「願い事、かあ。何にしようかな」
七夕に際して、御崎神社に集まる面々。
どうせ平井が引きずり込んだのだろう、シャナまでいる。
空も雲一つ無い快晴で星がよく見える。
四月末から我が家に住み着いている特大てるてる坊主のおかげかな、と失礼な事を考える悠二。
そんな無礼者の短冊を横から覗き込む、てるてる坊主(ヘカテー)と平井ゆかり。
ちなみに、今日のヘカテーは彼女の十八番とも言える、大きな白いマントに白い帽子の巫女装束である(千草や平井に服を見立てて買ってもらったりするから実は結構色んな服を持っている)。
まあ、星空にも合うし、当人いわく、あの大きな帽子の中には夢と秘密が詰まっているらしいので、七夕にはもってこいだ。
「悠二、どんな願い事にしたのですか?」
「どうせ後でバレるんだから隠さず見せる!」
などと訊いてくる二人。
隠すも何も‥‥‥
「いまいち、思いつかないんだよな」
実は悠二は結構本気で悩んでいた。
短冊に書く程度の他愛無い願い、だが、ここにきて予想外に悠二を悩ませている。
人間ではない自分。歳を取らない自分。すでに異能を持つ自分。
どう生きていくか、いつかは決めねばならない。
歳をとらず、外見も変わらない以上、どれだけ長い目で見ても十年、いや五年で周囲に疑問を抱かれるだろう。
実は最近なにかと騒がしかったし、この自分の問題について考える事も少なかったのだが、まさか七夕でこの問題が浮き出てくるとは思わなかった。
ちなみに、『ヘカテーを守れるくらい強くなる』、というその問題とは別にある願いは書かない。
皆いるのに恥ずかしすぎる。
そこでふと、他の皆の願い事が気になった。
「そういうヘカテーと平井さんはどうなのさ」
「私は‥‥‥」
『大命成就』
何だこりゃ。
「私は‥‥見せたげない!」
ケチ。
平井に深く詮索せず、別の短冊を覗き込む事にする。
まずは池速人。
『もっと、関わりを持ちたい』
「‥‥‥‥‥‥‥」
目的語が抜けているが、たとえそれが何であったとしても哀愁が漂う。
こっちが切なくなるような内容である。
とりあえず、親友・メガネマンの肩をぽんと叩いておく。
次は‥‥佐藤。
『強くなりたい』
いた。これ書いてるやつ。
「佐藤?、これって‥‥‥」
「いつかはマージョリーさん、街出てくだろ。そん時、ついていけるくらいには‥‥‥な」
小声でそう返す。
が、
「‥‥‥‥‥‥」
悠二は絶句する。まさか、そこまで入れ込んでいたとは思わなかった。
だが、絶句したのは別の理由からだ。
『人間がフレイムヘイズと旅をする』
この佐藤の願いは、無謀以前、不可能だ。
今まで紅世に関わる者達の戦いを体で味わい、自身も異能者たる悠二にはわかる。
人間とフレイムヘイズの、決して埋められない差が、わかる。
「‥‥‥‥‥」
そんな友人の、無謀だが真剣な願いを思い、そう決められる事、その心にわずか羨望を抱く。
次は、緒方真竹。
『このままゴールイン』
なるほど、この間のプール以降、着々と進行を見せている田中との事だろうという事は容易に想像がつく。しかし、皆もいるというのに大胆な事だ。
「えへへ」
頬など掻いて誤魔化しているが、書き直すつもりはないらしい。
次は、シャナ。
『使命遂行』
この子に気の効いた願い事など期待した自分が馬鹿だった。
と、自分の願い事を決められていないくせに偉そうに評する悠二。
「何よ?」
「別に」
ちなみに、彼女に『サントメール』の姓をつけたのは、意外にもヘカテーである。
いつまでも論争するメリヒムとヴィルヘルミナ(とアラストール)を見兼ねて、
「サントメールで良いのでは?」
と、特別深い意味を込めたわけでもなく、どうでもよさそうにただ、先代、マティルダ・サントメールの名からとった姓を言っただけなのだが、それは育ての親全員が納得する姓であった。
そういう経緯で彼女の名は、シャナ・サントメールである。
話が逸れたが、次、田中。
あれ?
「田中も決まらないのか?」
「ああ、何書けばいいかと思ってな」
実は、田中も田中なりに悩んでいる。
佐藤同様、憧れの女傑についていく願いもあれば、最近、どうも気になる、緒方真竹の事もある。
悠二とは別の意味で迷走していた。
次は、いや、最後は吉田。
『合体』
「‥‥‥‥‥‥‥」
見れば、横から吉田が流し目など送ってきている。
あ、胸のボタンを一つ外して‥‥‥
ヒュヒュン!
「っ!、何するのかな?、近衛さん☆」
「‥‥‥乳おばけ」
「だーからおっぱいっていえよな。お前これ男の浪漫だぜ?」
ヒュヒュヒュン!
「っ!」
「黙りなさい」
まあ、いつもの二人か。
一通り見てみたが、意外と皆真剣に書いている。
さて、自分は‥‥
「‥‥‥よし」
『現状維持』
「何これ?、坂井君」
緒方が不思議そうに訊くが、傍にいたヘカテーや平井は気付く。
悠二の願いに。
(まだ、『ここ』にいたい)
そう、いつかは外れた道を行く。それが揺らぐ事はないだろう。
でも、もう少し‥‥
そんな悠二の手を、ヘカテーがとる。
「‥‥大丈夫です」
焦らなくていい、という事だろうか。
まったく、自分が心配させてどうする。と思い、お返しとして頭をなでる。
悠二になでられるヘカテーは、初めてこの大きな帽子を少しだけ恨んだ。
「‥‥‥‥‥‥」
平井の短冊、悠二と似て、だがその先にあるものが決定的に違う願い。
『ずっと、皆一緒でいたい』
佐藤同様、平井もどうしようもない現実に反発する願いを書いた。
ただ、平井と佐藤で違うのは、現実を正しく理解しているかどうかという事だ。
いずれ来るだろう別離、坂井悠二がそれを受け入れつつある事を知り、平井は珍しく表情を曇らせる。
ヘカテーの『大命成就』に重ねるように糊で張りつけた短冊、『悠二のお嫁さんになる』。
紅世に関わる者達も皆、どうしようもない現実にあらがおうとしていた。
「綺麗‥‥‥」
御崎神社、服が少しくらい汚れるのも構わず、皆、地面に寝転がって天を仰ぐ。
「綺麗だな」
星座は知らない。だからただ見える光景の美しさに感嘆を漏らす。
「‥‥‥‥‥‥‥」
かつてはその星天に、彼女の神への祈りを捧げていたヘカテー。
だが今、彼女の願いを彼女の神に祈るのは不忠であるように思われた。
いや、正直に認めて不忠だ。
今自分は自分の願いのために、『大命』を引き延ばしているのだから。
"でも"‥‥‥
(悠二は私が守る)
『大命』を、自らの使命を放り出す気などない。
だが、悠二には『大命』の核たる『零時迷子』が宿っている。
そして、『零時迷子』を除き、トーチとして共に在ろうと思っても、同じく『大命』の核たる自分が"恋心"を寄せる悠二に、仮装舞踏会(バル・マスケ)がどんな対応をするか、あまり明るい予想はできない。
それでも‥‥‥
(悠二は私が守る)
こんな運命の中で、誓う。
きっと、叶えてみせる。
そのために、一番大切な事。
(悠二に、好きになってもらう)
好きになってもらう為に、努力する。
おばさまも協力してくれると言ってくれた。『花嫁修行』というやつをするのだ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
不思議なものだ。
はじめはただのトーチとしか思っていなかったのに、いつからこれほど強くて、熱くて、痛くて、寒くて、どうしようもないほどの気持ちを抱くようになったのだろう。
(わかるはずがない)
気持ちに気付いたのさえ、ちょっと前からなのだ。
そんな自分が、いつからこの気持ちを抱いていたかなど、わかるはずがない。
(でも‥‥‥いい)
いつから、など関係ない。
この圧倒的な想いの前で、何の意味も持たない。
そう思い、悠二に目をやろうとして、別なものが映る。
「!」
いて当たり前、平井ゆかりが目に入る。
なぜそんな事に驚くのか、自分でもわからない。
周りを見渡す。
オメガ、シュガー、タカナ、メガネ、一応、乳おばけとサントメール。
そして、親友・平井ゆかり。
『人間の友達』。
「‥‥‥‥‥‥‥」
『別れるのが悲しい』、それは、この友人達にも当然あてはまる。
首をふって、浮かんだ嫌なイメージを振り払う。
別れのイメージを振り払う。
その時、平井も同じ想いを抱いていた。
皆、何かを想って、星空を仰いで、何も言わない。
悠二もそうだ。
「‥‥‥‥‥‥」
(仮装舞踏会、だったっけ‥‥)
いつか、外れた世界を歩いていくだろう自分。
それを想像し、真っ先に浮かんだのはやはりヘカテーだ。
自分に『この世の本当の事』を告げ、今まで一緒に戦ってきた、誰より近しい少女。
『零時迷子』を持つ自分と一緒にいるならば、人を喰わないと言った少女。
やはり、ヘカテーと一緒に歩いて行く事になるのだろうか。
しかし、彼女も何か、大きな組織に属しているらしい。そう単純な話でもないだろう。
大体、ヘカテーが自分といつまでも一緒にいてくれる保証などないし、
『外れた世界を歩いて行くから』、なんて理由で一緒にいて欲しいなどと言いたくない。
そんな考えがよぎり、その事が別の考えを想起させる。
(ヘカテーと一緒に‥‥か)
いい加減、自分に呆れ返る。
ヘカテーが自分の事を好きかも知れない。という考えをした事ならあるが、"とりあえずそれは関係ない"。
今、呆れ返るのは、"自分がヘカテーを好きかどうか"、それをいまだにはっきりとわからないからだ。
考えてみるが、そもそも考えてわかるような事ではない。
好きか嫌いか、で問われれば間違いなく好きである。
しかし、恋愛感情だと断言はできない。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
もし、いつか一緒に旅立つ時が来るならば、その時までに答えを出す。
出さなければならない。
悠二は、そして少年少女達はそれぞれの心を映す鏡のような美しい星天を、ただ黙って眺め続けた。
(あとがき)
次話、いつになく早めな非日常突入、のつもりです。
感想ももらえ、テンション上げて行きます。