「ヨーハン、今、そこから出してあげる」
(ヨーハンの奴、何やってんだ!?)
突然の『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の片割れ、"彩飄(さいひょう)"フィレスの襲来。
そして、この様子はどう見ても、『零時迷子』から『カイナ』のミステスとなって助けだされ、恋人を探すために旅立った『永遠の恋人』ヨーハンと会っていない。
そして、間違いなくまだ『零時迷子』の中にヨーハンがいると思っている。
つまり‥‥‥
「もう二度と‥‥」
その手に、琥珀色の光を宿し、こちらに伸ばしてくる。
至極当然の事として、愛する男を中に秘める"入れ物"を、開けようとしてくる。
その光が、悠二の胸に伸びる。
(ちっ!)
悠二も右手に銀の炎を出し、それを吹き散らす。
ただの入れ物のはずの少年の起こした奇怪な現象にわずか戸惑い、しかし再び恋人救出を実行に移すフィレス。
そこで、
「待て!」
上から紅蓮の少女が斬り付ける。
突然のそれを躱し、フィレスは大きく下がる。
「シャナ!」
「呼び捨て?」
「どうでもいいだろ、そんな事!」
「"彩飄"よ。まずは話を聞け!」
あまりに無意味な戦いを止めようとするアラストールの言葉にフィレスが返すのは、
「邪魔よ」
それだけ。
「‥‥話を聞いてくれそうにもないな」
何でこう、紅世に関わる輩とは会う度会う度、戦う事になるのだろう。
例外なんてそれこそヘカテーくらいである。
いい加減、うんざりする。
ポケットから取り出した白い羽根を、大剣型宝具・『吸血鬼(ブルートザオガー)』へと変じさせる。
そして、とりあえずおとなしくしてもらうため、大剣を構えてフィレスに向き直‥‥!
構える悠二の後ろから強風が吹く。それが、フィレスの肩にある盾の開いた口に風が、周囲の竜巻が吸い込まれていっているのだと気付く間に、フィレスはこちらに向けた指を、一弾きし、
ゴッ!!
指先から放たれた琥珀の衝撃波が、悠二の、横にいたシャナの全身を叩く。
そして瞬間、目の前に現れる。
「ぐあっ!」
手甲をはめた拳を叩きつけられ、シャナが吹っ飛ばされる。
「この!」
眼前のフィレスに『吸血鬼』を振るう悠二。
その大剣が‥‥
(なっ!?)
フィレスの腕の周囲を取り巻く暴風に軌道を流される。
「がっ!」
そして悠二も殴りとばされる。
(くっ!)
殴りとばされながらも、フィレスに向け、炎弾を放とうとして気付く。
(あの人の気配がわからない!?)
自在法・『インベルナ』。体の周りに発生させた"自分自身"としての風で相手を包み込み、"フィレスの気配"で相手を呑み込む。
存在の力の流れ、相手の攻撃の気配。それら全ての感知を無意味にする恐るべき自在法。
それは気配を読んで戦う達人にとっては致命的な欠落である。そして最悪な事に、悠二は異常なまでの感知能力を備え、それを頼りに戦っている。
「ぐあっ!」
まるでわからない方向から、『インベルナ』に乗ったフィレスの拳撃が再び放たれる。
普段、感知能力に頼っていた悠二だからこそ、まるで五感が一つ奪われたかのように思う。
「はあ!」
そこで横から飛び出してきたシャナがフィレスを蹴り飛ばす。
「坂井悠二、目で見て捉えろ!」
「わかってるよ!」
何故、邪魔をする?
ヨーハンが、目の前にいるのに、何でフレイムヘイズまでが邪魔をする?
「返して!」
今すぐに取り戻したい愛しい人を求めて、フィレスは叫ぶ。
しかし、
「『星(アステル)』よ」
その叫びに返るのは頭上から降り注ぐ、水色の流星。
(今度は、なに!?)
見上げれば、水色に輝く、神秘的な巫女。
「「はああああ!」」
そして、眼下から向かってくる銀と紅蓮の炎。
「くっ!、あああああ!!」
莫大な量の風を生み、それから生まれた竜巻でそれらを流し、防ぐ。
(ヨーハン!)
(しぶとい)
いきなり自分達の船を襲われたヘカテーは、船から飛び出し、戦況を見た。
そこには悠二に襲いかかる琥珀色の風、そして悠二と一緒に戦う紅蓮の少女。
この事態を引き起こした女、色で理解していた"彩飄"フィレスに強烈な怒りを覚え、即座に『星』を放った。
ヨーハンの手前、穏便に済ませるべきであり、しかし悠二が戦っていたという事は、話を聞かなかった、あるいは信じなかったという事だ。
そして、悠二の口から血が流れている。
想い人を傷つけられた怒りで目の前が真っ赤になる。手加減する冷静さを手放し、琥珀の竜巻をも貫く力を練る。
ヘカテーの周囲の光点が眩しいほどに光量を増し、強力無比な光弾を生み出す。
(許さない!)
感情に任せてその光弾を放とうとするヘカテーと、フィレスの前に、
一人、立ちふさがる。
(!)
フィレスと、そしてヘカテーとも大切な繋がりを持つフレイムヘイズ、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
「‥‥‥ヴィルヘルミナ?」
フィレスも、友人の姿、そしてその行為に気付く。
自分を、庇っている。
あの星天を思わせる光に、対峙し、ただ両手を広げて立ちふさがっている。
そして、水色の巫女は攻撃を止めた。
「フィレス、まず話を聞いて欲しいのであります」
そこですぐ思い出す。
一刻も早く!
「嫌!、ヨーハン!!」
眼下のミステス、そのうちに在るはずの恋人へと手を伸ばす。
だが、
その横にいた紅蓮の少女の大太刀から、その髪や瞳と同色の炎が沸き上がり、強大な紅蓮の大太刀となる。
それが放たれる。
「くっ!!」
異常な熱量を伴うその火炎を躱し、再び恋人を目指そうとするが、いない。
そんなフィレスの真後ろ。
"紅蓮の炎の中"から、『アズュール』の火除けの結界に守られた悠二が飛び出す。
「話を聞けって‥‥‥」
その、今は大剣を左手に持ちかえて、空いた利き腕たる右手を振り上げ、
「言ってるだろ!!」
その鋼をも砕く剛力による拳撃をフィレスのあごに打ち下ろした。
フィレスが、凄まじい早さで落下していく。
「カルメルさん!」
はっ、と気付いたように、ヴィルヘルミナは落ちるフィレスを無数のリボンで捕らえる。あるいは優しく受けとめる。
「絶妙連係」
「即席タッグにしては、ね」
ティアマトーの称賛の言葉に、悠二はおかしそうに応えるのだった。
それを、無垢な少女は複雑な想いで見つめる。
「といった経緯で、ヨーハンは今、貴女を探して旅をしているはずなのであります」
悠二の一撃でほんの一、二分気絶していたフィレス。
今はリボンでグルグル巻きにされ、ヴィルヘルミナから説明を受けている。
だが‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
反応は思わしくない。
『零時迷子』を取り出して確認しなければ気が済まない、といったところだ。
「‥‥‥‥ヴィルヘルミナ。今の話だと、あなたはヨーハンが『零時迷子』から助けられる瞬間を見ていない。
あなたが、騙されている可能性を‥‥否定できない」
(!)
今まで考えた事もない可能性を突かれ、わずか動揺するヴィルヘルミナ。
しかし、確と応える。
「このミステスは確かに、自らの想う先すらわからず、押しが弱く、悠二ゅう不断から名をとったような半端で愚鈍なミステスでありますが、信用だけはして良いのであります」
「あんたそれでフォローしてるつもりか!?」
悠二は当然のように抗議をあげるが、フィレスが受けた印象は意外に大きい。
この友達は、確かに情で動く女性だ。
だが、そのあまり変わらない表情同様、それを表に出す事はほとんどない。
そのヴィルヘルミナが、これほど直接的な言葉をぶつけるほどに、この少年に気を許している。
「‥‥‥‥解いて、ヴィルヘルミナ」
何かを納得した様子のフィレスに、ヴィルヘルミナはリボンを解く。
フィレスは下を向いて何も言わない。
「"彩飄"フィレスの討滅。どうか思い止まって頂きたいのであります。
フィレスはヨーハンとの誓いで人を喰らう事は絶対にないのであります」
ヴィルヘルミナは後ろ、悠二やヘカテーではない。徒と戦う使命を持つフレイムヘイズ、シャナに言う。
『完全なフレイムヘイズ』に自らの情にこだわる部分を見せる事に抵抗がないわけではないが、そうも言っていられない。
「うん。これだけ弱まってたのも、今まで人を喰らっていなかった結果なんだろうし」
「大した志操の固さよな」
二人の『炎髪灼眼の討ち手』も同意する。
世界のバランスを崩さない限り、彼女達が討滅する対象にはならない。
「‥‥‥‥‥‥」
一人黙っているヘカテー。
悠二を助けに出てきて、悠二を傷つけた相手を許す事になり、悠二と並んで戦ったのはシャナ・サントメール。
納得しろという方が無理だ。
悠二が悪いわけではない。状況と成り行きでこういう結果になった。それだけの事。
しかし、
「‥‥‥‥‥‥‥」
それでも人の気も知らずにへらへらしている悠二に、思う所はある。
仕方ないとはいえ、これで万事解決、全て良し、と言わんばかりの悠二に納得できない。
悠二をなんだか、許せない生き物のように睨む。
この欝屈とした気分を、どうすればいいか考える。
そして思いつく。
名案であるように思われた。
ガブリ
「っ!、いてててて!、ちょっ、ヘカテー!?」
「んぐ!!」
ガブリ!
「ちょっ、痛いってヘカテー!」
「んんぐっ!」
ガブリガブリ!
「噛み付かないでくれ!」
「‥‥なんかヘカテー。どんどん小動物みたくなってくるね」
安全な様子を察して出てきた平井ゆかりが呆れたように呟いた。
そして、面白そうにフッと嘆息する。
封絶は告げる、戦いを。
封絶は告げる、異能を持つ存在を。
封絶は告げる、喰らうべき獲物を。
(あとがき)
思ったより短くまとめられて安心してる今日このごろです。
文中の『悠二ゅう不断』は誤字にあらず、優柔不断から名をとった悠二、をわかりやすくする措置です。