タイトル「際どすぎる」
日が暮れて遅すぎると言って良い、久しぶりに家族全員が集まった晩餐を終えた後。
エレオノールは二人の妹に対する扱いと、婚約者であるバーガンディ伯爵への手紙の事で悶々としてベッドの上で転がり。
カトレアは一緒に妹と寝ようと思っていたが、早々に自分の部屋に引っ込んだことに悲しみつつも自室に戻り。
ルイズは分かれ道の前で才人とおやすみと言って別れ、途中で合流したメイドを伴って廊下の奥に消えていく。
才人はルイズと別れてからヴァリエールのメイドに案内されて、泊まった事は無いが想像するホテルのスイートルームのような豪華すぎる部屋で物の値段や体が沈み込むほどのベッドを気にしながら寝る事にした。
寝ることにした、したのだが眠れない。
よくわからないくらい高そうな家具や、体が半分くらい沈み込むベットだから眠れないのもあったが、才人がそんなに疲れていないのが一番の理由。
やることもなく一日の大半を馬車の中で過ごし、肘を付いて窓の外を眺め、日が落ちれば硬い座席をベッドにして眠る。
体の節々は痛いが一睡も出来なかった訳ではない、そもそも体力が有り余る年頃で息を切らす様なことをしていなければ一晩ぐらい軽く徹夜できる。
そもそもルイズが戦争に行くなんて冗談じゃないと、一応行く理由を後ろで聞いていたとは言え納得できない。
なあなあルイズなんで戦争に行くんですか? 行く理由聞いてたけど本当に行かなきゃいけないのか、とルイズに聞くも。
話す時間はあるわ、明日で良いでしょ? と返されてうむむと唸った。
確かにすぐ戦争に行くわけじゃない、明日明後日明明後日と何日か家で過ごすと聞いた。
それじゃあ本当に行く必要があるのかしっかり聞かせてもらおうじゃないか、そう考えて頷いた。
明日になればもっと詳しい理由を聞けると考えていたらトイレにも行きたくなった、それがより強く眠気を覚ます事になった。
よく考えれば昼過ぎから食事もトイレにも行ってなかった、とりあえず尿意を解消するためトイレに行こうと部屋を出ることにした。
ドアを開き廊下に顔を出す、広々とした廊下の壁にはランプが掛けられ、歩くには十分な光で照らされている。
その光を見ながら部屋を出て廊下を見渡す、トイレに行きたくなったのはいいが肝心のトイレがある場所がわからない。
とりあえずは歩き出す、立ち止まっていてもトイレは見つからないから。
そうやって廊下を頻りに見回しながら歩いていると、一組のメイドさんたちが曲がり角から姿を見せた。
歩き出してからそれなりに時間が経っている、まだ我慢できるがここでメイドさんたちを流してトイレが見つからなければひどい事になる。
少々恥ずかしいが才人は一組のメイドに声を掛けた。
「……あのー、すみませんけどトイレってどこですか?」
声の掛けたメイドさんからじろりと冷たい視線を向けられた、すると先頭に居たメイドさんの右斜め後ろのメイドさんが先頭のメイドさんに耳打ち。
「……こちらです」
そう言われて案内される、その道中は無言で居心地が悪かった。
いかにも歓迎されてないってのが分かるくらいの態度、知らないところでメイドさんたちに嫌われるようなことしちゃったのか俺は。
落ち込みつつもトイレに案内され、入ろうとしたところで。
「終わりましたらすぐにでもお部屋へとお戻りを、部屋への道筋はお分かりですね?」
「は、はい……」
最後まで冷たい感じで、軽く頭を下げてメイドさんたちは元きた廊下へと戻っていく。
メイドさんたちを見送ったあとトイレに入り、溜息を吐きながら用を足す。
「なんかしたかなぁ、俺」
トレイに用はなくなり、廊下へと出る。
メイドさんたちに何かした覚えはない、まともに話したのはさっきが初めてだし。
うーんと悩むがわからない、思い当たることなんて何も無いから思いつかない。
考え過ぎなんだろうか? 美人なメイドさんの視線がどうしても気になって考えていたところに。
「……そういや何も食ってなかったな」
大きく腹が鳴った、しかも二回。
呟く前に一回、呟いた後にもう一回返事をするように鳴った。
昼頃に飯を食ったがそれからは水さえ飲んじゃいない、ルイズ一家の夕食に付き合った後に
どっかで飯食うのかと思ったらそのまま部屋に案内された。
もしかして持ってきてくれるんだろうかと思ったけど、そんなことなくお休みと言われた。
こりゃルイズも忘れているな、我慢して寝れるだろうかと、考えながら歩き出すが。
「……あれ?」
トイレを出て右に進んでいく、こっちから来たのは確かだったけど。
「右……いや、左だったか?」
広々とした廊下、トリスタニアの王城と同じかそれ以上に大きいかもしれないお城。
才人ははっきり言って迷った、はっきり言わなくても迷った。
メイドさんの鋭い視線に押されて帰り道は大丈夫とつい頷いてしまった、その結果がこれだった。
右を見る、誰もいない。
左を見る、誰もいない。
「……どうしよう」
まずい、帰り道が全くわからない。
大声でも上げてみる? いやいや、深夜だし迷惑になるだろうし。
それなら歩き回ったほうがいいか? 声上げて何事かと駆け付けられるのも嫌だし、廊下を歩きまわってメイドさんたちでも見つけたほうがマシ。
そう考えた才人は歩き出し、自分の部屋なりメイドさんなり見つけられたらいいと廊下を見回しながら進む。
「………」
とぼとぼと歩くが続くのは長い廊下だけ、何分経ったかわからないくらい結構歩いているけど誰とも出会わない。
さっきメイドさんたちに会えたのは運が良かっただけなんだろうか、まるでこのでっかい城に誰もいないかのような静けさ。
「……くそ」
歩いて歩いて、自分がどこにいるかすらわからない。
こんな事なら明日まで我慢しときゃよかったなぁ、俺は一つだけため息を吐いた。
なんだか疲れて壁に手を付き窓の外を見た、このお城に付く前から空にはでっかい二つの月が浮かんでいる。
「……え?」
夜にしては明るい、この世界では普通の夜の中で見知った人影を才人は見た。
ピンクブロンドの長髪を月光で輝かせる自分を召喚した魔法使い、ルイズが城の外を歩いていた。
「ルイズ?」
いつもの格好じゃない、薄緑の服を着て歩いている。
内側の白と外側の緑の二重となったスカート、袖辺りは白で肩からは薄緑。
耳や頬ぐらいしか見えない後ろ姿で、一人ですたすたと歩いて城から離れて行っている。
「なにしてんだ?」
お休みって言ったからもうとっくに寝ているのかと思っていた、なのに城の外を歩いていた。
とりあえず窓を開け、ルイズへと呼びかけてみる。
「……ルイズー、おーいルイズー」
控えめの声、周りを気にして大声を出さずに呼びかけたが聞こえていないのかルイズは歩いて離れて行く。
「………」
才人は右を見た、誰もいない。
左を見た、誰もいない。
見えるところで外に出られるドアらしきものはない。
「………」
ルイズがこんな夜中に何処へ行くのか気になる、だけど外に出れるような場所はない。
だったら、と意を決して開いていた窓を跨いだ。
窓の外に足を下ろし、小さくなっているルイズの後ろ姿を目指して駆け出す。
出来るだけ速く走る、追いついて声をかけてどこに行く気なのか聞く。
それだけのために走り、才人が駆けるのは城の中庭。
軽く息を切らして走り、見えてきたのは大きく広がる湖だった。
ルイズが足を向ける先はその広い湖、木橋に差し掛かったところで声を上げた。
「ルイズー!」
手を振りながら呼ぶ、俺の声が聞こえて木橋の途中でルイズが振り返った。
駆け寄る、タンタンタンと木の軽い音を鳴らして木橋を進む。
「……なにしてるのよ」
駆け寄って両手は膝に置いて、はあはあと息をしながらルイズに言い返す。
「それはこっちのセリフだっての」
「私はちょっと小舟に揺られようかなって、才人は?」
「トイレ行ったらルイズを見かけたんだよ」
それで追いかけてきた、息を整え顔を上げてルイズを見た。
「……サイト?」
はっとした、キラキラと月光を反射して輝く水面、その光を背に受けて佇むルイズの姿。
少しだけ首をかしげて、俺を見る姿はやっぱり綺麗で。
「……何もこんな時間に来なくてもいいだろ」
周囲を見るふりをしながら、ルイズから顔を逸らした。
「こんな時間だから来たのよ」
ルイズは顔を上、空へを向ける。
それにつられて俺も空を見上げる、空には満天の星空と二つの月。
顔を下ろした時にはルイズは背を向け歩き出していた、木橋を歩み池の小島へと向かう。
その後ろ姿を追いかける、そして池の小島から桟橋へ、桟橋の先には一艘の小舟。
ルイズはその小舟、二人くらいしか乗れない小舟に乗って座る。
「ほら、来て」
言われるがままに歩いて小舟へ、乗り込んで座る。
それを見てからルイズは小舟を係留していたロープを解く。
僅かに揺れる水面、俺は自然とオールを掴んで漕いだ。
「お昼よりもね、夜の方が好きなの」
広い池、もう湖と言って良いかもしれない広さ。
その中で浮かぶのは一艘の小舟だけ。
「別に明日でも良かったんじゃないか?」
「明日からは色々しなくちゃいけないことができるもの、明日からここには来れないと思うわ」
月光を反射する水面を見ながらのルイズ。
「………」
俺はゆっくりとオールを漕いでいた、明るい夜の池の上でちゃぷちゃぷと波の音。
「……なあ、本当に行くのか?」
「ええ」
なんで? と聞こうとして口をパクパクとさせた。
明日話す、そういう約束に喉まで出かかった言葉を無理やり引っ込めた。
それを見たルイズはくすりと笑う、目の前で金魚みたいに口を動かしてたら俺だって笑っちまう。
「しょうがないわねぇ」
俺が何を言いたかったのか、わかったように笑ったままのルイズがまっすぐと見つめてくる。
「……サイト、私が貴方を召喚したあの日の言葉、覚えてる?」
「……覚えてる」
「話した内容の事で一番大事なこと、言ってみて」
あの日、修理に出したノートパソコンを受け取りに行った時の帰り道。
目の前に現れた銀色の鏡みたいなもの、宙に浮いて如何にも怪しいもの。
裏に回ったり鍵を突っ込んでみたりした、好奇心の果てについには手を突っ込んでしまった。
そして鏡の向こう側で触れられたのは温かい手、引っ張られて鏡を通り抜けた時には見知らぬ世界。
煙がもくもくと立ち込める景色の中に居たのは少女、そこまで思い出して。
「……ラブラブルートは無し?」
「っそこじゃないでしょ! なんでそっちの方が大事になるのよ!」
吹き出すようにルイズが違うと言う、俺には一番大事じゃないかと思ったけどルイズは違ったらしい。
「失敗したかしら……」
はあ、とため息を付きながら右手を額に当てるルイズ、そのままの体勢で目だけをこっちに向けてくる。
「……本当はね、色々考えていたのよ」
「色々って何が」
ルイズは手を降ろして、顔を横に向けた。
「……サイト、あの塔が見える?」
ルイズが見ている先、顔を向けて同じ方向を見た。
あるのはでっかいお城から結構離れた所に建っている、細長い塔があった。
「あるな、なんか細長いのが」
「あそこに閉じ込めようと思って」
そう言った言葉に俺はまたルイズを見る、顔はそのままで塔を見ていたルイズの視線はゆっくりと俺に向けられた。
「……閉じ込める?」
「ええ」
「………」
もう一度塔を見る、石造りの縦長い塔だ。
城ほどの高さはないが、結構高く三十メートルくらいはあるんじゃないか?
塔の壁には小さい窓が螺旋状に付いている、たぶん中は螺旋階段になってたりして、一番上に部屋があったりしそう。
てっぺんの部屋のドアはがっしりと重そうなドアで、分厚い鎖で雁字搦めにされてでかい鍵がぶら下がってたりしていそうだ。
「………」
そこまで考えてその塔からルイズへと顔を向け直す。
「………」
もっかい塔を見る、でルイズをまた見る。
そして恐る恐る右手の人差指を自分に向けてみると、ルイズが頷いた。
「……なんで?」
「それが一番安全だと思っているから」
「……俺を置いて行く気だったのか?」
「だって死ぬのよ? サイトは、アルビオンの、七万の軍勢に、一人で、向かっていくの」
そして、死ぬの。
そう、まっすぐとルイズは言い放った。
「……でも」
「死ぬわ、そして命を繋ぐ事は無い、私はそう思ってる」
だから閉じ込めてでも置いて行こうと思った、一度も視線をそらすことなく俺を見つめたままルイズは言い切る。
「じゃあ、なんで言うんだよ」
そう思っているなら俺に言わず、閉じ込めるように何かするんだろう。
それに引っかかった俺はあの塔のてっぺんにあるだろ部屋の中で叫ぶ、椅子でも何でも窓やドアにぶつけて部屋を出ようとするはず。
言ってしまえば俺は注意する、そんな罠に引っかからないように気を付ける。
「それじゃあ変わらないかなって、今までと同じになるんじゃないかって、だから私の中にあるもので決めようって」
ルイズは膝の上に置いた右手を開き、顔ごと視線を開いた右手に落とした。
「……最初からこうしていれば、まだましだったかもしれないわね」
深呼吸してから吐き出すように言って、ギュっと右左の手を握っていた。
「……サイト、これからは協力してもらうわ」
「……なんだよ今更」
本当に今更だ、教えろと言っても駄目だと教えてくれなかった。
協力する気なんて最初っからある、それを断ってきたのはルイズだ。
「教えるわ、私が覚えていること」
「……どういう風の吹き回しだよ」
なのにいきなりこういう事を言ってくる、今まで教えないと言ってきたことは何だったんだ。
「変える、私の手で変える。 あいつらの手のひらじゃない、私の手のひらで踊ってもらう」
そう言ってルイズは手を開いた。
「流される側じゃない、流れを変える立場に立つ。 ……もう変わっちゃってるけどね、変わっていくんじゃなくて変えていく」
顔を上げるルイズ。
「でも無理ね、私だけじゃ変えることは出来ない」
「………」
「今まで黙ってきたわ、変えることを怖がって何もしなかった。 その上考えなしの行動ばっかり、本当に馬鹿よね」
ルイズは疲れた顔をしてため息を吐いた、そんなに疲れてるんなら言ってやる。
「未来のことなんて分からないって言っただろ、考え過ぎなんだよルイズは。 それになんで変えられないって決め付けるんだよ」
未来のことなんて分からない、俺だってそう思うし、それを言ったのはルイズだ。
「いいえ、してたわ。 何の確証もないのにこれくらいなら大丈夫だってね、私はおかしいのよ」
わかるでしょ? そう言うルイズ。
「ああ、わかる。 それはわかるけど、なんで変えられないのかわからない。 今までルイズの知ってる通りに動いて全部同じになったのかよ、本当に何もしなくて変わらなかったのかよ」
変えようとしても変えられないことがあるだろうし、何もしなくても勝手に変わることもあるはずだ。
ルイズが知ることは違うんだ、ルイズじゃないルイズ、俺じゃない俺、同じに見えて同じじゃない。
「違うだろ? 変わらなかったことなんて無かったんじゃないか? て言うか、俺がこんな事言わなくても分かるだろ?」
俺じゃない俺が居て、ルイズじゃないルイズが居るなら、同じになんかなるわけがない。
ルイズが知ってることは俺達にめちゃくちゃ似ている別人の話、いくら似ていても別人なんだから絶対どこかで違う所が出てくる。
こんなこと俺でも分かるくらい簡単なことなのに、なんで変えられないって思うのか分からない。
「ええ、だから言ってるじゃないの。 『私だけじゃ変えられない』って」
「……あ」
はっとして思い出す、確かに言ってた。
「そう、私だけじゃ良い方に変えられないと思うの」
そう言ってルイズは手の甲を上のまま手を差し出してきた。
俺はその手を見た、俺の指とは全然細い指。
強く握ったら折れそうなルイズの指。
「都合の良い事だとは思うわ、今まで黙ってて好き勝手してて。 それなのに……、手を貸して欲しいだなんて」
それを聞いてはぁ、とため息を付いた。
「勝手すぎるだろ……」
俺、連れてこられる前からこんなため息吐いてたっけ……。
顔を上げればルイズは目を伏せていた、俺の一言が効いたのか辛そうな顔をしている。
手伝うって言ってたのに断ったのはルイズだし、よく分からないけどあまりよくない状況らしいし、色々一人でやろうとしてたルイズには良い薬になったはず。
「ほんと、今更だろ?」
俺の一言で下ろそうとしていたルイズの手を、すくい上げるように取った。
「……ほら、あれだ……、俺もね、ちゃんと言ったしね、今更だよ、今更……」
最初から手伝うって気はあるんだし、手伝ってくれって言われたら手伝うに決まってる。
そう思って取った手がなんだか熱く感じる、今やっと頼ってくれたことになんだか嬉しく感じてしまう。
嬉し恥ずかしのままルイズを見ると、僅かに肩を震わせて左手の指で目元で零れそうな涙を拭い。
「……ごめんなさい、ありがとう」
少しだけ笑って、震えそうな声を我慢したように言った。
そのルイズを見て俺は引き寄せて抱きしめていた。
なぜか? 簡単、可愛かったからだ。
「いてっ!」
ほんの数秒、腕の中に収めたルイズに押し飛ばされ尻餅をついて小舟が揺れる。
「誰が抱きしめて良いなんて言ったの? 折角私が……」
そうやって何かを言いかけていたルイズだが、頭を横に振って途中で止めた。
目尻にためていた涙をもう一回拭いながら、視線を鋭くして俺を見た。
「……あのね、好きだとかなんだとか言ってたけどね、忘れてるでしょ、サイト」
「……忘れてるって何が」
聞き返せば、ルイズは右手を自分の胸に当てた。
「私が何だったのか、すっかり忘れてる。 こんな事態を起こしてしまった、重要な起因を」
そう言われて思い出す、体はともかく心は違う存在であると。
「そりゃあサイトからすれば本当のことか分からないもんね、それが真実だと証明する術がない訳だし。 それだと私のことなんてちゃんと考えてないように見えるし、私の顔だけで決めちゃったって思われても仕方ないでしょ」
「そ、そんなことねぇよ!」
「そう? じゃあ考えてみて、サイトはどうして私を好きだなんて思うようになったのかを」
言われてむむむと考える、だけど答えなんてそこにあるんだから考えるまでもなかった。
「ルイズだから」
「………」
そうを聞いたルイズは右手で右のこめかみをもみ始めた。
いかにも呆れたと言いたげなルイズに、ついカッとなった。
「だって仕方ねーだろ! 顔だけなら好きだなんて言わねーよ! なんだよいちいち可愛い仕草しやがって! そりゃ確かにルイズは可愛いっての! でもな、顔とかよりも大事な事があるんだよ!」
大声で、肩で息をしながら言いまくった。
「なんだよ! 今までだってそうだったし、メイドさんたちから色々聞かされたら色々考えちまうじゃねーか! ちょっとはこっちのことも考えてくれたっていいじゃねーかよ!」
「え、ちょ、ちょっ」
「何度でも言ってやるよ! 俺はルイズのことが好きなんだよ! 顔だけで好きになったとか自惚れんなよ! 今までルイズを見てきたから好きになったんだよ! それを何だよ、中身を見てないような言い方しやがって! 見てねーのはルイズのほうじゃねーか! いっつもルイズのこと考えてるのに俺のためとか言って見てねーじゃねーか!」
「……サイト」
「迷惑かもしれないけど仕方ないだろ! 好きになっちまったもんは!」
そこまでまくし立てて、胸や顔に物凄く熱いものがこみ上げてきた。
それは後悔じゃなくて、恥ずかしさで顔が真っ赤になっているかもしれないもの。
一世一代…・・、二度目だけどハッキリと言ってやった。
そしたらルイズは。
「……変態」
口元を手で抑えて俯き、一言呟いた。
「好きになったものは仕方ない、か……。 それもそうね、相手のことを考えてないってのはあるけど。 だからこれからは考えるわ、貴方のこと」
「それって……」
「でも、告白の返事は出せないわ。 それでも良いって言うなら、……手伝って欲しいわ」
「……良いよ、手伝うよ。 むしろ手伝う、ダメだって言ってもやるからな。 と言うか変態ってなんだよ」
二度目の告白をあっさりと流されたこと、それと大変ひどい事を言われたので抗議する。
「変態でしょ? ほら」
ルイズは言いながらスカートの端を掴んで上げる、現れたのは白い太ももでまるで吸い込まれるかのように視線が向いた。
「考慮していない、違う?」
「そ、それは違うと思うしずるい」
「まあそうね、好きな女の子の太ももとか? もうちょっとで見えそうな下着とか? 健全な男の子なら見ちゃうかもね、あと彼女とか出来たらコスプレとかさせちゃいそうだわ」
あと変なことも言わせそう、そんな事言いながらスカートの端を手放して顔を上げるルイズは笑っていた。
「そこはしょうがないわ、よほど酷くなければ見逃すけどね。 それに……、えーっと……。 ……ああ、そうそう、あの子にもそういう事させないようにしなくちゃいけないわね」
「……あの子?」
あの子なんて言われても分からない、一体誰なのか聞けば。
「サイトが手伝ってくれるなら近いうちに会えるわ、それまでのお楽しみ」
笑って言うルイズ、右手人差し指を立てて軽く振っている。
気になる、気になるが大事なのはそんな事じゃない。
「……それで、どうするんだよ」
「私と一緒に居てもらう、これからの事もそうだけど戦場でも常に私のそばに居てもらうわ」
「……それはいいけど、俺に教えるってのは?」
「そっちは学院に戻らないと、今手元にないから」
手元にないってことは紙かなんかに書いてるのか? そう言うの見たことないからあるとは思わなかった。
「……まだ話したいことあるかも知れないけどもう戻りましょう、寝ておかないと朝が辛いわよ」
「……うん」
物がないってんならしかたない、学院に戻った時それを見せてもらえばいいし。
戦争に行くなんて考えられないような事をしようとしていること、行かせたくないが行かなければひどい事になる。
当然行かせたくはない、戦争なんて怖くて全身震えそうな恐ろしいものなんだろう。
矢とか大砲の弾とか、魔法だって降り注いでくるかも知れない。
そんな所にルイズを行かせるなんて冗談じゃない、でもルイズは止めても行くんだろう。
だったら俺が守ってやる、神の盾なんて大層な名前が付いたもんになったし。
なにより俺が守りたい、そう決めた。
そうして俺はオールを漕ぎながら、大きな腹の音を鳴らした。
夜が明ける、流石に深夜に釜に火を入れるのは問題があったために、才人にはパンとバター、水だけで空腹を凌いで二人は別れて就寝。
日が登ってからはそれぞれがすべき事に向かい、慌ただしく一日が幕を開けた。
「おはようございます、父さま、母さま、姉さま、ちいあねさま」
「おはよう、ルイズ」
ダイニングルームで挨拶をすれば全員が挨拶を返し、椅子に座って談笑をしながら朝食が並び終わるのを待った。
「……姉さま」
「……エレオノール姉さま」
その談笑の中には座って待つエレオノールに向けられる話も当然ある。
妹二人に見つめられて呼ばれるエレオノール、嫌な予感しかしなかった。
「……あの話はやめてちょうだい」
どうせ伯爵さまへの手紙のことだろうと、そう考えて言うも。
「挙式の日程はお決めになりました?」
「バーガンディ伯爵さまをお呼びしてお二人で決めてもいいんじゃないかと思うんですけど、父さまと母さまはどう思われますか?」
一足飛んで挙式、結婚式の話となってエレオノールはむせた。
「ふむ、それもそうだな」
「そこはエレオノールに任せます、良いですね?」
妹二人はそこまで行って当然だと言った顔で話し、ピエールもその提案に乗り気で、カリーヌはエレオノールに任せるとこれ以上延ばすは無いと念を押す。
「そ、それは……、まずは、て、手紙を送ってからに……」
キッと強い視線を妹二人に送るが、当の二人は飄々と受け流す。
「でしたらお早く送って差し上げねば、伯爵さまもお喜びになりますよ」
「……ぐぐぐ」
ぐいぐいと押してくる二人にエレオノールはろくな抵抗も出来ず押され続ける。
ルイズとしては勢いを弱めれば、この姉は引っ込んでしまうだろうと考えて強くプッシュする。
カトレアは単純にエレオノールのことを祝っており、意図せず自然と背中を押すような発言を繰り返す。
結局昨晩のように、為す術無くエレオノールは押し切られて手紙を書くことになった。
そんなエレオノールにとっては屈辱的な朝食が終わり、天国で地獄な執筆タイムに突入していく中。
「ルイズ、話があるので私の部屋に来なさい」
「……はい、わかりました」
食事の終わりに声を掛けるのはカリーヌ。
「時間は掛かりそうか?」
「それなりに」
ピエールは今日の仕事をなげうってでもルイズに戦争とは何たるかを訓示しておこうとした。
「大事なことか?」
「それなりに」
カリーヌの同じ言いようにピエールは少し考え。
「わかった。 ルイズ、カリーヌとの話が終わったら私の部屋に来なさい、いいね?」
「はい」
ルイズは強く頷き、朝食は終わった。
一度解散し、再度身なりを整えてカリーヌの自室へと向かったルイズ。
十分ほど時間を掛けてカリーヌの部屋の前、扉に付いているドアノックハンドルを二度叩いて来訪を知らせる。
『誰です?』
「ルイズです」
名乗り、ドアが開かれてカリーヌはルイズを招き入れた。
「座りなさい」
「はい」
促されるまま、ルイズは一脚の椅子に座る。
テーブルを挟んで向かいにはカリーヌが座り、ポットから紅茶を注いだティーカップをルイズの前に差し出した。
「ありがとうございます」
それを取って少し口に含んで飲む、そのルイズを見届けてカリーヌは口を開いた。
「ルイズ、貴女が戦争に行って、恐らくは女王陛下のお側に控えることになるでしょう」
ルイズの立場、それを考慮してカリーヌは告げる。
「重要な局面で前に出ることもありましょう、その際にルイズの重要性に異を唱える者も必ずや居るでしょう」
「はい」
いくらアンリエッタがルイズは重要な存在だと言っても、それを内心疑問視するものも居る。
事は単純、ルイズが女で有るための問題。
「貴女にどれほどの権限が与えられるかは陛下の御心一つ、それが高かろうと低かろうと重要な位置を占めることは間違いないのでしょう」
古来から女が戦場に出ることなど笑い種に近いもの、それを語るカリーヌ。
「今となっては昔ほどの偏見は無いでしょう、ですがまだ存在することは確かです」
「………」
ルイズは神妙になって聞く、真剣に話すカリーヌに重要なことだと理解して耳を傾けた。
「如何に優れた能力を持とうと、女と言うだけで見下されます。 そこで重要な局面になった時に、貴女が女だからと言う理由で命に忠実になれない者が出るやも知れません」
「……つまり、男になれと?」
カリーヌが言いたいことを理解し、先んじて答えを言うルイズ。
「その通りです、私が魔法衛士隊に入る時も女と言うのは大きな足かせとなりました」
魔法衛士隊は騎士、騎士は男しか成れぬもの。
当時のカリーヌは名をカリンと改め、男装して魔法衛士隊に入った事をルイズに聞かせた。
それを聞いたルイズは眉を潜ませた、その理由は単純で『男装してまで魔法衛士隊に入ったことを知らなかった』ため。
「女では門をくぐることは出来ない、ならば男として入ることを決めて門を叩いたのです」
それは関係無いようで有る話。
「わかりますね? 私が鉄仮面を付けてマンティコア隊を率いていた理由を」
「はい」
『女』であるから、それだけで男の貴族から舐められて見られるのだ。
だからこそ顔の半分を鉄の仮面で隠し、屈強な男でさえ音を上げるような厳しい訓練と鋼鉄の規律を作り上げた。
「私と同じく仮面で顔を隠すのもいいでしょう、言葉使いや服装も気を付けねばならなくなります」
「大丈夫です、確実に男として振る舞いましょう」
そんな事など問題にはならない、それだけのものをルイズは持っている。
「……それで、母さまが男装したときはどのような姿に?」
そうルイズが聞いて、カリーヌが立ち上がる。
「こっちへ」
鏡台の前へと移動し、ルイズも立ち上がってカリーヌの後に続いた。
ルイズを鏡台の前に座らせ、その後ろで反転する鏡越しにカリーヌはルイズを見る。
「貴方達姉妹の中でルイズ、貴女が一番私の若い頃に似ています」
カリーヌは鏡台から一つ髪留めを取り上げ、軽くルイズの髪をかき揚げる。
そのまま纏め上げたルイズの後ろ髪を髪留めで留め、ポニーテイルへと作り上げる。
「視線を少し鋭く、そうです」
肩に手を置かれて言われた通りにルイズは視線を細めて鋭く鏡の自分を見た。
「ええ、そっくり。 あの時は一昔前に流行った衣服を纏って、勇気で身を固めて歩んだものです」
その時にお父様と出会ったのですよ、と短くピエールとの思い出をカリーヌは語った。
「衣服もあるのですが、今となっては流石に着れる物ではないでしょう。 それなりの物を用意させます、それを着て行きなさい」
「……どんな物か見せてもらっても良いですか?」
「ええ」
頷いてカリーヌはワードローブ、タンスから平たい長方形の木箱を取り出して蓋を開いた。
取り出したのは袖なしの、前止め部分にフリルの着いた白のシャツ。
そのシャツの首周りには二本の白い線が入った長いリボンが結ばれている。
下は同じく白のショートパンツ、それも通常よりもさらに丈が短いタイプ。
その上に羽織る袖なしの青い上衣、長めでひざ下まである。
当時でも垢抜けていない、つまりダサい格好の衣服。
今着れる物ではないと言うのも頷けるが。
「……母さま、これを着てみても良いでしょうか?」
三十年前以上の物、普通なら処分してもおかしくはないが、良い状態のまま取って置いてある理由は思い出が詰まった品である事が容易く想像できる。
「なぜです」
「……父さまを驚かせようかなと」
それは悪戯に使いたいと言っているようなもの、それを前にカリーヌは。
「……自分の事はぼく、言葉を強く、特に語尾は強く強調して言うのです」
「母さま」
認める旨、僅かにカリーヌは笑って言う。
「さあ、お父様が待っていますよ。 手早く着替えて、少しだけ練習しましょう」
「……はい!」
それから三十分、朝食が終わってから一時間ほどしてピエールの自室のドアがノックされた。
「誰だ」
「ぼくだ」
それを聞いてピエールはルイズだと思った、しかしルイズは『ぼく』などと言わず私と言っていた。
声はまさしくルイズだ、そこは間違えようがない。
では誰だ? ルイズそっくりの声で『ぼく』と言う者など知らない。
まさか曲者かと考えたが、自身や家族の安全のため簡単に抜けるような警備にしてはいない。
「………」
ピエールは考えこむ、開けるべきか否か。
曲者なら扉を破壊してでも押し入ってくるだろう、第一ドアをノックして声を掛けてくるわけがない。
その考えに至り、杖を取って即座に戦闘できるよう整えてからドアノブを握り、ゆっくりとドアを開けた。
「遅いじゃないか、サンドリオン」
そこに居たのはカリンであった、腰に手を当て少し不機嫌そうに視線を細めてそこに居た。
「ん? どうした? 何か付いているのか?」
カリンは青の上衣に手を掛けゴミでも付いているのかと見回す、一方のピエールは言葉を失っていた。
「お、お前は……」
これは一体どういう事なのか、あまりにも似ている居る筈のない者が居て軽く取り乱していたピエール。
その様子に驚いたのはカリンに扮したルイズだった、目を見開く父の様子にそれほど似ているのかと驚かすつもりが驚いてしまった。
「と、父さま?」
「……あ、ああ……、ルイズ、だな?」
「その通りです」
ピエールから見えない位置にいたのはカリーヌ、姿を現して疑問に肯定をだす。
「……これはどういう事だ?」
「少しだけ、昔に返ってみただけですよ」
「……これは、なかなかきつい事だ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「! い、いや、悪い意味ではないぞ!?」
鋭いカリーヌの視線がピエールに突き刺さる、それに狼狽してしどろもどろ。
「ごめんなさい、父さま」
頭を下げるのはルイズ、だがピエールはルイズの前にしゃがみ込んで頭を横に振る。
「ルイズのせいではないよ、昔のことを思い出すいい機会になった。 それにカリーヌにとても似ている、そっくりだ」
ルイズの頬を軽く撫でて、うんうんと頷いたピエール。
「そんなに似ていますか?」
「ああ、お前もそう思うだろう?」
「ええ」
当事者の二人が言うように、当時のカリーヌを知る者が見れば見間違えるほどに似ていた。
「全く驚いたよ、カリーヌにも」
「………」
こんな事を認めるくらいに、ピエールはまさに思いも寄らなかった。
「……着替えてくるかな?」
「……母さま」
「もう着る機会など無いでしょう、この服に最後の全うな意味を」
「はい」
「わかった、ではこのまま始めようか。 カリーヌも良いね?」
「はい」
そうしてピエールとカリーヌに、戦いについて指示を受けるための親子三人は部屋へと入っていった。