「俺は、貴方を生かす。生かす事だけに全てを賭ける。
それだけでいいんです」
佐藤の、この世の現実を知らされ、たった今も死にかけた直後の、あまりにも大胆な発言。
色んな意味で。
その言葉を聞き、マージョリーも、マルコシアスも、ぽかんと呆け、言葉を失う。
言った佐藤も、心底本音の言葉だったとはいえ、自身の言った言葉に自分で何やら気恥ずかしくなり、黙る。
しばらくの時を、遠くで響く轟音がやけによく聞こえる静寂が続く。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
その静寂を、
「‥‥‥‥‥ぷっ」
マージョリーが破る。
「あっははははは! ちょっ、あんた、‥‥ぷっくく〜〜!」
静寂の中、今までの重苦しい空気は何だったのかというほどに明るい笑い声が響く。
まるで、"笑うという事"が、それ自体が楽しくてしょうがないというように、マージョリーは笑う。
「‥‥‥‥‥‥‥」
そのあまりの変貌に、今度は佐藤が呆気にとられ‥‥
「‥‥‥‥っ!」
自分の、自分では命懸けとさえ思っていた決意を笑われていると気づく。
「マージョ痛っ!」
反射的に文句を言おうとした佐藤の額に、パチンとデコピンを食らわせる。
「‥‥馬鹿ね‥‥‥」
微笑みを浮かべたまま、下を向く。
人として生きてきた時‥‥
誰かに、いつも頼られていた。
『***様、どうぞ力を貸して下され』
父を支えて、その嫡出子としての命を繋いだ。
『***、頼む、わしが生き延びねば、我が家は‥‥』
迎えた破局。無能な父を逃がすため、僅かな家臣と共に籠城。自分は和睦を勝ち取るが、逃げた父は殺された。
『***様、私は生きて、あの子に会いたい』
捕虜となった兵達を、望みに応じて蜂起させ、脱走。自分も含め、逃げ出した。
『***様、俺たちが生きるためなのです。許して下され』
しかし、他でもない逃がした兵達は、ほんのはした金で自分をあの『館』へと売った。
『***姉さん、お願いだから助けて』
そして、そこの娘達に、また一方的に頼られる。
頼られ、仕様がなく支え、裏切られ、そして‥‥それでも、その張りで生きる自分。
その全てに、いい加減、ウンザリしていたのだ。
だから、全部壊そうと思ったのだ。
ドォオオン!
また、轟音が響く。
「‥‥今、誰が戦ってるんですか?」
佐藤が、今が戦闘中である事を思い出して、マージョリーに訊く。
「"頂の座"よ。なーんか、てこずってるみたいね」
「ヘカテーちゃんが、ですか!? 他の皆は!?」
「騒ぐんじゃないわよ。今から黙らせて来んだから」
「! マージョリーさんが、戦うんですか!?」
「"大事な子分"にちょっかいかけてくれた礼、しなきゃなんないでしょ? あんたはさっきの廃ビルに戻ってなさい。一ヶ所にまとまってた方が"守りやすい"のよ」
わざと、"してやる"風に言ってみる。少年の覚悟に当て付けるように、からかうように。
「!」
その言葉に感動しているらしい佐藤。
この分じゃ、先が思いやられる。
だが、先ほどの佐藤の言葉で、自分の『盲』が晴れた事も事実。
だから、賭けてみたくなった。
「んじゃ、もうさっきみたいなヘマすんじゃないわよ!」
飛び立つ。戦うために。
「マージョリーさん! 俺、頑張りますから!」
「!」
(頑張る、か)
まあ、今の段階にしては及第点、という事にしておいてやろう。
「‥‥‥‥‥‥‥」
ウンザリしていたのだ。"あの時の"自分は。
でも、『盲』は晴れた。
今は‥‥‥‥
『感謝、しているのであります』
『八つ当たりでも構わない。何度でも、受けとめてやる』
『貴女も、私が守ります』
『貴女を生かす、生かす事だけに全てを賭ける』
「ひっさびさに、ブッ飛ばすわよ、マルコシアス!」
「ヒャーハッハ! やっぱこうでなきゃあな! 我が麗しの酒盃(ゴブレット)、マージョリー・ドー!」
もう、一人じゃない。
「‥‥‥‥む」
揺すられる感触に、目を覚ますヴィルヘルミナ・カルメル。
「起きたか」
揺すっていた男、銀の長髪の嫌なやつが、無愛想に言う。
‥‥お互い様か。
「どうやら、"頂の座"が戦っているらしいな。
『これ』がお前の言っていた『スティグマ』か?」
大丈夫か? の一つも言わない男の言葉に、空を見やれば、飛び交い、ぶつかり、燃える、水色と茜色。
「そう、自在法『スティグマ』。時と共に傷を広げる力であります」
質問に答えながら、メリヒムの指す『これ』に目をやる。
メリヒムの体に刻まれ、今も広がり続ける『スティグマ』(無論、メリヒムはヴィルヘルミナについた傷ではなく自身の傷を指した)。
「‥‥‥‥‥‥」
気絶する前、自分が咄嗟にとった行動。
この男を、あまりにも奇異な巡り合わせを経て、また自分の前に現れてくれたこの男を、庇った。
それが、結果として今の現状を作っている。
庇い切れず、傷を負ったメリヒムと、当然のようにメリヒム以上の傷を負った自分。
無理に庇えばこうなる事くらい、頭ではわかっていたのだが。
二人揃って戦闘不能。
実際に結果として現れると、何ともお粗末な話だ。
当然、指摘される。
「‥‥何故、あんな真似をした?」
「‥‥‥私の勝手でありますな」
「恐怖投影」
余計な事を言うティアマトーを自分の頭ごとゴンと殴る。
「‥‥お前一人なら、戦えなくなるほどの傷は受けなかった。違うか?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「それがわからなかったお前でもないだろう?」
「‥‥‥‥‥‥‥」
("わかりきった事を"いつまでも‥‥)
からかっているつもりなのだろうか。腹立たしい。
「嫌なやつ」
「自覚はある。が、直す気はない」
嫌味のつもりで言った言葉も、そんな風に返される。
(やっぱり嫌なやつ)
そう思いながらも想う。
こうして、この、行ってしまったはずの想い人と、言葉を交わしていられるだけでも、あり得ないほどに幸福な事なのだと。
「はあっ‥はあっ‥‥はあっ‥」
もう、何十、何百発の光弾を叩き込んだだろう。
「ふん。あれほどの力を連続して使い続ければ、遠からず消耗するは必然。
もっとも、この俺に『スティグマ』がある以上、そうせざるを得なかったであろうがな。結局、貴様にそうさせる力と技を持つ、俺の実力が呼んだ必然的な結果であると言える」
あり得ない。何故、何故‥‥
「そろそろ、眠ってもらおうか。やはり依頼人の身内を殺すのは俺の流儀に反する。死なない程度に耐えてみせる事だな」
あれだけの攻撃を受けて、傷一つつかない?
もはや、耐久力がどうこうなどという問題ではない。
サブラクの長口上よりも、その異常なまでの耐久力に戦慄を覚えるヘカテー。
そのヘカテーに、サブラクがまた襲いかかる。
大丈夫。
速さなら、こちらが上のは‥‥‥
「!」
距離をとろうとしたヘカテーの眼前に、サブラクが一瞬で間合いを詰めて現れる。
(速い!)
いや、違う。自分が疲労し、遅くなったのだ。
そして、サブラクはこちらの油断を誘うために、わざと今まで遅く見せていたのだ。
(やられる!)
ゴォオッ!
茜色の炎の怒涛が、ヘカテーを呑み込む。
その中に、刃は無い。
『スティグマ』を使わずに、気絶させるつもりか。
(ダメ)
このまま、自分が負ければ、自分が死ななくても、負ければ‥‥
炎の熱が、力を使いすぎて弱ったヘカテーの意識を蝕んでいく。
(悠‥‥二‥‥)
薄れゆく意識の中で、自分を灼く炎が、急に消えた。
そして、別のものが自分を包む。
自分の、大好きな感覚に、包まれる。
「悠‥‥二‥‥」
最後の力で、想いを言の葉に乗せる。
そして、意識は暗転した。
「貴様、我が『スティグマ』を受け、広がる傷を抱えてなおこの俺に挑むか。 俺が『永遠の恋人』を葬った時節を考慮すれば、貴様の実力などたかが知れ‥‥‥」
「どかーん!!」
ヘカテーを助けに現れた悠二に長々と語るサブラクを、横合いからの陽気な声が中断する。
ずん胴の獣の短い両足蹴りが、サブラクをふっ飛ばす。
もちろん、それでどうにかなるサブラクではない。
何事もなかったかのように戻って来て、また長々と喋る。
「ふん、貴様が『弔詞の詠み手』か。あの不意打ちを凌いだとは、大したものだと言いたい所だが、それは一撃必殺を旨とせん、俺の流儀が呼んだ不快な結果に過ぎん」
「ま、運が良かっただけってのは認めたげるわ」
サブラクの長ったらしい侮辱を、あっさりと受け流すマージョリー。
「貴様も『殺し屋』の名を冠すると聞く。本業が殺し屋たる俺にとって、貴様のような『戦闘狂』と同類に見られるは不快の極み」
「一緒にされたくないのはこっちだって同じよ。大体、私は『殺し屋』なんて名乗った覚えは無いし、どっちかって言えば、『歌姫』って呼ばれたいかしら」
余裕の態度で軽口を叩く。
「歌‥‥そうか、貴様は確か詩を謡うそうだな。
『屠殺の即興詩』‥‥だったか?」
「ご名答。そうね、あんたには‥‥‥」
マージョリーの顔に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「とびきり惨いのを聞かせたげるわ」
(ヘカテー)
腕の中で、傷つき、意識を失った少女の名を、心中で呼ぶ。
彼女は戦ってくれたのだ。
この街を、自分達を守るために。
(遅れて、ごめん)
助けに来るのがもっと早ければ、ヘカテーをこんな目に遭わせる事も無かったかも知れない。
「‥‥‥‥‥‥」
もう、子供の無邪気な憧れでは済まされない。
ただ、そうしたい、そう在りたいという願望であってもいけない。
それを願い、実行した自分の力が、『結果』となる。
だから、絶対にその言葉を果たさねばならない。
「ヘカテー」
今度は、声に出して呼び掛ける。
水色の少女の指先が、僅かにピクリと動く。
(今度は‥‥)
「僕が君を守る」
昂ぶっているのだろうか。
『向こう』の様子がわかる。
巫女が危ない。
だが、今の自分に何が出来ようか。
「僕が君を守る」
(‥‥‥‥‥‥)
そうか、なれば‥‥‥
『任す』
そのたった一言、空耳のような一言だけが、少年の頭に響いた。
(あとがき)
アニメ三期やらないかなーと思いながら、完結までモチベーションが保てるかという不安と戦う今日この頃。頑張れ自分。負けるな自分。