「効くかな?」
「試してみるが良い」
二人で一人の『炎髪灼眼の討ち手』は、目の前の怪物列車相手に短く確認しあう。
先ほど、カムシンから『実験』の概要は聞いた。
絶対に阻止せねばならない。
「燃えろ!」
大太刀・『贄殿遮那』を振り上げ、その刀身から溢れる炎を紅蓮の大太刀へと変え、撃ち放つ。
それを受け、しかし怪物列車・『夜会の櫃』の"先頭部分は"焼け焦げない。
後部車体のみがこんがりである。
どうやら、先頭部分を守ったのはあの馬鹿のように白けた緑の自在式によるものらしい。
《っなぁーんて、デンジャァーラスなことをしてくれるんですかぁーー!?》
耳が痛くなるような声がスピーカーから聞こえ、列車の天井が開き、パネルがせりあがって、中から運転席と‥‥運転手が出てくる。
「‥‥‥何でわざわざ危険な外に出てくるの?」
「理屈を問うな。そういう奴なのだ」
シャナとアラストールが若干呆れる間にも、教授は額にあったメガネをいそいそと掛け直し、
「こぉーれで勇気百倍視力十倍! んん、んんんー?」
そして、眼前の、列車の車体に降り立ったのシャナを発見し、ビシィッと指差す。
「なぁーんてことをしてくれるんです!? 真っ正面からぶち当たらないから後部車体が焦げてしまったではあぁーりませんか! そぉーもそも‥‥‥‥‥」
何やら文句という名の演説を始める教授を、当然シャナは待たない。
腰溜めに『贄殿遮那』を抱え込み‥‥‥
「この『夜会の櫃』は『逆転印章(アンチシール)』発動の最後のピィースでさえあるデリケェートな‥‥‥‥」
神速で教授に突っ込む。
教授に存在の力の集中、自在法発現の予兆は見られない。
しかし‥‥
ガシャッ
「な‥‥‥うあ!!」
車体の一部が突然開き、現れた巨大なハンマーがシャナを殴りつける。
列車から放り出されそうになり、必死に列車の端を掴んでこれに耐える。
「油断するな。皆、奴の外見に騙される。いや、中身も見た目そのままなのだが、意表を突くという事のみならば指折りの『王』なのだ」
「ごっ、ごめんなさい」
契約者に短く謝り、教授に向けて刃を向け直す。
その胸に、この街に暮らす少女として、この企みを阻止したいと願う気持ちがある。
だがそれは、使命遂行と同義なため、『完全なフレイムヘイズ』の妨げにはならない。
「ふーふふふふ、『逆転印章(アンチシール)』発動までの暇潰しにちょぉーどいいですねぇー。 少しの間遊んであげましょぉーう!」
ご自慢のハンマーの成功に、教授は得意満面に腰に手を当て、偉そうに宣戦布告する。
「‥‥‥‥‥‥‥」
ちょうどいい。
この街に来てから、知らなかった事をたくさん知った。
嬉しい事も、楽しい事も知った。
だが、妙にイライラする事もよくあったのだ。
それら使命以外のものを、使命に混ぜて、少女は吠える。
「"全部"焼き尽くしてやる」
「教授ー! 早く来てー! いくら私でも『ラーの礫』が直撃したら持ち堪えられませんよー!!」
《っなぁーにを泣き言を言っているんですぅー? おまえはそれでも私の助手ですかぁー!?》
「助手だろうと怖いものは怖いんでございますでひはいひはい」
『我学の結晶・エクセレント7931・阿の伝令』ごしに、情けない助手・ドミノはマジックハンドにつねりあげられる。
《『我学の結晶エェークセレント29147・惑いの鳥』を最低限残して集めろと言ったではあぁーりませんか! 何をやってるんです、ドォオーミノォー!?》
「でもさっきから全然『惑いの鳥』が集まらないんでございますでひはいひはい」
またつねる。
《とにかく! 何としても逆転印章(アンチシール)発動まで持ち堪えるんでぇーすよぉー?》
そしてブチンと通信が切れる。
「そ、そんなぁー、教授〜!」
泣き言を言うドミノの目に、足の裏から褐色の炎を吹き上げて飛んでくる『瓦礫の巨人』が映る。
そして見る間に目の前までやって来て、着地。
その巨腕を振り上げ‥‥
ゴォオオン!!
櫓ロボを殴りつける。
「や、やったなぁー!」
ドミノもそう簡単にやられはしない。
彼は、世に名立たる偉大なる超天才にして、真理の肉迫者にして、不世出の発明王にして、実行する哲学者にして、常精進の努力家にして、製法建造の妙手にして、お料理お裁縫もちょっと上手い紅世の王・"探耽求究"ダンタリオンの助手なのである。
「ガァオォー!!」
櫓ロボの四本足のドロップキックが瓦礫の巨人を襲う。
四本全てを防ぐ事が出来なかったカムシンは倒れるが、当然のようにドミノも倒れる。
ドミノが前もって周囲の人間を追い出していなければ何人犠牲者が出ている事か。
櫓周りで踊りが行われるのがミサゴ祭りの恒例の行事であり、今、戦場は都合良くだだっ広い空間が出来ている。
もちろん、戦いが長引けば危険な事は言うまでもない。
「‥‥‥どこのロボット大戦だ」
などと呑気に感想を漏らす悠二の袖を、ヘカテーがつまむ。
「悠二、"あれ"をやりましょう」
カムシンから実験の概要を聞いたヘカテー。
この街を、自分にたくさんのものをくれて、これからもくれるはずの街が消える。
看過出来るような話ではない。
「いいの? ヘカテー」
悠二は控えめに訊く。
ヘカテーの言う"あれ"とは、悠二が考えついた時にヘカテーが頑なに拒んだ作戦の事である。
しかし、ヘカテーはコクリと頷く。
教授がもう街に入って来ていて、まだドミノも何とか出来ていない。
もはや手段を選んでいられる事態ではない(ヘカテーはシャナをあてにしていない)。
それに、もう色は見られている。
(悠二の炎さえ隠せば、きっと大丈夫)
そう思い、悠二の手をそっと握る。
『器』を合わせる。
「‥‥わかった。マージョリーさん!」
「ああ、そういやあんたは炎の色、見せちゃダメだったんだっけ? ま、それくらいならいいけど‥‥ね!」
悠二の呼び掛けに応え、天に向けたマージョリーの指先から群青の自在式が街に広がる。
悠二が先刻使ったものと同タイプの、使用者以外にも感じ取れる『探知』の自在法。
広がり、跳ね返る波紋が、先ほどまではわからなかったが、今は飛んで、力を発現しているがために浮き彫りになった『鳥』の気配を悠二に、そしてヘカテーに伝える。
「攻撃は全て真上から」
ヘカテーが、
「威力は鳥を壊して、でも貫通しない程度」
悠二が、これから行う攻撃の微調整を声に出して確認する。
「悠二の炎弾は‥‥ダメです」
「わかってるよ」
心配性な少女にクスリと笑い、感覚を研ぎ澄ませる。
そして‥‥‥
「っはあ!」
かざした左手から、紅蓮の炎弾が放たれる。
「むぅーだむだぁ!」
しかしそれは、突然現れたマジックハンドに握られた中華鍋によってあっさり阻まれる。
どころか、その内に紅蓮の炎を暴れさせたまま、シャナに襲いかかる。
「くっ!」
シャナは炎を内包した鉄塊を回避し‥‥
「こーの"我学の‥‥"」
すぐさま、懲りずに自慢話を始める教授に斬り掛かる。
しかし‥‥‥
ツルッ!!!
その中途で何かを踏み、次の瞬間縦に三回転するほどに豪快に転ぶ。
「ェエークセレントォー!! この超絶的によく滑るバナナの皮の実験も着々と進んでいるようでなぁーによりです!!」
そして、バナナの皮に転んだ少女を‥‥‥
ぽちっ
手元にあったボタンを押す事で開いた『落とし穴』にご招待する。
「つぅーづいて! 『我学の結晶エェークセレント29004・毛虫爆弾』!」
そして再びぽちっと。
何やら列車内から少女のヒステリックな叫びが聞こえてやかましいが、中のフレイムヘイズが使う炎はジェット噴射のように『夜会の櫃』を加速してくれる仕組みとなっている。
「さあ行くのでぇーす! この世の真理を知るために!!」
教授と、とてもとても可哀想な少女を乗せて、列車は破滅を運んで行く。
「『星(アステル)』よ」
悠二とヘカテー、二人の繋いだ手元から、水色の光弾、針のように小さく細いそれが空に昇り‥‥
((行け!))
街へと降り注ぐ。
その光弾は、街を飛び、メリヒムとヴィルヘルミナが破壊し、今もまだ百の単位で残る『鳥』達。
それらに正確無比に降り注ぐ。
動いていようと、その動きを捕捉し、確実に射ぬく。
以前、"愛染の兄妹"との戦いで見せた、悠二とヘカテーの『器』の共有による連携。
しかも、以前とは違い、悠二も"ヘカテーも"成長している。
マージョリーの『探知』の力も加え‥‥‥
ほんの数秒。
全ての『惑いの鳥』は砕かれた。
(あとがき)
新年あけましておめでとうございます。
次でエピローグの予定。いや、まず確実にエピローグです。
長かったなあ。七章。
何はともあれ、今年もよろしくお願いします。