華美な直剣に率いられ、紅梅色の霞が乱れ舞う。
「時間を稼ぐ、急いでくれ!」
『百鬼夜行』で唯一戦闘に適した“坤典の隧”ゼミナが、手にしたツルハシで懸命に応戦する。
「パラ!、まだ出来ねえのか!?」
“輿隷の御者”パラが、その、すでにかなり少なくなった体組織を振り絞り、周囲の物質に取りつかせ、無数の人形を生み出す。
その間にも、凄まじい熱量を持つ霞の天女にゼミナはツルハシを振るう。
地を割るほどの一撃を受け、しかし天女は散り、解け、また直剣を核にその姿を取り戻す。
「出来ました!。ボス、急いで!」
「応!」
動くだけ。それだけの力しか持たない人形達に、ギュウキは次々と『倉蓑笠』をかぶせていく。
「くっ、あああああ!」
用心棒としての役割を果たすゼミナ。霞への攻撃は無駄と知り、神器『昆吾』にツルハシを叩きつける、が、破壊するどころかヒビ一つ入らない。
逆に凄まじい高熱の霞を受け、たまらず飛びすさる。
「ゼミナ!、もういい、逃げるぞ!」
ギュウキのその声に応え、さきの戦いの時と同様、地にツルハシを叩きつけ、土煙を巻き上げる。
『百鬼夜行』は、虞軒が自分達の居場所を突き止めたからくりを理解しているわけではない。
だが、さっきまでと同じ逃げ方をするほど愚かでもない。
パラの生み出した人形、動くだけの力しか持たないそれら、しかしその全てがギュウキの『倉蓑笠』を纏って土煙から飛び出し、逃げていく。
(まずい!)
虞軒はすかさず紅梅色の霞で土煙を吹き散らす。
だが、もはやどれが本物か見分けられない。
「っ!、“わかるか”!?」
飛び出した全ての『百鬼夜行』、それら等しく目で見え、気配は感じられない者達を前に、虞軒は手にした通信用の栞に一応の確認をとる。
《ダメです!、数が多すぎる!》
宝具・『玻璃壇』を見張る平井が栞ごしに答える。
自在法を映してくれる『玻璃壇』は今、『百鬼夜行』の生み出した、ダミーを含めた全ての『倉蓑笠』を映し出している。
『百鬼夜行』が最大の危機に際して使った全力の隠蔽と囮が、全くの偶然に最良の効果をもたらしていた。
(くそ!)
これほどまでに有利な状況を作ってもらっておきながら、ここ一番で自分が『百鬼夜行』を取り逃がしつつある事態に心中悪態をつく。
「やるか、帝鴻」
「ゆくぞ!」
両手を広げ、飛翔する天女の身が解け、霞全体が平たい円盤状の力の渦へと変わる。
『剣花の薙ぎ手』の戦闘形態、『捨身剣醒』の奥義。
「っはあああああ!」
紅梅色の円刃が、まるで回転鋸のように“全ての『百鬼夜行』”を討ち果たすべく迫る。
そして‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
『百鬼夜行』との争いがあったその日の夜、悠二達は上海の中華料理で夕食と洒落込む。
この席には、状況確認と、悠二やヘカテーの紹介も兼ねて虞軒も参加している。
「それじゃ、結局‥‥」
「ああ、仕留めた保証はない。情けない事にな‥‥」
そう、最後の一撃で逃げる『百鬼夜行』を次々と両断した虞軒。
しかし、その圧倒的な破壊力ゆえに、人形と本物との手応えの違いがわからなかったのである。
あの中に本物がいて、あれで仕留めたかもしれないし、仕留めた『百鬼夜行』の中に本物は入っていなかったかもしれない。
今となってはわからない。
「そう悲観する事もないでしょ!、もし生きてても、これで連中、少なくとも中国で運び屋やろうなんて思わないだろうし」
自嘲する虞軒に、平井がどこまでも軽く言う。
「っていうか平井さん?、そういう作戦なら最初から言っててくれてもいいじゃないか?」
「坂井君‥‥じゃなくてヘカテー達で仕留められればそれにこした事なかったんだし、いざとなれば次がある、なんて甘えにしかならないよ♪」
「‥‥‥本当、いい性格してるよ」
「褒めてる?」
「呆れてる」
今回の作戦について細かく聞いていなかった悠二が平井に文句を言う。
そんな悠二を虞軒は不思議そうに見る。
(妙なやつだ)
さっき、自己紹介は済んだ。
『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の巫女が下界でミステスと過ごしているという異常な事態にも戸惑ったものだが、何故かそれ以上に気に掛かるのがこのミステスだ。
別に、存在感が大きいわけではない。見た目も大して目を引くものではない。押しが弱く、普通なら目立たないのが当たり前なように見えるのだが‥‥
「‥‥‥‥‥‥」
周りに目をやる。
『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
二代目・『炎髪灼眼の討ち手』シャナ。
徒の巫女・“頂の座”ヘカテー。
今回、その類を見ない才を見せ、虞軒が密かに認めた平井ゆかり。
この、通常考えられないほどの異様な面子の中に、この少年が混ざっていて違和感がない。
いや、むしろこれほどの面子が揃っているにも関わらず、この坂井悠二がこの一行の中心に見えるというのが本当に妙だった。
そう思った。
ついさっき初めて会ったばかりの自分が、である。
わけのわからない少年であった。
そんな風に思われている悠二。
実は軽い感激に浸っている。
徒やフレイムヘイズの中で、出会ってから戦いにならない相手などヘカテー以来である。
涙がにじむ。
まあ、こんな事で喜べてしまう自分はもう色々とやばいのではないかと思わないでもないが、いつまでも感傷には浸れない。そろそろ“あっち”も何とかしなくてはならない。
「‥‥‥‥‥‥」
その“あっち”である少女に目を向けると、ぷいっと体ごとねじって悠二に背を向ける。
『百鬼夜行』との戦いであまりにもお粗末な連携をした一人(アラストールに聞いた)、ヘカテーである。
その事でさっき、悠二、平井、ヴィルヘルミナによるお叱りを受けたのだが、どうやらやりすぎてしまったらしい。
相当、おかんむりになっている。
対するヘカテー。
「‥‥‥‥‥‥」
確かに、実戦であんな無様な連携をやってしまった事も、勝手に意思総体を交換した事も悪いとは思うし、悠二達が心配して叱った事もわかる。
しかし、あんなに怒る事はないではないか。
叱る際に、悠二が一番強くヘカテーを嗜めた。
それゆえ、ヘカテーは今、ひどい想い人に対して拗ねているのだ。
背中ごとそっぽを向いたヘカテーの正面に悠二が回り込んでくる。
再びぷいっと体を背ける。
今さら何だというのか、どうせ自分は肝心な時に仲の悪いパートナーといがみあう愚か者だ。
ほっといてほしい。
「‥‥ヘカテー」
そんな声で呼び掛けてもダメだ。
男の人の言いなりになるような女にはなってはいけないのだ。
いつもいつも素直に言う事を聞くと思ったら大間違いである。
「ねえ、ヘカテー」
キュン
呼び掛ける悠二の声に、優しさと申し訳なさが混じる。
心が揺れる。
もう怒っていないと、安心していいと言ってあげたくなる。
いや、ダメだ。
自分は悠二より遥かに年上なのである。
簡単に折れて、譲ってはいけないのだ、大人として。
悠二に背を向けたまま、しょうもないプライドと戦うヘカテー。
本当の大人は叱られて拗ねたりはしない。
その肩に手を添えられ、そっぽ向けなくしてから、またも悠二が回り込んでくる。
何だ、今度は強行手段か。
しかしヘカテーは簡単には屈しない。
首を限界まで捻ってそっぽを向く。
「ほら、こっち向いて」
今度はヘカテーのほっぺたを両手で挟んで自分の方を向けさせる悠二。
(‥‥あ)
“想い人に『顔』に触れられる”という滅多にない嬉しい出来事に、ヘカテーの顔に朱が差す。
しかし‥‥まだ‥‥屈しない。
こんな色仕掛けに乗るほど自分はお安くないのである。
意地っ張りな少女である。
「ヘカテー」
再び悠二が呼び掛ける。
「‥‥‥‥‥‥‥」
赤面し、わずかに潤んだ瞳で、しかし、精一杯の抗議を込めて悠二を見る。
駄々っ子のように(というか駄々っ子そのものだが)少し頬を膨らませて睨むその姿は可愛いだけなのであるが。
(ずるい)
と、ヘカテーは思う。
こんな風に優しく声をかけて、ほっぺたに触って“くれる”。
そんな風にしてこちらの不満を氷解させてゆく。
ずるい。
この期に及んで何を言うつもりなのか。
もし少しでもさらなるお説教や、調子のいい要求を口にしようとすれば、その唇を奪ってやる。
思いっきり間違った大義名分をかかげ、悠二の次の言葉を待つヘカテー。
「明日、サーカス見に行こうか?」
ヘカテーの顔が、パァッと明るくなった。
「どうやら、一応の解決にはなったようでありますな」
「‥‥『万条の仕手』、あれが“頂の座”か?」
茶を飲みながら言うヴィルヘルミナに、虞軒は訊く、その視線の先にはすっかり機嫌を良くして杏仁豆腐をパクつく三人娘の真ん中のヘカテー。
色々な意味で予想外極まりないのだが。
「子供の引率には『天道宮』で慣れているのであります」
「養育係」
「いや、そういう事ではなくてだな」
何か、『万条の仕手』も以前会った時と変わっているような気がするのは気のせいだろうか?
「‥‥‥まあいい。あの坂井悠二と“頂の座”の事はお前に一任し、我らは口出しも手出しもしない。それでいいか?」
その、素っ気なさに込められた信頼に、
「感謝するのであります」
ヴィルヘルミナは礼を言う。
その翌日、悠二達は揃ってサーカスを見に行った。
『観光』そのものも大いに楽しみ、日本へ、御崎へと帰るのだが、
その話はまたいつか。
はっきりと見た。
銀の炎。
自分は、それの意味するところをよく知りはしない。
戻って伝えよう。
自分の同志達に。
御崎へと帰る悠二達。
夏休みが、始まろうとしていた。
(あとがき)
う〜む。今イチな感じかも。あとで墓穴掘りそうな展開かもだし、エピローグにしては締まらない。
自信喪失中の水虫でした。