「『百鬼夜行』?」
「そ」
上海外界宿(アウトロー)からヴィルヘルミナに届いた協力要請、それに帯同して悠二、平井、ヘカテー、シャナ、当然依頼を受けたヴィルヘルミナは中国行きの船に乗っている。
メリヒムは来ていない。
「興味ない」
だそうだ。
マージョリーには伝えてすらいない。わざわざ面倒事に巻き込む事も無いだろう。
そもそも、『炎髪灼眼の討ち手』、『万条の仕手』、『弔詞の詠み手』ほどのフレイムヘイズがわけありとはいえ一つの街にいる事の方が不自然なのだ。
戦力不足、というわけでもない。ヘカテー、ヴィルヘルミナ、シャナ、そして悠二まで来ているのだから。
「簡単に言えば『運び屋』だね。気配隠蔽の能力で他の徒達を別の場所に運ぶ連中ってわけ。
そのせいでフレイムヘイズが、追ってた弱い徒に逃げられたり、厄介な徒が違う場所にこっそり移動されたりする」
ちなみに、パスポートの類は写真だけ撮って偽造してくれた。
フレイムヘイズは契約の際、人間としての全て、関わりや『そこにいた証』も全て失う(そうでなくても不老である)。戸籍も当然無く、国内外の移動にも外界宿が支援してくれるのだ。
ありがたい事だ。頭が上がらない。
「それで?、その運び屋を倒せって依頼って事か?」
「ううん、『それはどうせ無理』だから。
『百鬼夜行』は一度自分達を襲撃されたら数年は活動を停止する。それが最低限、絶対の目標にして、今回の依頼内容」
この平井の説明を、悠二、シャナ、ヴィルヘルミナは聞いている。
ヘカテーは聞いていない。
正直、ヘカテーは悠二と平井を守りに来ただけだ。別に外界宿の依頼などどうでもいい。
まあ、悠二も平井が行かなければ付いて来る事は無かっただろうから似たようなものだが。
そんなわけで、ヘカテーは今、中国の観光雑誌にご執心だ。気分は修学旅行である(本人は修学旅行という言葉を知らないが)。
「随分弱気なんだな。っていうか、そんなにその『百鬼夜行』って強いんだ?」
平井の言葉に悠二は息を呑む。
歴戦の強者らしいヴィルヘルミナに依頼したのに『どうせ無理』という。
ちなみに、悠二は会う徒やフレイムヘイズの全てが世に知られる腕利き、札付き、強者ばかり。メリヒムに至っては幻の類である。
という無茶苦茶な経緯から、実はシャナ、ヘカテー、ヴィルヘルミナとは認識に大分ズレがあったりする。
「強いっていうか。逃げるのが病的に上手いんだよ。
隠蔽と遁走に秀でた能力と、すぐ逃げる習性のおかげでね」
それを聞いて安心する。
というか、やたら詳しい平井に呆れる。
もはや自分どころかシャナやヘカテーより精通しているのではなかろうか?
「けど、それならこの面子なら捕まえられるんじゃ?」
「厳しいでありましょうな」
ヴィルヘルミナが口を挟む。
はて?、らしくない見解だが。
「カルメルさんも、今まで"二回"出し抜かれてますからね。アラストールさんも、一度」
「ヴィルヘルミナが!?、‥‥アラストールも?」
シャナが驚愕の声をあげる。
「数百年前に、先代『炎髪灼眼の討ち手』、マティルダ・サントメールと二人で追って、逃げられて。
そして数年前、一番最近に『百鬼夜行』が活動してたのを襲撃したのもカルメルさん。そのどちらも逃げられてる」
「‥‥‥本当に詳しいでありますな」
「失態露見」
恥を上塗りするティアマトーを、ヴィルヘルミナが自分の頭ごとゴンと殴る。
っていうか本当に詳しいな。数百年前とかどうやって調べたのかさえ謎だ。
「まあ、襲撃するだけでいいなら楽かな。すぐ逃げるんなら危険もないだろうし」
くいくい
ようやくこの旅の概要を知り、肩の力を抜く悠二の袖をヘカテーが引く。
「悠二、このサーカスというのが、上海であるようです」
「うん。見に行こうか」
「私サーカス見るの初めて!」
状況説明が終わった雰囲気が流れ、途端に修学旅行全開になる悠二、平井、ヘカテー(は、元からか)。
「‥‥‥ヴィルヘルミナ。何でこいつら連れてきたの?」
「成り行きであります」
呑気な同伴者に呆れるシャナ。ちなみに、現地に着いたら自分も連れ回されるという運命を、彼女は知らない。
「ふぅ」
船内でババ抜きをしている女性陣を残し、風に当たりに出てくる悠二。
(もし、池がいたら大変だろうな)
と、乗り物酔いの凄まじい友人を思い浮かべる。
そして、ふと目を向けた先から、少女が一人出てくる。
(シャナか‥‥)
その頃の御崎市。
「はあ!?、ユージとか『万条の仕手』とその他が中国行き!?」
「は、はあ。マージョリーさんによろしくとか言ってましたよ」
「あんたねえ。最近、私の出番少なすぎでしょうが!、ユージや"頂の座"はともかく何で『万条の仕手』ばっかり!、ああ、北京ダックの気分だったのに」
「そんな事俺に言わないで下さいよ!」
「‥‥‥オーケー、わかったわ。行くわよ、マルコシアス」
「ヒヒッ!、いーぜえ、最近ご無沙汰だったしなあ」
「何するつもりなんですか?」
そう訊く佐藤に、マージョリーは振り返り、
「決まってんでしょ?」
不敵な笑みを見せるのだった。
人は触れ合う、"それ"はその接触に乗じて、増殖するように拡大していく。
「‥‥ババ抜きはどうしたんだ?」
「飽きた」
気まずい。
というか、出会い、そしてその後に互いの認識を思いっきり否定しあったからか、悠二にとってこの少女は苦手意識が強い。
「お前は何でここに来たの?」
「ちょっと気分悪くなってきたから、風に当たりに来ただけだよ」
胡散臭げな目を向けてくる。常に警戒されているというのも気分が悪い。
「‥‥あんたは何でフレイムヘイズなんかになったんだ?」
とりあえず、何か話さないと息が詰まりそうだ。
「お前には関係ないことよ」
「坂井悠二」
そこでシャナの胸元のペンダント、神器『コキュートス』から遠雷のような声が発せられる。
シャナの契約者、"天壌の劫火"アラストールだ。
「何?」
「この子は特別中の特別ゆえ、"それ"を訊く事はさしたる問題ではないが、フレイムヘイズに契約の事を訊くのは禁忌に等しい行為だ。以後、改めよ」
言われ、気付く。
そうだ、フレイムヘイズは復讐者。その契約した理由を訊くのは、相手の悪夢について踏み込んで訊くようなものなのだ。
「‥‥ごめん」
素直に謝る。
シャナはそれにわずか目を見開き、何故か居心地が悪くなる自分を自覚しながら返す。
「私は復讐者じゃない。この世のバランスを守る使命の遂行を誓い、自らこの道を選んだ。
だから、私に謝る必要はないわ」
つい、余計な事まで言ってしまう。
言ってから後悔する。このミステスはこういう事を言えば必ず何か訊いてくるのだ。
その考え通り、悠二。
シャナがフォローのような事をしたのは意外であったが、それより引っ掛かる事があった。
「それって、フレイムヘイズになりたくてなったって事か?」
(ほら来た)
予想通り、ずかずかと訊いてくる悠二、それを誘発してしまった自分に嘆息する。
無視してしまおうか?
「ふん。この子は使命、それを果たす事を誇りとし、自らが歩く最高の道だと見定めたのだ。自分の意志でな」
しかし、アラストールが応えてしまった。
自分より『正しいに決まっている』アラストールに文句を言えるわけもない。
「自分の意志で、か‥‥。」
その言葉は、悠二にとって感慨深いものだった。
世界のバランスだの使命だのには共感しがたいが、自分の生きる道を自分の意志で決め、歩いている。
それ自体は、いまだ自分の進む未来が手探りな状態である悠二にとって羨望さえ抱ける強さである。
「すごいな‥‥。」
感嘆、そして自嘲を滲ませてぽつりと呟く。
その悠二の背中に、後ろを歩いていた男性、少しつまづいてバランスを崩した男性の指が、
触れた。
(見つけた!)
「なっ!?」
「これは!?」
悠二達の乗っている船、それを突然、強烈な突風が襲う。
「きゃああああ!!」
「何だこれ!!」
「うわああああ!!」
船内がパニックになっていくのがわかる。
風も勢いを増していく。
「封絶」
事態を理解したシャナが封絶、因果孤立空間を展開する。
『普通の人間達』は静止し、何も認識できなくなる。
風は、凄まじい勢いとなり、竜巻と化す。
力は風。
色は、琥珀。
(この色は!?)
《見つけた》
音ではない呼び掛けが悠二に届く。
《やっと、見つけた》
この色、かつて御崎市にいた、いや、自分の中にいた男と同じ色。
《私よ、ヨーハン》
そう、『永遠の恋人』ヨーハンと同じ色。
《会い、たかった‥‥》
その呼び掛けに込められる愛しさ。
「今すぐ、"そこ"から出してあげる」
遂に声となって聞こえる。
その姿。
目につくのは両肩の鳥とも人とも見える顔を象った盾のような装飾品。
華奢な身に、各所布を巻いたつなぎのような着衣で覆った美しい女。
長く、美しい碧の髪と瞳。
姿に見覚えは無い。
聞き覚えはある。
そして、この色と、言葉と、それに込められた想い。
全てが一つの名前に直結していた。
(さい‥‥ひょう)
「"彩飄"、フィレス!」
(ヨーハン)
淋しかった。
(ヨーハン)
でもまた会えた。
(ヨーハン)
もう二度と‥‥
(貴方を離さない)
(あとがき)
今回、ヘカテーの出番少なめ。ヘカテー派のための作品、とはいえストーリーにもこだわりたい水虫でした。
感想が早くも百超えたー!、テンション上げざるを得ませんね。