「それでメリーさんがね‥‥‥」
「また妙な事をしでかしたのでありますか?」
「‥‥‥‥‥‥」
所は平井家の食卓。
そこにいるのは平井ゆかり、ヴィルヘルミナ、そしてヘカテーである。
ヘカテーは本日、平井の家にお泊まりだ。
「‥‥‥‥‥‥」
別にヘカテーが平井の家に泊まる事はそれほど珍しい事ではない。
坂井千草に見せられないような怪我をしてしまった時はもちろん、ヘカテーだけなら『パジャマパーティーだ!』とか言って平井が連れ去る事もよくある。
今回も平井が誘い、ヘカテーが了承し、前々からの約束で来ているのだが、ヘカテーには別の目的もある。
(‥‥‥メイド服)
あの時、夢うつつで聞いた話を現実とするなら、メイド服には男性にはわかる"浪漫"があって、ヴィルヘルミナ・カルメルはそれを活用出来ていないらしい。
自分が活用出来るとは限らないが、活用出来ないとも限らないのではないか?
"浪漫"を身につければ、振り向いてくれるのではないか?
悠二誘惑を企むヘカテー。
大体、自分からの想いを知っているはずの想い人が返事どころか、そのテの話題にすら触れないのだ。
ヘカテーとて不安になる(しかし、返事をもらうのも怖いというジレンマもある)。
悠二と一緒に住んでいたり、悠二と一緒の布団で寝たり、最近は悠二が寝呆けて抱きしめてくれる事も多くなった。という環境でなければ不安に耐えられていないだろう。
ヘカテーは、平井お手製の焼きうどんを食しながら、そんな思考を巡らせる。
巡らせながら、さりげなくピーマンをヴィルヘルミナの皿に移す。
「ヘカテー、ちゃんとピーマンも食べなさい」
バレた。
「う〜ん。細っこいなぁヘカテー♪」
平井とヘカテー、バスタイム。
ヘカテーの背中を流す平井である。
「‥‥‥‥‥‥」
振り返り、横目でヘカテーが見るのは、平井の胸部。
確かに、乳おばけ吉田の方が大きいのだ。だが、平井の方が線が細い。
対比で胸も大きく見える。
自分も細いが‥‥薄い。
「ほら、そんな顔しない。女は胸じゃないぞ? ヘカテー」
ヘカテーが向けてくる羨望の眼差しを平井は一蹴する。
女の子は、実際に相手が気にしなくても自分のスタイルを気にしてしまう生き物である。
その事はわかっているが、"自分達"には不毛な悩みだ。
この姿は、もう変わらないのだから。
平井も女の子である。当然、髪の手入れは毎日している。
そんな時、ふと気づくのだ。
髪が、全く伸びていないと。
自分はもう人間ではないのだと。
「ほら、交代! 我が背中を流せヘカちゃん」
もちろん、そんなふとした時に感じる寂しさや不安を他者に気づかせる平井ではない。
特に、悠二にだけは、絶対に気づかせてはならない。
「‥‥ゆかりも細いです」
もちろん、平井とていつもこんな風に思っているわけではない。
そんな僅かな寂しさは、すぐに溶け消える。
「むっふっふ、食べた分のカロリーを消費するような生活スタイルの為した業なのだよ」
軽口を叩く平井。ついこぼれた、人間としての生活スタイルを『過去のもの』として語る平井に、ヘカテーは気づかなかった。
今、ヘカテーは‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
「ひゃっ!? コラヘカテー、何すんの!」
男の浪漫を研究中である。
「ふっふっふ、そっちがそういうつもりなら、うりゃ!」
「ふぁっ!? やりましたね!?」
「ヘカテーが先でしょ、覚悟はいいかな?」
二人じゃれ合いながら、楽しい一時は過ぎていく。
キュッ! キュッ!
例によってエセ忍者ステップで軽快に動くヘカテー。
目指すはかつて平井の両親が暮らしていたと思われる、現・ヴィルヘルミナルームである。
平井は今、テレビでアルセーヌ・ショパンの三代目を見ている。
ヴィルヘルミナは入浴中。
チャンスは今なのである。
カチャカチャ
この前テレビで見たシーンを真似して、閉まってもいないドアの鍵穴をいじり、開いた(当たり前だ)ドアから中に侵入する。
部屋の端の方に、クローゼットがある。
やはり、思った通りだ。
いくら『清めの炎』があり、いつも同じ服装をしているとはいえ、本当に全く同じ服を使い回しているはずがない。
実用的な意味だけでなら問題はないが、やはり精神的に気分が悪いはずだ。
自分も、いつもの巫女装束は予備をたくさん持っている。
ガチャリ
(やっぱり)
ヴィルヘルミナ・カルメルのトレードマーク、メイド服が大量に掛けられている。
他にもいくつか私服があるが、着ているのを見た事がない。
しかし野暮な事は考えない。彼女も自分と同じ、『愛の求道者』なのだから、好きな人によく見られたいがための葛藤が‥‥
カァアアアアア
自分で考えた恥ずかしい言葉に自分で真っ赤になるヘカテー。
ダメな自分である。
頭をふりふりして気恥ずかしさを振り払う。
いざ‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
着てみた。
大きい。
だぶだぶである。
ヴィルヘルミナ・カルメルにぴったりなのだから当たり前の事だったのに、何故気づかなかったのか。
ガチャリ
「「あ」」
突然開いたドアに目をやれば、服の持ち主たるヴィルヘルミナ・カルメル。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
両者、どう反応して何を言えばいいのかわからないような沈黙が続く。
そして、
「どうかしたんで‥‥‥」
平井ゆかりも現れる。
「「「‥‥‥‥‥」」」
またも場の空気が固まる‥‥が、すぐに氷解する。
「‥‥‥‥‥か、」
平井ゆかりによって。
「か・わ・い・い!!」
サイズのあっていないだぶたぶのメイド服に身を包み、恥ずかしそうにしている小動物のようなヘカテー。
彼女のツボに入ったらしい。
「カルメルさん! ヘカテーにメイド服着せてたんなら何で教えてくれなかったんですか♪」
「い、いえ、私は‥‥」
たまらず、ぎゅうっとヘカテーを抱きしめる平井と、何がなんだかわからないヴィルヘルミナとヘカテー。
「ああ、かわいい。このままお持ち帰りにしてしまいたい。あ、ここ私ん家じゃん♪」
一人でどこまでもテンションを上げていく平井。
ヘカテーがやたらめったらモフモフされている中。
「‥‥それで、一体何故このような事を?」
ヴィルヘルミナがようやく正しい質問をするのだった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
ずず、とヴィルヘルミナがお茶を啜る。
「つまり、あの場での"蹂躙の爪牙"の妄言を聞いてこのような行動を?」
コクリ。
「‥‥‥‥‥‥‥」
呆れたものだ。事情はわかったが、何故わざわざ部屋に忍び込む必要があるのか。
それにしても、健気な娘である。
「ヘカテー、成長したんだね。お姉さんは嬉しいぞ?」
平井はもう感涙ものらしい。
まったく。
「了解。明日の朝、カブト虫狩りに行く前に細かい寸法を測るのであります」
てっきり叱られると思っていたヘカテーは、その予想外の言葉にキョトンとする。
「どうせならきちんとした大きさの方が良いでありましょう?」
何やら、瞳がウルウルとしている。
そこまで喜ばれるような事を言った覚えはないのだが。
「あ‥‥ありがとうございます」
感極まってお礼を言う"頂の座"。
部屋に侵入した事も、勝手に自分の服を着た事も、咎めるつもりはない。
全てはこの少女にそうさせる、あの坂井悠二が悪いのだ。
そう、いつだって、心を奪った方が悪いのだ。
などと心中で『自分達』を正当化する。
(尽くしてあげる感じ、か)
自らも着ている給仕服を見て、そういう風には見えないらしい自分を思い、僅かにため息をはく。
目の前のこの水色の少女を見ていると、"蹂躙の爪牙"の妄言もあながち間違いではなかったのかという気になってくる。
第一、視覚的な意味だけでも激しく可愛かった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
ついでに、あの子の分も作っておこう。
「カルメルさん、私も私も!」
「了解であります」
「給仕天国」
そんな、夏の日の1ページ。
(あとがき)
何か区切りがわからなかったので今日は短め。
っていうか、ただでさえ長くなりそうな九章なのに何一話丸々メイド服に費やしてんだろ自分。