「‥‥と、いうわけであります」
ヴィルヘルミナ、顔から火の出るような恥ずかしさに耐え、狂熱に駆られたメリヒムの熱い接吻と抱擁を激白。
「「ほぉおお」」
フィレスとマージョリー、行為自体はさほど刺激的でもないが、それを"ヴィルヘルミナ・カルメルという人物がした"という事実に、凄く面白そうな声を上げる。
キスの意味を根本的な部分で理解していないシャナはヴィルヘルミナや周りの反応に頭に?を浮かべ、ヴィルヘルミナの事を大して知らず、もっとディープなのを期待していた吉田はやや不満顔。
そして‥‥
「「ふ‥‥わぁ‥‥」」
話を聞いて赤面し、言葉もないヘカテーと平井。
ヘカテーは当然として、平井も意外とうぶである。
「骨傲慢」
「ふんふん」
「姫所有宣言」
『!!!』
その、気絶してしまったヴィルヘルミナさえ知らないティアマトーからの情報。
メリヒムの、『ヴィルヘルミナは俺のもの』発言に、吉田、シャナもようやく反応、フィレスとマージョリーのテンションだだ上がり、ヴィルヘルミナ、平井、ヘカテーは不思議な熱さにやられてゆでダコ状態となる。
キャーキャーと騒ぐ女性陣。少し離れた所で微笑むヨーハンと、聞こえてない振りをする馬鹿な少年二人。
一度は小康状態に入った宴が、また大いに盛り上がろうとしていたその時‥‥‥
ドォオオオン!
封絶が張られ、庭が爆発した。
あれから、数日。
「ふっ!」
「っや!」
封絶に囲まれた虹野邸上空、一人の少女と一人の女性が飛び交い、ぶつかり合う(一方的にあしらわれているとも言う)。
女性は"彩飄"フィレス。ヴィルヘルミナと骨の仲立ちをして以来、気まぐれにだが稽古をつけてくれている。
生徒として対峙しているのは平井ゆかり。彼女が徒手空拳の戦いを学ぶなら、戦闘スタイルからいって、フィレスが一番適役である。
「‥‥‥‥‥‥‥」
それを見上げるシャナ。
さも当然のように"空中の格闘"をしている平井を見つめる。
「まあ、人には向き不向きがあるからね」
鍛練の相手たる坂井悠二、さりげなくフォロー。
そう、悠二ほどの自在法の適性の無かった平井だが、一つだけ、異様に上手い自在法があった。
それが『飛翔』。
そういえば、人間だった頃にも、ヘカテーの体でひょいひょいと飛んでいた。
もう飛行速度は悠二より速い。
まあ、体術や他の自在法はまだまだだが。
「‥‥わかってる。行くわよ」
珍しい気配りをする悠二に僅か嬉しくなり、そんな"甘え"を感じた自分を戒め、鍛練を開始する。
もう、悠二は気を抜いたらやられる段階まで成長しているのだ。
ギュン!
高速で旋回し、フィレスの死角に回る平井ゆかり。
その体に、翡翠色の羽衣を纏っている。
「っは!」
360度自由な空中、体をひねり、踵落としを繰り出す、が。
ガッ!
後ろからの蹴りを、フィレスは裏拳でたやすく止める。
「速いけど、軽いわよ。もっと丁寧に存在の力を繰りなさい」
その忠告を聞きながら距離をとる平井に、フィレスは一気に距離を詰める。
いくら平井が『飛翔』を得意としていても、空中戦の大先輩には当然のようにかなわない。
ドドドドドドッ
両の拳から繰り出される凄まじい連撃、
「うっ、わっ、くっ」
とても捌き切れず、
「っくぅ!」
みぞおちに受けた一撃に、たまらず落下していく。
ひゅうぅぅう、ぴたっ
そして、地に着く寸前でなんとか浮く。
「ううぅ、痛ひ」
腹を抱えて苦しむ平井に、追って着地してきたフィレスが話し掛ける。
「やられるにしても、急所の直撃は避けるようにしなさい。実戦で今の食らって動き止まってたら、あなた死んでるわよ」
「‥‥はぁい」
そんな平井&フィレス。
そして、ヘカテーは、
「ふっ!」
メリヒム相手に鍛練中である。
前に悠二を不当に(実際はそうでもない気もする)痛めつけた事を根に持ち、対戦相手に指名したクチである。
ガッ! ガッ!
拮抗した実力。
互いに一撃入れる事も難しい。
タンッ!
打ち合いから、ヘカテーがバックステップで後退し、
「『星(アステル)』よ!」
五本のチョークを投擲する。
「っ!」
咄嗟にそれらを砕き払うメリヒム。
しかし、それにより白煙に視界を奪われる。
ドスッ!
「ぐあっ!」
その一瞬の隙を突いて、ヘカテーの、『トライゴン』位の長さの木の枝がメリヒムの腹を突く。
苦しむメリヒムに追撃しようとするヘカテー。
今こそ悠二の痛みを思い知らせてやる。
そう意気込むヘカテーだが、
「っ!」
突然、前に突き出した力の向きを流され、宙に舞う。
そして、シャナにKOされた悠二の上に着地する。
「ぐぇ!」
「鍛練に目眩ましを使うのは、感心しないのであります」
ヘカテーにそう言うのは、『万条の仕手』ヴィルヘルミナ・カルメル。
鍛練だろうと、実戦を考慮するなら不意打ちは基本である。つまり、今のはただの言い訳だ。
チラリとメリヒムを見て、ポッと頬を染める。
骨に骨抜きである。
元々、数百年想い続けるほど好きなのだ。その相手からの熱烈なアプローチ。彼女は今、幸福の絶頂であった。
復讐を中断させられたヘカテー、こちらも悠二と重なり、今は悠二と触れ合う感触だけが全てとなっていた。
ヴィルヘルミナの狙い通りである。
ヨーハンはその光景を微笑ましく見ているが、その笑顔は、次の瞬間固まる。
「昼食の支度が出来たのであります。冷めないうちにお早く」
そう告げるヴィルヘルミナの指には、幾つも絆創膏が巻いてあった。
ちなみに、夏休みという事もあって、今日は昼前の体術鍛練である。
「‥‥ゆかり、逃げていい?」
「‥‥出来れば私も逃げたいんですけど」
「‥‥カルメルさんの料理って、そんなに、なのか?」
「以前の私より、ひどいです」
「私ん家のキッチン無茶苦茶になったよね」
「何か、今朝から張り切ってた」
「ひどいな、皆」
「ならお前が食え、『永遠の恋人』」
「へえ、"君のヴィルヘルミナ"の手料理を僕だけが食べていいんだ?」
「‥‥‥俺も食う」
失礼極まりない会話を続ける一同。
それなりに特訓を積んだヴィルヘルミナとしては心外極まりない。
目下の目標は、虹野邸への移住である。
皆で渋々リビングに向かう中、悠二はさりげなくメリヒムに訊ねる。
「何でカルメルさんと一緒に住まないんだ? ようやく両想いになったのに」
『俺のもの』発言までしといて、妙だと思う。
「? 何を言ってる。俺はヴィルヘルミナを好きになってなどいない。一緒に住む理由もない」
「‥‥‥‥は?」
‥‥‥今、何て言った?
「だから、俺はあいつに惚れてなどいない。ただ俺のものだというだけだ」
呆れ返る。傲慢どころの騒ぎではない。いや、いくら何でもメリヒムがそこまで非道だとは思えない。
恋愛感情抜きにヴィルヘルミナを束縛などしないだろう。
つまり、自覚が無いか、照れ隠しか。
どちらにしても‥‥
「‥‥中学生か、あんたは」
「ちゅーがくせい?」
「何でもない」
思っていたよりずっと馬鹿らしい。
『‥‥‥‥‥‥』
それぞれの思惑にある沈黙。
眼前にある、皿全体に堂々と居座る、血のようにタレの滴る半球の針ネズミ、ではなくロールキャベツ、らしい物体。
メリヒムと悠二の感想、
((何だ、これ?))
平井、ヘカテー、フィレス、シャナ、ヨーハンの感想。
『‥‥黒焦げには、なってない』
「心配無用」
「特訓を積んだのであります。キャベツの切り方、肉の混ぜ方、味付け、煮込み、全てのレシピを応用して、一手間加えているのであります」
「美味向上」
「‥‥応用」
アラストールがぼそりと呟く。
確かに、『応用』だとか、『一手間加えて』だとかは、料理初心者の失敗理由ベストスリーには入るであろう鬼門である。
『‥‥‥‥‥‥』
恐る恐る、皆がロールキャベツらしき物に箸を伸ばす。
パクり。
「あ」
「え」
「む」
「へ」
「お」
「う」
『食べられる!』
「‥‥‥‥‥‥‥」
とりあえず、褒め言葉だと好意的に解釈しておこう。
ヴィルヘルミナの花嫁修行はまだまだ続く。
(あとがき)
とりあえず、この話でヴィルヘルミナメインは一区切り。
ここまでを九章にしとけば良かったかと若干後悔してます。