「じゃ、そろそろ行くわね」
夏休み最終日、御崎市を去る者二人。
『約束の二人(エンゲージ・リンク)』である。
どうやら、悠二達の学業再開に伴い、また旅に出るらしい。
恋人水入らず二人旅である。
「‥‥‥‥‥‥‥」
『先輩』と評してフィレスを慕っていたヘカテー。
目を輝かせながら、"恋人の話"を聞かせてもらっていた日々を思い出しながら、別れを惜しむようにフィレスに抱きついている。
今、この場には、旧知の友たるヴィルヘルミナ・カルメル、夏休みの間、鍛練の指導を受けていた平井ゆかり、ヴィルヘルミナが連れて来たメリヒムとシャナ、そして坂井悠二の姿がある。
「ほら、またそのうち遊びに来るから、ね?」
自分に抱きつく、恋の弟子たる少女をなだめる。なかなか離れてくれないのだ。
「‥‥‥‥‥‥」
「ほら」
渋々離れるヘカテー。
随分と懐かれたものだ。
まったく、あんな朴念仁にはもったいなさすぎるほどに可愛い少女である。
「ヴィルヘルミナも行く所まで行っちゃったみたいだし、あなたも頑張ってね」
「悠二、他人事じゃないからね?」
そう、ヘカテーを励ますフィレスと、悠二に釘を差すヨーハン。ヘカテーの後ろでヴィルヘルミナが真っ赤になっている。
メリヒムも、そっぽを向いたまま鼻をフンと鳴らす。
「じゃあ、またね」
「おみやげよろしく♪」
悠二と平井も、やや名残惜しそうに別れを言う。
「‥‥‥‥‥‥‥」
サブラクに襲われ、一度は別れてしまったヨーハン。
そのヨーハンを、数奇な運命の下に取り戻し、その過程で得た、仲間。
その仲間へと、ヨーハンを失っていた時には考えられないような晴れやかな笑顔で、フィレスは旅立つ。
「皆、また会う時まで元気で」
ヨーハンも、絶望的状況から蘇り、またフィレスに会えた喜び、それを与えてくれた仲間に、しばしの別れを告げ、旅立つ。
「因果の交叉路で、また会いましょう」
互いに、最愛の恋人に寄り添って。
「おっはよー!」
新学期、親友二人を引っ提げて、平井ゆかり堂々の登校。
クラスのムードメーカーとマスコット+アルファの登場に、夏休みボケムード全開の教室の雰囲気もにわかに活気づく。
男子女子問わず、体当たりするような快晴の挨拶をお見舞いしていく平井。それについていき、人並みに明るい挨拶をしていく悠二&ヘカテー。
しかし、何やら雰囲気が夏休み前と少々違う。
仲良し三人組、前よりさらに仲良しに見えるのだ。
「坂井! お前夏の間に何があった!?」
「ヘカテーちゃん! 夏休み何してたー?」
「ゆかり、なにあったか教えろー!」
一斉にもみくちゃにされる。何だかんだ言ってもやはりクラスで一番話題作のある三人なのだ。
当たり障りの無い返答をする悠二、事実を、皆で遊んだ夏休みを嬉々として語るヘカテーとは別に‥‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥」
平井は僅かに考え込む、『どういう返答をすればよりこの事態を面白くするか』に思考を巡らせる。
そして‥‥
「私ね、夏休みの間に‥‥‥‥」
最善の答えに行き着く。
「坂井君にたべられちゃった♪」
『ええええぇぇー!』
「誤解を招く言い方はやめてくれ!!」
こうして、新学期は始まり、夏休み明けの実力テスト、佐藤の外界宿(アウトロー)の資料整理の悪戦苦闘、悠二達の鍛練、当たり前の日常、日々は瞬く間に過ぎ、一ヶ月後、十月初頭。
御崎高校も衣替えが済み、皆、緑の制服に身を包む(男は黒だが)。
今の季節、御崎高校は活気づく。
御崎高校最大の行事である『清秋祭』が始まるからだ。
当然、悠二達の一年二組も、雰囲気がいささか違っていた。
下校前の一時間を使い、一つのホームルームをやっている。一部を除いて、皆早く終わらせて帰りたいという気分に満ち満ちている。
「え〜、僕達のクラスでは、前のホームルームで決めた通り、クレープ屋をやる事になった」
この場を仕切るのは、実はクラス全体の意見をそつなくまとめられる、密かに万能な皆のヒーロー・メガネマンこと池速人。
実際は人気も考慮すれば平井の方が適任ではある気はするが、彼女も何かと多忙な身であるし、何より遊び好きである。
クラス委員などやるわけもない。
代わりと言っては何だが、池より強引な部分があり、それが長所でも短所でもあるが、たまに大ポカをやらかす分、池に一枚二枚及ばない藤田晴美が彼のサポートに回っている。
「よかったー」
「今さら決め直しなんて面倒くさいもんなー」
「私はクレープが好きです」
「私も」
「よかったね二人とも」
「‥‥‥食べるんじゃなくて、売るんだよ?」
ひとまずは、前もって決められていたクレープ屋の案が通って安堵する生徒達。
「次に、研究発表は『御崎市の歴史』。一応一年生は真面目な事もやらなきゃならないらしい」
『清秋祭』は、隣接した商店街も一緒になって行われる、一学校にしては破格の、御崎市自体にとっても一大イベントなのだが、一応学園祭である。
誰も、欠片も興味など無くても、建前として地味で真面目な研究発表が義務づけられている。
もっとも、それも一年生に限っての事だが。
「それで、開会パレードのウチの演目についてだけど‥‥」
「うへー」だの「やっぱやんのー」だのの文句が飛び交う中、メガネマンの眼鏡が輝く、皆が一番気にしている事を、一番気が逸れたタイミングで切り出す。ニクいメガネである。
開会パレードとは、一年生の各クラスから代表が選抜され、仮装した上で商店街を練り歩く、新入生一番の見せ場イベントである。
当然悠二達のクラスからも参加者は出るし、すでに選抜も終えている。
そして、その仮装の演目が今、発表される。
「『オズの魔法使い』、そして‥‥」
比較的ソフトな演目を先に発表し、無関係な生徒が、"派手なバトル"が起こらないであろう事を予期してホッとするのを見て、またメガネをキラリと光らせてから、"本番"を告げる。
「『ロミオとジュリエット』だ」
ニクいメガネである。
『‥‥‥‥‥‥‥』
クラスに、重い沈黙が下りる。
悠二達のクラス代表。
坂井悠二、近衛史菜、平井ゆかり、吉田一美、緒方真竹、田中栄太、佐藤啓作、そしてシャナ・サントメール。
計八名である。
理由は大した事ではない。平井がノリノリで立候補し、平井に誘われたヘカテーがノリノリで承諾し、それにより、ほとんど必然的に悠二の参加が決まり、吉田もヘカテーに対抗して参加、親しい友達が立候補した事で勇気づけられた緒方が田中を引きずって参加、佐藤は元々お祭り好きである。田中や悠二もいるしであっさり参加、シャナもヘカテーと同じクチである(ただし、別にノリノリではない)。
一年二組がこんな大人数が許されている理由に、生徒会に"彼女達"のファンがいるというのがあるらしい。
参加の確率をわずかでも上げたいようだ。
「今から、"僕達"クラス代表の役柄を決める」
失礼、九名、池速人もいた。
吉田の追っかけをしての事である(これにより、彼はでしゃばりと影で思われてしまったが、今の彼はそんな事では挫けない)。
「‥‥‥‥‥」
ヘカテーはロミオとジュリエットの話を、坂井家に居候し初めてから時々している読書で知っている。
当然、その結末も。
少し嫌そうな顔をする、が、
「だいじょぶだってヘカテー。"恋人の役"、仮装なんだから都合の良い設定だけ借りればいいの!」
平井があっさりその陰を払う。
「それじゃ、僕と吉田さんがロミぼっ!!」
調子に乗るメガネを、ヘカテーのチョーク、吉田の黒板消し、平井の消しゴムが撃墜する。
「それじゃ、クジって事でいい? 皆」
そして、さりげなく坂井悠二が平和的な案を出す(余計なバトルを避けるために)。
誰からも文句は出ない。ヘカテーや吉田を恐れて、ではない。
特別強い口調で言っているわけでもないのに、聞く側に"言う通りにした方が良さそうだ"と思わせる安心感を与える、不思議な風韻を悠二は持っていた。
そして、代表メンバー皆が、藤田が作ったクジを次々に引いていく。
結果‥‥‥
『オズの魔法使い』
シャナ・サントメール=少女ドロシー。
田中栄太=ライオン。
緒方真竹=魔法使い。
佐藤啓作=ブリキの木こり。
近衛史菜=犬のトト。
坂井悠二=魔法使いの烏。
池速人=カカシ。
『ロミオとジュリエット』
吉田一美=ジュリエット。
平井ゆかり=ロミオ。
「‥‥やった! 犬耳ヘカテー!」
配役が決まって一番最初に響いたのは、平井の喜び溢れる叫びであった。
(あとがき)
駆け足で一気に清秋祭。
今回は何か筆の滑りが悪かったです。自信喪失に陥る私。
そしてすぐ落ち込む自分にまた落ち込む私。