ヘカテーの、いや、悠二の全身からおびただしい量の銀の炎が立ち上る。
悠二は、多人数と戦った経験が無い。
ヴィルヘルミナとの体術の鍛練で、多角攻撃への対応を反復して教え込まれたくらいだ。
実戦では初めてだし、何より、今は体の大きさなど、普段通りに出来ないところが多い。
そう考えた悠二のとった選択、“ハッタリ”だった。
「な‥‥!?」
必要以上の力の顕現で相手に“逃げる事”を強く意識させる。
「こいつ!?」
それは図に当たる。『こっちは大勢、だが相手は強い』、この状況で即座に逃げには入らない。しかし誰も率先して攻めはしない。
「う‥‥あ‥‥」
こうなってしまえば、もう数が多いだけの『的』にすぎない。
悠二の、いや、ヘカテーの細い腕に、複雑怪奇な自在式が絡みつき、次の瞬間、炎が轟然と沸き上がる。
「喰らえ!」
自在法・『蛇紋(セルペンス)』。猛る銀炎の大蛇が、徒達に襲いかかる。
その後方、
「神器『ペルソナ』を」
ヴィルヘルミナの頭のヘッドドレスが解け、狐を模した仮面へと変わる。
戦装束に姿を変えた『戦技無双の舞踏姫』は、そのリボンを怒涛の如く徒達へと伸ばす。
悠二に対する徒達に、銀炎の大蛇が襲いかかり、その長く大きな体で徒達の逃げ道を塞ぐ。
ヴィルヘルミナに対する徒達に、その仮面から溢れる純白の万条が迫り、一人残らず捕える。そのリボンの表面に、桜色の自在式が浮かぶ。
それは同時だった。
「「爆ぜろ!」」
悠二に対していた徒達、ヴィルヘルミナに対していた徒達、その双方が、
銀と桜に呑まれて消えた。
「網‥‥だと?」
「はい。簡単に言うと二段構えですね。『百鬼夜行』は乗客を楯にして、ヘカテーやシャナから隠れて逃げる。そこを叩きます」
所変わって上海外界宿(アウトロー)総本部。
平井ゆかりと『剣花の薙ぎ手』虞軒である。
「しかし、その追撃は誰がする?、もう人員は‥‥」
「いるじゃないですか♪、ここに」
平井の言葉の意味する事に、数瞬遅れて虞軒は気付く。
「‥‥‥私か?、いやまて、私には今、やつらの居場所もわからんのだぞ?
気配隠蔽を使われてはなおさら追撃など‥‥‥」
冗談じゃない。それが出来ていれば最初から応援など呼ばないし、皆が皆、『百鬼夜行』を取り逃がしてはいないはずだ。
「気配隠蔽を“使わせる”ためにシャナやヘカテーに暴れてもらうんですよ」
わけがわからない。
今度は何だと言うのか。
「はいこれ。御崎市にいる仲間から作ってもらった通信用の自在式の栞です」
「通信?」
栞を虞軒に手渡し、平井は今度は二枚の白い羽根を取り出す。
「ナビは私がしますから♪」
「へっ、何だこいつらは?」
「わざわざ手伝え、何て言うからどんなのかと思えば、ガキと喰いかすじゃねーか」
「気の毒だがな、死んでもらうぜ」
悠二達とは別方向に街から離れていた悠二なヘカテーとシャナ。
その眼前に現れた徒達。
悠二達の方に向かった徒達に比すれば、“それなりに”大きな力を持った徒達だ。
『百鬼夜行』が悠二達の方に向かわせた徒達は『やられる事を前提とした捨て駒』。
今、『感知能力の宝具』を奪わせようとしている徒達は『いざというときの楯』である。
無論、『百鬼夜行』の三人はこの場に姿を見せてはいない。隠れてみている。
(ボス。『温柔敦厚号』と『大人君子号』がやられたようです)
パラが小声で頭目、ギュウキに自らの燐子、すなわち『足止め』の敗北を告げる。
(ちっ、もうちっと持ちこたえられねえのか。足止めにもなりゃしねえ)
(さっさと片付けよう。『万条の仕手』に気付かれる前に)
「‥‥‥‥‥‥」
そんな相手達の思惑を、平井の作戦を聞き、理解しているヘカテー。
個人的には『百鬼夜行』などに興味は無いし、この時点で当初の(ヘカテーの)目的である平井ゆかりの安全確保はほぼ完了してはいる。
だが、『零時迷子』に、悠二に手を出す事は許さない(今は自分が入ってはいるのだが)。
「おまえ達、私達と戦う気?」
シャナ・サントメールが、眼前の徒達と会話を始める。
先ほど立てた作戦通り。『百鬼夜行』自身が姿を見せない場合は、シャナが時間を稼ぎ、自分は『百鬼夜行』の位置を探る。
「‥‥‥‥‥」
感覚を研ぎ澄ませる。
以前、“愛染”との戦いの時にも感じた悠二の感知感覚。その後も何度も『器』を合わせて感じてきた感覚を研ぎ澄ませる。
(気配隠蔽を使っていようと‥‥‥)
おそらく、目で見える位置。かなり近い場所に潜伏しているはずだ。それなら、悠二の鋭敏な感知能力なら‥‥
(‥‥見つけた!)
「サントメール。“いいですよ”」
少ないボキャブラリーで必死に時間を稼いでいたシャナに『準備完了』を告げる。
「遅い」
一言文句を言い、次の瞬間、自在の黒衣『夜笠』を纏い、その黒い髪と瞳が煌めく紅蓮に燃え上がる。
「へ?」
今まで『今から仕留める獲物』に余裕綽々で話し掛けていた眼前の徒はその変化に一瞬呆け‥‥
「はっ!」
目の前の少女の黒衣から抜き出された大太刀の一閃で斬り倒される。
「このガキっ!!」
「なめんじゃねえぞ!」
その眼前の紅蓮の持つ意味を深く知らない若い徒達がシャナに怒りのままに向かう。
そして、ヘカテーは飛び上がる。
(馬鹿な!?)
(『炎髪灼眼』だと!?)
物陰に潜んで様子を伺っていた『百鬼夜行』はこの意味に当然気付いている。
気付き、即座に逃げに入ろうとする彼らの後ろに‥‥
トン
黒髪の少年(に見える)が降り立つ。
「な?」
「へ?」
『百鬼夜行』の三人が、事態を呑み込むよりも一瞬早く。
「『星(アステル)』よ」
水色の流星が放たれた。
(まずは一人!)
初太刀で上手く一人倒せたシャナ。
『百鬼夜行』の索敵は坂井悠二‥‥じゃなくて“頂の座”に任せ、自分は目の前の徒達に集中する。
「くたばれぇ!」
叫び、炎弾を放とうと右手に力を集中させる半魚人のような徒。その力が具現化する前にその右腕を斬り飛ばす。
「ぎゃああああ!!」
痛みに叫び、動きの止まった半魚人を、そのまま返す刀で斬り倒す。
(あと五人!)
シャナの右側から、少し離れた位置から徒が二人、炎弾を放とうと掌をシャナに向けている。
斬り込むには、間合いが遠い。
「死ねえ!!」
炎弾がシャナに向けて放たれる。
しかし、斬り込むのは無理と即座に判断し、対応していたシャナはもう力を練り終えている。
「燃えろ!」
『贄殿遮那』から沸き上がる炎が紅蓮の大太刀となり、放たれる。
炎弾二つを呑み込み、そのまま炎弾を放った徒二人もまとめて焼き払う。
(あと三人!)
ドドドドォン!
離れた場所にある古びた倉庫が水色の爆発に吹き飛び、辺りが爆煙に覆われる。
そこから、影が四つ飛び出す。
(“頂の座”、しくじったの!?)
実際にはヘカテーのミスというより、『百鬼夜行』の長年培ってきた危機察知能力の生んだ結果であるが、シャナにはどちらでもいい。
優先して倒すべき『百鬼夜行』に向けて、足裏を爆発させて飛ぶ。
「『出ろ』」
平井の言葉に合わせて、そのだだっ広い一室に上海を細部にまで模した箱庭が広がる。
「これは‥‥『玻璃壇』か!?」
「知ってますか、さっすが♪」
これが平井の言うところの『網』。かつて“狩人”フリアグネが所持し、ヘカテーに渡り、今は平井が預かる宝具・『玻璃壇』である。
「『玻璃壇』は徒は映さない。けど、存在の力の流れや自在法なら細部に映してくれます。
『百鬼夜行』が気配隠蔽の『自在法』を使ったら、それを逆に『目印』にして追撃します」
「‥‥お前には本当に驚かされる」
「敵を騙すにはまず味方から、なんてね」
「ふふ、お前。最初からこの私をあごで使うつもりだったな。いい性格をしている」
言いながらも、虞軒は楽しげですらある。
多分、褒めてはいない意味合いのその言葉をしかし、平井は褒め言葉として受け取る。
「ふふ、自分でもそう思います♪」
こんな自分が好きで、楽しいからだ。
「はああああ!」
爆発の勢いでゼミナに斬りかかるシャナ。
しかし、ゼミナはそれより一瞬早く、後ろからの斬撃を手に持ったツルハシで受けて吹っ飛ぶ。
シャナの向かう先には悠二の体のヘカテー。
「お、お前!、どけぐ!!」
「くっ!」
爆発の勢いで思い切りタックルをかましてしまう。
バランスを崩し、二人そろって落ちていく。
(水色?、何がどーなってんだ!?)
(パラ、『ヒーシの種』はまだか?)
(ゼミナさんも、『地ばしり』の方を頼みますよ!)
二人が落下している最中、『百鬼夜行』は『逃げ』の算段を立てる。
「はあ!」
『飛翔』を使えるヘカテーがシャナより素早く行動し、『百鬼夜行』に向かう。
それに立ちふさがるのは、『百鬼夜行』の用心棒にして、戦力の要、“坤典の隧”ゼミナである。
手にしたツルハシを振り回し、ヘカテーを襲う。
ヘカテーも、悠二の持つ『吸血鬼(ブルートザオガー)』でそれに立ち向かう。
ギィン!
大剣とツルハシがぶつかり、ヘカテーが『吸血鬼』の特殊能力でゼミナを攻撃しようと刃に存在の力を流そうとした、その時‥‥‥
「はああああ!」
後ろからシャナが紅蓮の大太刀を放つ。
(邪魔を!)
別にシャナは邪魔しようとしたわけではない。
ヘカテーの行動を、『相手の動きを止める、自分へのサポート』と判断しての攻撃である。
その灼熱の炎を、ヘカテー、そしてゼミナがかろうじて避ける。
「ふん!!」
ゼミナが手にしたツルハシで思い切り地面を叩く、否、砕く。
凄まじい土煙が沸き上がり、ヘカテーを、シャナを、乗客の徒達を、『百鬼夜行』を覆い隠す。
(どこ!?)
(『百鬼夜行』は?)
シャナとヘカテーも、当然のように標的を見失い、
(そこ!)
僅かな気配に反応し、ヘカテーが大剣を振り下ろす。
ギィン!!
そこにいたのは‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
同じように敵だと思って紅蓮に燃える刀を振り下ろしたシャナだった。
つくづく噛み合わない二人である。
二人と『百鬼夜行』の戦いは、まだ続く。
(あとがき)
ゼミナの『じばしり』、上手く変換出来なかったんですよね。
シャナは難しい漢字多くてたまにこんな事態に陥ります。ご了承を。