「随分とまあ、豪勢な面子だこと」
「戦争でもおっ始めようってか、ヒャッヒャッ!」
全員集合。
いや、田中は見つかっていないが。
「これで緒方がいりゃ、弁当が食えるな」
平井ゆかりの事情と、佐藤や田中も一応の関わりがある事を聞いた吉田の第一声がこれだ。
誰か忘れてる気がするが、無論気のせいだろう。
「じゃあ、吉田さん。いい?」
「はーい☆」
カムシンから『調律』の詳しい内容を聞いた悠二の考えた打開策。
調律の媒介となり、この街の在るがままの姿を感じる事ができる吉田に、『カデシュの心室』で、"今の御崎市"のおかしい所を感じ取ってもらう事だった(ちなみに、案の定カムシンは血印を破壊出来なかった)。
抵抗が無かったといえば嘘になるが、最近、吉田の『素』の性格を理解してきた悠二は、しぶしぶ話す事にした。
要するに、"こういう所"は平井とよく似ていて、のけ者にされる方が嫌だろう、という事だ。
「ああ、では行きますよ」
吉田の了解を得たと判断し、カムシンが吉田に向け、手をかざす。
ゴゥッ!!
褐色の炎が湧き上がり、吉田の全身を包み込む。
カムシンを今一つ信用出来ない悠二がつい身構えるが、炎から敵意や害意は感じ取れない。
そしてその炎が‥‥
「へ?」
「は?」
カッ!
突然の事態に間抜けな声を上げる悠二と佐藤の眼前で群青の閃光が走る。
「そこ、見たら死刑ね」
「脅しじゃねーぞ、ヒヒぶッ」
「あんたもよ」
すぐさまバッ! と背を向ける悠二と佐藤。
そしてヴィルヘルミナに背を向けさせられるメリヒムと、その辺にあったズタ袋に放り込まれるマルコシアスにアラストール。
「おまえもです」
そして、ヘカテーにカムシンも背を向けさせられる。
マージョリーの機転に感謝しているヘカテーである。
そう、『カデシュの心室』に入った今の吉田の姿は、裸だった。
「? 何で皆向こう向いてんだ?」
心室内にいる吉田にその自覚はない。
「いやー、一美セクシーだよ。うん」
平井が一言で説明する。
「なっ!? 今裸なのか!? あ☆ 坂井君は見てもいいんですよ☆」
「悠二‥‥」
「見ないって!」
吉田のとんでもない提案とヘカテーの恐いような可哀想なような声を受けてたまらず否定する悠二。
というか、平井のあの一言でわかったのか。テレパシーか?
「ほら一美、今は緊急事態なんだから。何かわかる?」
吉田達のやり取りを平井が一言で切って捨てる。
訊かれた吉田、
「‥‥わかんだけどよ。どう表現すりゃいいんだ?」
違和感を感じ取れたらしいが、言葉で言い表わすのは難しいようだ。
「あ、そっか。んじゃ、ちょっと下がっててね」
そして平井は一枚の羽根を放り投げ、それが中空で銅鏡へと変わる。
「『出ろ』」
そして地に着く寸前で展開し、御崎市を細部に示した箱庭となる。
「これ‥‥『玻璃壇』ね」
マージョリーが、初めて見るそれに反応し、思わず感嘆の声をあげる。
「はりだん?」
佐藤が、"つい"質問してしまう。
佐藤とマージョリーはあの突発的な離脱から、今まで一言も言葉を交わしていなかった。
二人共、子供っぽい意地を張っている。
まあ、仲直りのきっかけにはなるかも知れない。などとマージョリーは思う。
「かなり昔に、"祭礼の蛇"って紅世の王がいてね。そいつが自分の作った『大縛鎖』って都を見張るために作った宝具よ」
「天裂き地呑むってぇ化け物だったんだがな。都作った途端にフレイムヘイズ達に袋叩きにされちまって一発昇天よ! って、"頂の座"の前でする話じゃなかったな」
マージョリーとマルコシアスが大雑把に説明する。
ちなみに、マルコシアスが言い直したのはヘカテーが『トライゴン』をズタ袋に向け、マルコシアスがその気配に反応したためである。
不愉快な事実と、化け物などという不躾な呼び方が気に入らなかったからだ。
いや、そう思っているならその方が"都合がいい"。
いや、悠二の事もあるから何とも言えないところもあるのだが。
「ふぅん。これか」
平井の納得の声でヘカテーが我にかえる。
『玻璃壇』が吉田のイメージを映し出し、違和感の原因たるそれが褐色に光る。
ミサゴ祭り全体に飾られている、はりぼての『鳥』だった。
「さーて、行きますか!」
走る平井ゆかり。撹乱の媒介があの鳥の飾りだとわかったとはいえ、やはりあの『櫓』に敵がいる可能性が一番高い。
奇しくも、あの櫓に至近まで接近した平井が隠密行動をとる事になった(気配は人並み、近づくルートを知っているという事情からだ)。
ちなみに、佐藤もついてきているのだが‥‥‥
「‥‥平井ちゃんは、ただの人間なんだよな?」
さっきから何か変なテンションなのだ。
『‥‥‥そだけど?』
微妙に、佐藤が何が言いたいのかを察して、少し間をおいてから応える。
『ならさ! ただの人間でもさっきの平井ちゃんみたいに力を扱えるって事だよな? この付箋を扱えれば、俺も‥‥‥‥』
「ストップ」
呆れたものだ。
あの鍛練を見せ、現実を突き付けたつもりだったのに、前よりひどくなっている気がする。
効果が無かったのだろうか? いや、効果があったからこそ、"認めたくなくて"抗っているのだろう。
そんな風に、似た立場だからこそ佐藤の心境を理解する平井。
だからこそ‥‥
「佐藤君はさっきの廃ビルに戻って」
今は、連れて行けない。
「な、だって平井ちゃん一人じゃ‥‥俺だって少しは役に‥‥‥」
気持ちはわかる。だが、気持ちだけじゃどうにもならない。
「はっきり言うよ。今の佐藤君に付いて来られても逆に困るの」
立ち直って進むにしても、諦めて身を引くにしても、一度はっきりと思い知るしかない。
思い知った時が、"手遅れ"にならないように、今、言う。
「役立たずでも、ちゃんと自覚してれば邪魔にはならない。手伝える事も、何かあるかも知れない。でもね‥‥‥」
その言葉のショックで立ちすくむ佐藤に、重ねて言う。
自分は、"悠二やマージョリーほど優しくない"。
だから‥‥『憎まれ役』になってやる。
「"身のほど知らず"は足手まといだよ」
「!」
佐藤はその、決定的な一言を受けて、完全に茫然自失となる。
平井は立ちすくむ佐藤を置いて走り去る。
振り向きもしない。
走り去る平井に、立ちすくむ佐藤は、言い返す言葉も、追い掛ける気力も、持てなかった。
「さて、行くか」
「「‥‥‥‥‥」」
いざ行かんとする悠二。
しかし、同伴の二人。
ヘカテーとマージョリーは無言である。
ヘカテーはわかる。
さっきの平井とのやり取りだ。
『ヘカテー、街が大変な事になったら、悲しいでしょ?』
『でも‥‥‥‥』
『今回の目的は、どっちかっていうと"教授"の討滅じゃなくて、この調律を利用したヤバそうな実験を止める事なんだから』
『しかし‥‥‥』
『坂井君!』
『何?』
『これ上手く行ったらヘカテーにご褒美!』
『『ご褒美?』』
『そ! ご褒美! それでいいね、ヘカテー?』
『ご褒美‥‥‥ご褒美‥‥‥はい』
というやり取りがあったのだ。
目が期待に満ち満ちているヘカテー。
(バレないように、こっそり頑張って、ご褒美を‥‥‥)
誘惑に負けて、危険な橋を渡ってしまう自分を許して欲しい。
ちなみにヘカテーは、まだ経験した事の無い触れ合い(キスとか‥‥他はあまり知らない)を期待しているのだが、悠二が(今度、ホットケーキでも焼いてあげよう)とか考えている事は知らない。
だから悠二には、ヘカテーが心ここにあらずなのはわかるが‥‥
変なのはマージョリーだ。
「マージョリーさん。どうかしたんですか?」
「‥‥‥うっさいわね。何でもないわよ」
佐藤と、何か変な感じだったが、どうやらそれだけではないように思える。
だがまあ、本人が話す気が無いなら仕方ない。
「それじゃ、カムシン。吉田さんを頼むよ」
友達をこいつに預けるのはどうにも心許ないが、シャナは『街の外』から来ている新たな気配(平井が櫓で"教授"のただ一人の燐子、『ドミノ』と遭遇している事から、教授本人と思われる)。
それの迎撃に向かったし、すでにメリヒムとヴィルヘルミナも各々の配置に向かっている。
不服だが、こいつに任せるしかなかった。
それに、今は何より平井が心配である。
気配を持つ自分達が同伴しては、逆に危険だし、この状態での『気配隠蔽』はロクな効果が出なかった。
佐藤がついていったはずだが‥‥大丈夫だろうか。
「悠二、行きますよ」
心配する悠二、そしてマージョリーの手を引き、ヘカテーが飛ぶ。
平井が心配なのはヘカテーも同じ。
だからこそ、平井が上手くやった時に、すかさず『櫓に攻撃しなければならない』のだ。
飛び立つ三人。
残されたのは吉田とカムシン。
「‥‥‥ああ、ゆっくり話す暇もありませんでしたが、幸か不幸かはわかりませんが。どうやら坂井悠二君はただのトーチとも違ったようですね」
現状、自分のする事が無くなって、ようやく自分が巻き込んだ少女に気を遣うカムシン(ちなみに、マージョリーやヴィルヘルミナから、『封絶が使えないから、"何もするな"』と言われた)。
「みてーだな。なーんか、『散りゆく花のように』の方がまだ勝率高かったような気もするけどな」
吉田のその言葉に、さすがのカムシンも少々呆気にとられる。
「‥‥‥おかしな人ですね。あなたは」
「単なる『恋愛至上主義』だよ」
カムシンの、何とも言えない心境で言った一言に返す吉田。
『愛』
それは、カムシンにもわかる。とても、とても懐かしい想い。
自分を看病し、助けてくれた。
自分の"唯一の持ち物"である父を喰らおうとした。
自分が、殺そうとした。
自分を、殺そうとした。
戦った。殺し合った。数百年も。
そして最後に、抱きしめ合う中で自分が殺した。
"大好きな怪物"
互いに互いを想い。
それでも、『良かれと思って』殺し合った。
そこに、矛盾は無い。
いや、そもそも理屈すら存在しない。
自分は知っている。
それが『愛』だ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
今、隣にいる少女から、久しぶりにその想いを深く思い出させられ‥‥
フードを深くかぶり直した。
そのうちに、ほんの微かな微笑みが、ある。
(あとがき)
サクサク終わらせるつもりだったのに、なかなか長引きます。
原作のここら辺が二冊分だから仕方ないと言えば仕方ないんですが。
ところで、前作『水色の星』と合わせ、この話で百話に達しました。
これを機に、この作品を読んで下さる皆様に感謝を述べたく思います。
いつもありがとうございます。