河川敷にほど近いベンチに、今はその長い髪を黒に冷えさせる少女が一人。
シャナである。
マージョリーによると、街の外に出ようとすると、あの『撹乱』が発動して、飛ぶどころではないらしい。
この『撹乱』の大元らしき櫓と鳥は、他の仲間達に任せて、自分は街の外から迫ってくる"探耽求究"の対処が担当だ。
街の外に出られない以上、今は待つしか出来ない。
櫓との距離も離れているから、作戦が上手く行っても街の外に出られるようになる可能性は極めて低い。
だから、自分はいざ、"探耽求究"がこの街に着き、直接何かやらかそうとした時にそれを止める。
仕掛け自体は崩すつもりなのだから、この待機は念の為、とも言えるが、相手は強大な力を持つ紅世の王である。
油断は出来ない。
「‥‥‥‥‥‥」
ふと、この可笑しな状況に想いを馳せる。
撹乱だらけの御崎市、の事ではない。
普通は一人一党のフレイムヘイズ達が、知らぬ間にたった一人のミステスの決めた作戦の方針に沿い、行動している事だ。
『調律』の協力者に、街の違和感を感じ、映しとってもらう。
それも、坂井悠二以外に気づく者はいなかった。
そして、櫓の撹乱の突破には平井ゆかりの協力が採用。
「‥‥‥‥‥‥」
誰かと一緒に戦う。
フレイムヘイズになる前、憧れていた。夢見ていた。
ヴィルヘルミナを連れて、シロと一緒に徒と戦って旅をする。アラストールのフレイムヘイズとして。
それは、そのあり得ないはずの夢は、現実のものとなった。
現実となり、それだけに留まらない。
この街にいるミステスの監察。それが結果的に自分にもたらした、『フレイムヘイズ以外の事』。
ヴィルヘルミナと、シロと、アラストールと、そして、新しく出会った、"そのままの自分に"接する者達。
今まで自分が知らなかった事、知ろうともしなかった事が、使命そのものである自分を取り巻き、固めて行く。
悪くない、いや、正直に認めて、温かい気分になれる。
でも、いや、だからか。
「‥‥‥‥ふぅ」
ヴィルヘルミナとシロが、街中に待機している。
そして、坂井悠二達も、櫓の対策に向かっている。
自分はここに一人。
いや、アラストールと二人。
皆と離れている。
それだけの事が、何故か無性に寂しかった。
少し前まで、それが当たり前だったというのに。
「ねえ、アラストール」
「何だ?」
胸の上のアラストールに話しかけ、それに返事が返る。
それが少し嬉しくて、少女は他愛無い会話を続けた。
少し、ほんの少し前までなら、そんな"不必要な"会話をする事も無かった。
その事に少女が気づくのは、夢中になって喋り続けた後だった。
ミサゴ祭り中心の櫓に、撹乱を受けないギリギリの至近まで近づいた影が三つ。
悠二、ヘカテー、マージョリーである。
しかし‥‥‥
「‥‥‥あんた、そのお面は何のつもり?」
「ヘカテー?」
マージョリーと悠二の疑問に応えるのは、
「ヘカテーではありません。私はヴィルヘルミナ・カルメルで‥‥"あります"」
キツネのキャラクターのお面をそこの屋台で購入したヘカテーである。
何故にこの状況でヴィルヘルミナの真似などしているのか?
「こんな小っさい『万条の仕手』、見たことないわよ」
「ヘカテー、遊んでる時じゃないんだよ? わかる?」
そう諭す悠二だが、もちろんヘカテーの方は大真面目である。
顔を『カンターテ・ドミノ』に見られるわけにはいかないのだ。
「私は真剣です。二人共、私は今しばらく、『戦技無双の舞踏姫』となりま‥‥あります。
そのつもりで接して下さいのであります」
「「‥‥‥‥‥‥」」
トンチキなヴィルヘルミナ口調で大真面目に話すヘカテーに、リアクションの取れない二人。
「それから悠二、炎は使わないように。マージョリー・ドー。よろしくお願いしあります」
‥‥‥まあ、いいか。
それにしても、炎を使うな? そういえば悠二の発案した『もう一つの打開策』を全力で拒否していたが、何か事情でもあるのだろうか。
「‥‥‥‥‥‥」
「マージョリーさん?」
ヘカテーの言葉に、マージョリーは反応しない。
いや、反応しないというより‥‥‥何か、おかしい。
悠二が訝しそうにマージョリーを見る。
その視線に、居心地が悪くなったのか、
「‥‥‥わかったわよ。要はユカリの栞に、収束する一発をブチ込みゃいいんでしょ?」
頭をがしがしと掻きながらそう言う。
実のところ、今のマージョリーは、戦意、戦う理由を完全に見失っていた。
何をしたくて、何のために、今、何をやっているのか、自身でわけがわからなくなっている。
実際に戦いが始まっていると言うのに、『弔詞の詠み手』の戦意の証たる炎の衣『トーガ』が纏えず、得意の『屠殺の即興詩』が"浮かばない"というのが、今の状態の深刻さを如実に物語っていた。
今も、
(そのくらいなら‥‥謳えなくても‥‥‥)
という若干複雑な想いで、ヘカテーの頼みを了承したのだ。
「!」
「来た!」
「むむむ、来たなフレイムヘイズどもー! んもー、ここまで来たらおとなしく滅びを待ってりゃいいものを」
櫓の中、街中に仕掛けた『我学の結晶エクセレント29147-惑いの鳥』を操作しているドミノがぶつぶつと言う。
先ほども何か、干渉の自在法を使っていたようだが(位置的に見えなかった)、性懲りもなく、と思う。
「うん?」
目の前のフレイムヘイズ、と、何だろう。
お面をつけた小柄なのと‥‥ミステスが浮いている。
さらに、
「おんやー?」
櫓の側に、また人間が迷い込んでいる。
脅かして追い払っても追い払ってもまたすぐに平静に戻ってしまう。
面倒くさい。
「ガオー! 人間めー! 早くどっかに行かないと食べちゃうぞー!」
櫓に付けられた大窓から顔を出して脅かす。
が、
「ちょっと待って下さい。もうちょっとで終わりますから」
その人間、少女は逃げるどころか、せっせと、ペタペタと櫓に何か貼りつけている。
そういえば、さっきもこの娘いたような‥‥
「じゃ♪」
「あ、はい、さようならでございますです」
もう用は済んだらしい。
回れ右して駆ける。
まったく、フレイムヘイズが来ているというこの忙しい時に変なのを貼りつけないで欲しい。
群青色の栞なんて、櫓に合わない。後で剥がしておかないと‥‥‥って、
「撃ってきたぁ!」
フレイムヘイズが群青の炎弾をこちらに放つ。
すぐさま、撹乱を使って、その攻撃をねじ曲がら‥‥‥
「ない!?」
ドォオオオン!
「んギャァアー!」
「よし!」
作戦成功。
平井が付けた目印に、マージョリーの炎弾が、まるで磁石の引き合うように吸い寄せられ‥‥そして命中。
「んギャァアー!」
何やら、櫓からコミカルな叫び声が聞こえる。
例の、『お助けドミノ』だろうか?
「もう一丁、行くわよ」
「ただの櫓にしちゃやたら頑丈だしな、ヒヒッ」
コミカルな叫び声を上げた櫓に、マージョリーが再びの炎弾を放つ。
が、妙だ。
彼女にしては随分と控え目な攻撃である。
「ひゃわぁあー!」
再び叫ぶ櫓。
「ううっ‥‥! ふっ、フレイムヘイズめぇ〜〜!」
涙声なんだけど。
「こーなったら〜‥‥」
? 何だ?
「変形開始!」
言葉の通り、櫓がガシャガシャと姿を変えていく。
まるで変形ロボットだ。
(っ! まずい!)
でかい。
元々大きな櫓に、やたらと細く、長い手足が備わり、広場にそびえていく。
平井が‥‥逃げ切れていない。
(やば‥‥‥)
背を向け、走る平井。
後ろからの奇妙な音に振り返れば、巨大な、暴れる鉄の足が迫っている。
櫓が変形するなど、予想外もいいところだ。
無理だ。躱せない。
悠二も、ヘカテーの言い付けを破り、炎弾を放とうとして思う。
無理だ。間に合わない。
そして、迫る鉄の足が‥‥‥‥
ドォン!!
弾き飛ばされる。
水色の光弾によって。
「‥‥‥ヘカテー」
「ヴィルヘルミナ・カルメルで"あります"」
危険をおかし、親友を助けた少女はやっぱりシラを切る。
(あっぶなー!)
ヘカテーに窮地を救われ、その機に走り去る平井。
佐藤を連れて来なくて良かった。とさりげなく思う。
もし蛮勇に駆られ、あの場に踏み留まっていれば、ヘカテーの援護でカバーしきれはしなかっただろう。
そんな事を思いながら走り、何とか逃げ切る。
「カルメルさん! 作戦成功! 上手くいきました!」
手にした通信用の栞に叫ぶ。
自分が危機一髪だった事は言わない。
今、伝えるような事ではない。
《了解。では私と"虹の翼"は、所定の通りに行動するのであります》
栞から、返事が返る。
「では、始めるのであります」
「‥‥何故俺がお前と組まねばならん」
街中、悠二達とは別位置、最も鳥の飾りが集中している大通りに待機していたヴィルヘルミナとメリヒム。
この組み合わせにメリヒムは文句を言っているが、悠二には、封絶が使えず、攻撃が逸らされるようなこの状況でメリヒムを一人で行動させるつもりはさらさらない。
下手に『虹天剣』など使われてはたまらない。
ヴィルヘルミナはメリヒムのお目付け役も兼任である。
「む」
「!」
そんな二人の周囲で、はりぼての鳥達が、馬鹿みたいに白けた緑に発光し、飛び立つ。
まるで本物の鳥のように。
「櫓を攻撃すれば撹乱の媒介をそこに集中させる。
坂井悠二の読み通りだったという事か」
「そのようでありますな」
そして二人は立ち上がる。
メリヒムはその右手に細剣を下げ、ヴィルヘルミナはその顔を仮面で隠す。
「行くぞ」
「ええ」
『大戦』では、敵として戦った。数百年、言葉も交わさず共に過ごした。
しかし、初めてだった。
この二人が、剣の向きを揃えるのは。
とぼとぼと、あり得ないほどにゆっくりと、佐藤啓作は歩を進める。
(足手‥‥まとい)
今まで、決して認めたくなかった。口に出す事は禁忌とさえしてきた言葉。
それを、はっきりと言われた。
他でもない。"自分と同じ"でありながら、自分より深く紅世に関わってきた平井ゆかりに。
平井は、自分を心配して、しかしそれだけではない。
はっきりと、『邪魔』だと言ったのだ。
(俺は‥‥どうすりゃいいんだ!?)
心中で叫ぶ彼の問いに、当然答えは返らない。
(あとがき)
七章、あと二、三話で終わらせられると良いなぁと思う今日この頃。
すでに百話を超えたわけですが、完結まで書く事が出来れば何話になることやら。
ちなみに、今のヘカテーの愛称はヘカテルミナでお願いします。