『ペニィ!』
群青の獣が放つ炎弾が、
『ペニィ! ペニィ!』
次々とサブラクを捉え、
『ペニィ積もればお金持ち、っと!』
「ヒャー、ハー、ターマヤー!」
とどめのデカい炎弾が、サブラクを燃え盛る弾丸へと変え、ふっ飛ばす。
その炎弾一つ一つが、ふぬけていた時とは比べものにならない威力。
「ふっふ〜ん。なーんだ、憎しみ以外でも結構戦えるじゃない」
「みてえだな! ッヒヒ!」
自身から湧き出る力と自信に、『トーガ』の獣はそのキバだらけの口をU字にして笑みを作る。
だが、楽観出来る相手ではない。『スティグマ』がある以上、一撃もらうだけで命取り。
カムシンの『瓦礫の巨人』の装甲さえ破ったのだから、炎の衣『トーガ』で防げるわけもない。
(ま、食らわなきゃいいんでしょ)
と思いながら、ヘカテーを下に下ろして来た悠二に目をやる。
酷い傷だ。深くは無いが。
「あんた、『火除けの指輪』持ってたでしょ。何よその火傷」
悠二が着ているのが半袖のため、見るからに痛々しい火傷が腕に見える。
よく見ると、ただの火傷じゃない。抉られたような傷口の上から焼いたような酷い傷。
「‥‥‥死ぬほど痛かったけどね」
ひどい汗を流しながら、そう言う悠二。
(こいつ‥‥)
マージョリーは、その傷と、今の悠二の雰囲気から、悠二が何をしたのか察する。
『スティグマ』は、『サブラクの剣でつけた傷』を広げる。
だから、傷口を“抉りとり”、さらにそれによって生まれた傷口を焼き潰して出血を止める。
最初の傷が浅かったから出来た芸当なのだろうが、それを実際に実行するのは並大抵の事ではない。
っていうかもう考えるだけで痛い。
しかも、それで上手く傷の拡大を防げる保証もなかっただろうに‥‥
(ふーん、“頂の座”も、案外男を見る目、あるじゃない)
と、改めて悠二への評価を上げるマージョリー、そして悠二の前に‥‥
「なるほど、今までそのようなやり方で我が『スティグマ』を凌がれた事は無かったが、だが結果として貴様が今負う傷も、戦闘可能な状態にギリギリ止まっているにすぎん」
やはり何事も無かったかのように、サブラクが炎の怒涛に乗って昇ってくる。
「こいつの事だから、無茶は覚悟の上でしょうよ」
「うちの酒盃(ゴブレット)に八つ当たり奨めるくれえだからな、ッヒヒ!」
「それでも、二対一だ。それに、泣き言言ってられる状況じゃないからな」
三者三様に答える。態度の違いこそあれ、皆共通するのは『覚悟』。
勝つ、『生き残る覚悟』。
「‥‥‥よかろう。この俺も、全身全霊でもって貴様らを排除する」
その双剣を標的に向けて、戦いを始める。
「我が『殺し屋』たる矜持に賭けてな」
(マージョリーさん。こいつ、何かネタがある)
(んな事はわかってるわよ。けど、とにかく『スティグマ』食らわないようにすんのが先決)
互いにしか聞こえないように、ヘカテーとサブラクの戦いを見ていた悠二とマージョリーが呟き合う。
(攻撃させない)
(攻め続けるわよ)
互いの考えが合致していると確信し、まずは、マージョリーが仕掛ける。
『バンベリーの街角へ』
『馬に乗って見に行こう』
詩を謡い、強力な自在法を発動させる、『弔詞の詠み手』たる彼女の力。
『白馬に跨がる奥方を』
『指には指輪、足に鈴』
マージョリーとマルコシアスが謡い、周囲に群青の炎が溢れる。
『どこへ行くにも伴奏つき、よ!』
『屠殺の即興詩』。
炎が形をとり、無数の炎の矢へと変わる。
そして、高速でサブラクに飛び、突き刺さり、爆発する。
(手応えあり!)
さらにマージョリーは歌う。
『六ペンスの歌を歌おうよ』
『ポッケにゃ麦がいっぱいだ』
マルコシアスも歌う。
『二十四羽の黒ツグミ、っは!』
『パイんなって、焼かれちまう、っと!』
湧き出た力は無数滞空する炎の弾丸となり、雨のように、雪崩のようにサブラクに降り注ぐ。
ドドドドドォン!
爆音と爆炎が溢れる。
だが、
(ほら来た!)
ヘカテーとの戦いを見ていたマージョリーの予想通りに、炎を裂いてサブラクが飛び出してくる。
視界の悪さに、マージョリーの反応は遅れてしまうが、動揺は一切無い。
「もらったぞ!」
「でもないみたいよ?」
マージョリーが軽く言うと同時に、横合い、炎に潜んでいた悠二がサブラクに飛び掛かる。
片手持ちの大剣『吸血鬼(ブルートザオガー)』を持った右手の手首に左手を添え、全体量と、全力で振り下ろす。
サブラクは左の剣でこの一撃を止めるが、
「っは!!」
悠二の一撃の重さが、サブラクの剣をバキッと折り、『吸血鬼』はそのままサブラクの体に深々と食い込む。
(裂けろ!)
さらに、魔剣『吸血鬼』の力、『込めた存在の力で刃に触れるものを斬り刻む力』が、サブラクの体をズタズタに引き裂く。
「!」
しかし、結果として攻撃した悠二の方が驚愕し、急ぎ大剣を引き抜いて離れる。
サブラクはその一瞬の動揺を突こうとして‥‥
「何ボサっとしてんのよ!」
群青の獣の太い腕に殴り飛ばされる。
ハッと我に帰る悠二。
ひとまずは吹き飛ぶサブラクを追撃する。
「っおおおおおお!」
自在法・『蛇紋(セルペンス)』
左手に自在式が一瞬巻きつき、溢れかえる炎は銀の大蛇を形作り、サブラクに喰らいつき、そのまま御崎市駅へと飛んで行く。
そして、銀蛇とサブラクが地に激突すると同時に、
「爆ぜろ!」
銀炎の大蛇は膨れ上がり、爆発する。
破裂した銀の爆炎は、焦土と化した駅とその周囲に、巨大な大穴を穿つ。
まだ慣れていなかった一番最初の時を除けば初めてに等しい“全力の『蛇紋』”。
使った悠二自身が驚くほどのその大威力の中で、やはり無傷のサブラクが立っていた。
(こいつは、何で今動けない皆を攻撃しないんだ?)
戦う。虹の封絶の中で、銀と茜と群青の炎が暴れ、ぶつかる。
(いや、攻撃しないんじゃない。そんな理由あるわけがない。
しないんじゃなくて、“出来ない”んだ)
悠二とマージョリーは、“攻め続ける”事でサブラクにまともな攻撃をさせないようにしていた。
そして、攻め続ければ必然的に生まれる隙を、互いにカバーしあう事で、無茶なはずの攻めを有効なものへと変えていた。
(あの広範囲の不意打ちは、最初の一回だけ。そして、さっきから見てると、こいつは明らかに個人レベルの感覚しかない)
その戦う間にも、悠二の頭は流れるようにヘカテーでさえ、いや、ヴィルヘルミナ、フィレス、ヨーハンの三人でさえ歯がたたかなった恐るべき難敵を分析する。
(こいつは、やっぱり“傷つかない”わけじゃない)
さっきの『吸血鬼』の一撃で間近で見て、確信を深めた。
やはり、斬れてはいる。焼く事も出来る。
だが、回復どころか、『再生』というのも生ぬるいほどの速度で傷が消えるのだ。
(前の、“愛染の兄妹”の時と似てるけど‥‥)
実力も、回復速度も、“愛染”とは比較にならない。
何より、あの時は燐子、『ピニオン』だったか、の気配を感じる事が出来たが‥‥‥
(!)
そこで気づく。
“おかしな気配”なら、さっきからずっと感じているではないか。
(この、薄くてモヤモヤした変な気配が、こいつにとっての『ピニオン』だとしたら?)
気配の中に取り込まれているから、中の自分達には全く気づかれずに、不意打ちも、回復も出来るのではないか?
いや、回復、いや再生が速すぎるという事は、それだけスムーズに、自分の手足のように‥‥
(まさか‥‥)
“この街そのもの”が、巨大なサブラク自身?
感知能力を、先ほど『蛇紋』で空いた大穴に向ける。
(やっぱり、あの大穴にだけ、この薄い気配がない)
そして、今のサブラクはどう見ても個人レベルの感覚しかない。
(体は街そのものくらいに巨大な徒。あそこにいるサブラクは人形のようなもの、けど‥‥)
それが、あいつの『脳』なのではないか?
「‥‥‥‥‥‥‥」
推測に過ぎない。
だが、このままただ戦い続けて勝てるとも思えない。
(『これ』に、賭ける)
そう考え、マージョリーに伝えようとする悠二、
「!」
気づく。
今戦えるのは自分とマージョリーだけ、目の前のサブラクに、二人がかりで攻め続ける事でなんとか『スティグマ』から逃れている状態。
相手の正体がもし自分の推測通りだったとしても、“ただ戦い続けるしか選択肢がない”。
(そ‥‥んな)
ヴィルヘルミナが無事なら、その圧倒的な回避、防御力で、サブラクの『脳』と体を切り離す仕掛けをする間、一人で戦い続けて時間を稼げたかも知れない。
自分やマージョリーにはそれほどの技巧はない。
メリヒムやカムシンなら、この街ごとサブラクを倒すほどの大破壊を起こせたかも知れない。
自分やマージョリーに、サブラクと戦いながらそんな事が出来るほどの破壊力は無い。
「ユージ!」
マージョリーが叫ぶ。
自分の考え、そしてそこから繋がる絶望に思考を向けていた悠二に、攻めるマージョリーの一瞬の隙をついて、隙だらけの悠二にサブラクが襲いかかる。
圧倒的な炎の怒涛、広すぎて躱せない。
炎の中に、無数の剣が暴れている。
火除けの指輪『アズュール』でも防げない。
(く‥‥そ!)
いくら二人がかりで戦い、相手の正体に思考を向けていたとはいえ、戦闘中に、こんな時に隙を見せてしまった自分に憤る。
(守るって、言ったんだ)
あの少女を、
(僕がやられたら、この街が、皆がやられたら‥‥)
きっと、あの子は泣いてしまうだろう。
純粋で優しいあの子は、泣いてしまうだろう。
(それじゃ、ダメだろ!)
その悠二の心に、どこまでも残酷な現実が、茜の怒涛が迫る。
(く‥‥そ!)
『やれやれ』
(!)
頭に、声が響く。
そして、自分の中で何かが変わろうとする感覚が、悠二を襲う。
そして、その感覚が『顕現』しようとした、その瞬間‥‥
ボンッ!!
悠二に迫る炎の怒涛、その中にあった無数の剣。
それら全てが、あっさりと吹き散らされる。
力は風。
色は、“琥珀”。
「お久しぶり、ってほどじゃないかしら?」
「タイミングはバッチリだったみたいだね」
「馬鹿な!」
その、突然現れた『二人』に、さすがのサブラクも動揺を全く隠せない。
「貴様は、俺が殺したはずだ!」
無理もない。そう、その片割れは、サブラク自身が『大命詩編』を打ち込み、その命を奪ったはずなのだから。
「『約束の二人(エンゲージ・リンク)』だと!?」
因縁を持つ殺し屋と恋人達は、ここに再び巡り合う。
想いは全て激突へ。
(あとがき)
思ったより長くなりそうです。描写をおろそかにしたくないと思って書いてたら予想より伸びてたりします。
しかし後悔はしていない。
今回の悠二のやり方で『スティグマ』が破れるとは原作にはありません。
水虫的解釈、設定でございます。平にご容赦を。