カブト虫狩りも終わり、最後の最後で大喜びするシャナという珍しいものも見れた。
なかなかに有意義な休日だったと言える、が‥‥
(‥‥視られてる?)
シャナと別れ、一路坂井家を目指す悠二、ヘカテー、平井(今日は平井が坂井家にお泊まりだ)。
しかし、その帰路の途中から、
「これ、人間だよね?」
「もう随分視られています。意図的に尾けているとしか思えません」
そう、何やら視線を感じるのだ。ヘカテーと平井も当然のように気づいている。
「さて、どうする?」
「このまま帰って家の場所知られるのはまずいかも。うち、単身赴任だし」
「では、散りますか?」
ヘカテーの提案に、悠二が頷き、
「"釣れた"人が、ちょっとだけ気配大きくするって事でオーケー?」
平井が補足する。
「じゃ、せーの!」
差し掛かった十字路、来た道以外の三方にそれぞれ別々に歩き出す。
これで、三人のうち、誰を尾けていたかを突き止めようという事だ。
(こっち、ですか)
バラけたにも関わらず、視線を感じるヘカテーが、自分が尾けられていた事を知る。
「‥‥‥‥‥‥」
歩きながら、自然な動作で右手首の『タルタロス』を外す。
(あとは‥‥‥)
(参ったな)
珍しく、女の子、それも二人を連れて歩いていたから"つい"あとを尾けてみたが、まさかいきなり別れるとは。
まださほど暗くない夕方とはいえ、女の子を一人で帰らせるとはまだまだマナーが足りない。
(仕方ない)
自分も一人だから一人しか無理だが、家まで危険がないか陰ながらエスコートさせてもらおう。
やはり、小さい子の方が危険だろう。
(しかし‥‥)
コソコソと尾けながら思う。
一体どういう関係なのだろう?
もう一人の娘は同年代みたいだから恋人かも知れない(もうそういうお年頃だろう)。
だが、あの子はどうだろうか? さっきの娘の妹にも見えない、そもそも妹なら帰る方角が違うのも変だ。
などと、水色の小柄な少女の正体を想像している、と、突然‥‥
(なっ!?)
少女が振り返り、何か、白いレーザーのようなものを放ってきた。
パァアン!
隠れていた電柱を盾にする、そして白い煙が撒き散らされる。
(これは‥‥チョークか!)
しかしあの速度、しかもチョークが粉々になるほどの威力。
「とりゃあー!」
「っ!」
驚くのもつかの間、後ろから元気な掛け声と共に蹴り、危うく躱す、が、転ぶ。
「うちの可愛いヘカテーを狙うとはいい度胸! 覚悟はいいね!?」
さっき別れたはずの女の子。
(‥‥二重尾行、か)
このままでは確かに警察に突き出されても文句は言えないが、この二重尾行が示し合わせたものならば当然‥‥‥
「‥‥‥何やってんのさ?」
やはり、来ている。
「‥‥‥父さん」
「‥‥ただいま、悠二」
「「すいませんでした」」
「いや、あれは父さんが悪いよ。どう考えても」
「はっはっは、面目ない」
渋い顔とは裏腹に、三十過ぎくらいの若い顔立ち、細い体躯のはずの体は何故か強靭な線を感じさせる、男。
悠二の父、坂井貫太郎である。
「まったく、危険がないかエスコートって、父さんがまるっきり不審人物じゃないか」
今、皆揃って坂井家で夕食をとっている。
しかし、ヘカテーの素性はどう説明したものか、母のように気にしないでくれたら助かるのだが。
「だが、前に会った時には女の子の友達と遊びに行くなんて全然無かったじゃないか。やはり気になるだろう?」
「それとこれとは関係ありません」
「いや、あれは悠二が女の子をほったらかし‥‥」
「黙ってください」
一家の大黒柱のはずの貫太郎、最愛の妻に有無をいわさず黙らされる。
「少しは気をつけてくださいね、貫太郎さん。あなたは昔から茶目っ気が変な方向に飛びすぎてるんですから」
可愛い少女二人を不安がらせた事に若干の怒りを見せる千草。
「‥‥‥‥‥‥‥」
そんなやりとりを見ながら、萎れるヘカテー。
日頃から、『とても大好きで大事な人』、外国に単身赴任している『優しくて可愛い人』と千草から何百回と聞かされた相手に、勘違いとはいえ攻撃をしかけてしまった。
「‥‥‥‥‥‥‥」
平井も珍しく萎れている。
あれでは勘違いしても仕方ないとはいえ、実際に話してみると悪い人ではない、いや、掴み所はないが良い人である事は間違いない。
しかも千草が日頃から良く惚気る相手をすっ転ばしてしまったのだ。
理屈は関係なしにションボリする。
「二人共、何度も言うようだけど、あれは父さんが悪いんだから、気にしないでいいよ?」
そんな二人の心境を正確に見極め、フォローを入れる悠二。
「っっっ、いや悠二、しばらく見ない間になかなか出来る男になっているじゃないか」
テーブルの上に並ぶ、明らかに多すぎると思われる料理を、まさに『片付ける』といった風に、ごくりと呑み込む貫太郎。
見ている平井とヘカテーがギョッとする。
「「反省して(ください)よ」」
そして家族二人に指摘されてまたへこむ貫太郎。
「‥‥‥ふふっ」
その和やかな光景に、平井もようやく罪悪感から解放される。
僅かに笑みが零れる。
「そうそう、やっぱりゆかりちゃんは笑ってないと!」
そんな平井に、千草は見ている方がドキッとするほどに包容力のこもった微笑みを向ける。
「ど、ども」
平井といえど、この包容力には少々かなわない。
そして、ヘカテー。
「‥‥‥‥‥‥」
先ほどの貫太郎の食べっぷりで、別のスイッチが入ったらしい。
いわゆる、『対抗心』である。
パクパクパクパク!
「あらあら、ヘカテーちゃん、そんなに慌てて食べるとのどに詰まるわよ?」
こちらは心配無しと判断した千草、ムキになってパクパクする小動物に微笑む。
(心配、無用か)
家に度々訪れ、片方は新しい家族であるらしい少女達を見て、貫太郎は安堵する。
一家の大黒柱として、家に出入りする人間の本質は見極めていたかったが、どうやら二人共にいい子であるらしい。
それだけわかれば、細かい素性はどうでも良い。
「む、ヘカテーさん。私と張り合うつもりかな? いいだろう、不肖坂井貫太郎、全身全霊をもって相手をさせてもらおう」
「‥‥ヘカテー、無理しないようにね?」
悠二の懸念は的中し、二十分後、満腹に苦しむヘカテーがリビングのソファーに横たわるのだった。
「マージョリーさん。今日の夕飯‥‥」
いつもの習慣として、マージョリーに夕食のリクエストを訊きに室内バーに赴く佐藤。
「う〜ん‥‥むにゃむにゃ‥‥」
そして、例によって寝ているマージョリー。
しかし、
(ん?)
一つだけいつもと違う点がある。
マージョリーの相棒、マルコシアスの意識を表出させる神器『グリモア』の傍に、シャーペンが転がっているのだ。
普段、この部屋にそんな物は置いていな‥‥
『マージョリーの、ドキドキダイアリー』
「‥‥‥‥‥‥」
よく見ると、『グリモア』に何か変なピンクの紙が貼ってある。
「よ、よおケーサク、我が麗しの酒杯(ゴブレット)ならまた寝てるぜ、晩は適当に考えてくれや」
マルコシアスの様子も、どう考えてもおかしい。
まるで、怪しげな本を隠しているのを隠そうとする中学生のようだ。
フラリと、何かに引き寄せられるように『グリモア』を手に取る。
「よせケーサク! 世の中にはなぁ、知らない方がいい事だってあるんだぁ!」
マルコシアスの制止も届かない。
いけない事だとわかっていても、抗えない何かが目の前にあった。
そうだ、マージョリーもこの前、自分の日記を勝手に読んだではないか、お返しだお返し。
などと理論武装して、ついに、そのうちの一ページを開く。
『今日も一人、徒を倒す私。ちょっぴり、後悔。
だって、この世の存在は、虫も花もオケラもアメンボも水虫も、みーんな生きているんですもの♪ ガ・ン・バ♪
なーんて、ウソ☆ てへ♪ だって私、フレイムヘイズだし、徒は、残らずぶっ殺しちゃうんだから!
ミ・ナ・ゴ・ロ・シ☆』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥ケ、ケーサクよぉ?」
「‥‥マルコシアス、俺は何も見てない。そうだろ?」
背を向けて、歩きだす。
今まで見た事の無い、マージョリーの一面であった。
佐藤は、そんな部分を、むしろ可愛いと感じた。
「「ファンパー?」」
「そ!」
坂井悠二の部屋、ヘカテーと一緒にベッドに座る平井からの思わぬ提案である。
「三日後の土曜に皆で行こ!」
『大戸ファンシーパーク』。
数年間に御崎市に隣接した大戸市に開業したテーマパークである。
ヘカテーはもちろん、平井や悠二もまだ行った事はない。
だが、平井が通う外界宿(アウトロー)第八支部も大戸市にあり、通勤の時に目に入るから行きたくなったとの事らしい。
ちなみに悠二はこの『ファンパー』の略称を知らずに話を合わせようとしたあげく、トンチキな受け答えをして恥ずかしい思いをした事がある。
「ま、お二人でデートとしけこみたいんなら私は遠慮させてもらうけど?」
行く事を前提に悠二を茶化す平井。
言ってしまってから、誰にも気づけないほど微かな寂しさがよぎる。
自分も行きたい。
しかし、悠二がからかいに反論する前に‥‥
ぎゅ
ヘカテーが平井の袖を強く掴む。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
沈黙が、気まずさ、重苦しさの欠片もない、どこまでも暖かく、穏やかな沈黙が場を支配する。
その沈黙を、
「うん‥‥‥」
悠二が破る。同じく、暖かな声で。
「行こうか、『ファンシーパーク』」
相変わらずの石頭。
諦めるつもりは毛ほどもないらしい。
無理矢理に訊き出した話によると、あの傲慢長髪には惚れた相手がいて、数百年単位で彼女の想いは無視し続けたらしい。
ひどい話だ。彼女の何が不満だというのだ。
確かに頭固くて強情で微妙にズレてるが可愛いではないか。
強くて美しいではないか。
彼女の魅力すらわからないあんなボンクラを認めるわけにはいかない。
大体、振り向かないというなら尚更不幸なだけではないか。
風の恋人の片割れは、ただ、友達を想う。
(あとがき)
うーん、展開悩んでます。二択で。
そろそろ平井の鍛練描写も書きたい今日この頃です。