端っこを移動している。
いくつかテーブルが並べられていて、その一つにヴァリエール親子が座っている。
メイドの一団も壁端に寄っており、その中にシエスタたちも居た。
護衛のメイジたちも四方に待機して、もしもの事が無いように警戒していた。
それを見て才人は考える、俺が立つ場所ってどこだ? と。
メイドさんたちと同じ場所? 俺メイドじゃないし違うな。
それじゃあ村人の群れの中に入る? 確かに平民になるけど違う気がする。
そしたら護衛の人たちみたいに立っとくか? まあルイズの護衛って意味ならあってるけどちょっと違うな。
……そうだよな、俺が立ちたい場所はこのどれでもない。
ルイズの傍が良い、それも隣に立っていたい。
簡単な答え、もう決意して用意していた気持ち。
決めた想いは才人を動かす、自分が立っていたい場所へと足を進ませる。
「っ!? っ!!」
……はずであったが、それはあっけなく砕かれた。
足を踏み出す直前に旅籠のドアが強く開かれ、そのドアノブが才人の肘を強打した。
これほどの痛みを味わった事があるか? いや、ない。
本当は腹に穴が開いたりして超痛い目に遭ってきたが、事この不意打ちは痛烈としか言えなかった。
例えれば箪笥の角に足の小指をぶつける並の不意打ち度と強烈な痛み、地獄の苦しみと言って良いそれに才人は声を漏らすことなく悶絶する。
息を漏らして肘を押さえつつ床に転がる才人は奇妙そのもの、だが旅籠の中に居た人たちの意識は別の、ドアを開けて入ってきた人物に向けられていた。
当然痛みで床に転がる才人は肘の痛みだけに意識が割かれ、入ってきた人物の事など一瞬で頭の中から消え去る。
それどころか走馬灯すら脳裏に過ぎっていた、中学校の頃後ろの席に居た友達に話しかけようとして振り返り、その拍子で肘を椅子の背もたれにぶつけた時の事など。
腕はビリビリと痺れ、指が満足に動かせない状態、それをさらに強烈にした痛みを才人は味わっていた。
静まれ俺の右腕(の痛み)ッ! 本気でそう思うほど才人は苦しんでいた。
男の子は泣いちゃいけない、痛いからって涙流すなんて恥ずかしいし。
普段そんな事を思っていても、いざその痛みを体感すれば涙の一リットルや二リットル軽く出る。
おまけに鼻水を付けちゃおう、それくらいの出血大サービスの痛みにほろりと涙をこぼした才人。
何とか痛みが弱くなってきてうぐぐと声を漏らすまでになった才人、その蹲る才人の背中に当てられたのは小さめの手。
「サイト! 大丈夫!?」
ドアにぶつかりよろめいて蹲った才人を見て、すぐに駆け寄ってきたのはルイズ。
背中に当てていた手は才人の肩へと移り、ゆっくりと引っ張り才人の体を起こしていく。
才人は右肘を抑えていた左腕の袖で顔をこする、好きな女に泣き顔なんて見せたくはないと精一杯の抵抗であったが。
ルイズは普通にその手をどかして、スカートのポケットからハンカチを取り出して才人の顔を拭う。
「いい、いいって! 大丈夫だって!」
母が子の顔を拭うように、才人は目元に当ててくるハンカチをどけようとするも。
「指を痙攣させておいて言える言葉じゃないでしょう!」
才人の右手の指、小指と中指を小刻みに揺らして、明らかに正常ではない状態にルイズは叱咤する。
そうして手のひらに才人の腕を乗せるように下から支え、ハンカチをなおしながら刺激を与えないように優しく才人の指を触るルイズ。
「痛い?」
「……ずっと居たい」
「痛くない訳無いわよね」
そう言って才人の指に注視するルイズ、その肩の上にはルイズと同じピンクブロンドの髪。
重力に従ってまっすぐと下に伸びる一房の髪、下から上へと視線を上げていく才人ははっとして見惚れてしまった。
ピンクブロンドの長い髪、鳶色の瞳、一目で性格が分かりそうな優しい顔立ち。
ルイズを厳しく成長させた姿がエレオノールであるならば、優しく成長させた姿が才人が見る女性。
だがルイズに似ているとはいえやはり違う、全体的に優しいそうな雰囲気を放ち、何より胸が大きかった。
「ごめんなさい、大丈夫かしら?」
申し訳無さそうに言うのはルイズの姉であるカトレア、その姿を見てサイトは何も言えずただカトレアを見つめるだけ。
はっきりと言えばルイズも大変可愛らしくてグッと来るのだが、残念な事に才人の大好物である胸がなんというか残念であった。
その点カトレアは危険過ぎた、具体的に言えば脳髄に直接雷が落ちる位に危険であった。
才人が思うルイズの好ましい身体的特徴に、大きなお胸をプラスした素晴らしい存在。
完璧に近い、欲を言えばもうちょっと大きかったなら笑顔で親指を立てパーフェクトと言うその姿。
しかし完璧なものなどこの世に無い、だが妥協するには十分すぎるほどの美しさ。
寧ろこの人が理想と言っても良い、それくらいに才人の好みに直撃したのだ。
「はいはい、見惚れてないで指を動かしてみて」
そんな才人の心情など見透かしたようにルイズが言って、顔を才人の指先へと向けさせる。
言われた通り指を動かそうとしてみるも、燃えるように熱くまったく感覚が無い。
つまり動かそうとしてもピクリとも動かない、痙攣で震え動いてはいるが動かそうとしてやっている訳ではないのでそれは除外。
「……駄目だ、めちゃくちゃ熱くてうごかねぇ」
「……冷やしたりするだけじゃ駄目そうね」
そういったルイズが立ち上がろうとするも、その肩に手を置いて横から杖が伸びてきた。
杖先から光が点り、才人の肘から先が僅かに光って痛みと熱が消える。
「カトレア、あまり走ったりするんじゃない」
「はい」
ピエールが才人にヒーリングを掛け、カトレアを嗜めた。
「ちいねえさま、次からは気を付けて下さいね」
「ええ、本当にごめんなさいね」
ルイズの言葉に頷き、才人に向き直り表情を曇らせて謝るカトレアに。
「だ、大丈夫ですよ! ほら!」
吃りながらも才人は立ち上がって腕をぐるんぐるんと回し、もう全然問題が無いと示す。
カトレアほどの美女が悲しい顔をするだけで損したような気分になる才人、もう痛くないし次から気を付けるんだから文句なんて無い。
「調子が良いんだから」
呆れたようにルイズも立ち上がって言う。
「ほら、治ったのならあっちに行ってて」
ルイズは才人を追い払うように、軽く押して促すも。
「いや、俺言っただろ。 好きなようにやるって、だから……」
宣言するように言った才人、ルイズに諦めないとまっすぐに見る。
「ダメよ」
だがにべも無くルイズは拒否。
「何でだよ」
「分かるでしょう? 『ダメ』なのよ」
「………」
言い切って僅かに表情を歪ませるルイズ、それを見て何がダメなのか考えてみる才人。
それもすぐに分かった、旅籠に居る人たちの視線が全て才人に向いていた。
才人が主張する居場所はダメなのだ、時と場所と場合、その全てにおいて。
才人は知らないが、ピエール、エレオノール、カトレア、ルイズの家族四人が顔を合わせて話すのは数年ぶり。
この先の家に戻ってからでも話は出来るのだが、それでもそこに才人が割り込み居座るのは色々と不味い。
それを言葉ではなく、表情で伝えようとしたルイズ。
言われた才人も才人で納得が行かず不満に思うが、向けられている視線の中の一つにシエスタのもあった。
シエスタは僅かに頭を横に振りながら、ルイズと同じように、声には出していなかったがダメだと口を動かす。
その隣に立っていたマリーも不安そうな顔で才人を見ている、如何に才人がなんとも思っておらずとも望む言動を取れば評価を落とす。
ただでさえピエールとエレオノールは才人に良い感情を持っていない、これ以上悪い印象を持って欲しくないために半ば強制して言う。
「サイトはあそこ、良いわね」
そう言い切ってルイズは踵を返し。
「ルイズ、そんな言い方は……」
すぐ近くに立っていたカトレアの手を取り、引っ張って座っていたテーブルへと戻っていく。
「良いんです、それよりも大事な事があるんですから」
カトレアが一度顔だけ振り返り申し訳無さそうな顔をするが、才人はさっさと壁際に下がっていた。
そうしてテーブルに着くヴァリエール親子、それぞれがルイズに言いたい事を胸に置くが、当のルイズはそれを切り出させないように最近の事を聞き始める。
父のピエールも言いたい事はあるが、才人の存在がどういうものか知っている為にあえて何も言わない。
エレオノールはなぜあの平民を、しかも男をルイズの傍に居させるのか分からないし、その事について何も言わないピエールに疑問を抱きつつ、自分が口を挟むことではないのかしらと口を噤む。
カトレアはカトレアで、ルイズが真摯に構った才人のことが気になっていたが、その話は今する必要が無いと言う雰囲気を放つルイズにいつか話してくれるんじゃないかとなんとなく思って聞かなかった。
そして渦中の一人、才人も不満がもりもり溜まっていく。
だがそれも抑える、何とか、と言う訳ではなく家族が集まる風景に他人の自分が加わるのはおかしいと感じたからだ。
ルイズとシエスタとマリー、それに鋭い視線のピエールとエレオノールに当てられたのもあった。
ここに貴族とか平民とか関係ない、家族は恋人とかとは違う意味を持つ『大事な人』。
才人もふと家族のことを思い出して寂しくなるときがある、そう考えて文句も言わず才人は下がった。
そうして才人は、他の村人やメイドたちと同じように、ただ壁際で家族の団欒を目に収めた。
旅籠で休憩を取り、出発して僅かに揺れる場所の中。
時折デルフリンガーと会話しつつも、窓枠に片肘を着いて外を眺め続ける才人。
流れ続ける放牧的な田園風景が延々と続く、遠くに大きな山、近くには小高い丘、時折藁の山が積んであったりする風景。
それが何時間も続く、日が落ちても続く。
才人は自分を褒める、ぼーっとしつつもその景色だけで数時間耐え切ったのだから。
しかし限界、もう限界、飽き過ぎて何が何だか分からない。
あれ? 何で俺馬車に乗っているんだろ? とか思い始めるほど飽きていた。
「……相棒、返事すらする気なくなっちまったか」
「……俺って一体なんだろうな」
とか哲学的なことすらも吐き始めるほどに流れる景色に疲弊していた。
そうしてふと、才人から見える外の景色に僅かに入り込んでくるものがあった。
双月から照らされる景色は、小高い丘の向こう側から現れた大きな建物。
一言で言えば城、でっかい城。
「……あ?」
「あん?」
「……城かぁ」
「と言う事は、やっと娘っ子の家に着いたってことかね」
「そうだなぁ、つーか城だなぁ……」
「相棒、本当に大丈夫か?」
「大丈夫なんじゃないか?」
「……こりゃまずいね」
空ろな才人の瞳、暇とは遅効性で致死的な毒。
それに犯されつつあった才人は、ようやくでっかい城がでっかい城だと認識し始める。
「相棒、もうすぐ到着するんだからしっかりしようぜ」
「そうだなぁ……、もうすぐで到着するんだよなぁ……あ?」
「もう窓の外を眺めるのは終わりってことだよ」
「……終わり?」
「終わり」
才人は一度座席に立て掛けてあるデルフリンガーに目をやって、また窓の外の景色を見た。
「……城だよなぁ」
「……相棒が壊れちまった」
「……デルフ、あの城がルイズの家だと思うか?」
「だと思うよ、でなきゃ相棒がおかしくなっちまう」
「……すげぇよな、今までずっとルイズの家の領地だったのに、あの山の向こうもルイズの家の物なんだろ?」
「それが大貴族ってもんだろ、わかってたことじゃねぇか」
「……貴族、かぁ」
あまりにも大きすぎて才人はよく理解できなかった。
日本とハルケギニアの常識は全然違うくて、靄が掛かっていたような、漠然としていたルイズとの立ち位置が浮き彫りになり始めていた。
大貴族、そうは言っても一般的な家庭の出身である才人にとって、土地持ちなんて見たことないし、せいぜい山一つか二つとか、その程度にしか思って居なかった。
だが才人が今見る光景の全てが、それこそ山の一つ二つでは済まない、山数百分は軽くあるだろう景色の全てが何代も前から続くラ・ヴァリエール家の領地。
隔絶している、トリステイン有数の大貴族、その言葉は才人の想像以上に巨大で重かった。
それからさらに一時間ほどして、馬車一行は城へと到着する。
落ちたら梯子や魔法が無ければ上れないほどの深く水に満たされた堀、その堀の向こうには重厚な城壁。
その城壁の中に置かれるのは巨大な門、これまた巨大な門柱があって、その脇にはやはり巨大な、二十メイルはあるだろう人型の石像が佇んでいる。
その石像、石のゴーレムは馬車を認識して上がっている跳ね橋を下ろすために橋を支える太い鎖を操り、跳ね橋を下ろして門へと続く道を作り出した。
一言で言えば壮観、まさにファンタジーにあって当然と言った景色に才人は無意識にすげぇと呟いた。
跳ね橋が下りれば馬車は当然進みだす、跳ね橋を渡り門を潜って城壁の内に入ればゴーレムは鎖を手繰って跳ね橋を上げる。
才人はそれを見送った後、視線を進行方向に向ける。
有るのは城、でっかいとは思っていたが間近で見ればさらにでかい。
アンリエッタに会いに行ったときに見た王城と同じくらい、もしかしてそれより大きいかもしれない城。
その城に近づいていく馬車、玄関と思わしき大きなドア、どれもこれも大きくて豪華としか言えないもの。
何十人も召使がドアの傍に並んで城の主を向かい入れる、とりあえず才人も馬車から降りて歩き出し、ルイズたちの後を追う。
これまた豪華な細工や調度品が置かれ飾られた城の中を歩き、その途中でメイドであるシエスタたちは控え室に向かわされた。
才人は才人でどこに行くべきかに悩んだところに、どう見ても執事っぽい人に話しかけられ、晩餐会に同伴するようにと言われ、ダイニングルームへと案内された。
やっぱりと言うか、才人が背中に担いでいた剣は預かられ、デルフリンガーが文句を言うも預かった人は驚いて変な顔をしながら持って行って通路の奥へと消えていった。
そんな事があってダイニングルームのドアを潜れば、広がる広い部屋。
「カリーヌ、今帰った」
「お帰りなさいませ」
そうラ・ヴァリエールの当主であるピエールが言えば、ダイニングルームで待っていた女性は頭を下げる。
ルイズとカトレアと同じピンクブロンドの髪を頭の上で纏め、鋭い目つきをして五人を見た。
その雰囲気は目つきと同じで、才人から見れば話しかけるのが躊躇われるほどの圧迫感を感じる人物。
挨拶を交わしたピエールに続いてエレオノール、カトレアと流れるように挨拶をして頷いていく。
久しぶりの再開だと言うのにカリーヌは表情を変えず、ただただ視線を送るだけ。
その中でルイズだけは動き、カリーヌの元へと歩み。
「ただいま戻りました、母さま」
「よく帰りました、ルイズ」
抱擁を交わした。
その瞬間才人は見逃さなかった、僅かにカリーヌの表情に微笑が浮かんだのを。
何だ、厳しそうに見えたけど気のせいだったか、と才人が思った時には表情がまた引き締まって鋭い視線が才人に突き刺さった。
それもすぐに反らされ、ルイズの顔へと向けられる。
「お腹が空いているでしょう」
「はい」
カリーヌの言葉にルイズは頷き、上座にピエールとカリーヌが座り、下座に三姉妹が座り、才人はルイズが座る椅子の後ろに立たされる。
そうして始まった晩餐会、召使いたちが前菜を運んできて次々とテーブルに並べられる。
それを見た才人は、魔法学院の食事よりも大分質素に見えた。
一応テーブルマナーと言うか、貴族の食事には出てくる順番がある事を知っている才人は、これが前菜だと分かっていても質素に見えた。
途轍もない大貴族、と言う割にはそれ程でもない見た目。
見た目だけ質素で使われている材料が高級な物ばかりかもしれないと言うのも有ったが、貴族は見栄えを重視すると魔法学院で学んだ才人からすれば質素に見えざるを得ない。
いや、家族だけの食事なんだから見栄えよくしてないんだろうか、と考えていれば強烈な空腹感に襲われた。
日は疾うの昔に落ちて時間は深夜、お昼に食事を取ってから半日は過ぎていた。
当然腹は空きルイズたちの前に出された食事からは凄く良い香り、食欲をそそる香りで鼻どころか腹が一つなった。
美味そうだな、腹減ったな、そう感じ認識した瞬間から才人にとって永遠にも感じられる地獄のような時間であった。
「……父さま、母さま、大事なお話があります」
前菜から食後の紅茶まで、それなりに会話を弾ませながら食事が終わる。
銀のナイフとフォークを置き、テーブルに置かれたナプキンで口元を拭ったルイズ。
それから口を開き、真剣な表情でピエールとカリーヌを見た。
同じように食事を終え、視線を向けられた二人もルイズを見つめ返す。
「なんだね?」
大事な話、もとよりピエールとカリーヌは茶化したりする性格ではなく、大事な娘の真剣な話であるために真摯に向き合う。
その様子を見たルイズは、一度姉であるエレオノールに視線を向けた後両親へと視線を戻し。
「良い話と悪い話、二つあります」
「………」
切り出した話は選択、おそらく良い話と悪い話、それに関係するのはルイズだけではなくエレオノールにも関係しているとピエール、カリーヌ、カトレアは見る。
「良い話と悪い話か、では悪い話から聞こう」
選択権、話の主導を握るのは当主であるピエール。
一つ鷹揚に頷いてピエールが選び、ルイズは選択された悪い話を話し出した。
「此度の戦争、私は参戦致す事にしました」
純粋に驚きを表したのはカトレアのみ、残るピエール、カリーヌ、エレオノールは眉間にしわを寄せた。
才人も才人でしかめっ面を浮かべ、ルイズの言葉に耳を傾ける。
「……その理由はもちろん話してくれるんだろう?」
「はい、その前に人払いを。 そして母さま、サイレントをお願いしてもよろしいでしょうか」
「わかりました」
ピエールは控える召使いたちを退室させるように命じ、杖を取り出したカリーヌはスクウェアクラスの強力なサイレントを掛けて漏れる音を遮った。
ルイズはそれを確認した後、ゆっくりと口を開いた。
「この度の戦争、アルビオン共和国との一戦、トリステインは間違いなく敗北します」
そう言い切り、ピエールの眉間のしわがさらに深くなる。
「なぜそう思うんだね?」
出来るだけ優しく聞き返すピエールに、ルイズは胸に手を当てるルイズ。
「私が関係しております、ですからトリステインは負けるでしょう」
「……ルイズ、あなた一体何を……」
主語を抜いた、ルイズの秘密を知る者しかわからない会話に、秘密を知らぬエレオノールは理解出来ずに聞く。
魔法を使えぬ妹が関係すればなぜトリステインが負けるのか、ピエールからトリステインは危険な状態だと聞かされてはいたがどうして敗北に繋がるのかわからないとエレオノール。
カトレアは自分が口を出す事ではないとわかっているのか、口を開かず神妙に話だけを聞いている。
「……アルビオンに行った事と関係が有るのかね?」
「それもあるでしょう、ですが根はもっと深い所にあるんです」
「……どうにもならないのかい?」
「はい、おそらくは私でなければ無理かと」
「………」
ピエールとカリーヌはルイズを見つめ、またルイズも両親を見つめる。
「……そうか」
ピエールはルイズから視線を外し、カリーヌへと向け。
「わしも出る事になったようだ、カリーヌ、家の事を頼む」
「はい」
「……父さま、母さま?」
それを聞いたエレオノールはまさかと二人に問いかける。
「ルイズが戦争に行く事を認めるんですか?」
「……わしとて行かせたくは無い、だが行かねばならぬのだろう?」
「はい」
「娘を戦場に行かせ、自身はのうのうと屋敷で寛ぐ事など出来ん。 軍務を退いているとはいえ、世継ぎも家には居らん、わしが出るしかなかろう」
「父さま! 魔法が使えないルイズが戦場に行ったらどうなるかお分かりなっているのになぜ!?」
いやに理解が良い両親に、てっきり反対すると思っていたエレオノールは声を荒げてしまう。
「わかっているとも」
「ではどうして認めるんですか!?」
魔法を使えない末の妹、戦場に出て何が出来るというのか。
立ち上がってどう考えても足手まといにしかならない、そう主張して考え直してもらうように言うが。
「……ルイズ、構わないね?」
ここでピエールが強行すればエレオノールは逆らえない、だがそれでは納得など出来ない。
今まで秘密にしてきたルイズの虚無、エレオノールがアカデミーの研究員になった事からさらに話せぬものになった。
だがこの様子、魔法が使えない、足手まといになるだけ、そう主張するエレオボールの言葉からはルイズの身の安全を考えたから出てきた言葉。
だからこそ今この時、アカデミーの研究員ではなく姉妹の事として心配しているエレオノールに話そうとルイズに問う。
「私から話します」
ピエールの視線を受け、ルイズが頷く。
「姉さま」
ルイズはエレオノールを見る。
「ちい姉さま」
今度はカトレアを見て。
「ごめんなさい、今まで黙っていた事がありました」
ルイズは頭を下げた。
それを受けたエレオノールとカトレア、今から話そうとしている秘密がピエールとカリーヌに戦争への参加を認めさせた要因だと悟る。
「姉さまが言っていた事、魔法が使えないと言うのは嘘なんです」
「……得意な系統に目覚めていたの?」
それに頭を横に振るルイズ。
その行動に訳がわからないと視線を鋭くするエレオノール、魔法が使えないと言うのが嘘で、得意な系統に目覚めてはいないと言う。
矛盾したそれに答えを出したのはやはりルイズ。
「私が扱える属性は虚無です」
答えでありながら一笑に付すことをあっけらかんと言うルイズ。
その表情を見るエレオノールとカトレアは、ごまかす様なものが一切無くはっきりと言い切ったルイズに冗談ではない事がわかった。
「虚無って……、嘘じゃないんでしょうね?」
それでも疑うのは当然、遥か昔に継ぐ者がいなくなった伝説の始祖ブリミルが扱ったとされる全ての魔法の起源。
例え血の繋がった家族でも信じろと言われても簡単に信じられるものではない。
「すごいわルイズ!」
そう思っていたのはエレオノールだけであった、カトレアは普通に驚きながらも立ち上がり、魔法が扱えないと思っていた末の妹が魔法を使えることに抱きつき喜んだ。
「……カトレア、まだ本当の事だと決まったわけじゃないでしょう!」
「お父様とお母様が認めているのよ? それにルイズはこんな嘘を付かないわ」
立ち上がってルイズの後ろから抱きついたカトレアはエレオノールに言う。
その様子に才人は一歩下がって、重なる二人を眺めた。
すげぇ、変形してる……、何がとは言わないが見て才人は唸った。
その視線もルイズが鋭い視線を横目で向けて来て、さっと視線がエレオノールの方へと向いた。
「……本当なんですか? 父さま、母さま」
カトレアの言葉は最も、エレオノールより数倍厳しいカリーヌも頷いた事で嘘ではないと判断した。
「……それで、いつから目覚めていたの?」
「十年ほどに前になります」
「……随分と」
かなり昔の事、事の大きさを知れば教えられない事にも納得できる。
エレオノールは一つ溜息をついて、腰に手を当てる。
「あなたが魔法の事を黙っていた事、それはわかったわ。 でもそれがどうして戦争に行く理由になるのかも、話してくれるんでしょうね?」
「私の属性と同じく、虚無の関係です。 アルビオン共和国軍は虚無のマジックアイテムを駆使し、使用してくると思われます」
「……それは他の、例えばアカデミーなどで対処は出来ないの?」
エレオノールが所属するアカデミー、王立魔法研究所は新しい魔法の研究やマジックアイテムを調べる機関。
表向きはそうだが実際は役に立たない事ばかり研究しているところではあるが、保有する知識などは紛れも無く本物で実際に調べようとしたらなかなかの成果を残せると言う自負がエレオノールにはある。
だがルイズは頭を横に振る。
「そのマジックアイテムは向こうの手です、現物が無ければおそらく対処は出来ないと思います」
「それはどんな物かわかっているの?」
「いいえ、だからこそ私が出向いて使用された際に押さえ込むために参戦するのです」
「具体的には?」
マジックアイテムの中には使用されてからでは遅い物も沢山ある、そしてアルビオン共和国軍は最も効果が出るタイミングで使用してくるはず。
そうなれば後手に回るしかなく、使われる前に何とか勝つしかないが、それが一体どんなもので、どういう効果があるのかわからなければ防ぐ事は出来ないとエレオノール。
「私が扱える虚無の魔法の中には系統魔法を打ち消すものがあります、それで無効化してまともに戦えるようにするのです」
「無効化! そんなものまであるの!?」
それにルイズは頷く、系統魔法は一度使用すればどんな形であれ作用する。
それを無効化する系統魔法など存在せず、曲り形にもアカデミーの主席研究員であるエレオノールは当然興味を持つが。
「エレオノール」
それを嗜めるのはカリーヌ。
「話す時間は有るわ、明日にもゆっくりと話しなさい」
いいわね? と言われエレオノールは頷くしか出来ない。
実際すぐに戻ったりはしない、久々に家族が全員集まったのだからその時に話せば良い。
そう考えてエレオノールは追撃を止める。
「それで、悪い話は聞いた、良い話とは何かな?」
良い話、ルイズがそう言った話に期待を寄せるピエール。
ルイズが参戦すると言う悪い話の後だ、口直しに好ましい話に期待しても仕方が無い。
「それは姉さまから直接聞いた方が良いと思います」
そうしてエレオノールはハッとして、ルイズの顔を睨みつつも赤くなる顔。
「エレオノール姉さまの良いお話?」
そう言ったカトレアは、思いついたようにルイズの頭の上で一つ手を叩き。
「バーガンディ伯爵さまと結婚なさるのね!」
ぼぼぼと、音が出るならそんな感じにエレオノールの顔がさらに赤くなる。
まるで鉄が赤熱するように、うううと唸りながら恥ずかしそうにするエレオノール。
「やっとですか」
呆れたようにカリーヌが言い、ピエールは立ち上がって笑みを浮かべた。
「カリーヌ」
「はい」
カリーヌが杖を取り出し、サイレントの魔法を解除。
「ジェローム!」
ピエールがラ・ヴァリエール家の筆頭執事であるジェロームを呼び出し。
すぐにダイニングルームのドアを開けて現れた執事に命じる。
「紙とペンを持て」
「かしこまりました」
「私と姉さまにも」
返事をしてジェロームは走らず歩かず、素早く退室して主が希望する品を取りに行く。
「おめでとうごさいます、エレオノール姉さま」
それをよそ目に心底嬉しそうにカトレアが言って、恥ずかしさでかまともに返事が出来なくなっていたエレオノールはうろたえ続けた。
「代筆なんて伯爵さまに失礼ですし、姉さまが直接書いていただけるならすんなりと進みますわ」
同じように笑みを浮かべて外堀を埋めていくルイズ、エレオノールは強く睨むも赤面した顔では迫力などなく飄々と受け流す。
ルイズとカトレアはエレオノールを座らせ、手紙に何て書くかエレオノールに言いながら考える。
その言われる言葉には愛しいやら好きやら、本人を目の前にしたら決して言えない言葉ばかりが並ぶ。
さらに赤面して、頭の上にやかんでも置けば沸騰しそうなほど。
「あ、姉さま!」
だが急にエレオノールは立ち上がり。
「あ、あなたたち! 覚えていなさいよ!」
そう捨て台詞を吐いてダイニングルームから駆け出し出て行った。
「エレオノール姉さまったら、あんなに恥ずかしがらないでいいのに」
それを見ていた才人は慄いた、先ほどの光景は茶化すどころか拷問にも等しい恥ずかしさ。
書いていたラブレターを見られた時、いや、それを上回るかもしれない恥ずかしさをエレオノールは味わっただろう。
二人共あんなに可愛いのに、何て恐ろしい精神攻撃を使ってくるのかと驚いた。
「姉さまはツンデレだもの、押してあげなきゃ進めないの」
いつの間にかルイズの視線が才人を捉え、ピエール、カリーヌ、カトレアも才人に視線を向けていた。
「父さま、母さま、ちいねえさま。 私、今日は疲れたのでもう寝る事に致します、おやすみなさい」
そう言った時にはジェロームが紙とペンを持ってダイニングルームに入ってきて、頭を下げていたルイズは踵を返してジェロームの下に寄り、ペンと紙を受け取ってから。
「サイト、行くわよ」
「あ、ああ」
呼ばれた才人はとりあえず振り返って三人に頭を下げ、ルイズの後を追いかけて行った。
「父さま、母さま、あの子はルイズの?」
ルイズと才人が出て行って、紙とペンを置いて退出して行ったジェローム。
三人だけとなったダイニングルームでカトレアが口を開く。
「そうだ」
「それじゃあルイズの恋人にでもなっちゃうのかしら」
「馬鹿言っちゃいかん、あの小僧はルイズの盾なのだ。 それ以外の理由など要らん」
手紙を書きながらピエールは言う。
「ルイズ、すごくあの子の事を心配していたわ。 それに……」
言いかけたカトレアは頭を振り、なんでもないですと言い止める。
「私も就寝しようと思います、父さま、母さま、おやすみなさい」
おやすみとピエールとカリーヌは返事を返し、ダイニングルームの部屋を出て行くカトレアを見送る。
「……本当に出征なさるおつもりで?」
「ルイズだけを行かせることなど出来ん、それにあの小僧が使えないのならわしが守ってやらねばならん」
ピエールとカリーヌ、二人とも本心は戦争になど行ってほしくはない。
だがルイズが絶対に行かねばならない、行かなければトリステインは負けてしまうと、断言させる何かがアルビオン共和国軍にはあると説明で理解した。
ラ・ヴァリエール公爵家はトリステイン王家の臣下、国が滅ぶような様子は見たくはない。
要請による出征と、娘であるルイズを守れるように参戦すると言う、二つを叶えるためのもの。
「……必ず無事に帰ってきて」
いつもの口調とは違う、カリーヌの言葉はいつかピエールと本心で向き合った時と同じもの。
「……わかっている、死ぬつもりなど無い」
二人だけとなったダイニングルームにて、ピエールとカリーヌは肩を寄せ合った。
※才人の「ずっと居たい」は誤字では無いです