《カルメルさん! 予定通りです! 鳥ケラトプス、集まってきます》
「それを言うならプテラノドンでありましょう」
「翼竜」
「‥‥‥素直に鳥だと言えんのか」
ヘカテー達の襲撃を受けたドミノ、自分の下へと『惑いの鳥』を集結させ、『撹乱』で身を守るつもりである。
その鳥を何とかするのがヴィルヘルミナとメリヒムの担当だ。
「坂井悠二達が櫓を攻撃し、敵が撹乱に気を回せぬうちに破壊するのであります」
「言われずともわかっている!」
櫓を目指す鳥に向け、細剣をかかげ、飛ぶメリヒム。
万一の危険を考慮し、『虹天剣』は使わない方針になっている。
だが‥‥
(『虹天剣』だけが芸じゃないから‥‥な!)
「っは!」
ギュィイイイイン!
細剣が高速回転し、さらに、切っ先から七色の炎が溢れだす。
虹の炎は渦を巻き、細剣の切っ先を先頭に、メリヒムの刺突を巨大なドリルと変え、鳥達を呑み込む。
本人はかっこいいつもりらしいが、傍で見ていたヴィルヘルミナの感想は‥‥‥
「‥‥美味しそうでありますな」
「虹氷果」
レインボー・ソフトクリームである。
「教授ー! 助けてー! 『弔詞の詠み手』と変なミステスと青っぽい『万条の仕手』がぁー!」
「新・ヴィルヘルミナ・カルメルであります」
櫓ロボの周りを、悠二達は飛び交う。
しかし、ヘカテーのトンチキな変装が通用している。
何で変装なんかしてるのかは知らないが、やるだけやってみるものである。
「はあっ!」
手にした『吸血鬼(ブルートザオガー)』を、櫓ロボの腕に叩きつける。
ガァアン!
硬い。
斬れない事は無いが、深くない、斬り落とせない。
「っこの!」
マージョリーも、さっきから炎弾しか使わない。
いや、あれは‥‥
(使え‥‥ない?)
力の顕現が弱々しく、ひどく不安定だ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
彼女の戦意を喪失させる原因、心当たりはある。
むしろ、原因は自分であるとさえ言える。
だったら、
(僕が何とかしなくちゃ)
(ったくもう! 何だってのよ!)
悠二の察した通り、戦意を、戦うための力を失っているマージョリー・ドー。
実際に戦いになれば、また体の奥から殺意が、戦意が湧いてくるかと僅かに期待していた。
だが、結局何も変わらない。
戦いの場において、今の自分はこれほどに空っぽだ。
(まったく、情けないったらないわね)
自嘲気味にそう思う。
くいくい
そんなマージョリーの袖が、軽く引かれる。
キツネのキャラクターのお面を着けた少女。
"頂の‥‥"いや、ヘカテルミナか。
「‥‥‥‥‥‥‥」
もはや不調を全く隠せていないマージョリーを見つめるヘカテー。
マージョリーは、他のフレイムヘイズと違って鍛練に参加していないがため、ヘカテーと接する機会はそう多くない。
だが、ヘカテーはマージョリーの事を実は結構気に入っていた。
あのプール後の宴会や、今までのわずかな触れ合いの中で、マージョリーの意外と面倒見のいい人柄を感じ取っていたのだ。
悠二や平井や千草の例にもある通り、ヘカテーは包容力のある人物を好む。
「マージョリー・ドー、戦えないならば‥‥」
そして、ヘカテーは素直だ。思った事を口に出し、その淀み無い意志で行動に移す。
「あなたも守りま‥‥あります」
「は?‥‥‥あんたが‥‥私を?」
「はい」
(‥‥‥ヘカテー)
そんなヘカテーを悠二は嬉しそうに見る。
変わったな。と思う。
出会った時は、少なくともフレイムヘイズを助けたりするような子じゃなかったように思う。
まあ、いつ変わったかは明確にはわからないだろう。
彼女は日常で、自分達と過ごした日々の中で少しずつ変わっていったのだから。
そんな感慨深い想いを感じる悠二。
それとは裏腹に、マージョリーはわけがわからない。
何で、戦意を喪失して戦えなくなっている自分が、あまつさえ徒に助けられねばならないのか。
痛烈な皮肉にさえ思えたが、そんな子ではない。
どこまでも純粋な気持ちから言っているのだろう。
だからこそ、何も言えない。
よろしく頼む、などと言えるわけがない。
だが、虚勢を張るにも、今の自分は現にこの様だ。
ヘカテーに返事が出来ないマージョリー。
そして、そんなマージョリーを見るヘカテー。
二人が"大切な"会話をしている僅かな時間、櫓ロボと戦う悠二。
三人が三人共、気づく。
「「「!」」」
街に、巨大な気配が入り込んで来る。
"探耽求究"ダンタリオンである。
「ああ、来たようですね」
「ふむ、相変わらず騒がしい気配じゃ」
廃ビルに待機していたカムシンも、当然この気配に気づく。
「お嬢ちゃん。もう一度、イメージしてもらえますか?」
そして、この自在法の正体を、今の現状なら把握出来ないかと考える。
「‥‥いーけど、てめえは箱庭向いて振り返んなよ」
そんなカムシンの要求をあっさり飲み、再び『カデシュの心室』に入る吉田一美。
そして気づく。
新たに街に現れた『それ』は違和感どころではない。
歪みを正し、違和感を無くす『調律』と正反対のもの。
歪み、呑み込み、消滅させる力そのものだった。
そのイメージは、そのまま『玻璃壇』に映し出される。
「な! これは‥‥『逆転印章(アンチシール)』!」
「ふむ、常々信じられん事をする奴じゃと思っとったが、今回はさすがに呆れたわ」
二人の『儀装の駆り手』が、驚愕する。
教授の実験しようとしているのは、カムシンの『調律』の逆転。
歪みを正す自在式を乗っ取り、正反対に作用させ、歪みを加速度的に増長させる。
それは、すでに大きな歪みを持つ御崎市にとって、『消滅』を意味していた。
だが、教授は実際に試し、目にしたものしか信じない。
危険だろうが迷惑だろうが、興味さえあれば何でも試すのだ。
この、歪みの極大化が起こす未曾有の事態に、"自分も巻き込まれる"と知っていて、それでも構わず実験する。
変人の変人たる所以だ。
「‥‥‥『弔詞の詠み手』」
考えるのも数秒、すぐに行動を決める。
「櫓はどうですか?」
《ちょっと待ちなさいよ! 変なロボットに変形して‥‥わっ!》
どうやら、てこずっているらしい。
‥‥‥仕方ない。
窓(のような穴)から飛び出し、隣の廃ビルに着地する。
「ああ、事情が変わりました。少々荒っぽくなるかも知れませんが‥‥‥」
背にした鉄棒を振り回し、ドン! と下に突き立てる。
「今から私も出ます」
「来た」
髪を瞳を紅蓮に燃やし、シャナは飛ぶ。
その背には、中国で新たに身につけた力である紅蓮の双翼がある。
そしてその目に映るのは‥‥‥
「列車!?」
線路を通り、怪物列車、『夜会の櫃』がやってくる。
街中に仕掛けた『惑いの鳥』、奪ったカムシンの血印、そしてこの最後のピースである『夜会の櫃』がそろった時、歪みは極限まで膨れ上がり、この街という存在そのものの"完全消滅"が訪れる。
大太刀、『贄殿遮那』をかかげ、少女は怪物列車に挑む。
「『儀装』」
廃ビルの一室に一人、カムシンは唱える。
「『カデシュの血印』、配置」
言い終わると同時に、部屋の床に壁に天井に、『調律』の際に街に仕掛けたのと同じ自在式が無数に生まれる。
「起動」
そして、褐色の心臓、『カデシュの心室』がカムシンを包む。
「『カデシュの血脈』を形成、同調」
部屋中の『カデシュの血印』から炎が伸び、褐色の心臓へと繋がる。
そして‥‥‥
「展開」
「うそだろおい!」
カムシンが飛び込んだビルを見ていた吉田の前で、ビルが爆発した。
かに見えたが、土煙を巻き上げ、中から現れた"それ"は、ビルの上層部分をまるごと"使った"『瓦礫の巨人』。
爆発したのではなく、『作り出した』のである。
重々しくも滑らかに動かされたその腕が、心臓に位置する場所から出てきた鉄棒、『メケスト』を掴む。
さっきまであんなにごつく見えていたあの棒が、まるでエンピツだ。
「ああ、お嬢ちゃん。これは元々、棍でもマーキングの道具でもなく‥‥」
吉田の心を読んだかのようなタイミングで語る、巨人の中にいるカムシン。
そして、メケストに、褐色の炎で連なる瓦礫が集まる。
「『鞭』です」
言った通りの瓦礫の鞭を振り上げ、その先端の瓦礫が切り離され、褐色の炎を噴いて遠く離れた櫓に向かって飛んでいく。
自在法・『ラーの礫』である。
真っ直ぐに、櫓を目指して飛んでいく。
ギィイン!
櫓ロボと戦う悠二。
ヘカテーの事情はよくわからないが、"教授"も近づいている。
『蛇紋(セルペンス)』で一気に破壊してしまった方がいいだろうか。
マージョリーは今、飛びくる『鳥』を次々に破壊している(今の状態では、それが適任である)。
ある程度の数が揃えば、再びあの『撹乱』が櫓を守るだろう。
そうなれば、また平井が近づけるわけもない。
櫓は完全防御となる。
だから鳥の破壊の方が優先される。
マージョリーが近づく鳥を破壊し、その間にヴィルヘルミナとメリヒムが全ての鳥を破壊する。
だからドミノの相手は悠二とヘカテーがしているのだが、ヘンテコロボットとはいえ、『吸血鬼』だけでこの巨体と戦うのはきつい。
「ん?」
何か、向こうから飛んでくる。
ドォオオオン!!
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
瓦礫、コンクリートの塊、それが猛スピードで直撃。
櫓にではない。
悠二の目の前の地面にである。
この色、カムシンか。
なるほど。
マージョリーやヴィルヘルミナが封絶無しであいつを戦わせたくなかった理由がよくわかった。
思う間にもう一つ。
「「ぎゃあー!」」
悠二とドミノ、揃って叫ぶ。
「殴る! あいつ絶対あとで殴る!」
破滅を連れて、列車は走る。紅蓮の少女は、それに相対する。
(あとがき)
全然サクサク行けませんでしたが、あと一、二話で終われそう。
明日は更新出来そうにないから、これが今年度最後の更新。今年最後の、読んでくれてありがとうございます!