「やっ‥‥たのか?」
鳥の破壊担当だったメリヒムが呆けたように言う。
当然といえば当然だ。
街中を飛び交う数百にも及ぶ鳥達がほんの数秒で、しかもまるで周囲に被害も無しに破壊されたのだから。
もっとも、メリヒムが『これ』を見るのは二度目だが。
「‥‥‥私達は一体何のためにここに配置されたのでありましょうな?」
「‥‥‥言うな」
実際の所、最初から『これ』をやっていれば問題解決だったのだが、全てはヘカテーの個人的事情である。
だが、メリヒムとヴィルヘルミナは無論、その理由を知らない。
「やれやれ」
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「今のはお前か? ヴィルヘルミナ・カルメル」
「私ではないのであります。確か以前にもこのような事が‥‥‥」
「だが、女の声だったぞ」
「確かあれは『弔詞の詠み手』との戦いの後であります。どこからか知れず『やれやれ』と‥‥」
「錯覚」
「‥‥‥ティアマトー?」
「‥‥‥"夢幻の冠帯"、まさかお前が‥‥?」
「超錯覚」
「ティアマトー? 進化したのでありますか!? ティアマトー!?」
「激烈錯覚!」
成長したのは、何も悠二だけではない。
「よし」
未だ残る『探知』の余韻、そして手応えで全ての『鳥』を破壊した事を悟る悠二。
これでもう列車も櫓も関係ない。
『鳥』で撹乱を使っていた櫓は操るべき『鳥』がもう無い。
列車の方も、『逆襲印象(アンチシール)』とやらの最後のピースだったらしいが、他のピースは全て壊した。
もうどうやっても『逆襲印象(アンチシール)』は発動しない。
(あとは、"教授"とドミノだけか)
「ッノォオオー!! 何ぁんて事ですかぁあー!? 私の我学の粋を結集させた『逆襲印象(アンチシール)』の布石がぁあー!!」
『夜会の櫃』に乗り、紅蓮の爆火で加速していた教授が、自らの実験の失敗を悟って叫ぶ。
《教授ー! どうするんでございますかぁー!?》
「そぉーもそも奴は何をやっているんです!? 何のためにあぁーんなナァーンセンスな男を雇ったと思ってるんでぇーすかぁー!?」
《‥‥‥自分も巻き込まれるのに気づいて逃げたんじゃあひはいひはい》
『阿の伝令』越しに正論を言う助手を、これまた『阿の伝令』越しにつねりあげる。
「こぉーなったらアレです!! アレをやりますよ、ドォォーミノォオー!!」
《はいでございますです教授! 必殺技ですね》
「そう! 我々のひぃーさつわざを使うんでぇーすよぉー!?」
助手のナァーイスな呼称に、満足気に合わせる教授であった。
「爺い! もう『逆転印象』の心配は無いわ。さっさとその櫓潰して終わりよ!」
「ああ、わかりました。手っ取り早く終わらせます」
マージョリーの言葉に、最大の危機を回避したらしいと知るカムシン。
得意の大威力で一気に櫓を叩き潰そうと力を練る。
しかし、その眼前で‥‥‥
「?」
櫓がその四本の足を目一杯踏ん張り、
ばいぃいい〜ん!!
まるでノミのように空高く跳ねる。
あの巨体で、ありえないジャンプ力。
しかも‥‥‥
「あれは‥‥‥」
さらにありえない光景。
怪物列車が、シャキーンと凛々しく、飛行機のような安定翼を広げて、"飛んでいる"。
「‥‥‥何で最初から飛んでこなかったんだ?」
「飛んで見せて、驚かせたかったのでしょう。おじさまはそういう方です」
カムシンからそう離れていない位置で、悠二とヘカテーが呟き合う。
確かに驚いた。しかしそれだけでわざわざ線路を通ってくるとは何とも‥‥
「げ」
「あ」
「え」
「な!?」
マージョリー、カムシン、ヘカテー、悠二、その全員が、完全に、本気で驚いた。
ガチン!!
櫓の足が、
シャキーン!
列車の、変形した部分に接合され、あれはまるで‥‥‥‥
「「「「合体!?」」」」
ドカーン!
四人が言う直後に、無意味に合体した櫓列車の後ろで雷鳴が轟く。
また随分と凝った仕掛けである。
「‥‥‥驚いた」
「流石おじさまです」
何故かちょっと嬉しそうなヘカテー。
何でヘカテーがそのおじさまと仲が良いのか少しわかった気がする。
それはともかく‥‥
「シャナの気配、あの中なんだけど‥‥」
「未熟です」
捕らわれのシャナを未熟の一言で片付けるヘカテー。
いや、確かに見事に捕まっているのだが。
「ッェエークセレントォー!! ドミノ! 次はアレです! アレをやるんでぇすよぉおー!!」
「はいでございますです教授」
言って、櫓の右腕をこちらに向けてくる。
と、同時に、カムシンの『瓦礫の巨人』が、力がため込んでいくのを感じる。
(やばい!)
「ロケットパァーンチ!!」
「『アテンの拳』」
櫓の右腕、『瓦礫の巨人』の右腕、その双方が、肘から褐色と白緑、異なる炎を吹いて飛ぶ。
あんな物が街に落ちたら‥‥‥‥
(!)
途端、街中全てが陽炎のドームに覆われる。
そういえば、もう『撹乱』が消えているのだから封絶が使えても不思議じゃない。
この色は‥‥
「メリヒムか!」
何て珍しい気の利かせ方をするのか、明日は雪が降る。
いや、助かったけど。
ドォオオン!
などと思う間に、『アテンの拳』が櫓のロケットパンチを粉砕し、列車に直撃‥‥しない!?
ねじ曲げられ、街に落ちて行く。
今回の最優秀賞はメリヒムで決定だ。
「むぅーだむだ! この我ぁー学‥‥ん? んんー?」
自分の自在法の自慢をしかけ、教授はようやく封絶の色に気づく。
虹色。
「ん、ん、ん、んー?」
さらに目を凝らす。
遠くから飛んでくるあれは、まさしく『万条の仕手』。
そして、真下の方にいるのは‥‥まさしく小さめの『万条の仕手』。
二人の『万条の仕手』、そして『虹の翼』。
「ふっふふふふふ! ドォォーミノォオー!」
「はい教授! 何でございますか!?」
「こぉーれはまさしく! 何らかのミィーステリアスな事象を経て蘇った"虹の翼"と! 人間としての未来を失ったはずのフゥーレイムヘイズとの間にこぉーだからが恵まれたという、まさにエェーキサイティングな事件という事でよろしいんですねぇえー?」
「そ!? それはホントでございますですか教授!?」
「確証はあぁーりません! だからこそ捕まえて実験実験また実験! さあドミノ! 今すぐ虹の翼ファミリーを捕まえ‥‥‥」
ズガァアン!
新たな研究対象に瞳を輝かせる教授の後方。
その炎を『夜会の櫃』の推進力に活用されていた‥‥
正確には『我学の結晶エクセレント29004・毛虫爆弾』によって炎を使わざるを得なくされていた『炎髪灼眼の討ち手』が、どこまでも物理的な攻撃で列車内から這い出てきた。
髪を振り乱し、着物は着崩れ、半泣き完全逆上のひどい姿である。
「よくも‥‥よくもよくも‥‥‥!」
不味い。
正面からの攻撃でないと、しかもこんな至近で。
ガァアアン!
シャナは、『夜会の櫃』の片翼を、壮絶な怒りの籠もった斬撃でバターのように斬り飛ばす。
まっ逆さまに落ちる櫓列車。
「この‥‥‥‥」
さらにその真上から‥‥‥‥
「大バカァー!!」
灼熱の紅蓮の大太刀が、『夜会の櫃』を見るも無惨な骨組みへと変える。
しかし‥‥
ポヒュン!
まるでUFOのような乗り物に乗った教授と、頭だけのドミノが脱出する。
「今回の実ぃ験は失敗に終わりましたが、新しい研究対象も見つかったのでよぉーしとしましょう。行きますよドォォーミノォオー!!」
そして、圧倒的な速さで逃げ去る。
あまりに咄嗟の事で、誰も反応出来ない。
いや、一人だけ教授の行動を予測していた。
「おじさま!」
ヘカテーである。
「だぁーれがおじさまでぇーすか!? 私は『万条の仕手』を姪に持った覚えは‥‥‥」
「右下の方を見てください!!」
その言葉に従い、操縦席の右下に目をや‥‥
ポチッ
ピッ‥‥ピッ‥‥ピッ‥‥ピーン!
ドッカァアアン!!
UFOは見事に、爆発した。
「‥‥‥何だったんだ? 今の」
意味のわからない教授の突然の爆発に、悠二は傍らのヘカテーに訊く。
「自爆スイッチです。おじさまはいつも操縦席の右下に設置します」
「‥‥‥何で自爆したの?」
「おじさまは自爆スイッチに目が無いからです」
「ヘカテー、よかったの? おじさま爆破して」
「おじさまなら頭があふろになるだけで済みます」
「‥‥‥‥‥‥」
自分の理解を超えた教授の性質を語られ、思わず黙る悠二。
しかし‥‥‥何とも不思議な信頼があるらしい。
トコトコと前を歩くヘカテー。
それを追おうとして、ふと気づく。
『撹乱』はもう無いはずなのに、妙な違和感が無くなっていない。
(後遺症か何かかな?)
あれだけ引っ掻き回したのだから、当然といえば当然だ。
だが‥‥今気づいたが、この感じは、あの『鳥』や列車から感じていたのとは少し違うような気がする。
薄くて、何かモヤモヤしてて‥‥‥
(何か‥‥ヤバい)
この違和感に、たとえようもない危機感を覚え、思わず叫んでいた。
「皆、避け‥‥‥!」
栞に叫ぼうとした悠二の声を遮るように、戦いの終わりに安堵する戦士達を嘲笑うように‥‥
全てが呑まれる。
茜の刃に。
全ては再び、戦いの中へ。
(あとがき)
はい。大方の読者様の予想通りになりました。意外性無くて申し訳ない。
七、八章は初の連章。
では次から、バトル三昧のタン塩‥‥ではなく短章の八章です。
よろしくお願いします。