「いや〜人多いね、こりゃ。ヘカテー、ちゃんと手、繋いでなよ?」
「はい」
ぎゅっ
「‥‥‥あのねぇ」
祭りの人混みをかき分け進む悠二、ヘカテー、平井の三人組。「はぐれないように手を繋ご!」という平井の提案にヘカテーがすかさず食い付いた。
悠二としては恥ずかしいので遠慮したかったのだが、多数決で二対一、可決である。
民主主義でも何でもない。数の暴力である。
「♪」
(‥‥まあ、いっか)
ところで、同年代の男女二人に挟まれるように手を繋いでいる小柄な少女。
一体自分達は今周りからどういう風に見られているのだろうか?
平井もヘカテーもそういう事を気にするタイプではないが、悠二は気にしてしまう。
それにしても‥‥
(何か、懐かしいな)
ミサゴ祭り自体は懐かしいというほどでもないが、池と来ていた去年までとは大分‥‥いや、全然違う。
去年までは高校になってからこんな風になるとは想像もしていなかった。
まあ、端的に言うと自分が女の子と頻繁に遊びに行くとは思っていなかった。
実際にはもっと異常な事態になっているのだが、こんな、"年頃の少年らしい"自分への驚嘆を感じたのが懐かしいのだ。
"人間らしい"、感じ方。
ふと、なんの気なしに思い出す。
昔は、両親とこの祭りに来る事もあった。
父と母に連れられて、今のヘカテーみたいに手を繋いで‥‥自分は‥‥
「りんご飴、あるかな?」
久しぶりに、食べたくなった。
「りんごあめ?」
悠二の呟きに頭に?を浮かべるヘカテー。聞き慣れない単語である。
「りんご味の飴じゃないよ? 飴で果物のりんごを包んでるお菓子の事。
でも、坂井君りんご飴好きなんだ?」
「はは‥‥まあね」
子供っぽいかな? と思わないでもないが、あえて否定する事でもない。
「りんごを‥‥飴に?」
目をぱちくりさせているヘカテー。世間知らずで好奇心旺盛な少女である。
「百聞より一見ってね。ほら‥‥あそこ!」
平井が指差す先に、りんご飴の屋台。
その、横の横の屋台は‥‥‥‥
ペシャリ
「う‥‥」
「ふん。また、失敗か」
金魚すくいの店の前に、変わった三人がいる。
桜色の髪の、間違いなく美女。銀の長髪の男。そして一人だけ姿形に違和感のない黒髪の少女。
言わずと知れた虹野ファミリーである。
「少し貸してみろ。こんな魚類に遅れをとるようでどうする」
三度目の失敗を喫するシャナを見かねて、メリヒムが名乗りをあげる。
構え、一匹、一番大きな金魚に狙いを定め、そして、目にも止まらぬ速度で
ペシャン!
ポイ(金魚すくいの道具)の膜を破る。
「‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥シロ」
「ぷ」
メリヒムの自分以上の失態に、シャナは期待外れだと言わんばかりの声を出し、アラストールはそれを嘲笑う。
キッと天敵を睨むメリヒムの肩に、さり気なく(な、つもりの)手が掛けられる。
「任せるのであります」
「適材適所」
純白の浴衣に身を包み、ポイと椀を構える勇ましきヴィルヘルミナ・カルメルである。
「今こそ、遠慮容赦一切無用」
「仮面禁止」
「行くのであります」
シャシャシャシャシャッ!
凄まじい速さ、柔らかさ、滑らかさを備えた正に"舞い"と称すべきポイの動きに、水槽の金魚達は次々にお椀の中にさらわれていく。
もちろん、ヴィルヘルミナの持つポイの膜に僅かなほころびすら見てとれない。
あっという間に水槽の中は水だけになってしまう。
「速さや威力に捉われているからこの程度の遊戯すら満足にこなせないのであります」
「所作未熟」
「‥‥‥‥‥‥‥」
自らの技巧を披露する『戦技無双の舞踏姫』。
明らかに感嘆しているシャナに対し、メリヒムはふてくされている。
そして、
「‥‥‥‥シロ?」
次々と金魚を水槽に戻していく。
「‥‥ふん。あんな軟弱な器物に頼らずともこの俺ならこんな魚類ごとき素手でとらえ゛!」
「や・め・ろ。カルメルさん、ちゃんと見張って下さいよ。
あんたの担当でしょ」
金魚すくいを勝手に金魚掴み取りに変えるという暴挙に出ようとするメリヒムの頭を後ろからはたく少年。
隣の隣のりんご飴の屋台に向かっていた悠二である。
「坂井悠二! 貴様自分が何をしたかわかっ‥‥」
「おー! シャナとカルメルさんも来てたんだ。あ、メリーさんもいる」
「誰がメリーだ!」
「私は‥‥担当などと‥‥そのような‥‥」
「赤面」
「‥‥坂井悠二、平井ゆかり、"頂の座"」
「‥‥‥‥奇遇ですね」
「ふん、痴れ者が。いい気味だ」
当然、平井とヘカテーもいる。
りんご飴を買いに行く途中で見慣れた、騒いでいる後ろ姿に、様子を見に来てみれば案の定である。
世話の焼ける。
くいくい
「ん?」
繋いだ手を引いて、悠二の注意を引くヘカテー。
可愛い娘である。
その視線は、りんご飴の屋台に注がれている。
「ああ、ごめん。買いに行こうか。それじゃ、カルメルさん、シャナとメリヒムの世話頼みましたよ」
「言われるまでもないのであります」
「な〜んか坂井君。皆の保護者って感じだね。お疲れ様♪」
挨拶程度だけして別れる悠二達と虹野ファミリー。
せっかくの祭りをメリヒム達のフォローで費やしたらつまらない。
ヘカテーだけで十分である。
ちなみに、ヘカテーがりんご飴への興味だけでなく、今日は三人水入らずで楽しみたいと思っている事は平井しか気付いていない。
「‥‥‥‥‥‥‥」
シャナは去りゆく悠二達の背中を見送る。
自身気付かないまま、その視線は悠二とヘカテーのつながれた手にいく。
シャナは、何を自分が感じているのか、それに疑問すら持ちはしない。
だが‥‥
「ヴィルヘルミナ、りんごあめって?」
それに興味を持った。
きっと‥‥そうなのだ。
「よ‥‥良かったのか? クラスの女子の誘い断って」
「い、いいんだってば、今さらそんな事言わないでよ」
同じくミサゴ祭り、しかし違う場所を歩く初々しいカップル。
緒方真竹と田中栄太である。
すでに二人で祭りに来ているというのに何と不毛な会話な事か。
(ええぃ! 何訊いてんだ俺は!?)
それを自覚していた田中が頭を振り、誤魔化すように切り出す。
「ほら、オガちゃん。射的やってるぜ。やってみないか?」
「う、うん」
わりとバレバレな誤魔化しであったが、緊張しているのは緒方も同じ。
田中の気遣いに乗り、二人で射的に向かう。
元々、中学から友達だった二人である。こうして何軒か回るうちに自然な雰囲気になれる。
しかし、射的の方はというと‥‥
ぱちん!
「あちゃ〜、残念。惜しかったね〜」
屋台のおじさんの嬉しそうな声が響く。
田中がゴム鉄砲でど真ん中に命中させた人形は揺るぎもしない。
「‥‥射的っておかしいよな。あんな弱い威力で物が倒れるわけないぜ」
「まあまあ、そういう事もあるって」
店のおじさんに聞こえるか否かという位置で文句をたれる田中を、緒方が宥める。
すでに一軒目で雰囲気が自然なものになりつつある二人。
その二人に、後ろから声が掛けられる。
「あら、エータじゃない。そっちは‥‥え〜と」
その声に振り向けば、モデル顔負けの豪勢なプロポーションを"隠そうともしない"女傑・マージョリー・ドーと、佐藤啓作。
少々線が細い佐藤は、まあしかしそれなりに浴衣が似合っているが、マージョリー、その扇状的な体型は浴衣には似合わない。
隠そうとする気もない。本人いわく、「"私"を隠すんじゃ意味無いわよ」だそうだが、着物の着方としてははっきり言って零点である。
「オメガちゃん?」
「緒方です! そういあなたはプールで‥‥って"栄太"?」
呼ばれ慣れてしまっている不本意なニックネームに反論し、目の前の、以前一度会っている女性を思い出す途中で不穏な単語に気付く緒方。
「オガちゃん。外国の人なら珍しくないだろ? ファーストネーム呼びなんて」
さり気なく緒方‥‥ではなく田中にフォローを入れる佐藤。
この不測の事態にあたふたしているだけの田中よりよほど世渡り上手である。
「それは‥‥そうだけど‥‥。だったらこの人何なのよ!?」
しかし佐藤のフォローも虚しく、根本的な質問をする緒方。
以前のプールや今の状況から、普通なら佐藤とマージョリーとの仲を邪推する所なのだが、明らかに田中との仲を邪推している辺り猜疑心全開である。
「はいはいはい。何もそっちに訊く事ないでしょ?
私の名前はマージョリー・ドー。細かい説明は省くけど、平たく言えばこの子達の親分よ。それ以上でも以下でもない」
目の前のまどろっこしいやり取りに、マージョリーがすっぱりバッサリ切って捨てる。
「え?、いや‥‥親分って‥‥‥」
「それよりエータ、あんたこんなのもまともに出来ないわけ?」
緒方の追及も鮮やかに流し、田中が文句をたれていた射的に目をつける。
「こういうのは‥‥ね!」
ゴム鉄砲を素早く構え、次々に放つ。
パパパパァン!
横に並んでいた人形が四つ、ほぼ同時に倒れる。
「ど真ん中じゃなくて、頭のてっぺん狙うのよ」
得意気に言いながらくるくるとゴム鉄砲を回るマージョリー。
緒方と田中もさっきまでの騒ぎも忘れ、拍手までしている。
「‥‥マージョリーさん。今のまさか‥‥‥?」
「実力よ? 実力」
こちらも、それぞれの形で祭りを楽しんでいる。
「よ、吉田さん。良かったらこれから一緒にミサゴ祭りに‥‥‥」
「ブツブツ‥‥‥花火が上がる前に二人きりになって、二人で花火を眺めて‥‥花火の音で掻き消えそうな、だがしっかりと耳に届く"好きです"、これしかねえ」
「あ‥‥あの、吉‥‥」
「待っててね〜☆ さかっいきゅぅ〜ん☆」
各々が、それぞれの想いで過ごすミサゴ祭り。
その花形である花火が打ち上げられるまで、あと少し。
(あとがき)
丸一話、ただの祭りの話に費やしてしまいました。
展開もそれなりに進めねば、と思っているんですがねえ。
ところで、昨日気付いたけど前作と合わせたら感想の数が千を超えていました。
いつもこんな作品を見て、感想を下さる方々に今日も感謝を。