ギィイン!
サブラクの持つ剣と、大杖『トライゴン』がぶつかり合う。
「ふん!」
サブラクはすぐさま左手にもう一振り剣を生み、刺突を放つ。
それを紙一重で躱し、鍔迫り合いになっていた方の剣を払い、その勢いのまま『トライゴン』の石突きをサブラクの胸に突き立てる。
「ぐっ!」
僅か退き、そのまま片方の剣で"もう片方の腕を斬り落とす"。
「!」
その行動に驚愕するヘカテーの眼前で、斬り落とされた腕が茜の、ジェット噴射のような炎となって、握っていた剣を飛ばす。
「っ!」
至近から放たれたそれを、超人的な反射で弾き飛ばすヘカテー。
しかし、弾き飛ばされた先で、剣が砕け、周囲に無数の剣の雨を降らせる。
「!」
高速の『飛翔』で、建物の間を縫うように飛び、それを凌ぐ。
飛びながら思う。
体術にそれほど大きな差はない。いや、やや、こちらが劣るか。
先ほどの石突き、隙を捉え、かなりの存在の力を込めた。
しかも、自分の腕をためらいなく斬り飛ばし、その腕もまた生えている。
技量よりも、"耐久力"がまるで違う。
それに引き換え、サブラクの『スティグマ』がある以上、こちらは向こうの攻撃が擦るだけで命取りになる。
(接近戦は無謀‥‥)
だが無論、白旗をあげるつもりはない。
(遠距離で仕留める!)
マージョリーはヘカテーとサブラクの戦いを見ていた。
カムシンにはこの戦いを託されたが、やはり戦意が湧いてこない。
「‥‥戦らねえのか?」
そんなマージョリーに、マルコシアスが狙ったかのようなタイミングで言う。
(‥‥"わかってるくせに"言うなってのよ)
などと、勝手だとわかっていながら思う。
「今の私じゃ、足手まといが関の山よ」
「‥‥‥‥‥‥‥」
そんな事をぬかす相棒に、マルコシアスは何も言わない。
今までも、"こんな事"はあった。
何百年も戦いの生を歩んでいるのだ。ずっと心折れずに戦えという方が酷であるし、何よりこの心優しい狼は、そんな"駄々"を契約者に許してきた。
しかし今回は‥‥
あまりに間が悪すぎる。
原因が彼女の存在理由そのものに関わるだけに、生半可な言葉など通じない。
「ケーサク! 聞こえてんの! ケーサク!」
ひとまず、子分を連れて離脱しようと、栞に声を送るマージョリー。
ちなみに田中はデートの最中にこんな事態が起こった以上、もうあの女の子を連れて遠くに離れただろうと決めつけている。
田中栄太という人物をよく理解しているのだ。
《マージョリーさん!? 何なんですかこれ! これが例のフーゼツ!?》
「騒ぐんじゃないわよ。あんた、今どの辺にいんの?」
栞ごしにパニックに陥っているとはっきりわかる佐藤に、先ほど口喧嘩した時の偉そうな態度は何なのかと思う。
「『星(アステル)』よ」
迫りくる炎の怒涛に、明るすぎる水色の流星群が飛ぶ。
(貫け!)
より力を凝縮した光弾の一つ一つが炎を突き抜け、複雑な曲線を描いてサブラクに向かう。
その間にも、ヘカテーは炎の怒涛をその高速飛行で躱し、『トライゴン』をサブラクに向ける。
ドンッ!
"曲線を描いた"『星』とは違い、"真っ直ぐに最短距離を進んだ"不可視の突風が『星』より一拍早くサブラクを襲う。
「ぬぅ!?」
攻撃としての威力など無い突風は、しかし『星』を躱すつもりで構えていたサブラクの動きを一瞬止める。
その一瞬で十分。
ドドドドドン!!
曲線を描いた『星』が全弾サブラクに命中する。
(まだまだ!)
「舞われよ」
水色の閃光み晴れぬうちに、さらなる『星』を放ち、まだ姿も見えないサブラクを逃げ場の無い星天に閉じ込める。
「抱かれよ」
そして、星空がその内に在る全てを圧し潰す。
ドォン!
水色に燃え、サブラクと思われる『それ』はビルの屋上に轟音を立てて落下する。
我ながら上手くやれたものだ。
あれほどの使い手相手なら、その実力を発揮する間もなく倒してしまうのが一番いい。
迂濶な攻めでも無かった。隙を見せず、対処の難しい攻撃で畳み掛けた。
自分でも及第点。後で悠二に褒めてもらおう。
そんな事を"呑気"に考えるヘカテーの直下、たった今サブラクを仕留めたはずのビルの屋上から‥‥
「!」
茜の怒涛が立ち昇ってくる。
その上に立つサブラクには‥‥
かすり傷一つ無かった。
『貴方は、私が守ります』
(守る、かあ)
今までも、その行動で示してくれていたが、実際に言葉でそう告げられたのは初めてだ。
嬉しい、ような、情けない、ような、何やら複雑な気分な悠二である。
(だけど‥‥)
嬉しいとかはともかくとして、その言葉に甘んじるわけにもいかない。
冷静に戦況を分析しても、今、自分が身をもって味わっている『スティグマ』の力。
今のヘカテーの攻撃でもまるで倒せない。一気に倒せない以上、『スティグマ』がある以上、ヘカテーでも勝つのはかなり難しい。現に今も、躱す事に集中せざるを得ないためか、防戦一方になりつつある。
と、冷静な部分で把握するのと同時に‥‥
『いつまでも守られる存在で在りたくない』
という実に感情的な想いもある。
それら二つが合致している以上、自分の行動を妨げる理由にはならない。
「‥‥‥‥‥‥」
傷の具合、先ほどよりも、当たり前だが広がっている。
だがまだ浅い。
(これ以上傷が広がって、手遅れにならないうちに‥‥‥‥)
一つの決意を秘める悠二の右手に、銀の輝きが灯る。
(押され‥‥てる?)
佐藤と栞ごしに会話しながらも、マージョリーはヘカテーの戦いぶりを見ている。
先ほどまで圧倒的に攻め立てていた。今も要所要所で光弾をサブラクに食らわせているが、サブラクの勢いは衰えない。
『スティグマ』を受けないように躱す事に集中しているのだろう。
攻撃の回数が減ってきている。
このままでは‥‥
《マージョリーさん?》
佐藤の声で、思考の海から引きずり戻される。
そうだ。
どちらにしろ、"どうせ今の自分に何も出来やしない"。
「ああ、あんた今、そんな所にいんの? ユカリと一緒なはずじゃなかった?」
会話を戻す。
一般人を逃がす事くらいなら出来る。
「え‥‥いや、その‥‥」
「? 何よはっきりしないわね。ま、いいわ。今から行くからおとなしく待って‥‥‥」
ドォオオン!
妙に歯切れの悪い佐藤の言い分を聞くのが面倒になり、さっさと拾いに行こうと考えたマージョリーの言葉を、遠く、茜色の炎弾が弾ける音が遮る。
それきり、佐藤からの応答は無かった。
飛ぶ。
ビルより低い高度、サブラクに見えない高度で、佐藤に聞いた場所まで飛ぶ。
きっと、何かの間違いだ。
"頂の座"と"壊刃"が戦っている場所と、佐藤がいるはずの場所は大分離れている。
流れ弾。
そんな言葉が頭をよぎるが、そんな考えをすぐさま振り払う。
そんな、そんな酷い偶然があってたまるか。
「!」
たどり着き、目にしたのは、佐藤から聞いた場所と、きれいに一致する場所が、崩れた建物の下敷きになっている光景。
辺りの、今は封絶の中という理由で止まっている人間達も、崩れた瓦礫につぶされ、無惨な姿をさらしている。
「あ‥‥」
全身を、絶望が襲い、身体中の力が抜け、その場にへたれこむ。
「何で‥‥何で‥‥!」
「おめえの望んだ結果だよ。我が怠惰なる愚者、マージョリー・ドー」
この世のあまりの酷さを嘆くマージョリーに、マルコシアスからの辛辣な言葉が続く。
「なっ!」
今まで、この心優しい狼がここまで自分を責めた事はない。
言われた内容と合わせて受けた衝撃に文句を言おうとして‥‥
「わかってたはずだ。人間に栞を渡せばこうなる事くらい」
さらに、マルコシアスは畳み掛ける。
「わかってたはずだ。徒をほったらかせばこうなる事くらい」
事実を、今までマージョリーを傷つけまいと言わなかった事実を突き付ける。
「おめえは全部わかってた。でも何もしなかった。ケーサクを突き放す事も、責任持って守ってやる事もしねえで、ただ『自分は脱け殻だ』って愚図ってただけ、あげくこのザマだ」
その言葉から伝わってくる。今、数百年共に在った相棒は、本気で怒っている。
「おめえは何とかする事が出来た。なのに何もしなかった。どの口で、誰に文句を言うよ?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
わかっている。わかっていた。
そのはずだったのに‥‥
「やらなかった事は‥‥罪なの?」
「そう思うなら、それもおめえの勝手さ」
「今度のは、壊したいものじゃない。守りたいものだったのに‥‥」
「‥‥ケーサクの奴に、聞かせてやりてえな」
ズキ
その名前が、胸に痛みを与える。
辛い。辛い。辛い。
苦しい。逃げ出したい。
"でも"‥‥
「また、こうなるのね‥‥」
「ああ」
「全て失って、罪に濡れて、這いつくばってから‥‥」
この、どうしようもない『地獄』を、それでも‥‥‥
「やり直すのね」
そう、再び戦う意気を取り戻すマージョリーの耳に‥‥
「マージョリー‥‥さん」
「!」
今、一番聞きたい声が届く。
無我夢中に瓦礫の山に飛びつき、掘り返す。
いた。
瓦礫でぶつけたのであろうが、額や体の数ヶ所から血を流しているが、うまい具合に瓦礫と瓦礫が引っ掛かり、大怪我というほどのものはしていない。
(ちょ、うあ!)
その姿に気が弛んだのか、佐藤の死を確信した時にすら一切流れなかったものが、ぼろぼろと頬を伝う。
隠すが、まるで隠せていない。その自覚もある。
「‥‥‥わかったでしょ。あんたみたいな人間どころか、私だっていつ死んだって何の不思議もない。
"ここ"はそういう所なのよ!」
誤魔化すように、しかし同じ過ちを繰り返さないように強く、告げる。
しかし、その、絶望的な宣告を受けて、佐藤は全く別の事を考えていた。
マージョリーの、憧れの女傑の涙が、そうさせていた。
『今の佐藤君について来られても、困るの』
平井に言われた言葉が、
『身のほど知らずは足手まといだよ』
頭をよぎる。
だが‥‥
(関係ない。それでも俺は‥‥)
それでも進む気持ちが、今、ここにある。
『私だっていつ死んだって‥‥』
(それも、関係ない)
「マージョリーさん」
気持ちが、そのまま言葉になる。
「俺に何が出来るのか、"ここ"がどれだけ危険か、マージョリーさんが‥‥死ぬなんて事も、全部関係無いんです」
佐藤の言葉、今までにないその強さ、深さに、マージョリーは言葉が出ない。
「俺は、あなたを生かす。生かす事だけに全てを賭ける‥‥‥‥」
自分は無力だ。
自分は無知だ。
だが、もう迷わない。
「それだけでいいんです」
少年の抱いていた憧れ、それはこの時、この瞬間に、
その形を変える。
(あとがき)
マージョリーは結構好き。ノリノリで書いてます。
携帯の字数制限と戦いました。