「あの男、なかなかやるわね」
「本当に乗り換えた方が良いんじゃない?」
「息子の前で人の父親に何言ってんだ!」
ファンパーのアトラクションを次々に回る坂井貫太郎、ヴィルヘルミナ、シャナ。フィレス曰く、あのエスコートは“なかなかやる”らしい。
実際にリクエストしているのはシャナなのだが、シャナが子、ヴィルヘルミナと貫太郎が夫婦といった風な雰囲気はある。
だが、悠二としては父に不倫を薦めるバカップルに怒鳴らずにはいられない。
「冗談よ冗談。あの骨もこそこそ見張ってるし、意外といい感じね」
「確かに」
作戦を立てた自分達としても、メリヒムがここまで綺麗に引っ掛かってくれるとは思っていなかった。
いや、思考回路自体は相当単純だから引っ掛かりはする気もするが、
わざわざファンシーパークについてくるほどヴィルヘルミナを気に掛けているとは思っていなかった。
これは本気でいけるかも知れない。
ぎゅっ
左腕を、また強く抱きしめられる。
目を向ければ、さっきからずっと“フィレスの真似”をして悠二の腕に絡んで歩いていたヘカテー。
(デート‥‥デート‥‥)
その目には、見張りより『デート』を楽しみたいという光が宿っている(デートの意味は事前に聞いている)。
助けを求めるように右隣の平井に目を向ければ、
(遊びたい‥‥遊びたい‥‥)
「‥‥‥‥‥‥‥」
まあ、ヘカテーのマーキングの自在式と、シャナの通信の栞があれば、必要最低限の事は見張らなくてもわかる。
ただ、父にこんな事を頼んでおいて自分達は遊びまくるというのは‥‥
「‥‥‥‥‥‥」
だが無論、自分だって遊びたい。
何が楽しくて遊園地に来て父と友人(?)の女性のデート、そしてそれをこそこそ見張る骨なんて微妙過ぎるものを見続けなければならないのか。
「あ」
悠二がそんな思考に捕われ、ヘカテーと平井が悠二に期待の眼差しを飛ばし、フィレスとヨーハンがイチャついている間に、
ターゲットは姿を消していた。
(‥‥‥気に食わん)
視線の先、ヴィルヘルミナとシャナ、そしてどこか包容力のある男。
三人揃ってソフトクリームなど食べている。
遠目から見ても、あの男が不思議な魅力を持っていそうな事はわかる。
だが、どう長く見積もっても、数週間程度の付き合いのはず。
いや、自分が蘇る前から実はデキていたのか?
『嫌なやつ』
「‥‥‥‥‥‥‥」
いや、それはない。
あの笑顔に決して嘘はない‥‥はずだ。
だからこそ‥‥
(気に食わん)
あいつの数百年の自分への想いは何だったのか? 少し魅力的な男が現れた程度で揺らぐほど脆いものだったのか?
そんな程度の気持ちでマティルダと自分との間に割って入ろうとしていたのか?
考えれば考えるほど、自分でも驚くほどの凄まじい怒りが頭を占めていく。
ヴィルヘルミナの想いを無視し続けた張本人のメリヒムは、まったく理不尽に、自分勝手にそう思った。
(メリ、ヒム、が‥‥私を、気に‥‥して?)
(狼狽無様)
(うる、さいで‥‥あります)
実際、ヴィルヘルミナは緊張でガチガチになっていた(猜疑心に捕われているメリヒムには“楽しそう”に見えてしまっているが)。
まさか、あの自分を無視し続けた想い人が、自分の行動を気にしてこんな所まで来ているとは。
自分は‥‥気に掛けてもらえているのだろうか?
「ほらカルメルさん。シャナさんが行ってしまうよ?」
そう言って、貫太郎がヴィルヘルミナの手を引こうとした、その時‥‥
バシャッ!
「‥‥‥‥‥‥」
真上から氷入りのジュースをぶっかけられた。
かけたのは、ファンシーパークでは当たり前にいる着ぐるみ。
赤いたてがみの一角獣である。
着ぐるみは、その役柄、声は出せない。しかし普通、何らかの謝罪の意思表示は示すものである。
しかしその一角獣は、一切の謝罪も示さず、ジュースの入っていた紙コップだけ拾ってさっさと立ち去ってしまった。
「礼儀のなっていない着ぐるみでありますな」
今回の事に協力してくれた坂井悠二の父親の、濡れた頭をハンカチで拭こうと手を伸ばすが‥‥
パコン!
今度は空の紙コップがどこからともなく投げ付けられ、貫太郎の頭に命中する。
「‥‥いや結構。自分のハンカチで拭かせてもらおう」
「貫太郎! ヴィルヘルミナー!」
そして、向こうで騒ぐシャナの下へと行く。
今のシャナは周りの珍しい光景に夢中になっている見た目相応の子供であった。
作戦としてはそれで都合がいい。
偽りの恋人達、そしてその『娘』は、またテーマパークに消えていく。
「でかした。着ぐるみ」
そう礼を告げるメリヒムに、一角獣は親指をビシッと伸ばした。
「い‥‥意外とスリルあったわね」
「‥‥はい」
ホシを見失い、追跡を諦めた悠二一行(投げ出したとも言う)。
ジェットコースターに乗り、フィレスとヘカテーがダメージを受けている。
「空飛べるくせに何で?」
「固定されてるからじゃない?」
悠二の疑問に、疲弊している二人に代わって平井が応える。
なるほど。本来は安全のための固定具が、ヘカテー達にとっては『動きを封じられたまま叩きつけられる』恐怖を与えたらしい。
「フィレスも、ジェットコースターは初めてじゃないだろ?」
「だって、昔と全然違うのよ、ヨーハン」
「そう、怖かったねフィレス。おいで、抱きしめていてあげるから」
「あん、ヨーハン」
人目も憚らずに抱き合うバカップル。
そしてその真似をして悠二に抱きつくヘカテー。
「‥‥頼むからやめてくれ。恥ずかしいから」
さらに悠二一行は遊びまくる。
ヘカテーのリクエストで、子供向けの動くパンダの乗り物や、何やらミニカーのレースのような物にも参加した(それに付き合い、平井とヘカテー以外は少々恥ずかしい気持ちになった)。
皆でファンパー内のチーズケーキや白玉あんみつを食べ、お化け屋敷に入り、色んなアトラクションで遊んだ。
日が、暮れる。
「そろそろ閉まるわね。皆、何かやり残しはない?」
と、フィレス。
「遊園地のラストって言えばあれしかないっしょ!」
と、平井の提案により‥‥
「観覧車?」
「デートの最後はやっぱこれ! と、言うわけ、で!」
言うが早いか、眼前に降りてきた観覧車に悠二とヘカテーを詰め込み、ガチャンとロックする。
照れ臭さからか、悠二が何やら騒いでいるがもちろん無視である。
「‥‥‥あなた、損な性格してるわね」
次の台に二人で乗るべく待機していた『約束の二人(エンゲージ・リンク)』の片割れ、フィレスが、平井にそう言う。
「‥‥‥‥‥‥‥」
それに、平井は数秒応えない。そして‥‥
間を置いて、応える。
「‥‥いいえ」
二人との思い出を、今を、これからを想い、応える。
「私は‥‥‥」
振り返り、応える。
「世界一の幸せ者ですよ?」
その笑顔には、永い時を生きてきた『約束の二人』にさえわからない、深さがあった。
「綺麗、だね」
「‥‥はい」
悠二とヘカテー。
照れ臭さから最初は騒いでいた悠二も、今はもう落ち着いている。
観覧車が一番高い所まで上がり、街を染める夕焼けが見える。
知識として、『こんなシチュエーションがある』とは知らないヘカテー、しかし、ただ、この景色を愛しい少年とより近い場所で共有したいと想い、悠二の隣に移動する。
この、穏やかで不思議な空間の中、悠二もまるで慌てない。
ヘカテーはその頭を、体を、悠二に預ける。
二人とも、想う。
いつまでも、いつまでも、こんな時間が続けばいいと。
言葉はいらない。
ただ、美しい夕陽を受けながら、互いのぬくもりを感じていた。
「ではそろそろ行こうか」
大戸ファンシーパークを後にするヴィルヘルミナ一家(偽)。
「‥‥‥そうでありますな」
結局、メリヒムが自分を気に掛けてくれていた事こそわかったものの、二人の仲が縮まったわけでもなく。
下手をすれば誤解を招いて終わってしまいそうな流れに、不安と落胆に捕われるヴィルヘルミナ。
シャナは作戦の効果(というか、微細な心理)などわかっていないから特に気にしていない。
そんな二人を引き連れ、貫太郎は行く。
「色々とトラブルはあったが、埋め合わせはする。申し訳なかった」
「「?」」
訝しがる二人に、そう告げる貫太郎。
その二人の後ろ、少しだけ離れた場所にいる赤いたてがみの一角獣の肩がぴくりと動き、こくりと頷いた。
(あとがき)
まず謝罪を。忙しい間更新遅れるとか言いながら一切更新出来ませんでした。
テストが色んな意味で終わったから再開致します。
次回、ヴィルヘルミナ恋愛推進編完結。