「‥‥‥‥‥‥‥」
虹野邸の夜の鍛練、家主(?)たる"虹の翼"メリヒムは何となくやる気が湧かず、皆の鍛練を眺めている。
「さ‥‥め‥‥」
腰を落として、両手を、右脇に添える。
「は‥‥め‥‥」
その両手に存在の力を集め、炎として具現化する。
「波!」
獣の口の様に突き出した両手から、翡翠色の炎弾が飛ぶ。
「よっしゃ、成功!」
「掛け声以外は及第点、かな」
「いいじゃん♪ 坂井君も一度はやってみた事あるでしょ?」
平井ゆかり、『炎弾』習得。
悠二ほどの自在法の適性こそないものの、シャナよりは筋が良い。
とはいえ、シャナにも先輩の意地がある。
そんな平井や、二人で自在式をいじっているヘカテーと悠二に向け、わざとらしく咳払いし、日頃の鍛練の、ヴィルヘルミナとメリヒム以外にはまだ見せていない力を行使する。
「っはあ!」
一喝、振り上げた右腕から伸長するように、全長二十メートルにも及ぶ紅蓮の巨腕が生まれる。
それは炎の腕であるにも関わらず、周囲の植物に焦げ目一つつけない。
『物質化の炎』であった。
おぉ、と驚く平井、むむ、と警戒するヘカテー、そして‥‥
ヒュボッ
何やらその辺にいそうな小さなサイズの炎の蛇を作る悠二。
その蛇がヒュッと伸びて、脇にどけていた缶ジュースを"掴む"。
ただの炎でこんな事が出来るわけもない。
『蛇紋(セルペンス)』の、"物質化"、性質変化である。
「‥‥うん。出来た」
「‥‥‥‥‥‥‥」
自慢するつもりだったのにあっさり体現されて、シャナは少しばかり落胆した。
「‥‥‥‥‥‥‥」
そんな光景を眺めるメリヒム。
今、この光景と、いつもとの相違。
ヴィルヘルミナがいないのだ。
ここ二、三日、ずっとである。
以前なら、虹野邸の鍛練に顔を出さない事は滅多になかった、というより、鍛練以外にも何かにつけて理由をつけてやって来ていたのだが、ここ二、三日はそれもない。
別にいなくて不都合もないが‥‥‥‥
「"頂の座"」
「何ですか?」
「ヴィルヘルミ‥‥」
プイッ
訊ねる前からいきなりそっぽを向かれた。
(まあ、別に他にも訊く相手はいる)
同居人である、
「平井ゆかり。ヴィル‥‥‥」
「都合が悪いって言ってましたよ」
今度は質問する前に答える。
何なんだ。
大体、外界宿(アウトロー)の仕事を平井ゆかりに回しているあいつに都合など‥‥
「坂井悠二。ヴィ‥‥‥」
「色々あるんだろ。"色々"」
色々って何だ、色々って。
「シャナ」
「シロには言うなって」
「‥‥‥‥‥‥」
何だというのか。
こいつら皆知ってるのか、何故自分だけ知ってはダメなのだろうか。
そこまで考えて‥‥
(‥‥‥ふん)
深く考えるのをやめる。
あの女がどこで何をしていようが自分に何の関係があるというのか。
あの女が顔を見せないからといって何が不都合だというのか。
そう、むしろ好都合ではないか。
いない方がせいせいする。
(?)
視線を感じて、目を向ければ‥‥
「「「「‥‥‥‥‥‥」」」」
四人の子供たちの視線。
何か、かわいそうなものを見るような眼差しである。
(なっ、何だ!?)
がらりと変わった皆の態度、その理由に、メリヒムは全く心当たりがなかった。
「ようやく効いてきたな」
「これだけで三日。やっぱり手強いね」
「しかし、食いついてきました」
「これ、本当に上手く行くの? アラストール」
「我にはわからん」
それからさらに二日、昼に、家に電話がかかってくる。
「虹野だ」
「もしもし、そちらにカルメルさんはいらっしゃいますか?」
知らない声、なのに、ヴィルヘルミナの事を知っている。
「‥‥いない」
「ああ、失礼しました。"ここにいるわけない"か」
ブチッ
それだけ言って電話が切られる。
(‥‥‥ここにいるわけない?)
どういう事だ。知った風な口をぬかしおって。
というか、何者だ?
ヴィルヘルミナとはどんな関係だ?
まだ、ヴィルヘルミナは姿を現さない。
「どうだった?」
「少し不機嫌そうだったかも知れないな」
「メリーさんって、いつもわりと不機嫌そうだからなぁ」
「んじゃ、次行くわよ」
さらに二日。
家で現代の本を読んでいると、シャナがらじお(ヴィルヘルミナがつけた)を聞き始めた。
耳に入る。
《魔女里銅子の、朗らか人生相談!》
《ヒャッハー! 今日も我が『葉書の読み手』魔女里銅子が切ない悩みをぶった切るぜぇ!》
(悩み相談、か。くだらない)
そう決めつけ、再び読書に耽る。
読みながらも耳には入ってくるが、意外とこういう他人の悩みを聞く趣向は面白いかと思ってくる。
少しだけ傾聴。
《んっじゃ、本日最後のお便り‥‥》
何だ、もう最後か。
《『桜色の給仕』さんから》
‥‥何だ。誰かを連想する。
《えー、『私は長年一人の男を想い続けていたのであります。しかし、その傲慢で利己的な骨男は一向に私に振り向く素振りがないのであります。そんな時、一人の男性と出会ったのであります。気さくで、不思議な雰囲気の優しい男なのであります。彼は私を好きだと言ってくれたのであります。私はどうすれば良いのでありましょう?』、だとよ》
(‥‥‥あります?)
しかし、今の内容は‥‥‥
《あ〜ら、こんなのもう相談するまでもないじゃない》
考えが追い付く前に、魔女里銅子なる人物が相談に答える。
《そんな馬鹿男ほっといて、その新しい男に乗り換えりゃいいのよ。女は愛されてなんぼなんだから》
《だーな、『桜色の給仕』もまんざらじゃねーんなら決定だ》
《それじゃ、放送時間も迫ってるんで、これで終了!》
《新たな恋に花咲かせよ! ヒヒッ》
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
上手く、思考がまとまらない。
「シロ」
シャナが話し掛けてくる。
「人生そういう事もある、って、千草が言ってた」
「‥‥‥‥‥‥‥」
まだ、ヴィルヘルミナは姿を見せない。
「本当にいいの? 父さん、母さん」
「浮気するような人とじゃ、安心して離ればなれに暮らせないわよ?」
「困った人の相談に乗るのが、私のモットーだからね」
「私には未だによく状況が理解出来ていないのでありますが‥‥」
「説明要求」
「「まだ内緒♪」」
翌日。
「それじゃ、メリヒム。僕達このままファンシーパーク行ってくるから。シャナ借りてくよ?」
「ああ、わかった」
鍛練終わりに、いつもの三人は遊びに行く。
何故か今日はシャナもついて行くらしい。
珍しい。
《えー、また『桜色の給仕』さんから!》
また『あれ』か。
何となく不快だから電源を切‥‥‥
《『私、決心がついたのであります。新しい恋に生きるのであります。本日十時、大戸ファンシーパークの入り口で待ち合わせ、彼に想いを伝えるのであります』。良かったじゃない》
《あとは告白さえ上手く行きゃ漏れなくハッピーエンドだなぁ、ッヒヒ!》
ブチッ
電源を切る。
らじおというのは、こんなに放送時間がいい加減なものなのか?
テレビジョンの方はわりと精密に調整されているというのに。
いや、そんな事はどうでもいい。
本当にヴィルヘルミナなのか?
いや、そんな確証はどこにもない。
いや、桜色の給仕で、あります口調などあいつ以外に‥‥‥‥
最近姿を見せないのは、"そういう事"なのか?
「‥‥‥ふん!」
だから何だというのか。
あいつが誰と何をしようと知った事か。
勝手にどこへなりと立ち去ればいい。
『私はもう、新しい時を見ているのであります』
『‥‥私の勝手でありますな』
『嫌なやつ』
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
傲慢な剣士はただ、黙って虚を見つめる。
「チョコ、ターゲットは確認出来た? オーバー」
「こちらチョコ、まだ時間ではありません。焦りすぎですリーダー。アウト」
「何やってんの二人共」
大戸ファンシーパーク前、一人佇むメイドを遠距離から見張る五人組。
悠二、ヘカテー、平井、フィレス、ヨーハンである。新たにヴィルヘルミナ恋愛推進委員会に加入したシャナは『別な立場』から見張る事になっている。
「あれだけ頑張って用意したのにメリヒム来なかったら馬鹿みたいだな」
「まあ、そん時は大人しくファンパー楽しむとしよ!」
「はい」
「ヨーハン、テーマパークのデートも久しぶりね」
「そうだね、フィレス」
もはや目的がズレ始めている悠二以外の四人。
いや‥‥
「まあ、本当にメリヒムが来たらその時点で見張る意味あんまり無くなるし、僕達も好きに遊んでいい、かな」
悠二もやや遊びに心惹かれている。
そんな時‥‥
「! 来ました!」
ヘカテーがメリヒムに渡した『タルタロス』。
それに密かに仕掛けたマーキングの自在式をヘカテーが感じ取る。
「よし、シャナ!」
《わかった。貫太郎とそっちに向かう》
隠れながら、ホシを探す。まあ、もし見つかってもここに自分達がいる事は前もって伝えてあるから大丈夫だと思うが。
いた。
目立つ銀髪を発見。
「まったく、なぜ俺がこんな真似を‥‥」
行く時の交通手段を間違えて随分と手間取った。
そういえばシャナ達も来ているは‥‥‥
「っな!?」
ふと感じた気配に合わせて目を向ければ、夏場なのにコートの、細身なのに妙に線の強い男が歩いている。
シャナと一緒に。
(なっ、へっ、ほっ!?)
しかも、歩く先に‥‥
「いやぁ、お待たせして申し訳ない」
「時間通りであります」
(ヴィルヘルミナ、シロ、来てるって)
仲睦まじく話す三人(シャナの小声の言葉はメリヒムにまで届かない)。
「な‥‥ぜ、シャナまで?」
あれが‥‥ヴィルヘルミナの『二人目』。
そして、シャナもあの人間をヴィルヘルミナの相手として認めたという事‥‥か?
完全な混乱状態に陥るメリヒムをよそに、
一行はいざ、大戸ファンシーパークへ!
(あとがき)
実は、前作『水色の星』からの総合PVがひゃ、百万突破しました。
歓喜の踊りをしながら、いつもこんな作品見てくれる皆様に無上の感謝を。