土煙の舞う『戦場』。
シャナとヘカテーが互いに刃を合わせている間、『百鬼夜行』の乗客、生き残っていた三人の徒も動揺していた。
自分達も土煙に包まれてしまっている。これでは敵の場所がわからない。
そんな三人の前に、ゼミナが土煙を巻き上げる前に全員の位置を確認していたギュウキが飛び出す。
「なっ!?」
そして、三人の乗客達を布状の自在法・『倉蓑笠(くらのみのかさ)』で覆い隠す。
(気配隠蔽?、逃げろって事か?)
自分達を包んだ自在法の性質からギュウキの意図をそう解釈する徒だが、すぐにそれが間違いだと気付く。
他ならぬ、自分達自身が発する声で。
「『炎髪灼眼』、まさか二代目が現れているとはな!」
「その水色の炎と星、貴様一体何者だ!?」
「まあ、どちらにしろ関係ない。貴様らはここで死ぬのだからな!」
自分が全く意図していない叫びを上げた事に驚き、慌てて布を取り去る、その腕が違う。
自分の腕ではない。木製の作り物っぽい腕に変わっていた。
横を見る。自分と同じように自分達の姿に戸惑うゼミナとパラ。いや、おそらく、自分と同じ乗客。
"『百鬼夜行』と同じ姿の自分達"。
(あっ、あいつら‥‥‥‥)
(俺達を囮にしやがった!?)
気付いても、もう遅い。
土煙は少しずつ晴れていき、自分達の口から『勝手』に発せられる声は、先ほどのフレイムヘイズ達に自分達の位置を知らせてしまう。
「さあ!、とっととかかってこいや!!」
(俺じゃない!、俺じゃないんだ!!)
(ゼミナ、どうだ?)
(ダメだ。地力が違う。できて善戦、そんなところか、しかも相手は二人)
(パラ、『ヒーシの種』は撒いたな?)
(はい。あとは、ゼミナさん)
(ああ、もう長居は無用だ)
土煙に紛れ、『百鬼夜行』は逃亡を図る。
ギリギリギリギリ
「シャナ。何をしている!?」
悠二なヘカテーと無駄に鍔迫り合いをしていたシャナがハッと使命に立ち返り、辺りを見渡す。
土煙が晴れた先に、二十代半ばの着流しの着物の女。ゴーグルとマスクで顔を隠した運転手。獅子舞のようなシーツお化け。
強気に叫び、態度で怯える奇妙な『百鬼夜行』の三人だった。
「行くわよ!」
今まで鍔迫り合いをしていた悠二なヘカテーに言い、全速で『百鬼夜行』に突っ込む。
「!」
その中途で気付くものがあった。
空中を、いくつもの岩塊が飛び交い、まだ晴れぬ土煙の中に向かっていっているのである。
そして、
「グォオオオオオ!!」
幾十百の岩塊で作り上げられた鬼が、土煙を裂いて現れる。
パラの自在法・『ヒーシの種』。パラの体組織たる制服の内の暗い翳り、それを物に取りつかせて操作する自在法である(ちなみに、この自在法を使っているせいで今、本物のパラは首だけしかない)。
「グアア!!」
叫び、その巨腕を打ち下ろす鬼。その一撃を躱しながら、強気の発言の根拠はこれか?、とあたりをつけるシャナ。
「サントメール。避けなさい」
そして後方から、水色の流星群が放たれ‥‥
「わっ!」
シャナがかろうじてこれを躱し、
ドドドドォン!!
岩塊で出来た鬼を粉々に打ち砕く。
イライライライラ
「お前!、今私ごとやるつもりだったでしょ!?」
「被害妄想です」
シャナの抗議にも、しれっと応えるヘカテー。
そして、未だに納得していないシャナに一切構わず、走って逃げる『百鬼夜行』を追跡する。
飛んで。
イライライライラ
(私だって‥‥‥)
前の『海魔』との戦い、そして今飛び去る『坂井悠二の姿』に対する反発と意地と‥‥それ以外。
(飛べる!!)
"頂の座"を、坂井悠二を、『見返してやりたい』。その、強い気持ちがシャナの炎に変化をもたらす。
自身に想えば自己の強さに、他に及ぼせば自在法に。
それが存在の力。
使命に生きる自分。ただそれしかなかったシャナは、それゆえに以前は炎さえ使えなかった。
そんなシャナだったが、、再びの家族を得た、自分自身として生きる暮らしを得た、そりの合わない『協力者』を得た‥‥
そして、それらを象徴する『名前』と、それをよこした嫌なやつを得た。
「はああああ!」
紅蓮の少女の背中から、熱なき炎が沸き上がり、形を変えていく。
それは紅蓮の双翼。
自身気付かぬまま、また一つ少女は変わる。
その高速飛行で逃げる『百鬼夜行』の三人よりも遥かに疾く飛ぶヘカテー。
あっという間に三人の前方に回り込む。
「『星(アステル)』よ」
回り込むと同時に放たれた光弾が、ゼミナと見えるそれを打ち砕く。
(‥‥?)
その、先ほど刃を交えたはずの『百鬼夜行』の用心棒にしてはあまりに呆気ない最後に、ヘカテーは疑問を抱く。
「はああああ!」
しかし、その疑問は向こうから飛んでくる光景によって、消えていく。
それは、紅蓮の炎を翼のように広げるシャナ・サントメール。
「燃えろ!」
そして、放たれた紅蓮の大太刀に、パラも焼き尽くされる。
あとは、頭目、ギュウキのみ。
飛び、ギュウキに向けて大剣・『吸血鬼(ブルートザオガー)』を振るう。
しかし、同時にシャナもその大太刀・『贄殿遮那』に、灼熱の炎を纏わせ、ギュウキに振り抜く。
そのあまりの熱量に、ギュウキは蒸発するように消え‥‥‥
ギィイン!!
再び二人の刃がぶつかりあう。
「貴女がでしゃばらなくても、私の一撃で終わっていました」
「でしゃばったのはお前でしょ?」
またも二人が不毛な争いをしている最中‥‥
「む?、シャナ、そこを見ろ」
アラストールが気付く。
「これは‥‥‥」
それは、さっきまで土煙に隠れて確認出来なかった大穴。
ゼミナの遁走の自在法・『地ばしり』の名残り。
シャナとヘカテーは、ここに至ってようやく、本物の『百鬼夜行』を取り逃がした事に気付いた。
「ふぅ、どうにか逃げ切れたな」
「ギュウキさん。あれはどういう事だ?」
「わからねえ。二代目『炎髪灼眼』ってだけでも驚いたってのに、何であのミステス、『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女と同じ力を‥‥‥」
ギュウキの力で気配を隠し、パラの力で陽動し、ゼミナの力で逃げ延びた『百鬼夜行』の面々は、山の一画で落ち着いて休んでいる。
主に、体組織の大部分を『ヒーシの種』に使ってしまったパラのために。
不測の状況下で、『炎髪灼眼の討ち手』と"頂の座"の両者から逃げ切るその技量は、さすがと言えるだろう。
だが、本当に恐いのはこれからだった。
「確かに、信じがたい話ではあるな。私とて、直接見るまでは想像しがたい」
その頭上から突然かけられた声に三人はぎょっとなり、見上げれば、スーツの腰に、紅梅色の帯で直剣を下げた女、『剣花の薙ぎ手』虞軒。
「この奇策、見事に図に当たったな。大した娘よ」
この状況を作り出した少女を称賛するのは、直剣に意思を表出させる"奉の錦旆"帝鴻。
そして、その姿を戦闘形態へと変える。
「ゆくか、帝鴻」
「応」
その直剣を抜き放ち、構える。
虞軒の腰に巻かれた帯が、鞘が、終には服や虞軒自身の体までもが紅梅色の火の粉となって解けてゆく。
そして、虞軒は穏やかな顔で力の開放を告げる。
「『捨身剣醒(しゃしんけんせい)』」
瞬間、残された体も飛散し、火の粉は紅梅色の霞へと変ずる。
ただ一つ残された神器『昆吾』。その刀身に優美な花紋様が点り、柄を霞が握りなおす。
それは、霞が織り成す優美な盛装を茫漠と象った、紅梅色の天女。
これこそ、東洋屈指を謡われたフレイムヘイズ、『剣花の薙ぎ手』。
「覚悟」
一言、次の瞬間、雪崩の如き紅梅色の霞を纏った直剣が、『百鬼夜行』に襲いかかった。
「‥‥‥徒って、こんなに弱いもんなのか」
「今の連中は"並みの徒"、貴方が今まで戦ってきた相手を基準に考えられても困るのであります」
「認識改定」
呆けたように呟く悠二(ヘカテーの姿でやるから可愛い)に、ヴィルヘルミナとティアマトーは言う。
実際、悠二は『普通の徒』と戦った事はない。
今までの相手から徒は皆、自分よりも(基本的に)強いようなイメージを持っていたが、実のところ、悠二の知る徒やフレイムヘイズは世に名だたる強者やくせ者ばかり。
認識の基準がズレても仕方なかった。
もっとも、持てる存在の力のみで判断するのもかなり危険ではある。
小さな力でもどんな特異な能力を有しているかわからない。
気配の大きさだけでは決して侮れない、自在法とはそういうものだ。
悠二の師である"螺旋の風琴"リャナンシーが良い例であろう。
ヴィルヘルミナとしては、それよりも気になっている事がある。
「‥‥『蛇紋(セルペンス)』の任意爆発でありますか。いつの間にこのような‥‥‥」
「至極器用」
言われ、悠二は答える。
「僕にとっては『蛇紋』は炎弾に近いくらい使いやすいですから、前からできないかなって思ってたんですよ」
実際には、もう少し深い理由がある。
以前、『蛇紋』を使っている時に防御が甘くなる、との指摘を受けた悠二であるが、攻撃と防御を同時にやるのは想像以上に難しい。
一朝一夕で身につくものではない。
それゆえに、まず、相手に『躱されにくくする』ための工夫を考えた悠二の出した結論でもあった。
つまり、『誘導式の炸裂弾』である。
「やはり、貴方は自在師の方に適性があるようでありますな」
「格闘未熟」
その答えに、悠二の成長を認めながらも、憎まれ口は忘れない。
「‥‥‥それを言わないで下さいよ」
当たり前だが、未だに悠二は体術の鍛練でヴィルヘルミナに一太刀たりとも入れる事が出来ない。
以前戦った時に、『吸血鬼』の特殊能力を借りてようやく、かすり傷を負わせた程度である。
この事に関してはぐうの音も出ない。
そんな風に、自分達の役割を終えた悠二達は喋りながら街に戻って行く。
もし今、悠二に本来の感知能力があれば、気付く事が出来たのだろうか?
戦いの最中、封絶の端に居て、戦いが終わる前に去った気配に。
(あとがき)
予定では、次がエピローグのつもりです。
まとめられれば。
感想をもらえるとやる気出ます。今、何やらPVがカウントされないようなのでなおさらですね。
モチベーションの九割を占めてます。