「それで、今貴方は坂井悠二の意志総体を宿していると?」
「破廉恥」
「その表現やめてくれ」
ヘカテーの『リシャッフル』により、ヘカテーの体に意志総体が移った悠二とヴィルヘルミナは、今、街から離れている。
同様に街を離れているシャナやヘカテー(イン・悠二)とはまるで違う方向に、だ。
『百鬼夜行』は、逃げの算段をうつ時、自分達を追跡する者が強力である場合、乗客を足止め、あるいは『楯』とする手をよく使う(騙して)。
乗客達に討ち手を襲わせ、そうやって自分達への追撃の注意を逸らし、その間に自分達は気配を隠して去る、というわけだ。
今回もあちらにちゃんとこっちの状態が伝わっていれば、『万条の仕手』への足止めがくるはずである。
「その体、うまく扱えるのでありますか?」
「そんな事言われても、こんな経験した事無いし‥‥‥」
「まあ、私共には"あの時"同様、捨て駒同然の徒がくるはず、私一人でも問題ないはずでありますが‥‥‥」
「問題は"あっち"ですか‥‥?」
作戦では、先の喧嘩騒ぎで『万条の仕手』と別れた『感知能力のミステスと新米フレイムヘイズ』を『百鬼夜行』に狙わせる事になっている。
乗客の中でも腕利きの徒や『百鬼夜行』と戦うのは別動隊のシャナとヘカテーになるはずなのだが‥‥
「たとえ"頂の座"がまともに戦えずとも、あの方なら『百鬼夜行』程度に遅れをとる事はないのであります」
「心配無用」
二人の『万条の仕手』はそうは言うが、悠二としてはやはり心配だ。
ヘカテーも、悠二の体などで戦った事などあるはずはないし、シャナにいたっては‥‥
「あの子はフレイムヘイズになった、まさにその瞬間から史上最悪のミステスと言われた『天目一個』と戦い、死闘の果てにこれをくだし‥‥‥」
確かに強いとは思うが、ヴィルヘルミナの評価が正しいかと言えばそこはかとなく疑問が残る。
要するに‥‥
「‥‥‥親バカ」
「む、今何か仰いましたか?」
「別に何も?」
坂井悠二の様子が何かおかしい。
いつもなら自分に対する時は大抵、妙に困ったような顔をしているのだが‥‥
「‥‥‥‥‥」
無口、無表情。今から『百鬼夜行』と対するゆえの緊張とも思えない。
何か、不愉快だ。
「‥‥‥‥何よ?」
仕方なく訊く事にする。
それに対し、坂井悠二は首をかしげるだけ。
「っ〜!、何変な顔してんのかって訊いてるのよ!」
「‥‥‥別に私は変な顔などしていません」
「‥‥‥‥私?」
「貴様、何かおかしなものでも喰ったか?」
アラストールも怪訝な声を出す。坂井悠二が自分に対して敬語など使った事はないし、自称は『僕』のはずだ。
「貴女には関係の無い事です」
その、これまでとはあまりに違う態度に、カッとなり怒鳴りつけようとした、その時‥‥‥
「なるほどな」
胸元の『コキュートス』から、アラストールが納得の声を出す。
「『リシャッフル』か。そうであろう?、"頂の座"?」
("頂の座"?)
『リシャッフル』という言葉に聞き覚えは無かったが、そちらの名前の方に疑問を抱く。
「互いの意志総体を、交換する宝具です。囮役は私がします」
悠二なヘカテーが、自身の作戦が上手くいった事を得意気に宣告する。
意志総体の交換。
つまり今、坂井悠二の体で自分に対しているのはあの徒の巫女だという事か。
なぜ入れ替わったりしたのか理由はわからないし、同伴するのが坂井悠二だろうと"頂の座"だろうと、自分がやる事に変わりはない。
しかし‥‥‥
「おまえ、その体、まともに扱えるの?」
「心配いりません」
何の根拠もなしに断言するヘカテー。
しかし、シャナとしては先の質問の内容よりも気に掛かっている事があった。
『"頂の座"の態度で話す坂井悠二』
この現状がひどく落ち着かない。いや、正直に認めて不愉快だった。
思えば、この巫女とこんな風に真っ向から話した事はほとんどない。
坂井悠二や平井ゆかり、学校の他の生徒を間に介する形でしか接してこなかったためだ。
向こうも、こちらに対して少なくとも良い印象は持っていない。それくらいはわかる。
だが、それを坂井悠二の姿でやられると‥‥
「‥‥‥‥‥‥」
こんなに腹の立つ顔をしていたのか、というくらい気に喰わない。
そういえば、何故いつもこの巫女は自分に若干の敵意を向けてくるのだろう?
フレイムヘイズだから徒が嫌うのは当たり前、では通らない。
ヴィルヘルミナとは結構仲良しに見えるからだ。
坂井悠二ならともかく、この巫女に嫌われるような事をした覚えもない。
未熟な少女は、何故自分が嫌われているかがわからない。
自分の内面すら、使命と家族、その二つ程度しか把握できていない。
未熟なヘカテーより、さらにさらに未熟であった。
「『万条の仕手』とミステスが別れた。新米らしいのがくっついてるが、乗客はどうだ?」
今しがた、再びの偵察から戻ってきた『百鬼夜行』の頭目、"深隠の柎"ギュウキが、『手駒』の確認をする。
「"壊刃"達の後に一人、約束通り下ろしてしまいました。たしか、"駆掠の轢(くりゃくのれき)"です」
「あの逃げ上手か、まあいい。他の腕っこきは逃がさなかったな?」
"輿隷の御者"パラの答えに、満足そうに問い返す。逃げ上手など、『楯』には要らない。
「ああ。それより、その新米っていうのはどうなんだ?、ギュウキさん」
それに応えたのはパラではなく、"坤典の隧"ゼミナ。
「ああ。ガキの娘っこだ。そんなフレイムヘイズ知らねえし、一応キアラ・トスカナかと思って確認したが、違うみてえだ。間違いなく新米だ」
この『百鬼夜行』の三人は、実のところ、持っている存在の力はそれなりに大きい。
戦いから逃げ、騒動から逃げ、そんな彼らの性質から"王"と呼ばれる事はない。しかし、そんな彼らの性質こそが、"名の知れた王"に比すれば格段に見劣りする彼らを永い時、生き長らえさせてきたともいえる。
そんな彼らをして、いや、そんな彼らだからこそ、感知能力の宝具は魅力的に見えた。
「それじゃ、そのミステスと新米が『万条の仕手』と合流なんてしないうちに‥‥‥」
「やるぜ」
三人は悪巧みを決行する。
「それで、大丈夫なのか?、意志総体を交換したのだろう?」
場所は上海外界宿(アウトロー)総本部。言うは『剣花の薙ぎ手』虞軒。
「まあ、大丈夫なんじゃないですか?、仮にも"頂の座"ですよ」
応えるは先刻、ヴィルヘルミナ達と別れた平井ゆかり。
「‥‥本当に"頂の座"なのだろうな?、にわかに信じられぬのだが」
仮装舞踏会(バル・マスケ)の巫女が、『零時迷子』のミステスと共に下界で過ごしている、という確かに普通ならまず考えられないような『事実』を、虞軒はまだ疑っていた。
「まあ、いざとなればシャナだけでも追っ払うくらい出来るでしょ。逃げが第一の『百鬼夜行』ですし」
「それで逃がすようではお前達がわざわざこんな面倒な真似をしてきた事が無意味となるはずであろう?」
平井の言葉に厳しく返すのは、虞軒の腰にある華美な拵えの直剣。神器『昆吾』にその意志を表出させる"奉の錦旆"帝鴻。
「いいえ?、元々、坂井君組で戦えば倒せる、なんて楽観視はしてませんから」
「‥‥‥何だと?」
なら、今までの作戦は何だったというのか。平井の言葉の意味が、虞軒にも帝鴻にもさっぱりわからない。
「襲われれば乗客を足止めにして、自分達は宝具を奪って逃げる。それが『百鬼夜行』。
もし、標的にしたミステスと新米フレイムヘイズが予想外の使い手だった場合、『百鬼夜行』はどうすると思いますか?」
考えるまでもなく、虞軒は即答する。
「逃げるだろう。その逃走を阻止するためにお前はこんな手間をかけたのでは‥‥‥」
「そう、必ず逃げると思います。そして、おそらくそれを成功させる」
虞軒の言葉の中途で平井は言う。
「この魚を捕まえるには、釣り針だけじゃなくて網がいるんですよ」
「ひゃーはっは!!、こいつらがそのフレイムヘイズか!?」
「殺せる、殺せる」
「ようやく出番か」
「よっしゃ、やるぜ!!」
ヘカテーな悠二とヴィルヘルミナを、道の両側を塞ぐように止まったボンネットバス、パラの燐子、『温柔敦厚号』と『大人君子号』である。
その中から、次々と異形異様の徒達が現れてくる。
「思った通り。捨て駒同然の徒達でありますな」
「予想通り」
「‥‥‥徒って、普通あんな感じなんですか?」
全く平静なヴィルヘルミナとティアマトーと違い、悠二はビックリしている。
前の『海魔(クラーケン)』の時も密かに驚いてはいた。
悠二が今まで会った徒はあの『海魔』を除いて全てが人の姿をとっていたため、あの『海魔』が特別で、普通は人の姿だと思っていたのだ。
しかし、目の前にいるのは化け物揃い。
「徒に見た目など関係ないのであります。それよりも‥‥‥」
「わかってますよ」
ヴィルヘルミナの意図を察し、前方のバスに向けて炎弾を放つ。
色は、"銀"。
ドオォオン!
(‥‥‥‥よし)
ヘカテーの体でも力を扱える(慣れてはいないが)事を確認し、同時に徒達の足を奪う。
悠二自身は気付いていないが、これはヘカテーと今まで幾度となく『器』を合わせ、感覚を共有してきた結果でもあった。
そして、炎の色。どうやら意志総体の方に準ずるらしい。
今、当たり前だが悠二(ヘカテー)の 中に『零時迷子』、いや『大命詩扁』はない。色が銀なのはもう悠二自身の炎が慣らされて、変色してしまっているためだ。
バスを破壊され、徒達が慌てるうちに、ヴィルヘルミナが後方のバスを炎弾で破壊する。
「てめえら!、あんまり調子に乗るんじゃねえぞ!!」
「今の炎、銀!?」
「八つ裂きにしてやる」
徒達が騒ぐ。
悠二とヴィルヘルミナは平静だ。
「力は扱えるようでありますな。であれば、後方半分は任せたのであります」
「孅滅」
「へえ。それくらいには信用してもらえるようになったって事ですか?」
「戯言無用」
背中合わせに声を掛け合い、戦いに向かう悠二とヴィルヘルミナ。
この徒達は、特別弱いわけではない。
普通の徒、ただそれだけだ。
この数でかかれば普通の使い手には勝てる。
だが、今回は‥‥‥
相手が悪すぎた。
(あとがき)
今回は水虫的解釈や水虫的設定が多い回でした。
『リシャッフル』時の炎の色とか。
不満などもあるでしょうが、この作品ではこんな感じです。ご了承を。