「俺達もそのトレーニング、参加させてくれないか?」
(さっ、参加って言っても‥‥‥)
悠二は、人間とフレイムヘイズの絶対的な差を知っている。
たとえ佐藤の提案を受け入れ、二人が鍛練に参加したとしても、その差が埋まる事もあり得ない。
ただ、二人にそんな"現実"を突き付ける事になる。そして、悠二としても理解できる"少年の矜持"を砕く事にも‥‥‥
「‥‥いや、ほら、メリヒムもカルメルさんも結構気難しいっていうか‥‥いきなり参加って言われ‥‥」
「いいよ」
下手な言い訳を並べる悠二の言葉を遮り、平井が了承する。
(ちょっ、平井さん!?)
同じくフレイムヘイズと人間の差を理解しているはずの平井の言葉に内心で非難の声をあげる。
「ただし、最初は見学だけ。いい?」
「いい!、いい!、やったな田中!」
平井のその言葉に無邪気に喜ぶ佐藤。
(‥‥いいのか?、これで)
悠二にはまだ困惑があった。
「何であんな事オーケーしたのさ?」
あの後、佐藤と田中の二人と別れた後の帰り道。
悠二は平井に非難混じりに先ほどの事について訊く。
「今隠しても、二人のためにならないよ」
「だからって‥‥‥」
「坂井君」
平井の意図が読めずに食い下がる悠二を、いつになく真剣な平井の一言が遮る。
そして、ゆっくりと語りだす。
「私もさ。最初、何も知らなかった時に、坂井君とカルメルさんが戦ってるのに封絶の中から出なかったでしょ?」
平井はある意味で佐藤達とかなり近い立場にある。
だからこそ、悠二より深く二人の事を理解できた。その上で佐藤の提案を了承したのだ。
「あの二人も、このまま"そういう事"に巻き込まれたら同じ事するかも知れない。あの時の私だって、運がよかっただけだしね」
その、あり得た可能性。
"自分の戦いの巻き添えで友達が死ぬ"という事に改めて気付かされ、悠二は硬直する。
「つまんない事に拘ってないで早めに現実を教えてあげた方がいいんだよ。
マージョリーさんについて行くっていうのが本気なら尚更ね」
「‥‥‥‥ヘカテー?」
その平井の言葉に返す言葉が見つからず、傍らのヘカテーに意見を求める意味を込めて目を向ける。
コクッ
(‥‥‥‥‥‥)
どうやらヘカテーも同意見らしい。
「‥‥‥‥‥‥」
ここに来て悠二も気付く。自分が佐藤達に現実を突き付ける事を避ける理由が、"一時的"に二人を傷つけたくないというただの『甘え』なのだという事に。
そして、無意識に、現実を二人が受け入れられないと考えている二人の矜持に対する侮辱であるという事に。
「わかったよ」
いくつも死線をくぐってきたというのに相変わらず、『自分が人間の頃』と変わらず平井のこういう所には全くかなわない。
だが、何故かそれが嬉しかった。
人ではなくなって、あんな異常な体験を経て‥‥変わらない関係。
それがどうしようもなく嬉しかった。
「ありがとう」
「?、何が?」
「別に?」
「‥‥‥‥‥‥」
変な事を言ってはぐらかす悠二を睨む平井。
「ま!、いいや。行くぞヘカテー!、クレープ食べ行こ!」
せめてもの嫌がらせに、可愛らしい少女の手を引き、悠二の傍らから連れ去る。
「ちょっと待ってよ」
慌てて追い掛ける悠二。
いつも通りに見える平井の笑顔。
手を引かれるヘカテーはそこに僅かな淋しさを見いだす。
『差』にどうしようもないものを感じているのは、何も佐藤達だけではない。
夜の佐藤家の庭。
佐藤の提案通りに、悠二達は鍛練を見学する事を認めていた。
佐藤家の庭というのも、平井が決めた事だったりする。
二人の事はマージョリーが見守る方がいいと考えたためだ。原因でもある。
「なーんでまたここで鍛練なんかするわけ?」
「まーた、久しぶりだなぁ、天壌の。そいつが新しい契約者か?」
初対面のシャナにマルコシアスが語り掛ける中、マージョリーは何とも言えない顔をしている。
ちなみにこの場にメリヒムは現れていない。
元々、メリヒムは自分の家で行われる鍛練にしか参加しない。
たまに千草と世間話をする時だけ坂井家の朝の鍛練に現れるのだ。
「それじゃ、今日の鍛練、とりあえずシャナの炎の構成ね」
鍛練の予定表を手に、平井が鍛練の開始を告げる。
「ヴィルヘルミナ」
「了解であります」
シャナの呼び掛けに応じ、今日、悠二達の突然の提案で虹野家に行けなかったせいで若干不機嫌なヴィルヘルミナがリボンを伸ばし、シャナと悠二に繋げる。
自在法の鍛練には、零時になったら完全回復する悠二の存在の力を使う。もはや習慣である。
「はっ!」
気合い一閃。
悠二から流れくる力を使い、シャナの背中に紅蓮の双翼が生み出される。
「うむ。もう翼は楽に構成出来るようになったな」
「うん。一度覚えたら、そんなに難しいものでもない」
アラストールと、"自分達の力"の感覚を確かめ合う。
その理想的な成長の姿に、養育係は目を細める。
そして‥‥
(う‥‥わ‥‥‥)
初めてこれほどの不思議を見せ付けられた佐藤は圧倒されていた。
同じクラスで、同じ教室で、メロンパンを嬉しそうにかじり、教師を圧倒し、無愛想ながらも最近は自分達と一緒にいるようになった少女、シャナ・サントメール。
その背中から紅蓮に燃える炎の翼が広げられている。
その瞳と髪も同じく紅蓮。
まさしく考えられない不思議が目の前にあった。
驚愕はそれに留まらない。
鍛練が続くにつれて次々に見せ付けられる異様な世界。
平井家のメイドらしいフレイムヘイズから無数に伸びる生き物のように動くリボン。
近衛史菜、いや、ヘカテーの周囲に生まれる水色の流星群。
そして、燦然と輝く銀の炎と大剣を操る、坂井悠二。
何より、少し前までは自分達とそう大差ないと思っていた。いや、むしろ喧嘩などの事態が起こった時は『自分が守る側』だとさえ思っていた少年。
それが、今信じられない光景を見せ付けている。
肌に伝わる空気を灼く感覚が教えてくれる。
あの炎を自分がもし受ければどうなるのかを。
(‥‥‥‥俺は)
まさか、フレイムヘイズや徒だと聞いていたシャナやヘカテーだけじゃなく、この坂井悠二さえもこれほどに自分とは違う。
(これが‥‥俺達とマージョリーさんとの距離‥‥)
少しずつ実感していく絶望を伴った現実に逆らうように、傍ら、先ほどまで悠二が素振りに使っていた大剣を手に取る。
だが‥‥‥
(おっ、重い‥‥!)
どころではない。
地に置かれた大剣を、数センチ浮かせる事しかできない。
持つ事すら叶わない。
しかもそれは"片手持ちの大剣"。
(坂井は‥‥こんなのを片手であんな軽々と‥‥)
少年は少しずつ現実をわからさせられていく。
この場に田中はいない。
迷いを持ったまま、これ以上踏み込む事を避けたのだ。
どちらが正解かは、まだわからない。
「どーいうつもりよ?」
佐藤家の庭先、マージョリーは悠二に今回の事について問いただす。
そこにはやはりわずかに険がこもる。
位置の問題で、マージョリー(とマルコシアス)と悠二以外はこの会話を聞いていない。
「あんたもわかってただろ?、あのままじゃいけないって」
自分と同じく、全てわかてていた上で少年達を気遣っていたマージョリーに告げる。
無論。マージョリーも悠二の意図などわざわざ訊かなくてもわかる。
それほどに佐藤は分かりやすかった。
だが、強がりな少年のため、そして、現実をわかったあの少年が自分にどう接するのかわからないという自身自覚していない不安から、愚痴同然に言っているのだ。
「‥‥‥あ〜あ、酒が欲しいわ」
「皆はほっといてか?」
その悠二の言葉に、皆に目を向ける。
目に映るのはまだ大剣を相手に唸っている佐藤。
「‥‥しばらくそっとしてやんなさい。そのうち自分で整理をつけるでしょ」
そう言って中に引っ込むマージョリー。
その胸中、佐藤の事とは別に抱いたものがある。
さっきの鍛練、悠二の出す"銀"の炎を当然マージョリーは目にしている。
だが、それを見ても、以前なら徒全てに対して撒き散らしていた殺意が湧いてこない。
『"銀"の炎を目にしているのに』。
(まずい‥‥かな)
そう、自分の心に対して思った。
(‥‥‥‥‥‥)
悠二は佐藤を見る。その視線にこもるのは同調。
悠二も、力を使えず、自分の無力感を痛感した事は何度もある。
その現実に対して少年として抱く反発も。
現実を見せ付けない方が良かったのか?
と、性懲りもなく考えてしまう頭を振り、そんな考えを振り払う。
何も知らないまま首を突っ込めむ事がどれほど危険な事か。
実を言えば、鍛練で見せた人間とフレイムヘイズの差はまだ抑えた方なのだ。
本当の戦いならば、家が吹き飛び、ビルが倒れ、街は焼かれる。
そんな大規模でデタラメな力を見せ付けていないだけまだましである。
これで佐藤が"こっち側"から身を引いたとしても不思議ではない。
全部知り、体験して、それでも突き進む平井の方がどちらかといえばおかしいのだ。
(でも‥‥その方が佐藤のためかな)
そう、内心で呟いた。
(あとがき)
展開があまり進んでいない。
次あたりから原作六巻見習って日常とシリアス同時進行で行く予定です。