学院の図書館、『フェニアのライブラリー』の一角で本を収納する女性はロングビル。
資料として利用した本をオスマンからなおす様に言い付けられて仕事をこなしていた。
『その一、マチルダの名前を知る怪しい人物が『レコン・キスタ』に誘いに来る、かもしれない』
その中で思い出すのは、雇い主であるルイズが指示した内容。
『その二、返事は直ぐ返さず、少し悩んだ振りをして返事を了承する』
先の取引、マチルダを雇用した時にルイズが言っていた『情報収集』の仕事。
『その三、得た情報は直ぐに送らなくて良い、確実に送れると判断した時で良い』
ティファニアたちへの仕送り金の話をしたところ、500エキューを出してくれた。
これは雇用金2000エキューから引かない、となんとも太っ腹な事を言っていた。
『その四、もし誘いに来なければ、アルビオンにでも渡って『レコン・キスタ』の事を探る事』
貴族様々、とは言えないがこういうのは悪くない。
『その五、危なくなったら直ぐ逃げて良い』
指示されたのはたった五つ、それを果たせなくても何も罰さないと言った。
五つ目は言われなくてもそうするが、わざと怠けたら考えがあると言っていたので、気を入れてやるしかない様だ……。
また、オスマンに長期休暇の申請を出せば恐らく直ぐ通るだろうととも言っていた。
あの小娘は好色爺にも通すだけの力があるらしい、どんだけでかいのか、ますます厄介な奴だと思いなおした。
「……転覆、ねぇ」
いろいろ考える。
アルビオン王家が転覆するのもかなり確率が高いと言っていた。
事実、今アルビオンは荒れているらしい。
そこには『レコン・キスタ』と言う組織が暗躍していて、もうそろそろ何かを仕掛けて一気に事態を悪化させ、王家転覆と言うわけらしい。
そこまでの情報を得てなお、私に情報収集を頼むなんてあの小娘は何を考えているのかわからない。
一時世間を賑わせた盗賊とは言え一個人、得られる情報は微量で有ると思うが。
「それに……」
アルビオン王家に連なる者、現国王や皇太子も死ぬらしい。
害を成さないエルフを匿っていると言うだけでモード大公やお父様を殺し。
さらにティファニアさえも手に掛けようとした、絶対に許さない、この手で殺してやると思ったが……。
『貴方は手を下せないわ』
あの小娘はそう言い切った、何をどうしてそう判るのか。
そうならない状況になると、確信しているような……。
回る思考、結論を出そうとしていた所に。
「土くれ、だな?」
あの小娘が言った通り、道化が現れた。
タイトル「やばい、タイトルもネタ切れ」
そのマチルダに指示を与えた人物は夢を見ていた、懐かしい夢を。
ルイズで有りながら俺となった起源、懐かしきは昔のラ・ヴァリエール公爵家本邸の舞台にした夢だった。
ふらふらと、後退る。
「うう、どうして……どうして……」
少女は呻く、涙こそ流していないがそこにある感情は本物。
「どうして……」
その場所は自室の一角、鏡台の前で膝を付いていた。
「どうして……、どうして……」
その感情を爆発させた。
「どうしてこんなに可愛いんだァァァァ!!!」
自分の容姿に嘆いていた。
俺がこの体に入って……?
多分入ったのだろう、それに気が付いて昼夜が10回過ぎた。
この十日の間に死に掛けたりしたが、治った後は自分がどういう状態であるのか調べる事に専念した。
自分が誰で、ここがどこで、どういう状況なのかを。
名前、『ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール』
この世界に来たときから気が付いていた、この世界は『ゼロの使い魔』の世界で俺は主人公の片割れだと。
最初は否定したけど、数日過ごせば信じるしか出来ないし。
足掻いてもどうにもならない、ってな。
ここがどこか、『ラ・ヴァリエール公爵家領地の実家の自室』。
間違いなく、記憶にあるし。
だが何かおかしい、記憶が整合しないのだ。
例えれば、二つの違う動画を半透明にして合成、それを見ているような感じ。
わかるけどわからない、言っている俺も良くわからない。
記憶はそんな感じ。
どういう状況なのか、『幼女です』。
まぁ文字通り子供。
体が小さいし足が遅いし力も無い、そしてこの世界の貴族の基本、魔法が使えない事。
それを使える体じゃないんだから、幾ら頑張ってもファイアボールやエア・カッターなんてでねーよ。
と、魔法の練習を放棄したら、御母様が出てきた。
「ルイズ、何故魔法の練習を怠けたのか説明しなさい」。
鬼、か……。
俺は別に怖くねーけど、ルイズが怖がるのだ。
本能に刻まれた恐怖、見たいな感じで体が勝手に震えたりする。
「あ……ぅ……」
呂律も回らなくなる、どれだけ怖いんだよ。
だが、このまま黙っていても説教され続けてしまうのは勘弁。
なんとか震えを押さえ込み。
「……無駄だからです」
とルイズではなく、俺で言ってしまった。
途端に眉を寄せたカリーヌ母さん、発した声のトーンが低くなった。
「……理由は有るのですか?」
敬語が迫力を倍増させる。
本物のルイズはこう言う話し方をしない。
訝しんだろう、本当にルイズなのかと。
懐の中では杖でも握ってるのかもしれん。
「はい、御母様から見て、私の魔法行使に何かおかしいと感じるところはありますか?」
「……いえ、貴方の詠唱は見事です」
「でしょう、精神の練り込みも十分に行えています」
そう言ってカリーヌ母さんの瞳を見つめる。
その問答は直訳英語のような会話。
「なら何故発動しないのか、御母様はそれをお考えになった事はありますか?」
「勿論有りますが、原因を見つけるには至りませんでした」
「……私は理由が先ほど分かりました」
「発動しない理由とは?」
「私が系統魔法が使えないからです」
火・水・風・土、貴族ならば全員が絶対に使えるどれかの属性。
それを使えないとなる、ルイズが貴族ではない、『ブリミルの教えを受けた者の血が流れていない』と言う事か。
もう一つ、系統魔法ではない属性だと言う事。
魔法を使えるカリーヌが腹を痛めて産んだ娘が、魔法を使えない訳が無い。
どこまで行使出来るか、そこは才能の有無で決まるが、『貴族』と言うのは威力や精度など関係なく、『絶対』に魔法を使えるのだ。
たった二つで、その片方は有り得ないと否定されたから、後は簡単。
残る選択肢、ルイズの属性は今は存在しない『虚無』だと言う事。
「……まさか」
眉を限界まで顰ませる。
ほんの少しだが、表情の色が変わり続ける。
有り得ないと否定しながらも、その可能性が有る事に気が付いている。
「そのまさかです」
「……何故分かったのですか?」
「分かりません、練習していて『これは使えない』と唐突に理解してしまいました。 何故そう思うに至ったか、それも分かりません」
そう、何故俺の意識が芽生えたのか、それがわからない。
一息溜めて。
「……私は『違う』と、感じてしまいました」
いろんな意味で違う、この世界で極めて特殊な属性を持ち、思考や常識も全く違う『別の世界の人間の精神』。
なのに自分が『ルイズ』ではないと否定が出来ない、有耶無耶なのだ。
気が付けば、泣いていた。
何故泣くのかと聞かれれば、わからないと答える。
いや……違う、『違う』から。
『違う』から泣くのか。
「ルイズ……」
そう、御父様と御母様、そして姉様とちいねえさまとは『違う』から泣くのだ。
名高きラ・ヴァリエール公爵家の三女で有りながら、存在自体が『違う』のだ。
心は俺であるが、ルイズでも有る、内も外も『違う』から、泣いたのだ。
「ルイズ、泣いては駄目。 女は簡単に涙を見せては駄目よ」
そう言ったカリーヌ母さんはルイズを抱きしめた。
ハンカチで涙を拭いて、生まれてから数回しか見せた事無い笑顔をルイズに向けた。
……いや、驚いた。
笑顔が綺麗なのだ、やはりルイズの母親でルイズが歳を取ればこんな感じになると思われる。
それに……これが『デレ』で、御父様はこれにやられたのだろう、多分。
「ルイズ、御父様にも話しましょう。 これからどうするか、3人で考えましょう」
その言葉に頷き、これも数年振りなのだが手を握って並んで歩いた。
「……と言う夢を見たのさ」
あのトロール鬼やオグル鬼が震えて逃げ出すほどの母が向けてくれた美しい笑顔と。
初めて俺が泣いた日の出来事を夢に見てしまった。
今考えると何故あの時、御母様は俺の言葉を信じたのか。
普通なら「何を言っているの、くだらない戯言を言っている暇があるなら魔法の練習をしなさい」とか言った筈だろうに。
何を持って信じたのか、わからない。
勿論その後、御父様と御母様の目の前で、中途半端に覚えていた虚無魔法を唱えたら使えた。
証拠を目の前につけられたら信じるしかないしな。
系統魔法と違い、虚無魔法が何故中途半端に唱えるだけで使えるかって、多くが『イメージ』で構成されているからと考える。
基本的で本当の威力、それを発動させるためには呪文が必要なわけだが、虚無魔法は呪文とイメージに二層化された魔法形態であると思う。
『イメージ』と言うあやふやな中身を支える外枠が『呪文』と言った感じである。
系統魔法は『呪文』と言うエンジンをこしらえて、その中に精神と言う名のガソリンを入れて動かす感じだと思う。
両方そろえて『1』、実体化するわけだが。
その完成した『1』の半分である『呪文』を省けば系統魔法は発動しない、動かすエンジンが丸々無いのだ、入れるべき代物が無いから何も変わらない系統魔法。
一方虚無は、イメージという動かせる原型があるのだから、注ぎ込めば外枠が無くても一応動かせると言う訳。
まぁ完全な『1』にはならないが、『イメージ』だけでも限りなく、呪文を唱えて発動した威力に近付けさせられる。
それが無詠唱発動となる、がそんな都合が良いものではない。
極めて『1』の威力に近づかせた無詠唱魔法は、ちゃんと呪文を唱える方法とは違って、恐ろしいほど精神力を使用する。
それこそ何倍も、一発で気絶するほどに持っていかれる、その上気絶したから発動しないなんて当たり前。
もとよりルイズの精神力量でも普通に唱えて気絶しかけるのだ、それの倍以上もって行かれたら気絶しない方がおかしい。
不効率すぎる、超緊急事態、1秒後に死んでしまうとか言う状態じゃないと使えない。
まぁ当たり前に都合の良いことなんて存在しない、きっちり等価交換な物である。
原作中で『詠唱を途中で中断しても発動する』と言うのは、魔法が未完成のまま行使されると言う物。
未完成だから威力が低く、使用する精神力が少なくなると言う事に他ならない。
故にだ、始祖ブリミルは『神の盾、ガンダールヴ』など4人の使い魔を使役したのだ。
敵を見て、使いたい魔法を思い浮かべて、声を出さずに発動する、なんて使い魔が存在する意味が無い。
そうなれば世界の基盤を壊すし、『そんなのは他の漫画や小説でやってくれ』と言った様な感じ。
多分、世界の原則? ゼロの使い魔原作者のお力? よくわからんが俺TUEEEEEEな状態を防ぐための鎖だろう。
まぁそれでもチート状態なのは変わらないが。
「きれいな顔してるだろ、うそみたいだろ、死んでるんだぜ、それで」
「あいぼぉぉぉぉおお!!」
「死んでねぇよ!」
この前打ち所が悪かったら死んでた事態に陥りましたが?
毛布を跳ね上げながら起き上がる才人に言った。
「さっさと起きて、寝すぎると体に悪いし授業にも遅れちゃうわ」
クローゼットとタンスから衣服と取り出してベッドに放る。
才人を召喚して次の日に天井に取り付けたカーテン、部屋中央を横断するように引いた。
ネグリジェに手を掛け脱いで洗濯籠へ放る、下着一枚でブラウスを取る。
「相棒、そんなに凝視すんなよな」
「ばッ! デルフお前何言って!?」
カーテンの向こう側から聞こえるのは咎めるデルフと慌てる才人の声。
朝日で俺のシルエットが丸々見えているらしい。
前に俺、言ったよな。
『次は無いって』
その声を聞いて、慌てていた才人が止まり、息を呑む音が聞こえた。
「まぁ……これ位なら別に良いけど」
と言ったら安堵のため息が聞こえてきた。
「おいデルフ、危険な事言うなよ!」
「おいおい相棒、俺が悪ぃのかよ!」
ギャーギャー喚き出す才人とデルフ、何変わらない日常の風景だった。
我慢できなくなった才人が襲ってきませんように。
着替えが終わり食事、そして教室へ赴く。
扉を開ければ一斉に視線が向いたが、すぐ各々がやっている事に視線を戻した。
「はぁーい、サイトにルイズ」
「おはよう、キュルケ、タバサ」
「おはようさん」
「………」
返事で返さず、少しだけ杖を揺らすタバサ。
それを見て、軽く手を振る。
その後席に座り、才人がその隣に座る。
『ルイズは鬼畜っと』
『何だよいきなり』
『原作じゃ教室でサイトの公開調教するんだぜ、ルイズって』
『まじっすか』
『それに倣って俺もしようかなと』
朝の件もあるし、と言って才人を横目で見る。
「済みませんでしたァァ!」
椅子から飛び降りて土下座をする才人。
なんと見事なジャンピング☆DO☆GE☆ZA☆。
この才人は間違いなく伸びる、主にマイナス方向へ。
その時は『このサイトはわしが育てた』とでも言ってやるか。
「次からは気を付けるように」
と言うか、毎日見られてた?
とか考えていると、この授業を担当する教師、ギトーが現れた。
一睨み、それだけで生徒は全員着席する。
『サイト、キュルケの後ろに行っててくれない?』
『……なんで?』
『多分風最強房がキュルケを吹っ飛ばすから』
『判った、受け止めれば良いんだな?』
『そう言う事』
頷いた才人はしゃがんだまま階段を上り、他の生徒の使い魔が居る最上段の一段下。
キュルケの背後に座り込む。
「それでは授業を始める、私は『疾風』、疾風のギトーだ。 私の授業中に私語は一切許さん、質問が有るときは必ず手を上げよ」
黒色の長髪に黒色のマント、どっかで見たことのあるような魔法使いルックのおっさん。
実際は若いのだが、そうは見えない雰囲気が有った。
「さて、諸君等は全員理解しているだろう四つの系統魔法。 その中で最も強い属性は何かわかるかね……ミス・ツェルプストー」
「そうですね……、それは勿論『火』ですわ」
「ほう、何故そう言えるのかね?」
フッ、と軽く馬鹿にしたような表情を作るギトー。
「『火』はあらゆる物を照らし燃やし尽くす、恋や情熱も。 そう思いませんこと、ミスタ・ギトー?」
「残念ながらそうは思わない、今から最強の属性をお見せしよう」
腰から杖を取り出したギトー。
自然体、かどうかは知らんが佇む。
「ためしに、君が言う最強の『火』を私に撃ってみたまえ」
挑発しおってからに、キュルケは見事に引っかかったし。
「怪我じゃ済みません事よ?」
「問題ない、『火』に愛されしツェルプストーと言われたのは偽りかね?」
キュルケから笑みが消える、教師と言えど馬鹿にした報いを受けてもらうと杖を取り出し、呪文を呟きながら手首で杖を一回転。
1メイルはある見事な赤い火球が現れた、近寄るだけで炙られる熱量を持つ『ファイアボール』が撃ち出された。
小さな火の粉を残しながら直進する火球、当たれば無事ではすまない、爆発すらも起こすだろう。
「これが最強たる所以」
一振り、あれほど赤く燃え盛っていた火球が一瞬で掻き消され、とどまる事を知らずにキュルケを襲った。
突風、火球を消し飛ばしキュルケを吹っ飛ばしたのは『ウインドブレイク』。
ドッドスペルにトライアングルスペル当てりゃ簡単に消えるだろうが、アホくせぇ。
「『風』は全てをなぎ払う、『火』も『水』も『土』も、恐らくは『虚無』さえも吹き飛ばすだろう」
いいえ、虚無はあんたが放ったウインドブレイクごと爆風だけでぶっ飛ばせますよ?
後ろではキュルケを受け止めていた才人、『ああん、サイト! 私を守ってくれたのね!』とか言っていた。
「風は目に見えない、だが見えないからと言って頼りない物ではない。 風は君達を常に包み込み、守る盾となり、必要ならば敵を吹き飛ばす矛にもなるだろう」
なんか演説っぽくなってきたぞ。
「そう、風は最強であり。 最強と言わしめる魔法がこれだ」
杖を構え、瞼を閉じて唱え始める。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……」
精神力に溢れる風メイジなら確実に強力な武器となる魔法、『偏在』か。
一瞬、ギトーの体がぶれたときにはもう一人、隣にギトーが立っていた。
「これが『偏在』、風で作り出したもう一人の自分。 精神力が続く限り存在し、必要とあらば魔法さえ使用できるという魔法だ」
この遍在は『風のラストスペル』とも言われる強力な呪文、ギトーが説明した通りもう一人の自分、あるいは複数の自分を作り出し。
本体と同調した意思を持って行動する、風のゴーレムとでも言えば良いだろう。
その真価、それは魔法が使えることにある。
分け与えた分だけの精神力を有し、その分だけ魔法を使用できる。
要するに個人でありながら多数、複数の攻撃で手数が倍以上に跳ね上がる訳だ。
「この遍在が──」
まぁ嬉しそうに説明し始めたギトー。
それを遮ったのは教室の扉を開けたコルベールだった。
「……ミスタ?」
「いや、授業中申し訳ありません、ミスタ・ギトー」
「何か?」
「はい、えー皆さん。 よく聞いてください、今日この学院にトリステインが誇る一輪の花、アンリエッタ姫殿下が行幸なされる事になりました」
そう聞いて一気に教室が騒がしくなる。
アンアンの来訪か、使い魔品評会じゃなくて助かった。
……才人には両手に剣を持って落ちてくる紙を粉々に切り刻んでもらうとこだった。
「静かになさい! ……したがって今日の授業はすべて中止、生徒の皆さんは正装に着替えて正門に整列する事、わかりましたね?」
それを聞いた生徒は一斉に頷いた。
「なぁルイズ、姫殿下って?」
「そのままの意味よ、王の息女、次期王様ね」
「そんな偉い人が来るのか」
自室で正装に着替える、と言ってもいつもの制服であったが。
そう言った才人はキュルケに貰った剣を磨いていた。
「相棒、そっちばっかり磨かないで、俺も磨いてくれや」
「嫌だよ、錆落とすのめんどくさいんだぜ」
「なぁ、頼むぜ相棒!」
「めんどくせぇって」
「いいじゃねぇか、俺と相棒の仲だろ?」
「知り合いって半月も経ってないぜ」
「友情は一瞬の時でも成立するんだぜ!」
「別にー、友情なんて感じてないけど」
才人も中々デルフに厳しいよな。
朝のあれで怒っているのか。
「そろそろ行きましょうか、集まり始めてるわ」
「りょーかい」
「ちょ! 待って! 置いてかないで!」
素でデルフを置いて行こうとしていた才人であった。
全生徒が正門前から学院内まで整列し、一斉に杖を掲げる。
その杖を掲げられた道を進むのは馬車、その側面に付いたレリーフは聖なる一角獣ユニコーンに水晶の杖を重ねた王室の紋章。
王室専用の馬車を引っ張るのはレリーフと同じ、『ユニコーン』であった。
ユニコーンが引く馬車が学院の門を潜り、本塔の玄関の前で止まる。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおなぁぁぁぁぁりぃぃぃぃぃ!!」
これ、恥ずかしいよ?。
舞踏会でも言われたが、踵を返して外に出たくなったわ。
「おおすげぇ! あれってユニコーンじゃないのか!?」
才人は幻想上の生き物を見て興奮していた。
さらには同じように幻想上の生き物である鷲の翼と上半身、ライオンの下半身をもつ『グリフォン』や。
そのグリフォンと馬のハーフである『ヒポグリフ』。
赤い毛皮、コウモリのような皮膜の翼、サソリのような毒針の尾を持ち、ライオンの頭をした『マンティコア』。
この場で含めれば、多くの幻想上の生物が存在していた。
「さらに珍しいドラゴンまで居るんだから、そこまで驚かなくて良いじゃない」
珍しさで言えばドラゴン、タバサの風竜『シルフィード』の方が遥かに上の存在だ。
そんな才人をなだめていると、降りてきたアンリエッタとオスマンが玄関前に見える。
「あれが王女ねぇ、私のほうが美人じゃない?」
「確かにキュルケは美人だけど、タイプが違うわよ」
アンリエッタが淑女、貞女な感じで『美少女』。
キュルケが原始的、余り着飾らない豊満な色気で『美女』。
俺やタバサは人形っぽい、無機質的な可愛さで『美幼女』……はちょっと違うか。
ともかく比べる美しさが違い、それぞれがその方面に秀でた美しさが有ると言う事。
さて、ワルドは……居るな。
いや、居なくても良かったが。
その後、オスマンとアンリエッタが学院内に入ると解散となった。
『先に風呂入っときゃよかったなぁ』
肩に手を当て頭を動かす。
疲れているわけじゃないが、なぜかそうしてしまう習慣があった。
『で、あのイケメンはルイズの何なんだ?』
『元婚約者』
『こ、婚約者!?』
「なぁ相棒、いい加減俺も磨いてくれよ」
『そ、虚無だと両親とオスマンに話してから解消した、口約束の婚約者』
公爵家領地近くのおっさん……は言い過ぎか。
お兄さんとしておこう、俺なんか精神年齢だと40近いし。
『はぁー、婚約者かぁ』
『まぁ頑張れ』
『……手ごたえが無くて寂しいぜ』
「まじで拗ねちまうよ……」
各々、と言うか俺が待っている人物が来るまで才人は俺に付き合うわけだが。
いい加減待ち疲れた俺は、風呂にでも行こうかなぁと考え始めた頃にやっとドアがノックされた。
初めに長く二回、それから短く三回のノック、暗号、このノックをするのは俺ともう一人だけ。
「サイト、少しだけ開けて」
「うぃ」
頷いてノブに手を掛け、人の腕一本ほど通れる位ドアを開けると杖が覗いた。
杖先から淡い光が部屋の隅々まで照らして、危険な物が無いか確かめる。
「何も危険なものは無いわ」
その言葉を機に、ドアを押しのけて入ってきたのは黒の頭巾を被り、同じ黒のマントを羽織った人。
それを邪魔と言わんばかりに脱ぎ捨てて飛びかかってきた。
「いきなりそう言う事をするのは危ないわ、アン」
飛び込んできたその人物は、ルイズの幼馴染であり、上に立つ者。
「ああ! ルイズ!」
アンリエッタ・ド・トリステインであった。
「……サイト、大丈夫?」
床でのた打ち回る才人。
アンリエッタがいきなりドアを押し開けたため、才人は手首を強打して痛みの余りに転げまわっていた。
「ごめんなさい、ルイズ! 居ても立っても居られなくて!」
謝る相手が違うぞ、アンアン。
そして才人、凄く痛そうだ……。
「もう、前にも言ったでしょう?」
可愛らしく笑うのはアンリエッタ。
同じく笑って嗜めたのはルイズ。
余り大きくない部屋に、二本の美しくも可憐な華が咲いていた。
「まずいぜ、これ……」
手首の痛みもあるが、室内に二人の美少女。
ルイズだけでも十分目の保養なのに、もう一人見た事無い美少女が現れるなんて、と微妙にハァハァしていた才人だった。
ハッ! と気が付いて起き上がり、問い掛けた。
「えーっと、ルイズ。 この人誰?」
アンリエッタが来訪していた時、幻獣で興奮していた才人はアンリエッタを見逃していた。
「貴方こそ、どちら様?」
私を知らないの? とは思わず普通に聞き返したアンリエッタ。
それに答えたのはルイズ。
「この子はアンリエッタ姫殿下、彼は私の使い魔よ、名前はサイトって言うの」
「す、すみません!」
先に聞いた姫殿下、未来の王様だとわかった才人は座って頭を下げた。
それを気にした様子も無くアンリエッタは笑いかけた。
「いえ、構いません。 それにしても……」
才人を下から上に眺めた後。
「ルイズって本当に変わってるわね!」
「……アン、まさかその言い方……」
「ち、違うわ! ルイズだからこんな話し方を……」
慌てふためいて訂正したアンリエッタ。
中々上々のようだ。
「そう、肩が張るだろうけど気を付けてね?」
「ええ、ごめんなさい、ルイズ……」
「気にしてないわ、それで何か用が有って来たのでしょう?」
「……ルイズは何でもお見通しね」
そりゃあ原作を何度も読んでるしな。
大筋は変わってないし、アンがここに来るなんてお見通しよ!
「その、相談が有ってここに来たの……」
「アン、もしかして『あの方』?」
「ッ、本当に凄いわ、ルイズ」
少し震えたアンリエッタ、真剣な瞳でルイズを見た。
「私はこの度、ゲルマニアに嫁ぐ事になりました」
ルイズは変わらずアンリエッタを見つめ、才人は椅子に座ってその話を聞き入る。
原作ならここらへんで反乱を起こしたアルビオン貴族を貶しただろうが、そうはいかん!
アンリエッタと幼馴染を利用してよく会い、相手を不用意に貶したり見下さないように言い聞かせた。
上に立つ者が、下の者を意味も無くと貶したりすれば、体面を重んじる貴族は反感を抱きかねない。
いずれ女王になるアンリエッタには、暗君となっては欲しくないし。
その暗君になった代償、弊害が国民の命、ポンポン死んでもらっちゃ色々拙い。
「来るアルビオンへの牽制ね? それに、もし戦争になっても、同盟を盾にゲルマニア軍を引っ張り出せる」
「そうです、そうなればアルビオンは簡単に攻めてはこないでしょう……」
「でも、その同盟を封じる手があると」
「……はい、今ほど……後悔した日はありません」
驚いてルイズを見るアンリエッタ。
対するルイズはひと時も表情を崩さない。
「いえ、それは後悔するものじゃないわ。 アンはその時とても幸せだったのでしょう?」
「そうです、だけど……」
その一瞬、幸せを感じて、その幸せの為に国全体を巻き込もうとしている。
彼を心配して、国を心配して、どちらを取るかと悩み明け暮れたか。
「それを取り返せば良いのね?」
「それは無理です」
……何?
ウェールズが持ってるんじゃないのか、手紙。
「それはあの方に当てた手紙です、ですがそれを持つあの方はいまや城に引きこもり、包囲されていると聞きます」
何だよ、ビビらせんなよ。
てっきりもう奴等の手に渡ったのかと思ったぞ。
「今のトリステインでは、ニューカッスル城を攻め落とした軍勢に押し潰されるでしょう」
「それはさせません、皇太子から受け取ってきましょう」
「危険です、ルイズ! 彼等がどれほどの数か──」
「今現在では5万を超えているでしょうね」
「………」
最終的には7万だしな。
てか、今は軍勢と対峙しないし。
「アン、昔私が言ったこと覚えているでしょう?」
「はい」
「言ってみて」
「……一つ、意味も無く相手を貶したりしない」
それを聞いて頷く。
「二つ、まずは自分で考え抜く」
そう、まずは考える。
人が人である為の証拠である、それを使わないで即座に他人に頼む事は自身を無能だと言いふらしているようなもの。
考えた結果を出して、信頼できる人に相談するとかして貰わないと駄目駄目だ。
「三つ、守れない約束はしない事」
これも当たり前だろう。
些細な約束さえ守れない奴は信頼どころか信用すら危ない。
俺だって約束した事全て守ってきたし。
「四つ、尊く然と在れ」
先の口調や気軽い態度はそれだけで品位を貶す。
他人が居ない、親しい友などの間ではそれでも良いが。
そういう場所ではない王宮などでは、特にアンリエッタなどは悠然として居なくてはならない。
そう、王とは見下されてはいけない、不用意に見下してもいけないが。
「偉いわ、ちゃんと覚えていたのね」
「忘れるわけ無いわ!」
「そう、だから私は三番目を守る。 『約束』するわ、手紙は必ず受け取って戻ってくるって」
「……良いの、ルイズ?」
「ええ、絶対よ」
「『約束』よ、ルイズ。 絶対に……」
死地に行かせる事を申し訳ないと思っているのか、ボロボロと涙を零すアンリエッタ。
原作アンアンはまじで鬼畜だからなぁ、『調教』しといて良かった。
「そう、サイト殿はルイズの使い魔だったわね」
「ええ」
思い出したように、振り返って才人を見る。
その才人は椅子から立ち上がって、膝を付いた。
一応才人にトリステインの礼式を教えている。
「サイト殿、その剣を見た限り騎士様だと思います」
「はい」
「ならばお願いします、彼女を、ルイズを守る盾であり剣となり、守っていただけませんか」
「最初からそのつもりです」
「……ルイズを、私の友を宜しくお願いいたします」
そう言って右手の甲を差し出してきた。
才人はその手を取って、ルイズに気が付いた。
左人差し指を唇に当て、右手の親指と人差し指で輪を作る。
『手の甲、駄目、唇、OK、レッツゴー』
瞳の輝きが大きくなった才人。
頷いて立ち上がり。
「え?」
腰に手を回して引き寄せ、アンリエッタの唇に自分の唇を合わせた。
「!?!?」
ほんの数秒、驚きの余り才人を押しのけて、ベッドの、ルイズの上に倒れこむ。
「アン、大丈夫?」
「え、ええ……」
抱き抱える形となったルイズはアンリエッタの顔を覗き込み、その唇を親指でなぞった。
ここはやっとくべきだろうな、唇強奪。
「そう」
にっこりと笑うルイズ、才人は飛び跳ねていた。
気が付いたアンリエッタは顔を真っ赤にして、起き上がった。
「き、騎士様の忠誠にむ、酬いるのは……」
内心混乱しているらしい、ウェールズとはもうキスしてたっけ?
と考えていれば。
「きぃさまぁぁぁぁーーーーー!! 姫殿下にぃぃぃーーーーーー!!!」
大声を上げてはいってきた闖入者。
薔薇の造花を握って今にも襲い掛かってきそうなギーシュであった。
「うるせぇ!」
それを平然と蹴り倒す才人。
「うぐおぉぅ!」
ロー、才人のひたすらローキックに耐え切れなくなったギーシュは転倒する。
「くぬが! てめ! あの時は痛かったぞ……、痛かったぞぉぉーーー!」
決闘の時、ワルキューレに殴られた痛みを今ここで返す才人。
ストンピングの嵐、さすがに頭とかは踏みつけないが尻など容赦無く踏みつける。
「よせ! やめて、痛! やめてください!」
ついには敬語にまでなって懇願したギーシュ。
威張り上がるとこういう目に遭う。
「……ギーシュ、貴方も一緒に行きたいのね?」
這いつくばったままうんうんと頷くギーシュ。
その背後では才人がギーシュの足を持ち上げて、腰の上に乗った。
「うらあぁぁーーー!!」
「うぎゃぁーーーーー!!!」
逆えび固めであった。
「アン、このギーシュ・ド・グラモンも連れて行っても?」
「グラモン? あのグラモン元帥の御子息?」
「外して良いわ、サイト」
「りょーかい」
途端に崩れ落ち、ビクンビクンと痙攣して呻くギーシュ。
この時点で、原作でもそうだったか才人とギーシュの力関係は逆転している。
「む、息子で御座います、姫殿下」
「貴方も私の力に?」
「はい、全身全霊を持ってお力に……」
「……ありがとう、ギーシュさん」
「ありがたきしあわ……せ」
と感激と痛みの余り死んだギーシュ。
それを放って置いて話を進める。
「アン、ひとつ確かめて起きたいことが」
「何?」
「手紙の事、『誰にも』相談していない?」
「……ええ、枢機卿やお母様にも……」
「そう……」
……原作じゃ、即効でばれてたよな。
あれがどうしてばれたのか良くわからん、アンアンがワルドに喋ったのか?
まぁ、今回は誰にも喋ってないらしいし、ワルドがなんて言って現れるか楽しみだ。
「それでルイズ」
「なに?」
「これを」
瞼を閉じて、胸に押し付けるように持った後。
ペンを走らせようとするアンリエッタ。
一言、『亡命して欲しい』と書くつもりだろう。
「アン、それは駄目よ」
「え……?」
絶対に受け入れない、つまらんプライドに固執するだろうウェールズにそんな言葉は苦しめるだけ。
ならば、一言。
「『愛していた』と」
「ッ……」
それを聞いて、約束した時よりさらに大粒の涙を流し始めた。
「どうして……、どうして駄目なの?」
「皇太子は、それだけは絶対に受け入れない」
「どうして、どうして!!」
半狂乱になって叫ぶアンリエッタ、隣に聞こえていようが関係ない。
ここで言っておいた方が良い。
「アンを苦しめてしまうから」
その事に苦痛を感じていたウェールズ。
状況的にはトリステインに遠からず進軍してくるだろう。
だから意味が無い、自分が亡命しても変わらぬ現実。
ならば少しだけでも、殆ど変わらないその時を伸ばそうとしているのか。
「どうして……、どうして……」
崩れ落ちるように座り込むアンリエッタ。
その問いに答えるのはやはりルイズのみ。
「アンを愛しているから」
その言葉を聞いて、堰を切って泣いた。
「その言葉は皇太子を苦しめる、だから……」
愛していた、と決別の言葉。
その思いを胸に、死に赴くだろう。
せめて、その最後の心は思いに溢れて居てもらいたい。
それが俺の考えた、早い弔いだった。