「‥‥‥で? お前が"紅世の徒"って事か?」
「‥‥‥はい」
吉田一美を乗せ、"頂の座"ヘカテーは飛ぶ。
飛びつつ、最低限の説明はしている。
悠二が『零時迷子』の力で自然消滅しない事は話していない。
それが"どちら"に転ぶかわからないからだ
どうやら、吉田一美は『調律』の協力者として『こちら側』に踏み込んだらしい。
「それで、お前は当然坂井君がトーチだって知ってんだよな?」
案の定、自分が徒だと告げたのにまるで動揺しない。というか、流された。
「知っています」
これは、隠しても意味がない。
「それでも好きなんだな?」
質問というより確認の口調。
これに返す答えは、決まっている。
「好きです」
誇るように、悠二を、そして彼を好きになれた自分を誇るように告げる。
その姿、背中越しにも分かるその姿に、吉田は僅か感嘆を覚え、しかし当然引きはしない。
「だったら、互いになおさら急がねーとな。一気に勝負かけてやる」
「‥‥‥‥‥‥‥」
それを聞いたヘカテー。
どうやら、悠二がすぐ消えると思わせてもこの少女には意味がない。むしろ逆効果であると悟り、隠す事をやめる。
不老であると告げた方がマシである。
(‥‥‥話そう‥)
ヘカテーは力を得ていた。
悠二への想い、強く、熱い想いがある。
それは拒絶される恐怖と常に隣り合わせである。
だが、そんな恐怖をものともせずに突き進む吉田一美。
その存在が、それに対する対抗心が、悠二へと手を伸ばす力になっていた。
そして今、吉田は『この世の本当の事』を知り、なお悠二を奪わんとしている。
もう、怯えて、立ち止まってはいられない。
また一つ、少女は変わる。
「ああ、つまりあなたは彼女達の庇護下にある『ミステス』というわけですか」
『撹乱』の中心と思われる場所への侵入を断念した悠二達。
とりあえず、一番近くにいた『儀装の駆り手』の気配に行き着き、ひとまずの自己紹介を終えた。
「それだけじゃない。坂井悠二の『零時迷子』の効能で、人を喰らわずにこの街にいる"頂の座"やシ‥‥"虹の翼"もいる」
「『弔詞の詠み手』もであります」
「補足」
はじめに姿を見た時、驚いたものだ。
ヘカテーやシャナよりさらに幼く見える外見、しかもよく見ると、深くかぶったフードの下や、わずかに見える手首から先には無数の傷がある。
フレイムヘイズなら傷なんて残らないと思うのだが?
「‥‥‥それは‥‥本当ですか?」
「ふぅむ、少しばかり信じがたい事ではあるのぅ」
説明はシャナとヴィルヘルミナに任せている。
実直で、余計な言葉遊びを使わない彼女達の会話術は、こういう時間の無い時には重宝する。
「すぐにわかる。今、こっちに気配が一つ向かってるから‥‥‥」
そこでシャナが悠二に目で訊ねる。
誰か、まではわからないらしい。
「ヘカテーだよ」
鋭敏な感覚を持つ悠二にはわかる。ヘカテーはいつも一緒にいるし、マージョリーの気配はわかりやすい。
ヘカテーとメリヒムの気配を間違えるわけがない(ほど似てない)。
「坂井悠二、"頂の座"、"虹の翼"の危険の無さは、この私が保証するのであります」
明らかに異常な面々の弁護を、ヴィルヘルミナが確として答える。
初対面で殺されかけた身としては、彼女がそんな事を言うのは少々感慨深いものがある。
「‥‥‥‥ああ、いいでしょう。あなたや"天壌の劫火"が見定めている以上、我々が今さら見極める事はありませんから」
(まったく、カルメルさん様様だな)
前の外界宿(アウトロー)の時といい、ヴィルヘルミナの『こっち側』の信頼度、知名度には頭が上がらない。
彼女がいなければ、また出会い頭にフレイムヘイズと戦う羽目になっていたかもしれない(ちなみに、シャナやマージョリーはこういう分野ではあまり当てにはならないと思っている)。
「それで、今度はこっちが訊く番だ。この状況、何かわかる事はないか?」
今まで会話をシャナとヴィルヘルミナに任せていた悠二が口を挟む。
「‥‥‥‥‥‥‥」
その悠二の問いには応えず、ヴィルヘルミナに目で訊ねるカムシン。
それに、ヴィルヘルミナが応える。
「いささか以上に認めるのは癪でありますが、彼は作戦、実戦共に戦力と呼べるのであります」
そういう意味か。
当たり前だが信用がない。
だが、何だろうか。
この『儀装の駆り手』の態度は何かいちいち癇にさわる。
「ああ、ならばいいでしょう。おそらく、この自在法は我々がこの街に施した『調律』の印を利用されたものだと思います」
利用できるとわかると掌を返したように状況を話しだすカムシン。
やっぱり気に入らない。
しかし、今はそれより‥‥
「『調律』?」
「世界の歪みを正す自在法よ」
「この街はすでに、幾度もの戦いを経て大いに歪んでいる。『調律師』が現れるのも必然というわけだ」
悠二の素朴な疑問に、二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』が応える。
なるほど。しかし、『都喰らい』を企み、大量の人間を喰ったのは"狩人"フリアグネだが、その幾度もの戦いの半分以上がフレイムヘイズの所業なのだがその辺りどうよ。
まあ、無論そんな事をわざわざ言う場面ではない。
「その『調律』の印さえ壊せば、この状態が戻るんじゃないのか?」
そうすれば、あの騒ぎの根幹と思われる櫓に突入できそうだ。
「ああ、出来ればいいのですが」
「出来ればって、あんたが仕掛けたんだろ? その自在式」
カムシンの言葉に、悠二が頭に?を浮かべる。
自分の行使した自在式を消せない自在師‥‥いや調律師などいるのだろうか?
「ああ、単純な推測です。"奴"が、自分の仕掛けの鍵とした血印に、易々と手出しさせるとは思えませんから」
「‥‥‥奴?」
こいつには、この騒動を起こした徒(と思う)に心当たりでもあるのだろうか?
「ああ、それは到着しとからにしましょう。もう着いたようですから」
言われ、カムシンの視線の先を追うと、明るすぎる水色に輝く少女がひと‥‥り?
いや、何か乗ってるような気が‥‥‥‥
「「「え゛」」」
「さかっいきゅぅ〜〜ん☆」
「‥‥‥下りろって言ったのに、下りろって言ったのに」
いきなり猫かぶり全開の吉田一美と、何故か激しく参っているヘカテーの登場。
まったく、意味がわからない。
「‥‥‥何で吉田さんがここにいるの?」
見当外れなようで実は全てを同時に訊ける質問。
その問いに、何故かカムシンが答える。
「ああ、彼女は今回の『調律』の協力者です。何故ここに来たかまではわから‥‥‥"サカイくん?"」
今さらながらにカムシンも気づく。
吉田一美の言っていたトーチとなった想い人と、この『ミステス』の名前が同じ。
悠二も気づく。
吉田一美が、友達がまた、『こちら側』に引きずり込まれた事を。
「‥‥‥‥‥‥‥」
怒りを隠そうともせずにカムシンを睨み続ける悠二。
以前にも似たような怒りを覚えた事がある。
誰とは言わないが、ヴィのつく奴。
今がこんな状況でなければこっちから喧嘩を売っていたかも知れない。
しかし‥‥
「まあ、こんな非常事態でも巡り合うなんて、何か運命を感じますね、さ・か・い・くん☆」
ヒュヒュン!
「人の背中からスッポンのように離れなかったくせに、何をぬけぬけと」
当の吉田がまるで気にした様子がないのに自分が怒るのも変な話だ。
だが、何か機会があったら一発思い切り殴ってやる。
それよりも‥‥
「ヘカテー」
いつもより強い、厳しい口調で語り掛ける。
その、悠二が怒っている事を感じ、ビクッと震える少女に、しかしこれだけはちゃんと訊かねばならないと質問する。
「何で、吉田さんを連れてきたんだ?」
ヘカテーは、違うと。
無関係な友達を巻き込んだりしないと。
そう思っていた悠二の、抑えきれない悲しみが声に伝わる。
(‥‥‥‥あ)
その悠二の悲しみが、ヘカテーに伝わる。
自分が、悠二を悲しませてしまった事を悟る。
「‥‥‥‥ごめんなさい」
謝る。
「そうじゃない! 何で連れて来たのか理由を訊いてるんだ!」
悠二は、ヘカテーのとった安易な行動にカッとなり、つい怒鳴ってしまう。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
悠二を悲しませた自分が許せず、しかし悠二に嫌われる事にだけは耐えられないヘカテーは、ただひたすらに謝る。
許しを乞う。
(嫌いにならないで、嫌いにならないで、嫌いにならないで!)
以前、自分の恋心を悠二に悟られた時と同等か、それ以上の、何にも勝る恐怖がヘカテーを襲う。
ガクガクと全身が震える。歯の根が合わない。涙が溢れてくる。
ただ謝るだけのヘカテーにむっと来た悠二だったが、ヘカテーのその態度に、怒りも完全に忘れ、戸惑い、そして‥‥‥
ゴッ!!!
殴り飛ばされた。
吉田一美に。
「あの場にほっとく方が危ないって考えたんだよ。このお節介なちびっこは」
今ばかりは猫もかぶらず、悠二に言う。
宿敵だろうが、不当な弾劾からは助ける。
想い人だろうが、理不尽な行為には殴る。
それは彼女の曲がらない、曲げてはならない部分だった。
原因が自分にあるというのならなおさらだ。
(‥‥‥‥あ)
吉田に殴られた事より、その言われた内容に、悠二は強い衝撃を受ける。
自分が、とんでもない勘違いをしていたのだと。
ヘカテーは吉田を助けようとしたのだと。
自分はそんなヘカテーに怒鳴りつけたのだと。
そして、ヘカテーが謝り続けるのは‥‥
ただ自分に嫌われたくなくて必死なだけなのだという事に。
今も、ヘカテーは殴り倒された自分にすがりつき、ひたすらに謝っている。
悠二が怒った事も、悠二が殴られた事も、全部自分のせいだと思っているのだろう。
(僕は‥‥‥何を‥‥?)
自分は何をしてしまったのだろう。
こんな、純粋で不器用すぎる女の子に、一体何を‥‥‥。
頬を一筋、涙が流れる。
「う‥‥‥ぅぅ、ぅ」
何で、こんな‥‥
「ぐ‥‥‥、う、うぅぅ‥‥‥‥」
(僕は、何で、こんなに‥‥‥ちっぽけなんだ)
嗚咽を堪えながら、力いっぱい目の前の少女を抱きしめる。
ヘカテーも、それに応えて抱きしめかえす。
二人とも、泣きながら抱きしめ合う。
共に在るのが当然のように、それが一つの形のように。
「嫌いになんて、ならないから‥‥‥」
「‥グス‥‥‥本当に?」
「本当に。それに‥‥ごめん」
「? 何が‥‥ですか?」
抱擁の中、謝る悠二の意図がわからない。
未だに、悠二が悪いとは思っていない。
そんな少女に‥‥
「ごめん‥‥ごめん‥‥‥」
今度は悠二の方が、謝り続ける。
この少女に、嫌われる事が恐いのだ。
すれ違い、噛み合わない二人の心は、今は間違いなく重なっていた。
互いに強く、相手を求めていた。
(あとがき)
何やら感想を見ると、シャナ派も意外に多い様子。このSSを読んでくれる方って、シャナ派とヘカテー派、どっちが多いんだろ?