「一度御崎に戻る」
《わかった。じゃあ先に御崎駅に行ってからその後に尾ける》
少し貫太郎から離れて、栞で坂井悠二と連絡をとる。
立場上、自分が一番適役だったとはいえ、悠二達は自分達を見失い、好き勝手に遊んでいたらしい。
仲間外れにされたような寂しさをふと感じ‥‥すぐに振り払う。
らしくない。
「シャナ」
「‥‥うん」
『コキュートス』からアラストールが掛ける声に応え、そのままヴィルヘルミナと貫太郎から離脱する。
ここからはいない方がいいらしい。
「‥‥‥‥‥‥」
今日一日、ヴィルヘルミナと男の様子を伺ったが、どうやら本当に目移りしたらしい。
もう知った事か。
もう話し掛けられても返事などしてやるものか。
もう家の敷居を跨がせはしない。
勝手にどこへでも行けばいい。
あの女が半端な気持ちで自分を想っていようが、簡単に乗り換える尻軽だろうが自分には一切関係ない。
などという事を頭の中で繰り返しながら尾行する足は止まらない"虹の翼"メリヒム。
ふと気づく。
先ほど御崎駅には着いたが、ヴィルヘルミナ達が向かっている方向。
ヴィルヘルミナが居候している平井家の方角ではない。
もう夜になるというこの時間にこの上どこに行こうというのか。
「‥‥‥‥‥‥」
何か、もう馬鹿馬鹿しくなってきた。
シャナもいつの間にか消えている。
何故無関係な自分がわざわざ後を尾けねばならないのか。
もうやめよう。
関係ない。知った事か。自分には一切関係な‥‥
『御崎グランドホテル』
「‥‥‥‥‥‥‥」
今、ここに入った?
ホテル->宿泊施設->男と女が二人きりで入った?->‥‥‥‥
(‥‥‥関係あるか)
あの尻軽のいい加減女がこのホテルにあの男と入ろうが何をしようが自分には全く関係ない。
知らん知らん。絶っ対知らん。
男と女が二、人で‥‥
「‥‥‥‥ああっ! くそ!!」
走りだす。御崎グランドホテルに飛び込む。
「おい」
受付嬢に凄む。
「妙なメイド服の女はどこの部屋に行った?」
「あ、あのお客様? そういう事はお教え出来ないので‥‥‥」
チャキ
「教えろ。刻むぞ」
「ひぃい! 204号室です! 助けてー!」
「204だな」
いきなり細剣で脅されてあっさり白状する受付嬢。
ルームナンバーだけ聞いてさっさと一目散に走りだすメリヒム。
「‥‥死ぬかと思った」
「いや〜、ごめんね史ちゃん♪」
「何で私がこんな事までしなくちゃいけないのよ!」
メリヒムが階段に消えた後、ぞろぞろと現れた悠二一行。
平井は、受付嬢、外界宿(アウトロー)第八支部の末端構成員にして、"本物の"近衛史菜にねぎらいの言葉を掛ける。
「すいません。本物」
「ああ、あなたがヘカテーを追い返したっていう‥‥」
「はじめまして」
「苦労かけるわね」
続き、ヘカテー、悠二、ヨーハン、フィレス。
「あ、あなたあの時の‥‥‥え? 本物?」
随分前の事であるにも関わらず、特徴的な容姿のヘカテーを覚えていた近衛史菜。
「ヘカテー、史ちゃんの名前を偽名に使ってるの」
「ちょっ、初耳なんだけど!? ヘカテーってこの子の名前!?」
「重宝しています」
衝撃の事実をさらりと暴露する平井、そしてさりげなく礼をするヘカテー。
「‥‥ダメですか?」
近衛史菜が文句を言う前に、拗ねたように言うヘカテー。
僅かに膨れた頬、さらに身長的に上目遣いになる。もちろんヘカテーはそんな事を意識してはいないが‥‥‥
(か‥‥可愛い!)
「ま‥‥まあ別にいいけど」
あっさり了承。
「じゃ、史ちゃん。私達この後用があるからまたね!」
「ねえヨーハン、せっかくのホテルだし、私達も‥‥」
「ダメだよフィレス。今日はまだ用があるんだから」
「ホテルだと何かあるのですか?」
この後の事は成り行きに任せて立ち去ろうとする一行。それをヘカテーの疑問が止める。
全員がビシッと固まる。
(そういえば、この後は何が?)
無性に好奇心をくすぐられるヘカテー。
何より、自分と類似した立場にあるヴィルヘルミナの恋模様である。
「‥‥ホテル、204‥‥‥」
フラフラと階段に向かうヘカテー。
ガシッ!
両脇から悠二と平井に両の腕を持ち上げられる。
「‥‥放して下さい」
「ヘカテー、ほら、まだ準備あるし、ね?」
「邪魔しちゃダメだって、カルメルさんの大一番なんだから」
「ま、お子様には早いわね」
「は、はは‥‥‥」
じたばたと暴れるヘカテーを抱えて、一行は御崎グランドホテルを去って行く。
「‥‥今度、ゆかりちゃんに奢ってもらお」
一人残った近衛史菜は疲れたように嘆息した。
「一体、何なのでありましょうか」
「企図疑問」
一人、204号室でベッドに腰掛けるヴィルヘルミナ。
貫太郎は先ほどこのホテルの高層バーに行ってしまった。
埋め合わせ、だそうだ。
何の事かわからないが、自分がここに一人残らなければならない意味が‥‥
「あ」
そこまで考えて、気づく。
もしファンシーパークに来ていたらしいメリヒムが、ずっと自分達を尾けていて、貫太郎と二人でここに入ったのを見ていたら?
今まで演技である事が当たり前だったから全く意識していなかったが、これは誤解を招いても仕方がないとも言える。
メリヒムが気に掛けてくれているか確かめる作戦だったはず(平井はヴィルヘルミナにそう伝えている)なのに、やりすぎだ。
いや、いくら何でもずっと後を尾けて"くれる"ほど自分を気に掛けてくれているはずが‥‥‥
ドガァアン!!
いきなり轟音をたて、扉の鍵を破壊して何者かが乱入してきた。
長身の、長い、銀髪の男。
「メリ、ヒム‥‥?」
信じられないものを見るように、ぽつりと言った。
メリヒムは、それに応える余裕はない。
「‥‥‥あの男は?」
「は?」
「あの男はどこだ?」
静かな声、しかし異様な威圧感を伴っている。
ヴィルヘルミナは混乱の極みにある思考で、もはや演技など全く忘れ、事実を告げる。
「坂井貫太郎氏は、もういないので、あります」
「悠二父」
「‥‥‥‥‥な、に?」
その、聞き逃せない単語に、メリヒムの思考も瞬間、真っ白になる。
(坂井悠二の父親? じゃあ、俺の疑惑は誤解? いや、それ以前に今の俺は‥‥‥)
『馬鹿』
ガクッ!
「メリヒム?」
あまりの情けなさにへたれ込む馬鹿に、ヴィルヘルミナが手を掛ける。
今までずっと自分を振り向かなかった男が、自分を気にし、追いかけ、こんな所まで来てくれた。
信じられないようなとてつもない幸福感に、これが現実だという実感さえ薄れている。
こんな事が、現実にあり得るのだろうか?
「‥‥‥‥‥‥」
対するメリヒム。
間抜けな自分への情けなさと同時に、思う所がある。
今回は、坂井悠二の父親、まず間違いなく自分の勘違い。
だが、これが別のやつだったら?
本当に乗り換えたのなら?
自分には関係ない。
さっきまでそう考えていたはずなのに。
飛び込んで、ヴィルヘルミナは一人で、自分の勘違いで。
そんな今、関係ないという思考が欠片も湧いてこない。
"そういう可能性"はあったのだ。
「‥‥‥‥‥‥」
そうだ。
もう、ずっと、何百年もこの女は自分を想い続けていたのだ。
自分がマティルダに心奪われていた時、それを知った時。
史上最大の戦いたる『大戦』、そんな戦いの最中。
人を喰らわずに永く顕現するために白骨へとこの身を変えた時。
この女の想いは、それをずっと無視し続けた自分に、いつでも向けられていた。
それを今さら、無かった事になど出来はしない。
ゆっくりと、立ち上がる。
(違う)
無かった事になどさせはしない。
今さら、想っていないなど、想いの先が変わるなど許さない。
しつこい女。
何百年経っても諦めないしつこい女。
頭の固い。情に脆い。馬鹿な女。
マティルダのような揺るがない強さなどない。
脆さを含んだ、危うい強さでしかない。
だが‥‥‥
『嫌なやつ』
『‥‥私の勝手でありますな』
ずっと自分を、想い続ける女。
マティルダのように、その美しさに痺れるような事はない。だが、認めたくはないが‥‥可愛い女。
そう、この女は自分を想い続けているべきだ。
想い続けていなければならない。
そう在るべきだ。
とんでもなく傲慢な男は、目の前の一人の女の在り様を自身の都合でそう思った。
普段ならあり得ないほどに近く、立って見つめあう。
ヴィルヘルミナが、戸惑い、狼狽しているのが手に取るようにわかる。
弱い、女。
そう思った。
メリヒムも、明らかに常の状態にない。
文字通り、炎のような狂熱に駆られる。
目の前の、弱く、脆く、しつこく、馬鹿で、可愛い女。
この女が、自分以外を愛するなど、絶対に許さない。
自分だけにしか、この想いを向けてはならない。
(この女は‥‥)
狼狽える女のあごに指を当て、僅かに上に向ける。
そして‥‥‥
(俺のものだ!)
「んむっ!」
熱さに任せてその桜色の唇に口付け、力の限り、思い切り抱きしめた。
永く、悲しい恋に生きてきた一人の女。
一人の、宝剣のような女しか見ていなかった一人の男。
二人の想いはこの時、確実に通い合っていた。
永く実らなかった想いは、ようやくその形を変える。
蕾から姿を変えて開く、桜の花のように。
(あとがき)
ヴィルヘルミナ重視な九章。次でエピローグの予定です。
数日書いてなかったから長さ調節の勘が鈍ってる気がします。