「っはああああ!」
かつて、最愛の恋人を絶対の窮地に追い込んだ男を前にして、"彩飄"フィレスは怒りも露に琥珀の竜巻を放つ。
「ぐっ、おおおおお!」
たまらず吹き飛ぶサブラク。
「また、面倒に巻き込まれてるね」
『永遠の恋人』ヨーハンの方は対照的に、悠二に対して穏やかに話し掛ける。
「ホント、助かったよ」
悠二も、未だ動揺醒めやらぬ様子でそれに答える。
答えながら、先ほどの推測、現れた『約束の二人(エンゲージ・リンク)』、かつて、ヴィルヘルミナとこの二人が敗北した時の話を思い返し‥‥
(‥‥‥うん)
一つ、思いつく。
(行けるかも)
「ヨーハン、作戦を説明するから、聞いてくれる?」
悠二の、作戦という言葉に、皆を連れて逃げる気満々だったヨーハンが、少し間を置いて頷く。
「サブラクを、倒すんだ」
(どういう事だ?)
突然現れた『約束の二人』、だが、"彩飄"フィレスが少しの間、自分に攻勢をかけ、再び『永遠の恋人』ヨーハン共々姿をくらました。
今、自分と戦っているのは、『弔詞の詠み手』と、例のミステス。
(何故『約束の二人』は退いた? 逃げるにせよ、あの二人なら傷を負った仲間を連れて逃げる事も容易なはず)
と、今の不可解な状況に、"壊刃"サブラクは思考を巡らせる。
しかし、察知不能の強力無比な不意打ちと、悠二の推測通りの街ほどに巨大な体と耐久力を持つ彼は、今まで不意打ちの後、『スティグマ』で傷ついて行く標的を力押しで倒す選択以外をして来なかった。
その、『街に体を浸透させる』という性質から、逃げる敵を追うには不適だが、大抵の相手なら初めの不意打ちで仕留められるので問題もなかった。
それらの慣習と自信の下、サブラクは余計な思考を切り捨てる。
(いずれにせよ、俺がとる行動は変わらぬ。眼前のミステスを捕らえ、『弔詞の詠み手』を始末し、傷ついた残りの死に損ない共も始末する)
『約束の二人』の逃げ足は知っている。この状況なら後回しにした方がいい。
と、目の前の相手を倒す事に集中する。
大剣を手に向かってくる少年、
(特殊な力を持つ宝具のようだが、それだけでこの俺と斬り結ぼうとは笑止。
その大剣がこの俺に通じぬ事すらさきの一撃で察せぬか)
心中で長々と侮辱し、その大剣を右の剣で押さえ、左の剣で、少年の肩を貫く。
「!」
しかし、手応えがおかしい。
気づくや否や、少年と見えるそれが、銀の炎となってサブラクに襲いかかる。
(『脱け殻』か!)
未熟なミステス風情にしてやられたと憤るサブラクの周りを、いつの間にか群青の獣達が円形に取り囲んでいる。
『薔薇の花輪を作ろうよ、っは!』
『ポッケにゃ花が一杯さ、っと!』
そして、歌に応えるように、全周一斉に爆発する。
「喰らえ!」
さらに、群青の爆炎に呑まれるサブラクを、銀炎の大蛇が咬みちぎり、しかし瞬く間に再生する。
(おのれ、ここまでとは!)
二人がかりで攻め続けているとはいえ、紅世に名だたる『殺し屋』である"壊刃"サブラクが、一撃入れる事も出来ずに一方的にやられている。
全く、今の悠二とマージョリーの強さは異常だと言えた。
元々、ミステスになってから半年も経っていない悠二はもちろん、マージョリーも悠二達と戦った以前とは見違えるようになっている。
文字通り、『化けた』のだ。
(このままやつらの攻撃を受け続け、その後に『約束の二人』と戦えば、よもや我が本体の力をも使い果たす恐れも‥‥)
かつて、これほどに圧倒された事の無いサブラクは、初めて最悪のケースを想定する。
『永遠の恋人』ヨーハンは、サブラクに狙い撃ちにされないよう、建物よりも低い高度で、御崎市を飛び、巡る。
悠二に頼まれた事とは別に、ヨーハンにはサブラクに対抗する一つの策があった。
"『スティグマ』破りの自在式"。
彼が『零時迷子』のミステスであった時、サブラクには幾度となく襲撃されていた。
それに対して、逃げるしか無かった彼らが、編み出そうと模索し、しかし"一度は"間に合わなかった自在式がこれであった。
そして‥‥
「ヨーハン、貴方が何故?」
「お前が、『永遠の恋人』か?」
初めに向かったヴィルヘルミナ達の所で、『スティグマ』を細部に解析する事で完成する。
"虹の翼"がいた事には驚いた。
しかし、いくらサブラクの不意打ちとはいえ、ヴィルヘルミナがこれほどの深手を負った事は初めて出会った時くらいなのだが。
完成した自在式を手に、今度は悠二に託された策を実行すべく、残りの悠二の‥‥いや、自分にとっても仲間の所へと向かう。
悠二に、仲間達の詳しい話は聞いていない。そんな暇は無かった。
助けに向かう先で、
「おまえは‥‥?」
「もしや‥‥『永遠の恋人』ヨーハンか」
いちいち驚く。
『炎髪灼眼の討ち手』、ヴィルヘルミナがよく嬉しそうに、誇らしげに話していた子か。
「‥‥ああ、『スティグマ』破り、ですか」
「ふむ、それは助かる。わしらもこれにはどうにも手を焼いておってな」
『儀装の駆り手』カムシン・ネブハーウ。
最古のフレイムヘイズにして、恐るべき『壊し屋』。
随分と賑やかな街である。
集まった仲間に、悠二の策を説明する。
「ああ、なら私が陽動をやりましょう」
「ふむ、派手な方がいいじゃろうからな」
まず、カムシンが名乗り出て、
「私は向かった先で奴の動きを封じる役をやるのであります」
ヴィルヘルミナも、自分に適した役を提案する。
「なら‥‥‥」
「最後は私とシロが、やる」
最後にシャナとメリヒムが当初、悠二が考えていた役となる。
"『スティグマ』破り"の力で動ける人員が増え、悠二が言っていたよりも充実した形となった。
悠二の推測が当たっているなら、これで決まる。
しかし、
「‥‥‥‥‥‥」
周りの面子に視線を巡らせる。
先ほど話した悠二の突飛な(とも言える)策にまるで疑いを持っていない(シャナは少し変な顔をしたが)。
相当な堅物と聞くカムシンでさえ同意している。
(信頼されてるね)
そんな風に微笑ましく思った。
「はあっ、はあっ、ユージ、まだぁ!?」
「ぜぇ、ぜぇ、僕に訊かれても‥‥!」
サブラクを圧倒していた悠二とマージョリー。
いかに絶好調とはいえ、隙を作らずに攻め続けていれば当然疲労が溜まっていく。
「ふん、散々手間をかけさせられたが‥‥」
サブラクの足下の茜の怒涛が容積を縮め、
「そろそろ‥‥」
大圧力の砲弾のように、
「決別の頃合いだ!」
放たれる。その先には、無尽の耐久力を誇るサブラク。
「やばい!」
「避けろぉ!」
悠二とマルコシアスが叫び、しかし力を凝縮したその一撃はあまりにも速い。
「っ!」
マージョリーは何とか躱すが、体勢を崩す。
そして、高速旋回するサブラク、
(避けられない!)
と、迫るサブラクを見ながら思うマージョリーの前に、
「っおおおおお!」
悠二が大剣を手に躍り出る。
ガァアン!!
凄まじい轟音を立て、悠二とサブラクの剣がぶつかり合う。
しかし、
「くっ‥‥!」
悠二はその圧力に押し切られ‥‥
ズッ!
肩を深く斬り裂かれる。
時と共に、『スティグマ』が悠二を蝕む。
絶体絶命、まさにその時‥‥‥
「むっ!」
街の方から、個人レベルの感覚しかないサブラクでもはっきりわかるほどの強い自在法の発現。
ヨーハンの『転移』。
(来た!)
(遅いっての!)
作戦決行の合図に、悠二とマージョリーは内心で喝采を叫び、急ぎ封絶を引き継ぐ。
そしてすぐに、
ドォオオオン!!
遠方に現れた『瓦礫の巨人』が、瓦礫の鞭を振るい、街を無差別に破壊していく。
(馬鹿な! 『スティグマ』の傷は、すでに行動不能の段階に達しているはず‥‥)
次から次に立ちふさがる敵に、サブラクはいい加減苛立ちを隠せない。
しかし、それよりも、あの『儀装の駆り手』の行動は‥‥‥
(俺の正体に、気づいている!?)
そう気づき、『恐怖』する。
そして、『こちらがサブラクの正体を知っている』と気づかせる事で、動揺を誘うのもカムシンの役目だった。
「!」
琥珀の風が、サブラクを包み込む。
この瞬間のために姿を隠していたフィレスによって。
「こうして飛ぶのは"二度目"ね。"壊刃"サブラク」
そして、サブラクを捕らえたまま、フィレスは封絶の、御崎市の外へとまさに風のように飛ぶ。
自在法・『ミストラル』。
かつて敗北した時に、倒れたヴィルヘルミナからサブラクを引き離した時に使った自在法。
"その時同様"‥‥
「ぐっ、おおおお!」
サブラクの意思総体を宿した人形と『本体』が、ブチブチと切り離される。
そしてあっという間に『ミストラル』は目的地へ、"『転移』で飛んだヨーハン達が張った、別の封絶"へとたどり着く。
「終わりよ!」
その封絶の中へと、フィレスはサブラクを叩き落とす。
そしてすぐさま、
「っは!」
待機していたヴィルヘルミナのリボンがサブラクを縛り上げる。
ただのリボンではない。この瞬間のために全力で『硬化』した特別製だ。
そして、本体から切り離され、傀儡の自由さえ奪われたサブラクの目に‥‥
(‥‥これまでか)
虹と紅蓮、異なる、美しい翼を広げる二人の戦士が映る。
(よもや、義理立てのつもりで仕掛けたものが最後の拠り所になるとはな‥‥)
あるいは、あの女の大言に、この強大な自分が、柄にも無く期待でもしていたのか。
『誰にも無視されない存在』に、あいつならなれるとでも考えていたのか。
いつも笑い飛ばしていたのに、とっている行動は真逆とは‥‥
(‥‥やはりおまえは、『哀れな蝶』だ)
ただ癪だ、というだけで、この最後の時に毒づく。
自分でも、馬鹿だなと思う。
「「っはあああああ!」」
紅蓮の大太刀と『虹天剣』。
絶望的な脅威が迫る。
(一度くらい、認めてやるべきだったか、なあ、メ‥‥‥‥)
心の中の呟きは途切れる。
それが、"壊刃"サブラクの最期だった。
「"我々の"、勝利でありますな」
「随分と、"我々"が増えたわね?」
サブラクの消滅を確認したヴィルヘルミナとフィレスは、ようやく決着のついた因縁に、微笑んで言い合った。
悠二によって引き継がれた封絶。
燦然と輝く銀。
それを、少女は綺麗だと、そう思った。
(あとがき)
次話、エピローグ。
気合いは入れました。