タイトル「考えすぎるのは、どうだろう?」
「居ない……わね」
部屋の鍵を開けて中に入ってみれば、もぬけの殻。
まさしく不法侵入、使用してはいけない開錠の魔法までも使ったのだ。
ばれれば色々と怒られるのだが、恋の狩人、キュルケには問題無しだった。
「どこに行った──」
とふとテーブルに視線をやれば、紙が一枚置いてあった。
「何かしら……」
容赦なく人の、ルイズの部屋を漁るキュルケ。
手にとって文字を読んでみれば。
【キュルケ、鍵はちゃんと閉めてね ルイズより】
「こ、行動を読まれていたの……!?」
『知っている』ルイズからしてみれば、分かり易すぎて扱いやすかったりするキュルケだった。
先のフレイムによる才人監視も同じ理由。
驚愕しつつもキュルケは紙を破り捨てながら、部屋を見回す。
「鞄が、ない? 出かけたらしいわね」
今日は虚無の曜日、せっかくの休みであるならば外に出かけるのもありえる。
問題はどこに行ってしまったのか、既に学院の外なら探す事は絶望的。
どうしようかと考えた所に窓の外。
2匹の馬が学院門を抜けて駆け出していくのが見えた。
乗馬主は明らかにルイズと才人、逃すかと言わんばかりにルイズの部屋を飛び出した。
鍵どころかドアさえ閉めずに。
「タバサァ!」
まるで怒れる紅獅子、キュルケが自室の隣のドアを叩く。
今日は虚無の曜日、絶対に居るはずの人物を呼び続ける。
「タバサァ!!」
ドンドンと、強くとドアをノック、と言うより叩く。
「タバサァ!!!」
駄目、恐らく中で『サイレント』を掛けているに違いない。
杖を取り出し、全力を持って開錠の魔法を掛ける。
「ッ!」
かなりの抵抗力、開錠の魔法に抵抗するのは『閉錠<ロック>』の魔法効果。
さすがと感心しながらも、さらに精神力を込める。
震えだした内鍵、それが3秒と立たず外れてドアの開閉を可能とする。
蝶番が壊れそうな勢いでドアを開け、ベッドの上に座る青色のショートヘアを持つ少女『タバサ』に詰め寄った。
一度も視線をやらず、タバサは黙々と本を読み続ける。
「────!」
空気振動を封じるサイレントの効果で、この部屋にある如何なる音が停止し、耳鳴りが響いていた。
本を取り上げ、タバサの頭が壁に打ち付けそうなほど前後に揺らす。
「─────!」
グラグラと揺れる体で、仕方なくサイレントの魔法を解いた。
「──サ! 今から出かけるわよ! 準備して!!」
「虚無の曜日」
タバサはそう一言呟いて、キュルケの本を取り返そうとして手を伸ばすが。
本を掲げたキュルケは立ち上がる、それだけで届かない。
ピョンピョンと何度か飛ぶが、全く届かない。
ベッドの上に載って飛び上がるが、やはり届かない。
身長の差が実害を持って現れた瞬間だった。
「お願い! ルイズを追いかけたいの! 二人がどこへ行くのか突き止めたいの! お願いタバサ! 力を貸して!!」
それはもう切実な願いだった。
何か悔しい、その一言でキュルケの心情を表せるほど。
「出かけたの、馬に乗って! 馬じゃ今からじゃ追いつけないの! だから貴方の使い魔で──」
そう言いきる前に、タバサはベッドを降りて窓を開けて口笛を吹いた。
「ッ! 有難う、タバサ!」
甲高い口笛の音、その数秒後に聞こえてきたのは羽音。
空を切り、風に乗った使い魔がタバサの元へ駆けつける。
タバサが窓枠に乗って飛び降りる、キュルケもそれに習って飛び降りた。
「やっぱり、貴方の使い魔はいつ見ても素晴らしいわね!」
落下した二人を拾ったのはドラゴン、水色の翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。
6メイルを超える風竜、このサイズで幼生であり、それでもなお二人乗せても余裕が出来るほどの大きさだった。
成体となれば、10メイルを越える事は容易に想像できた。
「どっち」
「正門、だったかしら」
正門を出て行ったのは見た、その後の方向を慌てていた為に見忘れていたキュルケ。
「馬二頭、食べちゃだめ」
「きゅい」
さらに舞い上がる、風竜は大空から目を凝らして二頭の馬を一瞬で見つけ出した。
「きゅいきゅい」
風を切って加速し始めた
それを確認したタバサはキュルケから本を取り返して、風竜の背びれにもたれ掛かった本を読み始めた。
「有難う、タバサ」
キュルケはもう一度、感謝を述べた。
「はいどう!」
手綱を握り、馬を走らせたのはルイズ。
風がスカートが捲りあがり、下着を露にするが、本人はそんな事気にせずに駆け続ける。
そのルイズが跨る馬の後ろにくっ付いているのは、同じく馬に跨った才人。
「うおぉぉぉ!」
才人は雄たけびを上げているわけではない、馬から落ちないよう必死に手綱を握っていたらいつの間にか叫んでいただけだった。
遅れないよう何とか制動して、ルイズの後を付いてく。
グラグラ揺れる才人に人馬一体なルイズ。
駆ける馬、馬と言う種類は同じだがサイズが違う。
ルイズの馬は、まるで黒○号や松○。
対する才人の馬は普通の馬、サイズが一回り以上の差があった。
歩幅や乗馬主の技量の差もあり、距離が開いて居たりした。
『遅れているぞ、サイト!』
「無茶言うな! 初めて馬乗ったのぉぉぉぉーーーー!!」
ルイズに届かない才人の声が街道に響き渡っていた。
「うう、腰が……」
腰をさすりつつふらふらと歩く才人。
その前には平然と歩くルイズ。
馬は町の入り口にある駅に預けた。
『今のうちに慣れておいた方がいいぞ』
「慣れそうに無い……」
時折内股になって歩く才人が微妙に気持ち悪い。
腰を叩いたりしながらも、物珍しいのか辺りを見回している。
『少し休んでから行くか?』
「いや、俺の相棒を迎えに行くんだろ? それなら早く行った方が」
『錆びだらけの武器、好き好んで買う奴いねぇんじゃねぇか?』
「錆びだらけなのか……」
『見た目はな』
デルフリンガーの真の能力を目の当たりにすれば、数万エキューと言う金額が付いても可笑しくない。
扱えるかは別にして、虚無関係のアイテムはやはり反則級である。
「しっかし狭いよな、この道」
人がごった返し、歩くのも一苦労ではあった。
なんせ道幅が5メイルも無い、さらに商人が道端に陣取って肉やら野菜、果物や雑貨品など並べて売っているのだ。
そうすれば、人が歩ける道幅はさらに狭まり2~3メイルも無い。
「せまッ!」
『チッ、めんどくせぇ』
思いっきり舌打ち、1.5メイルほどしかない俺では人の波に飲み込まれて流されてしまう。
ならばどうすればいいか、簡単、盾があれば良い。
『サイト』
ギュウギュウと押しつつ押されつつ、才人を呼び寄せ手を握った。
「え?」
『ほら』
無理やり引き寄せる。
同年代の女の子と手を握るなどと、初めての出来事に才人は慌てふためく。
「え、ちょ、何?」
『ほらほら、もっと近づく』
そう言って肌が触れ合いそうなほど近寄って。
『さぁいくぞ』
才人との位置を入れ替わった。
替わると同時に手を離し、才人を進行方向へ回転させる。
才人の背中に両手を当て。
『get ready?』
「へ?」
『steady, ──go!』
「は?」
全力で押した。
「まじで……止めてくれ……」
『人ごみにむしゃくしゃしてやった、楽を出来たから後悔はしていない』
才人を盾にして強引に人ごみを進んだ。
ドンドンとぶつかる才人のうめき声を聞きながら突き進み、目的の裏路地まで侵入した。
『しかし臭うな』
「くせぇ」
今だぶつかった跡が痛いのだろうか、体をさすっている才人。
視線を外せば色々とゴミや汚物がある、今度『アンアン』が来たら提案しとくか。
さて、目的の場所はピエモンの秘薬屋の近くの筈だったな、あの武器屋。
秘薬屋なんて行ったこと無いが。
と視界を上げるとぶら下がった看板が目に入った。
あれ、本当に銅製か? ただ錆びて茶色くなった看板にしか見えないが。
『多分あれだな』
足を向けて、店まで一直線。
既に疲れていた才人はのそのそと後に続いた。
羽扉を押して開ける。
暗がり、日中だと言うのに室内は暗く、ランプの明かりでなんとか武器の位置が分かるほど。
暗くする理由、目利きの妨害とか?
目が合い、店主の親父が口を開く前に。
「客よ」
「貴族様が剣を? こりゃおったまげた!」
「……どうして?」
止めない、どうしてもこの親父に聞きたい事があったから。
「いえ、若奥さま。 坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふる、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」
「へぇ、なら──」
店内を見回した視線を、流し目で店主を見る。
「平民は何をふるのかしらね?」
ブリミル教信徒、軍人、貴族、そして陛下がふる物を決まっているのに、何故平民が無いのが気になった。
ブリミル教信徒でも軍人でも貴族でもない平民も居るだろうに。
「……こりゃあ、一本取られやした。 平民がふるものなんて考えもしやせんでした」
身の振り方、なんてのもありかもしれん。
上に立つ貴族が無能ならば、下に座る平民にその付けが回ってくる。
さっさと見切りを付けて、別の土地に行く方が幸せと言う事もある。
「そうね、こんな問答しに来たんじゃなかったわ。 私は剣を買いに来たの」
そう言われた店主は才人を見た、下から上に、見定めるように見た
「この方が剣をお振りになるので?」
「ええ」
ツコツコツと木張りの床が音を鳴らし、剣が乱雑に積み上げられた棚に歩み寄り。
「サイト、多分ここら辺にあるから探してちょうだい」
「こん中にあるのかよ」
見るからに歯が欠けてたり、錆びてたりす武器が積み上げられている。
「若奥さま! そんな質の低い物をお選びになるので!?」
「そうよ、サイトにぴったりな剣がこの中にあるのだから、しょうがないでしょう?」
「お待ちを! 少々お待ちを!」
そう大きな声で言って店の奥に走っていく店主。
かの高名なシュペー卿の剣でも持ってくる気か。
「本当にこの中にあるのかよ」
才人が怪訝な顔でその積み上げられた剣の山を見る。
「有るわ、聞こえてるんでしょ?」
「………」
「だんまり? 店主に黙ってろなんて言われてるから黙ってるのかしら、デルフリンガー」
「……娘っ子、どうして俺の名前を知ってやがる?」
と、ルイズと才人しか居ないこの場で第三者の声が聞こえきた。
「……誰も居ないじゃん」
才人が驚いて辺りを見回すが、やはり二人しか居ない。
それなのに聞こえてくるのはルイズとも、才人とも違う声。
「『知っている』のだからしょうがないでしょう、それでデルフリンガー?」
「……なんでぇ」
「貴方は『使い手』にもう一度振るわれたいと思わない?」
「ほんと、どこまで知ってやがる」
「貴方が振るわれたいと思うなら、考えなくも無いわね」
「……はっ、おもしれぇ娘っ子だ! 良いぜ、使い手を連れてきな!」
「……サイト」
カタカタと揺れる大剣を見て、次に才人を見た。
「喋る剣かよ、おもしれぇ」
驚きながらも笑い、柄を掴んで引き抜いた才人。
現れたのは刀身が錆びだらけ、明らかに物を切ることが出来ない剣であった。
長さはルイズの身長ととほぼ変わらない1.5メイルほど、長くて才人でも確実に腰に下げれない。
「この小僧っこが使い手…・・・かよ、見損なってたぜ」
「……使い手ってなんだ?」
「ガンダールヴの事よ、そうよね? ガンダールヴの左腕?」
「けっ、娘っ子にはかてねーや」
「おま、お待たせを……デ、デル公!?」
煌びやかな、所々宝石が散りばめられた大剣。
刀身は光を反射する鏡のように輝いている代物を持ってきた店主。
「おう、親父。 そんな駄剣じゃなくてこの娘っ子、俺を買うってよ」
「若奥さま! そんなボロ剣よりこちらの方が!」
「ボロ剣とはなんでぇ!」
一生懸命進めてくる店主、この剣が偽者だと知っているのだろうか?
知ってて売ろうとしているなら色々と考えがあるんだが。
「店主」
「なんでしょう!」
「その剣、名剣なのかしら?」
「すげぇ……、この剣かっこいいな」
かっこいいと強いは等号じゃないんだぞ、才人。
キラキラ光っていかにもRPGの後半で出てきそうな剣だが。
手に入れてみたら実はエクスカ○パーだった、なんてするかもしれん。
「へい、かの高名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿が鍛え上げた物で、強力な魔法も掛かってるんで鉄も一刀両断でさぁ!」
と自慢げに語る店主。
才人も「おお! それは凄そうだ!」とか言っていた。
「サイト、持って見て。 本当に名剣なら買いましょう」
「若奥さま、おやすかあ有りませんぜ?」
「エキュー金貨で2000枚位かしら?」
「……よくお分かりで」
『なぁルイズ、1エキューって幾ら位なんだ?』
ヒソヒソと耳打ちする才人。
『1枚3万円位だな、それが2000枚だから日本円で6000万位か?』
『ま、まじかよ……』
根っからの庶民である才人、こっちの世界に来る前に購入した一番高い物は10万円ちょっとのノートパソコンだった。
それなのに、この世界に来て初めての買い物が6000万……、眩暈がした。
「持ってみて、サイトなら『分かるから』」
ガンダールヴの能力なら、それがどのような武器であるか理解できる。
名剣なら如何に強力か理解できるはず。
「わ、わかった」
約6千万の剣にゆっくりと手を伸ばし、柄を握る。
「……なんだこれ?」
やはり偽者か。
柄を握って1秒もすれば、才人が眉を潜めた。
「店主、その剣要らないわ」
「わ、若奥さま、お値段が高すぎるので?」
「この剣、すぐ折れると思うぜ?」
鉄どころか岩さえ切れずに折れる。
フーケのゴーレムで実証済み。
「貴族に駄剣を売り付けようとするなんて、気を付けないと危険よ?」
「ま、まさか!? 証書もついておりやすぜ!!」
「それも偽者でしょう、なんなら試し切りでもしてみる?」
信じれないのなら結果を目の前にすれば良い、分かりきってるが。
「……本当に偽者で?」
「親父、そんなすぐに折れちまう剣なんてさっさと捨てちまえよ」
「うるせぇ、デル公! この剣が幾らしたと思ってやがるんだ!」
二束三文で買い取った物だったりしたりして。
「200エキューもしたのに……」
普通10倍の値段で売るかよ!
「店主、デルフリンガーの値段お幾ら?」
「……へぇ、100で結構でさ」
「そう、それじゃあこれ」
エキュー金貨が入った袋をカウンターに置いた。
ゆっくりと袋を取って数え始める店主。
始めは遅かったが、次第に早くなる数える速度。
「わ、若奥さま……?」
数え終わった頃に、驚いた顔をしてルイズの顔を見る武器屋のおっさん。
「確かにエキューで、支払ったわよ」
踵を翻して、店外に出るルイズ。
「待てよルイズ!」
慌てて追いかけるが。
「ちょっと待ってくれ!」
と呼び止められて振り返る。
おっさんは店の奥に引っ込み、すぐ出てきた。
「これ持ってってくれ!」
そう言って投げてきたのは鞘、剥き出しの刀身だったのを思い出した。
「ありがと!」
「こっちこそ! 若奥さまに『感謝します』と伝えてくれ!」
「あ、ああ、わかった」
走って外に出る、階段の中ごろを下りていたルイズに並んだ。
デルフリンガーを鞘に収め、背中に担ぐ。
「けけ、娘っ子も優しいねぇ」
「あのおっさん、感謝しますって言ってたぜ?」
「そう、それは好かったわね」
「なぁデルフ、何が優しいんだ?」
「なに、娘っ子は『剣の代金を支払っただけ』さね」
「……?」
階段を降りきり元来た道を戻ろうとしていたが。
ルイズはふと立ち止まった。
「どったの、ルイズ」
『いや、原作通り追いかけてきてないかなと』
『……誰が?』
『キュルケとタバサ』
「お二人さんよ、なに言ってんだ?」
『キュルケが来てんのか』
デルフは知らない言葉に疑問を投げかけ、才人は辺りを見回す。
路地のどこかに居るって書いてあったな、流石に王宮があるこの街でシルフィードを飛ばせないだろう。
『もしかしたらあのおっさんが、キュルケにあの剣売るかも知れないからなぁ』
『あんな使えないもん、2000エキューで買うなんてきつ過ぎるだろ……』
「おいおい、俺にも分かる言葉で喋ってくれよ!」
試し切りをしてへし折っとけば良かった。
今から戻って……。
「……お二人さん、お客さんだぜ」
ぞろぞろと、路地裏の細い道から怪しい男どもが現れた。
大通りをぶち抜いたときにぶつかったお礼に来たお客さんだろうか。
迂闊過ぎたか、確実に以後が予測できなくなる。
俗に言われる『バタフライ効果』だった。
「……まずいわよ、タバサ」
「危険」
虫が湧き出てくるように男どもが現れる。
明らかに二人を囲んでしまえるほど、如何に才人が強いと言っても明らかに無理。
ルイズから離れれば、ルイズが襲われるし。
傍で守るにしても全方位から襲われたら……。
間違いなく危機でルイズは明らかに足手纏い。
「助けるわよ」
「了承」
キュルケが胸の谷間から杖を取り出した時。
囲いの一角が吹き飛んだ、錆びた大剣を振るい、男どもをなぎ倒す才人。
「最悪ッ!」
ルイズの姿が見えない、傍を離れるのがどれほど危険か……。
捕まったルイズを想像して、最悪の状況が頭を過ぎった──。
「……捕まっていない」
タバサの杖先が男どもの一団へ向けられると、素早く動いて剣を振るう才人とそれに劣らず追従するルイズ。
「……嘘」
速い、あれは本当にルイズ……?
おかしい、あれほどの動きなど今まで一度も見た事が無い。
二人は流れるような動き、そのすり抜ける動きで男たちが伸ばす腕や、武器を軽やかに避けて囲いの外へ逃れた。
「どういうこと……?」
男たちの一団相手に踊るのは二つの陰。
抜けると同時に反転、疾風の速度を持って接敵。
なぎ払われた男が吹っ飛び、他の男を巻き込んで3メイルほど転がる。
ルイズは才人の背後に付かず離れず、敵が割り込めない距離で才人の背後を守る。
ルイズが居る以上才人の背後から襲い掛かれない、だからルイズを捕まえるか何とかしようとするが一歩届かない。
既に勝敗は決まった、囲えるほどの数ではなくなった男たち。
死屍累々、とは言わないがうめき声を上げて倒れ伏す男たち。
あの数でも捕らえられなかった、なら今の数では絶対に不可能と考えた男たちは一目散に逃げ出していた。
「……あっけないわね」
危惧していた問題など元より無かったようだ。
でも、才人はともかく、ルイズまであんな鋭い動きが出来るとは今まで思いもしなかった。
少なくとも、近接戦闘を好むメイジ位しか……。
「……こっちに来る」
角から覗いてみれば、左手に錆びた剣を持つ才人がこっちに向かってくる。
「あら、ばれてる?」
「ええ、とっくにね」
振り返れば、タバサに杖を突きつけられたルイズが立っていた。
「タバサ、杖下ろしてくれる?」
「………」
「ルイズ、貴女……」
タバサに杖を突きつけられ、杖をなおしながら向き合ってくるルイズ。
「それでキュルケ、鍵閉めてきた?」
「え?」
「え、じゃ無いわよ。 私の部屋の鍵、開けて中に入ったでしょう?」
「な、なんのことかしら?」
タバサはキュルケとルイズを交互に見て、杖を下ろす。
その中で、何故簡単に背後を捕らえたか考えていた。
答えは簡単、イリュージョンでキュルケとタバサの感覚を誤魔化した。
勿論、先ほど襲い掛かってきた男たちも同じように騙し、本体は既に囲いから逃れてキュルケたちを探していた。
才人の背後に追従していたのは幻像ルイズ、本物があのような速度で走れるわけが無かった。
「しらばっくれる、それも良いかもしれないわね」
「……あれ、キュルケじゃん」
「あ~ん、サイトォ! さっきの格好良かったわぁ!」
「え、あ、そ、そうか?」
その話をしたくないキュルケと、抱き付かれて顔が緩む才人。
「キュルケ」
「なに? 嫉妬しちゃいやよ?」
「私、確かに見せたわよね?」
「……何を?」
「授業中、フレイム、愛」
「……さぁ、全く覚えてないわ」
「はぁ……」
思いっきりため息をつく、部屋の鍵とかはまぁ許そう。
キュルケが昨日見せた言葉通りにするなら、問題無い。
だが、才人を引き込んでおいて簡単に捨てるようならば許しはしない。
ハーレム、と言うか女の子目当てに頑張る才人。
あの帰還イベントに届く時には、原作宜しく誰かのためにこの世界に残る可能性もある。
「あのね、キュルケ……」
「何よ」
そう考えて、キュルケの行動は気に入らない。
今まで付き合った男たちの中で、それこそ本気で愛し合いたいと思う者も居ただろう。
そんな状態で捨てられた男は簡単に激情に狂う、所謂ヤンデレ化して夜道で背中を刺される、と言った状況も起こりかねない。
人の感情など簡単に暗がりに落ちてしまう、キュルケの行動は暗がりに誘い込む危険である物だと理解していない。
才人に絡んで、その嫉妬が才人に向けられる事も十分にありえるからだ。
「キュルケ、本気で警告するわ。 今すぐ貴女の行動を考え直しなさい、……殺されるかもしれないわよ」
「……なに物騒な事言うのよ、私が簡単に──」
「『私』に背後を取られたくせに、よくそんな事が言えるわね?」
「ぅ……」
「人間なんて簡単に壊れるわよ? 平民も貴族も関係なく、ね」
原作じゃアンリエッタとか良い例だ。
好きな人が死んだから、その復讐に固執してまだ延びるはずだった戦端を開いてしまった。
今だ起こらぬ事象だが御父様もよくアルビオン侵攻を危険だと見抜いて、諸侯軍派兵をしなかったもんだ。
人の命は金で買えない、いや、神聖アルビオンとの戦争では派遣するはずだった命を金で救ったか。
まぁ結果的に才人の活躍により、港周辺で起こるはずだった虐殺は無くなり、代わりに足止めをした才人が一度死んだ。
ご都合主義では有るが、才人が居なければ、先にウェールズ皇太子へ会いに行った時にルイズは死んでただろうし。
他の、ギーシュ、キュルケ、タバサまでも死に至っていたかもしれん。
英雄が歩む道は、血に濡れたものか。
具体的な描写はされてないが、戦争で死んだ人間の数は数千は届いただろう、もしかしたら万に届くかも。
『戦争だから人が死ぬのは仕方が無い』なんて、当事者からすれば絶対にそんな事は言えない。
原因は他にも色々あるだろうが、引き金を引いたのは復讐に燃えるアンリエッタに違いない。
やり方は他にもあっただろうに、マザリーニ枢機卿も苦労する。
人を巻き込んで自壊する良い例だな。
「絶対なんて無いんだから、程々に気を付けなさいよ」
「平民なんかに足元掬われる訳が無いでしょう?」
「勘違いは止めなさい、キュルケを捕らえる事が出来る平民だって幾らでも居るわよ? それに、貴女が囲っている人物は全員貴族の子息、それこそ秘密裏に練達のメイジを遣してキュルケを捕まえに来るかもしれないのよ?」
考えれば切りが無い、プライド高い貴族が『振られた』などと大っぴらに言われたくないし、あきらめる者が大半だろうが。
だがそうでない人間は? プライドゆえに泣き寝入りできない貴族だったら?
そういう行動も無きにしも非ず、いいとこ慰み者になって飽きたら殺される、なんて十分にありえる。
俺が知ってる人間じゃ、アニエス、メンヌヴィル、ワルドなど貴賤関係無く捕らえる、あるいは殺す事の出来る者など幾らでも居る。
陰に隠れる実力者など幾らでも居る、平民でもアニエスのように『メイジ殺し』なんて言われる者も居るだろう。
「落ちぶれて傭兵になったスクウェアメイジが来たら、貴女は逃げ切れるの?」
「考えすぎよ」
「注意するだけなら幾らでも出来るわよ? 理解しなさい、起こってからでは遅い事を」
それこそ、今ここで俺がキュルケを捕らえる事も、殺す事も簡単に出来る。
……虚無と言うチートが有ってこそ出来るわけだが。
「いい? 私は警告したわよ? 私が言った事が現実になっても、あなたを助けられないかも知れないわよ? タバサだって、サイトだって、貴女のご両親だって、手が届かない所に連れて行かれても、私はどうにも出来ないわよ?」
「……ルイズ、どうしたのよ? いつもと違うわよ、貴女」
「別に、日頃から考えてた事を口にしただけよ」
そう言って踵を返した。
とっくに手を離されていた才人もルイズの後を追いかける。
「……もう、なによ一体」
「……一理ある」
「ルイズの言った事?」
タバサは頷いて、ルイズと才人が行った道へ歩き出す。
イリュージョンを知らないタバサが、どうして背後を取られたのか辿り付けなかった。
サイレントなど、その可能性を考えて、ルイズのあだ名を思い出した。
『実力を偽ってる?』
妥当すぎる考え。
だが何のために偽っているのか、自分と同じような複雑な背景でもあるのか。
と、考え続けるタバサであった。